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2025-07-05 12:05

#266 その人の生き方が香る場所

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今回は「その人の生き方が香る場所」というテーマでお話しします。

最近、私が参列した二つの対照的なお葬式。
きらびやかさを求めた先輩僧侶の最後と、多くの人に愛された同僚僧侶の最後。

「お葬式は、故人の人生を映し出す鏡である」

この言葉をまさに実感した経験から、人が生きてきた証は、目に見えるものではなく、日々の行いや人との関わりという「香り」となって現れるのかもしれない、ということを感じました。

この放送が、あなた自身の人生の香りについて、そして日々の生き方を改めて見つめ直すきっかけとなれば幸いです。

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サマリー

今回のエピソードでは、生き方が香る場所について語られています。特に、お葬式を通じて感じる人の価値や影響について考察されています。葬儀を通して、故人の生き様や周囲のリアクションがどのように影響し合うかが示されています。

故人のお葬式の体験
どうも、コウブンです。
都知事県の片田舎にある蓮城院というお寺で副住職をしております。
今日はですね、ちょっと重たいテーマにはなるんですが、
誰しもが避けられないというか、関係があるテーマといったことをお話をしたいと思います。
どういうお話をしようかというと、その人の生き方が香る場所という、
そういうテーマ、ちょっとカッコつけたテーマですけれども、お話ししたいと思います。
なぜそんなテーマかといいますと、実は私の知り合いのお坊さんが亡くなりまして、
それは大先輩なんですけれども、70過ぎくらいから大先輩のお嬢さんが亡くなったことと、
それと昨年の秋に亡くなった私の同僚、友人でもあり同僚でもあるお坊さんのお葬式。
その時に二つのお葬式を参列させていただいたんですが、その時感じたことをお伝えしたいなと思いますので、
これはすごくお葬式という、個人にとって亡くなった方にとっての最後の場所ですし、
もうすでに亡くなった方をけなすというか、貶めるような表現にもしかしたらなってしまう部分はあるかもしれません。
それを聞いている皆さんも、これを聞いている皆さんも、もしかしたら気分が悪くなるかもしれません。
なるべく直接的な表現というのは避けていきたいと思うんですが、
もし気分が悪くなってしまったのであれば、大変申し訳ございません。
その時はどうぞ再生ボタンを止めていただいても結構です。
ただ、私が感じたこと、そういうことを感じる人もいるんだということを心にとどめていただければ幸いです。
どういうことかと言いますと、まずは私の先輩のお嬢さん、70過ぎのお嬢さんのことについてお話をしたいと思うんですが、
その方はとても人間らしいというか、ご自身の感性、見え方というものをとても大事にする方だったんですね。
なので、きらびやかな物具とか、とても凝った衣装の立派な包囲、大袈裟とか、そういったものをたくさん持っていらっしゃる方だったんですよね。
自分の理想の僧侶像というものを、そういった形を通して表現をしていた方だったんですよね。
要するにちょっと貶める表現ですが、派手好きだったんですね。
とても派手好きで、取り繕うということが好きだったんですよね。
そのこだわりが強い姿勢なのか、何なのかわかりませんが、周りにハラハラさせるような、あるいはモヤモヤさせるような、そういった方だったんですよね。
その方のお葬式は、お持ちの立派なブーツなり、あるいは包囲、包囲というのは僧侶の衣装だったりとか、それを最後に着ていただいて送り出したわけですけれども、
そこに参列した方々、あるいはそのお葬式を手伝ったお坊さん方のお話は、後でちょっと聞いてみると、みんな口々に大変だったというのが最初の一言なんですよね。大変だった。
何が大変というと、その先輩お嬢さんは取り繕うことは大好きだったんですが、お掃除は嫌いだったんですね。お掃除。
お寺の中の、お寺といえばガラーンとしているイメージですよね。何もないというか、空っぽみたいな、そういうイメージですけれども、ところが物を集めるのが大好きな人だったので、とにかく物が多い。
式をやるにしても、まずは片付けをしなくちゃならない。掃除をしなくちゃならない。そういったところがありまして、そのお葬式を行うにあたり、そのお寺の先輩お嬢さんの息子さんの手伝いのために周りのお坊さんたちが、お掃除とか片付けとかをやったわけですよ。
それがものすごく大変で、とにかく大変だったとみんな言うんですね。その息子さんも多少やっぱりお父さんに似ているところがあって、なかなか周りの人たちをいろんな気持ちにさせるわけですね。
イライラしたりとか、もやもやしたりとか、そういうタイプの人だったんで、みんなが大変だった、大変だったってね。個人とのお別れを惜しむっていう言葉じゃなくて、みんなもううんざりみたいな表現がほとんどだったんですよ。
私自身もね、なんかね、しっくりこないというか、釈然としない思いをしながら、葬儀のお手伝いをさせていただいたわけなんですけども、一方でですね、私の友人であり、同僚であるそのお坊さんは、ちょっとね、ドジというか、あんまりね、こう、なんでもかんでも言って、
なんでも器用にこなすような人ではないんですけども、まあ、愛嬌がありました。人懐っこい。人とね、よく仲良くなるのが上手な方だったんですよね。
いろんな人と分け隔てなくお付き合いができて、すごくね、その人も人間味はあふれている人なんですけども、とにかくね、みんなを楽しませるというようなことが大好きな方だったんですね。
生き方が香る場所
だから、いつもね、その人気者だったから、いつも周りに人がいたし、その人がいるだけで、その空間がパッと明るくなる、そういう人だったんですよね。
その方のお別れの時、お葬式の時ね、やっぱりね、みんな泣いてました。年齢は私よりちょっと下ですから、45歳とか6歳ぐらいですね。
突然死だったわけなんですけども、驚きとともに急な別れでね、みんな泣いてたわけですよ。
そういう違いっていうのをすごく感じました。こうも違うんだなって。
とあるお坊さんがね、こんなことを言ってました。
お葬式は個人の人生を映し出す鏡である。
まさにね、それを感じた瞬間でしたね。
そうなんです。その生き方が周りの人たちの態度に出てたんですよね。
どんなに立派に物を語り立てても、本当にその人の心を動かして、その場の空気を作るというものは目に見えない何か。
つまりその人が日々どのように人と接して、そしてどんな思いで生きてきたかという徳のようなものかもしれませんね。
個人の生き方が三列車の態度とか表情、そして会場全体の香りとなって、
最後の最後にその人の本当の姿というものを私たちに教えてくれるという。
お葬式とはそういうものなんだと私は改めて思ったわけです。
というわけで、少し暗いお話になってしまったんですけども、これはどちらが良いとか悪いとかそういうことではないんです。
ただ、私たちは自分の人生の最後というものをどんな香りに満ちた場所にしたいかという。
そう問いかけてみることが大切なのかなということを言いたかったんです。
今この瞬間を大切に生きる、そういう考え方になってみれば、日々の小さな行いとか、あとは人の関わり、
そういったことの一つ一つの積み重ねこそが私たちの人生という香りを作り上げていくのかなというふうに思います。
今日はその人の生き方が香る場所というテーマでお話をさせていただきました。
皆さん自身の毎日が、そして人とのご縁というものがより一層大切に思うきっかけとなれば幸いです。
というわけで、今日のところはここで終わりたいと思います。
今日のお話を聞いていいねと思った方はどうぞいいねボタンよろしくお願いいたします。
また人生相談とかお悩み相談、あるいはこんなお話をしてほしい、そういったリクエストがあればコメント欄、またフォームの方を利用してくださいますようよろしくお願いいたします。
はい、というわけで蓮城院副住職の幸文でした。
ではではまたね。
12:05

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