結婚生活の振り返り
こんにちは、こみです。私はインスタやTikTokで、毒親育ちの私が親や過去に縛られずに、大切な人と今を生きるっていうことを目標に日々奮闘する様子を発信しています。
10月は毎日ね、音声配信をして、自分の過去や今の気持ちと向き合おう、そして何か未来に続くための答えが自分なりに見つけれたらなぁという思いで
一日一テーマ決めて、それについて話しています。で、今はやっていることとして、毒親育ちの私が保育園の時からその時期ごとにね、あの
どんな風に生活をしてきたのか、そしてその時の心境とかをね、ちょっと話せたらなぁと思って
保育園の時、小学校、中学、高校、短大、社会人になってからっていう風に、今結婚する時のところまで話をしました。
今日は、結婚してからの話をちょっと少し自分で振り返りながらしていきたいなって思っています。
私が結婚したのが27歳で、28歳の時に長男が生まれました。
いわゆるできちゃった結婚ということで、旦那は正直、正社員ではあるんですけど、今の仕事に着くまで
その時の仕事に着くまでは結構フラフラしてたので、そんな貯金もたくさんあるわけではなかったです。
私も20歳で家を出て、多少生活していける貯金は100万200万はあったんですけど、
保育士をしていて給料もそんなに高くなかったし、一人暮らしをずっとしていたので、出費もあるということで、たくさんお金があるわけではなかったのを覚えています。
そんな中でも、1LDKっていうので、それなりに綺麗なお家、新婚ということでね。
リビングダイニングが16畳ぐらいあって、あとは一部屋、寝室が7畳かな、それぐらいあるところで、家を借りて生活をしていました。
そうですね、それはすごい楽しかったかなと思うんですけど、私できちゃった傾向なので、家を探す時につわりがすごくひどかったんですね。
本当につわり、一人目の時も二人目の時も辛かったんですけど、一人目の時は、なんていうんだろう、症状的にはね、それでもゲゲ吐いたりとか、ずっと寝込んでたんですけど、
つわりがある中、両親の顔合わせがあったりとか、家を決めて契約をしてとか、家電を買いに行ってっていう、本来やったらもうゆっくり寝て起きたかったりとかね、
ご飯ももう食べなくて済むんやったら、もう食べんでいいやっていう感じだと思うんですけど、
休みの日も目まぐるしく動かないといけないっていうので、結構妊娠期間は結構幸せっていうよりかは、
ひひははいながら、出産までを迎えたなって思っています。結構、仕事の方もね、普通やったら、たぶんバリバリ働きながらもちょっと結婚して、
子供を持って、で、なんとなくこの段階っていうのかな、周りもそういうのがあると思うんですけど、気遣いというのかな。
そういうのがなく、もうパッて結婚して、パッて育児を入りますっていう感じあって、私の職場でそういうふうにまだまだ育児を取る人がほとんどいなかったので、
周りもついていけて、私自身も妊娠っていうのにつつわりでね、ついていけないのに家のこともあって、あと両親に、あと思い出したその、
私は毒を餌たちじゃないですか、じゃないですかっていうかね、根本はその母親が不倫して離婚したっていうところもあるんですけど、
まあとりあえず私がやることに対してもすごい口出しをしてきて、ちょっと失敗したらほれ見てみとか、前から言ってたやんとか、お母さんの言う通りにしといたらいいのにって、
まあそういうのがすごく多かったんですね。普段はそうなんか全然逆に勉強しろとか、なんやろ、口だけ言ってるだけで、その勉強のやり方を教える、一緒にやるっていうよりかは、
まあ否定することが多かった母親だったんで、できちゃった結婚した時とかには、できちゃったって言った時にはもうすごい、すごいいろいろいろいろ言われて、
なんでそうなったんやとか、もういろいろ聞かれました。なんでそうなったんやって言ってもね、大人やからわかると思うんですけど、
まあそういうのをね、なんかオブラートっていうかね、デリケートなところも結構ね、ほりはほり聞いたりとか、
うちの母はね、結構お金に対してね、シビアっていうか、こうセコいんですよね。
今日も子供の運動会やったんですけど、コーヒー、カフェオレ買うとかって言っても、もうお金を母親はほぼ出さないです。
私がお金払うのを待ってたりとか、そのくせどれするとか言ったら、結構値段、ちょっとこっちの方は高いからな、こっちの安いのにしとこうとかって言って、
絶対値段のことを言ってくるっていうのが、うちの母親のそれが嫌いなところでもあるんですけど、
まあそういう人やったので、旦那さんのことを言った時も、その人の給料はいくらなんやとか、
貯金はどうなんだとか、今後はとか、そっちの家はとかって言って、
それが結構しんどいっていうのかな。こっちはさ、段階を追って結婚してるわけじゃないからさ、
正直いくらお金をもらってて、いくら貯金があって、それ以外の必要なお金以外は何に使ってるのか、正直ね、
1年半ぐらい付き合ってたけどさ、そんな全部を全部把握してるわけじゃなかったんよね。
それを結構言われて、え?ってなったのを覚えています。
そんで顔合わせの時も、うちのお母さんは、あなたはお給料いくらなんですか?とか、それで生活して生きるんですか?っていうのを結構言ってたのを覚えてるんで、
私は今はもうそれを聞いても、ゾワゾワゾワってしてるのを覚えています。
まあなんかそうなんで、なんか、結婚式はもちろんしてないんですけどね、
なんか祝福したっていうよりかは、まあなんかそういう感じだったし、家探すとかっていうのも結構親がついてきたり、家でもなんか、なんていうんやろ、
唯能の後にするやつ、なんか、で私が買うんだからって言って、結構電化製品とかも全部母親がついてきてたのを覚えています。
で私はそれもうしんどくてね、そのつわりとかがあってしんどいって言ってるのに、
もう今日買いに行かないと、とかっていう感じで、もう母親の休みの日に合わせて、結構電気屋さんに行って、私は休憩しながらゲゲ入って、また戻ってきて、
でやって、母と旦那が決めてっていうのを、私はまたもう、はぁってこうなんかもう、契約するからさ、なんか机みたいなのあるんやけど、
そこでもぐったりしながら、結婚する準備をしたのを覚えています。
で、まあ私は結構その仕事も、結婚する、妊娠、出産、その後の育休っていう、その体制が整ってないまま私がそういう風になったり、
正直一人暮らし、ちゃちゃちゃ、その結婚準備とかで、無駄にこう動いたりとか、まあ体質もあって、あの切迫、
そうざんになっちゃって、2ヶ月入院をしてしまいました。60何日間か入院しちゃって、もう正直その結婚生活、なんとかね、家は契約してたし、住んでたところ、住んで生活はできてたんですけど、
料理もほとんどしたことがないし、旦那とも一緒に生活するまして、しばらくしてからもう、出産、生産期っていうのかな、37週前まで病院行ってた病院でね、毎日入院して毎日天敵をずっとしてたので、
まあ本当にね、妊娠期間はすごいしんどかったです。そうめっちゃしんどかった。毎日天敵してさ、もう針刺す場所がないっていうので、もうそんなんもしんどかったし、
病院もね、個人病院みたいで、お金はそんなにかからなかったんですけど、まあ合い部屋だったし、お風呂も週に2回ぐらいしか入れなくて、結構最悪な感じで、めっちゃほのぼのうるうるみたいなマタニティライフではなかったです。
うーん、そやな。そんな感じかな。結婚して、妊娠して、出産してっていうのは結構ハードでした。で、子供生まれてからは、もう本当ね、やっぱり料理ができるに越したことないですね。
私結構その、独房育ちで詰められて言われるのが結構しんどかったりとか、自分のペースが狂うってなるのかな。元から全然その料理も本当にできないし、勉強も全然できないから、
こう、はーって、もうかーって言いまおうとかも、かーってなりやすいんですよ。そう、体質的に。だから子育てって結構かーってなりやすい。自分のペースではできないし、自分と子供だけやったらそんなにイライラしんひんけど、そこに旦那っていうその3人ってやっぱりさ、きついじゃないですか。自分と子供だけやったらもう納豆ご飯でいいけど、やっぱり旦那いたらご飯作らなあかんなとか、
今はね、働いてるから旦那も家事、私がね、働いてるから家事も育児もさ、一緒にやってくれるけど、その時は旦那もその、結婚したてみたいな、なんていうの、実家から出てきたまあヒョコみたいなもんやから、のにさ、なんか調子乗ってるからさ、もう家事とかは休んでんやったらっていう感じで、私が結構してたのもあって、もう常にプンプンプンプンしてたのを覚えてます。
まあ時間があったし、その分ね、子供にちょっとシワ寄せっていうのかな、行けばまあ、働いてほんとにないから、まあ手を抜けば家事とかはできるのはあったけど、結構それもそれで毎日なんかしんどい思いをしてたのは覚えてます。
家族との関係
で、時短で復帰した時も、仕事はまあそのお昼ご飯とかさ、その旦那に行く牛中とかはさ、もう自分だけやったら、私も自分にはもう全然お金も手間もかけへんっていうので、まあ痩せたいっていうのもあったし、もう昼ご飯はしょっちゅう卵かけご飯の納豆だけとか、あともずく入れたのを、もう毎日そればっかり食べてた。
そう、長男がさ、全然寝ないんですよ。
あ、なんて言うんだろう、音とか立てたらもうすぐ起きちゃうタイプで、だからもうご飯だけ元気、あの、寝ないうちにご飯だけチンして、あと納豆も卵かけご飯も、もずくもさ、冷蔵庫から出してやったら、用意したらすぐ食べられるからさ、もうそんなんで。
とりあえず子供が寝たら、あの、静かな音で食べれるものって言うと、もうそれぐらいしかなくって、そればっかり食べてて、やつれてたんですね。
めっちゃその分、体重は15キロぐらいすぐ落ちたんで、ありがたいのはありがたかったんですけど、育休から復帰して、とりあえず一番良かったのは、お昼ご飯を誰かと一緒に、ランチに出なくても誰かと一緒にね、食べれるっていう幸せっていうのがあったのを覚えてます。
あと子供がいながらご飯食べるって、やっぱストレスたまるじゃないですか。一人で、やっぱ大人と食べたり、最低一人で食べるって、やっぱりなんか幸せだなっていうのがあって、そう、だから育休から復帰して、仕事はすごい大変だし、そのね、あの家事とかもさ、やっぱり育休中に怠けてる、だからね旦那が、やっぱり時短で復帰してもそこがやっぱり抜けない。
実家暮らしからの、育休で奥さんがやってくれてる状態やったから、時短後もその自分が家事をするっていうところまで、今は大丈夫だけど、そこ行くまでも3年ぐらいもうしょっちゅう喧嘩したり、なんであんたはやってくれへんの?とか、私こっちで家事してんのになんで座ってんの?とかね、子供を見るっていうのはただ視界に入れとくだけじゃなくって、子供を見てねっていうのは遊べよっていうことやぞとか、
そういうのがもういっぱい合っさえあって、なんか結構大変やったかな。楽しいことも正直そのあったけどね、
やっぱり誰か自分の居場所が家庭以外にもあるっていうのはいいし、人との関わり、家の中だけやといくらまあまともとかってなっても、何かこう
仕事とかで同じ目標に沿って一緒にこうやっていける 同士がいる
とかね、そういう継続だったり、ゼロイチを作るとか、いろんなところででも、家以外の人と関わって前を向けるっていうのは、今も含めて楽しいなって思っています。
そうですね、本当に今でもその自分に手間をかける、時間をかけるっていうのがしんどいし、私はその器用じゃないから、
ご飯も30分で何品も作ったりとかさ、掃除とかもなんかやりながら掃除するとかもできひんし、
なんか多分同性も悪いし、あとなんかこうネガティブだし、そんな自分っていうのがすごく嫌ではある。
どこへ育ちっていう部分と、その自分の性格っていうのが掛け合わさって、本当に窮屈だなって思います。
なんか生きづらいっていうのかな?なんだろう、なんか安定っていうの?
冒険もしいひんし、なんかいいこともしいひんくって、もう無の状態、本当にそんな感じで、
悪いことは起きないけど、なんか別にいいこともないっていうような毎日を本当に送ってます。
それがなんか歯がゆいかな?例えば貯金とかもね、私たちは本当にそんな高収入でもないし、
すごいお給料は少ないですけど、数百万とか貯金とかあるけど、なんか使うのがすごく怖いんですよね。
一気にお金がなくなるっていうのとか怖いし、なんかそれでね、やっぱり旅行とか行って、その体験にお金を使うとか、
思い出とかにお金を使った方がいいっていうのはわかってるけれども、その母親からのそのお金は使うなとか、
1円単位ですごい貯金をしてたりとかね、そういうのを見たりとかすると、やっぱりお金が、口座からお金が減るのがすごく怖いです。
なんで私ほとんど貴重してなくて、お金はだいたい貯まってはいってるんですけど、なんかそういうのもすごく怖いんですよね。
なんか逆に本当にバカなんですけど、通帳を見るのが怖くて、もう本当に家計管理とかもだいたいでしかできない自分がいます。
で、それはたくさん使うじゃなくて、もうとりあえず使わんとこっていうところから来てて、
本当なんか嫌だなって思ってたりとか、やりたいこととか、会いたい人とかがいてても、
なんかそれを言って旦那に笑われたりとか、言って意味あんの?とかって言われたりしないのかなって思う自分がいて、
結構本当につまらない人生を送っているなって思っています。
で、それをね子供たちだったりとか、未来を良くするって思ってても、やっぱり今が幸せじゃないとさ、
いくら未来にもっと楽しかった、未来がいいっていうのは多分、その積み重ねをハッピーに過ごすことが多分未来の幸せにつながってるんだろうなって
なんとなく思うけど、多分そうだと思うんで、本当過去に縛られずっていうのもあるんですけど、
未来に縛られず、未来のことを考えて、身動きが取れない自分をちょっとでもやめたいなっていうふうに思っています。
はい、すごく長くなっちゃったんですけど、やっと今の現在まで遡って振り返ることができました。
今はずっと今18分なんですけど、聞いてくださりありがとうございます。
長くなっちゃったんですけど、この音声配信を聞いているみんなもやっぱり過去に縛られることだったり、今とかさ、
あのいろいろ年金のこととかさ、何歳まで働けるのかってさ、未来にことを考えると動けない自分もいると思うんですけれども、
少しでも自分に合った方法、自分にベストな選択をして、今を楽しめるように生きてほしいなって思っています。
私も今、結局どうしたらいいねっていうのがすごく模索中ではあるんですけど、一緒に頑張っていけたらなと思うんで、これからもよろしくお願いします。
ちょっと明日からの配信のスタイルっていうのはまた変えていきたいなと思うので、またそちらも楽しみにしていてもらえると嬉しいです。
ではありがとうございました。また明日の配信で会いましょう。じゃあね、バイバーイ。