1. コウブン和尚の寺子屋ラジオ
  2. #73 神様仏様はいる?いない?..
2024-08-25 13:17

#73 神様仏様はいる?いない?信仰の本質

▼ハスノハサイトはこちら!
「神様仏様の存在への考え方について」
https://hasunoha.jp/questions/72095

🙏✨ 神様仏様の存在について深く考える時間

今回のエピソードでは、30代女性からの「神様仏様の存在への考え方」についてのお悩みに答えます。信仰とは? 神仏の実在性は? お願い事の意味とは?

副住職コウブンが、仏教の視点から現代人の悩みに寄り添い、心温まる答えを提供します。信仰の本質や、生き方の軸を持つことの大切さについて、深く掘り下げていきます。

信仰に迷いがある方、人生の意味を探している方、ぜひご視聴ください。あなたの心に響く言葉が見つかるかもしれません。

#お悩み相談 #仏教 #人生相談 #信仰 #スピリチュアル #副住職の言葉 #心の癒し #生き方
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00:05
おはようございます。 コウブンです。
栃木県の片田舎にある弁城院というお寺で福住職をしております。
この放送は、前日の夜に散歩しながら収録をしているわけなんですけども、
前日、24日、栃木県はものすごく暑くて、そして夕方になったら、ものすごい雷雨が発生したんです。
今、ちょっと落ち着いてきたので、散歩がてな収録をしているんですけども、
失敗しました。また降ってきましたね。 足元がびちゃびちゃになりながら収録をしているというわけでございます。
今日もお悩み相談会をお送りしたいと思います。
このお悩み相談会というのは、ハスノハというお坊さんがお悩みに答えるウェブサイトに寄せられたお悩み相談を、私、コウブンが答えるといったものでございます。
では早速、お悩みに答えていきたいと思います。
30代の女性の方。題名が、神様、仏様の存在への考え方についてです。
私は、神様、仏様は、宗教関わらず存在していると考えています。
どれか一つの神様、仏様を信奉しているわけではありません。
日本には、八百万の神という言葉がある通り、どの宗教の神様も実際に存在していて、
お寺、神社、教会など、それぞれ神様、仏様へ対してのマナーが違う場所だと考えていました。
それを友人に話したところ、変だと言われました。
お願い事はどうするの?と聞かれたので、そもそも神様、仏様のお家に行って、いきなりお願い事を叶えてくださいは、
人間でもされたら嫌なこと、神様、仏様にしない。
お邪魔してますくらいの挨拶しかしていないと言ったら、全敵と言われてしまいました。
そんなに私の考え方はおかしいでしょうか?と、そういったお悩み相談でございます。
03:01
はい、そうですね、本当にいるとかいないとか、という話はちょっと後に回しまして、
こういう神仏の存在に対して真摯に向き合っているという、この相談者さんの姿勢、すごく素晴らしいことだと思います。
私はですね、よく日本人は無宗教とか、という考え方あまり好きじゃないんですよね。
まあ、お坊さんだからというのもあるんですけども、なんと言いましょうか、
生き方のベースとしてこういったものがあるんです、という表明をする。
例えば仏教だったら、仏教を信奉して、仏教のような生き方をベースに、私は人生を歩んでおります、みたいなね。
そういうことをきちんと言える方が、私は素敵だなと感じております。
仏教でもね、イースト教でも、イスラム教でも、ヒンズー教でも、何教でもいいと思うんですが、
なんとなくふわっとしているよりかは、一本筋を通したと言いましょうか、
神がね、私の中の人生の生きる上での指針というものを持っているという方は、とてもね、素敵だなと思います。
なので、この方の神様、仏様は存在しているという考え方ですね、それ自体は素晴らしいと思います。
で、そこで実物、実在しているかどうかという点に対してなんですけども、
これはですね、本当にいるかもしれないし、いないかもしれない、つまりわからないというところがほとんどですね、
証明しようと思っても、証明することが難しいというふうに言ったほうがよろしいでしょうか。
何でかというと、形として存在しているかというと、これはですね、もしかしたらね、存在していないかもしれません。
その可能性の方が高いと私は感じております。
なぜなら、私も僧侶として活動をしていて、毎日お釈迦様、本殿様に対してですね、お祈りと言いますか、朝のお勤め、お経を呼んでおりますけども、
目の前に現れたという経験はありません。
だけども、過去の偉いお坊さんたちのお話を聞くと、寝ているときに枕元に現れたとか、そういった伝説は残っているんですよね。
06:02
なので、目の前に現れたかどうか、現れるというのは、実在するかどうかというのは、なかなか難しいところではあるんですけども、それを証明するのはね。
だけども、その人が信仰の力というものでですね、心の中にいつも仏を持っていれば、もしかしたらね、何かのきっかけで仏様がそこにいるというように感じることがあるかもしれません。
つまりですね、皆さんに平等に見えるというわけではなくて、その人の力量によって現れるかどうかという部分だと思うんです。
なので、実在するかしていないかというと、科学的な視点で見たら、もしかしたらいないかもしれませんが、それはその人の神様、仏様に対する思いによって現れたり、現れなかったりという部分があるんじゃないでしょうか、というのが私なりのお答えですね。
ただね、思うのは、仮に科学的な視点でいないというふうに証明されたとしてもですよ、だとしてもいるというふうにしたほうが、私としては人生は豊かになるんじゃないかなというふうに思います。
まあ、ぶっちゃけね、どっちでもいいんですよ、いてもいなくても。結局、その人がどう生きるかということに対して、宗教はどこまでその人生をサポートと言いましょうか、その人の人生にとって良い所になるかというそこが重要ですので、どっちでもいいんですけれども、いないとしても、もし科学的にいなかったというふうに証明されたとしてもですね、
いるというふうに思って、そのように捉えてですね、そういう信仰を深めていくというのがね、いい生き方なんじゃないかなと思いますね。
いたほうが都合が良いというふうにね、そんなふうに考えることができると思います。
やっぱり何でしょう、人間はね、愚かなし弱いですし、そういう人たちをね、救うというのはね、同じ身近にいる人、家族であったり友人であったり、そういう人たちがいれば十分だというふうな部分は確かにあるんですけれども、
それでもどうしようもない時、どうしても心が苦しい時なんていうのは、最終的にはね、いるかいないかはわかりませんが、心の中で神様、仏様に祈ることで、心に落ち着きが取り戻せるのであれば、そういうふうにね、祈る対象として、自分が大切にするというのは良いのかなというふうに思うんですね。
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答えになったかな、あんまりちょっと自分の話に夢中で、この質問者さんの対しての答えになっているかどうかちょっとわかんなくなっちゃいましたけれども、お願い事はどうするのという部分がありましたね、これもですね、神様がいるから、仏様がいるからお願い事をするというよりかは、自分がこういう願いがあるんだということをですね、
具体的に言葉にして、そして手を合わせるという行為を通じてですね、自分の心に刻むというところがね、本質なんだと思うんです。
自分が目標、自分がどういう目標を持って歩んでいるのかという部分を、再確認する場所としてお祈りするというのはね、すごく良いと思うんですよ。良いというか、そういう存在だと思うんですよね。
だから、神様がいようがいまいが、本当はどっちでもいいんです。ただ、いたほうがよりそういう確認作業と言いましょうか、自分の心に刻むという作業としてはしやすいですよね。
再確認でもいいんですけども。なので、お祈りをする場所、お願い事をするとき、いるものだと思って手を合わせる。そういうことでよろしいんじゃないでしょうか。
あと、神様、仏様のお家に行っていきなりお願い事をされても、嫌な思いをするんじゃないかというふうに心配されているみたいですけども、そんなことはないですね。
きっと、私が神様、仏様だったら、この方はこういう悩みを持っているんだというお願い事をされたらですよ、いきなり来て。この方はこういうことを悩んでいるんだ、こうやって勇気を持って告白してくれたとか、願い事に対して強い思いがあるんだという思いを聞けるだけで十分嬉しいと思いますよ。
それだけ信用してくれているということですから。なので、嫌な思いはしているということはないというふうに思っていただいて結構だと思います。どんどんお願い事をしちゃってください。
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何でもいいんです。ほんのちょっと大好きな人とお話しするようにできたりとか、そういうささやかな願いでもいいですし、将来海賊王になりたいみたいな壮大な目標でもいいと思います。どんなことでも神様、仏様はきっと受け止めてくれるはずですので、遠慮なくお願い事をしてみてください。
はい、こんなところでしょうか。本日のお話はここまでとしたいと思います。今日の放送の内容を聞いてですね、ご意見ご感想等あればですね、コメント欄の方へどうぞよろしくお願いいたします。
またお願い事じゃないや、違いますね。お悩み相談、人生相談等ありましたら、どうぞスタンドFMのレター機能を使ってですね、私のところまで直接届けていただければ、この放送を通じてお答えすることができると思います。どうぞご検討ください。はい、では、連常院副住職の幸文でした。ではではまたね。
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