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古代の福岡を歩く遥かな昔。 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩く。 この番組はJA福岡屋目
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
JA福岡屋目の職売所ヨランドの江頭です。 11月22日23日はヨランドの秋の大集合祭です。
屋目の特産品が当たるガラポン抽選会をやります。 天王の販売も始まります。11月22、23日ぜひお越しください。
こんばんは、坂田周大です。 今週も古代史ファンなら一度は見て歩きたい
古代の歴史に満ち溢れた糸島にスポットを当てじっくり見て歩きます。
今週歩くのは去年できた万葉の里植物園です。 植物園は引きつまんに面したかやさんのふもとにあります。
万葉集に登場する草花をじっくり育て、歌に読まれた古代の人々の思いを共有したいということで
糸島ふるさとガイドの会長 吉丸克彦さんが中心になって育てているものです。
吉丸さんに話を伺っていきます。 引きつまんに渡辻神社という神社がありますが、その神社のすぐ手前の方ですね
150坪ほどの広さに万葉の里植物園というのがあります。
植物園、引きつの止まりにあるということですけれども、引きつの止まりについていろいろな説があるそうですよね。
ここ以外じゃないということですか。 ある人によってはかやさんのふもととか
ここからちょうど目の前に見えますよね。
かやさんが見えます。
湾があって、これが引きつ湾といいます。
引きつの止まりはもっと向こうだったと。
左の方、ずっと奥の方だったと。
奥の方だったという説と、ここら辺だったという説と、そうじゃなくて船越しの中にあったんだと。
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船越しの中にあったということは、もっと先の方、南の方にあったという説といろいろあるということですね。
この引きつの止まりにあるのが万葉の里植物園。
昨年ちょっとご紹介しましたけど、だいぶ整備されましたね、きれいになりましたね。
きれいになったでしょう。
いろいろ植えています。
だから花の名前が万葉時代の呼び名と今の呼び名と違うのがずいぶんあります。
例えば、ちょっと一つずつ見ていきましょうか。
どういう植物があるのか。
これは万葉集に出てくる植物ばかりですか?
これはニラですけど、今にニラといいますけど。
ニラの花。
ククミラというんです。
ニラですか。
ここひきつ湾というかやさんが正面に見えるところですけれども、その間にひきつ湾があって、その湾がちらっと見えています。
湾がぐーっと右の方に入り組んだ形になっております。
そして私の正面にかやさんを見て、左の方に外海の方に広がっているということですね。
この植物園ですけれども、ニラがまずあると。
何ニラ?
ククニラといいますね。
これです。
ちょっと今、花が落ちて。
白い花がですね。
食べるニラ。
ニラですね。
この花がだいたい、背丈がちょっと長くて3、4、10センチあって、その上に白い小さな花を咲かせています。
ククニラ。
そして隣にあるのが、これはハギの花ですか?
これはハギです。
ハギは万葉集で142種呼ばれております。
これが一番多いんですね。
多いんですか。
ここに万葉集とその2位と、そういうのを書いております。
縦札がありまして、ハギという風に書いてあります。
ハギのニオアスハギはさけれども、見る印なし旅にしあればという、そういう歌が読んでありますね。
これがヨメナなんです。
ヨメナ。
菊みたいな花でしょ。
小さな菊のね。
これはウハギというんです。
ウハギというんですか。
はい。
これは私が大好きな花なんですね。
そうですね。野に咲いてますよね。
咲いてますね。
ウハギ。そしてその横は。
これはアジサイです。
これはアジサイそのものですね。
アジサイもよく出てくるんですか。
そうですね。
そして他にも。
ヒガンバナね。
ヒガンバナはイチシというんです。
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だからヒガンバナではなくて、万葉集でもない、イチシと昔は言っておったんですね。
ちょっとこれも読んでみましょうか。
イチシ。
海の芽のイチシの花のイチシロク。
人皆知りぬ我が恋妻は。
秋の音のひとまろ。
道端のヒガンバナが目立つように、私の恋しい妻のことが皆に知れてしまいました。
というような、なかなか、秋の音のひとまろが作ったというふうに書いた小さな説明本があります。
そしてその後ろに真っ赤なヒガンバナ、白いヒガンバナも一緒に植えてあります。
そういう花が横にありますね。
イチシという花もあるんですか。
イチシというのは花じゃなくて、イヌビワというビワみたいな実がありますね。
それでこの枝を切ったら、乳白色の汁が出るんです。
それがチシニにとるから、母乳にとるからそういうことを言うんですね。
漢字が汁と書いて、チチというふうに。
次がちょっと枯れましたので、後で見れます。
これがコノペガシワという。
コノペガシワというのは、手がこういうふうに重なっていっている。
だからそういうことを言うんですね。
それでこの万葉集自体は、だいたいどのくらいの和歌があるんですか。
一応4516集くらいありますからね。
4516集、そんな中に、例えば草花を歌っていた。
だいたい200種くらい種類くらいあります。
実際に万葉集に出てくるのは145種あります。
その中でここにあるのは何種類くらいあるんですか。
だいたいですね、糸島で用意できるのは60種前後ですね。
この場所は神社のすぐ横にあって、そのすぐ横はもう海岸ですね。
ご覧のように茅屋さんが、糸島富士ですね。
このどこかに秘密の泊りという宿があったんですね。
それで茅屋さんを呼んどる歌が7種あるんです。
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それでそれは万葉集の間15に載っております。7種はね。
それからその茅屋さんを呼んどる中で、花といえばハギだけしかないんです。
142種ありますけど、ハギを呼んどるのは1種だけ。
あと何を呼んどるかというと、3種がですね、シカですね。
動物のシカ。シカを呼んでるんです。
だからもうシカの鳴き声を聞いて、自分の妻はどうしてるだろうかとか、
家のことを思うんですね。苦しい旅を続けるのにシカの鳴き声で、
妻はどうしてるだろうかとか、家の者はどうしてるだろうかということで、
そういう思いを歌にしてるんですね。
そうですか。シカ。
だからもうここはですね、宇宙海なんですね。
だから古代はここによく船が来ておったんです。
港があって。
それでこっちが船越しですからね。
船越しが南の方ですね。
船越しの向こうが船越し湾という湾がありましてね。
だから北風が強いときは船を担いで、昔は小さな船ですから、向こうの南の方に移っていく。
だからこの南風が強いときは担いでこっちに移ってくる。
だから船越しと。
船越し。船を引っ越す。
そういうことですね。
それでこの秘吉湾もね、漢字文字の早々期にね、
要するに仏像がなかったんです。
それで中国から仏像を持ってきたんです。
そのときについたのがカツケというカオルツキで書きますが、そこだったんですね。
カツケって書いてありますけど、カツケというのを言っております。
そこに仏像を持ち込んだ。
だからそこから仏像をあげたんです。
それでなんでカツケっていうかというと、
シャカツキがずっとカツケになったんですね。
それでカツケという名前についたんです。
仏像がここについたんで。
カツケ。
そしてその仏像は一時、水戸湖というところの、
シジキ神社ってあるんですけど、
そこのところにずっと仏像を置いておったんですね。
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ところがもう漢字文字が完全にできたもんだから、
太宰府に持って行ってその仏様を祀ったということなんです。
太宰府とも関係があるところだったんですね。
そうですね。だからここはですね、太宰府寮なんですよ。
そういうことなんですか。
太宰府もそうです。カツケもそう。
それから水戸湖もそう。
もうここら辺は一体は漢字文字の寺寮だったんですね。
なるほど、そういうことですか。
だからその漢字文字の一番偉い人がこっちに老後に来てから住んで、
その子孫もいらっしゃいます。
そうなんですか。
太宰府と大変ゆかりのうち深い寺寮なんですね。
だから太宰府に、ここは綿の産地でもあったし、
それから塩の産地でもあったから、
太宰府から大きな釜を借りて塩を焚いて、
そして太宰府に持って行ったと。
そういう話もあります。
そういうことですか。
それから向こうに梅の木がありますね。
あれが万葉集の119種のっています。
多いですね。
特に大友の旅人とか、山の上のお蔵とか、
そういう人たちはよく読んでますね。
その関係でね、梅の木が多いということです。
そうすると一番多いのが萩です。
2番目が梅です。
2番目。
そういうことだけ覚えとってもらったらいいと思います。
ここは昨年と広さは大体同じぐらいですけども、
きちんと整備されて、去年はまだ開墾したばっかりだったんですけどね。
花ごとに植え替えてありますね。
そうですね。もう少し花も増えると思います。
やっぱりあれですか、今も風はちょっと強いんですけども、
風の強さというのも難しいんでしょうか。
難しいですね。
実は私たちより前に万葉植物を植えた人があるんですよ。
ところが枯れてしまいました。
それから潮風が災いしているんじゃないかと思われてますけどね。
今のところその被害は私たちが植えた分ではないようですね。
ただ非常に手入れが大変なものです。
潮風が強いし、乾燥させますよね。
そうです。
水の便というのも大事ですよね。
ここは水がないから、あそこに水道を借りて振ったり、
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あるいは家から持ってきて振ったり、いろいろしてます。
大変ですね。
ここの木の中に、あそこにありますけど、
ナノリソの花というのがあるんです。
ナノリソというのは、それは海のホンダワラという植物なんです。
それを読んだ歌があります。
それは古代の陰陵天皇中で、
忍徳天皇のお父さんですけどね、
その息子さんの話が出るんです。
息子さんが自分の奥さん、皇后をもらった後、
皇后の妹さんが大変美人だったんですね。
それでまたその人を手に入れたいなということで、
盛んにアピールするわけですよ。
ところが、お姉さん怖いから、私は嫌って言うんですけどね。
とうとう口説きを落とすんですね。
違うところに住んでもらおうということで、
大阪府のチヌというところに住むんですね。
天皇は急いで通うわけです、彼女の家に。
ところが奥さんから、そんなに出てばっかり行ったら
国民のためになりませんよって言われてね。
とうとう行けないようになる。
そうすると彼女の方は時々海のもが浜辺に寄るように
時々しか会えないと。
私は寂しいんだという苦を作るんですね。
そしたらこれはよくできとると。
家の家内に言うなよと、名乗りそうと。
名乗るんじゃないよと。
そういう話はあるんですね。
変な話ですけどね。
いやー、なかなかの話ですね。
こういったところが秘吉の泊まりにある万葉の里植物園の様子です。
万葉の里植物園から今度はJR畠江駅の近くへ移動。
使徒神社近くの使徒史跡母群を見て歩きます。
ここは使徒史跡母群というところです。
かやさんが西の方になりますかね。見えておりますね。
今日も電気はいい方で、その中になだなかな感じですね。
女性的な感じがしますが、目の前に広がっております。
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その前に刈り取りを終わった田んぼがずっと広がっておりまして、
その田んぼの中にポツンと大きな石がですね。
結構大きいですね。1メートル。
1メートル50から2メートル近いのもあります。
平たい石ですか。これが七星規模の上の上石になるんですか。
上石です。
この下はどういう風になっているんですかね。
この下は神灯台の史跡があって、それを収めた棺を小石で固定しておるんですね。
具体的に言うと、六号史跡簿からは稲作が伝わった時代、
女性の石族が6点、それから八号の史跡簿からは朝鮮系の柳原式、
石族、これが4本も発見されております。
矢尻みたいなものですね。
そうですね。
この史跡簿ですけれども、いつ頃のものなんですか。
これは弥生早期、弥生に入ったばっかりから中期にかけての史跡簿が10期あります。
史跡簿が10期。
それからその他に亀冠ですね。
亀冠。
亀冠がここにあります。
そしてその他に平安時代の溝がありまして、それが検出されております。
平安時代の溝があるということは。
だからここがその当時海ではなくて、要するに溝が掘れるぐらいの人手が入ったところらしいですね。
この辺は海山があそこにありますから海には近い。
実は古い地図で見ると縄文のちょっと前ぐらいはここら辺の平野は海だったんですね。
海だったんですか。
ということはこの史跡簿というのは朝鮮半島から渡ってきた人だったんですね。
渡ってきてこの地に住み着いてここで埋葬されたということですかね。
そうですよ。
この史跡の上に石を置くと上石ですね。
というこの墓碑の在り方ですけど、これはやっぱり日本にない。
やはり朝鮮半島からずっとヨーロッパの方から伝わってきているんですね。
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そうですか。
日本に伝わってきてこの地に少し根を下ろしたといいますか。
九州のこの辺りが多いですね。
九州が一番最後ではなかったかと思われますね。
この石はどうも蚊帳ですね。
蚊帳。
目の前にそびえていますか。
あそこから持ってきたんではないかと。
ですからここは玄武岩と上石がですね。
玄武岩と河口岩。
河口岩がちょっと白っぽい石。
そういうことが言えると思います。
おそらく海だったから浮力を利用して運んできたのではないかという想像ですけど。
そういうことになりますね。
首都史跡母群でした。
ご案内は糸島ふるさとガイドの会長吉丸勝彦さんでした。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
こんばんは。
糸島の郷土食にそうめんチリっていうのがあるんですが、
鳥のすき焼きっぽい甘辛いお出汁の中にそうめんが入っているお鍋。
これがね、冷凍で出たんですよ。
冷凍で。
お汁と具とそれぞれの袋に入っていて、これをお鍋の中で温めるだけ。
あとで豆腐とこんにゃくを自分で入れてねっていう一品、
今日は持ってきましたのでどうぞお召し上がりください。
あのね、色はすき焼きなんですけれども、
そうめんがね、すごい出汁が染みていい茶色いそうめんいただきます。
うん。
おいしい。
出汁もやっぱりすき焼きにちょっと近いですね。
ネギがシャキシャキですね。
でしょでしょでしょ。
これすごいのが、出汁そのものも、
鶏がらをね、全部水炊き状態にして出汁を作って、
その出汁で具材も全部一度煮てるんですよね。
親鳥食べてほしいんですけど。
あ、鶏肉入ってました。いただきます。
うまみが、歯ごたえが。
そう、これがいわゆる糸島のそうめんチリのみんなの思い描く一番ベーシックな味なんです。
これに仕上げたのが、ネギも生産してるヤトミ農園のヤトミアキコさんなんですけれども、
できるだけ糸島のお野菜を使って、
それから北井醤油っていう地元の醤油を使って、
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しまざらめて甘くして、
糸再生の丸糸そうめんっていう、
糸島産コミュニ100%のそうめんを入れてあると。
このそうめんまで含めて具材が凍ってるのがすごいじゃないですか。
で、これ作る時に高齢者を中心に700件のアンケート調査したんですって。
で、わかったのが一体いつからこれがあるのか。
どうも明治の30年代にはあったようで、
80代の方のおばあちゃんが嫁に来た時に教えられたと。
で、その頃の生まれたお父さんが子供の頃から代々あったと言われてて、
やっぱり江戸からあったんじゃないかという話。
で、背景には福岡藩の卵仕組みっていて、
財政難を切り盛りするために大阪とか京都とかに卵出荷してたんですって。
で、その産地が山って、糸島の山って名産地だったみたいなんですよね。
だから鶏肉があったと。
で、これがね、広がっていったのは実はですね、
山の方から田植えをするこの地域。
各所からこれをお手伝いに行く手間替えという昔ながらの労働方法があったようです。
で、その時に結局、例えば岩原とか雷山とかね、
あっちの方がまず先に田植えする時には、
本岡とか桜井とか慶安とかね、
あっちの島の方側の人たちが結局山手の方に手伝いに来て、
で、それを手伝いに来てもらう時に、
もてなす時に結局田んぼの中であれ作っとけば、
もうね、パッとそうめんも湯がいてしとけば、
もうたくさんの人に一気にオペレーションがいいというか、
そういったので、多分田んぼの手間替えとかで、
どんどんどんどん多分糸島全体に広がっていったんじゃないかというような感じが見てとれて。
何ですって。
しかもその地区ごとに岩原だったらキャベツ、雷山は白菜を入れるところが多いとか、
そういう地域ごとの特色もあるらしくて、
でもネギは絶対入ってるっていうのが99%あったそうなんですね。
で、このアンケートの時に自分の母親が作ってくれた懐かしい味を思い出すんですけど、
食べたいけど作り方がわからないから食べれないとか、
おじいちゃんがもうね一人暮らしで食べられなくて寂しいって切なくなるような意見があって、
これがヤドミさんが作ろうという気持ちを後押ししたようです。
じゃあこのルーツっていうかね、
おじいちゃんおばあちゃんたちが懐かしく思えるような味を再現して一食ずつ、
しかも冷凍で手軽に肉うどんみたいにお届けすることができたら、
それはちょっと画期的やなと思ったんです。
そこまでするならやる意味あるなと思って。
これはいいですよ。
いいでしょ。
一食ずつ買えるんで人数分買います。
愛知県市内の直売所とかAコープ、あとヤドミ農園のオンラインショップでも買えますし、
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愛知県市のふるさと納税の返礼品にもなってるそうなんで、
食べてみたいけどどんな味だかわからなくてドキドキワクワクしてた人、
愛知県の郷土食そうめんチリぜひ噛みしめてみてください。
中島梨央さんでした。
道の駅村方、花と工芸雑貨日頃のファンです。
12月の店内はクリスマスムードでいっぱいです。
私のおすすめは特にシクラメン。
色も種類もたくさんあります。
お気に入りの一鉢をぜひ見つけてください。
お待ちしております。
番組ホームページのご案内です。
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またラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、ユーチューブなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組はJA福岡屋根、道の駅村方、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
ご案内は酒田秀大でした。
×少女隊の春野きいなと
青井リロアです。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ×少女隊の×ラジオ隊はポッドキャストでもお楽しみいただけます。
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