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S10 14回目は大野城にある善一田古墳群を歩きます。
2025-01-05 30:33

S10 14回目は大野城にある善一田古墳群を歩きます。

新年1回目は大野城跡歩きをお休みいただき、大野城市にある善一田古墳を歩きます。
この古墳は6世紀後半~7世紀の約100年間に造られた古墳群です。
およそ4代、100年ほど続いた古墳です。
6世紀中頃に乙金山麓にいた開拓者の集団の墓ではないかとみられています。
副葬品には新羅系の土器が数多くみられ、新羅との交流に関わった人々の存在がみられるようです。
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古代の福岡を歩くシーズン10。
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる古代の福岡を歩くシーズン10。
この番組は餃子のヤマハチ、道の駅村方の提供でお送りいたします。
餃子のヤマハチです。国内産の豚肉と野菜を使ったヤマハチの餃子は店舗のほかインターネットでもお求めいただけます。
餃子のヤマハチで検索してください。お待ちしております。
明けましておめでとうございます。坂田秀大です。今年もよろしくお願いいたします。
年末は塩尻山の古代の山城、大野城跡を歩きました。
今週はちょっと休憩をいただき、大野城市にある古墳群、禅一田古墳群を歩きたいと思います。
ご案内を大野城心のふるさと館文化財担当のリュウユキさんにお願いしました。
ここは福岡東南部の大野城市おとがなというところですね。
禅一田古墳群というのがありまして、そこへ来ております。
ここはですね、だいたい400、500メートルくらいの空間の中に大きな林がありまして、
南の方に林があって、その林のてっぺんあたりからずっと下の方へ古墳が続くという、
要するにとんがり帽子の麦わら帽子みたいなのがてんてんとあるという、そういう古墳です。
この禅一田古墳群についてちょっとお話を伺っていきます。
これは何世紀くらいの古墳なんですか?
6世紀後半から7世紀後半にかけまして、約100年の間お墓として使われた場所になります。
100年といいますと、4世代ぐらいにあたりますかね。
03:00
そういった世代の方たちの古墳がたくさんありますね。
どのぐらいなんですか?
もともとはですね、ここだけですと全部で30基古墳がありまして、
公園として整備して残したのが9基古墳を残して整備をしています。
全部で大体30基がある。
そうですね、この1体だけですね。
多いですね。
そうですね、はい。
ここから見えるだけで9基ですね。
それを古墳群をちょっと紹介していただくということになりますが、よろしくお願いします。
はい、お願いします。
こちらの先ほど申し上げた古墳時代の後期ですね、終わり頃の古墳になります。
大野城市では664年に水木跡が作られまして、665年に向こうの大野城が作られたんですけれども、
ちょうどその時期と前後するような時期に作られた古墳になります。
この古墳の一番大きな特徴なんですけれども、
鉄器とかですね、朝鮮半島から移入されたような土器というのがたくさん見つかっていることが特徴です。
そうですか、朝鮮半島からね。
鉄器がたくさん出るということから鉄器作りの職人ですとか、そういった人がいたんじゃないかというふうに考えられています。
そうですか、はい。
一番大きいのがその尾根の一番上にあります。
一番上、左側に。
985墳というふうにしているんですけれども。
大きな古墳がありますね。
だいたいここから林の一番頂上ぐらいまで80mぐらいはあるかなという感じがしますけれども、
そういう一番高いところにあるのが18号古墳。
それが一番最初に作られた古墳になります。
一番最初に作られた古墳。
その後に続くような古墳というのがたくさん100年にわたって作られたものになります。
それじゃあ一つずつ紹介していただけますか。
一つずつといいますか。
ぐるっとこの古墳全体を。
まず一番最初に18号古墳。
あ、向こうから。
それではまず最初は18号古墳ですか。
階段が険しいんですけど。
階段を登っていきます。
この18号古墳というのが一番高いところにあるということで、
今この階段も作ってある階段ですね。
そこを登っていきます。
この古墳の特徴というのは住宅街にありまして、
登る左側には山が見えてますね。
低い山ですけども。
その山の手前に住宅街がずっとてんてんとしているという中にこの古墳があります。
頂上付近に来ました。
福岡平野をちょうど見下ろす位置とですね、
06:02
こちら側の北側が福岡から海に抜ける陶芸道になっていまして、
ちょうどそのどちらも見渡せるような場所に位置しています。
後ろ側が海。
海町。
海といいますと。
すいません。失礼します。
海町があるということですね。
そして前方にセフリ山がありますね。
セフリ山があって、後はなたらかな山が続いています。
ちょっと高い山ですね。
そんなところに18号古墳というのがあります。
これが18号古墳ですか?
はい、そうです。
はい、これは18号古墳ということで。
高さも結構高いんですね。
そうですね。高さがですね、
原室の中ですね、横穴式石室といって、
横から石室、石で原室、
亡くなった人を葬るお部屋を組み立てて、
その中に亡くなった人を葬るんですけれども、
その中の高さが3.5メートルほどありまして。
中の高さが3.5メートル。
入口が入って、入って高くなっているわけですね、天井が。
そうです、はい。
それが3.5メートル。
はい。
高いですね。
ここから見る限りはもっとありますね。
これは上を土でかぶさっていますからね。
そのくらいの、大体の大きさはどのくらいですか?
直径がだいたい20、長い方で26メートル。
26メートル、はい。
そして短い方で22メートル。
22メートル、はい。
ここから中は見えませんけれども、
入口に近づいてきますと、
入口が約1メートルくらいですね。
中、鍵開けていただけるんですか?
うわぁ。
中へじゃあ入っていきます。
ヘルメットとか頭をぶつけたら危ないので、
ヘルメットをちょっと。
あ、ヘルメット。
ということで、ヘルメットをかぶせていただいて、
中へ入ります。
1メートルくらいの高さ。
お部屋が2つありまして。
あ、2つありますね。
手前の部屋と奥が現室になります。
奥が現室。
1メートル、2メートルくらい。
高さがもっと50センチくらいしかない。
うわぁ、暗いですね。
真っ暗で何も見えないんですけども、
奥は立てますが。
はい、立て。
慣れてないので光が見えませんね、ほとんどね。
09:00
これが3.5メートル。
あ、懐中電灯を照らしていた。
天井に石が何個か平たい石が置いてありまして、
一番奥の石ですね。
これが奥壁という風に言い方をするんですけれども、
おそらく重さが10トン以上あるだろうという風に算定されています。
すごいですね。
奥の石がだいたい横2メートル、縦2メートルちょっとありますね。
2メートル半くらいあるかな。
そういうでっかい石がベタッと張り付けてあります。
そしてその上に4、50センチの岩が重ねて、
3.5メートルの高さまであるということですかね。
ここが石室。
この中から服装品としまして、
馬具ですね、馬に乗馬するための道具、
あぶみですとか、靴は部品が見つかったりしています。
そうですか。
ということは、ここの秘荘者はどういった方かというのは、
だいたいそれに分かれますか。
福岡平野の、
福岡平野にいた豪族。
そうですね、地方の豪族というのは一体のリーダーではあるかなと思います。
豪族のリーダーの若者じゃないかということですね。
これはだいたい、ということは6世紀末ぐらいの古墳になりますか。
そうです。
この18号古墳が古墳群の中で、
一番古い古墳になっています。
一番古い古墳ということですね。
おそらく秘荘者は男性だろうという。
そうですね、男性か女性かということですね。
男性じゃないかと。
こちらから外を見ますと、よく大きさが分かりますね。
入り口が本当に50センチぐらいの高さしかなくて、
これヘルメットをかぶらないと、頭が使えてしまうという感じがしますね。
大野城市にある全市田古墳の一番大きい古墳。
高い天井の18号墳でした。
頭のヘルメットを出入口にぶつけながら外へ出ました。
そして今度は13号墳へ向かいます。
じゃあ13号墳というところ、今度は一番最後に作られたと。
13号墳。
一番最後に作られたんですか。
ということは7世紀後半ぐらいですか。
ということで18号墳を後にして下へ降りていきます。
18号墳の入り口は非常に狭くて、
ヘルメットをお借りして入ったんですけども、
ヘルメットが時々上の石に当たってカチンカチンという音がしましたけども、
12:02
そんなに狭いところがあって、
小さい扇動、1メーターか2メーターぐらいの扇動を通って、
中、石室に入りますと上が3.5メートルあると。
そういった石室の中は真っ暗でした。
ちょうど高さが3.5メートルある一番上に天井みたいなのが張り付いていて、
そして正面に大きな岩がデンと据え付けられていました。
おそらく古墳の遺踏者はその前に静かに眠っていらっしゃったんじゃないかと思います。
そして元へ戻りました。
見えてきました。
下へ降りてきて、ほんのちょっと上にまた上がったところに13号墳というのが見えてきました。
これは18号墳よりも少し小さめになりますね。
直径が約11メートルで、先ほどの古墳の半分ぐらいで、高さも半分ほどになっています。
そうですね。大体3メートルぐらいですね。
そして入り口がやっぱり下の方に作ってありまして、1メートルぐらいの高さしかありませんね。
そして左右に3、4センチの岩が組んであるのが出てきているという入り口ですね。
ここは発掘調査のときに入り口を塞いだ閉塞石というのが見つかっています。
横穴式古墳の特徴としまして、入り口を塞いでもまた開けて後から次の人が亡くなったら、もう一回追加して葬ることができるというのが大きな特徴になります。
なるほど。入り口を開けて次の人を葬る。
その閉塞石というのがある。
そうですね。こういった大きな石の塊ですね。
石の塊をたくさん積んで。
30センチぐらいの塊の石をたくさん積んでいた。
それがあったということですね。
7世紀の後半というと古墳時代の終末、一番最後の時期になりまして、古墳というのはかなり減ってくる時期にはなるんですけれども、
この古墳というのはしっかりとした造りになっていまして、古墳があまり作られない時代なんですけれども、それでもちゃんと古墳の造り方をしっかり踏襲している。
ある程度権力があった人なんではないかと言われています。
そうですか。ある程度力があった人。リーダーに次ぐような人。
リーダーに近いような人だとは思います。
近いような人のお墓じゃなかったかということ。これが13号墳ですね。
こちらは服装品すごく少なくて、鉄の矢尻ですとか小刀とかいうものが見つかっています。
そうですか。
15:01
その他にここが多いのが、土器がすごくたくさん出ています。
土器が。
特に液体ですね。おそらくお酒かなと思うんですけれども、こういった液体を入れるような平貨というような小さい瓶のようなものですとか、
あとはこの大亀ですね。お酒を入れておくような容器が見つかっています。
これはお祭りに使ったんでしょうね。お酒を入れるということはね。
ここも早々儀礼というのを古墳の周りで行っていたんだろうと。
古墳の周りで行われたんじゃないかということですね。
これが13号墳ということで、18号墳というのが一番先に作られたということでしたけれども、
それから100年ぐらい経った頃に作られたという13号墳でした。
あとは古墳以外にも、ここは土工房といって、穴を掘っただけのお墓がいくつか見つかっておりまして、
その中で一番特徴的なところをご紹介したいなと思います。
この古墳群の中をずっと歩きますと、今雑草がたくさん生えていますが、その中に何か違う部分が見えてきますね。
見えてきました。長方形の約2メーターかけ1メーターぐらいの大きさの芝がない部分ですね。
これが木漢坊ですか?
木漢坊です。先ほどの最初に見た13号墳との間の時期、7世紀前半ぐらいに作られた木漢坊になります。
ここが大きな特徴なんですけれども、へら書き末期といいまして、器に漢字を刻み込んだ土器というのが見つかっています。
表面に縄というように今の間隔では見えるんですけれども、縄の縄にこういったものが見つかっていまして、漢字を読めるような人たちだったんじゃないかと。
そうですか。土工房といいますと、だいたい位がちょっと低いといいますか、普通の位の人ですよね。
というふうに思われがちなんですけれども、必ずしもそうではなくて、こういった漢字を使いこなすような人だった可能性もありますし。
そういう知識を持った人が多い。
必ずしも位が低いというわけではないとは思います。
その当時こういう漢字がわかるという人がいたんですね。
どういう人であったかはちょっとわかりませんけれども。
本格的に日本で漢字が普及するのが奈良時代以降になると思うんですけれども、その前の時代ですね、古墳時代の段階で。
18:00
なるほど、その前の時代に奈良の奈という字があったということは大変なことですね、これは。
奈良の奈かどうかはちょっとわかりませんけれども、この奈が何を意味するのかというのが研究が進んでいるところです。
そういう文字が書いてあった土器が出たと。えらがきすえきというものが出てきました。
これが木漢墓、ちょうど上に18号墳というのがあります。
そして下の方に13号墳というのがありますが、そのちょうど中間にこの木漢墓があります。
全市田古墳群を見学した後、今度は大野城心のふるさと館へ戻って出土品の一部、土器を見せていただきました。
この土器のあたりからちょっとご説明をしていただきたいと思うんですが、
この全市田古墳で特徴的な土器といいますと、これもそうですか、目の前にある。
こちらは白木土器といいまして、朝鮮半島の白木で作られた土器になります。
大きさが25センチくらいかな、横が直径が。
そして上の方が20センチくらいの土器ですね。
つぼといいますかね、何かが入っていたんだろうと思いますが、どういう特徴があるのでしょうか。
短径ほどいて首がないものになる。
短径、首がない。
短いつぼ。
白木土器なんですけれども、こちらは日本の土器とちょっと異なりまして、スタンプの模様をですね、
この上から見てぐるーっと全体に施すのが特徴です。
横にギザギザがついているような模様になるんですね。
これを押しているんですか。
そうですね、これが金の板みたいなもので小口になっているようなのを点々と押していく。
ひとつひとつこのセットをですね、このすだれのごとに。
なるほど、すだれみたいな小さい模様ですね。
それを上から下へずーっと押していくというのが特徴なんですか。
はい、あと下の方にもこの二重丸みたいなものを。
ああ、本当だ。別の丸ですね、二重丸みたいなものをスタンプで押してやると。
こういうのが特徴なんですか。
はい、そうです。
こちらなんですけれども、日本で作られたものではなくて、白木で作られたものを調節こちらに持ってきたものではないかと言われています。
こちらで作ったのではなくて、白木で作った。
ですので朝鮮半島と交流がある人物だったということが想定されます。
ここにはかなり白木系のものが出てきていますよね。
やっぱり白木の方からこちらに住んでいた人もいたんですかね。
その可能性は十分にあると思います。
前一代古墳でもいくつか白木土器が出ているんですけれども、
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前一代以外でも周りの大喜山古墳とか唐山古墳といった、
前一代の近くにあるいくつかの古墳でもたくさん白木土器が出ていまして、
日本でも有数の白木土器がたくさん見つかる場所になります。
そうですか。ということはやっぱり白木の方たちがこちらに住んでいた可能性もありますよね。
そうですね。
時期としまして古墳時代に日本は当時九太郎と仲が良くて、
白月のような戦いがあった後、664年に水木を築造するという形で、
白木とは仲が悪いというふうにイメージ的には思われるんですけれども、
その前の段階というのは朝鮮半島と積極的な交流がある人物というのがこの辺りにいて、
この辺りに住んでいたということがわかります。
大野城市の前一代古墳を紹介しました。
ご案内を大野城心のふるさと館文化財担当のリュウユキさんにお願いしました。
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
楽しい古代を歩くときに一緒にかみしめられる情報をお届けしたいと思うんですが、
今日は本編の中でも出てきました、大野城心のふるさと館に
この大野城から出土したいろんなものをグッズにして
オリジナル商品として提案しているそのいくつかをご紹介しようと思うんですが、
前一代古墳、今日も出てきました。
その辺からのポイントある一品、
大野城の心のふるさと館、ミュージアム担当の関雄真さんが
こんなものがあると出してきてくれました。
いわゆる装飾品ですね。
昔のお金持ちの人たちがおしゃれに着飾ったりするために
刀につけていたのが三類関刀、竜塚頭。
メモスタンドにした。
メモスタンドにした。
千里小筒ね。
1分の1スケルトン、これじゃあ実物大ってことですか?
そうですね。
確か前一代古墳群、おとがなのほうにある古墳群のところから
それが出てきていて、結構なその地域では
権力を持った人がそこに眠っていたんだろうということが推測されたりとか
その足掛かりにもなるような出土品をグッズにしてみました。
24:00
ツカン頭。つまり剣の握りの一番下のところについている飾り。
そうなんですよ。持ってきてみました。
金色で。
1分の1スケールというのは私も正直びっくりしちゃったんですが
高さ5センチに足りないかなぐらいなので
思ったよりも小ぶりなんですよね。
三ツ葉のクローバーのような金色の飾りですよね。
三ツ葉の一番上を向いているところに紙が挟めるようになっているメモスタンドなんです。
メモスタンドとして使えるわけですね。
そうなんですよ。ですからここに他にも出土品をきれいにポストカードにしたものがありますので
鏡編を挟むもよし、それからカフっていって中国のお金のモチーフにした一筆線とかもあるので
これに何か文字を書いて挟むもよしと。
いろいろと大野城発掘セットで楽しめるようになっているわけなんです。
工夫もいろいろあるんですが、こういった出土品をデザインした一品だけじゃなくて
その大野城のロゴだとか心のふるさと感のロゴを使ったりして
今回私買ったんですけどペットボトルのホルダーとかですね。
あと折りたたみのクッションとかいろいろなものがあって
市民の方に愛してもらえるようにいろいろ考えながら作ってるんですって
そんな話を関さんしてました。
だから多分出土品好きにはさっき言ったようなタッチ使頭のメモスタンドがいいかもしれないし
美術系が好きだったらどちらかというと絵画学方向にいっちゃうかもしれないし
日常使いが好きな人はこういったオリジナルのアウトドアグッズみたいなのもありますので
使い勝手の良さそうなものまでありますね。
これらが売ってあるミュージアムショップなんですが同時にカフェもやってましてね
ここに面白い一品がありました。
大野城の地元、いわゆる郷土料理なんですが
鶏ぼっかけっていうのが出してあったんです。
食べたことあります?
ないかもしれません。
私も初だったんです。
カミオリとか牛首あたりがベースらしいんですけど
主にお酒の席の締めなんかに食べられていたものなんですが
鶏ガラダシに鶏肉を入れて煮て
地元の醤油屋さんの甘めのお醤油で味付けした
それをご飯にぶっかけて食べるから
ぶっかけるからぼっかけになると
鶏肉が貴重な時代に鶏のお吸い物をご飯にかけたことがスタートだろうと言ってるんですが
実際に食べたらね、写真を撮ってきました。
甘めはですね、お茶漬けっぽいんです。
タパタパのお出汁の汁の中にご飯が入っていて
その鶏の煮たものを上にいっぱい散らしてある。
これ色どりでね、小ネギと
黄色いのは金子卵?
その通りです。
あと海苔が散らしてますね。
27:00
これがいいんですよ。
いただいたら意外にもかなりお茶漬けに近い食感。
サラサラいけちゃう。
でもね、鶏の風味と味わいがグッグッと味を押し込んでくる感じで
最終的に足りないかなと思ったら
軽いお昼には十分なぐらいの満腹感と満足感。
途中で味変できるように柚子胡椒も添えてくれたりして
完璧な一品だったんですよ。
大野城を満喫できる、そんな空間になってますんで
いろんなものを見て、大野城心のふるさとかも楽しんでみてください。
中島リアさんでした。
ご視聴ありがとうございました。
古代の福岡シーズン10。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ご案内は坂田秀大でした。
×少女隊の春のキーナと
青いリロアです。
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