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2026-01-12 08:31

#341 人と出会うことで、自分に出会う。「我逢人(がほうじん)」

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今回は、以前もご紹介した禅語「我逢人(がほうじん)」について、今日の実体験を通してお話ししました。

頭での理解ではなく、体験として「あぁ、これが我逢人なんだ」と腑に落ちた瞬間。
来春開催予定のマルシェの打ち合わせで、自分とは異なる視点を持つ方と話す中で見つけた「自分のお寺への想い」とは?

一人で考え込むのではなく、誰かと話すことで見えてくるものがあります。
少し心が軽くなるような、そんな気づきのシェアになれば幸いです。

【今回の放送のポイント】
🌱 禅語「我逢人」が教えてくれること
🤝 マルシェ打ち合わせで感じた「直感」の正体
💡 仲間とは「同じことをする人」ではなく「違う役割を持つ人」
🧘 誰かと話すことは、立派な修行である

【過去の関連放送】
以前、「我逢人」についてMrs. GREEN APPLEの楽曲と共に解説した回はこちらです。
https://stand.fm/episodes/6946a6e189386a6a9f0f52ee

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#仏教 #禅 #我逢人 #人間関係 #気づき #マインドフルネス #お寺 #副住職 #栃木県 #マルシェ #対話 #メンタルヘルス #MrsGREENAPPLE
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サマリー

「我逢人」という禅の言葉を通して、人との出会いが自己発見につながることを学んでいます。特に、田中さんとの対話から、共に異なる役割を担うことの重要性を感じており、マルシェイベントの意義を見出しています。

00:05
どうも、コウブンです。
栃木県の片田舎にある蓮城院というお寺で、副住職をしております。
今日はですね、今日の昼間にあった出来事を通してね、感じたこと、強く感じたことかな、
それをお話ししたいと思いました。
我逢人の体験
禅の言葉に我逢人というものがあります。
ちょっと前の放送でもご紹介したものですね。
ミセス、グリーンアップルという有名なアーティストがおりますが、
そのミセスの曲の中に我逢人というのがありまして、
その我逢人について僧侶の視点で、お坊さんの視点で解説をするというようなことをやったんです、ちょっと前に。
覚えている方は嬉しいですけど、知らないという方は、
概要欄の方に私のスタンドFMの概要欄の方にリンクを貼っておきますので、そこから聞いていただけると嬉しいなと。
それはさておき。
その我逢人、今日はこの言葉が我逢人という言葉の知識としてではなくて体験として踏み落ちた、
そういう一日だったなという、それをお話ししたいというふうに思ったんです。
まず我逢人について。
我逢人という漢字は、我会う人と書きます。
つまり、我人と会う、そういう意味なんですけど、
要するに人と出会うことで本当の自分に出会うというような、そういう意味の禅の言葉ということなんですよね。
私たちはつい自分と向き合うというふうに考えると、
一人で考えたり座禅を食ったり瞑想をしたり、そういうイメージを持ってますよね。
でも禅は実は、禅では人との関わりの中でこそ自分が浮かび上がる、そういうふうに考えるんですよね。
一人でいるときには見えなかった自分というものが、
人と話して、意見を交わして、時に揺さぶられて、
そういったことを、そういう経験を通じて、
自分はこれを大事にしていたんだなというふうに気がつく。
これが我逢人ということなんですよね。
マルシェの意義
今日は3月14日、今度の約2ヶ月後ですね。
連常院でマルシェを予定しておりまして、その打ち合わせがあったということなんです。
その中で田中さん、括弧仮名ですけど、
今日は田中さんと呼びます。
田中さんとじっくりお話をする時間があったんですね、打ち合わせですから。
マルシェのお話なので、最初は日程とか出店とか、
そういう実務的な、そういったお話をしていたんです。
でもね、だんだん話していくうちに、どういう場を作りたいのかとか、
このお寺をこれからどうしていきたいのかとか、
何を守って何を変えていくのかとか、
そういったお寺の未来についてのお話になってきちゃったんですよね。
その時にふと自然に思ったんですけども、
この田中さんとのご縁というものは、やっぱり大事にしないとダメだなって思ったんですね。
理屈じゃなくて、本当に直感的にそう感じたっていうことなんですよね。
じゃあなんでそんなふうに感じたのかっていう部分なんですが、
後から少し振り返ってみますと、田中さんは私にはない視点をたくさん持っていたということなんです。
例えば、人をどう集めるか。
値段をどうつけるか。
一回で終わらせずにどう続けていくかみたいな、そういうビジネス的な視点、そういったものを持っている。
でも同時にお寺という場所、宗派とか、あとは僧侶の立場とか、
そういったことをきちんと尊重もしてくれたというところですよね。
話しているうちに自分の中で、これは守らなきゃいけないなとか、
これが宗派だと、これは宗派だと、これは宗派だと、
そういうふうに思っていると、自分はその中で、
これが宗派だと、そういうふうに思っていると、
という感じでもない。
話しているうちに自分の中で、これは守らなきゃいけないなとか、
ここは外の力を借りていいなとか、そういう線引きがどんどんとはっきりしてきたということなんです。
そういった話をしている間に、これがきっと不可法人なんだなというふうに思ったということなんですよね。
仲間とかパートナーとかって言うと、何でも一緒にやる人というようなイメージはあるかもしれません。
でも、今日改めて感じたのは、仲間とは同じことをする人というわけではなくて、
違う役割を引き受けてくれる人、そういうふうに感じたんですよね。
自分一人では弱い部分、苦手な部分を補ってくれる。
そして同時に、あなたはここを大事にすればいいんですよ、みたいに自分の軸を照らしてくれる。
自分の強みをきちんと支えてくれるという人でしょうかね。
そういう存在がいると、人は無理をしなくて済むんじゃないかなというふうに思ったんですよね。
今回のマルシェも、ただ物を売るイベントにしたいわけではないんです。
人が集まって話をして、出会って、そして何かが少しずつ動き出す。
そんな場にしたいなというふうに思ってるんですよね。
つまりかっこよく言えば、画法人が生まれる場所。
そんなマルシェになったらいいなと、今日改めて思ったということなんです。
もし今一人で頑張っていて、少し苦しくなっているという方がいたとすれば、
無理に答えを出そうとしなくてもいいんじゃないかなと思います。
少し外に出てみて、誰かと話をしてみる。
それも立派な修行みたいなものですよね。
画法人、人と出会うことで自分に出会うと。
今日の体験はそのことを静かに教えてくれたということでした。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
今日の話はここで終わりたいと思います。
今日のような話をまた聞きたいなという方は、どうぞいいねまたフォローよろしくお願いいたします。
それと今日のようなお話をリクエスト等々ありましたら、
コメント欄とかフォームの方から意見を出していただければ必ずお答えしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それと人生相談とかお悩み相談など、そういったものも募集しております。
どうぞよろしくお願いいたします。
連常院副住職の幸文でした。ではまたね。
08:31

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