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2025-06-23 14:21

#261 やる気は「出す」ものじゃなく「もらう」もの。

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【今回の放送内容】

「仲間がいるから頑張れる💪」そんな経験はありませんか?

今回は、お坊さんの研修で改めて感じた「仲間の力」についてお話します。

あまり聞き慣れない「大衆の威神力(だいしゅうのいじんりき)」という言葉をキーワードに、周りの人から良い影響を受けて自分も高まっていく不思議な力について解説しました。

図書館での勉強や修行中の坐禅、そして研修での法話作りなど、具体的なエピソードを交えてお伝えします。
何か新しいことを始めたいと思っている方、仲間と一緒に頑張ることの素晴らしさを再発見してみませんか?

#仲間 #仲間の大切さ #大衆の威神力 #仏教 #お坊さん #法話 #坐禅 #自己成長 #モチベーション #人生を豊かにするヒント
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サマリー

このエピソードでは、仲間の存在がやる気を引き出す重要な要素であることが語られています。お坊さんの研修を通じて、大衆の偉人力に気づき、仲間と共に成長する意義を考えます。

草刈りと研修への導入
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある弁城院というお寺で、福住職をしております。
はい、みなさん、草、買ってますか?
いや、いきなり何言ってんだっていう話なんですけど、草をね、草がすごいんですよ、この時期。
お寺っていうのはね、庭がやっぱり普通の家庭よりかは広いですから、それをね、維持管理するのってすごく大変なんですよね。
特に、この今の時期、草がものすごい速さで伸びるんですよ。
1週間前に草刈りをしたものが、今週になってみたら、1週間経ってみたら、もうね、あたりは草原みたいな状態。
しっかり伸びちゃってるみたいなことって、ざらにあるんですね。
で、ですよ。
なので、手をこまないというわけにはいかないですから、こちらとしても。
お寺っていうのは、草がぼうぼうになっちゃうと、それこそ訪れた人はがっかりしますよね。
だから、きれいにしなくちゃはないんですが、
そこで、いいのか悪いのかちょっとわかりませんが、除草剤をまくわけですよ。
農業をやってる人だったらよくわかりますよね。
そうじゃない人は、あんまり馴染みないかもしれません。
とにかく除草剤をまいて、草の伸びるのを抑えるということなんですけども、
その除草剤というのは、基本的に晴れてるときにまくものなんですよ。
なぜなら雨が降っちゃうと流れちゃうからなんですね。
で、ですよ。
今日、だいぶちょっと伸びてきちゃったから、まずいなと思って。
今、まかないとまたえらいことになるぞと思って、
今日、まきたいなーって思ってたんですよ。
まきたいなーって思ってて。
午前中、晴れてたんです。
で、お昼ぐらいから雷が来ますよという天気予報でして、
で、案の定、来たわけです。雷が。
で、雷が去った後というのは、晴れるわけですよね。
で、これはちょっと地面も湿ったし、ちょうどいいやって思ったんですね。
というのはね、カラッカラの状態だとあんまり良くなくて、
ほんの少し湿ってるぐらいがちょうどいいらしいんですよ。
だから、これはちょうどいいと思って撒いたんですよ。
そしたら、そしたらですよ。
2時間ぐらいしたら、また雷のやつが来たんですよ。
たぶん、これを聞いてる人、
まあ、そんな除草剤を撒くなんてことをやる人はほとんどいないでしょうから、
何言ってんだと思うかもしれないですけど、これはね、結構つらいですよ。
予想が完全に外れちゃって、自分の、今日はもういけると思ったら。
まあ、その2時間ぐらい撒いたんですけど、それが、
そんなね、どうでもいいお話から始まったわけですが、
今日は何をお話ししようかというと、
先週、火曜から金曜日まで、東京の方で研修に行ってきたんですね。
大衆の偉人力について
お坊さんの研修。
そのお話をしようかなと思ったんです。
その時に感じたのは、
結論から言うと、仲間って大事だよねっていう、よくあるお話なんですが、
どういうことかと言いますと、
不教師養成所という講座なのかな、
不教というのは、
不教師というものが、我々の宗派、宗教宗では、
何て言うかな、士学としてあるんですね。
士学、士学というとちょっと語弊があるか。
まあ、その中で、
不教師というのは、
教えを広める方の不教ですね。
その中で、
不教師というのは、
教えを広める方の不教ですね。
不教というものに対して、
そこに力を入れている、
不教特化型の人材を育成する機関、
それが不教師養成所というところなんですね。
私、その不教師養成所というものを、
永平寺の修行が終わってから、
毎年行かせていただいてまして、
現在6年目なんですね。
で、行ってきたんです。
行くたびに思うことがあるんですよ。
それは何かというと、
大衆の偉人力というものを感じるんですね。
大衆の偉人力。
聞いたことない言葉ですよね。
ちょっと解説しますと、
大衆というのは、
大きいに、
衆というのは、
大衆というのは、
大衆というのは、
大衆というのは、
大きいに、
衆というのは、
庶民の庶でいいのかな?
大衆と書きますよね、大衆。
大衆、一般大衆と言いますけれども、
あの衆です。
これ、なぜか分かりませんが、
相当衆だと大衆と呼びますね。
大衆。
とにかく一般の人という意味ですね。
一般の修行僧とかを指すんですけれども、
一般の人たちが大衆の偉人力だから、
力を与えるとすごいよって意味なんですね。
偉人力の偉は、
威力とかの偉ですね、
脅威とかの威、
脅かすみたいな。
ちょっと脅かすとかだと、
マイナスのイメージなんですけれども、
すごく強力みたいな意味合いですね。
強力なっていうような、
そんな意味合いの偉っていう字に、
神は神様の神ですね。
力は力。
とにかく神様のようなすごい力というものが、
大衆には備わっているというのが、
これが大衆の一力なんですね。
すごい力があると。
仲間がいるとすごいんだということを言ってるんです。
だいぶ厚く語りましたけど、
よくわかんないですよね。
どういうことかというと、
伝えるの難しいんですけどね。
頑張って伝えようと思うんですが。
例えば、図書館に皆さん行ったことありますよね。
ない人いないと思うんですけど。
図書館で何かね、
勉強なり何なり何か作業しようとすると、
自然と背筋がピッとなって、
勉強しようという気になりません?
なぜなら他に頑張っている人とかっていますよね。
一生懸命。特に学生。
高校生とか中学生とか。
一生懸命勉強してますよね、図書館とか行くと。
それを見ると大人になっても、
自分もちゃんとしなきゃみたいな、
思ったりしますよね。
これが大衆の人力なんですね。
つまり、周りの力に引き上げてもらうようなことを指すんですよね。
修行中の場合だと、
修行というのは日常の生活をきちんと丁寧に行うことの積み重ねなんですけども、
毎回毎回丁寧に行うのは大変だから、
時々サボりたくなっちゃうんですね。
横着したくなる。
これはどうしてもサボり心というのは、
人間に備わっているものですから、出てきてしまうんですよ。
でも、そのサボり心というものを抑制してくれるのが、
大衆の人力なんですよね。
仲間がいるから、あの人が頑張っているから、
自分もきちんと身を垂らして丁寧に行うという気になるんですね。
特によく現れるのが座禅中ですかね、私の場合は。
座禅というのは、座ってみて、
やったことがある人だったらわかるんですけども、
ただ座るだけなんですよ。
特に楽しくもないし、
ただ座るだけなんですね。
そうなってくると、いろんなところが気になってきちゃうんですよね。
ちょっとした物音だったりとか、匂いだったりとか、
あとはちょっと周りの人の様子とか、気になっちゃったりするんです。
その時に、例えば隣の人が、
じろっと見るわけではないんですけど、
視界の端っこの方で見える姿。
それがね、ピシッと座禅をしている姿であれば、
自分もやはりその影響を受けて、ピシッと座ろうという気持ちになるんですよね。
語ってはいないです。
向こうも何も、ただ座っているだけです。
それを見て、自分が自分の行いを正す、
そういう力が備わっているんですね。
そういったことを感じながら、私の場合は修行していたんですけども、
それを布教使用清浄でも感じたということなんですよね。
どういうことかといいますと、
布教使用清浄という場所で具体的に何をやるかというと、
法話を作るんですね、法話。
お坊さんのお説教ですね。
あれを10分という時間を与えられて、
それを布教使用清浄の仲間たちに対してお話をする。
それに対して公表といって評価をするんですね。
要はフィードバックです。フィードバックがあるわけです。
そういったわけで、自分で布教使用清浄に行く前にお話を考えて、
それをお話をして、実際にどうだったという答えをいただいて、
それに対してまた、ああでもない、こうでもないと考えて、
より良いものを計算していくということなんですけども、
その時にどうしても一人だとサボっちゃうんですよね。
これは本当に仕方がないことで、私も自宅で布教使用清浄が始まるまでに準備はしていきます。
でも、やっぱりダラダラダラダラ、
仲間の力と成長
ちゃんと形は作るんですよ、形は。
でも真剣になかなか入り込むというのは難しいですよね。
なぜならすぐにサボれてしまうからですね。
それも多いですしね、日常の生活の中だと。
自分次第でいくらでもサボれます。
だからついつい真剣にならずにダラダラダラしてしまうということが多いんですけども、
これがですよ、布教使用清浄に行くと仲間たちが一生懸命頑張っているわけですよ。
それを見て、自分も頑張らなくちゃなとか、
あの人のお話はここが素敵だったな、自分もこういう話をできるようにしたいな、
なんていう刺激を受けながら頑張れるんですよね。
というわけで、仲間の力ってすごいよなって本当に思った4日間でした。
これを年に3回です。
週の4日間×年に3回というのをもう6年もやっています。
ありがたいですよね、そういうことができることって。
これを聞いている皆さんも、普段会社勤めの中で仲間のおかげで頑張れたという思いもいろいろあると思います。
他にもプライベートで何か自分の頑張りたいこと、
例えば英語の勉強とか運動とかスポーツとかね、そういうことをやる際は仲間をきちんと見つけるというのがとても大事だと思います。
やっぱり仲間がいれば頑張れるし、仲間がいれば楽しいですよね。
そうやって人生を豊かにしていくというのを自分から前向きにチャレンジしていくというのが人生を良くするコツなのかなと思います。
というわけで、今日のお話はここで終わりたいと思います。
今日のお話を聞いていいねと思った方はどうぞいいねボタンよろしくお願いいたします。
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では、連常院副住職の幸文でした。ではではまたね。
14:21

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