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古代の福岡を歩くシーズン10
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン10
この番組は餃子のヤマハチ
道の駅村方の提供でお送りいたします。
餃子のヤマハチです。
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お待ちしております。
こんばんは、坂田周大です。
太宰府省庁の背後に見える山、四王子山は
太宰府市、大野城市、海町にまたがる山ですが
ここは古代の山城、大野城があったところです。
高さ410メートルのなだらかな山ですが
ここにはいろんな歴史の跡があります。
その歴史を訪ねて歩いています。
今回は4回目になります。
ご案内を、こと太宰府保存協会の学芸員
田中健一さんにお願いしています。
一緒に歩くのはこの番組の津川ディレクターです。
今回は尾根付近にある造町天蘇石群
そして鏡ヶ池付近から出発します。
坂本の山口まで歩いてきましたが
あれから先はちょっと歩かなくて
車でちょっと乗ってきたのですが
その坂道からはどういう風にここへ下がっているのですか?
坂本地区を抜けまして
潮邪魔に昇る大野城へ向かう道ですが
あの山道を登っていただきますと
大体30分、40分くらい登山していただきますと
目の前に実は大きな石垣が見えてくるわけです。
これが大野城跡の大石垣と呼ばれる石垣です。
ちょうど谷を塞ぐように
およそ全体の長さが約100メートルほどあるという
大野城跡でもかなり大規模な石垣になっております。
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これがいわゆる665年大野城が築かれた時の
南側の谷を塞ぐための石垣ということで知られているのですが
大野城跡には7つ石垣が確認されておりまして
その1つとなっているのですが
この石垣は平成15年に土石流で大変大きな被害を受けた石垣でもあります。
平成15年の7月19日に実は太宰府地方をはじめ
福岡県豪雨を受けまして
特に塩山各所で被害が大きかったのですが
この石垣は土石流で流されてしまいました。
実はほとんど失われてしまうという大変大きな被害を受けた場所でもありました。
その崩れてしまった石垣を福岡県の文化財保護課さんとか
太宰府市の文化財課さんが修復しまして
現在よりきれいに修復が終えているというような形になっております。
ぜひ1300年前の姿を取り戻した石垣もご覧になって見ていただければなと思っているところです。
石垣はだいたい高さが5、6メートルぐらいありましたよね。
そうですね。谷底を塞いでいますので一番下の谷底から高いところ大きさ7メートルぐらいあると。
大石垣の名にふさわしい大きな大規模な遺跡になっていますので
ぜひそちらをご覧になっていただいて
その大石垣を過ぎてまた急斜面をだいたい250メートルほど登っていただきますと
この土塁線の上に
ここに来るんですか。
土塁線にたどり着きます。
ちょうどその土塁線が四つ角になってきまして
登ってきた道を左手に行きますと大野城の西側、大喜山などに行きまして
真っ直ぐ行きますと県民の森センターとかにたどり着きまして
その大石垣を登ってこられて土塁線に着かれまして
右に曲がりますと今回ご紹介している象徴点の方に進んでまいりますので
およそそのところから200メートルぐらい歩いていただくとこの象徴点に到着いたしますので
ぜひ土塁線ゆっくり巡りながらご覧になっていただければと思います。
時間があればゆっくりとね。
ご覧になっていただければと思います。
ということでふもとから登ってこられますと坂本の登山口から大石垣
そして土塁線に上がりまして
それを土塁線をぐるりと右の方向、東側に巡っていきますと
象徴点と鏡谷池にたどり着くということで
そこからまたじゃあ一回焼米の方に戻りまして
ここからぐるっとですね
大野城を半時計まで東の方にぐるっと巡っていこうと思います。
ということでもう一度焼米ヶ原の方へ戻っていきます。
ここには大切な城門の跡もあります。
さて津川さん焼米ヶ原の駐車場にまたやってまいりましたけれども
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いよいよここからですね皆様古代の山城に行っていきたいところなんですけども
すいませんまたちょっと寄り道をというのがですね
実は駐車場のすぐ南側にちょっと高台があって
あそちらに石碑が建っているんですね。
こちらまた石碑が
石碑が現れました。
岩ですねこの岩。
そうですねおそらく塩山花崗岩が主な成分で
多分花崗岩を使ってらっしゃると思います。
そうですね。
本当に駐車場のすぐそばですね高台にポツンと建っていますけども
これ実は塩山の大切な歴史を伝える石碑でして
大きさを言いますと大体2メートルくらいあるかな
碑だけですね。
下の土台入れると3メートルあるという風な石碑ですね。
こちらの石碑なんですけども今ご紹介してきましたのは
1350年前の古代の山城大野城ですけども
時代が下りますとこの大野城の塩山の南側の中腹にですね
だいたい標高が281メートル岩屋山という山がございます。
ここにありましたのが中世の山城の岩屋城というのがあったわけなんですね。
ありましたね。
ちょっと時代が下りますが戦国時代まさにここを舞台にですね
大友家の文後の大友氏の中心でありました高橋上雲が
天正14年1586年に薩摩の島津勢に対してですね
一歩も引かずに同城して最後は壮絶な打ち死にを遂げる
岩屋城の合戦というのがございましたけども
実はそちらにまつわる石碑になっております。
そうですか。高橋上雲にまつわる石碑。
こちらの石碑ですね2面ございまして
駐車場側を向いている石面にはですね
こちら実は岩屋城の周辺のですね
一つの水の手取りでと言われる場所であったと。
そこをですね下針の高橋氏の中心だった村山氏がですね
守っておりましてその村山氏の中心だった村山氏の
ご子孫様が後に異例碑として建てた石碑になってあるわけです。
まさに先祖が激戦の末に一歩も引かずにですね
戦って亡くなった地ということで建てらっしゃいまして
ちょうど反対側の面に向いていただけますか。
反対側の面を見ましょう。
これは裏側に見えたものが掘ってあるんですね。
こちら反対側にはですねこの岩屋城の戦いでなかめました
高橋上雲の自生録が掘っている。
こちらの方には流れての末の世遠く渦漏れぬ
名古屋岩屋の苔の下水という
高橋上雲が戦死する前にですね
自生録として呼んだ句というのが刻んである日になっております。
もう一回すいません。
高橋上雲の句なんですけれども流れての末の世遠く渦漏れぬ
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名古屋岩屋の苔の下水
名古屋岩屋の苔の下水
こういう句が自生録ですか。
自生録として伝えられています。
それをやはり勇気と怒りのある場所ということで
刻んで立ててあるということなので
古代からずっと現在に至るまで歴史があるうちの
一つのまた大きな歴史の足跡を示していますので
ぜひご覧になっていただきたいと思います。
これが高橋上雲の自生録だそうです。
高橋上雲の石碑がありましたけれども
その石碑から少し右の方に移動してきました。
小さな山道がずっと続きますね。
3メートルぐらいの丘ですね。
丘がずっと向こうまで続いてますね。
こっちは駐車場が見るとこんもりした小高い丘で
これがちょうどいわゆる大野城の外側の
いわゆる奴隷船になるわけなんですね。
実際に当時の奴隷は今だいぶ経ってますけれども
調査なんかで行きますとやっぱり山の縁の部分に
およそ5メートルか6メートルいわゆる半築と呼ばれます。
違う種類の砂を交互に突き固めて使う半築工法で
大変健康な奴隷がきっちり作ってるんですね。
まさに縁の部分、敵が侵入してこないように
5メートルか6メートルほどずっと築かれていたと
いうふうに調査でわかってますので
それがおおよそ大野城ですと
北と南が二重になっている内側外側があるんですけれども
奴隷の総延長がだいたい8キロ近くになるということなので
今でも一大土木工事でございますけれども
1350年前の人々はまさにこの山に登って
そういう大工事をされてた
よく作りましたよね。
残っている場所であります。
今は草が生えてますけどね。
でもしっかりしたのは残ってるという感じがしますね。
雰囲気がですね、当時の面影が見えます。
見えますね。
この土塁を進んでいきますといわゆる焼米が原になるんですけれども
ここを一回ですね、右手の方に下に下っていきますと
先ほどご紹介した高橋口城門がありますので
少し下っていってご紹介できればなと思います。
下の方と言われて下を見ましたら
素晴らしい景色が広がってますね。
そうですね。ちょうど太宰府市内一望できて
遠くは大鬼のあたりもあることですね。
大鬼のあたり、美濃連山もね。
かすかに見えますね。
そして左側の正面に宮城岳と言いましたかね。
そうですね。ちょうど鉄塔なんかが建てて正面に見えておりますけれども
これが太宰府のいわゆる北の守りを王の城が
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南がですね、ちょうど見えておりますけど
紀山、紀城に築かれて南の守りで
そして東側にあります宮城岳が
足利山城が築かれたということで
畜生の史跡としてですね、調査保全が図られてますけれども
まさに太宰府の東側の守りを果たしたと考えられているお城でして
まさにここに焼米川の駐車場の端に立っていただきますと
宮城岳、足利山城も見えますし
南の紀城も綺麗に見えますので
ぜひご覧になっていただければなと。
今日は天気が良くてね。
遠く見えますね、遠くまで。
こうしますと当時の人々も見張りとしてもやはりうってつけだったから
もし南から進行されたとしても
その動きというのがかなり把握できて
対応も十分できたんじゃないかなと
そんなことを思わせるような眺めのいい眺望が広がっています。
素晴らしい景色です。
じゃあここから土塁をちょっと下って
ここから下るんですか。
土塁線に沿ってちょっと下ってください。
土塁が下っているわけですね。
ここは山の淵でございません。
我々は土塁の上を歩きます。
土塁線に従って下りていきます。
ちょうど駐車場から土塁に下ってきます。
ちょうど案内板も太宰府地上門と案内板がありますので
そちらに従いまして右の方に下っていきたいと思います。
坂道をずっと下りていきます。
イノシシが土を掘り返した跡がたくさん見えておりますね。
この辺はちょっと足元が悪いので
気をつけて下りていきましょう。
木の根っこも右から左に出てきてますので
これに足をとられると転んでしまいます。
一番底みたいなところに着きましたよ。
土まんじゅうになっているところがありますね。
土が盛り上がって4、5メーターは積み上げてあるというところが一つと。
それから左側にこれは崖面でしょうか。
上から降りてきたところが切ってあるという感じがするところですね。
これが門があったところになりますか。
下っていきますと土の持ったような場所がありまして
間が突き抜けというか通り抜けになっています。
ここが太宰副地城門、古代山城大野城の
いわゆる南の正面玄関、正門だと考えられているものでございます。
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門の造りとしても調査としても
大野城には9つ正門が確認されているんですね。
その中でも一番大きな規模でまた調査も進んでいるものになっております。
焼米が花の駐車場に置いてまいりますと
ちょうど内側の門の裏側に立っておりますので
ちょっと進みましょう。
門の南側から見て正面から見るような形でご覧ください。
今そそ木なんかも残っていますね。
いくつかね。
門の跡なんでしょう。
それを通り過ぎて入口に近くに立ったということですね。
これから門の方で振り返ってみます。
これがいわゆる今中を抜けてきて
津川さんと一緒に振り向いたわけなんですけども
まさに正門の外側か見まして
いわゆる正面から見た風景になっております。
この太宰副地城門なんですけども
実は正門だけじゃなくてですね
向かって右手側、東側からはずっと
先ほどもご紹介した土塁がずっと続いてきて
門に直結しております。
反対側の西側なんですけども
実は石垣が一体となってつながっているわけなんですね。
そうか。
なんか土まんじゅうって言いましたけども
5、6メートルぐらいのおまんじゅうみたいな土を持ってありますけど
その下が岩がずっと積み重ねてあるんですね。
そうなんです。
実はここは正門と石垣が一体になった場所になっておりまして
この太宰副地城門の西側ですね
向かって左手側にはすぐそばに石垣がつらなっていまして
こちらが水の手石垣と呼ばれていまして
先ほどご紹介した江戸時代の絵図なんかにも
水があるとか書いてありまして
昔から実は水量が
先ほどもご紹介しましたが
塩山は実は水量が豊富な山でございますので
どうやらこの辺りは水の手
いわゆる湧き水とかがあった場所じゃないかなというふうにも
言われております。
じゃあ水を抜かなきゃいけないというところですね。
そうなんですね。
結局水がたくさんあるのは
籠城する人にとってはいいんですけども
それがずっと溜まっていますと
崩壊してしまいますので。
石垣が壊れてしまうんですね。
こちら水の手石垣なんですけども
大体谷を塞ぐように20メートルぐらいの規模で
築かれておりますけども
こちら浸透して水が抜けるような構造になっているそうなんですね。
そうなんですか。
今気がつきましたけども
石垣をずっと先の方に目をやりますと
下までつながってますね。
大体高さが10メートルぐらいはあるという感じがしますね。
この石垣ね。
この石垣のところですね。
今日はもう天気がいいのであれですけども
雨が降ったときなんかだと下の方をうまく
雨水が染み出てですね。
なるほど。
石垣と石垣の間を抜けてきて
下の方へ流れていくというような構造をされているそうなんで
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まさに中に溜まった水をうまく外に抜くという。
うまく作ってますね。
1350年前の人の技術って本当にすごいわけなんですね。
その姿を今も残してますのでですね。
そういうものでございます。
この太宰副寺城門のですね。
ご紹介をさせていただきますと
実は3階建てられた時期があると
1基2基3基に分けられるそうなんですね。
実はこの正面ですね。
実はもともと一番最初に建てられたときは
少し広かったそうなんですね。
そうですか。
今これ5メートルぐらいですかね。
少し後に建て替えたときに押し出してきたそうなんですね。
一番最初は大体9メートルぐらいの幅がありまして
広かったんですね。
1基目の部分はどうやら掘ったて柱で建てられていたそうなんですね。
その後2基目になりますと
広がった9メートルあった間口を少し狭めまして
大体5.2メートルぐらいまで
幅要するんじゃないですか。
擦り出してきて
要は門というのは通り道ですよね。
敵が攻めてくる場所でもありますので
幅を狭めて門の幅を狭めればその分守りが固くなりますので
恐らくそういう緊張関係の高まりとか
あるいは防備に備えて
9メートルあった間口を5.2メートルぐらい狭くして
そのときにどうやら素石の建物に建て替えたそうなんですね。
素石ですね。今見えますけどね。
素石がちょうど門を仕切るように残っていますね。
当時の使われている素石というのが今並べてありますので
じゃあその門の下に来ました。
中央の部分が穴が開いている素石もありますね。
これ実は門の2基目3基目の門の素石というのは
この石の列の端っこのものなんですね。
こちらが端っこと。
右端から左端まで素石がずっと並んでいます。
これに恐らく門の柱が立って門の扉が動いていた。
右側に穴がありますね。
それに門の柱が立っていたと。
この真ん中にも同じものがあるんですけど
これはどうやら1基目に使っていましたもの
今で言うとエコリサイクルじゃないんですけども
石列をするときにも使わないんだけれども
その石をそのままするのはもったいなくて再利用して
ちょうど門の受け軸にもしたんじゃないかなと言われてますけど
まさに建て替えたのに伴いましてさらに転用されているということがわかります。
まさに1300年前にあった門の位置が現在はわかります。
縄門と言いますか廊下区と言いますかね。
これ2階建てぐらいになってたんですか?
そうですね。上の部分というのはなかなか判明しないんですけども
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横の道路線なんか高さがありますので
やっぱり階層建ての建物が建ててですね
かなり正面玄関で立派な作りの門があったんじゃないかなということで
やっぱり瓦吹きみたいになってたんですかね。
そうですね。実はここからは鬼瓦なんかも出てるので
おそらく正面玄関としての役割として
やっぱりこう瓦吹きできちっとした立派な建物が建てたんじゃないかなと
考えられている場所になっています。
そうですか。ちょうど門の外から今門の中の方を見てる感じですけども
大きな門があったんだろうなっていう想像はできますね。
そうです。当時は今でも幅5メートルで高さが数メートルの門と言ったら
もうなかなか大きさな門ですので
やはり大野城の威圧感と言いますか
存在感を示すような立派な門だったんじゃないかなと思うところですね。
今週も塩寺山に残る古代の山城大野城跡を歩きました。
ご案内をこと田財府保存協会の学芸員田中健一さんにお願いしました。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
こんばんは。いよいよ今年も残りがほんの少しになりました。
今年も早かったですね。
今日は道の駅室方のご案内なんですが
年内の営業は明日12月30日までなんですね。
年明けたら1月6日が初売りになります。
この初売り気になるところじゃないですか。
詳しい話を道の駅室方の水産加工家担当
滝口良平さんに聞いてきたんです。
滝口さん入社して2年目で
今年の初夏に水産担当になったばっかりで
胸肩育ちなんだけどこんな驚きがあったとおっしゃってました。
ここの水産に来るまでは
そんなにお魚というのはあまり意識してなかったんですけど
こんなに美味しいお魚が胸肩にあるんだというのは思いましたね。
うわーってときめいてはなんでした?
やっぱ鮮度ですかね。鮮度がやっぱすごい。
お魚は噛みきれない歯ごたえがすごくて
やっぱ鮮度が良かったらこんな歯ごたえなんだって
噛みきれない飲み込めないぐらいすごい弾力があってびっくりしました。
胸肩育ちでもびっくり改めてするぐらいのやっぱり美味しさなわけですよ。
気になる初売りもその辺お勧めをもらってきましたが
やっぱり初売りといえば福袋ですね。
道の駅胸肩3つのタイプの。
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どんな福袋なんでしょうね。
一番カジュアルなところからいくと
道の駅胸肩のオリジナル福袋200個限定です。
2025円連合と合わせてるんで
毎年1円ずつ値上がりします。
中身は全部教えられないんですけど
人気のわかめドレッシングなど
いろいろと人気商品が8点入っていて
かなりお買い得だって言ってました。
加工品もいっぱいありますからね。
何が入ってるかワクワクの福袋これが1つ目。
そして2つ目の福袋は
胸肩漁協金の岬鰹魚センターの福袋
こちら限定150個なんです。
中身チラッと聞いたらですね
冷凍トラフクのお刺身とか魚の切り身などなど
これ5000円なんです。
でもお値段以上の楽しみがあるのは間違いない。
そして大注目なのが3つ目
胸肩漁協大島支所の福袋
限定たったの10個なんです。
これはもう競争ですねこれは。
金額は5000円なんですが
入ってるのが幻のバフンウニのビン詰だって言うんです。
なんじゃそら!
滝口さんに聞きましたよ。
幻のウニなんでちょっとお高いと思いますけど
幻のバフンウニなんで
ちょっとお高いですけど10個限定。
10個以上は福袋作れないぞって
そうなんです。もう幻なんで
5000円でも安いかもしれないですね。
幻なんですよ。
もう2回言いましたよ。
味わってた。
先輩に聞きました。
幻だから。そんなにたくさんの人食べてないんですよ。
関係者でもなかなか口に入らない。
これは競争率かなり高いと思います。
ぜひぜひ入手してほしい。
この3タイプの福袋全部
大吉、中吉、小吉のおみくじが入ってるんです。
その日からすぐ使える商品券も入ってるんで
この辺も楽しみなわけですよ。
1月6日の朝9時がその初ディスタートなんですけど
お買い物した先着300名様には
エトエコタワシのプレゼントがあるそうで
こういったところも楽しみなのではないかと思います。
年明けると1月、お酒の美味しくなる時期ですよねって話したら
やっぱり竹内さんがね
カンブリですよ。油の海苔がすごいアップする。
カンブリ茶漬けとかも出てきますしね。
あと僕のオススメですね。ひものなんですよ。
各生産者さんごとにこだわりの製法があるんで
味もそれぞれ、それが楽しいんです。
でもね、どう選んでいいのかわからないじゃないですか。
竹内さんどう選んだらいいのって聞いたら
こんな答えが返ってきました。
それはもう
うちの出品者さんの
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皆さんの買って自分が好きなのを
見つけるっていう、それが一番いいと思います。
今日はこの方、明日はあの方みたいな感じで。
ちなみにザックイン何人くらいいらっしゃるんですか?
ひものだったらですね
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13
13人くらいですかね。
ぜひぜひこれは来年は道の駅胸形のひものマイスターを目指して
買い物日記立てるのがいいんじゃないかと思います。
ぜひぜひ新しい年も
道の駅胸形のおいしいお魚買い物楽しんでください。
中島リアさんでした。
番組からのお知らせです。
ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
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また、ラジコ、アップル、スポットファイ、アマゾン、
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この番組は道の駅胸形、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
古代の福岡を歩くシーズン10。
今年は今回が最後の放送です。
来年は1月5日スタートです。
それでは良いお年をお迎えください。
ご案内は酒田秀大でした。
バッテン少女隊の春野きいなと
青井梨奈です。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ!
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