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S9 14回目も水城跡を歩きます。
2023-12-31 29:47

S9 14回目も水城跡を歩きます。

水城夢広場をスタートし、水城西門へと散策路を歩いていきますと、少し小高い場所に思水園跡という建物の跡がありました。
この思水園という建物、大野城市の調査によりますと、開園したのは昭和3年頃だとか。
場所は新池と松尾池の間くらいで、五つくらいの建物があったみたいです。
建てた人は、柳川藩立花家の重臣を多く輩出した家柄の由布維重という人で、俳句を詠む際の自分の名「思水」からつけたんだとか。
最大の見どころは美しい庭園で、船遊びもでき、観月会も催されたそうです。
園内には茶室もあり、又ダンスホールもありました。
そして、昭和8年か9年ごろ営業をやめれたのではないかと見られています。
この地は、その後日本軍の陣地が構築されたり、という運命を辿ったようです。
このように水城跡付近にはいろんな歴史が刻まれています。
古代の福岡を歩くリポート 
ぎょうざの山八から新製品がでました。
その名も「やさしいぎょうざ」!漢字で書くと「野菜しいぎょうざ」です。
お肉を使ってないので、肉が食べられない人でもぎょうざが食べられます!
さらに、人気の黒豚ぎょうざがリニューアルされ、みやまのセロリ餃子の季節にもなりました。
社長の藤本大志さんにお話を聞きました。
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00:09
スピーカー 2
古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン9 この番組は
三山市の企画協賛 餃子の山鉢
道の駅村方 草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたします。
こんばんは坂田周大です。 先週から太宰府の特別史跡水城跡へ入ってきました。
水城西門から歩いて10分ほどの高台にあります 水城夢広場から歩き始めました。
ご案内をこと太宰府保存協会の学芸員 田中健一さんにお願いしました。
一緒に歩くのはこの番組の津川ディレクターです。 夢広場から小田地の中へ入っていきますと散策路が続いています。
ここは散策路、散歩道ですね。 素晴らしいですねここはね。小田地が左右に広がっていまして
幅がそうですね 5、6メートルぐらいの散歩道になってますね。
スピーカー 1
ちょうど木々に囲まれてまして落ち着いた中をですね散策いただきますので 水城の歴史的な見学だけでなく森林浴といいますか
自然的なところの散策にも本当にうてつけなスポットになっています。
こちら歩きながらですね本当にあの小田地の中を自然の中をのんびりと歩いていくんですけれども 各所にあの水城についての解説版なんかもですね設置されていますので
夢広場から100メートルほど進んでいくとすぐまた一つご紹介の看板なんかもありますので こういったところを見ていただきながらですね
例えば最初に夢広場出発しますとこういう自然のご紹介もありますのでちょうどこの小田地の中にどういった植物があったりとか野鳥が見れるか
まあそういったところもですね解説版でありますのでぜひそういったものを楽しみながら
スピーカー 2
散策路をしばらく歩きますと散策路へ出ました。
スピーカー 1
水城夢広場から津川さんと一緒に大体200メートルから300メートルほど歩いてきました。
小田地の中を歩いていきますと実はですねまっすぐ続く道と右に分かれる道分岐路に差し掛かっております。
03:03
スピーカー 1
実はこちらですねあのどちらを進んでも水城の西門跡にたどり着くんですけども
右側に曲がっていただきますと西門跡の内側太宰府市側の方にこの道の道なりに進んでいただきますと
西門の北側大野城市側の方に出るわけなんですね。
実はご紹介したいポイントが実は両方にありましてまずは道なりにまっすぐ進みまして
西門の北側の方大野城市さんのスポットをご紹介して後ほどまたここまで戻って今度は太宰府側にも行ってみたいなと思いますので
じゃあまずはすいませんまっすぐ道なりに進んで北側のスポットをご紹介していきたいと思います。
スピーカー 2
普通に歩かないという感じですよね。深掘りするには右へ行き左へ行きしなければいけないという。
スピーカー 1
行きしながらご紹介していく。
スピーカー 2
ではまず左の方の道をですねたどっていきます。
ちょっと坂道になっておりますが坂道を登っていきます。
登ってきましたら
ここはまだ道は続くんですね。
スピーカー 1
実は今津川さんと一緒に階段を上がってきました。ちょっと高台に開けたところに到着したんですけども
実はこの高台ではですね建物跡が見つかっているわけなんでございます。
こちらですね2003年にですね発掘調査が行われまして
実はこの高くなっているところ自然の給料地帯なんですけども
こちらの方で建物跡
こちらの素石などを使わずに地面にそのまま穴を掘りまして建物を建てる。
掘ったて柱の建物跡が見つかっているんですけれども
南北2県東西1県でですね
だいたい5.4メートルかけ3メートルぐらいの幅の建物の跡が見つかっております。
こちらですね最初にご紹介しましたように水城というのは防衛施設でございますので
やはり福岡側ですね博多側から北側から来る敵を防ぐための施設ですので
そのためにもやはり敵を見つけるというか
敵の行動を監視する矢倉台
こちらでは暴露の跡ではないかと言われているのが
実はこの高台から見つかっているわけです。
ちょうどあのやはり高く階段も登ってきました。
ちょっと小高くなってますのでここに少し矢倉台と言いますか
少しですね見晴らしの効くような建物を建てれば
おそらく現在はですね住居などまた樹木が生い茂ってますけども
1350年前あたり一面は宮畑するような場所でして
おそらくここでここが一つ敵かですね
北側からの方の敵を監視するような役目を持った
そういったものがあった場所なんじゃないかなと言われている場所でございます。
06:02
スピーカー 2
昔暴露があったところってだいたいのろしがあったりしますよね。
ひょっとしたらのろし台があったかもわかりませんね。
そういうところにね。見晴らしがいいですよね。
スピーカー 1
ちょうどやはり高台になってですね。
なかなかまだ研究これからですけども
一つそういった暴露じゃないかと考えるような建物が出ている場所でございます。
この高台に来ていただきますと目の前の方に
今水の方は少なくなってますけども
池が実は広がっておりまして
スピーカー 2
池がですか。
スピーカー 1
ちょっと見えないですね。木先が。
なかなかこちらとこちら側にですね。
広く広がっております。
スピーカー 2
ここから50mかもうちょっとあるかな。
下の方に池が広がっているのがわかりますね。
スピーカー 1
この高台に2つありまして
小さい方が松尾池と呼ばれている池でして
この散策路沿いにありました大きな池の方が新池と呼ばれている池がありまして
ちょうど2つ池がございます。
この場所にかつてありましたのが
治水園という施設がこの池のほとりにですね
建てられていたわけでございます。
スピーカー 2
こんないいところに。
スピーカー 1
やはり1350年前はもう防衛施設でございましたけども
やはりですね1000年以上経ちまして
昭和に入りますと風光明媚な
自然あふれる豊かな場所ということで
こっちは実は昭和の初期にですね
実は柳川藩の中心で
岐阜氏という一族がいらっしゃったんですけども
その方のご子孫さんが実はこっちは別荘を建てられまして
その別荘の名前がその方の記号というか号といいますか
文学の時の号の名前を取って
治水園ということで
実は水池のそばに広がっていた保養施設
それが治水園だったわけなんですね。
スピーカー 2
治水園
スピーカー 1
看板にも当時ですね
大々的に絵描きなどでも紹介されていまして
実は遠方博多からだったりですね
スピーカー 2
いろんな各地から訪れる人が多かったそうで
スピーカー 1
まさに四季折々に桜なんかの木も植えられまして
花見などもされましたし
この池に船を浮かべて船遊びなんかも
風流ですね
恋なども釣る
恋釣りなんかも楽しめたという記録が残っているそうで
だから今私たちは史跡として見てますけども
およそ100年前ですかね
昭和の方たちのときは
一大風光明媚な自然地だったわけなんですね
昭和の初期からここに治水園という建物があって
大変ににぎわいまして
その保養地としては戦前
昭和の10年代の後半まであったそうなんですね
その後はやはり戦争が激化してまいりますので
この辺りは日本軍の駐留地になったりですね
防空壕なんかも掘られたというのを
地元の方がおっしゃっておられます
戦後になりますとそういう建物がありましたので
09:00
スピーカー 1
一時期は博多の方に米軍の方が駐留されましたので
そういう方たちが来られて
ダンスホールなんかとして
米軍のダンスホールなんかとしても
使われていったということがあるそうなんです
スピーカー 2
いいところにアフリカも目をつけましたね
スピーカー 1
そういったかつてあった場所ということで
この湿園につきましては
地元のボランティアさんたちであったり
あるいは大野城市の市役所の方でですね
きちっと報告書が一冊まとまってますので
どんなところだったかなって気になる方は
ぜひその報告書の方もご覧になっていただければと思います
スピーカー 2
そうですね気になりますね
ダンスホールもあったっけ
車庫場じゃないですか
スピーカー 1
素敵な場所だったですね
まさに1350年前の歴史が残る場所で
自然あふれる場所ということで
大変こういい場所だったんだろうな
スピーカー 2
なんかそういうものの歴史を感じるところですね
ここはねちょっと小高い丘の上にあって
昔暴露があったという
大変目立ちが良かったんじゃないかと思いますが
現在は林に囲まれてですね
あまり遠くの方は見えません
でもなかなか素晴らしいところですね
スピーカー 1
こちらまで行きますと
あとはですね実は西門には
下っていきますと100メーター200メーターで着くんですけれども
南側の太宰府市側もちょっとスポットを
ご紹介したいと思いますので
一旦先ほどの分岐点まで戻りまして
南の方に西門の南側の方に回っていきたいと思います
スピーカー 2
では一旦先ほどの分岐点へ戻ります
坂を降りていきます
市水園は思うという字に水のそのと書きます
なかなか優雅な車高の場だったようです
また先ほどの場所へ戻りました
分岐点へ戻ってきました
スピーカー 1
先ほど分岐点の方を北に進んで
大野城市の方を見に来ました
今度は戻ってまいりました
今度は右手側にですね
太宰府市側の方に少し進んでまいりたいと思います
スピーカー 2
はい
分岐点から先ほどの市水園があった場所
暴露があったというところまでは
わずか100メーターぐらい
登ったところぐらいですね
また元へ戻ってきまして
逆の方向右の方へ歩いていきます
看板が出てきました
水木の自然地形利用という風に書いた
解説図ですね
スピーカー 1
先ほど分岐からですね
太宰府市の方に曲がってまいりましたけれども
先ほど最初の方にですね
大抵を築いて水を蓄えしむ
名付けて水木ということで
日本書紀に水を蓄えたということが書いてあるんですけども
まさに水木の方は最初にご紹介しましたように
外側そして内側両方に掘りがあったんじゃないかなと
まだまだ研究途中なんですけども
12:00
スピーカー 1
考えられているところでございます
ちょうどですね
この散策堂を右に曲がりまして
歩いてきましたけども
この一帯がですね
太宰府市さんが整備される際に調査を行いまして
実はこの調査を行いましたところ
自然地形
特に水の流れる関係が少し見えてきたという場所で
そこにこういう風に看板が設置されているわけでございます
やはり水木に水を蓄えるということですので
中央にちょうど三笠川が流れてますけれども
東西の地形というのは三笠川の水より高いので
三笠川の水を引き上げるというのは
なかなか難しいというところがありますね
そのため先ほど池のお話なんかもしましたけれども
周辺からですね
流れてくる水をうまく水木の水に
使っていたんだろうということが考えられております
スピーカー 2
なるほど
それで先ほども松尾池というのが下にありまして
それから新池というのもありましたよね
この辺池が3つぐらいありますよね
スピーカー 1
そうですね
スピーカー 2
松尾池も利用したんですか
スピーカー 1
おそらく多明池自体は構成のものかもしれないんですけど
ここに水が集まるということはですね
多明池を作るということは水が集まらないとできませんので
この場所をですね
太宰師さんが調査されましたら
およそですね
今見えている地表面から2メートル下にですね
そういったところに谷底が確認されたと
それに向かってやはりですね
周囲から水が流れ込んできているというのが確認されたそうなんですね
スピーカー 2
ちょうどここが谷みたいになってますよね
ちょっと低くなってますよね
スピーカー 1
そうですね
三桜のそばはですね
ガクッと落ち込んでますけども
こういう形で自然の地形も利用してですね
周囲から流れていく水をうまく水池の堀の方に導いていた
ということが分かる場所になっております
スピーカー 2
なるほど
スピーカー 1
1350年前の技術ってなかなか未熟だったんじゃないかって思いがちなんですけども
実はもうこの当時の技術というのはですね
後で水池の本体の築造技術もご紹介しますけども
まさに1350年も非常に優れた土木技術というのが存在していまして
まさにこういう水の流れ方もですね
やはり綿密に計算してうまく流れ込むように
当時の人々が考えて建設していたというのが分かる場所ですので
ちょっとそういうところを見ながらですね
ぜひ水池跡を散策いただければなと思います
スピーカー 2
はい
わかりました
水に関する看板を通り過ぎてなおも歩きます
スピーカー 1
水の看板のところを過ぎまして
少しもう100メートル進んだぐらいですかね
ちょっとこの地形にぐるっと左の方にゆるーくカーブするんですけども
そのカーブの途中に何やらですね
スピーカー 2
古い階段があるわけですね
スピーカー 1
こちらの階段のそばに地元の方がですね
建設された案内板があるんですけども
こちら水陣跡というか水上陣跡と呼ぶものなんですね
これ何かと言いますと
15:01
スピーカー 1
実はですね
かつて昭和の頃にありましたお寺の跡なんですね
スピーカー 2
お寺の跡ですか
スピーカー 1
今階段の方が残ってますけど
実はこの階段を上がったところに
実は1924年にですね
建てられたお寺がございました
そのお寺を建てたのがですね
日蓮州でありました高鍋二頭という僧侶なんですけども
やはり時代戦前ですので
やはりアジアに向けて進出するという考え方が
大変大きく広まってた時代でございますので
この高鍋二頭という方もですね
当時の主義として大アジア主義思想という
大変大きな考え方を持ち
モンゴルなどで布教活動されたそうなんですけども
当時なかなか戦時色が強い時期でもございましたので
こういった場所にですね
水木最初にお話ししました
アジアとの党とか白木に対しての国防施設ということで
大変アジアと深く関係する国防の施設ということでして
そういうところで高鍋二頭さんここに寺院を建てまして
まさにこうアジアに向けての布教活動
国威発揚活動をやっていたお寺の後ということでございまして
残念ながら戦後まもなく高鍋二頭さんが亡くなられまして
お寺の方もその後閉院して亡くなってしまったということで
現在は水上院後ということで後になっているわけなんですけれども
先ほど施設へのお話もしましたけども
もともとはやはり国防の一大防衛施設でしたけども
時代が変わりにつれて保養施設だったり
あるいはこういった振興活動の場にもなったりということで
水木と言いましても1300年の歴史の中で非常にさまざまな側面があるということで
少しそういった場所というのもご存じいただければなと思います
スピーカー 2
ここから階段が続いているんですが
およそ30段ぐらいありますね
その階段の上に水上院というお寺があったということですね
水上院後と看板が出ていますけれども
今は建物も何もなくなってしまって何もないということです
スピーカー 1
そういうところもあるんですね
いろんな方がそれぞれの思いで使われているというのが
保養地であったり寺院もあるということで
スピーカー 2
そういったいろんな長い歴史の側面も知っていただければなと
面白いですね
スピーカー 2
娯楽施設があったりお寺があったりと
いろいろなものを含めた
利用の仕方をいろいろ考えていらっしゃるんですね
昔の人は
スピーカー 1
菅原さんと水の跡を確認しながら
そして水上院の跡を見ながらやってきました
家が建ちました
道もアスファルト舗装に変わったんですけど
実はこの辺り
左手に水木がずっと続いてるんですけども
実は今まで菅原さんと歩いてきた水木跡というのは
基本的に元の地形
自然の地形を利用した場所でございました
そしてこの家が立ち並ぶ
ちょうど曲がってきました
この辺りからちょうど自然の地形が終わりまして
18:02
スピーカー 1
この先から人の手
いわゆる人工で作った土る家と切り替わっていく
大体この辺りから切り替わっていくそうなんですが
スピーカー 2
この辺の土る家高いですよね
20メーターはありますよね
スピーカー 1
木があるのでそう見えます
土で作った部分というのは
大体地表面から10メートル前後ぐらい
スピーカー 2
その土る家の上に大きな木が生い茂っておりますね
スピーカー 1
今は自然の地形も人工で作った部分も一体化して
一体化して自然に溶け込んでますけど
実はちょうど1350年前はうまく地形を利用して
なるべく労力を短縮したいものですから
いいところまでは自然の地形を使って
その先をうまく人の手で作っていって
繋げていく作業をして
この辺りからは人の手が
スピーカー 2
人の手がずんなり生えている感じですね
そういう土る家が左側にずっと続いています
スピーカー 1
本来であれば1350年前に作ったときは
もう土で作っていますので
木は一切生えていなかったわけなんですけど
やはり1350年という歴史は長い時間でございます
今だと本当に土の土類ですというよりも
木々で覆われた森が林が続いているという方が
皆さんイメージはしやすいのかなと思うんですけれども
今後やはり大きくなりすぎますと
この地石に水気本体に悪影響を与えますので
大農場主さん田沢市さんの方で
少しずつなるべく伐採をして
地石を痛めないように
整備を行っていこうということですので
ちょっとずつ見晴らしと言いますか
水気の本体の姿が見えやすくはなってくるかなと思います
スピーカー 2
そういう土類の跡を歩いています
土類のすぐ右側を歩いていますが
まもなくこれは西門の出口に出るような感じがしますね
これは西門から出てきた道路ですね
スピーカー 1
ちょうど歩いてきた道がT字路で突き当たったところ
それが水気の西門跡になっております
ちょうど大農場主さんの方に看板がありますので
それを見ながらちょっとご紹介させていただきたいと思います
スピーカー 2
ちょうど西門から来た道にぶつかったところで
左側へちょっと歩いています
西門の方ですね
スピーカー 1
ちょうどこの部分狭くなってますね
常用車1.5台分ぐらいでしょうか
2ホースには厳しいですが
これが当時の昔の幅そのままですね
残っている場所ですので
東門の方はちょっと広くなってしまって
面影がわからないのですが
西門の方はですね
その面影が残っている場所になっております
スピーカー 2
ここに特別施設水気跡という看板も出ています
太宰府夢広場から小田地の中の散策路を歩いて
21:01
スピーカー 2
水気西門へ出ました
この続きは来週をお送りいたします
ご案内はこと太宰府保存協会の学芸員田中健一さん
そして一緒に歩いたのはこの番組の津川ディレクターでした
スピーカー 1
ここで古代の福岡を歩くリポーター中島理恵さんです
こんばんは
今日はおいしいものをご紹介しようと思います
福津市にあります餃子の山鉢
だいたい寒くなってくると
宮山市のセロリを作ったおいしいセロリ餃子
出てるかなと思って本店に行ってみたらですね
もっとびっくりするワードが
優しい餃子がデビューしてたんです
スピーカー 2
優しい餃子ですか
どう優しいんでしょう
スピーカー 1
上りが優しい餃子って書いてあったので
やっぱり気になりましたよね
何がどう優しいのか
餃子の山鉢社長の藤本太一さんに聞きました
野菜だけを使用したお肉を使ってない餃子です
優しいんですか
優しさで包まれています
素材自体も優しいです
スピーカー 2
おー肉を使ってない餃子
スピーカー 1
ちょっと想像できないでしょう
今日持ってまいりました
普通に焼いてもおいしいけど
スープ餃子にするといいよとおっしゃったので
山鉢の極みだしというパックに入っている
誰でもおいしいお出汁が取れるやつに
入れてみました
スピーカー 2
優しい
ふんわり柔らかい皮の中に
複雑な食感が複数
いくつか歯触りがあって
スピーカー 1
野菜の香り
これは複雑な味
なかなかいい味出てくるでしょう
しっかりしてますね味もね
そうなんですよ
野菜だけだと頼りないのかなと思ったら
そうでもなくて中に入っているのはキャベツでしょ
ニンジン玉ねぎニラネギ生姜そしてニンニク
スピーカー 2
あーなるほど
そのあたりでね味に広がりというか深みがあるわけですね
スピーカー 1
甘みがねすごい口の中に出てくるんですよね
これおいしいなと思ったんですが
すごくな疑問が出てきません
餃子って肉なしで作るのかなりチャレンジングじゃないかな
スピーカー 2
そう思いました
スピーカー 1
でしょ
藤本社長に聞きました
ツナギがやっぱりいるんで
スピーカー 2
それはあのこんにゃくでこんにゃくペーストで
スピーカー 1
はい
めちゃめちゃヘルシーじゃないですか
めちゃくちゃヘルシーですね
スピーカー 2
あーそうこんにゃくをツナギに
スピーカー 1
そうなんですよ
だから全然肉成分がないので
お肉食べられない人
体に合わない人もそうですし
ベジタリアンとかビーガンの方にも安心して食べてもらえると
24:03
スピーカー 1
なるほどね
今再び坂田さん
止まらないんですよこれ
スピーカー 2
喋っててください
スピーカー 1
中を確認してますけどね
とにかく焼いても揚げてもおいしいんですけど
好み次第で本当に焼いても
タレつけて食べてもおいしいですし
一番こうやってスープをお鍋に入れたり
お出汁と一緒にいただくのがいいよっておっしゃるんです
スピーカー 2
おすすめですね
スピーカー 1
止まらなくなるんですけどね
ぜひこの優しい餃子
優しいのやさはですね
野菜と書いてやさと読ませてるんです
スピーカー 2
なるほど
スピーカー 1
ダブルミーニング
ネーミングにミーニング
意味両方かけてるんですよっておっしゃるんですね
この優しさもいっぱいなんですが
同時に実はお馴染みの黒豚餃子がリニューアルしてて
こっちは肉が粗挽きになって
ニンニクを増やして
この優しい餃子と両極端になるように
新しいラインナップが揃っててワクワクします
そして私の当初の目的
三山のセロリ餃子なんですけれども
今年4年目になりますね
スタートしました
この後5月まで作られる予定なんですが
やっぱり季節限定餃子の中でも
かなり売れ行きが良くて
女性ファンが多いんだそうですよ
でもほら
セロリって結構香りきついので
工場の中大変なことにならないのかな
もともと藤本社長はセロリが苦手な人だったんですよね
聞いたらこんな答えが返ってきました
三山のやつはあんまりないじゃないですか
美味しいですもんね
その癖がないっていうか
ついに言えるようになりましたね
はい
そこまで
あれが僕苦手だったんですよ
セロリの独特の香りっていうか
あんまりないっていうかですね
そうなんです
セロリを克服したい人にもぜひお勧めしたい
三山のセロリ餃子
山端の各お店だけじゃなくって
道の駅三山それからJA南地区号の直売所
愛妻館でも買えますので
ぜひ入手してみてください
あとお正月情報なんですけど
宮城岳神社の三堂で揚げ豚まんの販売も行えますので
お参りなさった後は
ぜひつまんで食べていただきたいと思います
あとお店新年は1月5日から開店します
ただその間も24時間買える本店とか
あと村方のモンテオット
鳥栖のモンテオットでも買えますので
正月餃子食べたくなったら
24時間営業に走ってください
スピーカー 2
いろいろ食べ比べたくなりました
中島リオさんでした
番組からのお知らせです
ホームページのご案内です
これまでの放送内容と
番組を1回目からじっくり楽しむことができます
27:03
スピーカー 2
RKBラジオのホームページの
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この番組は
宮城の企画協賛
餃子のヤマハチ
スピーカー 1
道の駅村方
スピーカー 2
草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたしました
まもなく令和6年を迎えます
来年もよろしくお願いいたします
ご案内は坂田秀大でした
スピーカー 1
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29:47

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