プロジェクトデザインルーム
プロジェクトデザインルーム、第26回ですが、引き続き2度目小学校プロジェクトの古川理沙さんとお話をしていきます。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。 韓国やら中国やら行ってたんだと、そういう背景を知りましたけど、
すげえなあ、確かにいろんな視点が混ざって、そこに今立ってるんだなっていうのがわかりました。
今からまた楽しみが増えてるんですけど、このパートでは2度目小学校プロジェクトという、僕が今いろんなプロジェクトに関わったり、外から見たりすることが多いんですけど、
冷静に考えると、小学校を新設するって、多分めちゃめちゃ難題というか、ハードル激高、ハードモードのプロジェクトだなと思って、
普通の生活してたらまず立ち上げようってならないと思うので、今日は本当にめちゃくちゃ基本的な構造の質問にしようと思って、5W1Hになぞらえてね、ちょっとお話を聞こうかなと思っています。
なんとなくね、これまでの話からちょっと補助線は引かれていると思うんですけど、まずYからやろうと思っています。
一言で言うと、なぜ始まったプロジェクトなんですかということなんですけど、その保育園、小・中と行きたいという気持ちがあったっていうことはあるけど、
でも、なんかの出来事があって、いざアクセルが踏まれたってことだと思ってて、そのとき何があったんだっていうところからちょっと聞いてもいいですか。
なんかものすごく、表現を変えると、ものすごく自己中心的なプロジェクトかもしれないと思っていて、
そういう言い方をするのが、保育園を作るとき、9年前に保育園がこれは作れるかもしれないっていうのが、もう晴天の霹靂でそういうタイミングがあって、
つまりは、お金を全部出すから、君の好きなこと、好きな教育を作りなさいっていう人、その詐欺のような。
それだけ聞くとだいぶ美味しい話。
本当にそんな嘘みたいな話はないと、途中から思い始めたけど本当だったっていう、素晴らしい出会いがあって、保育園プロジェクトっていうのは始まったんですけど、その途中で結構不安になったんですよ。
不安になったし、なんか自分のお金じゃなくて、そんなに深い中っていうか、どうかすると、初めましてってあった。
その日に、お金を全部出すから、あなたの思う教育をやりなさいって言われて、その日は舞い上がって、私以外の敵人はいないですって言い切っちゃったんですけど、翌日からいろんな不安がこう。
いや、なんか綺麗に詐欺にはまるパターン、そうだもんね、そこの切り取りで言うと。
不安が起こってきて。
これは、詐欺かもしれないっていう不安が最初に起こった。
でもそれは結構すぐに、いや違うなっていうのも、そもそも私をそんな風に騙したところで、彼に何のメリットもない。
なるほど。
なんかすごい財産があるわけでもない、私に何かすごい経歴があるわけでもない、よほど暇な人でもそんなことはしないはずだから。
し、そもそも失うものがないんだったら、この詐欺に騙されたところで失うものがないから、乗ったらいいじゃんっていうふうに、そこはすぐに解消されたんですけど。
その時、保育園作った時にですね、結局5億円ぐらい、その方かけてくださったんです。
で、そうすると次に出てくる不安っていうのが、本当にこのこれだけの投資をしていただくに見合うだけのクオリティのものを作らねばならぬ。
かつ、この作る、これから作る保育園が、この子どもたちの成長で考えても、その時間っていう縦軸で考えても、その空間的な軸、この地域とか、その関係する子どもたち、保護者たち、地域の人たちっていう取引先たち、そういう人たちにとって良いものを作らなければならないみたいな、なんかものすごくプレッシャーが。
責任感とプレッシャーが。
で、1回だけなんですけど、もう無理かもって、何もなんかハードルがあったわけじゃないんですよ。
なんかその自分、自分が勝手に思い込んだプレッシャーに、もう負けそうになって、無理かもって思った時に、
親友の一人が、リサが考えることっていうのは、もう自分がやりたいように考えていけば、そのままリタになるようなステージに、もうあなたは立ってるから、世間のためとか、地域のためとか、皆さんのためとか、子どものためとか、そういう違う主語を置かずに、とにかく自分がやりたいことをとことん積み上げれば、それだけでいいみたいなことを言ってくれた人がいて。
その親友、最高。
最高、ほんと、今思うとね。
ほんと、俺も今感謝してる、その人に。リサさん、ほんと、勇気づけてくれてありがとう。すごい。
そうかと思って、まあ単純ですよね。
分かったって言って。
スイッチが切れ替わったんだ。
で、だから自己中心的に、自分が、だから、その当時まだ40前半くらい。そのくらいって、ちょうど今のデムちゃんくらい。
同じくらいかな。
人生80年ってしたときに、なんとなく折り返し地点じゃないですか。
それまでって、結構やりたい仕事がやれて、自分がやりたいことをやるのに足りるだけのお金があって、友達がいてってしてたら、結構幸せ。
だけど、これから先の人生を考えていったときに、どんどん体は衰えるとか、できることが少なくなってくるっていう、この死に向かっていくステージの中で、
それだけでは、お金があるとか仕事があるとか、それだけでは幸せでいられないかもなとか、あるいはその、韓国中国に20代で出た。
日韓ワールドカップまで前とか、北京オリンピック前の、その国にいたっていう経験もあって。
今の自分の子供たち、我が子2人が、一生涯幸せでいる社会であってほしいなって思うと、もっとやれることがあるな、みたいな。
そのためには、我が子だけが幸せでは、我が子がずっと幸せではいられないから、この半径何キロかわからないですけど、彼女たちが、彼女たちを取り巻く社会が、そのハッピーな社会であり続けてほしいな。
なんかそういうことを考えていって、教育をとか職をとか、なんかそんなコミュニティーをとか、あんまり意識高くやってきたわけじゃないんですけど、そんなことを考えて。
でもすごい中心に利子があって、ちゃんとドミノでリターンになってるっていう話はすごいわかった。
そう信じたい、そう。
それが本当、源流だとして、保育園あって、小学校いざっていうことの、保育園のときは送信してくれる方との出会いだったけど、小学校のいざ、なんかデイワンって、どんな日だったの?
これはですね、それもまた嘘みたいな話で、実はこのニードム小学校って18年前に廃校になってるんですよ。
案外知ってる人も、実は知ってる人も多いかもしれない、18年前にマクセルDVDがCMで使った校舎なので、知ってるっていう方が案外多い学校なんですけど、
ちょうどコロナ前ぐらいのタイミングで、とある人から、利子ちゃん小学校作るんだったらぜひこの学校でやったら、みたいなことを紹介されてたことがあったんですよ。
すぐ見に行ったんだけど、そのときっていうのは廃校じゃなくて休校だった。
一緒じゃんって感じですよ。
それ今の校舎?
そうそうそう。
ステータスがちょっと違ったんだ。
ちょっと違う。
休校だったんだ。
休校って、休校中って一人でも子供が引っ越してきたら開くんですって。
なるほど。
だから他の用途に絶対使っちゃダメ。
じゃあ保留してるみたいな状態。
廃校になると、もう子供が引っ越してこようが開かないので、もう他の用途に使っていいし、行政がその資産を売却してもいいってなるんですけど、
見つけた当時、紹介していただいた当時はまだ休校で、手も足も出なかったんですよ。
何もできないですね、それ。
で、ある日、2年前か、2年半ぐらい前、ちょうど2年前の今ぐらいかなに、友達が、
明日遊ぼうよって言って。
もう遊ぼう遊ぼう。
で、何する?
そしたら、その友達が、全然その前後でそんな話をしてたわけでもないし、ないのに、昔、りさが言ってた、あの学校でも見に行くって言うんですよ。
で、行ったら私断ったんです。
いや、何もないよって言って。
本当にただ校舎があるだけだよ。
なんだけど、そこに行くことを決めるほど、他にやることがなかった。
だから、暇だし、運転するって言うし、ドライブがてら、行きますかっていうような。
で、行った。
そしたら、学校の入り口に競争入札っていう札が立ってて、
大変です。
これだから、そこで廃校になったことに気づいたんだ。
締め切りが1週間後。
申し込み締め切りが1週間後で、大変だって言って。
でも、もともと保育園を立ち上げた時から小学校を作りたいって言ってて、これまでも何度もチャンスをつかみきれてなかった。
逃してきたので、すぐに保育園の運営チームに連絡したら、
みんなメッセンジャーで連絡したのに、リアクションすらしないんですよ。
あれ、私嫌われたかなとか、みんなそれほど小学校を作るプロジェクトに興味実はなかったのかなと思って、その足でそのまま保育園に行った。
そしたら、保育園の園長がはーって溜息ついて、バンって。
はーって溜息ついたから、いよいよ、やっぱり小学校を作りたいって私だけが勝手に思ってたんだと思ったら、バンって資料を出されて。
なんと、私のそのメッセンジャーの小学校入札で買えるかもみたいなやつに反応することもせず、そのままもなく、計画書みたいなのをその短期間でわーっと作ってくれてて。
それだって、その同じ日でしょ。
そう、数時間後。
ドラマやん。
こうやってスクールバスを通せば、今ある2つの園から通えますとか、いろんなのをもう資料にしてくれてて、天才かって。
すごい。
最高ですねとか言って。
それってもしかして入札に参加していいってこと?って言って。
で、みんなが小学校なんて競争入札に出ても買う人いないから心配しなくていいよとかって言われてたのに、よくよく聞いたら競争相手がいるって。
いたんだ。
でもそっからはいろんなこと調べて、相手がいくらで入札してくるか。
いろんな不動産とかそういうのに詳しい人たちに評価額、何種類も出していただいて、ここで負けたらもう二度と小学校を作るチャンス降ってこないかもしれない。
どうしてもここは勝たねばならんって言って。
突然。
もしあの時にその彼が明日ドライブでそこ行くとか言わなかったら、こんな普段絶対行かないような場所なので。
すごい。運とか運命というか、その友人のいたずらというか。
本当に。
すごいな。そんなところから一週間を過ごすんだ。
そわそわ、そわそわして。
すごいな。
わかりました、そのYっていうのがまずわかった。
ここはすごい大事だったので時間かけたんですけど、ここからちょっと分解していこうかなと思って。
WENですね、今始まっているプロジェクトということで、入札勝てたと。
開校はいつになるものですか、これは。
今目標としているのが、2027年4月開校。
目標というのが、すべての要件が揃わないと開校できないので、
それが私学審議会という会で図られて、オッケーだねって言われたら初めて開校になる、開校準備ができるようになるんですけど、
その私学審議会までに要件が完全に揃わなかったら1年伸びる。
そうか、やっぱり私学のね、ギリギリなんだ。
その要件はめっちゃいっぱいあるのかな、あれやこれや。
ものすごく単純に言うと、学校運営、国の基準で生徒1人当たりの床面積とか、そういう基準があるんですよ。
それを満たしてるか。
だから校舎、建物、基準を満たした校舎と土地を自己所有しているか。
なるほど。
っていうのと、運転資金を自己所有しているか。
オッケーです。3つ目の質問も入っちゃいましょう、これ。
上野はわかったんで、Howですね、小学校ってどうやったら作れるんだろうって単純に思ってたんだけど、
それを1回ちょっと理解したくて、まず校舎から入るのかな、土地とか。
ここでやりますみたいなことが決まる。
で、さっき言ってた1人当たりの。
面積。
じゃあ上限があるのか、生徒の受け入れに関して、面積が決まると。
今回は何人までいけそうとかなんか。
今回は2段階で開校させようと思っていて、1回目の開校、最初の開校では40人ぐらいの小っちゃい規模、超小規模で開校させて。
全学年。
はい。6学年で40人。
はい、少ない。
っていうのが、まず基準の最低ラインっていうのが、40人、41人以上か、以下かっていうので基準があるんですよ。
そこのマックス40人っていうのを、第1段階で。
で、今私たちが買わせていただいた校舎っていうのは、もともと2学年ずつの副式の学校で、教室が3つしかないんです。
ものすごくかわいらしい、もう古き良き日本の原風景みたいな木造の平屋の学校、でもその自治体では一番新しい学校。
だから、閉じるっていうのが分かってたけれども、新築で建てられた木造の学校なんです、校舎なんですけど、小っちゃい。
だからその、今ある校舎を生かす形だと、もう40人がマックス。
だからクラスが、クラスルームが3つあるよ、みたいな状態だった。
今のままだったら、改修したらまたやるようがあるんですけど、クラスルームが3つと体育館と、っていうところを取得した。
それがあって、ちょっと細かく聞いていくとあれですけど、絶対ここは外せないみたいなので、何か条件の中できついところは何なんだろう、人物、金、いろんなところがあるかなと思うんですけど。
まずは小学校って、認可が都道府県の知事なんですよ。文科省じゃなくて。
高校以上が文科省で、小中学校って都道府県なんですけど、だから鹿児島県で作るときと、例えば東京で作るときと北海道で作るときってちょっとずつ要件が違ったりするんですけど、
大体似たような感じ。どこもその学校を運営するに足りる土地と建物を自己所有していること。
自己所有。
自己所有。建物がまだ建ってないときには、建ってない場合に土地しかありませんっていうときは、その建物を建てられるだけの現金。
現金。
うん、現預金。
それが借り入れだとダメ。
ダメ。
自分のお金。
はい。
だから寄付が必要。
そう。
あーどう。
多くは2年分の運転資金。生徒が1人も入ってこなくても2年間先生たちを雇用したりできるだけの。
あとは備品を買ったり、スクールバス買ったり、備品を買ったり、机とか椅子とか図書館の本とか、そういうのを買い揃えられるだけのお金と運転資金が全て自己所有していること。
で、その要件を満たすと私学審議会っていうのテーブルに。
なるほど。
やっと乗れる。
なるほど。
で、おおむねOKっていう。だから要件は満たしている。で、もう一つが生徒をちゃんと集められる力があること。
うん。
それは私たちの場合は保育園を2つ持っているから、その卒園児たちの半分が来ても今作ろうとしている学校の規模を満たしますって言って通そうと思っているんですけど、
そのこれから子どもたちが減っていく中で、だからまあ単純に考えると学校経営って条件が厳しくなっていくはずの中で、それでもちゃんとやっていけるだけのノウハウとか体力があるんですかっていうので、子どもたち先生たちは集める力があるか。
それはもうどう証明するも難しいんですけど、そことお金っていうその2つの要件が一番大きいところで。
すごい。
俺はじゃあちょっとやっぱり協力してくれる人が聞いて増えるといいなと今思ってますけど、ちょっとこの回ねだいぶ長いんですけど大事なんでこのままいきたいなと思っていて、
3つ目がフーですね。
で、すごく壮大だし難しそうですけど、今プロジェクトチーム何人ぐらいでやってるとかなんかコアなメンバーどんな感じなんだろうみたいな。
コアなメンバーで言うと10人ぐらい。
でも結構いますね。10人はもう予定を全員合わせるのは大変なぐらいの数だけど、みんなその準備財団の理事がいて、
リサさんドライブして見つけた上品だから、ある意味仕掛け人的な立場かなと思うんですけど、他に何かどんな解消すべきメンバーがいますか。
結構みんな多彩な方たち、いろんなジャンルで活躍してらっしゃる方たちで、
っていうのも私たちはこの2度目小学校、廃校を復活させたいプロジェクトじゃなくて、形は廃校を復活させて学校を作っていくんだけど、やりたいのはそうじゃなくて、
次の時代、これからの時代の当たり前になるような良いモデルを作りたいので、
それを多角的に見ていけたりとか、あるいは構造化したり言語化したりしていくのが得意な人たちっていうのを集めたつもりで、
特筆すべきメンバーというと、一人目はさっきお話に出てきた共同代表の牛田さん。
彼はね、この番組にも以前出させていただいたって聞いたんですけど、本当にあんな人いないですよね、面白い人。
プレイフルとか言ってね、本当遊び人ですとかって言ってますけど、秋田で小学校をやってた経験もあるから、すごくなるほどっていう感じは。
なんか仕組みをちょっと俯瞰したところから、その課題だったりとか可能性っていうのを見て、構造化して仕組みを作るみたいなのがすごく上手だなって思っていて、
例えば彼は元々は東京の人なんですけど、10年くらい前に秋田に移住して、秋田の公立の小学校の党背後のプロジェクトを中心人物の一人としてやって、
それで面白い小学校を作るだけじゃなくて、デムちゃんもお子さんも使われたかな。
教育留学の仕組みとかね。
自分の自治体から、住民票を移さなくても、そっちに留学、秋田の五条目小学校に留学して、
自分が通っている小学校の出席にカウントできるような仕組みを作ったりとか、
最近だったら、半径30キロ圏内の森の木を買って、オシャレハウスをデジタルファブリケーションで作るみたいなのをやったりとか、
そういう面白いことをやっている牛田と、共同代表が実はもう一人いて、私の娘なんですけど。
そうですよね。それはちょっと聞いておきたかったというか。
娘さんね。
はい。
もうなんか、娘さんだろうなってちゃんと似てるから、わかるくらい。
はい、はい、彼女も今何歳でした?
17かな。
17歳。高校生だ。
高校2年生。
うん。
彼女は、私と性格が真逆で。
そうなんだ。
ちゃんとしてるんですけど。
すごくなんか、若い子を入れようみたいなことで、別に彼女を入れたわけでも、我が子だから入れたわけでも、
まあ縁があって、縁があったから入ったのはそう、縁というか親子ですけど、
そうなんだけど、なんか我が子だからとか若いから入れたっていうよりは、
本当に一人の人としてメンバーにいると面白いというか、
ど真ん中で役に立つって言ったらよくないですね。
力を発揮してもらえるなっていう。
プロジェクトメンバーとして責任だったってことなの?
本当にそうなんです。
すごいね、なんかそれはすごいことだなと思うし、
あんまりこう、やっぱりそれぞれの、17歳といっても個性がバラバラだと思うから、
あんまり再現性あるかわかんないけど、
親子でそんなプロジェクトに取り組むって、どんな空気感なんだろうみたいな、
それこそオンオフの、ちょっと切り替えがあるのかとか、
なんかどんな雰囲気になった?
まずは、もしかしたらよかったのかもしれないのが、
彼女は中学校から、私は鹿児島に住んでるんですけど基本的には、
彼女は中学校から広島に出ちゃったように入っているから、
オンオフっていうか、今やこのプロジェクトのことでしか連絡を取らないかもしれない。
だから共同代表としての連絡の方が多いっていうか、それがほとんどで、
彼女はもともと秀才タイプなんです。
次女は天才タイプなんですけど、長女は本当にどっちかっていうとものすごく不器用なタイプで、
努力に努力を重ねて、ちゃんと自分のやりたいことを叶えていくっていうようなタイプなんですけど、
だから小学校の時も本当に成績良かったんですよ。
努力して成績が良かった。
で、学校も楽しく通っていた。
そこからひょんなご縁で広島の英一学園っていう学校を知って、公立の。
そこにたまたま入学させてもらえた。
で、もう、英一学園に入って、学ぶってこんなに楽しいのっていうふうに、
もう本当世界が違って見えたらしいんですよ。
で、そこからしばらくしてはたと振り返った時に、
あれ、公立の学校でこんなことができるんだったら、日本中の公立も変えられるんじゃん、みたいなことと、
もう一つが、あれ、こういう学び方が普通になるとなってたら、
自分の小学校時代ももっと違ってたかも、みたいなことを思ったらしくて、
それである時、自分もこのニードム小学校をつくるプロジェクトにプロジェクトメンバーとして入れてもらえないかっていうふうに。
なるほど、そういうストーリーだったんですね。
じゃあ、彼女のほうから。
そう。
しかも、今、現在進行形で楽しみながら学び続けてるから、なんかすげえリアルタイムに情報も入ってきて、
それは確かにいいなと。
あ、加点がいきました。
なるほど。
すごい、仕掛け人。
面白いです。ありがとうございます。
じゃあ、ちょっと最後、わわっとまとめていくんですけど、
わっとは、小学校をつくるよということで、一旦ちょっと割愛していこうかなと思うんですけど、
最後にこのニードムってこんな場所ですっていうエリアというか、その地域の紹介をしていただいてこのパートを締めようかなと思いますが、
さっきの情報でいうと、周りになんもねえぞっていうイメージだけはあるけど、どんな感じの特徴があるんですか。
なんか、なんもないけど全部ある。
なんもないけど全部ある。
どっかの自治体のキャッチコピーみたいですけど。
ありそう。
場所でいうと、鹿児島で一番大きいのが鹿児島市です。
次が桐島市です。
その鹿児島市と桐島市のちょうど中間地点にある愛良市っていう、いわゆる鹿児島市のベッドタウンとして人口が微増ですけど増えてるような場所。
鹿児島空港からズドンとまっすぐ1本で30分で行けるような、案外どっからもアクセスがいい場所にあって、
申し上げたように、自治体としては人口が増えてる。
だけれども、どんな自治体もその自治体の中心部に人が集まる。
おかげで、三幹部にあるこの二度目小学校っていうのは、18年前に一旦歴史を閉じたっていうような場所で、
実はですね、二度目小学校の敷地に隣接する形で、二度目小学校の敷地の10倍ぐらいの愛良市、自治体が持っている学びの森っていうものすごくいいコンテンツが。
しかも、今この時代にあってクマが出ない。九州だから。
クマがいない子どもたちが自由に遊べる森が隣接しているっていう場所で、今ですね、日本で廃校って年間平均で470校ぐらいで言ってるんです。
何か思ったより増えてるな。1日1校以上廃校になってるっていう。
そう、本当ですね。そのぐらい廃校になってるんですけど、子どもたち、今結構時代って大きく変わる転換点だなと思っていて。
見せて見せて。ありがとう。ふれあいの森。
ピンクのね、そこが二度目小学校です。
二度目小学校が。
確かにめっちゃでかい森が隣接してて。
この間、生物学者とかいろんな研究者の皆さんにここに来てもらったんですけど。
その流域で考えた時に、このアイラシに流れる大きなペップ川っていう川の最初の一滴ができるような場所。
その水の。
だから本当に源流にあるんですけど、今、時代が大きく変わろうとしてて、本当にいろんなものが外部化されてきたじゃないですか。
この歴史の中で。
例えばこれまでって食べるものって自分の畑で作ってとか狩猟で食べる食べ物を手に入れて食べるみたいなことがスーパーに行って買って食べるみたいになったりとか。
何か道具にしても、それまでは身の回りのもので自分で作ってやってたかもしれないけども、それも買うようになった。
壊れたら修理の人に頼むようになったみたいな感じで、暮らしのほとんどが外部化された。
で、今は意思決定とか自分の感情、今の子供たちって例えばこれが可愛いかどうかみたいなのもよくわからなかったりするんですって。
みんなが可愛いって言ったら可愛いかもしれないみたいな、なんかそういうふうに意思決定とか感情みたいなところまで外部化。
AIとかもこんなに発達するって思わなかった。
私たちは大人になってからそれを手に入れたからうまく使えるかもしれないけども、生まれた時からそれが当たり前だった。
当たり前の子たちがこれからどんどん生まれてくると、随分うまく幼少期、自分の心を作る時代とか思考のベースを作る時代をうまく過ごさないと、
全部外部化されたままの自分はどこにいるみたいなことにならないかなっていうふうに思うと、
案外ニードメ小学校の周りにある人と人との関係とか、これまでだったらもうめんどくさいから全部サービス化されたものを買っちゃって、便利に。
便利と引き換えに手放していったものとかが残ってる。
だから全部あるんだ。
そう、全部ある。
そういう意味で、小学校時代を過ごすにはすごくめんどくさいからすごくいいんじゃないかなっていうような、ニードメってそういう場所かなと思います。