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仲間とは、自分を良い方向に導き、一人では到達できない場所へ連れて行ってくれる存在です。
栃木県・蓮城院の副住職コウブンです。
今回は、東京での「布教師養成所」という5日間の研修を終えて、改めて身に染みて感じた「仲間の大切さ」についてお話ししました。
仏教では「仏・法・僧(ぶっぽうそう)」という三つの宝を大切にしますが、この「僧」とは修行に励む仲間の集まりを指します。
なぜ仲間が必要なのか? それは、互いに刺激を受け、勇気づけられ、そして自分の慢心を抑えてくれるからです。
一人の意志は弱いもの。だからこそ、高め合える環境に身を置くことが、より遠く、より良い方向へ進むための秘訣です。
「一人で頑張るのに少し疲れたな」と感じている方に、ぜひ届いてほしい内容です。
#副住職 #蓮城院 #禅 #仏教 #人間関係
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https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
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仲間とは、自分を良い方向に導き、一人では到達できない場所へ連れて行ってくれる存在です。
栃木県・蓮城院の副住職コウブンです。
今回は、東京での「布教師養成所」という5日間の研修を終えて、改めて身に染みて感じた「仲間の大切さ」についてお話ししました。
仏教では「仏・法・僧(ぶっぽうそう)」という三つの宝を大切にしますが、この「僧」とは修行に励む仲間の集まりを指します。
なぜ仲間が必要なのか? それは、互いに刺激を受け、勇気づけられ、そして自分の慢心を抑えてくれるからです。
一人の意志は弱いもの。だからこそ、高め合える環境に身を置くことが、より遠く、より良い方向へ進むための秘訣です。
「一人で頑張るのに少し疲れたな」と感じている方に、ぜひ届いてほしい内容です。
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サマリー
栃木県の蓮城院副住職コウブンさんが、東京での布教師養成所の研修を終えて感じた「仲間の大切さ」について語る回です。仏教における「僧」も修行に励む仲間の集まりを指すように、仲間は互いに刺激し合い、励まし合い、時には慢心を抑えてくれる存在であり、一人では到達できない場所へ導いてくれると説きます。法話の作成・発表を例に、仲間がいることで勉強せざるを得ない環境が生まれ、励まし合い、切磋琢磨することで、より良い方向へ進むことができると強調しています。一方で、足を引っ張るような人は仲間ではないと切り捨てることの重要性にも触れ、共に高め合える仲間を見つけることの大切さを伝えています。
はじめに:研修からの気づき
どうも、コウブンです。 栃木県の片田舎にある
田上院というお寺で福住食をしております。 この収録、夜、
散歩しながら撮っているんですけども、 今日ね、風がちょっと強いですね。
栃木県は21日の夜なんですけども、ちょっと風が強めで、もしかしたら聞き取りづらいかもしれません。
頑張ってみますけども、すみません。聞き取りづらいなと思ったら申し訳ございませんということを、先に謝っておきます。
ということで、久しぶりの放送となっておりますが、何をしていたかと言いますと、実は先週、
研修に行ってました。東京の方にね。
家の5日間ですね。月曜日から金曜日の間。 東京にある総統州のね、州務長という施設がありまして、その中でね、もう
ずっと5日間、そこに詰めて、
研修をしてました。本当に、もう外に出ないんですよ。 その中でずっと。なので、
なかなかね、この収録って難しかったんですよね。 一人でいるような時間というのはほとんどなかったという、
自由時間がなかったというところで、
収録ができなかった。そのような言い訳は去っておき、 今日の放送は、
仲間の定義と重要性
何の放送かと。どういうテーマかというと、
まさに先週行った研修のお話です。 そこで感じたこと。それは、仲間。
仲間というのは、自分を
良い方向に導いてくれる。 それが仲間だという、そういうお話ですね。
すいません、タイトルまとまってないです。もう一回言います。 仲間とは、自分を良い方向に導いてくれる人。
そういうお話をしたいと思います。 先週行った研修なんですが、何の研修かというと、
不教師養成所という研修です。
不教師、皆さん聞いたことない言葉だと思います。 これは何かと言いますと、
総統宗では、主に不教、不教というのは仏教のことを伝える人ですね。
仏教を伝える方法として、法話、お話です。 お話をして、仏教の魅力というか、良さというか、
そういったものを伝えますよという。 それを不教師と呼んでおります。
その不教師のスキルアップ、
あとは知識、心構え、
そういったもろもろ不教師としての力を高めるために、養成機関、
養成研修機関と言いたいのかな、 そういうところを置いてくれて、
それを不教師養成所と呼んでおります。 そこに参加してきましたというお話ですね。
そこで感じたのは、やっぱり仲間って大事だなというところですよ。
こんなことをあんたに言われなくたって分かってるよというところだと思うんですが、
改めて感じたんです。
仲間は何が大事というのは、やっぱり、
一人だと難しいこと、くじけてしまったり、怠けてしまったり、
そういったところに陥らずに引っ張ってくれる。
あるいは背中を押し合う、押したり押されたり、
そういう関係性が自分をより良い方向に導いてくれるなというふうに思ったんですよね。
仲間がいるかどうかで、進める距離が全く変わってくるというところですね。
それを身をもって感じたよというところです。
仲間がもたらす力:強制力と環境
これを聞いている方も、勉強とかを頑張っている方、
副業とかもそうですよね。何か一人で作業するような場面はあると思うんですが、
やっぱり途中で止まってしまうということってあると思うんですよ。
私はちなみにしょっちゅう、いろんなことを頑張ろうと思ってもすぐにくじけちゃう、
諦めちゃう、怠けちゃう、そんなことばかりなんですが、
そういったところを仲間の力で少しでも前に進むことができるというところですね。
なんで仲間が大事かというところですよね。
それはやっぱり、仲間というのは励まし合うだけじゃなくて、
勉強せざるを得ない環境というところに身を置けるというところですよね。
仲間がいるということは。
自分も頑張らなくちゃという思いもそうだけど、
勉強をしないと仲間にいられない、そこに所属できない。
だから勉強するというような、ある種の強制力ですよね。
そういったのを働くというのも仲間の力ですよね。
自分の意思というのはやっぱり弱いものですよね。
すぐにくじけちゃいますから。
そういった環境が背中を押すというふうに言えるのかなと思います。
これは実は一般的なお話だけでなく、
仏教における仲間の位置づけ:三宝
仏教でもすごく仲間って大事だよって言ってるんですよね。
その代表的なのが、仏教には3つの宝があるというお話がありますね。
それを仏法相の三宝というふうに言うんですね。
仏というのは仏。
法、仏法の法は法ですね、法律の法。これは教えです。
仏法相の相は、相というのは僧侶の相ですから、つまりお坊さんという意味なんですが、
お坊さんは単体じゃないんです。
複数のお坊さん、集団のお坊さん、そういう意味ですね。
つまり仲間です。
仏様がいる。仏様がいるから仏教というのはできました。これ大事です。
教えがある。教えがあるから仏教というのは人々を救うこともできる。
自分の人生をより良くすることができる。
そして相。仲間がいるから私たちは進むことができる。
この3つがあって仏教というのは完成するんだというところですね。
それぐらい仲間の力というのは大事だよということですよね。
仲間がしてくれること:刺激、勇気づけ、慢心の抑制
じゃあその仲間。具体的に何をしてくれるの?というところ。
これを3つに分けてちょっとお話をしたいと思います。
まず1つ。
まずね、刺激を受けるというところですよね。仲間のしてくれることの1つ目。
刺激を受ける。
例えば他の人が頑張っている姿を見ると、自分ももう少し頑張ろうというふうに思えますよね。
例えば勉強会であれば休憩中。休憩しますとなった時に。
仲間が、例えば今回私の場合は法話を作るというところでしたから、法話を作ってそしてそれを発表するんです。
みんなの前で発表する。
発表するためには、当然ながら原稿を作っただけじゃダメですよね。
実際に読んでみて、語ってみて、どれくらいのテンポで語るのか、こういう表現はいいのかとかね。
あとは言い淀み、スラスラと言えるように何回も何回も読むとか、そういった練習が必要なんですよね、発表するための。
そういったことも休憩時間、せっせとやる、そういう姿を見ると、やっぱり自分もぼーっと知らないな、そういう刺激は受けますよね。
より不況に対して勉強に対して頑張ろうという気持ちが起こってくる。
これが一つ目のポイントですよね。
二つ目、勇気づけられる。
さっきは、刺激を受けて頑張ろうというようなポジティブな気持ちになりますよ、というところなんですけど、
次は逆のネガティブになった時、失敗しちゃったな、発表で上手くいかなかった、法話の発表だったら上手くいかなかった、
仕事であればちょっと失敗しちゃった、みたいな時に仲間がいるから助けられる、自分の気持ちを救われるということはありますよね、応援とか。
励まし、励ましも励ましだけではないかな、同じ苦労があるって分かち合ってくれるっていうところかな、
その失敗、分かるよ、俺もそうだった、そういうところで失敗したよ、ここを気をつけるといいよ、みたいなね、そういう勇気づけられるという部分ですよね。
何気なく隣の人が、その失敗したことに対して、ここはこうした方がいいよってアドバイスもあったり、そうじゃなく、ここはいいところが、こういうところがあったんだよって、
そういうことを言ってくれる、それだけでも仲間がありがたく感じたりしますよね。
同じ目線に立って、いろんなアドバイスをくれたりとか、共に存在してくれるということですかね、同じ目線で。これが2つ目のいいところ。
3つ目、満身を抑えてくれる。
自分はすごく、一生懸命勉強してきた。
いざね、例えば今回の法話題あれば、すごくよくできたぞ、俺よりももっとできるやつはいねえぞ、というふうに思ってたのに、
他の人を見ると、もっとすごい人がいる、もっと素晴らしい人がいる。
ああ、自分はなんて高飛車だったのか、満身だったのか、そういったところをちゃんと抑制してくれるというところですね。
謙虚になれる。こういった効果があるかなというふうに思います。
仲間というのは、刺激し合うし、勇気づけもしてくれるし、そして満身を抑えてくれる。そういう働きがあるということですよね。
共に高め合う仲間と、そうでない人
だから、一人よりも遠くへ行けるよということなんです。
職場でも一緒ですよね。
なかなか職場ではそういう仲間といえる環境というのは、もしかしたら場面によっては少ないかもしれませんが、基本的には仲間ですよね。
仲間同士で刺激し合う、励まし合う、満身を抑えてくれる、そういう効果があるんじゃないかなと思います。
勉強会、会社以外での勉強会とか、SNSとかでもそうかな、共に何かを学ぶ、何かを共に行動する、行うためのSNSでのコミュニティだったり、そういうときに仲間ってありがたいなと思うことがあるかなと思います。
一方で仏教では、あんまり仲間に対して、特に自分の足を引っ張る人、そういった人が現れたときは仲間は切り捨てろって言うんですよね。仲間というか、敵ですよね、言ってみれば敵。
敵がいるぐらいだったら、敵と一緒に吊るむぐらいだったら、その人とは離れて一人で歩いたほうがマシだというような言い方をしますね。
一人で歩めってお釈迦様は言うわけですよ。
つまり仲間とは、共に自分を高め合ってくれる人であって、そうじゃない人、足を引っ張る人、愚痴を言う人、怠ける人、自分にとって歩みを止める人というのは仲間ではない。
そういう人がいるのであれば、その人から離れるのが良いということは仏教でも言っております。
というわけで、今日のお話はこんなところで終わりたいと思います。
まとめ:仲間を意識することの勧め
これを聞いている皆さんも、ぜひとも何かを行うとき、勉強をするとき、あるいは何か新しい仕事、事業を行うとき、仲間、とても大事ですよね。
そういった仲間というものを意識してみると、よろしいんじゃないでしょうかというところでお話は終わりたいと思います。
今日のようなお話、また聞きたいなという方は、ぜひともいいね、またコメントを残していただけると励みとなります。よろしくお願いいたします。
あとリクエスト等もあれば、ぜひともよろしくお願いいたします。
では、蓮城院副住職の幸文でした。ではではまたね。
14:27
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