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古代の福岡を歩く、遥かな昔。 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩く。 この番組はJA福岡屋目
道の駅室方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
JA福岡屋目の直売所ヨランノの絵頭です。 屋目はキウイの産地です。今は博多甘ういが食べ頃です。
大玉で果肉は黄色系。その名の通り甘さたっぷりのキウイです。 博多甘うい覚えてください。
こんばんは、坂田周大です。 今夜は鏡の話です。
笠ヶ市の遺跡からこのほど3面の聖堂経を同時に鋳造したとみられる胃がたが出土しました。
大量生産ができる胃がたが見つかったのは日本では初めてということです。 笠ヶ市の名国のお菓子寮館の展示会で実物を見ながら話を伺ってきました。
お話は笠ヶ市共同推進部文化財課の井上芳成さんです。 なお展示会はすでに終わっています。
大体9センチかけ9センチぐらいですね。
9センチ四方ぐらいですね。そして厚さも結構ありますね。
厚さが4センチぐらいですね。
厚さ4センチぐらいの胃がたがここに展示してあります。
そしてこれをちょっと説明書きを読んでみると、3面の鏡を一度に作ることができるというふうに書いてありまして、
鏡の模様がおよそ3つぐらいですね。
1つは完全な形の丸い円形をした。
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円形の大きさは?
大体4センチぐらいになります。
直径4センチぐらいの鏡がこれで作られたんですね。
そうですね。この胃型からは少なくとも3つの直径4センチぐらいの小さな鏡が作れました。
直径4センチぐらいの小さな鏡が3つ作られたということですけれども、
そんなに大きくない胃型で完全な円形をしたのが1つ。
それから右上の方に少し半分かけかかったところが出ていますね。
左側はちょうど半月ぐらいの形が出ていますが、
これを誘致といいますね、流し込む。これはどのへんになるんですか?
こちらの胃型のちょうど綺麗に残っている円形の鏡の胃型ですね。
それの下がちょっと壊れていると思うんですが。
ああ、逆感ですね。
その壊れた部分におそらく湯口があったのではないかなと考えています。
この湯口の部分からこの円形になった鏡の中に?
溶けた精度を流し込んでいくという形になります。
ここにA面というふうに括弧して書いてあるのですが、
このA面は弥生時代後期1、2世紀ごろのものだろうというふうに書いています。
これA面というのはどういうことを表しているんですか?
本当は表面といった方がいいかもしれませんが、
この胃型は実は反対側も別の鏡の胃型が彫られておりまして、
こちらのA面としましたのは最初に使われた胃型という意味でA面というふうに表現しています。
最初に使われた面、これをA面と表現しています。
そしてB面、後ほど作ったのではないかというふうに言われている部分を今から紹介します。
括弧B面としてあるのですが、A面の胃型が壊れた後に形を整え、
裏の方に直径6.7センチ程度の内向化紋鏡を彫った胃型ですというふうに書いてありまして、
完全な形で文様もよく残っています。これがB面になるんです。
そうです。こちら先ほどのA面の裏面になりますけれども、先ほど読まれておっしゃったように、
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先ほどのA面の3つの鏡の胃型が、1つを除いて半分であったり少しだけ残っていたと思います。
あちらの面が恐らく壊れたんだと思いますが、その後に形を整えて、
そこでこの6.7センチぐらいの直径の鏡を彫り直したということですね。
そうですか。このB面の紋鏡をちょっと見ますと、円の中に二重にもう一つ円があって、
その中に星の形あるいはムササビが飛んでいるような形かなというふうに思うんですが、
そういう円の中にさらに円がある。そしてその外側に横島の模様が少しずつ入っていると刻んであるというふうなものですかね。
先ほど星のようなあるいはムササビのような文様と言われましたのが、
これがちょうど子が6個繋がって円になっているような感じなんですけれども、
ちょうどそれが花びらが内側を向いているように表現されると感じられますので、
そういったことからこの鏡の名前であります内向花紋鏡ですね。
内側の行く花の文様というふうに内向花紋鏡という名前が付けられております。
今話が出てきました内向花紋鏡というのは、3世紀ごろの遺跡じゃないかと思われる平原遺跡、
そこから超大型の鏡が出てきました。それが内向花紋鏡というものですね。
おそらく46.5センチだったかな、そのぐらい巨大な鏡が出てきていますが、
それとは非常に対照的な超小型の鏡ですね。
こちらの小型望星鏡、その名の通り小型なんですけれども、
こういった石材、石で胃型を作られております。
反面、先ほどの平原遺跡の内向花紋鏡、これも多くの方が望星鏡だと認識されているんですけれども、
こちらの望星鏡はおそらくこういった石の胃型ではなくて、土製の胃型で作られたのではないかなと考えています。
望星鏡というのは中国の鏡を真似て作った鏡ということですよね。
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そういう胃面の胃型がここに展示してあります。
それではちょっと場所を変えてじっくりこの胃型についてお話を伺っていきます。
今テーブルの方へ移動していますが、この南国の丘歴史資料館ですけれども、
ロビーから今外の風景を見ていますが、およそ30メートルぐらいの高い丘がありましてですね、
この目の前にずっとその丘が広がっていて、
その丘の頂上に2つ大きなドームがあるんですけれども、あれは何ですか?
2つのドームなんですけれども、実はこの今、南国の丘ですね、芝生が広がっておりますけれども、
実はここもカメカンと呼ばれる大きなヤヨイドキをですね、
看護家に使って人を埋葬するような墓地がたくさん見つかっております。
あのドームの中ではその見つかったカメカンをですね、そのまま保存しておりまして、
見学者が直接調査したままの状態でですね、見学することができます。
素晴らしいですね。こんなふうにちゃんと出てきたんですよというのがわかるんですね。
そうです。やはりなかなか発掘調査を見る機会がありませんので、
小学生が遠足で来られたときとかですね、歴史学習とかで来られたときにはですね、
実際見ていただいて、文字だけでですね、カメカンというのが実際どういったものかというのが
わかっていいのではないかなとは思っています。
この名国の丘歴史資料館、その丘の向こう側にですね、確か大墓があったというふうに記憶していますが、
どんな感じだったんですかね。
あの言われた通りにですね、丘の向こう、かなりですね、下ったところになるんですけども、
そこに今名国王母と呼ばれている王様のお墓が見つかっております。
残念ながらですね、明治32年、今から100年以上前にですね、偶然発見されましたので、異物のですね、すべてはおそらく取り上げられておりません。
その一部を、かすがしの名国の丘歴史資料館の方で今展示はしております。
実際ですね、まだ看板が設置してあるぐらいなんですけども、ぜひですね、その応募があった場所を訪れていただいてですね、
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こんなところに当時ですね、権力を持った名国の王様がいたんだなということをですね、ご覧になっていただいたらですね、
よりですね、かすがしの歴史などがですね、理解しやすいと思いますので、ぜひ訪れてください。
それでは、室内の方に入っていきます。
今日は、鏡の胃型の話をお送りしています。
ロビーから今度は場所を変えて、室内で話を伺っていきます。
この胃型で作った鏡というのは、全く見つかってない?
そうですね、この胃型で作られた鏡、製品ですね、銅鏡自体は見つかっておりません。
近いものとかはあるんですけども、例えば模様を見ていたらちょっと違いますし、
実際、たくさん弥生時代の胃型があるんですけども、製品が全く見つかってないものとかも結構あるんですよ。
ですから、今回も胃型があるけども鏡がないというのは特別なわけじゃないなと思っているんですけども、
もしかしたらまたどこかでですね、ここで作られたものが確実に出るのが楽しみでならないんですけどね。
望星鏡だということですけども、これは極めて珍しいものになるんですか?
はい、望星鏡自体はですね、全国で350点ほど確か出ていたと思います。
その中で、はっきり胃型が出ているのが十数点の胃型が出ているんですけども、
ほとんどがですね、こういった石鋭調石半岩と呼ばれる石を使っているんですけども、
この石ですね、研石として、例えば鉄を研いだり石を研いだり、再利用することが多いので、
胃型として使われなくなった後はですね、
例えば割られて、それを新たに研石として使われることが多いことがあります。
このためですね、胃型として完全な形で残っているということがなかなかなくてですね、
鏡の胃型自体が十数点で少ないんですけども、かつこんなに残りがいいものはですね、特に珍しいものだと思います。
しかも小さいということですね。
小型というのはどういう意味を持っているのでしょうか。
通常の、そもそも小型防成鏡という種類の中でも特に小さいものになってきます。
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当時の弥生人はやはり大きな鏡ですね、大きな銅鏡が特に好んで使ったりもらったりしておったんですけども、
いった石を使った胃型だったのかもしれませんけども、7センチ前後ぐらいの直径の鏡ぐらいしか作ることがとりあえずできなかったようです。
鏡そのものの役目ですけども、これは一体どういうふうな役目を持っていたのでしょうか。
単純に言ったら、今の表現では宝物ですね。
当時ですね、権力の象徴として鏡が存在していました。
特に鏡の中でもとても大事にされたのは中国当時全館とか五館なんですけども、そちらから持ってきた鏡になってきまして、
その中でもやはり直径が大きな鏡ほどですね、とても大切にされたみたいで、
王母と言われるようなですね、かなり権力を持った方のお墓からそういった大きな鏡が出る傾向がございます。
一つは権威の象徴ですね。それからお祭りの時、祭祀の時に鏡を使ってますよね。
祭祀用のものというのもあるんですね。
なかなかですね、服装品としてお墓から出る鏡ですね。
これを直接当時の弥生人がお祭りに使ったかどうかは断定はできないんですけども、可能性はあるとは思います。
ただ小型防災鏡、今回伊形が出た小型防災鏡については、お墓から出ることもあるんですけども、
例えば集落ですね。それの溝でしたり、あるいは住居で出たりすることがあります。
そういったことは何らかのお祭りをした後に廃棄と言いますか、もしかしたらそこに埋めたということとかも考えられますので、
そういったものは祭祀の道具として使われたとは思います。
それでこの小型のですね、それも平原の内広家門鏡が巨大なものに比べて非常に小さいもの。
これの役割というのはどういうふうなことを考えていらっしゃいますか。
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いくつか可能性はあると思います。
先ほど言いましたように鏡をランク付けするとしたらやはり中国から入ってきた鏡。
しかもその中で大きな方がよりハイランクな器物とは思うんですけども、今回のすごく小さい鏡。
もしかしたら小さいということなのでそれだけ交流とかするときに若干小さな集落とかにそういうようなものは渡した可能性はありますし。
小さな集落。
あるいはですね、例えば先ほど祭祀の道具というお話もしましたけれども、あまりにも小さすぎるので、
使い方がこれは想像でしかないんですけれども、
例えば服のどこかにつけるとか何かにつける飾りみたいなふうに使った可能性もあるんじゃないかなという気はいたします。
バッチリみたいな感じですね。
そうですね。付けたらキラキラしてそういうのもあったでしょうし、もしかしたら音などもスレッド的にするかもしれませんし。
それは面白いですね。
それはちょっと想像でしかないんですけれども。
いろんな使い方を考えてみるのも面白いかもしれませんね。
それからですね、この居方が出てきた、一度したすぐ坂本B遺跡。
ここは何か他にどういうものが出ているんですか。
すぐ坂本B遺跡というのは現在の春日北小学校に建っております。
こちらについては建物を学校を作るときに当時の研究者の方が見られて、
たくさん遺跡があったというような感じのことが論文などに少しですけれども書かれております。
実際現在も学校の施設を作るときとか建て替えのときに少しずつ調査をして、
それこそ青銅器の居方でありますとか、中国のお金とか、
中国製と考えられる銅属など、銅の矢尻ですね。こういったものが出ております。
そういったことから重要な遺跡があるなとは思っていました。
また、春日市内の弥生時代の遺跡の組み合わせと申しますか、関係性を見ていたときに、
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お墓のわりと近くにその集落があるということが分かってきております。
今回特に霞ヶ北小学校の南には王母、名国を治めたであろう首長層のお墓が見つかっておりますので、
近くに王の住まいなどがあったんじゃないかなというふうには考えております。
そういう意味では大変注目される遺跡になってきます。
お話を霞ヶ市共同推進部文化財課の井上義成さんに伺いました。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
今日は本編で話題になりました。
名国の丘歴史資料館のすぐそば。
この資料館の横が名国の丘歴史公園といって、
ここで出た亀官房がそのまま見ることができる建物。
ドーム型の屋根がついています。
名国王の墓の上の石が移動してここに置かれているので、
こういったものを整備している公園があるんですが、
この公園の本当に敷地のお隣にあるお菓子屋さんなんですよ。
フランス菓子パティスリールイというお店なんですが、
オーナーシェフの吉村瑠衣さんにお話を聞いてきました。
このパティスリールイのお菓子というのが立体的で、
工芸品みたいな美しいケーキが並ぶんです。
すごいですよねって伺ったら、
フランス菓子自体は立体的に作るものなんだけれども、
最近はお菓子自体が複雑巧妙化というか、
アーティスティックになっているという、
そういうフランス菓子界の流れがあるそうで、
さらにこんなふうにもおっしゃっていました。
結局古い技と新しい技を融合させて出していくことが大事なのかなと思いますけど、
やっぱり昔はできなかった技術とかことも、
今はもう道具とかそこらへんの進化もすごいんで。
なんか聞いたら昔2,3時間かかってやってたことが、
今時の型を使ったりすると30分くらいで出来上がっちゃうと。
だけれども、吉村さんは便利なものをそのまま使うことはしない。
っておっしゃるんですね。
吉村さん流の使い方、作り方はこうだそうです。
シンプルな形に自分で絞りを入れていったり、
形を作っていたりしてオリジナリティのある形を目指しています。
それはもう結構、絶対的にやっていることですね。
美しいケーキたちが出来るんですが、
考えてみたらオリジナリティは上がるんだけれども、
製品として一個一個手をかけていくのって大変なんじゃないかな、
何が成り立たせるのと思ったら、こんな風におっしゃっていました。
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やっぱりちょっと違うんですよね、表情が。
それもまた僕はいいかなと思っています。
あまり同じにしすぎると、結構綺麗ではあるんですけど、
僕の感覚から言うとちょっと気持ち悪い。
だからスタッフとかにも言うのも、もちろん統一性は必要ですけど、
一個ずつ少し表情が違うっていうのは、
フルーツの置き方にしても、別にそこら辺はここはここに置いてとか、
僕はそれはないですかね。
同じものがピシッと並ぶと、それはそれで美しいんですけど、
やっぱりものづくりは手なんで、やっぱりそこら辺は、
逆に価値があるのかなと思います。
哲学ですね、これね。
だから実際にケーキに並んでいるのを写真で見ただけなんですけど、
陶芸工房に並んでいる器、
僕が好きな金銀単位を買ってくださいねって、
そういう感じの並び方なんですよね。
そういう近いものを感じたんですけれども、
吉村隆さんに、せっかくなんですぐ岡本遺跡、
つまり中国の岡歴史公園にふさわしいケーキって何かないですかと。
聞いたら、むちゃくちゃだなって笑いながら、
でも出してくれましたよ。
うち、ちょうど見えますけど、
ドームがあって亀冠が入っているので、
そういうフォルムのケーキ。
ピュイダムルトケーキがちょうど、
そういうドーム状のフォルムなんで、
いいのかなと。
あと、うちの中では歴史あるケーキなんで、
22、23年。
あのね、本当、
秘密の時代からしたら申し上げない年数やけど、
ありますんで。
それでご勘弁していただけますか。
無茶振りにも。
無茶振りにも答えていただいた優しい吉村さんなんですけど、
このピュイドダムルって、
タルトの上にクリームを絞って、
キャラメルゼしたようなケーキなんです。
季節ごとにね、スタイルは一緒なんですけど、
味が変わる。
例えば秋だったら栗とかリンゴ、
春だったら苺みたいな、
そういう季節の味わいが変わっていくと。
せっかくなのでそれを持ってきたかったんですが、
お店の開いている日に行けなかったので、
買って帰れた焼き菓子を今日は持って帰ってきました。
じゃあ若干ドーム状に膨らんでいるフィナンシェ、
どうぞ召し上がってください。
じゃあいただきます。
フィナンシェ。
これは小ぶりのフィナンシェで。
そうなんですよ。直径5センチくらいの。
しっとりしてて、バターの風味もあります。
ミルキーな甘みが。
美味しい。
このフィナンシェの中に、わりと地味めの焼き菓子、
基本の焼き菓子なんですけど、
華やかな味わいがあって、わくわくしちゃうんです。
あとですね、白っぽくてサクサクの、
ブールドネージュっていうクッキーみたいなお菓子もあるので、
よかったら召し上がってください。
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これは白いね、つまんで口の中に外側にね、
白いパウダーが。
これちょっと想像以上の、
なんだこの香りは。
なんとね。
チョコ風味だったからかな。
チョコなんだ。
ココア風なんですよ。
白いから何だろうと思ったら。
わくわくするでしょ。
こんな焼き菓子、そしてもうね、
ケーキも持ってってそのまま食べていいんだよ。
公園で食べていいですよって吉村さんおっしゃるんで、
パティシティ類の美味しいフランス菓子を頬張りながら、
歴史を感じてみてください。
美味しかったです。
中島リアさんでした。
道の駅村方、花と工芸雑貨。
日頃のファンです。
12月の店内はクリスマスムードでいっぱいです。
私のおすすめは特にシクラメン。
色も種類もたくさんあります。
お気に入りの一鉢をぜひ見つけてください。
お待ちしております。
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この番組はJA福岡やめ、道の駅村方、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
ご案内は酒田秀大でした。
バッテン少女隊の春野きいなと、
青井リノアです。
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