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2026-01-09 14:26

#340 丁寧な対応こそが、不安を消す特効薬になる理由

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【お寺の裏話】「お祓いして」と言われたら?「丁寧に扱う」ことが不安を消す最大の特効薬

栃木県の蓮城院副住職、コウブンです。
久しぶりに先輩から「お祓いをしてくれ」と電話があり、急遽ご祈祷をすることになった昨日の出来事。
実は「お祓い」は神社、「ご祈祷」はお寺という違いがあるのですが、そんな言葉の定義よりも大切にしたい「あること」についてお話ししました。

不安を感じている人にとって、一番の薬になるのは「理屈」ではなく「〇〇」かもしれません。

✅ 「お祓い」と「ご祈祷」の本来の違いとは?
✅ 言葉の正確さよりも大切な「相手の目的」
✅ 儀式が脳に効く4つの理由(場、手順、意味付け、丁寧さ)
✅ 「雑に扱われた」と感じると不安は消えない
✅ 僧侶としてのジレンマと、大切にしているスタンス

「丁寧に扱われた」と感じるだけで、人の心は整い、次の一歩を踏み出すスイッチが入ります。
人間関係や仕事にも通じる、心の整え方のお話です。

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サマリー

丁寧な対応が不安を軽減する効果的な手段であることが強調されています。このエピソードでは、ある先輩とのやり取りを通じて、公式な形での御祈祷がもたらす安心感について考えられています。

丁寧な対応の重要性
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある連常院というお寺屋で、副住職をしております。
今日はですね、昨日あった出来事で思ったこと、どんなことを思ったかといいますと、
やっぱり困った人に対しては精一杯答えるのが大事だなというふうに思ったというお話です。
タイトルからあまりまとまっていないですね。
ともかくね、人と人との関係性の中で、やっぱり一生懸命に答える、行動する、対応するというのは大事だなというお話です。
何があったかといいますと、昨日ですね、私が昔勤めていた会社の先輩から電話があったんです。
久しぶりに、1年ぶりぐらいですかね。
開講一番、お払いをしてくれというふうに言われたんですよ。
皆さん、これを聞いている方もよくわかっていない方も多いかもしれませんが、
実はお払いというのはね、お寺専門が要るんですよね。
どちらかというと神社で行うものがお払い。
一方でお寺が行うものは何かというと御祈祷なんですよね。
まあ、そんなふうにね、頭の中で思いながら、
ああ、お払いですか。
どちらかというと、うちの寺でできるのは御祈祷なんですけど、それでもいいですかねって言ったら、
ああ、いいよいいよって言って、お願いしますって言ってね。
それで、うちの寺までやってきたんですよ、先輩が。
で、先輩はちょっと遠いところから来るんで、わざわざ来てくれるんで、
私としては急な依頼で、ちょっと迷惑な部分も若干あるんですが、
しかしながら一生懸命ね、答えようと。
御祈祷するためにいろいろ準備をしました。
先輩が来るまでの間、太鼓の準備をしたり、飾り付けだったり、
あとはお札を準備したりと、とにかく丁寧に。
で、もちろん清掃ですよ、お坊さんとしての清掃。
お袈裟をつけて、衣をつけて、という形で対応して、お迎えをしてね、
じゃあ、お待ちしておりましたと、今から御祈祷しますと。
御承行のやり方はこうです。
で、この時はこういう風にしてくださいねってね。
で、そういった形で御祈祷しますと。
で、終わった後に、この御祈祷した証としてのお札をね、ぜひとも持ち帰りください。
そして、一年間経ったらね、また来てくださいねって言って渡ししたんです。
で、さらにその後ね、まずちょっと何があったかというお話聞いてみたいんで、
ちょっとお茶でも飲みながら、ちょっとお話聞いてみたいと思います。
ちょっとお茶でも飲みながら、ちょっとお話を聞かせてくださいと言ってね、お話聞いたんです。
で、1時間半ぐらいでしょうかね、いろんなね、もちろんお悩みというよりかは、
ほとんど世間話がほとんどなんですけど、そういったお話をしっかり聞いて、
そしたらね、先輩は満足して、ありがとうって言いながら帰りました。
ちゃんとしっかりとお礼もいただきました。
お礼、お伏せですね、お伏せ。お伏せをいただいて帰って行ったんです。
そんな出来事があったんですよ。
御祈祷の実施
その時に思ったのが、やっぱりね、お祓いとか御祈祷の違いっていうのをね、
厳密に理解している人っていうのはあんまりいないんだろうなと思いました。
それよりも多くの人にとっては神社とか寺とかそういう違いよりも、
今しんどいとか何か不安とか、あとは気持ちを切り替えたりとか、
そういったものが先にあるんじゃないかなっていうふうに思ったんですよね。
だから言葉が混ざっても構わない。お祓いとかね、役払い、役除け、祈祷。
いろんな言葉ありますけども、どれも一緒だということですね。
つまり相手は専門用語を逆らしているんじゃなくて、
このモヤモヤした気持ちはどうにかしたいという目的で言葉を選んでいるということですよね。
そこでね、ちょっと本番というんでしょうかね、本題の部分に移りたいと思うんですけども、
昨日その先輩が実際に来られたときにきちんと清掃して、正式な形での御祈祷したということなんですけども、
正直手間がかかりました。
でもね、たった一人の依頼であったとしても省略をしなかったんですね。
私はここはとても大事なところだと思っています。
不安という状態は雑に扱われたら、雑に消えないということなんですよね。
むしろ軽く扱われたというふうに感じると不安は増えたりするというところなんですよね。
だからお寺としての枠組みで、お寺として正式にきちんとやったということなんですよね。
つまりあなたのお悩みは軽いものとしては扱ってませんよというメッセージになったということなんですよね。
実際、先輩は御祈祷の後にお話も伺ったら心がすっきりしたと、来てよかったというふうな形で満足して帰られたということなんですよね。
心理的効果の考察
やっぱり私としても言葉の違いというものは多少あったにせよとても良かったなと思いました。
でももちろん厳密に言えば違いはありますよ。
簡単に説明しますと、神社のお祓いというのは感覚としては穢れ、
あとは不調感、調子が悪いという感じですね。
そういったものを一旦ゼロにするというようなリセットの方向が強いんですよね。
そういう意味合いですね。
一方でお寺の御祈祷というのは守りを固めるというんでしょうか。
悪い流れを転じるというんでしょうかね。
転換、マイナスをプラスにするみたいな方向性なんですよね。
ただそういった御祈祷とかを依頼する方というのはこれを同じ箱に入れてるんですよね。
だから私たちとしてはきちっと説明をして相手を納得させようとするのではなくて、
その人が何を求めているのかというのを判断した上で、
そしてお寺としての提供できる形に置き直していくという。
これがお寺の存在、宗教の存在と言っていいのかな。
では少し冷静になって科学っぽいようなお話もしていきたいなと思います。
儀礼について、儀礼というのは儀式のことですね。
儀礼というものは、超自然の真偽は別として、心理的には効くんですよね。
どういうふうに効くかと言いますと、要素がいくつかあるんです。
まず一つ目、場の力ですね。
お寺とか神社というのは非日常の空間ですよね。
そこに入るだけで、心の有りを、人の注意というものが切り替わる。
悩みからちょっと距離が取れるということなんですよね。
二つ目、手順の力ですね。
お作法と言ったらいいのかな。
決まった所作、音、あとは魔、あと独卿ですよね。
こういった秩序というものが、脳によっては安心材料になるということなんです。
不安というものは、頭の中から頭の中に散らかっている状態なので、秩序が入ると落ち着きやすいというところなんですよね。
三つ目としては、意味付けの力。
自分は今ちゃんと扱ってもらったとか、区切りをつけたとか、そういう物語ができると脳は前向きな意思決定に入っていけるということなんですよね。
そして昨日の件で特に大きかったのが四つ目。
丁寧に扱われたという力。
清掃をして、そして正式な形で一人のために手間をかけた。
これは心理的にはすごく強い。
自分の不安というものは軽く扱われていない。
自分はちゃんと大事にされたという承認になるんですよね。
不安というものは内容そのものよりも自分が軽んじられている感覚というのがくっついていることが多いので、そこが解けてくる、すっきりするということなんですよね。
だから率直に言うとプラシーボ的な要素があるということなんですね。
でもプラシーボというのは偽物という意味じゃなくて、人間の認知の仕組みとして普通に起きる回復のプロセスということなんですよね。
とはいえ、実は私はお坊さんですので、お坊さんとしてのジレンマというのもないわけではないんですよね。
あまり声を大にしては言えないんですけども、相当集中しては至官多座という言葉を第一に掲げているわけですから、本来は座禅、修行。
どちらかというと自力の道なんですよね。自分の力で困難を乗り越えていくというところなんですけども。
だからといって厳正利益、厳正利悪の人をどこまでやるのかというのは正直きれいには分かりきれないところはあるんですよね。
でもそういった悩みを持っている人には、理屈依然に不安とか苦しさ、そういった人がたくさんいるということなんですよね。
そこでうちは専門外ですとか言って終わると、相手を無儀にすることになる。
だから私としては相手の言葉は受け止める。でも提供としてはお寺としての言葉に置き直す。
そしてやるなら正式に丁寧にということなんですよね。
この3つが揃うと、競技と現実の間で少なくとも人を突き放さずに済むということなんですよね。
最後にこれを聞いている皆さんにもぜひとも持ち帰っていただきたいのは、お祓いとか祈祷とか、言葉が正式性格でもなくても大丈夫なんですね。
大事なのは今自分が何に不安を感じていて、どんな区切りをつけたいかということです。
祈礼というもの、儀式というものは問題を丸投げする魔法ではないんですよね。
でも心を整えて次の一歩を踏み出すスイッチにはなるということなんです。
そしてそのスイッチというものは丁寧に扱われたと感じた時に入りやすいんじゃないかなと思うんです。
昨日の先輩がすっきりしたのは結局そこだったんじゃないかなというふうに私は思っております。
というわけで今日は丁寧に扱う、丁寧に対応するというのはとても大切だよねというお話をさせていただきました。
今日のようなお話をまた聞きたいという方、どうぞリクエストなどあればコメント欄、そしてフォームの方から送っていただければ必ずお答えいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。他にも人生相談やお悩み相談でもそういったもので送っていただいても結構です。
どうぞご検討ください。ということで、年上院副住職の幸文でした。ではまたね。
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