00:08
古代の福岡を歩くシーズン7 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン7 この番組は
宮間市の企画協賛 餃子の山八
道の駅室方の提供でお送りいたします 餃子の山八です国内産の豚肉と野菜を使った
山八の餃子は店舗のほかインターネットでもお求めいただけます 餃子の山八で検索してください
お待ちしておりまーす
こんばんは坂田秀大です 古代の福岡を歩くも7年目シーズン7に入りました
シーズン6では宮間市の古代史家村山賢治さんの誰にも書けなかった山大国の 山大国山斗説をかなり深く紹介しました
そこでシーズン7でも宮間市からスタートします 古代史家にとって宮間市の謎の部分になっているところに
園山があります 園山は築後兵や有明海沿岸部を臨む山の斜面に築城された
古代の山城です いわゆる神戸石という山城を持っています
その山城の下の部分には水門が4箇所作られています そのうちの一つ
横谷水門にやってきました まずこの横に立ってお話を伺っていきます
ご案内は宮間市の世田谷郷土司会会長の 熊川武さんです
えーとここは宮間市の横谷水門というところに来ています これはその水門の上から
水門がだいたい高さって5メーターぐらいありますね その上から水が落ちている
03:01
ということですね
えー お話を熊川さんに伺います
ここは4つある水門のうちの一つになるんですか そうですね
津山神戸石約3キロに渡って古代には山を囲んでいたと言うんですが 4の水門の中の一つが横谷水門ですね
そして今言論する水門の中では一番昔の姿が残っている 一番大きい水門とも言えます
これなかなか大きさが表現していくんですけども 横がそうですね1メーターぐらいの
切った椅子がだいたい3段か4段ぐらい並べて
ありますけどもその上から水が滴り落ちているというような感じですね 大きいですねそうですねもう大きいはですね
もう2メーター立方ぐらいのそういうものもありますよね 相当頑丈なもので
おそらく千数百年の経過があると思うんですけども ほとんど揺るがない状態で地震にも豪水流にも残っている
立派な水門です
まあ今年何回かねあのこの辺りは水が出たという話を聞いてましてもそれにも耐え って
ちゃんと残ってるということですね そうですね今も豪雨と水が流れている感じです
はいこの横でですね ちょっと小山の話を伺っていきます
ここは史跡
土山神戸石というふうな書いた石がですね 石碑が建ってますけれどもこの土山自体は高さがそんなに高くない山なんですね
そうですねだいたい250メートルぐらいの中間の山ですよね それをちょうど神戸石があの
頂上からふもとまでグーッと首飾りのような形であのを打っている これが土山神戸石の特徴ですよね
でここはですねあの彦神社というあの子の 子供神社これが2つのね彦神社があるんですよ
ちょうど入り口の方にも彦神社があってここからまた多く500メートルぐらいのところにも 彦神社があって
ですから彦神社というのはね ある意味では日の巫女とか呼ぶこともできるし
古代の古事記日本書紀を見ると天寺葬身の神にねまつわる あの子供さんたちのね祀ったそういう神社とも言われております
実はこの水門がありますところはですね
06:00
道幅が2メートルぐらいの細い道が ほんのちょっと
入り口から200メートルぐらいね入ったところですけども 竹林がですねこれは30メートルか40メートルぐらい非常に高い竹林がですね
竹林がずっと続いております山の中まで 遠くの方に彦神社の庭目の彦神社があるんですね
そうですそこはですねあの大きな岩があって 古代においてはその岩が神様という形でまとめられておりますね
ですから彦神社の入り口にはもう天井をね 大きな5メーター6メーターのそういう岩がそびれていますよね
その向こうの方に彦神社が祀られております
そういったところですね上がりついてもうちょっと伺いますけれども その頂上近2面にも神戸石というのがあるんでしょ
頂上の一番上の方に展望台があるんですがそこをね中心にして
神戸石が並んでおりまして
劣跡がずっとあるんですね
過去においては3キロに渡って劣跡があったと言うんですけれども
有明海の神宅とかそれから立花藩の柳川城の城域とか
お城とかそういうふうにね多方面に使われたということで
現存するのは非常に少なくなっておりますけれども
まだ幾分かは立花、劣跡が残っているところです
大体その山の周りは3キロくらいに渡って囲んでたんですね
そうですねちょうど首飾りのようにこの山を囲んでいたと
ですからある一説によるとその土山の一番上の方において
かつて女王がお祭りとかそういう儀式を行ったのではないかと
というふうな言い伝えが残されておりますよね
昔は姫子の話もありましたが
女性の宗教みたいな人はいたんでしょうね
そうですね展望が良くてですね
山上から見ると吉野狩とか岩手山古墳とか
それから遠くは雲泉岳、佐賀県の太良山とか
そういうのが一望に見える本当に素晴らしい光景が
展望台から見えますしその山を中心にして首飾りのように
この黄金石がずっと並んでいたということがね
今もその痕跡が残っている感じですよね
まあ劣跡があって
それを土塁で固めたような感じなんでしょうね
09:03
石の劣跡にも多少加工がありまして
重ねた上に土塁を積んでいくというか
そしてまた木でもって柵を作っていくとかいう形において
黄金石という名前自身が神が子守岩という石ですね
ですから悪い人が中に入ることはできないという
そういう面では聖域説もそういう内容があるのではないかと思いますね
和国が朝鮮半島に失敗した後ですね
唐と地雷の連合軍に攻められるんじゃないかということで
山城を作っていきますよね
そのうちの一つかもわからないということも言われていますね
そうですね
630年ですか
663年ですが白石の戦いがあって
唐と地雷の連合軍が攻めてくる可能性があるということで
山戸朝廷もですね
特に九州沿岸の要所要所にそういう山城を作っていって
そのような仕方ということが言われておりますから
最近の説としてはですね
朝鮮式山城この説が非常に流行ですよね
ただ地元の人間たちはですね
いやそれもあるかもしれないけれども
新季節そういうのがあるのではないかと
半信半疑の世界がまだあるところですね
そうですね
この烈石の内側の方からもいろんなものを見つかってるんですよ
そうですお祭りをした広方道歩行とかですね
これは高校学の立場から言っても
古代の人の祭祀神様を祀る祭祀に使われた
そういう道歩行であって実践用ではないんですよね
そういうのが烈石の内側から見つかっていたりとか
そしてまたこれからもご紹介すると思うんですが
首飾りマガタマを中心とする首飾り
こういうのが発掘されておりますから
やはりそこにおいては古代何らかのね
そういう女王的な存在が住んでいてお祭り神様に祈る
そういうお祭りをしたということがある意味ではね
一つの有望な末ではないかなというふうに感じております
神戸石どういう役目で作られたのか
旅行説があるということでした
そして今ここ横谷水門という
水門の中では一番原型として綺麗なものが残っているというものの
一つの横に立ってお話を伺いました
12:02
水門は4つありました
一つは産め谷水門
二つ目が玄後谷水門
そして今紹介したのが3つ目の横谷水門でした
4つ目は長谷水門と言います
この近くの梅野家歴史資料館のすぐそばにあります
資料館と水門がご自宅の敷地の中にあるという
梅野康夫さんにご案内いただきました
この梅野さんのお宅は山も全部そうなんですか
はい
すごい敷地ですね
人民空上したということで
もうここら辺の山一帯をですね
橘さんからもろとっております
ああそうですか
あの共保年間の基金で
長崎まで行ってお金金銀千数百両
そして米を千数百両
石場89棟それを長崎まで行って借金して
ここの人たちを助けた地に乗ってます
それで橘さんからこの長崎山をもらった地
最近柳川の下巻に人民空上したというのが乗ってるそうです
そうですか
まあしかしすごい山ですよね
これどの裏あるかちょっと見たくない
広いですね
まあでも良かったです
もうだいぶ行ったでしょ
そうですか
昔はみかんというところ思いやったからですね
じゃあみかん山だったんですか
昔は
ここみかん山
昭和34年ぐらいに開墾したんですよね
その時その古墳からいろんなものが
ああその時に出た
東大の教授が2人来て1週間ぐらいかかってですね
発掘調査したんですよ
その出た一部を家に飾ってます
古墳はいくつか出たんですか
34基ぐらい
34基も
1週間ぐらい
小名古屋の樋口県かどこかに泊まってですね
発掘調査されたんです
すごい数ですねそれにしても
15:00
そっきゃ姉さんがお茶とか持って行った時に
古墳を発掘するのが先生たちもなかなか大変やったし
言うてあったですよ
その敷地の中に看板がありまして
永谷水門というふうに書いてます
ここは水門の一つですね
はいそうですね
4つあったんですよね
横井台水門
永谷水門
玄吾台
宇部江谷
ただあの玄吾台に来た
宇部江谷は崩してしまったからですね
現在してるのは
横井台水門と永谷水門2か所だけです
それではちょっと見ていきましょう
見せてください
この看板からちょっと入ったところに
目の前に20mぐらい先に水門が見えてますね
山の中をちょっと歩いてみます
あの石は上は5段ぐらいですけどね
3段ぐらいは何か埋まっているそうですよ
今見えてるのは本当5段ぐらいの水門が
3段ぐらいがまた泥に埋もれていると
皆さんが言ってましたね
横は8列ぐらいあります
ちょうど杉の木のところがこの水門の中心です
水門の後ろに杉の木が5、6本ありますね
あれが中心
そしてそこに急水口があります
水の流れる急水口があって
ちょうど中心にですね
右が4列ぐらい左も4列ぐらいで
その中心に急水口があります
なるほど
右左4列ずつあってその中に急水口がある
横は岩盤に組み込ませてきとるからですね
あの石垣の部分がだいたい70センチぐらいなんでしょうかね
それがずっと組み合わせてあって
それが縦に4段か5段ぐらいに
横は8列ぐらい
やべがらが決壊した時とか
今年の大雨でもビクともしないんです
やっぱり作り方がいいんですかね
そうですね
18:00
これが長谷水門ですね
先生からこの水門の言われを
言われを返ってきたよね
はいはい
熊川さんに行きます
横谷水門にしてもですね
それから長谷水門にしても
3キロのね
コウゴウ石の中の水はけを
やっぱりうまく古代の人たちが考えてね
作ったということですよね
先ほど言われたようにね
この水門はもう麓の方にあるね
地上にあるということで
他の水門とはちょっと違うね
特徴のある水門でしょうね
何のために作ったか
一つはね
山の水はけをね
うまくやることによって
山崩れとか
防御するというか
そういう感じでしょうね
ですから場合によってはね
この津山のところに
卑弥呼の宮殿があったとした場合には
そこにはたくさんの女官たちも住んでいたでしょうし
この山を守るね
そういう一つのコウゴウ石と
コウゴウ石の中の水はけをしないことには
やはり山自体が心配ですから
水面にはきちんとね
どんなに土しゃぶり
どんなに雨が降っても
きちんとね
下流まで水が流れていくような
そういう一つの立場で
この水門というのが
4カ所きちんとね
抑えておったと
やっぱ古代人の知恵じゃないですかね
うちのこの山にも
あの先輩の人がですね
昔はコウゴウ石の劣跡あったよと
言われたんですけど
もう泥に埋まっとるとでしょうね
もう一つはね
このコウゴウ石の原材料が
ここから10キロぐらい離れた
高田町の方にね
山の方に原産地があるんですよね
井森山でしょ
井森山
亀谷かなんかの近くの
井森山にある地に来ましたけどね
ですからそこからね
多分なんか水脈
雲岩みたいなのがね
引いてあって
まあイカタカなんかでね
石を積んで
ふもとまで積んで
今度はずっとね
もう上230メートルぐらいまでね
それを持って行ったということは
これは何千人の人が
何十年もかかるぐらいの大作業ですよね
相当の権力と
そういう人がね
やらないことには
一夜にしてできるものではありませんからね
3年じゃできんですね
何十年ですか
そうですね
それとそこの近くに高速道路がありますけど
21:04
高速道路を作った時に
貝殻がいっぱい出たそうです
多分そこは海あったんでしょうね
そこですか
150メートルぐらいのところですけど
貝殻がたくさん出た
出たそうですね
じゃあその辺まで海があったかもな
そうですね
あのカンエンというね
ダダイフに残っている国保ですけども
カンエンの中に
大和大国の巨像に関して
一番冒頭に
一番最初に背後に山があって
そして前面に海があると
そこに大和大国を陳住して
都を作ったと書いてあるんですよね
そういうことを見ると
ロケーション的にね
この山この地域がね
ぴったりのそういう状況じゃないかな
と思ったりも私はしますよね
あれかいってのはもう6メートルぐらいの
カンマンの差
マンチョウとカンチョウの差があるでしょ
である時はバーっとね
海が迫ってきて
またカンチョウになるとね
島が見えたりとか
クラゲナス漂う国というか
こういう感じのね
光景が目の当たりに浮かんできます
お話を宮山市の世高郷土司会会長の
熊川たけしさんと梅野康夫さんに伺いました
それではここで
古代の福岡リポーターの中島理恵さんです
こんばんは
宮山市の特産品山川みかんなんですが
実はそのまま食べてもすごい美味しいのは
もうみんなが知ってることなんですが
さらに劇的な美味しさの加工品があるんです
それが山川みかんストレートジュース
今手元に持ってきました
これねあの250ミリリットルの小瓶なんですが
色が濃いでしょ
もうね赤橙色って言うんでしょうか
美味しそうな色してますね
みかんのいいところ入ってるぞって感じの
ビジュアルがすごいでしょ
せっかくなんで味もどうぞ
いいですかじゃあちょっと飲みます
じゃあちょっと一口
これは美味しい当たりみかんでありますけど
それをそのまんまたっぷり口の中に含んだような
喉への刺激もそんなに強くなくて
甘くて美味しい
坂田さんがここまで感動してくれたら
やっぱりねってすごい嬉しくなってきました
想像以上でした
でしょ私も今まで生まれて
こんなに美味しいみかんジュース
飲んだことないと思ったんですが
24:01
作って売ってるのはJAみなみちくごなんですね
六字架商品として開発なさったんですが
担当のJAみなみちくご演芸家課長の谷川俊秀さんと
直販課係長のダン修作さんお二人に
美味しいなんでこんなに美味しいんだろうって話を聞きに行ったら
にんまり笑ってありがとうございますと言いながら
この美味しさの理由を教えてくださいって言ったら
段階課理長がこんな風におっしゃいました
一番美味しい時期のみかんをやりすぐって
減量に使ってジュースを絞っているというところがあるんでですね
何です
潔いですよ
もうね現在良名
運州みかん過去福岡県以上
ここに書いてないんですけど
このみかんの種類が和節種の中のマイルド130っていう
ブランドみかんなんです
ああそうなんですね
その中でもシートマルチで育ってて
糖度が基準以上の塩地からしかこのみかん集めてこられないんです
さらにすごいのがジュースの絞り方だったんです
段階課理長がこんなことにおっしゃってました
全ての皮を剥いて渋みを入れないピーラー削除という方式で絞ってやるということで
通常あのみかんの袋なんかちょっと噛んでると苦味があったりするんですけども
その苦味が入らないように絞ってあるというのが特徴になるかと思います
だから美味しいんだ
谷川課長がですね
コストが上がるんですけど美味しい
とにかくみかん本来の甘さで飲んでほしいから
本当は工場からは嫌がられてますけどね
って笑ってました
こだわりですね
いやいや本当にすごいと感動してたら
谷川課長がもう一つ劇的美味しさの加工品があると持ってきてくれたのが
山川みかんの缶詰
はい
ぜひこれも坂田さんに紹介してください
缶詰は昔からそんなに変わらないですよね
普通ですよ見た目
どうぞ
普通のみかん
美味しいねやっぱり
レベルが違う
美味しい美味しい美味しい
びっくりするようなみかんの旨味と甘み
違いますねやっぱりね
噛んだ後に広がる香りがやっぱり
みかんって感じがしますね
これも和刺しを使ってまして
とにかく一年通して大人気の品だと言うんですが
谷川課長こんな風にこの缶詰のことをおっしゃってました
ある缶詰会社さんにお願いして
生産者の皆さんたちが食べたいとか
親戚に嫌がられた上に
缶詰に加工してもらって
それが人気を博して
ずっと店頭とかにも並ぶようになったっていうのが現状なんで
本来のちょっと売るためのやつじゃなくて
自分たちが楽しむための缶詰だったりするんですよね
その気持ちを結果的に商品でして
27:00
私たちは食べさせてもらってるんですが
食べ比べたらもうびっくりすると思いますね
これ美味しいんでこのまま凍らせて
山川みかんシャーベットにしたり
ゼラチンを入れて山川みかんゼリーにする人もいるそうなんですよね
谷川課長がおっしゃってたんですが
とにかく全ては山川みかんのPRのためにやっております
ということだったんで
ぜひぜひ宮間歩きの後
あちこちでですね
この山川みかんのジュースの美味しさ
噛みしめていただきたいと思うんですが
JA南地区語の直売所で売ってます
宮間市の日見子の里
それから大本田市の愛妻館
さらに道の駅宮間にも集まって買ってますし
JA南地区語のネットショップでも買うことができます
中島リエさんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と番組を
1回目からじっくり楽しむことができます
RKBラジオのホームページの
古代の福岡を歩く
シーズン7のバナーをクリックしてください
またラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすれば
スマートフォンやタブレットでもお聞きいただけます
この番組は
宮間市の企画共産
餃子の山端
道の駅室方の提供でお送りいたしました
ご案内は坂田秀大でした
パッテン少女隊の春乃木稲と青井梨奈です
RKBラジオでお送りしている
ガールズパンツ
パッテン少女隊のパッテンラジオ隊は
ポッドキャストでもお楽しみいただけます
ラジコ、スポーティファイ、アップルポッドキャスト
アマゾンミュージック、ユーチューブミュージックで
パッテンラジオ隊と検索してフォローお願いします