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S6 19回目は神功皇后の足跡です。
2021-02-07 30:29

S6 19回目は神功皇后の足跡です。

「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんの足跡の2回目です。

河村さんの話では神功皇后の軍勢はおよそ1万人くらいだっただろう、という話です。

今回はその軍勢で香椎宮から羽白熊鷲の討伐に出発するところから。

羽白熊鷲は朝倉方面の山岳系の狩猟に携わる人達の集団。

一行は香椎から太宰府方面へ、さらに朝倉の中津屋へ。ここに本陣を張ります。

近くの砥上岳には神功皇后関連のたくさんの名前が残っています。砥上岳に上って付近の地形を調査したもので思われます。そして、羽白熊鷲を追いつめ秋月の方へ向かっていきます。

羽白熊鷲は最終的には嘉穂郡の大熊で討伐されたといわれます。

熊鷲の墓は現在は甘木市の水の文化村にあります。

この後、一行は宝満川を下って筑後川へ。さらに、有明海から矢部川を上り、山門の田油津姫を討伐。

そして、今度は佐賀市へぬけ、嘉瀬川を経由して糸島方面へ行くのです。

ここで、注目されるのは一行の足跡。不思議なことに邪馬台国山門説のルートである宝満川~筑後川~矢部川そして山門への道が重なるのです。
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00:08
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こんばんは坂田集大です 先週は綾杉ルナさんのお話で神功皇后関連の神社を訪ねました
今週も神功皇后の足跡をたどります 神功皇后の謎を解くの著者河村哲夫さんに伺います
河村さんの話前回は下関の豊良宮から歌詞宮までの話でしたが 今夜はその続きを伺っていきます
神功皇后は白城へも出兵していることから 皇后の軍勢はどのくらいいたのかそのあたりから伺っていきます
なかなかですねそれについて書くたる数は残ってないんですよね
朝鮮側のですね 航海堂の日にはですね
こう書いてあるんですよね 和軍が海を渡ってやってきてそして
くだらと白城を親民としたと それに反撃するために航海堂がですね
航海堂が南下しましてね 日本軍と戦ってるんですよ
その時にですね 1万人分の鎧かぶとを手に入れたと こう書いてますからね
ですから逆に言いますと日本軍は最低1万人以上 壊滅的な打撃を受けたという証拠はありませんからね
ですからまあ4、5万でいったんじゃないでしょうかね 最終的には
あ そうですね
あの行きのですね 行きの神社ございますが そこの伝承によりますとね
3,250席で朝鮮に渡ったという記録があるんですね
03:00
すごい数ですね
1席あたり10人で言いますと3万2千人でしょ
ですから3万から5万 その間かなという感じがしますね
ただ神宮皇后と中央秦天皇が 奈良から来ましてね
その時はせいぜい1万人足らずかなと思ってますけどね
ですから後の主力の兵はですね 九州で調配してと言いますか
動員かけて向こうに行ったと 4万人ぐらいをですね 3、4万人を
そういう感じかなと思いますね
そして神宮皇后はまず熊荘討伐ということで 向こうからやってきますね
それから熊荘は別の人に任せて それで八六間橋の退治に行かれるわけですね
その頃の軍勢というのは そのぐらいの軍勢で行ったんですか
たぶん1万弱だと思いますね せいぜい
という軍勢で八六間橋の退治に行かれると
神宮皇后の方に熊荘の方は任せちゃうということで
これで良かったんですかね
やっぱり一つは忠愛天皇が家臣で亡くなりましたよね
だからなかなか神宮皇后としては 急遽大軍を動かさなきゃいけませんから
鴨の家と言いますのは黄鼻一族なんですよね
黄鼻の鴨の家なんですよ
ですから黄鼻一族にですね
おそらくそういう反乱勢力と言いますか
そういったものを討伐させたと
またそこまで制圧したと書いてございますけどね 入守期には
その後に浅倉方面に神宮皇后が 自ら軍を率いてやってきたんですね
この八六間橋の退治にいらっしゃるわけですけども
八六間橋というのはどういうふうになったのか
おそらくですね
古書山とか甘木山とかですね
浅倉あたりに山々がありますよね
ですからおそらく山岳系のそういう一族かなと思いますね
農民ではなくて飼料系の山岳系のそういう飼料民族かなと
飼料民族というよりも飼料する人たちですね
そんな感じかなと思います
こういう人たちが従わないと言いますか
神宮皇后などに対してはまかってくるということですね
それで討伐に行ったということですね
まず神宮皇后一行は
嘉市から三笠川の上流へ
南下するというか
三笠川から沿いに法満山に向かっていくんですよね
途中例えば三笠の森とかありますよね
笠で笠が吹き飛ばされたと
その落ちた場所が三笠の森であると
06:00
その近くに大野樹脂の中というところに法満宮があるんですよね
中法満宮が
そこで玉より姫を祀ったと
こういう伝承が残されてますね
貝原必見先生の畜船の国
植布土器の付録のほうにですね
そういう記事がございます
御霊で玉より姫をお祀りしたと
玉より姫といいますのは
神武天皇のお母さんなんですよ
なんで神武天皇のお母さんの墓が
どうしてお墓があったのか
それを祀るための法満宮がなぜそこにあったのか
これは一つの大きな謎ですよね
そこへお参りに行って
何か深い繋がりがあったんですかね
昔から
経図は
鹿之島の安住一族の経風はもうないんですけどね
長野県の穂高神社のほうに残ってるんですよね
それを見ますと玉より姫は
安住一族の女性であると
お姉さんが玉より姫
豊玉姫ですよね
山崎子の奥さんになった人
豊玉姫は山崎子と巡り合いますよね
青岸源の絵でも有名ですけれども
彼が渡津宮に逃げていくんですよね
お兄さんの海幸子と対立しまして
釣りばらんを亡くして
渡津宮というのは
どうも鹿之島あたりじゃないかなという感じしますね
ですから安住一族の渡津宮に彼は逃れてきたと
そこで豊玉姫と巡り合い
そして玉より姫は後続になったんですよね
うがやふきわずと結婚しまして
産んだ子供が神武天皇なんですよ
ですから墓形で言いますと
天皇家の先祖は玉より姫であると
そして彼女は安住一族の女性であると
こうなるわけですよ
ですからおそらく本門川沿いに
墓が作られたと
こういうことだろうと思いますね
そうですか
いわば天族といいますかね
それの繋がりという感じなんですね
それで参拝した後ですね
今度は太宰府の方へ行って
山江を通って
戸神というところに
戸神ですね
あるいは渡津宮といいますね
渡津谷神社
渡津谷神社というのがありますね
そのあたりに本陣を敷くんですか
だって本陣敷いた場所は渡津谷といったようですね
戸神神社といいますのは
そこに池があるんですよね
その池で兵器を
いよいよ朝倉城に入るものですから
熊橋の本拠地に
そこで兵器を研いだという意味で
戸神神社
あるいは後ろの山は戸神だけというんですね
ですから神宮公伝書はこの後いっぱい残ってます
09:03
ここにはたくさんの人たちが
どういうふうな話が残っているんでしょうか
そうですね
ずっと山に戸神山を登りますと
途中にミソギの春とかありましてね
そこではミソギをした後でないと
登れないという場所があるんですがね
例えばサヤンカビとか
それから神宮皇后の馬の足音の
足のそういった形をした岩だとか
神宮皇后の兜の傾った石だとか
そんな伝承がいっぱいありますが
そんな大きな石を被ったわけありませんし
被れるわけありませんし
しかしながら神宮公伝書が
この山のふもとからずっと上のほうまで
点々として残っているという意味では
非常に重要な場所ですね
そうすると神宮皇后も
その山に登ったんじゃないでしょうかね
神宮皇后は山が好きと言いますかね
よく山に登ってらっしゃるじゃないですか
地図がありませんからね
山の上から見渡しますと地形が見えますしね
そういう意味では
国見をしたんじゃないでしょうかね
国見といえば
目配山っていうのがありますよね
そうですそうです
ここでもやっぱり神宮皇后は
その山に登って
見たんですかね
そうです国見をしたんですね
どなたに熊足の兵がいるのかとかですね
地形はどうなっているかとか
そういうやっぱりいろんな戦術を
練ったんじゃないでしょうかね
この目配山の南の方の斜面にはですね
栗田八幡宮っていうのがあるんですけども
これが松尾八幡宮と言われるところ
というふうに言っていいですか
実は日本史記の中にですね
仮の宮と言いますか
杏宮と言いますか
神宮皇后の本拠地を置いたんですよね
それが松尾の宮と書いてあります
その松尾の宮の伝承地が
栗田八幡と言われてますね
現地には石碑も立ててますね
そしてどんどんこの八六回しを
追い詰めていくわけですけども
朝倉市の鳥居というところがありますね
この辺まで追い詰めてくるんですかね
ですから栗田八幡があります
松尾の宮がそこを本拠地にして
禅神基地にして
それから大波神社がありますよね
それから小石原が昔安川と言ってましたが
それを秋月の方に登ってきましてね
そして秋月の一方手前から右に曲がりましてね
ぐるっと迂回して
そして寺内谷の方向に進むんですよね
その辺り一帯がだいたい
熊足の本拠地と言われてますから
その辺り激戦の後あるいは
弓矢を作ったりですね
いろんな伝承がこれまた無数に残ってますね
寺内谷の近くに矢の竹神社というのがありますよね
ここで皇后軍は竹を仕込んだということを聞いてますけど
12:03
実際に矢の竹神社行ってみると
竹林がありましてね
ありますかね
私も昔行ってた時記憶あるんですけど
最近行ってませんので
矢の竹をですね
篠竹と言いますかね
それが生えてまして
それで弓矢を作ったと
こういう伝承ですね
この辺で討伐されるんですかね
そうですね
実は彼はですね
皇后軍の方に逃げていきまして
山植えしまして
小島沢を越えましてね
今大熊という地名が残ってますけど
そこで討伐されたもんですから
大熊という名前になったと
こういうふうに言ってます
彼の墓はですね
今 水源の森基金と言いますかね
天木水の文化村がありますよね
そこの事務所の横にですね
今作られてますよね
そうですね
なんかこじんまりした小さい小墳の
寺田に沈むということで
村の人たち地元の人たちが
上に置いてですね
永久に残そうという
努力されたみたいですね
なんかこうこじんまりした墓ですもんね
そうですね
そそ木野で
雷山付近にもこのそそ木野っていうのがあって
そそ木野で討伐されたっていう伝説
日本書紀はそそ木野と書いてあります
これはいろんな方が
どこだろうかというふうに解釈されてますが
雷山の説も有力なんですね
ただしかし
古書山が当たるまで来ましてね
いきなり雷山まで行くというのは
また遠いですからね
ありえませんから
そそ木野というのは
地元にはすすぎばるという場所があるんですよ
注ぎ水が注ぐ場所ですね
川の水が
ですからそういった注ぎ
すすぐ注ぎ
それが残ったんじゃないでしょうかね
ちょっとあのあちらは
雷山のとは全然方角違いますんでね
違いますね
でも向こうにはそういう伝承残ってないんですよ
人口を攻めてきたという伝承は
ああそうですか
もちろん立ち寝たという伝承はありますが
のんびりと国あり来てますからね
ということは浅倉郡のすすぎばる
すすぎばる
古書山のふもとですね
秋月が近くこの辺りだろうと思いますね
はいで討伐されて
そして討伐した後ですね
大満川方面に引き返して
大満川を下って大氷市の大小江へ出られるわけですね
今夜は神宮皇后の謎を解くの著者川村哲夫さんに
神宮皇后の足跡を伺っています
神宮皇后一行は八代熊和氏を討伐して
今度は三山氏の祖山を拠点とした
田ぶらつ姫を討伐すべく
大満川を下って大氷市の大穂へ出ます
15:00
ここの大穂神社にはびっくりするような話が残っているのです
カシーで亡くなったという中藍天皇
実はこの地で亡くなったのだという伝承がここに残っているのです
日本書紀古事記ではですね
中藍天皇はカシー群で突然亡くなれたと
ある意味ではお祭りの最中にですね
そういったことを書いてあるんですが
日本書紀では一緒にですね
どうも熊人と戦って亡くなれたという
そういう伝承も残しているんですよ
実際この三世大霊石神社がありましてね
大きな岩が御神体なんですね
これはどういうことかと言いますと
この場所で中藍天皇が戦って敗れた
ここで亡くなったと
それを塊として
塊と言いますか御神体側に大きな石にですね
よろり兜を着せて朝鮮に渡ってですね
神皇がそしてまたここに御神体としてお祭りしたと
こういう伝承なんですけどね
ですから2種類があるんですよ
中藍天皇のどこで亡くなったかという説ですね
ですから三世大霊石の社伝ではですね
日本書紀の一緒と合いますんでね
だからもう今から千数百年前の話ですから
どちらが本当なのか
分からないというかですね
そして神宮皇后一皇は
四国河を下って有明海に出て
三山市に入って
大和で田村津姫の討伐に入るということですね
この田村津姫というのはどういった人物だったんでしょうか
これもですねやっぱり山の山中と言いますか
山々を討伐する三角形の女性だろうと思いますね
ですから先ほどの熊橋と同じように
でも三角形の人たちが
あんまり朝廷の意向に従ってないと
どうして討伐されたかと言いますとね
日本書紀にはこう書いてあるんですよ
三木立松らず税金を責めないということなんですね原因は
ところが農業してるそういう人たちはですね
米の一定限度一定率を収めれば税金でやれますよね
ところ三角形の人たちは鹿を一頭捕まえたときに
じゃあどうやってそれを朝廷に収めるのと
そういう問題根本的にありますよね
だからどういうおふれを出してどういう対応したのかですね
肉にしても乾かして送るには大変ですからね
しかもどれだけ何頭取って何頭分を差し出したか分かりませんよね
だから後の時代に蘇養町という税制ができましたけどね
荘は米ですよね基本的には
養はもう分からんから働けと妊婦として税の代わりにしようと
18:05
町は特産品を出せましたね解散物とか
いうのに少し体系化されていったんですけどね
この頃税の体系差の方が分からなかったんですから
何で俺が脱税したのか分からんで追いまくられたということもあるかと思いますね
武力で反応したんじゃないと思いますね
どうも命令に従わないというだけで
どうやってしてあったらいいのか分からなかったというのもあったかもしれませんね
というわけで田村津姫を討伐して
今度は神宮皇后1校は佐賀の方に入られるわけですね
はいはいそうですね
佐賀の方ですね
で河瀬川を進んでいくと
佐賀市の方に入れられると
堀江神社というのがありますね
あそこと神宮皇后との関連はどういうふうな
先ほどの背高に戻りますけどね
田村津姫は女山という場所を拠点にしておりましたよね
ここはいわば山田彦九州説の聖地なんですよね
以前の
それと現在安本美天という先生はおられますが
まさしく天城朝倉方面に山田彦があったという
最新のある意味では山田彦九州説のその場所ですよね
ですから神宮皇后の伝承地を見かけますとね
必然的に山田彦九州説と被ってくるんですよ
有力地と
相当ですね
ですから山田彦研究の上でも
神宮皇后の神皇基地と言いますか神皇地と言いますか
これ非常に重要なんですよ
重要ですね
重要です
だから今佐賀に上陸しましたよね
堀江神社
なんでかと言いますとね
弥生時代と言いますか
からあと神宮皇后の時代はそこあたり港だったんですよ
堀江神社が
ですから佐賀池の裏側でしょう
ですからそれから河岸線までも何十キロもありますよね
それ全部港水の埋め立てとか
海がずっと向こうに行ってしまったんですよね
ですから人工伝承を追いかけまして
当時の地形も見えてくるんですよ
ですから堀江というのは
ちょっと入江をこう人工的に少し整備したんですよね
掘って
そこには傾向天皇もここに来られたという伝承があるんですよ
山田家もここに来たと
ですから神宮も来たと
ですから古代のそういう港があったと
いう場所が堀江神社かなと思いますね
それから
加瀬側の上流と玉島側の上流は近いんですよ
すぐ船を担いで
杉の川に渡ればすぐ行けますから
そこから下っていくんですね
唐津の方向に
下って
あゆ釣りを楽しまれる
21:00
彼女はですね魚釣りが好きなんですよね
もともと琵琶湖の太田の坂田郡あたりで生まれて座ったみたいですから
やっぱり琵琶湖で泳いだりですね
魚を釣ったりしてたんでしょうね
ですから玉島側で
早速あゆを釣りましてね
ただ大義名分が必要だったんでしょうね
魚を釣れたら挑戦失敗成功すると
釣れなければ失敗だみたいなことで占いをされたんですね
だから自分の子供の糸をちょっと抜き取ってですね
それを釣り板にして
近くの竹をやっぱり取ってきて竹沢にしてですね
そして針と言いますかね
釉針を曲げて釣り割りして
そして小水をつけて
釣ったところはたちまちあゆが釣れたと
ですから魚園に占うと書くのはこの神宮皇后の伝承以来ですもんね
なるほど
神宮皇后の足跡
今夜は神宮皇后の謎を解くの著者
河村哲夫さんにお話を伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島梨恵さんです
こんばんは
今月から道の駅村方のオンラインショップがリニューアルしてるんです
オンラインショップをやっていたのですね
今日知りましたね
道の駅とオンラインショップってなかなかイメージが湧きませんでした
実は今ね全国に道の駅が1180個あるんですね
1180施設が正しいですね
この中でオンラインショップをやっているのは106
1割に満たない
そうですね
9%なので確かに珍しいは珍しい
道の駅村方のオンラインショップがどう新しくなってきたのか
英会派2部部長の工藤達也さんにお話聞いてきました
まずは商品の説明だけじゃなくもうちょっと深いところになってるぞっていうのが楽しいところ
オンラインショップでこれ面白そうだなと思ったらポチッとすると
その商品の内容がこういうものですよっていう成分表示なんかされてるんですが
例えばオリジナル商品で人気の村方ケチャップ
村方特に福津のトマトを使った
手作り感あふれるケチャップっていうのがあるんですが
これ今までも商品説明されてて
こういう感じになってますよっていう成分表示なんかもあったんですが
新しくリニューアルするとさらにこんな形になってるんです
トマトは村方のトマトはどういうふうに作られてますよとか
こういう食べ方がありますよっていうような提案もしっかりとさせていただいて
ただケチャップがあるよということだけじゃなくてですね
畑とか生産者のことが思い浮かぶような
そういうふうなところも作り込みをどんどんしていこうかなと
なるほど
今まで例えば実店舗で売り場のスタッフに聞いてみたりとか
あと表示がされてたりポップが出たりしてますが
24:01
こういった情報をつかむしかなかったんですが
それでもまだ間に合わない部分までじっくりしっかり
しかもお家でスマートフォンやパソコンなどで見ていただけるっていうのが
一つ大きく変わってくるとおっしゃってました
さらにリアル店舗では季節季節のものを出してるんで
何々フェアっていうのをやってるんですね
今も例えば実店舗でもやってるんですが
第1弾としてこれ同じことをオンラインでもやっていこうと
2月の中旬から回送フェア
それから2月3月にかけては金崎フグフェア
それから天然トラフックフェア
さらにその後は3月になったらイチゴフェアとか
5月になるとタイのゴチアミ漁が解禁になるので
この辺のフェアも企画したいなぁなんておっしゃってるんですよね
この季節感がないもの今までね
どうしても定番商品がオンラインショップにあるというイメージだったんですが
そうではないと工藤さんおっしゃるんです
リピーターになって今何やってるんだろうとかっていうことで
お客様にしょっちゅう覗いていただけるように
やっぱり今シーズンレースになって
回送もエンゾワカメとかで日持ちするようにはなってますけど
やっぱり旬のものを旬の時期に食べるというのは
その時が一番やっぱりおいしい
栄養価も高いとかっていうのがあるので
その時にその雰囲気の季節の雰囲気と共にいただくっていうのを
してもらいたいなというところでですね
いいですねきちんとされてますね
もう作りっぱなしってとこ多いなか
本当決め細かです
だからオンラインでもその季節感とか
ライブ感を出していきたいとおっしゃってるんで
結構大変ですよねって言ったら
大変ですっておっしゃってましたけど
でもあの提案すると例えばお買い物してくださった方が
あのツイッターだとかインスタグラムとかそういうSNSで
こんな風にして食べましたとかっていうのをやっぱり
あげてきてくださると
すごく楽しくなるやりがいもあるっていうふうに
都道さんおっしゃってたんですよね
で今後はそのやり方として
いろんなものを出していけるようになるので
今までこの実は出品してなかった野菜だとか
果物こういったものも出てきますし
あとあのたくさんの量出品できないから
出品を諦めてたっていう出品者の方々が季節限定とか
個数限定とかいう形でいろんなものを出してくださるんで
より実店舗にはない面白さっていうのも
出てくるんじゃないかっておっしゃるんですね
そうしますと販路も拡大するんで
作り手の方も新しいことにチャレンジして
また新しいものが商品として出てくる
そんな楽しみを期待できそうなんです
でこのオンラインショップの役割について
工藤さんこんな風にもおっしゃってました
お客様をリアル店舗でもファンにするけど
オンラインショップでもファンをどんどん囲い込んでいきたいなと思って
でオンラインだけでしか購入してる方とかない方も
その後はやっぱりこうコロナ
アフターコロナには買い物に来たい
皆方行ってみたいっていうようなですね
そこが全体的につながっていけば
27:01
地域も活性化するのかなと思ってですね
そうなんですよ
やっぱり地域が元気になる原動力が
道の駅のいいところでもあるかと思うんですね
で今月末までこの道の駅
皆方のオンラインショップのリニューアルを記念して
送料無料かつ10%オフになってるんで
ずいぶんお得ですよこれは
デビューには持ってこないタイミングじゃないかと思います
詳しくは道の駅皆方を検索してみて
ぜひオンラインショップに覗いてみてください
リポーター中島リエさんでした
番組からのお知らせです
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これまでの放送内容と番組を1回目から
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この番組は宮間市の企画協賛道の駅
皆方餃子の山端の提供でお送りいたしました
ご案内は高田秀大でした
×少女隊の春野キーナと
青井リロアです
RKBラジオでお送りしている
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