1. 古代の福岡を歩く
  2. S7 2回目はみやま市の梅野家..
2021-10-10 30:33

S7 2回目はみやま市の梅野家歴史資料館から

ご自分の敷地の中に神籠石の水門があって、さらに敷地の中の古墳から出土したものを展示する梅野家歴史資料館を紹介していきます。

ご主人の梅野泰生さんの御案内で紹介していただいた一番の目玉は、大きな勾玉でした。

瑪瑙でできた少し茶色がかった勾玉です。梅野さんが子供の頃一人で古墳の中に入りみつけたものだそうです。現在は他のガラス玉と共に首飾りにして飾ってありました。

あとは金の指輪が10個程と馬具の飾りの雲珠などもありました。

そして、梅野さんの父親の茂芳さんが村長だったとき、歌人の柳原白蓮さんが訪ねて来られた際、地元を案内し、そのお礼にと、もらった掛け軸が飾ってありました。

掛け軸には「永劫のすがたとみれば なつかしや そのいにしへの月天にあり」というご自分で詠み書いた掛け軸がありました。

番組後半は近くの蜘蛛塚を案内。



※写真は勾玉です。
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00:08
古代の福岡を歩くシーズン7 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる 古代の福岡を歩くシーズン7
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こんばんは坂田周大です 先週は宮山市の鎖山と神戸市についてお送りしましたが
今週はその神戸市の水門が自宅の敷地にあって さらに
同じ敷地の中にある古墳の中から出土した出土品を展示する資料館 梅の家歴史資料館からお送りします
お話を資料館の梅野康夫さん
それに宮山市の世田谷郷土司会会長の熊川武さんに伺っていきます
永谷水門が家の中にあるという広いお屋敷の入り口に
資料館というのが作ってありますね 今重い扉を開けてもらって中に入っていきますと
これはもう全部お居宅の中の古墳から
これこの一部ですねこれとか土器やら
一番目につくのはこの真ん中の長玉ですね 古墳時代
これ梅野さんが発見されたんですか 小学5年生の時に
03:01
東大の教授側の家が三冠山を作るということで 東大の教授側に梅薄町さんに来られて
たぶん1週間ぐらい滞在されてですね こういうのが出ましたけど
真玉は私が小学5年生の時に古墳の中に行って見つけました
いやーこの真玉がすごいんですよね
そして古墳を見つける時には
東大の先生は鉄の棒で叩いて
コンコンというところは多分石の蓋をしてあるから
泥を取って石の蓋を取って中に入ったんですよね
その時34機ぐらい 古墳が見つかりました
その中の一つにこれが入っていた
これは先ほどご紹介した村山賢二さんの 誰にも書けなかった山大国
山大国の本の中にも紹介されてますし それからこれなんですかね
これは歴史史実の古代の日本という形で
九州地を紹介されてますね その中にこの大きな真玉の写真が載っております
真玉はちょっと周りを加工してあって 首飾り風に作ってあったんですか
そうですよね いろんなところから推奨やら出たけど
それをかっこよく首飾りにした
こっちにしました
これ真玉は目のほうなんですか
少し茶色がかかった透き通った色をしてますね
これは古墳時代のものだろうということで
村山賢二さんご自身が発見されたということですごいもんですね
その横に金管指輪ですね
これは女性の指輪と男性の指輪とあるんですか
わかりませんね
細い指輪と少し周りが大きい指輪と
両方ありますね
それからその横に貝は貝で作った腕飾りですね
これも珍しいですね
これが芋貝ってですね
熊本大学の木下先生が家に来られて
ずっと設計図を書かれて
06:01
そして説明文を送って来られたんですよね
大体芋貝というのは
珊瑚の海に多く生息する巻貝で
日本では琉球列島や沖縄諸島で大市と書いてあります
南の海ですね
芋貝が弥生時代2800から1800年前から
古墳時代1800から1400年前に
腕輪やバグの装飾所材として
九州に多くもたらされたと書いてあります
それが貝輪ですね
それからその横にこれはバグですね
渦というこれは貝で作った最古の芋貝ですね
これは馬のお尻を飾るものですね
剣の指定になっています
ああそうですか
それから一種の塊って書いてますね
これは何ですかね
亡くなった時に人体にかけて
腐れないようにするためのものだそうで
死塊はですね
和歌なんかを一種で縫ってあったりするんですね
そういうものも出てるし
あと右側には20センチぐらいの
亀が1,2,3,4,5,6,7個置いてあります
こういうものもたくさん出てるってことですね
これが資料館なんですが
その他に見ていきますと
梅の剣のものですね
これで一番目につきます
掛け軸が広瀬炭総の掛け軸
これもすごいものですね
ひたの形でしたね
それからその横にあるのが百連さん
柳原百連さんの掛け軸
これはどういう意味があるんですか
うちの父親が村長の時にですね
昭和24年に
新船小屋に鎧を建設したんですよね
昭和29年に柳原百連さんが視察に来られて
多分新船小屋の清流倉で歓迎パーティをしたそうです
09:01
次の日に清水山を案内したそうです
百連さんは70歳で
父親は40歳
そして百連さんが清水山の階段を登るのが大変だったから
父親が少し怨無したそうです
それで百連さんがこの書と
父親は本にお礼の手紙もあるし書いてありますけど
お礼の手紙はちょっと探していませんでした
ひょっとしたら手紙が家の中にあるかもわからないということですね
そして百連さんの
百連さんというのは大正時代から昭和にかけての
家人ということで知られてますけども
炭鉱王の伊藤伝炎さんの奥様になられたんですけども
出版をやっている宮崎さんという方と
駆け落ちされた事件がありましたですね
そういう事件の方なんですけども
柳原百連さん
そして掛け軸のどういうふうな歌が歌ってあるかというと
英語の姿と見れば懐かしや
そのいにしえの月天にありと
なかなかいい歌ですね
もう一回言いますと
英語の姿と見れば懐かしや
そのいにしえの月天にありと
という和歌ですね
これ見事なもんですね
こういう掛け軸があります
そしてその横にありますのは
梅の毛の掛け図
これすごいですね
よく見ますとですね
菅原小吉と書いてますけども
これは菅原道真子さんのお父さんですね
お父さんからずっといって
梅の毛につながっているんですか
菅原道真子の娘さん
その道真子からいった孫が
うちの初代だそうです
そうですか
これに書いてありますけど
菅原梅野在門菅原純真
という人が道真の孫だそうです
そうですか
それからずっと掛けがつながっています
びっくりです
菅原道真子につながる掛け図が
ここに書いてあります
そしてあの兄さんはですね
黒田藩の大物頭やったんですけど
弟の人が信俊梅の孫
菅原信俊という人が
12:01
1625年にこの地に土山に住んで
そして池の上に天満宮を建立したそうです
1625年
そうですか
その天満宮は今でも残っていますか
残っています
水真似の銅像は飾っています
ただ屋代がちょっと腐れてですね
父親がコンクリートの神社にしています
私が小さい頃はちょっと階段上がって
土間の方に寝たりしていました
小さい時は
そうですか
今はありますけど
コンクリートで天満宮を作っています
後ほど大きな池があるんですよね
その池の方もちょっとご案内していただきたいと思います
それでは池の方をご案内していただきます
池に来ましたけども
池も広い池で
池のど真ん中に石の橋が作ってありまして
その池の向こう
石が、岩がいくつか飾ってありますけど
その上の方に菅原道真さんが建ったおやしろうがあるんです
はい、そうです
小さいおやしろうですけどね
菅原道真公につながる家系だという広い庭を持った
梅の家歴史資料館を
梅野康夫さんにご案内いただきました
今度は近くの久保塚という場所に移動しました
久保塚はこの番組で1回目からその足跡を追跡しています
神宮高号の伝承を持ったところです
引き続き熊川さんにご案内いただきました
宮益の園山の近く
久保塚というところに来ました
道路からちょっと入ったところに
鳥居がありまして
鳥居の向こう側に楼門があると
いう感じです。ここが久保塚ですね
そうですね
大塚という地域なんですけども
大塚の中の久保塚と言いまして
今は
鳥居の方には
大嶋鶴と言いますかね
大嶋鶴と書いてますね
書いてますね
そういう感じです
この久保塚どういう言われがあるんでしょうか
これがですね
日本書紀の方にも書いてあるんですけども
神宮高号の頃に
ですから日本書紀によると
15:02
駐愛天皇の9年の城ですよね
9年の3月ぐらいに
朝廷に反対勢力であった
田ぶらつ姫をですね
神宮高号がこちらにやってきて
討伐するという
そういう時の状況ですよね
神宮高号が福岡に船でやってきて
それから陸路ここまでやってくるという
討伐のためにやってくるってことですよね
駐愛天皇が亡くなって
その駐愛天皇の模が終わってですね
そしてずっと南の方にやってきまして
ここでこの地域の序村という
田ぶらつ姫をですね
討伐するというこの記事が
日本書紀の中には最初に出てきております
ですからここの地域を治めていた
田ぶらつ姫一族がですね
朝廷に反抗的であったというか
正体がまだはっきりわかりませんけれども
どうもね地域の資料を調べてみると
熊磯に通じ白木に通じていたとね
いうふうな地域の神社の縁起がありますよね
ですからある意味では
大和朝廷の神宮高号とは
対立的な関係であったと
ある人によるとこの田ぶらつ姫がね
神宮高号の暗殺を食われたととか
いうふうなことも言われておりますね
ですからこの地にやってきて
そして田ぶらつ姫を討伐したと
で激戦がこの宮城大和軍のところで行われたんですけども
その田ぶらつ姫をね討伐して
そしてその遺体がこの熊塚の方に
実は埋葬されたというふうな伝承が伝わっておりますね
そうですか
その遺体が葬られたというお墓が
ここにあるんじゃないかということですよね
それで鳥があってですね
その左側向かって左側の方に
塚がありますね
これがそうなんですか
そうですね
昔はなんかね血が流れてきて赤くなったとか
いうふうな話の弁償もあるんですけども
それはね末週の関係でしょうし
ただここが
遺体によると
神宮高号に破れた田ぶらつ姫の
亡骸を収めた埋葬したところであるというふうに言われてます
すぐ近くにね
ゴンゲン塚というのがあるんですね
そこは今度は神宮高号の味方の官軍
官軍の亡くなった兵士たちがね
ゴンゲン塚の方に埋葬されたというふうにも言われておりますから
対比的にねゴンゲン塚があって
すぐ近くにねこの雲塚があるんですが
18:03
官軍側のね
兵士たちの亡骸と今度は反対派の
田ぶらつ姫一派の亡骸を埋葬した
これが雲塚であるというふうに
考えられております
ちょっとこちらの方に
この鳥居からですね
10メーターぐらい離れたところに
雲塚という看板があって
そして小さな祠があります
この祠の下がお墓になってるんでしょうかね
そうですね
これが地蔵村ですよね
地蔵村が今ねお墓になってますよね
で向こうにもね大塚の雲塚の内容が書かれておりますけれども
一説によるとね
慶幸天皇
隣語ここよりも古いね
慶幸天皇の統制の時にもね
従わなかったものをね
制圧したと
その主張をね
葬ったところだともされてますよね
だから土雲の中においても
時代が慶幸天皇の代と
それからもう一つはね
神後皇后の代に
大和朝廷に遍かった
その人物をね
葬った地域であると
いうふうな形で言われておりますね
ここはちょっと小らかくなっておりまして
そうですね大きさが20メーターぐらいの
小さな古墳という感じですよね
そうですね
この古墳に葬られてるんじゃないかと
タブラツ姫が
ということですよね
昔はねこれも前方公園であったと言うんですが
道路工事等にね
二分されまして
片方だけが残ったというような形で
塩分の方が残った
そうですね言われてますね
そんなところですが
ちょっと境内に入ってみましょうか
この古墳の上に
親城が作ってありまして
その横からもう一度
鳥居の方に戻りまして
そして境内に入っていきます
鳥居をくぐって
境内に入りますと
楼門がこの楼門自体が
ものすごく古いですね
古いですよね
これは本当に地震があったら
壊れそうな感じですけども
何百年も経っているでしょうね
古い楼門がありまして
その楼門もやっぱり
武者像がありますね
そして中に入りますと
阿吽の像がありますね
21:00
狛犬がね
阿吽の像が迎えてくれまして
それから正面がね
これが一応
正面は綺麗な
これは建て替えた本堂になっています
正面に本堂がありまして
そして右の方に
昔の摂社みたいなのがありますね
古い神社が二つあります
段々と神社も行使されて
いくつかの神社がですね
こうやって境内に
行使されてますよね
この正面の本堂も
まあ綺麗に作り直されてるんですね
そして後ろを振り返りますと
古い楼門がありますね
本当に歴史を感じますね
そうですね
7、500年経ってるかもしれないような
本当に古い感じですね
そういった久保塚です
宮間市の梅の家歴史資料館の
梅野康夫さん
そして久保塚の話を
宮間市の世田谷郷土司会会長の
熊川武史さんに伺いました
ここで古代の福岡を歩く
リポーター中島理恵さんです
こんばんは
今週も宮間市の美味しいものを
ご紹介しようと思います
令和元年の農林水産大臣賞を受賞した
つまり日本一に輝いたかまぼこが
宮間のお店で作られてるんです
すごいですね
作ってるのは宮間市高田町の
江口かまぼこ
ひらがなで万葉という名前が
付けられてるんですが
せっかくなので食べてみましょうか
この真っ白いかまぼこですが
これねもう一目で手作りだと分かります
1本ね1800円するんです
ええええええ
ああよかった先に聞いておいて
うん
うん
今坂田さんの目が3倍ぐらいに開きました
ごまかしのない美味しさ
素晴らしい
でしょ
うん
どうどうどうなかなかないですよ
こういう
まあたかふむとこうモキュモキュ
っていう感じの音がしつつ
あのうま味がグググっていう音を立てるように
やってくるんですよね
うま味がねあの本当に
あの魚のすいみの美味しさが
ブワッと広がりますね
この今目尻が下がった下がったと
皆さんに見せたいな
これを作ってるのは江口かまぼこなんですが
代表取締役の江口和彦さんに
なんでこんなに美味しいのかと聞くと
まずはやっぱり魚だとおっしゃってました
お魚使ってるのが白口とエソとイサキ
これが基本だと
さらにそのすり身について
こんな風に話してくれました
特性があって
24:00
口だとしなやかだけど硬さがないとか
だからもうその特性を合わせて
自分が理想とするかまぼこを作るっていうか
これでも納得ですね
1本1800円美味しい
本当にこれはそれぐらいのこだわりが詰まった
その割合なんだってよくわかるんですが
もう一つの美味しさの理由はですね
この万葉だけじゃなくて
他のかまぼこもそうなんですが
イシウスを使って練るんだそうですよ
ほとんどの会社はブレンダーって言われる
カッターで切っていくっていうのが
まあメジャーなんですが
4倍ぐらい時間かかるそうなんですが
このイシウス練りをすることについて
こんな風におっしゃってました
食感が滑らかとか
やっぱり切ると潰すの違いです
だから繊維を切っても
どこまで切っても切るんですよ
繊維を潰すと
もう菌原繊維自体が全部バラバラになって
それが水分をものすごく含みやすいというか
水みじさが出てくるというか
あと余計な塩分とか調味料も少なくて
結構効果が出ます
予想と比べたら40%ぐらい
塩分が低いかなとおっしゃってた
びっくりしました
しかも天然塩を使って
お砂糖も天才糖を使うという
いろんなところにこだわりがあるんですが
すべて手作り板にすり身を7回塗って
蒸し上げていくんですね
万葉というネーミングについて
なぜ万葉と聞いてみました
令和元年の受賞したんですね
農林水産大臣賞で
ちょうど令和になってからの受賞式だったんで
せっかくだからもう
令和に関連する名前をつけようということで
令和が万葉市から来てるところで万葉とつけた
この味を噛み締めると
太古からの海の恵みもいただいてるな
という気持ちになるんですよね
そしてこの江口かまぼこ
さらに宮間らしい一品を発見しました
それがタカナ巻き
面白いですねこれね
すり身を宮間さんのタカナ漬けで
渦巻きじゃなくるりーんと巻いたものなんですが
せっかくなんで召し上がってみてください
これね外側にぐるりと羽根巻いてるんですが
中までちょっとぐるっと中にもね
渦巻きみたいに入ってるんですよ
タカナですかこれ
あう
早い早い早い早い
あう
口に入れた瞬間そうなりますでしょ
あそうなんです
おいしい
すごいんです
これね近所のおじいちゃんの特製タカナ漬けでして
それがまたねこのタカナ漬けの酸味と
魚のすり身の甘みがめちゃめちゃいい感じなんですよね
あう
うん
27:00
夜遅い時間にこんな食べちゃうとですね
大変なことになりますけど
でもそのぐらい
お酒飲みたくなる
叫びたくなるぐらいのおいしさなんですよね
他にも天ぷら類いろいろあるんですが
これもおいしくって
例えばその有明海苔じゃこ天とかね
これ海苔の香りがすごいんですよ
あとニラエビ天とか
あとゴマタカナ天
イワシごぼう天
本当にいろいろあるんですよね
この天ぷらに関しては
朝倉の遺伝子組み替えなしの
菜種油で揚げてるそうで
本当に原料にこだわりまくってる
いっぴんが食べられます
まああの
三山が本当にやべ川の河口であって
有明海沿岸なんだというのが
感じられるんじゃないかと思います
江口浜かまぼこのおいしさ
ぜひ噛み締めてみてください
中島リュウさんでした
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餃子の山端道の駅
室方の提供でお送りいたしました
ご案内は高田周大でした
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