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古代の福岡を歩くシーズン4
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン4
この番組は福津市の企画協賛、道の駅村方、福岡県商工会連合会、
餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
道の駅村方、営業部長の古代です。
村方の新鮮な海の幸、山の幸がたっぷりです。
いつも旬のものをお届けします。
世界遺産、神はどる島、村方おきの島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう。
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最寄りの商工会に気軽にご相談ください。
こんばんは、坂田周大です。
今夜は神宮工房の足跡をたどります。
お話を神宮工房の謎を解くの著者、河村哲夫さんに伺います。
河村さんの話は、前回は下関の豊良宮から出発して福岡市の歌詞宮へやってきます。
ここで一緒に来た夫の忠愛天皇が急死してしまうという話までお送りしました。
では神宮工房はなぜ歌詞宮を根拠地としたのかという話から伺っていきます。
本来は名の国の中心部といいますと博多湾があるんですよね。
中川と三笠川に挟まれた区域なんですけども、神宮工房はちょっと外れた名島の地といいますか、歌詞宮に拠点を構えたと。
なぜその歌詞宮に拠点を構えたのかというのは大きな謎なんですよね。
一つは歌詞宮といいますと神武天皇が奈良に都を置いた場所が歌詞原宮で歌詞がいっぱい生えていた場所なんですよね。
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ですからやっぱりそういう共通性があるのかなと。歌詞の木がいっぱい生えていてですね。
歌詞の木といいますと、いわゆるどんぐりなんかは古代人の貴重な食料園ですからね。
ですからそういう意味では神聖な場所であった可能性はあると思うんですよね。
ですからそういう神聖な場所を選んで神宮工房がそこに本陣を構えたと言うとかなと思って。
これはまだなぜあそこに置いたのかという非常に謎ですけどね、まだ。
そういう戦で歌詞宮で忠愛天皇が急に亡くなりましてね。
本来朝鮮出兵そのまま行くかと思いましたら、皇后の憂いを託すためにですね。
畜生野にまず行かれて熊足を討伐すると。こういう動きをされるわけですね。
どういうコースで辿ったかと言いますと、三笠川沿いにですね、いわゆる法満山を見かけてまず進軍されるわけですね。
というコースを辿っています。
当初は熊足を討伐ということで言われて、熊足を討伐の方は他の人に任せてしまう。
そうなんですよ。
忠愛天皇が攻撃したという説もありますし、あるいはキビ一族が熊足をたちまち討伐したという下りが日本史に書いてあるんですが、
自ら再度攻撃に行くと。おそらく朝鮮出兵のためにですね、軍勢を集めようという気もあった可能性もあると思いますね。
ということで、やっぱり一度、九州地域を綺麗に平らげて、そして皇后の礼を立て、軍勢を集めて朝鮮に行こうと決意されたのかなと思います。
そしてまず八郎熊足というものを討伐するということですか。この八郎熊足というのは、これはどういう事務でありますか。
山尾を掛けるが如く行動しますから、今で言えば山節みたいな感じの人ですけれども、おそらく山岳系のそういう人なんじゃないかと思いますね。
大きく言いますと、彦さんから法満山にかけて、昔山尾氏が主要しましたけれども、山岳地帯をやっぱり支配した山岳系の首長であったと。
こういう感じはしますね。
八郎熊足の拠点としている朝倉方面へと向かうわけですね。
三笠川を登って行くわけですね。
そうですね。おそらく大きな荷物なんか船で運びますからね。
ご自分は三笠に乗って、悠然と笠をかぶって拘軍されるわけですね。
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そうですね。多くの軍勢を率いてですから、女性が一人総代称で三笠に乗って行くんですから、地元の人たちにとって恐るべき驚くべき光景だったと思いますね。
三笠川をずっと登って行きながら、途中に大野城、中というところに御寮法満宮があります。
ここに立ち寄られるわけですね。
御寮といいますのは、もちろんお墓ですよね。
ここに、実は玉襟姫の御寮があったんですよね。
玉襟姫といいますと、神武天皇のお母さんですよ。
渡津の国から宗賀に行きまして、神武天皇を拝みになると。
その方のお墓が御寮の内にあると。こういうことになっているんですよね。
そこを参りされたということです。
御先祖がそこに葬られていたという神社なんですね。
そうです。そしてそこでお告げがありましてね。
私とあなたは今から姉妹兄弟よというお告げがあったということで、
玉襟姫がお姉さん、神武皇后が妹だと。こういう関係ができたそうです。
ここでお参りして、それから向かわれるわけですね。
ところがですね、つむじ風が吹きましてね、被っていた傘が吹き飛ばされましてね、
それが川向こうの今三笠の森がありますよね。
あそこに飛んでいきましてね、木に引っかかって落ちた。
それをみんな撮ったということで、今も三笠の森というのがありますし、
あるいは川の名前も三笠川に変わったりですね。
それから法満山も以前は三笠山と言ってましたけれども、三笠群とか三笠山とか三笠川とかですね。
神武皇后にまつわる名前でいっぱいになったんですね。
ここにはこんな話も残っていたそうです。
これは海浦一賢先生の畜然なく日食不読記に書かれた内容ですけどね。
海浦先生も福岡藩内をずっと歩き回ってですね、いろんな伝承を残されておられますが、
これ非常に面白い伝承なんですよ。
どういうことかと言いますと、神武皇后がおいでになって三笠の森の中にですね、
大きな神社が、祠ができたんですね。神社が。
今はありませんけどね。
毎年大晦日にですね、村の山田村でしょうか、中村か山田村でしょうけど、
その女性たちがですね、おばあちゃんから奥さんから娘まで全員そこにこもりましてね、一晩中。
ということは、大晦日の夜に女性が一人もいなくなるんですよ。
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残されたのは男だけなんですよ。
そして明日はもうお正月なんですよ。
そういう日に女性だけ集まっておこもりするんですよ。夜通し。帰ってこないんですよ。
おそらくですね、こういう伝承がなぜ江戸時代まで残ったかと言いますとね、
やっぱり神武皇后が腰に乗ってですね、いろんなきらびやかな服を着て飾り物をしておいでになったと。
友の男性たちは1万人を超えるような群勢ですよね。
そこでまるで姫子のように、天照大神のように立て祀られておいでになったと。
その人がかぶった傘が飛んでいったと。
ここは飛んできた場所というのは女性の聖地になったんですね。
ですから男は立ち入り禁止なんですよ。ここに入ってしまえば男は来れないんですね。
ですから一番大事な正月を迎える前の日にですね、自然と女性たちだけ集まって1年の疲れを癒すと。
もう男どもはほたらかしなんですよ。
そういうお祭りがですね、やっぱり残ったというのは、なんか九州らしいと言いますかね、面白いなと思いますね。
今時そんなことをやったら、男女同堅の世の中でも結構女性避難されますよね。
逆に男がそのことをしたら、もう避難後豪ですけどね。
そういうことを幕末までやっておったと。
いつ頃まで続いていたか知りませんけどね。
この後神宮高号1号は山へのほうへ進んでいきます。
法満山と今宮城だけございますよね。
あの間を通られましてね。
はい。
そして浅倉の方に抜けていくと。
はい。
その峠を神寄り峠と言ったそうですね。
そうですね。
あたかも神様が通って行ったような感じがしたんでしょうかね。
神宮高号に対して。
はい。
その途中にですね、
はい。
とがみ神社。
はいございます。
これは一つのポイントの場所かなという。
そうですね。
思うんですけど。
それはですね、そこで本陣を構えられたということで、
そういう長津谷神社だとも言います。
長津谷神社。
はい。
本陣という意味ですね。
はい。
神宮高号がそこで本陣を構えられましてね。
はい。
そしてとがみ岳に登られたと。
はい。
ところがそのとがみ岳の途中にですね、
ひずみ岳という大きな岳があるんですよ。
大きな岳が。
はい。
これは神宮高号が乗った馬のひずみの後であると。
はい。
もうどでかい大きいんですよね。
はい。
そして三つ緒木の春とか、そこで三つ緒木をして上に登って行かれたと。
こういう伝承がいっぱい残ってますけども。
はい。
この長津谷神社のその伝承としてはですね、
はい。
そこで兵器を研がれたと。
ああ。
ですからとがみだと。
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研い師だとですね。
研い師で研いだと。
はい。
ということでとがみ神社という別名ができたと言われてます。
はい。
山頂にも竹宮という神社もあるわけですね。
はい。竹宮寿司の御徒。
これは出雲の国づりを迫った神様ですけどね。
大阪はそういうなんて言いますかね、
軍人の神様と言いますか、戦いの神様と言いますか、
これを祀った山ですね。
はい。
その麓には紀元前後の神官がいっぱい埋葬されてますから、
やっぱり古い時代からそこは聖山だった可能性がありますね。
ああそうですか。
霊山と言いますか。
このとがみ神社の近くに神の内という場所もありますね。
ございます。
南という場所がありますね。
竹前町の。
ここにも本神が置かれたという伝承が残っております。
その辺りに神を構えられたということですね。
今、竹前町もその辺りの道路ですね。
神宮通りとかそういう名前つけてるようですけどね。
わりと山に近い山際の道と言いますか、
そんな感じの良いコースですね。
散歩コースにはいいと思います。
そうですね。
この辺にも神宮通りにも集わる場所があって、
御長津滝という滝があって。
そうですね。
勝山とかですね。
手を洗われた御長津滝とかですね。
それからお化粧された御化粧川とかですね。
そういう床に伝承地がいっぱいございますね。
この辺で神を構えてゆっくりされたということでしょうね。
そうです。
それからこの近くに栗田という場所があります。
そうですね。
松尾八幡宮ですね。
この松尾八幡宮も一つのポイントですね、この辺では。
日本史書の中にですね、松尾の宮に拠点を構えられたと。
出先の都、安宮といいますけれども、
ここにですね、最終的に本宮といいますか、拠点を作られたと。
こういうことですね。
栗田八幡宮、松尾の宮ともいいます。
そしてその後ろ側に目配山という山があって。
これもやっぱり神宮コースですね。
この上にですね、腰掛石があるんですよね。
大きさが2メートル弱ですけれども、四角い石がございましてね。
この石に座ってですね、死を眺められたということで目配山と。
こういう名前になると言われています。
この辺りがだいたい熊橋討伐の中心という感じなんですかね。
そうですね。目指すは古書山なんですね。
その後大名鶴神社というのが近くにありますよね。
これは大名鶴といいますと、大国主の御事を祀る神社なんですね。
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これはどういうことかといいますと、日本書紀も書いてございますし、
筑前の国、不動記がなくなったんですけれども、その引用された文がございますが、
どうも朝鮮出兵しようとしたときですね、兵隊がなかなか集まらないと。
ああいうことで、ここにですね、大名鶴、大国主を祀る神社を作られたところがですね、
兵隊が無事集まったと。こういう伝承なんですね。
この神主さんがですね、神宮に従っていました大宮の宮の大友主の御事。
大宮といいますと出雲系統なんですね。
並んでいますと大宮神社、三羽山がございますね。
そういう神主さんですね。そういう一族がここに拠点を構えましてね。
そして大名鶴神社を作ったということが言われています。
ですからなんでここに大国主を祀ったのか、これもちょっと謎なんですよね。
出雲神様でしょ。それを筑前家のど真ん中に、なんで作ったのかなという感じもするわけですね。
それとですね、私はこの大名鶴神社に行って、お参りして左手の方をずっと行きますと、
山を崇拝したという場所に出ますよね。
はい、要拝所がありますよね。
要拝所がありますよね。
ですから大阪府の三羽山をですね、御神体として、そこは仰ぎ見る感じになりますから、
昔の大昔の信仰の形態と言いますか、昔はやしろとかありませんからね。
やっぱり山とか岩とか松の木とか、そういったものを御神体として仰ぐ、
そういう仰める習慣がありましたので、そういう古い時代の信仰の形態を保っているのかなという感じがしますね。
そしてその山が目配り山というところに何か謎めいたものがありますね。
そうですね。やっぱり一種の霊山として仰めたと言うとだろうと思いますね。
そしてこの後、秋月の方に八六間足を追い詰めていきますね。
秋月に野鳥田のふれという場所がありますね。
野鳥って野鳥と書きますけど、野鳥村という村もありますね、現在もね。
ございます。だから多分その辺りで間違いないと思うんですけどね。
ただ、そそぎ野という山の名前が出てくるんですね。
これを雷山だという説もありましてね。
ちょっと秋月に攻めていこうとしているのに、いきなり雷山が出るなんてちょっと変な感じですが、
おそらく大きな山がそそぎ立つような意味でそそぎ山と。
ですからこの辺りで一番高いのは古書山ですからね。
古書山を見てそそぎ山と言ったと。こう考えていいと思いますね。
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野鳥村も現在ございますしね。
それから秋月には7か所の神社を作られたということで、そういう伝承地がまだございます。
五つの森ですね。それから七つの森。秋月八幡。
追松神社ですね。床の神社がいっぱい伝承地がございます。
結局このそそ木野というところで追い詰めて熊橋一族を討伐するという感じになるんですかね。
そうですね。ただそそ木野という場所が直接は見当たらないんですよ。
ただ地元には鈴木原という場所がありますから。
鈴木原。
ですからそそ木と鈴木はよく似てますんでね。
ですからおそらくそういう意味では大きくそびえ立つ古書山のふもとの原っぱだと。
そういう意味で鈴木原という地名だろうと思っています。
この後ここで討伐して、熊橋はその後どこへ逃げていったんですかね。
どうも山の向こうに逃げていったと。
鎌群に舛添山ですね。そして最終的には舛添山で討伐されたと。
最終的には向こうで討伐されたと。
そのために大熊という地名がありますでしょ。これは熊橋から来たという伝承なんですよ。
熊橋の熊。
そして天城水の文化村今ございますよね。
あそこの事務所の横に今熊橋塚がありますよね。
あれはもともと寺内断面が建設になりましたね。
固定に沈むということで地元が大臣の熊橋の墓を移設されたというふうに聞いています。
そこへ現在は訪問されているという。
そうです。
神宮皇后はこの後はどういうふうな行動をとるのでしょうか。
この後ですね。おそらく近くに例えば美名木神社とかですね。
いろいろございますし、例えば鬼ヶ城山とかですね。
鬼ヶ城という山に逃げ込んだという記録があるんですね。
どういうことかと言いますと、これでやっと熊橋を打って心安らかになったということで、
そこで安という地名が生じたと。こういうことが書いてあるんですね。日本書紀には。
ですからなんで神宮皇后がそこまでホッとされたのか。
後の時代ですね。同じように朝倉においでになった方が埼明というのがおられますよね。朝倉の宮をつくられまして。
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朝倉の宮をなぜ朝倉につくられたのか。それから神宮皇后が国田松尾の宮をなぜ朝倉につくられたのか。
どうもお二人に共通するのは、ここは自分たちの聖地なんですよと。あるいは里側にしたんですよというような雰囲気が見えるわけですね。
ですからひょっとすれば神宮皇后も埼明天皇も朝倉平野というのが天皇家と非常に関係のある場所なんだと。
あるいは山寺宗神とも関係しているんだというような秘密ことも関係しているみたいな。
そういう独特のなんかを持ってあった可能性もあると思いますね。
ですから山寺宗九十節経ちますとね、彼女たちは神宮皇后を踏めて埼明天皇もやっと里側へ来たんだよという感じで、
そういう不拉致な輩を討伐したということも言えないでもないと思いますね。
神宮皇后の足跡。熊橋を討伐するために嘉志軍を出発して秋月近くで熊橋を追い詰め、
古書山の北東にある舛添山で討伐したというお話でした。
お話を神宮皇后の謎を解くの著者河村哲夫さんに伺いました。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中嶋理恵さんです。
こんばんは。今日は世界遺産であります神宮鳥島、宗方沖の島と関連遺産群を巡るときの楽しみの一つ、道の駅宗方の美味しいお買い物をご紹介しようと思います。
そうなんですよ。やっぱり冬はお魚美味しい時期ですからね。
どんなものが並ぶのかなど、水産販売責任者の伊藤美育さんに教わってきました。
やっぱり冬はトラフグだとか、あとメバルやヒラメ並ぶんですが、こんなお魚も出てくるんだそうです。
平鈴木ですね。丸鈴木じゃなく、普通の鈴木ではなく平鈴木、玄海などの荒波で捕れる平鈴木。海の中しかいないです。
普通の鈴木は河口に登っていくけど、平鈴木は海の中しかいないんですよね。
だから臭みもなく、非常に美味しい。
銀色というか、かっこいいと言われるんですけど、僕は海にしかいませんよみたいな、荒波にみたいな。
面白い。
なんかこうやって聞いてると、見たくなるというよりも会いたくなりますよね。平鈴木さんどんな感じですかみたいな。
食べ方はお刺身とかムニエルとか普通の鈴木と同じでいいんだそうですが、実の透明度が全然違うんだそうです。
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普通の鈴木っていうのは夏場なんだそうですが、この平鈴木は寒い間、冬の間、3月ぐらいまで、たまに5月ぐらいまで捕れることもあるんですが、この時期が一番ですね。
食べたい。
選挙だけじゃないんですけど、今年すごいことやっちゃいます。道の駅村方。
2月1日から28日まで、第1回村方ひもの祭り。
ひもの祭り、いいですね。
ひもの好きですか。
ひもの好きです。
特にこんなのが好きとかありますか。
そうですね、なんでしょう。
尖った感じ。
かますがいいですね。
実の歯ごたえがたまりません。
おそらく並ぶんじゃないかと思うんですが、この村方ひもの祭りなんですけど、いちご祭りの時にも同じことをするんですが、商品についているひものシールを10個集めると300円分のお買い物券がもらえたりとか。
さらに今年はですね、このひものキャラクターを作ってまして、名前を募集する。
かわいらしいイラストが、これがキャラクターですね。
そうなんですよ。決まるとこれもプレゼントとして特産品をもらえたりするわけなんですよ。
こんなに祭りができるほどのひものなんだという、そういうことなわけなんですが、聞いたらですね、やっぱり原産地の間違いがないのがまず第一。
取り立てを仕入れて作る場合も、よそからの他県のものを仕入れる場合もあるんですが、必ず道の駅のチェック、確認の目が入るんですって。
それを確保していくわけなんですけれども、とにかく伊藤さんがこのひもの名人がいっぱいいるので、今回のひもの祭りで食べ比べて好みの味を見つけてくれとおっしゃるんです。
そんなにそれぞれなのか、ひもの名人のそれぞれの様子を聞いてみました。
各それぞれ、例えば一夜干しの塩物だったら、微妙にやっぱり塩加減が違うんですよね。
それと、その魚の持っている油分とかで調整をしないといけないんですよね。
塩の加減の入り方とかをですね。そういったのをやっぱりいろいろ研究されて作ってあるという。
ずっと同じ1年間を通じてこの塩の加減というわけにはいかないんですよね。
あとみりんとかはですね。みりんとかもやっぱり独自ですよ。自分のこのみりんが一番おいしい味付けですよね。
でも結局金崎とかは昔から伝わるみりんの味とかですね。そういったのも作っている方もいらっしゃる。
奥が深いですね。
ですから自分の好みの味を見つけるのが先決なんですが、誰が作ったのかというシールが貼ってありますので、
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これをしっかり覚えておけば、次に行ってもまた自分の好みのものに出会えると。
食べ比べたいですね。いろいろね。
何が並ぶのかなって言ったら定番のアジですとか、イワシ、それからカマス。
私好きです。
道の駅もなかったならではという意味ではやっぱりフグも出てくるわけですし。
あとですね、ここからは伊藤さんがね、皆さんがこの祭りに向けてちょっと工夫をして出してくると思うんですっておっしゃってました。
予想を聞いたらですね、キンメとか、カワハギ、アラカブ、メバル、この辺が出るんじゃないかと思います。
道の駅もなかったらひもの祭り要チェックです。
中嶋理恵さんでした。
番組からのお知らせです。ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの古代の福岡を歩くシーズン4のバナーをクリックしてください。
また、ラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすればスマートフォンやタブレットでもお楽しみいただけます。
この番組は靴下の企画協賛、福岡県商工会連合会、餃子の山八、道の駅胸形の提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周代でした。
また、YouTubeでも聞くことができますよ。
さらに、生放送でいち早く番組をチェックしたい方は、ラジコでRKBラジオ立川翔司キーサイトを聞いてください。
毎週金曜朝6時半から10時まで生放送中です。
さらに、この立川翔司ニュース落語は本で読むこともできます。
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