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  2. #1 大きな経済と小さな経済
#1 大きな経済と小さな経済
2026-10-02 36:37

#1 大きな経済と小さな経済

初回のゲストは、非営利株式会社eumo 共同代表の岩波直樹さんです。顔の見えない多くの人に価値を届ける「大きな経済」と、顔の見える関係で回る「小さな経済」の話から、AIとロボットが大きな経済を担うようになったとき、人間の側に何が残るのかを聞きました。財布の5%をギフトマネーに回すこと、CSA(地域で農家を支える仕組み)など、誰でもできる一歩の話もしてくれました。

ゲスト:岩波直樹さん(非営利株式会社eumo 共同代表)

番組ページ:https://keizai-radio.cococo-lab-2026.workers.dev/ep/ep-001

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サマリー

初回は、eumo共同代表の岩波直樹さんを迎え、「大きな経済」と「小さな経済」の違いを軸に、人間らしい経済のあり方を考える。顔の見えない人々に合理性や数字で価値を届ける大きな経済は、物質的な豊かさや利便性を生む一方、顔の見える信頼関係や温かさを持つ小さな経済が弱まり、人間味や生きている実感が失われると語られる。AIやロボットが大きな経済を担うようになれば、人間は文化的価値や関係性の側により多く関わる可能性があるが、安く買い高く売ることを正しいとするマインドからの転換が必要になる。具体策として、財布の数パーセントをギフトマネーに回し、消費を事業や活動への応援・投票と捉えることが提案される。農業では、CSAのように農家へ先に支払い、収穫物を受け取る仕組みや、田植えを通じて生産者への感謝を実感する体験が紹介された。出演者は、不安や恐怖から貯め込むのではなく、お金以外のつながりや貢献も含めて資本と捉え、無理のない範囲で循環させることを呼びかける。

岩波直樹とeumoの活動
はい、始まりました。ココから始まる経済ラジオ YUMO 共感経営サロンと、ここでこの番組はお届けしています。
この番組はですね、サロンのメンバーの皆さんとともに、事業の状況について伺いながら、共感で繋がる関係で回る経済の形を一緒に模索していく番組です。
お相手のナビゲーターはサッドと、
リムと、
リムです。
そして今回の今日のゲストですね、のゲストが、YUMO 共同代表の岩波直樹さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。岩波直樹と申します。皆さんからは直樹さんと呼ばれています。はい、お願いします。
よろしくお願いします。はい、もう皆さんが知っている岩波直樹さん、直さんだと思うんですけども、改めてちょっと自己紹介の方をお願いできたらと思います。
はい、いろいろやっておりまして、YUMO っていう活動をやってまして、これはユダヤモニアっていう言葉の訳なんですよね。
本当にその、自分の人生を自分らしく生きながら豊かに生きるとどういうことか、みたいなことっていうのは人類のテーマだなと思っていて、
それと今経済というものまでこれだけやっぱり発達してきて、お金とか経済みたいなものをひっくるめてどう生きるか、みたいなことを考えて生きてきた人間ではあるんですけどもね。
そんなところをやってきてきたら、いつの間にかYUMO というような取り組みをしていたりします。
YUMO は何をやっているかというと、腐るお金の経済圏って呼んでますけどもね、3ヶ月で価値がゼロになってしまうという、
減価するお金、価値が減ってしまうというものを経済圏で作っているというような事業と、
あとYUMO 派でいうと、僕らがどうしてもエネルギーを持っているものは何とかの常識の範囲を持っていて、
常識を超えるものとか、認識すらできないものもあります。
その常識を超えていくとか、認識の拡大という言い方をしていますけども、
認識を広げていけるような、そんな体験とか学びがあるような場として、YUMO 派でというのをやっていたりします。
さらに今回このラジオのきっかけなんですけど、
経営サロンというものをやってまして、さっき言った経済とか経営とか、
人が幸せになるための経済経営というのは、あるいは貢献者の人と一緒に考えたり、
研修したり、実践をしていくということをやっていたりします。
あと、今最近、GCフォールスというGCグループというのがあるんですけど、
会社もまたコモンズフォールスという内容を掲げて活動していたり、
今日も明日は講義してきたんですけども、
UB学部というところの客員教授をやっていたり、
あとも各種経済団体や企業のコモンとかアドバイザーなどもいくつか勤めさせていただいております。
そんなことをやっております。では皆さんよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
もう初回ということで、今YUMOの共感経営サロンのご紹介もしていただいたと思うんですけども、
この番組が始まるきっかけ、背景なんかご一緒に話していけたらなというふうに思っております。
私たち2人もYUMOの共感経営サロンの運営メンバーの一人として活動していて、
こういうラジオが必要だなというふうに思ったのがあって、今こうやって撮っているわけなんですけど、
ずっと私たちも関わらせていただく中で思っていることが、やっぱりこういう仲間のつながりというか、
信頼関係、顔が見えたりだとか、あとはそれぞれ、やっぱりYUMOという大きな目標じゃなくて、
ビジョンでもなくて、世界観でつながっている仲間の中で、やっぱりそこで生きていくということがすごく安心できるなという感覚があって、
今の腐るお金の通貨の経済の話もされたと思うんですけども、
なかなかでもそれが今の実体経済と結びついているかというと、なかなかそうではないような現状もある中で、
どうやってこういう心地よい経済というか、安心安全の中でお金を回していくような経済ができるのかなというのを、
私たち二人も日々無策しているような状況でして、
これはそれを広げるようなきっかけをどんどん作っていくしかないというふうに思って、
このラジオを始めたようなきっかけがあります。
何よりもこういうものを世界間に共感しながら、それぞれの事業活動の中でどうやって実現しようかということを、
なんとなく思っていらっしゃる方が多いんじゃないかなというふうに思っているので、
それが個々別々に活動しているという状況が、今どちらかとして多いかもしれないんですけども、
それを繋げる、どんどん繋げていくだったりとか、新しい活動を始めるというよりかは、
繋がりながらどんどん競争というのは共に作るのだと思うんですけども、
そういう活動につなげていければなという願いがあって、
このラジオを始めようというふうに思ったのがきっかけです。
この辺ちょっとチムさんの思いもあれば補足してもらえればなと思うんですけど、いかがでしょうか。
どうもありがとうございます。
僕ら自身も、皆さんもそうですけど、この時代の中どう生きていくのかという、
ロールモデルなんかを探しているところはあるんじゃないかなと思います。
私たちもAIを使った仕事をさせてもらってはいるんですけども、
いわゆるシンギュラリティというような世界が間もなく、すでに起きているのかもしれないですね。
そういう混沌とした状況の中で、新たな生き方というのは、
YUMOや一緒に活動している共感系サロンというものがあると思うんですけど、
そこで見つけられたらいいなというふうに思っております。
なおさんもこういうAIの話によく共感していただくところがあったりするので、
どんな世界がこれからあるのかとか、なおさんの思うところをいろいろ聞いてみたいなと思っております。
なおさんがこれまで共感系サロンが始まって以来も、
毎週のように運営ミーティングをやりながら日々のことも話すんですけど、
やっぱりそこに対する問題意識だとかっていうのを話しながら、合宿とかもしながら話してきたところがあると思うんですけど、
なおさんが今思われている実体経済と、今YUMOが見ている世界との乖離だったりだとか、
課題感というのはどんなふうに感じているかって改めてシェアしていただいてもいいですか?
大きな経済と小さな経済
そうですね。YUMOの界隈の人はしょっちゅう僕がこの話をしているので、またかと思うかもしれないですね。
経済界についてとか、社会界について、やっぱりこの見方をするとある程度見えやすくなるのかなと思うので、
いつも話している大きな経済と小さな経済って話をさせていただきたいんですけど、
現代世界はすごく大きな経済の力が強くなりすぎている。
大きな経済って何かというと、基本的にはマスと呼ばれる顔の見えない人たちに対して、
どれだけ多くの価値を届けるのかという、こういったものですよね。
これはビジネスとしてはやっぱり規模が求められたり成長が求められるので、
大きな経済にどんどん移行していく必要があるんですよね。
この大きな経済は顔が見えない人たちとやり取りをするということが前提なので、
誰が例えば見ても、誰が関わっても、相互の内容に意思決定をしたりとか、
共通認識を持たなければいけないということがありますよね。
そうなるとそこで合意できるのは、明確に合理的に説明できることとか、
契約がちゃんと結べるものとか、あとは数字というものを指して、
誰が見ても同じ数値でそれを意識できる、お金で測れるとか、
そういったものが非常に大切にする。
それを大切にしないと、顔の見えない大量の人たちとのやり取りができないんですよね。
なのでこの大きな経済の、逆に言うと恩恵によって大量生産、大量消費によって、
地球の裏側まで取引ができるようになって、
物質的豊かさがめちゃくちゃもたらされてきたというのが、今のこの経済ですよね。
かたや小さな経済というものは、昔はすごく大事にされていました。
これ何かというと、顔の見える関係性。
地域でいうと商店街みたいなものですね。
ある日ね、あれがありましたので、明日から両方お昼寝で休みますよね。
そんなことは許されちゃったりとかね。
もしくは、自分の知り合いがやって、
商店街ってやっぱり家族ぐるみの付き合いだったりとか、知り合いがやってることが多かったりしますよね。
たまにね、いいよいいよ、いつもお世話になってるから、これ負けとくよ。
人によって基準が変わっちゃったりとかね。
飲み屋とかだと昔は付けでいいよ、その場で払わなくてもよかったりとかね。
何かというと、顔が見える信頼関係をベースにした経済なので、
万人が必ず共通認識をしなくていいんですよね。
あなたとの関係そのものを大事にできる経済。
なので、この経済はこの経済で、やっぱり大きな経済と違っている高さをもたらしてくれていたというのが、まさに小さな経済なんです。
僕らは、この両方がね、必要だと思うんですよ。
大きな経済に今寄りすぎてしまったので、非常に関係性が希薄になるし、
人間味が失われている経済になっちゃってるんですね。
それはさっき言ったみたいに、なぜかというと、個別の関係性があるから、
いいよ、今日は君のやつはいいよって言えなくなっちゃいます。
不公平だな、っていう方の思考がどんどん強くなっちゃう。
そうすると、人間のその感情とか感性とか、関係性よりも、
合理性、効率性、数字やお金が優先されるということが起きてしまっています。
その大きな経済を否定したいのではなくて、
僕らの人生にはこの両方があった方が豊かだよねって言いたいんですね。
なので、大きな経済で物を見る場所があってもいいけど、
小さな経済側を大事にできるという場所もなければ、
人間社会がちょっと軸尺しやすいし、
数字はすごく伸びているのに、何か人間味がないというか、
僕は最近、それを生きている実感を感じにくいというか、
その社会になっているよね、なんて思ったりもしているんですけど。
僕らYUMOはこの小さな経済を結構大事にする。
ここを少し思い出してもらうような、
そんなことをYUMOという経済学園で預けているということなんですよね。
それぞれの良さがあって、やっぱり大きな経済はスピードとか、
品質性をもたらしたり、大量生産、大量消費とか、
コスト削減とか規模の経済のメリットはめちゃくちゃ得られますよね。
あとグローバル経済もこっちはすごく促進されます。
逆に小さな経済は、ストーリーとか物語とか温かさとか、
あとローカル性とか、信頼関係、
僕らが操作するキャピタルと呼んでいる関係性の資本とか、
多様性がむしろこちらには必要というか、
許容されるようにどんどんなってきます。
品質性が求められないので。
あと幸せとかつながりとか、
まさに僕は大学でもやっているウェルビーみたいなものは
こちらのほうに宿りやすかったりとかね。
そんなことがしますよということですね。
こんなことの感覚を何となく若い時にやっぱり
なんでこんなにお金の力が強いんだろうと思った時期があって、
それを長年かけていろいろ研究したり、
自分で実践したり会社やってみたりとかやってみた時に、
大きな経済の恩恵が強すぎて、
私たち人間の価値観が大きな経済側で見ることが正しいと
思いすぎてしまっている。
それが常識になってしまっているんですよね。
だからそこだけじゃないよと、
小さな経済側のメリットとか、
人間の生活に置いて飾ってあったよねということ、
生きている質感みたいなものが感じやすいのは
実は小さな経済側の恩恵もあったりします。
僕らの認識の限界がこの2つが共存できないかのように
思ってしまっているということなんですよね。
僕らはゆうもというお金を通じて、
小さな経済と大きな経済の接点を作ったりとか、
小さな経済をある一定比率、
経済の中に取り込んでいくことが可能ですよ
ということの体験をしてもらいたくて、
今ゆうもっていう草の粉の経済を作ったりとか、
そんなことをしてますよということですね。
ちょっと説明チックになっちゃいましたね。
そんなことをゆうもはね。
経営さんの仲間ともね、今こんなことを背景に
小さな経済側のつながりを増やしながら、
たまに大きな経済と小さな経済で生まれた価値を
つないでいくんです。
これはこれで大事なんですよね。
ここに接点、つながりが生まれると、
その国の事業者としてもね、
小さな経済のみでやっていくってやっぱり難しいので、
これ比率はそれぞれでいいと思いますけど、
小さな経済と生まれた価値みたいなものが、
たまに顔の見えない人たちにつながっていくような
そんなことが起きるといいかなと思ったりしています。
そうですよね。
どうしても大きな経済、小さな経済って
二項対立というか、
ダブルマインドで引き下がりながら
生きていかなきゃいけないのかって
思ったりとかもするんですけども、
今までの議論というか、
お話の中でも伺えたのは、
どちらも大事にしていくというか、
つなげていったりだとか、
どちらもの良さをうまく把握していくだったりだとか、
そんな感覚が私は大事かなっていうふうには
すごく思っていてですね。
だって利便性なかったら生きるの大変ですし、
やっぱり私たちはいいものを安く得をしながら
生きていくっていう感覚、
消費者の感覚っていうのもあるし、
けれどもやっぱり、
私が本当に思うのは、
仕事をしているとか、
働くって旗を楽にするってことだったりとか、
そういうことなのなのに、
自分の命が失われていくじゃないんですけど、
命が感じられないとか、
人の愛とか、
それが感じられない営みになってしまっているのが
すごく悲しいなっていう気持ちがあって、
やっぱり今お話しあった小さな経済の中での
コミュニケーションとか、
あるいはビジネスのやり取りにしても、
そこを取り戻せるというか、
旗を楽にするってこういうことだよねっていうことだったりとか、
っていうことを思いながら、
ちゃんと自分の経済っていうことを
生きる営みにしていくっていうのがすごく大事というか、
大事にしたいなというふうに思っていることなんですね。
AI・ロボット時代に人間へ残るもの
今すごくね、存在の流れで感じているのは、
さっきティムがね、
普段の話とかでAIの話なんかも知ってくれたりもしてますけど、
今ね、僕どういうものか見てるかというと、
この大きな経済が、
大きな経済によって維持されるべき商品、サービスとかっていうのが
結構たくさんあるんですよね、実際ね。めちゃくちゃあるんだけども、
なんかね、これはちょっと世の中が変わっていくなって今思っているのが、
その大きな経済によって支えられるべき商品、サービスとか、
そのやっていることというのは、これね、
多分AIロボットがほとんどこれ代替してきましたから、
ってなってくると、人間がね、今までその大きな経済を
人間の力によって維持することが大事だったから、
僕らの思考回路は大きな経済側に結構大きく把握されてたんだけども、
でも、今なんとなく皆さん感じているようにね、
じゃあAIロボットがそっち側を維持してくれるとしたら、人間って何やるのでしょうねと。
そこどこに人間性が宿るかというと、さっき言った生きている質感とかって、
多分小さな経済側のほうが多く感じられることが多くてね。
なので、この大きな時代の中で、やっぱり人間ってこの、
ここでいう小さな経済とか、僕の言葉でまた別の言葉で言うと
文明的かし文化的かしな話をするんだけども、
文化的価値側の方の規律がね、多分これ人類全体として
増えていく、一個転売か増え始めたところぐらいまでは
きてるんじゃないかなと思ったりしてますね。
その辺の感覚いかがですか、ティムさんは。
そうですね、ありがとうございます。
あとはその時期がいつに来るかだと思っていまして、
前は2045年ぐらいからとか言われていたりとか、
それが30だったり。
2年前にこの2027っていうですね、ある一つの読み物が出て
AIがこんな世界観になりますよみたいなことで、
オープンAIの開発してた人が来てて、
フランドが有名だったりですとか、
もうタイミングとしては今年なんじゃないかなって
言われてたりはしますよね。
中国のロボテクスの成長ですとか、
あとはAIの進歩も凄まじいですから、
本当タイミング次第なんだと思ってはいます。
あとは人間側の制度、いや一番追いつかないのが
マインドの問題とかなんじゃないかなと思いますので、
そこをどうやって新しい世界というか、
大きな経済圏の中だけではない
マインドを培っていくかが大事なんじゃないかな
というふうに思っていますし。
マインドってどういう意味?
稼がなきゃダメだとか、
大きな経済観の中での当たり前に正解だと思われていたこと
じゃない世界へのマインド変化というか、
それ本当にアカデミーでやってるのはそういうことで、
僕らの常識がさっき言ったみたいに
大きな経済はマスと呼ばれる
顔が見えない人たちでやることをするときには
当たり前のように物を買うときには
なるべく安く買いたい、できたいし、
顔が見えない人によるときはなるべく高く売りたいじゃないですか。
これはある意味大きな経済の原則ですよね。
そうすると利益がたくさん出ますって話なんですよ。
そういうことが正しいという大きな経済の観点で
日常生活の価値観までそうなっちゃってることがすごくありますよね。
それだからいつの間にか関係性よりも経済合理性
しかも短期的な超長期的な経済合理性は関係性にも影響するんですけど
短期的な経済合理性みたいなものとかに
実は縛られている視野になっている。
それは悪いわけじゃないですよ。
そうじゃないときにそうじゃない選択が取れるかって話なんですけど
そうじゃない選択を取れることにすら気づいていないっていうのは
今マインドが変化しないとダメかなって一つの例かな
キムが言ってくれたことの一つの例かなと思ったりもしました。
財布の5%をギフトマネーに
本当にどう生きたいかとかどう生きるかみたいな
AIが台頭してきたことによって
どちらかと言うと焦りだとか仕事がなくなるだとか
ディストピアのような雰囲気を時々感じたりとかするんですけど
むしろどう生きたいかって
本当に自分が思っていることをそのまま生きる中で表現していくっていうことが
できるような時代になったって言えなくもないなっていうふうには思ってて
経済って言うとそこが乖離して聞こえちゃうと思うんですよ
例えばその大きな経済を前提とするグローバルな資本があって
日本の経済もかなり浸食されているところもあると思うんですけど
そこの中で戦って生き抜いていかないといけないっていうところから解放されて
本当に自分一人の人間としてどういうふうに生きたいかみたいなことを
模索できるような時代になったんじゃないかなっていうのはすごく思うんですね
ただなとはいえやっぱりお金は必要とか
目の前の資金ぐりどうするみたいな話っていうのが
結構やっぱり経営者の皆さんの中だと喫緊の課題だったりとか
どうしてもやっぱりそこを目が向いてしまったりとかすると思うんですけど
私自身も悩みながらなので
その辺ってどうバランスを取るのではなく
既に起きている事例があればそういうことを交えながら話せたらと思うんですけど
こんなふうに経済循環って起きていくなっていうことって
なおさんの視点で見られて聞いたりだとか
こういうことじゃないかなって思ったりとかすることってありますか
これもよく言いますけど
例の例で言うと財布の5%でいいからギフトマネーに書いてもらったら
処分が良くしますけどね
比率は人によって自由でいいんですよね
今さっと言ってくれたように
実際今の社会は資本主義の力と経済の力
特に大きな経済の力が実生活に影響をめちゃくちゃ与えてしまっているので
大きな経済を無視ではなかなか生きていけないですよね
田舎で自給自足生活している人は依存度が低いかもしれませんけど
特に都会なんかに暮らしている人は
大きな経済の利益学から逃れづらいところにいますよね
なんですけど100%じゃなくてもいいんですよ
なのでこれも余裕がある人がそういうギフトマネーとかやってるんでしょって
よく言われるんだけど
これ余裕があるかないかじゃないです
世界観とか認識があるかないか
さっき言ったみたいに存続感情から逃れられている人は
余裕があるからでしょって言うんだけど
これ違うんですよね
本当にユーモとかユーモ界隈とかユーモアカデミーとかそう思ってる人
来てほしいんですけど
全く余裕がない
生きるか死ぬかみたいな人は別にそんなことやらなくていいですけど
そんなに別に経済的に余裕がなくたって
自分の中の数パーセントを関係性に少し使ってみるなんてことは
やろうと思ったら実は誰でもできるんですよ
っていう話なんですね
僕ね世界人口のすべての人が
平均して5%くらいユーモアに回すだけで
世界結構変わるんじゃないかなと思っちゃったりもしてるんですけどね
多い人は思うと全然回す
僕らの周りで小さく起きてる変化はそういうことなんです
僕らの周りはやっぱりユーモという経済圏でもいいし
ユーモという経済圏じゃなくても
小さな経済の意識で物を買ったり選んだり
してる人って僕らの周りは増えてきてると思っていてね
お金を使うということはその人がやってる事業とか活動の
応援とか投票という意識に変わっていくだけで
少し経済の在り方が変わってくるんじゃないかなと思っていて
そんな変化は少し起き始めてはいます
いるんですけども同時にやっぱり
事業をやっていたり会社を経営しているのであれば
大きな経済側の力学は知らないと会社の経営とか
事業をやっぱりやりにくいですよね
なのでまだバランスというか良好は分かった上で
その比率をさっき言ったみたいに
個人の生活って言ったら都心とか都会寄りに住んでる人は
大きな経済の比率が必然的に高めになるだろうし
自然に近い場所とか自分で知事産業とかを直接やってる人なんかは
小さな経済支柱が多少高めになったりするでしょうしね
だからそんな風に自分の生活を改めて見てもらえると
いいのかなって思ったりもしています
僕らはやっぱりやらなきゃいけないのはさっき言ったように
小さな経済の中でお金をなるべくたくさん回すということと
小さな経済と大きな経済の接点をやっぱり作っていく
ここはやっぱりすごく大事かなって思ったりもしています
経済っていうものを考えたとき
私は時代のいろいろな流れの中で
消費者マインドがすごく育つ
消費者という人格が育ちすぎちゃったというか大きくなって
実は要はより良いものをより安く
そういう感覚が育ちすぎてしまったために
供給側というか生産者の作り手の方だったりとか
それがなければ資源は生まれないし循環しないのに
その人たちが疲弊していくというところが
今の経済の根底にあるような気がしていて
物があるのが当たり前
食べられるのが当たり前
生きられるのが当たり前という感覚になってしまったために
目の前のことに対して感謝というものが
やっぱり生まれにくいって感じられにくい
私の自分の子供を見ててもそう思うんですけど
そういうふうになってしまったのは
もうしょうがないというか
私たちのせいでもないというか
時代の流れとかいろんな人たちが頑張ったおかげで
やっぱり今そうなってるってところあると思うんですけど
改めて一時産業の話で
どちらかというと小さな経済とおっしゃったと思うんですけど
その人がいなかったら食べられないわけじゃないですか
すごい感謝というか
ありがとうって思いながら回していく経済っていうものを
もっと手触り感あるのか
私たちの身近な中で
どんどん広げていくっていうことを
やっていきたいなというふうには思っていて
その中で
その人たちの作ってるものが
とっても美味しくないとか
全然注文したのに1ヶ月間くらい来ないとか
そういうのだとあれだと思うんですけど
目の前に自分が届けたい人がいて
その人の笑顔を思い浮かべながら
作ったりだとか提供したりだとか
あるいはその感謝をその時間に受け取ったりとか
っていうことの中で
絶対裏切らないものが
サービスになってきたりするんじゃないかな
っていう感覚もあって
今だからデジタルが
本当にAIもそうですし
デジタルがこんだけ
こうやって私はオランダ
チームが実はテキサスっていう
今オランダテキサス
日本をつなげて
今お届けしてる状況だと思うんですけど
どこでも何でも
流通ができるような状況になってきてる
っていうふうに思ったら
テクノロジーの力でも
大きな経済小さな経済つなげられる
みたいなところはあるんじゃないかな
っていうふうに思ってて
私たちもできることっていうのは
どうやってその小さな経済を広げられるか
っていう活動も
私たちも始めてたりとかするんですけど
生産者を支えるCSAと農業体験
なんかね本当そういう
感謝というかありがとうとかっていう
ことを日常の中に取り戻したいな
っていうふうに
今お話聞いて思ったところでした
やっぱり顔の見える関係って
大事だなと思ってて
僕の周りで本当に実際起きてるのが
CSAみたいなね
一時産業も大きな経済に巻き込まれていて
経済的に言うと大きくは全く出ないから
誰も農業やりたくなくなったって話じゃないですか
なんだけどCSA
例えばコミュニティサポートアグリカルチャー
僕らの周り実際も起きてて
直接もう農家とつながって
農家に少し農作物届く前から金洗っておいて
できたら送ってねみたいなことをやるとかね
これってやっぱり小さな経済側で
農業を支える宿民の一つだったりしますよね
だからそういうのも
全部がそうなればいいと僕は言ってないんだけど
そういうのの比率が高まったり
それで農業頑張る人が出てきたりとかね
そういうのは実例としてもちょこちょこ出てきているんで
そういう実例にもたまに触れてみるとか
自分が農家と直接つながって
ちょろっとお金出してみて
生産されたものが送られてくるみたいなやつとかね
そういうのをスーパーで買う以外の
そういったことを経験してみるっていうのは
大事かもしれないですよね
たまに田植えとか手伝いに行ったりすると
より感謝が生まれたり
カグしてみてほしいとか
こんなことをやってくれてるんだ
とか言って思ったりするとね
感謝が生まれたりとか
そういう体験大事だなって思ったりしますよね
ありがとうございます
そろそろなお時間になってきたなと思って
最後にここから始まる経済ラジオということで
ここから始まっていく経済の形
今思っていることをそれぞれ発信
共有できたらいいなと思うんですけど
不安から循環と関係性へ
ティムさんから今感じていることを
シェアしてもらってもいいですか
ありがとうございます
先ほど田植えの話もありましたけども
やっぱり体験していくことと共通の思い
経験をするということが
そもそもすごく大事なんじゃないかなと思いまして
よく共感研査の中でも
エコビルジーに行ってみたりとか
インドのオーロビルに行ってみたりとか
そういったみんなで
どこかに行ってみよう企画があったりするので
それってすごく大事なことだなと思いますし
そこに経済的合理性を求めてしまわないほうが
逆にこれからのいわゆる経済循環が
生まれてくるんじゃないかなって思ってますので
ぜひラジオを聴いて
教科系サロンの中に興味を持って方がいらっしゃいましたら
一緒にそういう共通体験ができる機会を
共にできたらいいなというふうに思いました
はい ここからはここにですね
若干ここも汗になっちゃいましたけど
大丈夫だ
沢さんはいかがでしょうか
本当そうですね
だから循環をやっぱりイメージしていきたいですよね
不安と恐怖で今も世の中が大きく変わるとか
AIが発展していくとか
職を取られるとか
やっぱり不安と恐怖がすごく詰まっている世の中だなと思うし
不安と恐怖を煽る世の中でもあるなと思っていて
不安と恐怖から
原子栓のモチベーションから生まれてくるものって
焦りとか自分を突き起こすエネルギーにはなるんだけど
そのエネルギーだけでやってると多分人は疲れるし
まさに生きる意味を失っていったりするので
やっぱりワクワクとか
優しさとか関係性とか
そういったものとかを自分の中で
取り入れていきたいなと思っていて
いつ取り入れていくか分からないって思っているとしたら
やっぱり不安と恐怖に煽られるほど
固定化するし貯め込むしってことが起きるんですよね
なんで今の経済もお金が貯まるところにはバカみたいに貯まっていて
循環しないように
そういう空腹に入っちゃっているから
ちょっと今日話を聞いて
少し人間味とか豊かさってなんだろうって思った人は
循環を利用して
貯め込みたいのはすごく分かるんだけど
無理はしなくていいけども
なるべく自分からお金だけじゃなくて
出せるものを出していったりとか
できることを少し一人でやってあげたりとか
そんなことの比率を少し高めていくだけで
また見えてくる世界とか
人の関係性って変わっていくんじゃないかな
経済の本当の意味で
厳選ってそういうことなんじゃないかなと思っているので
そんなことをまた一緒にやっていける仲間が増えたらいいな
と思っております
ありがとうございます
改めてやっぱり不足感というか
やっぱり怖いんだろうなって思う
今の経済やっぱり
今後本当に金融市場どうなっていくかっていうのは
やっぱり今のいろんなニュースを見ると怖いだろうし
なんか貯め込まなきゃいけないとか
いったことに経営者の方々は
3ヶ月1年3年の資金暮れどうするか
事業計画どうするかみたいなことになると
やっぱり確保していきたい
内部リフトあげておきたいとか
絶対思うだろうなって思うんですけど
やっぱりそれって思うのが
経済って金融の金融資本が
やっぱりかなりパワーが強すぎるというか
私たちのマインドの中で
かなりの影響力を発揮しすぎてるんだけど
本来経済っていろんな資本があるよねっていう話で
それこそこの繋がり自体が資本で
別にお金があってもなくても
多分生きていけるとか豊かになれるとか
っていう世界を私たちは見てきたような気がするので
そういう大丈夫だあるんだっていうところの中で
どんどんやりたいことだったりとか
仲間への貢献だったりとかっていうことを
惜しみなくやっていくっていうようなことを
私はもっと広げていきたいなって思って
来週から実は私アメリカに行って
あとセドナにも行くんですよね
セドナに初めて行ったりするんですけど
地球体感したいなと思って
大事大事
こんなに動けたり活動できたりする時間も
自分にどれくらいあるのかっていうのもわからない中で
やっぱりフルスインギで行きたいなっていうのもあるんですよ
なんでそういう生きるっていうことを
ど真ん中にやっていけるような
それがその中で経済が回って
自然に回ってるっていうような感覚を
どんどんどんどんみんなの中で
広げられたらいいなっていうふうに思っています
ので今後いろんな方々をゲストにお招きして
こんな話ができたらと思います
このラジオを通じてね
話していけたらいいですね
ありがとうございます
ということでこちらのラジオは
初回岩波直樹さんのゲストでお送りしました
ありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
36:37

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