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古代の福岡を歩くシーズン4 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン4
この番組は 福津市の企画協賛
道の駅村方 福岡県商工会連合会
餃子の山鉢の提供でお送りいたします 道の駅村方営業部長の久藤です
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こんばんは坂田集大です 先週は神宮神皇の謎を解くの著者川村哲夫さんの話で
神宮神皇が八戸熊橋を討伐するまでの経路をたどりました そして神社から同じ経路をたどっていただいているのが神宮神皇伝書を歩くの著者
綾杉隆さんです 今週は綾杉さんのお話です
前回は八戸熊橋を追い詰める直前の浅倉市の八戸竹神社まで伺いました 今回は討伐されて塚ができたという浅倉市の八戸熊橋塚からです
ここはあの 寺内ダムの付属施設で天城水の文化村というのがありまして
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はいずっと面白い滝を見ながらずっと山に登っていくわけですけれど その
建物のプールのところに八戸熊橋のお墓があったそうなんですね そのお墓が
プールに差し掛かったためにそれを発掘しまして そして
石があったのでそれを石を裏手に移したら 地元の方がとんでもないということで
改めて今の場所に移されたということです
この塚は丸い塩粉に見えるような塚ですけれど これは最近作られたものということになります
で地元の方に伺いますと 亡くなった場所も分かっていまして このせせらぎ館の裏手に職員駐車場があるんですけれど
そこの辺で亡くなったと
そうですはい で後豪軍は手前の
雑木林から撃ったと ところがとても距離が長すぎて
矢は届かないよねって地元の人たちは言っているということなんですね そこで考えたのが
この古墳時代とか弥生時代に出てくる 土という矢ですね
これが例えば 秦の始皇帝の平和王とかが持っている 古代の非常に強力な武器ですけれど
この絵が 鶩川沿いの仲間市の装飾古墳とかにも出てくるんですね
それで弥生時代の出雲にも同じようなものが出てきまして
明らかにこの時代その土があったのがわかりました
その飛距離が500メーターとかですね
ちょっと想像です
それで八六間はしも普通の矢だったら届かないだろうと思っていたところに
その土を用いられてとんでもないとこが矢が来て
亡くなったではないかなというわけです
油断したんですね
土のイメージとしてはクロス棒というのが今ではありますね
それで打たれたのではないかなというわけです
今度は浅倉市稲井原の稲城神社
ここはお祭り神はどういうふうになっているのか
ここは天寺巣目大神 住吉大明神 春日大明神ということで
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杭直神社と同じ神様なんですね
杭直神社が上宮だったんですけれど
度重なる土砂崩れとか台風のために
だんだん下に下がってきまして
今のところに下宮があるというわけです
ここはどういう印象があるんでしょうか
この杭直神社を無事に討伐したのは
お告げがあった神様のおかげだということで
池辺というところで
今度は神様にお礼祭りのお祈りをされるんですね
その時の神様がこのまま祀られています
神社に行く手前に美凪川が流れていまして
これが里川に続いていくわけですけれど
この時神宮皇后が川の水を見て
美凪吉と言われたということから
美凪となったというふうに言われています
こちらの方は美凪吉ということで美凪神社
名前の由来がそういうふうになった
もう一つの方の美凪神社は
美凪という貝殻から来ているんですね
それからここまで追い詰めて
杭直神社を退治するということですけれども
これ一体どのくらいの日にちを要したんでしょうか
そうですね
3月17日に歌詞宮を建って
20日には松尾宮に移っているんですね
わずか3日で浅倉まで来ていまして
そしてその後5日後
5日後には三山市まで行って
大和永田の田ぶらつ姫を討伐したと
日本書紀に書かれているんですね
その通りだとしますと
もう敵に準備をさせる前にとにかく攻めようということで
すごいスピードで移動していったということになりますね
そして7つの陣地を張ったということですけれども
次から次に敵をやっつけて陣を張っていったということですね
そうですね
それでやっぱり神宮皇后が八次郎熊橋を
これほどまでに追い詰めたのは
千葉家天皇の敵討ちではなかったのかなと
ここに来たらそういう思いがしたわけです
浅倉市の美萍神社でした
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これで神宮皇后の熊橋討伐が終わりました
そして次に向かったのは田ぶらつ姫との戦いです
これを綾杉さんに神社からたどっていただきます
まず浅倉市の太智八幡宮から
これの御祭神はまず
神宮皇后と大神天皇と三女神というわけですね
この太智八幡宮の太智というのは
ここで神宮皇后が太智を神様に奉納して
祈られたという場所から来ています
その場所というのが先ほどの八次郎熊橋を討伐した後
川沿いに下ってきて美萍神社で戦勝報告しますが
そこからまたさらに南に下ってきた場所に
この浅倉市大尾場というところがあって
そこにこの太智八幡があるんですね
昔のあざがおとう丸と言いまして
おとう丸
このおとう丸というのが
おとう丸ですね
そうですね
それが生まれておとう丸となってますが
これが奉納した太智の銘だったそうなんですね
そうですか
昔の太智に銘があって
それが今にも伝わっているという
大変珍しい例ですね
行きますと廃殿の右の手前のところに
大きな岩がありまして
太智塚と言うんですけど
その下に鶴木が埋まっているそうです
鶴木が埋まっているという伝承があるんですね
はいそうですね
この辺で太智で持って訓練したという
言い伝えもあるんですか
そうみたいですね
ここは地元の豪族たちの訓練地だったみたいで
それで八幡島市を討伐して降りてきた後
太智がボロボロになったものを洗って
そして研いでですね
そしてさらに漆を塗ったという話が伝わっています
それで鶴木を研いだところを
研ぐ鶴木から研く鶴木という
あざ名になるんですね
それから漆を塗る
で塗ると塗る漆ということで
塗る毛という地名に変わったということで
塗る器ですか
はい漢字は今そういう漢字が出てますね
それで漆を塗るというのはどういうことかなと思って調べますと
今でも刀には漆を塗るそうなんですね
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それが錆止めだそうです
それでこの鶴木というのは鉄剣だったというのが分かったわけです
神宮皇后のおとう丸という鶴木も
そうやって研がせて綺麗にして
そして神様に奉納したというわけです
それからここで訓練したということですけど
この訓練のバックアップしたのは
そうですねここはですね
三女神を祀っているといえば
三沼水群なんですね
で今からずっと三沼水群のお話になるんですけれど
日本書紀には一番最初には
三女神を祀るのは
胸肩の黄身と書いてあるんですけど
第3番目の書には
三沼の黄身が祀っているって書いてあるんですね
この蓄後地方というのは
まさに三沼の黄身の領土となってまして
それでここも三沼軍の訓練基地だったのではないかと
そういう縁で神宮皇后たちの軍隊も
いろいろ武器をですね
また調達したり
研いだりすることができたのではないかと
思われます
よくその名前の通りですね
この立八万宮
そうですね
その名の通りのところですね
そうです
次が同じ浅倉市の福成神社ですね
今の立八万宮から
また南に1.5キロほど下ったところに
この福成神社というのがあります
ここも後輩陣は?
宗方三女神
やっぱり宗方三女神
再明天皇
再明天皇
それから天地天皇ということですね
ここに一番最初に三女神を祀ったのは
慶光天皇という方なんです
それから今度は神宮皇后が来られて
そしてやはりお祈りをされたと
戦勝祈願と
これからずっと水路をたどっていきますので
その安全を祈られたわけですね
それから数百年経って
600年代なんですけれど
今度は再明天皇が畜生に下って来られます
それは
唐と白城の連合軍と戦うために
来られたわけなんですけれど
近くに朝倉の橘の広庭宮というところがありまして
到着して3日後にはここに来られたそうなんです
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その時に皇太子の中野王子も一緒に連れて来られまして
後に天智天皇となられます
そこでここでは
再明天皇と天智天皇も一緒にお祭りしているというわけです
この神社の近くに
陽極の綾のつづみという舞台になった場所があるんですね
そうなんです
神社の境内をちょっと出て
左手を見ますと
玄太老人の墓という小さな石があるんですね
そこで聞きますと
ここは再明天皇が連れて来られた女官たちですね
お蕎麦女たちですけど
その中に一人綺麗な人がいて
玄太老人が恋をしてしまったというわけです
そして失恋してしまいまして
近くの桂の池に実を投げたと
その後幽霊が出るようになりまして
それで女官もまた実を投げたという話がありまして
その現場がこの福成神社のそばだというわけなんです
そこで宿舎があったということなんですね
女官たちの宿舎があったということで
それが目頃木という地名になって残っています
すぐ南には桂川が流れてまして
そこに架かる橋が宮殿橋と言いまして
これは宮殿という字を書いています
じゃあこの辺に女官たちの館があって
そうですね
その近くにも橋があったということですね
そういうことです
面白い場所ですね
そうですね重要な場所だと思います
埼明天皇とも関係のある重要な場所ですね
福成神社
そして今度は蓄支の市に行きまして
松尾宮
これはどういう優勝をもった神社でしょうか
こちらは御祭神が大山クイーンの御事ということで
山の神様なんですけれど
ここで神宮皇后はお腹が痛くなってしまって
それで神様にお祈りしたら
治ったという場所なんですね
突然こんな場所に出てくるものですから
一体どういうことかと思って調べていきますと
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先ほどの福成神社から神宮皇后は
一旦大本営に戻るわけです
その場所が前お話しした松尾宮というところですね
八幡宮ですけれど
そこで神宮皇后が
私の心は安らかになったと言われたと
それから安という地名が起きたというわけですね
そこから西の方を見ますと
法満川が流れているわけなんです
それを渡ったところにこの松尾宮があるわけですね
そして近くの伝書を調べますと
近くにある小郷市に津湖という地名がありますよね
津湖から船に乗って下っていかれたという話が出てくるんですね
そういうことで津湖の港に行くために
神宮皇后は川を渡って
この松尾宮の丘の方に来られたのではないかというわけです
ちょっと丘陵地帯なんですね
築志野市の長丘というところで
そこに立ちますと
それこそ今までにお話しした
松尾八幡宮の大本営地の方角がよく見えまして
その奥の方には八幡熊市のいた古書山が見えるんですね
そこできっとここで今までの戦いをですね
こうやって戦ってきたんだなと
そういう考えにふけられたんではないかなという場所でした
ところがそこでお腹が痛くなるわけですね
そういう要所のある松尾宮
築志野市の松尾宮でした
今度は小小折市の老末神社
老末神社というのもいろんなところにありますのでね
そうですね
ここは小小折市の老末神社
まずこの御祭神から行きましょうか
菅原賢賊神から甲羅玉垂れの御事
それから住吉の狼ということですね
菅原道真の末裔の方がここに神社を建てたというようなことです
ここの地名が小小折市の神岩田という地名ですけど
もともとは神様の岩の田んぼと書きまして
神様の岩の田んぼ
もっと古くは神様の岩戸というふうに書いてたんですね
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それでここには不動岩という大きな岩
まりや岩倉があって
そこに来られて竹内すくねに剣を奉納させて
お参りされたというお話があります
そうですか
ここに書いてあるのが
筒から船に乗って法満川を下って行かれたというふうなことが書かれていたわけですね
そうですか
ここにはしめ縄の珍しいしめ縄があるんですね
そうですね
人形しめと言われますけど
普通と違いまして
横の縄がとても厚いですね
大きくて
上に三角形に盛り上がるように
また藁を組み上げて
そして下の下がりもお相撲さんの下がりのようですね
たくさんの下がりがありまして
ちょっと見たら人形に見えるということで
人形しめというのが今でも伝えられています
面白いもんですね
そうですね
昔からあるんですよね
入り口もとても狭くて
昔こんな狭いところで歩いて来られたんだなという感じ
よく雰囲気が残っているお庭です
大通市の尾嶋神社でした
今週は神宮広報伝書を歩くの著者
綾杉留奈さんにお話を伺いました
綾杉さんの話は
田ぶらつ姫との戦いに入っています
来週はこの続きをお送りいたします
ここで古代の福岡を歩くリポーター
中嶋理恵さんです
こんばんは
福津市に光の道という
とっても素敵な場所が発生する時期が近づいてきました
もう時期ですか
はい宮城岳神社の参道なんですけどね
人気アイドルグループのアラシとが出演した
日本国のCMで一気に全国区になってしまいました
この参道の一番上
石段の上から
まっすぐ海に向かって伸びている道
その向こうに愛の島がポコッとあるんですが
ちょうど島の向こうに夕日が落ちるとき
この参道がパーッと光るという
10月と2月がだいたい見頃なんですが
間もなく2月の下旬そのピークがやってきました
2月の25、6日頃が一番光の道のピークだと思うんですが
その前2月19日からあと3月3日まで
宮城岳神社に観覧席が
ご祈願付きの有料観覧席が登場しますので
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だいたいこの期間が見えるだろうなー
っていう時期なわけなんですよね
じゃあ実際見えるとどんな風なのか
福津市観光ボランティアガイドの
竹本竹利さんにどうですかって伺ってみました
それはねやっぱりあの
素晴らしいですよ
この道を光がダーッと走ってきますから
走ってくる?
向こうからダーッと走ってくる感じ
なんですね
光が走ってくる感じなんですね
福津市観光協会事務局長の中村留美さんも
見た時こんな風に思ったとおっしゃってました
あのー香ばしいですよもうその一言
なんか涙が出ます
なんか本当にこう
オレンジ色になって光輝いて
海が輝いてくるっていう風に言われてますけど
まさにその通りで光合しくて
自分の顔ももうなんかテラテラしてくるんですけど
ちょうどその時間になってくると
それでもう涙がスーッと出てくるような
そういう気持ちになります
そうですね古代から人はこういうことを
神様の現れる道とか
こういうのを思いながら生きてきたんだろうなー
というのをなんか感じますね
その瞬間しかね味わえないものというのがまたいいですね
そうなんですよでもね遭遇率かなり低いらしいです
天気がねそうなんですよベースのお天気もありますし
ずっと晴れてたのに最後の最後沈む頃に雲が出てくるとか
pm2.5で全体的にもやっとしてるとか
いろいろあるらしく実はこの宮城岳神社の山道
一番上のところにですね見本の写真があるんですが
その写真ですら最高の状況ではないと
ボランティアガイドの竹本さんがおっしゃるんです
それでもまだ本当の光の道じゃないんですよ
あれでも?
あの藍の島があるでしょ
藍の島に3分の1ぐらい太陽がかかった
あれが本当にダーッと走る
光が走るというやつです
3分の1入らなきゃダメですか?
だからなかなかねその状態になるのは難しいんですよ
ハードル高いでしょ
めったに出会えないからこそ価値があるって感じがしますね
でもせっかく行ったら雲がかかってたりとか
観覧席に座ることができなかったとか
いろいろ事情発生すると思うんで
何かしら心を立て直す方法がないかと竹本さんに尋ねてみました
あの夕日を見るんだったら
海岸の近くまで行って
海岸にもちゃんと鳥居がありますからね
鳥居の手前から海の方を眺めれば
その鳥居の中に入ると
ちょうど鳥居の中に入って
藍の島の下に沈むというような感じで
見れるかもわからない
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かもです
かも
そうなんですよ
まあでもねいろいろフォローの方法があると思ったら
ちょっと勇気も出ますし
でもねああもう今日は絶対ダメかなと
諦めていても
最後の一瞬パーッと光が走ることもあるんですって
ですから本当に最後の最後まで諦めずに見てほしい
それから中村事務局長がおっしゃるには
もうこんだけ混雑しちゃってるんで
光の道側から観覧席にいる人間を
チグンゴするのも面白いんですよっておっしゃってました
2月19日から3月3日が見頃です
中島理恵さんでした
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福岡県商工会連合会
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道の駅村方の提供でお送りいたしました
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