1. 古代の福岡を歩く
  2. S4 25回目は神功皇后の田油..
2019-03-23 30:28

S4 25回目は神功皇后の田油津姫討伐の後の足跡を神社から辿ります。

神功皇后伝承を歩くの著者、綾杉るなさんの話では神功皇后は田油津姫討伐の後佐賀へでています。杵島郡石崎という所に古代の港がありここへ皇后軍が着岸したらしいということです。

ここには山惣という武内宿禰の居城があるとか。

ここでは大鷹・小鷹に占拠されていたため戦になったそうです。

この後、神功皇后は玉島川でアユ釣りで占いをし、見事アユを釣りあげることになります。

そして、糸島半島を巡幸することになります。

糸島市二丈にあるのが鎮懐石八幡宮。ここには神功皇后が新羅へ出兵するときに立ち寄り、石をふところにいれ出産が遅れることを祈願しています。

神社の近くにはこぶし大の石ころが今でもたくさんあります。

綾杉さんの話は今回はここで終わり、続きは10月からのシーズン5で、となります。

ご期待下さい
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00:08
古代の福岡を歩くシーズン4
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン4
この番組は福津市の企画協賛、道の駅村方、福岡県商工会連合会、
餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
道の駅村方、営業部長の古代です。
村方の新鮮な海の幸、山の幸がたっぷりです。
いつも旬のものをお届けします。
世界遺産、神はどる島、村方おひの島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう。
売上や経営のことでお困りではありませんか?
福岡県商工会連合会では地域の中小規模事業者に寄り添った数多くの支援メニューを準備しています。
最寄りの商工会に気軽にご相談ください。
こんばんは、坂田秀大です。
今週も神宮工房の足跡をたどります。
先週は河村哲夫さんの話で神宮工房の田村津姫討伐の後をたどりました。
今週は神社から田村津姫討伐の後の足跡をたどります。
お話を神宮工房伝書を歩くの著者綾杉留菜さんに伺っていきます。
まず田川市の若八幡神社からです。
どうやらこちらは神宮工房の別胴体の話のようです。
ここの御祭神は?
忍徳天皇、応神天皇、神宮工房、かむ夏祖姫、小笠原忠正の御御徒となっています。
珍しいですね。
そうですね。
かむ夏祖姫という方が初めて出てきました。
この方は慶光天皇の時代の方なんですね。
03:01
日本書紀の方にはここから慶光天皇をお迎えしたという話があります。
地元ではかむ夏祖姫がこの田川の夏吉を開発されたというふうに伝えられているんですね。
サバの方にお迎えに行ったということなんですけど
サバの方からお話を聞くと
実はかむ夏祖姫はとても美しい人だったと
美しい女は辛い思いをするから
この地には美人は生まれませんようにと祈ったというわけなんですね。
そうしますとかむ夏祖姫はサバの姫気味だったと
それが慶光天皇との関わりでこの田川に来て
そしてここを開発したということになりますね。
景台の手前から
右手の方を見ると河原岳が見えるんです。
3つの山のうち今も一つが削られていますけれど
この河原岳の開発に関わった方ではないかというわけなんです。
実は田村津姫が殺された後の話が日本書紀に載ってまして
田村津姫にはお兄さんがいたんですね。
夏羽という夏の羽と書きまして
夏羽という方なんです。
この夏羽が妹が責められているということで
軍勢を整えてそして助けに行くんですね。
ところが妹がもう死んだということを聞きまして
引き返すわけです。
それを日本書紀では逃げたと書いてありますけれど
後号軍がその後別部隊と思いますけれど追い詰めていきまして
この田川までやってきまして
そして夏羽が洞窟の中に逃げ込んだのを上から焼いたと
それでここの地名は夏羽焼きというようになって
それが夏焼きと変わって
そして後にあまりにも地名がひどいので
ということで先ほどの小笠原のお殿様が
夏吉と地名を変えたというわけです。
夏吉
はい
それでここにですね
神宮皇后がなぜ田村津姫を殺そうとしたかという理由が書かれてたんですね。
06:01
そうですか
はい
で実は田村津姫が先に神宮皇后を暗殺しようとしたと
そういう伝承が書かれています
で夏羽も朝廷に恨みを持っていたというわけなんです
そこでその妹の田村津姫は
小賀市の小山田の五木宮で神宮皇后を殺そうとしたと
ところが失敗して
そして逃げた
そういう話があるわけなんです
そうですか
はい
それで神宮皇后はこの人に復讐をしたということが
一つの原因だと思われますね
小賀市の小山田というのは神宮皇后が最初行ったところですよね
そうですね
神様、忠愛天皇が亡くなってしまったので
なぜ亡くなったのかをお尋ねするという場所です
だからすごく狭くて
あまり人には教えてない場所だったんですね
忠愛天皇の死んだのを隠すために
ですからそこに田村津姫がいたというのが
ちょっと不思議なんですよ
でまあ想像ですけど
例えば人質として連れて行かれたとかですね
那津波が恨みを持っていたので
これはちょっとということで人質として連れて行って
そして田村津姫はいつか神宮皇后を殺すチャンスを狙っていたと
そういうことも考えられますね
面白いですね
失敗したために追いかけられて
そして一気に殺されたというわけです
おみいちゃんの方も殺されてしまった
そうなんです
それでですね
その後亡霊が出るようになった
そうですか
この那津波と田村津姫の亡霊がですね
それでそれを鎮めるために
先ほどの八幡神ですね
もう一度神宮皇后たちに抑えてもらおう
鎮めてもらおうということで八幡神を迎えまして
お祭りしたわけですけど
全然亡霊の方が言うこと聞きませんで
それでまだまだ祟りをなすということで
ついに最澄ですね
天台宗の最澄が塔から帰ってくるときに
福岡ずっと通って帰るんですけれど
ここまでやってきたときに
やっぱり鎮めるために祈祷するわけなんです
ところはなかなか収まらないで
お寺を6つも建てたというわけなんですね
それが名前が今も残っています
09:03
それでようやく音量が静まったと伝わっています
そんな話が残ってるんですか
はい
玄関から看板に書いてあります
田川市夏吉というところにあります
和歌八幡神社でした
そして神宮皇后本体の方は
佐賀の方へ向かっていきます
そこで今度は
佐賀の神宮皇后について伺っていきます
神宮皇后軍が田村津姫を攻撃したと
一部は田川まで追いかけていったという話をしましたが
お兄さんの夏羽を追いかけていったんですね
一方神宮皇后は
この筑後から唐津に出たお話が
日本書紀に出てきます
三山市に到着したのが3月25日
そして唐津に到着したのが4月3日ということで
わずか1週間ほどで移動していってるんですね
そこをどうやって通っていたのかなと
探してみますと
佐賀県の岸間郡のところに
その伝承が出てきました
岸間郡の大町町というところに
昔は石崎という港があったそうなんですね
そのすぐ近くに
竹内すくねの館があったそうです
それを山相と言いまして
そこに神宮皇后軍が行った時に
なんと大鷹小鷹という地元の豪族が
占領してしまっていたんですね
そこでまた港の争奪戦ということで
戦いがありまして
敵を一掃して神宮皇后や竹内すくねが
そこに到着したというお話が地元に伝わっています
それが3月の終わりというふうに書いてあるんですね
ですから日本書紀の通り神宮皇后が
移動していったという
その痕跡が残っているわけです
その後あれですか
唐津の方へ抜けるんですか
そうですね
その古代ルートを探す時に
思いがけない伝承が見つかりまして
それは竹内すくねに
子供あるいは老いと言われる
生きの真猫という人物がいるんですけれど
その人は竹内すくねの代わりに
自害したという方なんですが
12:02
その場所がこの岸間郡の山荘の近くだと
伝承があるんですね
少しその話をしますと
竹内すくねが行きに行っている時に
義理の弟の馬志内のすくねという人が
竹内すくねが無本を起こそうとしていると
そういう偽りの証言を
天皇にしたわけなんです
王陣天皇が
それならば竹内すくねを成敗せよということで
追悼命令を出しまして
行きの島まで行きますと
そこにこの生きの真猫がいたわけですね
無実の罪で竹内すくねを逮捕させるわけにはいかないということで
生きの真猫が自分が竹内すくねだと言って
身代わりになりまして
捕まってしまうわけなんです
その生きの真猫が
どこで亡くなっていたのかわからなかったんですけど
この石崎の山荘のところで亡くなっていると
地元では伝えているわけです
その時には
自分は竹内の身代わりだと言って
自害をしたということなんですね
それでその遺体を
生きの島に運ばなくてはいけなくなったんですけれど
あまりの重さに
途中で埋葬したわけです
その場所が
不死石という神社の名前になってまして
不死石というのは
屍を埋めたという意味の神社の名前なんですね
これから見ると逆に
古代はここを通って
人々が行き来したのだというのがわかるわけなんです
そこまで行きますと
もうすぐ近くに松浦川が流れていまして
その松浦川をずっと下っていけば
玄海那田に出ると
唐津に出るということがわかりました
たぶん神宮皇后たちも
そのルートを通って
唐津に抜けて
そしてあの有名な
あゆ釣りをしたわけですね
そうなんですか
そのあゆ釣りの場所が
玉島神社となっていまして
玉は柑橘をそこに
その岩に置いたという伝承からついています
神宮皇后はそこで
自分の衣物ですね
裾から糸を一本引き抜きまして
15:01
占いをするわけです
これ古代は受け射と言いますけれど
その時にご飯粒をつけて
釣りをするんですね
絶対に魚なんか釣れないじゃないですか
ご飯粒で
だけどいよいよ
海を渡って
白城まで行って
戦わなくてはならない状況になったので
もし勝つなら魚よ
食らいつけと言ってですね
釣り針を垂れたわけです
絶対にかかるはずのない
あゆがかかってしまったと
ですからこの占いの結果は
勝利するという結果になったということなんですね
そこで神宮皇后が
岩に立って釣りをされますけど
その岩を水輪石と言いまして
今は万葉水輪石公園となって
川のところに目立つように置いてあります
多摩島川で釣りを楽しんだ神宮皇后ですが
この後白城線の準備に入っていきます
今度は
糸島半島の神宮皇后の足跡をたどっていきます
まず糸島市の浮岳神社です
まずここの御祭神は
イザナギの御徒
イザナミの御徒
キクリ姫の御徒ということで
いわゆる白山根源の三見柱ですね
イザナギの御徒と
イザナミの御徒は
冥土の神様ですけれど
イザナミの御徒が先に亡くなってしまって
それで黄泉の国に行ってしまったのを
イザナギの御徒が追いかけていきますけれど
亡き殻を見ないでと
イザナミの御徒が言われたところ
亡き殻を見てしまって
逃げていったという話がありますね
その時に夫婦別れまで話が発展していくんですけれど
その時に仲裁したのが
このキクリ姫という風に言われています
ここではどんな優位賞があるんでしょうか
神宮皇后はここの山に登って
戦勝祈願をされたという風に伝わっています
唐津の方から見ると
本当に富士山のような形に見えるきれいな山ですね
ここは船乗りの人たちにとっては
地元に帰ってくる目安の山ということで
神奈美山という風に言われています
ここには頂上に上宮
そして中腹に中宮がありまして
私たちが参拝するのは
18:01
いわゆる中宮になります
神宮皇后はこの時を入れて
3度ほど来られたんではないかと思われるんですね
かなり神宮皇后の伝承が多いんですけど
一番最初は忠愛天皇が御存命の時で
一緒に雷山に登って
そして戦勝祈願をされてますね
この時には神宮皇后は一人身になって
そして武将たちに連れられて
そして浮田家まで登り
そしてこれからの海を渡っていく船の航路の説明
あるいは戦術などの説明を受けた
という風に伝わっています
やっぱり白城へ向かっていかなければいけないということで
あちらの方角を少し見たいというのもあるんでしょうね
そうですね
次が糸島市の鎮海石八幡宮です
ここの御祭神は?
神宮皇后大神殿の竹之助と
いつもの八幡神ですね
ここの伝承は神宮皇后が石を腰に挟んで
そして出産の遅れを祈ったという話で有名なところですね
日本書紀や万葉集にも載っているようなところです
鎮海石という社号は鎮というのが沈める
階が懐 そして石ということで
まさに懐に石を収めていたという
そういうことがそのまま神社の名前になっています
ここで神宮皇后は
もうすでにお腹が大きくて
戒仁していたということで
いよいよ白城に渡っていくとすると
船の中で出産したり
あるいは戦争の最中に出産したりと
それはとても耐えられないことなので
ぜひとも日本に帰ってきて生まれてくださいねと祈られて
その時に卵型をした
白い美しい石を腰に2つ挟まれたというようなことなんですね
この鎮海石がそういうことで
日延べの石と出産の遅れを願う石として
とても有名なんですけれど
現代医学から考えても
昔の人もちょっとなかなか石では
出産が遅れることはないだろうと
思うわけなんですけどね
それをですね
長崎県の行きの島の方に訪ねますと
21:02
ここではつわりを和らげる意思として
苦しんでいる神宮皇后に
月の神様が教えてくれたという話があるんですね
女性の立場からすると
神宮皇后が
ちわえてるのがなくなってから
ずっと戦いの最中なんですね
ずっと馬に揺られて
そして鎧やら兜やらつけられて
子供に悪いことばっかりですね
泊まるところは全部野宿です
野営です
そうするとお腹が大きくなっていってるのが分かってて
もう気分が悪くても
一緒に走っていかないといけないという
そういう最中で
ですから神宮皇后は
とてもつわりがひどかった
あと出産の時も大変難産だったと
それから産後の日立ちも悪かったと
各地の伝承に出てくるんですね
相当無理をなさったわけですね
そうですね
それでも元気な赤ちゃんが生まれたということから
神宮皇后は安山の神様として
祈られるようになるわけです
ですからだいたい
安山の女神として祀られているところには
白い石が奉納されてますね
それが子の陳戒石とつながっていると思います
この続きは
10月からのシーズン5をお待ちいただきたいと思います
ここで古代の福岡を歩く
リポーター中島理恵さんです
こんばんは
坂田さんまた面白い映像ができたんです
何でしょう
福岡県の古代をテーマにした観光VR映像
神宮鶴島村方おきの島と関連遺産群の世界遺産登録をきっかけに
この古代をテーマにした観光プロモーション
そのまま5来復しようというのをずっとやってるんですが
その中の新パターンとして
360度のバーチャルリアリティ映像ができあがったんです
しかも1シナリオ3分弱5パターン
これがかなり面白い
360度見えるんですが
一体どんな映像の魅力なのか担当してます
福岡県観光推進課国内遊客係の森ゆき子さんに聞きました
私も実際に映像を見ましたが
写真や平面映像では伝わりづらい空気感も肌で感じることができていました
24:00
やっぱりずっと正面だけじゃなくて後ろがどうなってるのかとかも見ることができるので
自分の気になるところをどんどん探してみてもらえればいいかなと思います
3分めっちゃ急げてる
そうですね3分じゃ足りないかもしれないので何度も見ていただけると嬉しいです
これ自分のスマートフォンとかタブレットでも目どこでも見ることができるんですよね
誰でもスマートフォンで楽しめると
今ティマットで用意しました坂田さん
これyoutubeの再生画面のようなものになってまして
真ん中の再生のところちょっと触ってみますね
ちょうどシンバルの山古墳宮アンタリーが出てくると思います
面白い
目の前に映っているのは電波多が広がっているんですが
これをぐるっと回転させると山が入ってきた
360度ぐるりと見渡せて
上見ると空も映るんです
真上にすると空だけ
面白いですねこれバーチャルですね
坂田さんがこんなに興奮するとは思わなかった
止めていいですか
どうぞどうぞ
一時停止ボタン
いろんなシーンがあるんですけど
担当している森さんのお気に入りシーン聞いてみました
私が見て一番好きだなと思ったシーンは
夕暮れ時の海に浮かぶ沖の島を撮ったシーンがあって
とても幻想的でお気に入りです
よく写真などで見る昼間の青い海にある沖の島とはまた違った雰囲気があって
こんな一面もあるんだなと発想したのを覚えています
個人的には5つバージョンがあって
アクティビティ楽しむ古代遺跡とか
ドローンで見た風景とか
パワースポットを巡りましょうとかあって
鹿の島をサイクリングしていく時の様子とか
すごいワクワクしましたし
築地の城の五郎山古墳のレプリカの中を進むっていうのも
横上下全部見えるんで
ちょっと鼻血が出そうなぐらい興奮するんですよ
よっぽどですね
この森さん実はですね
闇のオルレのシーンで出演してるそうで
出演したってことはその場で撮影した場合ですよ
だからその場で見た雰囲気が
自分が映像になった時見た
どんな風に感じたのかちょっと聞いてみました
見てた一面に広がる茶畑とかが綺麗に反映されてて
それこそ360度で見ることができるので
本当にその
なんですかね
闇の大茶院とかを体感するのに
すごいいい感じになっているのかなと思います
なかなか面白いので
この映像どんな影響が出るのか
こんな風に期待していると森さんおっしゃいます
福岡県には神宿る島
室方沖の島と関連遺産群をはじめとして
古代からの大陸の交流の証となる遺跡
史跡神社などたくさんのパワースポットがあります
27:00
このVR映像を通じて
福岡県の豊かな歴史とか文化を
一人でも多くの方に感じていただいて
実際に現地にお越しいただければなと考えています
県の観光ウェブサイト
クロスロード福岡でもダウンロードできますし
相談がないという方は
ゴーグル付きのより楽しいシステムが
県庁最上階の福岡横門広場と
室方市の海の道室方間にありますので
出かけていってここで堪能していただくのもいいかと思います
すごいね
手近に世界を感じられるようになったんですね
中島理恵さんでした
番組からのお知らせです
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これまでの放送内容と
番組を1回目からじっくり楽しむことができます
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この番組は福津市の企画協賛
福岡県商工会連合会
餃子の山鉢
道の駅室方の提供でお送りいたしました
ご案内は坂田修大でした
地下鉄祇園駅から徒歩2分
RKBスタービル博多祇園スタジオは
ポッドキャストなどの音声コンテンツの収録から
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30:28

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