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ST-A 安曇族の足跡を探るの10回目は信濃大町です。
2024-06-09 30:29

ST-A 安曇族の足跡を探るの10回目は信濃大町です。

信濃大町には、かつて塩問屋であった平林家が「塩の道ちょうじや」という塩の道の博物館の形をとって残っています。
1階には荷車をそのまま店の奥の倉庫へ横付けできるよう、今もレールの跡が残っています。
又、1階の土間にはには一間四方の囲炉裏が切ってあり、塩を運んできた歩荷(ぼっか)という人が草鞋姿のまま囲炉裏にに入れるような構造になっています。
囲炉裏の上は高い吹き抜けになっており、自在鉤が上からぶら下がっています。
高い天井部分には下から操作して窓を開けられるようになっており、煙の出口になっていました。
この博物館の黒川恵理子館長の案内で展示物をじっくり1階部分から見ていきます。
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00:02
スピーカー 2
古代の福岡を歩くステージA。 海の道から空の道へ。
安曇族の足跡を探る。 この番組は安曇野市観光協会
安曇野市大王わさび農場 塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画共産 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
こんばんは、坂田周大です。 餃子の島を拠点に活躍した安曇族はかつて日本海を北上し
新潟県糸井川から塩の道、築二街道を通り 安曇野へ入ったのではないかといった説があります。
安曇族が通った塩の道、一体どういう道だったのか いろいろ調べながら信濃大町へやってきました。
4月中旬のことでした。 ここには塩の道のことなら何でもわかるという塩の道博物館
長寺屋という場所がありました。 明治時代の建物です。
入って左の方に大きな囲炉裏がありました。 お話を館長の黒川恵梨子さんに伺います。
この長寺屋という名前、どういう意味なんでしょうか。
スピーカー 1
この建物は昔床屋をしていた平林家という方の家になるんですけれども、
その平林家の家号が長寺屋と言いまして、 そこから長寺屋と言います。
スピーカー 2
そうですか。 じゃあこの中どういうふうな展示があるのかご案内していただけますか。
スピーカー 1
まずここの建物が明治23年に建てられた建物です。
スピーカー 2
そうですね。古いですね。
スピーカー 1
そうなんです。130年以上経っているんですけれども、 同時代の後期には塩どん屋をしていまして、
塩どん屋ですね。
明治に入ってからは味噌とか醤油を作っておりました。
30年ほど前の昭和55年まではここに住んでいたんですけれども、
スピーカー 2
そうなんですか。
スピーカー 1
それで平林家の方が引っ越しをしまして、 それからは塩の道博物館になって、
10年ほど前に塩の道、長寺屋というふうに名前を変えて、 塩の道の文化などをご紹介しています。
スピーカー 2
そうですか。この辺りを昔の塩の道が通っていたということですね。
スピーカー 1
そうですね。この建物の目の前にも道があるんですけれども、 そこも塩の道、築二街道と言いますけれども、
03:02
スピーカー 2
築二街道ですね。
スピーカー 1
その道が通っています。
スピーカー 2
通っていた。
スピーカー 1
その旅の人でこの街はにぎわっていたということですね。
やはり塩の道が通っていたことで、街が発展していって、 大町の街ができたということになるかと思います。
スピーカー 2
はい。それではここにいろんな展示物がありますので、 ご紹介していただけますか。
スピーカー 1
まずちょっとご覧いただきたいのが、 ここの土間がありますけれども、長い土間なんですが、
スピーカー 2
左右に木の板がレールのように入っていますね。
スピーカー 1
これは塩を昔運んでくるときに、荷車で運んでくることもあったものですから。
スピーカー 2
そうですか。
スピーカー 1
はい。それで荷車ごとそのまま入ってきて通り抜けて、 建物の一番奥に塩蔵というのがあるんですが、
そこまで荷物が運べるようになっていて、 土間が壊れないようにこのような形で木の板が入っています。
スピーカー 2
木の板が左右に2枚ずつ縦に奥まで並んでいるという感じですね。
スピーカー 1
それとここのところにいろりがありますけれども、 いろりというのは普通まったいだかと思うんですけれども、
これは足を下ろせるように、ちょっと掘りごたつ方式になっています。
スピーカー 1
珍しいですね、これ。
そうですね。名前を踏み込むという意味で、 ふんごみというふうに言うんですけれども、
スピーカー 1
ふんごみのタイプのいろりです。
これは歩いて荷物を運んでくる人のことをぼっかと言うんですが、
昔はぼっかはわらじを履いていますので、 脱ぐのがちょっとめんどくさいですよね。
なので、ぼっかさんがこのいろりのへりにお尻を置いて、
それでくるっと向きを変えると、 わらじを脱がずに足を温められるという工夫がされているんですね。
昔は地区に街道沿いに、こういったいろりを備えた茶屋が 結構あったというふうに聞いています。
スピーカー 2
ああ、そうですか。
これ大きさとしては一軒主宝ということなんですか?
スピーカー 1
そのくらいでしょうか。ちょっと大きめですけど。
スピーカー 2
ああ、少し大きめですね。
天井のほうから吊るされている。
スピーカー 1
はい、自在鍵が吊るされています。
スピーカー 2
自在鍵ですね。
その天井を見上げて、途中に、これは神棚ですか?
スピーカー 1
そうですね。かなり大きな神棚ですけれども、2つほどありまして、
右のほうが平林家の神棚、左は西宮神社の神棚ということで商売繁盛ですけれども。
昔からのものがそのまま残っています。
スピーカー 2
壁は、これは、すすですかね。黒くなっていますからね。
スピーカー 1
土壁なんですけれども、中もすごくひんやりして、夏はとても涼しいんですが、
これも実は防火のために土壁になっていまして、ここができたのが明治23年ですが、
前年の22年に一度火事で、おもやが燃えてしまったんですね。
スピーカー 2
そうですか。
スピーカー 1
なので火事にしたくないということで、天井も見ていただくとものすごく高くて。
06:01
スピーカー 2
高いですね。
スピーカー 1
どのくらいでしょう?ビルの3階ぐらいありますかね。
スピーカー 2
ありますね。そんな感じがありますね。
スピーカー 1
これも天井が低いと火が上がったときにすぐに燃え広がって火事になってしまうものですから、
なるべく高くして火が届きにくい構造になっていると。
それと壁の土壁というのも防火のためにこういった形になっていまして。
スピーカー 2
そうですか。
スピーカー 1
この張り組みというか天井が非常に特徴的で自慢できるところかと思います。
スピーカー 2
すごいですね。途中に四方から柱が出てきていますね。
スピーカー 1
そうですね。太い木は松の木を使っているんですね、張りですね。
縦の細い木は杉の木を使っていますけれども、一番高いところにちょっと光が入っているんですが、
横に窓が実はついていて、昔は紐を引っ張りますと窓が開いたんですね。
スピーカー 2
しゃべっていますね。
スピーカー 1
そうするといろりの煙が上に上がっていって、そこから外に煙が抜ける仕組みになっていて、
煙抜きと呼んでいます。
そうですか。
吹き抜けの空間のところは火袋というふうに呼んでいます。
スピーカー 2
へえ。昔の方は火事に対して非常に神経を使っていたんですね。
スピーカー 1
そうですね。やはり一度火事になってしまったものですから、
どうしてもしたくないということでこのような構造になっていますが、
非常に大町の中でも貴重な建物になりまして、
平成29年に国の登録有形文化財に大町で初めて登録となりました。
スピーカー 2
そうですか。
非常に天井が高いというのが特徴ですね。
スピーカー 1
はい。ではおもやをご覧いただきますけれども、
まず入りましてすぐ右手にちょうど品、ちょっと豪華な極谷の焼き物ですが、
スピーカー 2
極谷焼きですか。
スピーカー 1
はい、そうなんです。極谷になりますけれども、
あと真ん中3つはですね、巻絵になりますね。
巻絵。
はい。一番左の方、ちょっとキラキラしている夜間がありますけれども、
これは羅伝を張ってある湯筒といって、水さしとかお湯さしとして使っていました。
スピーカー 2
洒落てますね。
スピーカー 1
そうですね。ほんの一部ですけれども、すごく豪華ですけれども、
こういうものは普段使いはしなくてですね、
お客様が来たときにだけお出しして使っていたというふうに聞いています。
スピーカー 2
ほうほうほう。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
へぇー、こんな見事なもので接待されていたんですね。
スピーカー 1
そうですね。
奥の方にお勧めいただきますと、こちらはですね、長場という場所になります。
スピーカー 2
長場、あぁー。
スピーカー 1
で、平林家は塩丼屋をしていたというふうに申し上げましたけれども、
ここで塩の売り買いをしていたわけです。
あ、ここで。
はい。
スピーカー 1
で、番頭さんが座ってソロバンを弾いて、塩を売ったりしていたわけですけれども、
ソロバンなんかもですね、昔の5つ玉のソロバンを展示してあります。
スピーカー 2
あぁ、大きいソロバンがありますね。
スピーカー 1
はい、そうなんですね。
それで、お塩というのは現金で売り買いをすることもありましたけれども、
大体はですね、昔はかけ売りだったわけです。
09:01
スピーカー 2
あ、かけ売り。
スピーカー 1
はい。後からお金を払うという、いわゆる付けということになりますけれども、
で、そういう場合どうやって管理をするかというんですが、
こちらにですね、大福町と言われる、昔ながら。
スピーカー 2
大福町。
スピーカー 1
はい。町簿と言いますか、あるんですけれども、
これ見ますと、文旧元年って書いてありますので、もう170年ぐらい前の。
スピーカー 2
そんな前ですか。
スピーカー 1
はい、本物ですね。
スピーカー 2
本物。
スピーカー 1
はい。で、開いてみますと、
スピーカー 2
わぁ、墨で書いてますね。
スピーカー 1
墨で書かれていますが、読めないですよね。
読めますね。
私も読めないですけれども、この大福町に塩を買いに来た人の名前とか、
あとどのくらい買ったかということを記しておくわけです。
はい。
それで、お金はいつ払うのかと言いますと、お盆と暮れに払いに来るとか。
あー。
盆暮れ勘定ということもありますが、
で、払った人は、銭を引いたり印鑑を押したりして管理をしていたというものが、この大福町というものになります。
で、後ろを見るとですね、平林佐護衛門って、墨で書いてあるんですが、
これはこの当時のご主人様のお名前です。
はい。
やっぱり当時、字を書ける人というのもそんなにたくさんいたわけじゃなかったんですけれども、
ここのご主人は字が書けたということになりますね。
スピーカー 2
大福町があって、そろばんがあって、あとはランプもありますね。
スピーカー 1
そうですね。
ちょっと暗い感じの場所ですけれども。
スピーカー 2
あ、そうでしょうね。
それに銭箱。
これは現金で払った方がいた場合にですね、ここにお金を入れるということです。
あ、そうですか。
スピーカー 1
ちょうど真ん中に穴が開いています。
お金が入るくらいの穴が開いています。
で、後ろを見るとですね、
あの、長鎮が2つほど置いてありますけれども、
スピーカー 2
また古い長鎮ですね。
スピーカー 1
大きな長鎮があるんですが、これは実は平林家の家紋です。
あ、そうですか。
スピーカー 2
大体大きさは30センチくらいの高さですね。
スピーカー 1
そうですね。
ちょっと大きめの長鎮ですけれども、
家紋がですね、これムツチョウジと言って、
チョウジという薬草がありますけれども、今で言えばクローブなんですが、
それがチョウジなんですね。
で、それが6個ありますのでムツチョウジ。
それでチョウジ屋という名前なんです。
スピーカー 2
そうですか。
スピーカー 1
はい、そうなんです。
スピーカー 2
野豪の由来がこうやるという。
スピーカー 1
はい。
そして左を見るとですね、もう一つ小さめの長鎮がありますけれども、
これは四角に平と書いて角平と呼びます。
スピーカー 2
角平。
スピーカー 1
角平というのは平林家がお味噌とかお醤油を売って行った時のお店の名前になるんですね。
スピーカー 2
あ、そうですか。
スピーカー 1
こういうものは家印という風に呼んでいます。
スピーカー 2
家印。
これは丸い長鎮ですね。
スピーカー 1
そうですね。
なので町の人たちはこの建物のことを角平さんなんて。
スピーカー 2
角平さん。
12:01
スピーカー 1
お年寄りと言います。
お年寄りを召した方は角平という風に。
角平。四角の中に平という字が書いてますね。
平林家の平ですね。
スピーカー 2
平ですね。
今週はかつて塩の道の町として栄えた品の大町の塩の道博物館チョウジ屋の黒川恵子館長に話を伺っています。
そしてタンスがあります。
そうですね。
はしごダンス。
スピーカー 1
はしごダンスというのは階段と物入れが一緒になっているわけですね。
なるほど。
全部取手がついていたりとかして。
この階段も明治23年にできたものがそのまま残っております。
スピーカー 2
そのままですか。
スピーカー 1
これを使って2階に上がっていただきたいと思います。
ちょっと急ですがお気をつけてご一緒にどうぞ。
スピーカー 2
急な階段を登ってきます。
上に上がってきました。
スピーカー 1
2階は塩の道、築二街道の資料を展示しています。
スピーカー 2
これはまた分かりやすいです。
スピーカー 1
ありがとうございます。
ここにまずちょっと大きな人形がありますけれども、これはぼっかと呼ばれる人の人形なんですが、
着物を着てですね、背中には醤油粉と呼ばれるものを背負って、
タワラを今この人形が背負っていますけれども、
お塩は実はこの藁で編んだかますに入れて持ってきました。
スピーカー 2
かますに入れて。
スピーカー 1
かますにどれくらいの重さのお塩かと言いますと、
ここに資料に書いてあるんですが、12缶から16缶、実は60キロくらい。
スピーカー 2
そんなにあるんですか。
スピーカー 1
そうですね。60キロのお塩を背負って、このぼっかさんがこの品の大町まで塩を運んできたわけです。
スピーカー 2
ぼっかというのは歩く荷物と言いますか。
スピーカー 1
そうです。
スピーカー 2
に書きますね。
スピーカー 1
そうです。漢字は歩く荷物。
スピーカー 2
歩く荷物。
スピーカー 1
ぼっかと言いますね。
塩の道、築二街道というのは新潟県の糸井川から松本までの道です。
それで距離にして120キロ。
スピーカー 2
120キロ。
スピーカー 1
糸井川から大町までは距離にして80キロくらいになるんですね。
昔は当然車がありませんので、このぼっかさんが歩いて60キロの塩を背負って運んできたわけです。
大変な作業だったと思います。
歩いてくる時に、ぼっかさんがここに二寸棒と呼ばれる杖があるんですけれども、
これは歩いてくる時山道ですので杖代わりとしてついてくるんですけれども、
時にこれをつっかえ棒にしてお尻に当てて椅子代わりにして休むことがあるわけですね。
15:08
スピーカー 1
昔の人はやはり知恵があって自分たちでこういうものを作って、
それで道具を作って旅をしてきたということになります。
スピーカー 2
かかるように上の方が少し凹んだ部分もありますけどね。
スピーカー 1
この凹んだ部分はしょいこの下に当てて上に上げると肩が楽になるということで、
自分たちで改良しながら道具を作ったんですね。
スピーカー 2
それを荷物の下に当ててそこに座っちゃうという。
スピーカー 1
はい、そうです。賢いですよね。
スピーカー 2
賢いですね。
スピーカー 1
お塩というのはこのぼっかだけではなくて、
左の方に人形がありますが、牛の背中に荷物をつけて運んでくることもありました。
牛というのは荷物、重いものをたくさん詰めますので、
このかますを3つ4つ背中につけて塩を運んできたんですけれども、
やっぱりその方がたくさん荷物が運べますので、やっぱりお金もいいわけですよね。
牛を扱いながら荷物を運ぶ人のことを牛方というふうに呼んでいます。
上手な牛方さんになると、
牛を3頭とか4頭ぐらいを引き連れながら荷物を運んだというふうに聞いています。
スピーカー 2
牛1頭でどのぐらい運べるんですか?
スピーカー 1
そうですね、この人形を見ても4つは詰めますので、
スピーカー 2
4つですか。
スピーカー 1
6時240キロでしょうか。
スピーカー 2
すごい荷物を。
スピーカー 1
大変ですよね。
スピーカー 2
大変ですね、牛も。
スピーカー 1
牛も大変だったと思います。
糸江川から大町までは山道が多いので、
そういう場合には牛で運んでくることが多かったです。
大町から松本までは道が平坦になりますので、
そういった場合には馬で乗せ替えて。
スピーカー 2
馬ですか。
スピーカー 1
そうすると早いです。
牛はゆっくりですけれども、ちゃんと確実に荷物を運んだということです。
スピーカー 2
この牛方さんは牛は1頭だけですか?それとも何頭か?
スピーカー 1
そうですね、何頭か運んでくる牛方さんもいらっしゃいました。
そうすると非常に効率がいいですよね。
スピーカー 1
そうですね、たくさん運べますので、
どうしても人間だと1つのかますしか重いので運べませんけれども、
牛の場合にはたくさん詰めますので、荷物をたくさん運べたということです。
ただ季節的なものがあるんじゃないですか。
例えば冬とか。
スピーカー 1
そうですね。
ただ牧歌という仕事はもともとは農館期、農業が暇な時期に荷物を運んだということだったんですけれども、
だんだんと専業にする人たちも増えてきて、そういう場合は冬も荷物を運んだそうです。
なのでちょっと冬は雪深いですので大変だったかと思います。
スピーカー 2
例えば冬なんかは牛はどうなんですか。
スピーカー 1
牛も運んだと思います。
スピーカー 2
大変だったでしょうね。
昨日ちょっと塩の道を案内していただいたんですが、この時期でもまだ雪がたくさん残っていましたね。
18:08
スピーカー 1
そうです。
今年はちょっと雪が3月にたくさん降りましたので、雪がかなり残っているかと思うんですけれども、
それでもだいぶ昔に比べて雪は減ってきましたが、
昔はものすごく雪はやっぱり降りましたし、
大町の方がまだいいですが、北の方の白馬の向こう側のおたり村というところは雪がすごくたくさん降りますので、
大変な作業といいますか仕事だったと思います。
スピーカー 2
このぼっかという方の服装なんですが、上はすげ傘をかぶり、背中にしょいこを背負い、
そして下はどうなんですか。
スピーカー 1
上は着物ですよね。
腰ぐらいというお尻の下ぐらいの着物になります。
下はモンペみたいな感じですね。
スピーカー 2
そしてわらぞおりですか。
スピーカー 1
そうです。わらぞおりを履いていて、雪の時にはわらぞおりの上にスリッパのようなわらで編んだものを履いて、
足首のところは雪が入らないようにわらで編んだものを巻くということです。
スピーカー 2
それから例えば動物たち、牛とか馬ですね、やっぱりわらを履いていたんですか。
スピーカー 1
そうなんです。ちょっと後ろを見ていただくと、当時使っていたわら細工、履物類が展示してあります。
スピーカー 2
たくさんありますね。
スピーカー 1
人間はこのわら地を履いてきましたが、
下を見ていただきますと右にガニというものがあります。
ちょっと変な名前なんですが、これは牛が履くわら地です。
スピーカー 2
これが牛が履く。
スピーカー 1
昔はひずめを守る定鉄がありませんでしたので、
これを牛のひずめに履かせて、それで歩いてきたということです。
ちょっと人間のわら地よりも半分ぐらいの大きさですね。
ちゃんとひずめがここのところに入るようになっていて、
足首にわらで編んだ紐で巻いて、それで歩いてきました。
左の方にはマグツと呼ばれる大きなものがありますが、これは馬のわら地です。
スピーカー 2
馬のわら地。大きいですね。
スピーカー 1
ちょっと大きくて歩きにくいんですけど、これはすごく丸くて、直径は20センチくらいありますね。
すごく大きいんですが、昔の馬というのは濃厚刃が多かったので、
足が短くてひずめが大きいんですよね。
それなのでこんな大きなものを履かせていたということです。
スピーカー 2
これは人間のわら地よりも一回り大きい。
そうですね。二回りぐらい大きいかもしれません。
21:01
スピーカー 1
こちらにちょっと面白いものがあるんですが、
わらで編んだかごみたいなものがありますね。
これ何かと言いますと、口ぐわと言いまして、
牛とか馬の鼻先につけるものです。
なぜこういうものをつけるかと言いますと、
歩いてくる時に、荷物を運んでくる時に、途中で草とかが出てますと、
牛はそれを食べてしまって動かなくなっちゃうんですね。
いわゆる道草を食うということで。
それでは困りますので、荷物が運べませんので、
鼻先に口ぐわをつけて、道草防止にしたわけです。
スピーカー 2
ちょうど馬の口が当たるようなところですね。
口の部分が少し細かく、大きめに編んで、
そして顎の方に細いひぼに引っ張るようにできているという。
スピーカー 1
かわいそうかもしれません。
休憩の時には外してあげたと思いますが。
マスクのようなものですね。
スピーカー 2
そういうのがここにありまして、
その上に爪切り包丁というのもあるんですか?
スピーカー 1
出刃包丁よりちょっと大きいかもしれません。
スピーカー 2
大きいですね。
スピーカー 1
馬のひずめを切るものです。
スピーカー 2
こういうもので。
スピーカー 1
そうですね。
これも自分たちで叩いて作ったんだと思います。
スピーカー 2
品の大町の塩の道長寺屋の黒川えり子館長にお話を伺いました。
この続きは来週お送りいたします。
ここでリポーターの中島梨恵さんです。
スピーカー 1
こんばんは。
今日は今ご紹介した塩の道長寺屋でいただけるおいしいスイーツ。
スピーカー 2
スイーツいただける。
スピーカー 1
かき氷なんですが、お好きですか?
スピーカー 2
かき氷いいですね。これからの季節ね。
スピーカー 1
そうなんですよ。もっと早い春先から出てはいるんですが、
この長寺屋のかき氷めちゃめちゃいい。何がいいって。
松田牛乳のミルクかき氷っていうタイトルなんです。
これは大町のおいしい牛乳を使ったかき氷で、
白色、いちご、水色、抹茶、メロンと5つ味があります。
どれがいいって黒川さんに聞かれて、えーって悩んだんですが、
私、白色と抹茶をチョイスしました。
出てきたのは、透明のカップ、高さが12センチくらいあるかな、
の中に入ったかき氷なんです。
もうね、見た目からふわふわなんですが、
あまりの感動。もらった瞬間にこんな気持ちが湧き出てきました。
氷なのに、もちもちしてる。
もちもちしてますか?
24:03
スピーカー 1
ふわもち?
そうかもしれません。ふわもち。
氷の食感じゃないんですよ。
そうですか。面白いですよね。
面白すぎます。
これね、氷自体が牛乳なんです。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
牛乳を凝らせてるから、もっちりした食感、
そしてふんわりした口当たり、あまりにもおいしいんですが、
さらにそこにミルクジャムがかかってるんです。
このミルクジャムっていうのも、氷のベースになってる松田牛乳と
お砂糖を30分くらい煮詰めたものを手作りしてらっしゃる。
もう、そこまで手作りって感じなんですけどね。
実際にいただくと、このミルクジャムが、練乳ってありますでしょ。
あれよりも、もっと軽い感じで、
ふわもちとした氷と相まって、口の中が楽しくて仕方がないんですよ。
スピーカー 2
いいですね。
スピーカー 1
だから、かき氷ってともすると、最後まで食べきれないとか、
途中で食べ飽きちゃうことあるじゃないですか。
スピーカー 2
あれがないんですよ。
いいですね。
スピーカー 1
それはもう、最後まで楽しいかなと思ってたら、
こんな楽しみがあるよと、倉川さんが教えます。
あと、氷自体が牛乳なので、溶けても薄まらず、最後までおいしくいただける。
最後になると、ミルクジャムとかシロップとか、氷が混ざり合って、余計おいしい。
スピーカー 2
なるほど。溶けてもおいしいでしょうね。
スピーカー 1
最後まで飲めました。
子どもたちに至っては、この最後を楽しみに飲むように上手に残して、
かき氷を食べ、溶けるのを待つみたいなことになってるらしいんですよね。
本当においしくて、いくつでも食べられそうだなって感じなんですけれども、
これおいしいのが、松田牛乳という地元で愛されている牛乳がベースだっていうのが大きいみたいなんですね。
この松田牛乳について、こんな話を教えてくれました。
松田牛乳がおいしい牛乳なので、濃厚だけどさっぱりしているということで、
地元の人たちは給食にも出るので、なじみがすごくあるんですよね。
みんな松田牛乳で大きくなったんです。本当に。
なんだそうですよ。大町市の他の市役所の方だとか、近くにいる方に聞いても、
松田牛乳、松田牛乳ってみんなが知ってる。
面白いのが、この松田牛乳、瓶も牛乳パックもありますが、
キャッチコピーって言うんですか?
トミーより健康って書いてあるんです。
スピーカー 2
キャッチフレーズがね、トミーより健康。いいですね、それ。
スピーカー 1
いいでしょ。だからね、染みてきた、染みてきたっていう感じ。
文字を見ながら子供たちは給食時間を過ごして、みんな大きくなっていくのねって感じなんです。
27:01
スピーカー 1
これは1日15食限定でかき氷食べられますんで、店先にですね、長寿屋の店先に
バンコー台があるので、ここで座っていただくことができるんですね。
1人で1個ずつ食べるのもいいし、2人3人でシェアするのもいいので、
ぜひぜひ、大町標高が700メートルぐらいありますんで、
お日様が近い、そして湿度が低いので、かなりこのかき氷が体に響くんですよね。
おいしい瞬間がやってきます。長寿屋に行ったら松田牛乳のミルクかき氷、忘れずに食べてください。
かき氷の旅も、新州松本空港が玄関口です。福岡空港からFDAの直行便でお出かけください。
スピーカー 2
中島理恵さんでした。
ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
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この番組は、安住野市観光協会、安住野市大王わさび農場、塩尻市観光協会、FDA富士ドリームエアラインズの企画共産、餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました。
ご案内は、坂田秀大でした。
スピーカー 1
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30:29

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