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2025-11-04 18:06

#316 お葬式の「戒名」は、本当は生きているうちにもらうもの?

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今回は、先週の放送をお休みしてまでお手伝いに行っていた、東京・西麻布にある「大本山永平寺東京別院長谷寺(ちょうこくじ)」での「授戒会(じゅかいえ)」という儀式についてお話しします 。

「授戒会」とは、3日間かけて行われる大きな儀式です 。 そこで授かる「戒(かい)」とは、心を穏やかに、安らぎのある人生を送るための「自発的なマイルール」のこと 。

実は、お葬式で授かる「戒名」も、この「授戒」にあたります 。 しかし、戒は本来、生きている私たちが人生に活かすためのもの 。 亡くなってから授かるのは「せめて安らかに」という思いからで、本当は生きているうちに授かる方が良いのです 。

今回の授戒会は、まさに生きている人のためのもの 。 3日間かけて講義を受け、反省し、身を清め、誓いを立て、その証である「血脈(けちみゃく)」を授かります 。

五感で体験するこの儀式 。人生をより良い方向へ導く「きっかけ」として、ご興味のある方はぜひ来年参加してみてはいかがでしょうか 。

#仏教 #お寺 #副住職 #授戒会 #永平寺 #東京別院 #戒 #戒名 #生き方 #心を穏やかに #雑談 #standfm
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サマリー

このエピソードでは、東京の栄平寺東京別院で行われた寿会の儀式についてお話しされています。戒名の由来や授かる意味が説明され、戒名は生きている間に授かるべきものであり、人生を穏やかにするためのルールであるという視点が強調されています。葬儀の儀式において、戒名が生きているうちにもらえることの重要性についても語られています。儀式を通じて自分の人生をより良くするきっかけを得ることができ、参加者は精神的な清めを体験します。

寿会の儀式について
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある蓮城院というお寺屋で福住職をしております。
今日は、雑談会をお送りしたいと思います。
どんな雑談をお送りするかというとですね、
先週、私がこのスタンドFMの放送を休んでまで行っていたところ、
東京のお寺のお手伝い、その時に感じたこととか、
そういう出来事についてのお話をしようかなと思います。
これね、今思いつきで喋っています。
なので、全然まとまりがない感じになると思いますが、
どうかご容赦はしていただければと思います。
なかなかお寺の話ですから、興味持てないなという方が多いと思うんです。
でもね、すごく大事なことなんですよ、一応。
おそらくこれを聞いている人、どんな人でも。
だから、できれば聞いていただきたいなというふうには思うんですが、
それには私も一生懸命伝えなくてはならないので、頑張っていきたいなというふうに思います。
どこのお寺に行っていたかと言いますと、東京の西安座部という場所にある、
すごい都会のど真ん中なんですけど、大本山栄平寺東京別院彫刻寺というお寺に行ってきたんですね。
やたら長い名前のお寺なんですけども、名前が示している通り、
大本山栄平寺というお寺が福井県にあるんですけども、そのお寺の東京の別院、
東京の別院というのは、いわば東京支店的な東京出張所的な支店かな、東京支店のようなものです。
そこに彫刻寺というお寺の名前が最後につくんですけども、
栄平寺の東京支店彫刻寺というお寺ですよということですね。
やたら名前が長いので、東京別院というふうに呼称したいと思います。
その東京別院で何してたのっていうと、寿会へという大きな大きな儀式をお手伝いをしてきました。
総勢3日間かけてやる儀式なんですけども、
儀式って普通長くても1時間とか2時間とかだというイメージだと思うんですが、ところがですよ、
これを3日間やるんです。もちろん3日間ずっとじゃないですけども、
時々休憩というか間々挟みながらなんですけども、とにかくその3日間は儀式をしっかりやるということなんですね。
その儀式は寿会へというものです。
寿会という言葉聞いたことありますか、皆さん。あまりないかな。
きっとそんなに聞いたことはないんですけど、実は割と身近なんですよ、寿会。
ちなみに寿会どういう字を書くかというと、寿は授けるという字です。授ける。
手編に受付とかの受けるという感じ。それを寿と読みますね。会は今締めです。
今締め。今締めというのは何でしょう。ルール。マイルール的な。
外側から規制されるものじゃなくて、自分で自発的に行うルールですね。
これは今締めって言うんですけども、その今締めを授ける式。これは寿会です。
寿会へって言いますけど、へっていうのは会議とかの会って書きますね。会うという字ですね。
これは仏教の儀式でありがちなんですけども、会って書いてへって読むんですね。
なので漢字だけ見ると寿会会って書くんですけど、寿会へって読むんですね。
そういった儀式ですよということですね。寿会の儀式。
戒についての考察
この寿会というものは、実はすごくありふれてるんです。
そんなの聞いたことないよっていう人多いと思うんですけど、実はありふれてるんですよ。
どういうことかと言いますと、日本の仏式のお葬式、お坊さんが来るお葬式ですね。
一部の宗派を除き、対外のお葬式の場合、この寿会というものが行われます。
そしてその結果、お戒名というのを授かります。
つまり戒名を授かった場合、お葬式の後、お葬式の時に戒名を授かった場合は、これまで寿会を行いましたよということなんですよね。
なのでこれを聞いている皆さん、お父さんお母さん、まだ生きてるか、おじいちゃんおばあちゃんが亡くなった時に、
そういえば戒名をもらったな、お坊さんからもらったなって思えば、それは寿会をやりましたということなんですね。
そういった戒を授けるというのは、戒を授けた証として戒名というのをもらうわけですから、必ず寿会をしなくてはならないということなんです。
じゃあ、戒って何なのよという話になってくると思うんですが、これはさっきマイルールと言いましたけれども、何のマイルールかというと、
心を穏やかにするためのルールということかな、人生を安らぎのあるもの、心を穏やかになるようにするためのルール、これが戒なんですよ。
びっくりしません?じゃあ死んだんじゃ間に合わないじゃんと思いませんでした。
その通りなんですよ。実は戒というのは、生きている人たちのためにあるものなんですよね。
つまり自分の人生に、自分が生きているうちに人生に生かすものが戒というものなんですね。
なぜなら、仏教というのはそもそもこの世の中にある苦しみ、思い通りにならないことってたくさんありますよね。
そのおかげで色々な私たちは苦しい思いをするんですけれども、その苦しいというところからどうやったら離れて心を穏やかに過ごせるのかということを追求したものが仏教なんですけれども、
その追求している上で生まれてきたものが戒なんですよね。
こういうふうに人生を過ごせば、こういうふうに人間関係を保てば、心穏やかにいられるよねっていうのが戒なんですよ。
その戒を授ける式が受戒。
なんで一般的にはお葬式の時に授けるのかといいますと、これは実は私たち普段の生活でなかなか仏教と触れ合う機会というのはそんなにないのかなと思います。
一般的な生活をしていればね。
本当は生きているうちに戒を授かって、そしてその戒のある生活をね、戒にのっとった生活をすればきっと穏やかな人生を過ごせるんだけども、生きているうちにはそれができなかった。
だからせめて最後というか、亡くなった後にどうか安らかにいてほしい。だから戒を授けるんです。
仏教において、弔いの仕方として亡くなった方を見送る方法の最高の儀礼というか、最高の行いとして戒を授けるというわけなんですね。
せめて生きているときはいろんな苦しみがあったけども、亡くなった後はどうか安らかにいてほしい。だから戒を授けるんです。
というわけなんですね。でもこの理屈から言うと、実は生きているうちに授かった方がいいんです。
受戒家の意義
亡くなった後は、もうせめて、せめてというのも話ですから、本当は生きているうちに授かった方がいい。これが戒なんですね。
そして先ほどから言っている東京別院での受戒家の場合は、生きている人たちのために授けるものなんですよね。
というわけで、この受戒家というのは人生を穏やかにするためのきっかけづくり、勉強会というちょっと安っぽくなっちゃうんですけども、
自分の人生をどう変容していくかというところの最初のファーストステップとしての位置づけが受戒家なんですね。
もちろんこれを受けたから明日からすぐハッピーになります。そういうわけではありません。
そういうものでもないですしね、書いているのは。ただ、今まで知らなかったけども、そういう生き方があるんだ。
そんな心構えが大事なんだということを学ぶことによって、少しずつ少しずつ自分の習慣を改めるきっかけになるというのが受戒家なんですよね。
熱っぽく話しましたけども、そのお葬式の時は、ちなみにお葬式の時はどうしても式の時間というのは決まってますから、15分とか30分とかで終わさなくちゃいけない。
ところがこの受戒家の場合は3日間かけてしっかりやるんですね。会を授けるためにいろんなことをやるんです。
それをお手伝いしてきたということなんですよね。
ちょっと疲れちゃいました。何をやってたかというと、これ超簡単にざっくり言うと、まず会というのはどういうものなんだというのを講義をするわけですよ。
勉強会ですね。それを学んで、そしてそうなのかと学んだ後は、自分の今までの人生で会とは違った人生でしたから、そこは何がだめだったのかなというところを反省しましょうという大反省会が始まるんですね。
戒名と儀式の重要性
その反省をした後に、自分の中から出てきた反省した部分というものを紙に書いて、お札を授かって、そのお札に自分の思いを託して燃やしてしまうんですね。
実際に本当に燃やすんですよ。お札を授かって、賞罪無料という言葉を言って、そして燃やすという儀式をやるんです。
これで今までの人生の中で良くなかった部分、会と照らし合わせて、何か悪いことをしたからというのではなくて、自分の人生で良くなかったことは反省すべきだなというところを儀式によって滅却する。
焼却するということですね。それをやります。
そういったことをやった後に、改めてもう一度書いたらどういうことなんだというのをしっかりともう一回勉強します。2回目の勉強です。
2回目の勉強をした後に、次は勉強した証として、その前に身を清めるんですね。
どういうふうに清めるかというと、ちょっと偉いお坊さんが車水といって、コップに水が入ったもの、そこにそれをうやうやしく丁寧にお唱えをしまして、
そのお唱えをすることによって車水に入った水というものは、聖なるもの、何か変な感じになっちゃいましたけど、とても清いものというふうにされたものですね。
意識を通じて清くなった水をみんなに降り注いで、皆さんの体を清めるという儀式があるんです。
清らかになった後に、禅師様、また登場人物が増えちゃったからややこしいんですけど、
永平寺の従職の禅師様というんですけど、相当宗の中でトップのとても偉いお坊さんがいるんですけど、そのトップの方が、もう一回貝とはこういうものだと説明するんですよ。
あんたらそれできますか?って聞くんですね。
よく保つや否やって聞いて、よく保つって言って、貝というものをこれからちゃんと保ちながら、自分の中にしっかりと保ちながら生きていくんだという誓うわけです。
その誓いが終わった後に、その証として吉脈と呼ばれる証明書みたいなものを授かって、終わるという儀式ですね。
ざっくり話したし、いろんなワードが出てきたから、わけわかんないと思うんですけど、ともかくね。
参加者の体験と清め
ちなみに吉脈の中には開明みたいなもの、安明って言うんですけど、ちょっと開明と微妙に違うんですが、とにかく名前を授かります。
それはさておき、開明を授かるのと一緒なことを3日間かけてやるということなんですね。
実際のお葬式のときは、さっき言った内容をぎゅぎゅぎゅっと15分とか30分にまとめるんですね。
これを3日間かけてやると、それのお手伝いをしてきたというわけですね。
この儀式はね、今聞いてわかったと思うんですけども、生きている人たちが自分の人生をより良くしたいと願った場合はすごくいい儀式だと思います。
演出自体も結構凝ってるんですよ、その儀式。
やっぱりね、儀式というのは雰囲気が大事ですから。
ちょっと安っぽく聞こえるかもしれませんが、これは実際そうなんです。
やっぱりね、五感で感じるものですから、儀式というのは。
耳で聞いて、目で見て、鼻で匂って、舌で味を味わってという感じでね、五感をありとあらゆる感覚を使って体験をする。
これがね、儀式なんです。
それができるのが、私が言ってきた、お手伝いしてきた東京別院の受会へというものでございます。
どうかね、少しでも興味を持っていただけた方はですね、一度ホームページなり、何かで東京別院受会へということで調べていただいて、どういうものか知っていただければ、
ぜひとも来年参加していただければ嬉しいなと思います。
一つ言っておくのは、勘違いさせてしまうと申し訳ないので、あらかじめ伝えておきますと、これを受けたから人生が全て良い方向に行く、そういうものではないんです。
何か特別な、すごい効果があるとか、そういうものではありませんが、ただ自分の人生を少しでも何か良い方向に、安らぎのある方向にしていきたいなって願うんであれば、そのきっかけとして使っていただければというふうに思います。
またこういう変わった体験をしてみるというのも、自分の人生においてすごく良いことだと思いますので、どうか興味を持っていただけた方は来年ご参加をお待ちしております。
というわけで、今日のお話はここで終わりたいと思います。
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それとリクエスト、お悩み相談などいろんなことを聞きたいことがあれば、コメント欄、そしてフォームのほうからどうぞお寄せくださいますよう、よろしくお願いいたしたいと思います。
連常委員副住職の幸文でした。ではまたね。
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