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2024-04-21 30:31

ST-A 「安曇族の足跡を探る」の3回目は海人族と神功皇后

安曇族の本拠地だったといわれる志賀海神社には数多くの神功皇后の話が伝えられています。
そこで、今週は神功皇后とは一体どんな人物なのか、海人族とのつながりを探っていきます。
話は「神功皇后の謎を解く」の著者で歴史家の河村哲夫さんに聞きます。
河村さんの話では、神功皇后は4世紀の終わり頃に活躍した人物で息長帯比売(おきながたらしひめ)という人物。琵琶湖の近くで産まれ育った人で釣りや海に潜水するのが好きだったのでは、ということです。
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00:02
古代の福岡を歩く ステージA 海の道から空の道へ 安曇族の足跡を探る
この番組は安曇野市観光協会 安曇野市大王わさび農場
塩尻市観光協会 FDA富士ドリームエアラインズの企画共産
餃子の山鉢の提供でお送りいたします
キャベツ、ニンジン、タマネギ、ニラにネギ 野菜だけで作った優しい餃子ができました
お肉が食べられない方も 安心してお召し上がりいただけます
餃子の山鉢の優しい餃子です
こんばんは 酒田周大です
安曇族の足跡を訪ね まず安曇族の拠点であったと思われる
鹿の島と鹿海神社に伝わる祭りを中心に見ていきました
そうすると神功皇后と結びついた話がたくさん出てきました
そこで今週は怪人族と神功皇后との関係を調べていきます
神功皇后は古代の福岡で何回か取り上げましたが
日本書紀にありますように 中川に作多のうなでを作った人物として登場します
作多のうなでは現在も実際に使われている灌漑用水路です
この神功皇后と怪人族との関係は大変深いつながりがあったと見ていらっしゃる
神功皇后の謎を解くの著者で歴史家の河村哲夫さんに話を伺っていきます
河村さんは神功皇后を4世紀末頃に活躍した人物だと見ています
神功皇后の娘さんなんですよ 行きが長いと書きますね
実は美枠の太りの坂田郡という場所がございまして
そこのご出身なんですよ 生まれも育ちも 沖永一族そこですからね
その沖永一族というのは怪人族のどうも親分みたいな感じがありましてね
03:05
鹿之島の怪人族がおそらく美枠をあたりに行ったんじゃないかという話がございましてね
ですから現在滋賀県というでしょ 滋賀県も鹿之島から来てるんですよね
そして美枠はですね 安住の怪人族がそこを束ねてるんですよ
そういう伝説がございます
その太りにですね 沖永一族の娘さんとして生まれたもんですから
彼女はですね おそらく美枠で泳いだりですね 水浴びしたりですね
そういう暮らしをしておったんじゃないかと
沖永というのがですね 天山の習慣があってですね
湖の中に潜って魚とか捕るわけですね
その息が長いと
息を止めたね 海に潜りますからね
言われがあるんじゃないかとも言われてるわけですね
ですからまさしく彼女はですね
怪人族の しかも鹿之島とちょっと関係のある怪人族のお嬢さんじゃなかろうかと
いうふうな私は推測しております
ですからこちらに来られました時もですね
いろんな伝承がありますけども 例えば
そうですね 魂島側 沢原で 鮎を捕らえたとき
魚釣りとかあんなの好きなんですよね
なるほど
ですから彼女はもともとですね
やっぱりそういった海とか川とかですね
そういう怪人族としてのですね
いろんなそのなんて言いますかね 関心をお持ちの方じゃないかなと
ですから日本最初 日本で初めて朝鮮半島に渡って
白城に攻めたという話ですが
やっぱりそういう海を渡っていきたいと
あるいは彼女の血の中にはですね
女系の方ですけども 雨の日暮子という白城の王族の血が入ってるんですよね
雨の日暮子
ですから彼女としては非常にそういう海とか
そういうなんて言いますかね 海を渡るとか
そういう風なこう
そういうなんか衝動と言いますかね
そういうあれを持ちじゃなかったのかなという感じも見受けられるんですね
そういう気もいたします
そういう釣りをしたという話がね
そうですそうです
それからなんて言いますか
こちらについて豊浦の宮で潜って
なんて言いますかね 万獣貫獣みたいな
こういうあれを掘り当てたと
取ったとかですね
雨さんですよね 武蔵くん
そうですね
それから迂回の話なんかも出てきますね
そうですよね
好きなんですね
好きなんですよ
ですから魚釣りとかですね
そういう海に潜るとか
そういうのが大好きな女性になる気がしますよね
そうですか
06:00
じゃあこの怪人族の話をするにはぴったりの人
ぴったりだと思いますね
この怪人族というとですね
福岡近くには鹿の怪人族と村形の怪人族という怪人族が
昔いたという話がありますが
まずこの鹿の怪人の方ですね
鹿の島の怪人の方からちょっと入っていきたいと思いますが
ご主人のように鹿の島の怪人族
安住一族と
安住という名前ですよね
そしてですね
日本最古の伊沢薙と伊沢薙の神
特に伊沢薙がですね
出雲に行きまして
そして伊沢薙の
多分お葬式に立ち上がる方は私推測してますが
ちょっと汚いものを見たと
まあいうことで
こちらでみそぎをしますよね
でそのみそぎの中から生まれたと
そして生まれたのが渡墨三信
そしてケゴ三信
あるいは隅吉三信とこういうことで出ますけども
ですから伊沢薙と関係する神々
渡墨三信が安住一族の宇治神なんですよね
ですから日本最古の怪人族であると
こう言ってもいいかと思いますね
あーそうですか
ついでながら申し上げますと
宗方の怪人族はですね
天寺御神と室野王の御祖
御系と言いますかね
そういうのが生まれたという伝承がございますが
これも神話ですけどね
ですから順番から言いますとね
神話の順番から言いますと
安住が古くてその後が宗方なんですよ
あーそうですか
天寺御神の前が
なんて言いますかね
安住一族で
その後が次の代が宗方の怪人族と
こういう順番かなと思います
ただしですね2つもよく似てますのは
安住の怪人族はどうも額に入れ墨をしていると
そして宗方の怪人族はですね
胸に入れ墨をしたから宗方だと
こういう話があるんですよね
ですからやっぱり入れ墨をする
そういう習慣においては両者共通してますけども
若干その入れ墨の仕方が違うということかなと
だけども限界など響きなどは含めまして
同じ海域ですよね
ですから日本を代表する怪人族が
やっぱり北部九州にいたと
そういうことは間違いないと思いますね
安住族と言いますか
怪人を統率した人の名前で
菓子にいた大浜小浜という人物が出てきますよね
これは代表的な安住族という言い方していますか
それは神宮公園よりも2代前の
09:01
慶光天皇の時代の人物のようなんですね
そうなんですか
第十二代慶光天皇の時代にですね
日本書紀を見ますと慶光天皇が九州に来られたと
慶光天皇と言いますのは山手丈のお父さんなんですね
こちらに来られまして九州をずっと巡行されると
神武天皇以来初めておいでになった天皇だというのが
日本書紀の建前なんですけどね
その時に水崎を案内しとめたのが安住族なんですよ
ああそうですか
そしてですね今浜尾という場所がありますよね
大浜小浜から出たとその名前が
という話もございます
ですからやっぱり朝廷と言いますかね
山手朝廷の御用軍団と言いますか
御用怪人族と言いますか
そういうことかなと思いますよね
例えば神武皇后の子供さんが大神天皇ですね
大神天皇の時代にですね
大浜のスクネがですね大浜のスクネが
全国の怪人族の御子供子と言いますかね
長官になったということが書いてございます
ですから先ほどの慶光天皇に随行した
そういう安住一族
そして神武皇に随行した安住のイソラ
そして大神天皇の時代にも
全国の怪人族の統領になったと言いますかね
そういう一族の系譜なんですよね
大浜のスクネ
この人が祀られているところは浜尾神社
そうですね
歌詞ですね歌詞宮のすぐ近くですね
ということでその歌詞宮のすぐ近くというと
神宮皇后と関係してくるということで
そうですね
神宮皇后がこの歌詞浜で
神占いというのがありますよね
この辺から神宮皇后がずっと
一緒に登場してくるという感じがするんですけども
神宮皇后が朝鮮執兵をしたいと
神宮皇后が朝鮮執兵
神の神占いと言いますかね
そういう神様のおつけによって
朝鮮執兵しなくちゃならないと
いうふうに考えたんですけど
成功するかしないか占ったんですよね
歌詞浜で
まだもう身をもだったんですけどね
中外天皇亡くなった後なんですけども
そこで長い髪をですね
海水に浸して
それが2つに分かれたら流れで
2つに分かれたら成功すると
それがそうならなかったら
12:00
バラバラと言いますかね
一つになったり
うまく2つに割れたら成功するけど
それを占いをされたんですね
どうしてもうまく2つに分かれたと
いうことで
今は少年の置き合いに小さな神社がありますよね
たぶんそこだろうというのが
神原一賢先生の説なんですよね
三島というところですね
三島ですね
そこで神占いをして
神が2つに割れて
結局それで水羅を言ったんですね
男の格好をされた
これ恐らく
天寺聡神がですね
やっぱり三郎とちょっと
ちょっと揉めた時に
彼が訪ねてくるという時に
そういう断層されましたよね
それを踏まえた格好じゃないかなと思ってます
ああそうですか
いざ神宮の時には男の格好をするんだと
そういう伝統があったのかもしれませんね
近くに川尊塚とか三郎居塚とか
ありますもんね
ございますございます
歯科の改善の話はだいたいこんなところですかね
もっと申し上げますと
恐らく日本の古代史というのは
那国から始まっていると
那国の時代から始まっていると
その後も山田君の時代が始まるんですけども
この那国の時代紀元前後の時代ですね
実はですね非常に
この海から見ますと非常に広大なスケールを持っているんですよ
まずですね亀冠が出ますよね
特に福岡地区支援家を含めて亀冠が出ます
紀元前後
おそらく那国の時代のそういったもんだろうと思うんですが
実はですね亀冠の中からいろんなものが出ますよね
まず一つは例えば
糸井川の悲水なんかも出るんですよね
マガタマが
この福岡から糸井川のまで
約800キロ900キロあるんですね
ですからおそらく海の交流があったと
そう考えないと糸井川から悲水
こっち持ってこないんですよね
それからもう一つがですね
亀冠の中に埋葬された人の右腕からですね
沖縄産のゴフラ貝
あらゆる女性だったら芋貝
そういったものを撒いたのが出てくるんですよね
ですから沖縄までといいますとね
やはり800キロ900キロあるんですよ
それからもう一つ申し上げますとね
亀冠の中から禅冠経
禅冠の時代の鏡あるいは刀剣だとか出ますよね
刀とか剣は
それは一番近い大砲軍
落狼軍あたりまでから入手した可能性が高いと思いますが
そこまでやっぱり800キロ900キロなんです
ということはですね
15:00
古代の紀元前からですね
この北部旧市の怪人族は
東西南北約800キロ900キロを航海しておったと
すごいですね
すごいんですよ
これは大したもんなんですね
ですからやっぱり日本はですね
島国であるがゆえにですね
独特の航海術を持っておったんじゃないかと
太平洋諸国としては同じように
島々と同じようにですね
ただどんな船に乗っていったかまだわからないんですけどね
古文時代といいますか
後の時代は純航造船といって
丸組船に側板をつけたような
ちょっと大型船を作るんですけどね
じゃあ弥生時代の紀元前の弥生時代に
どういった船で伊東側に行ったのか
沖縄に行ったのか
朝鮮半島に行ったのかという
情報ないんですよ
まったく
ですから太平洋諸国は割と
イカダ船みたいな相当船のですね
そういうもので行ってみたいですが
一般に言われてます
丸組船だったらですね
あれはくるくる横に弱いんですよ
ひっくり返るんですね
ですから丸組船でですね
そういった航海できないんですよね
ですから
ひょっとしたらまだ見つかってない可能性が非常に高いと
しかし太平洋諸国の島々のそういったものを考えればですね
やっぱりそれと共通のなんか
イカダ船みたいな
あるいは二つ組み合わせたような
転覆しにくいようなですね
丸組船を二つ繋いだような
欲入れに強いような
なんかがですね
そういう仕掛けが古代人を持っておったんじゃないかと
独特の船をですね
いう気がするわけですね
それがないとなかなか大航海できないんですよ
800キロ900キロはですね
そういう思いが最近私してます
それからもう一つありました
鹿梅神社に関してですね
ここには神宮皇后の伝承がたくさん残ってますよね
鹿の島もあちこちも神宮皇后の伝承だらけですよね
例えば
金銀が出ました場所
金の岬と言いますよね
でも私はひょっとすればですね
金の岬じゃないかと
一般には神宮皇后が願いが叶ったと
朝鮮から帰ってこられてここに来られましてね
そして願いが叶ったという意味で
金の岬という名前になったと聞いてますし
あるいは霞とかですね
あるいは買ったから霞だと
そういうことで一般には言われてますけども
特には金の岬というのはひょっとすれば
暗号じゃないかと金が金銀がここにあるよと
それはもう邪推ですけどね
考えすぎですけど
まあそのように
18:00
もうあちこちございますよね
まあ四五十あるんじゃないですか最低でも
結局あれですかね
あそこに神宮皇后の伝承が残ってるということは
朝鮮出兵されて戻ってこられた時に
風雨にあって上陸されたあたりが
あの辺になるんですか
いや上陸地はですね
いくつもの伝承があります
ちょうど行きから失敗される時に
暴風に割れたみたいで
まず一つがですね
糸島にございます
上陸されたと
二つ目が鹿の島
三つ目がですね
村形ですね
あちら三ヶ所ございます
結構流されたんじゃないでしょうかね
向こうの方にずっと
竹本静之なんかは
ある役界周りで帰ってきたという伝承ですもんね
そうですね
帰りはじりじりになったと
暴風ですかねあれは
多分そうだと思いますね
ちょっと油断したんじゃないでしょうかね
もう行きまでやってきたもんだから
もうすぐ九州も見えますからね
慌てて帰ろうとされたんじゃないでしょうかね
では神宮皇后より前の時代から
怪人族というのは活躍していたのでしょうか
川村さんは
神宮皇后以前の
紀元前ぐらいからですね
やっぱり日本の古代の怪人族というのが
やっぱり活躍を始めていると
いうことは言えるかと思いますね
特にこの玄海の田の
安住一族と
村形一族の
おそらく土台があったと
それともう一つはですね
やっぱり
出雲が当時の一つの文化圏ですからね
出雲にも何か何がしかの
こちらの九州に匹敵するような怪人族
いたんじゃなかろうこと
あるいはですね
あるいは
薩摩ハヤトとか言われますけども
ハヤトという言葉がですね
海を早く行ける人たちだという伝承もあるんですよ
そうですか
だから独特の航海術を持ってた可能性もあるんですよね
ハヤトはおそらく
札南諸島と言いますか
天宮島とかあっち方面の交流もあったし
あるいは南西諸島
石垣島とかですね
もっと南のほうの沖縄から向こうの島々と
交流してた可能性ありますからね
ひょっとすれば
この九州には
ハヤト族
安住族
それから村形族
そういった怪人族が結構多く
あっちこっちいたんじゃないかと
そういう気もするわけですね
四国にもいたであろうし
あるいは出雲方面にも
日本海側のですね
そういった怪人族いたんじゃないかろうと
ですから
例えば
安住族が
21:01
大神殿の時代に全国の怪人族の
統領になりましたよね
ご承知のように
例えば
熱海とか
あれ安住に由来すると言われてますよね
これは熱海半島
熱海も
安住から来てるという話がありますよね
ですから
あっちこっちに安住があるんですよね
あるいは
鹿という場所ですね
それから先ほど言いました
長野県の
安住野とかですね
穂高神社とか
穂高神社はですね
安住族のお祭りを持ってるんですよ
山の中なのに船を
ダチに使うでしょ
ですから
ひょっとすれば
全国すらの港々にですね
やっぱり
安住一族と関連する
そういった怪人族は
かなりいた可能性もあると思いますよね
もちろん
宗一族もそうですよね
宗を祀る
例えば
旧宗で言いますと
代彦の
多島神社
宗の神を祀ってますよね
ですから
そういう格好で
安住と宗が
共存共栄しながらですね
全国のそういった
港々怪人族を
束ねていったと
まとめたという感じは
受けますよね
神宮広報の謎を解くの著者で
歴史家の川村哲夫さんに
話を伺いました
ここで古代の福岡を歩く
リポーターの中島理恵さんです
こんばんは
先週ご紹介したんですが
鹿の島にあります小言辞
壮言な響きとかというときに書く
壮言と書いて
読み方は小言辞なんですが
ここにある仏像について
今日はご紹介していこうと思います
英語住職のお母様
山崎恵子さんに
いろいろ教わってきましたよ
注目したいのは
福岡市の重要文化財でもあります
小観音菩薩
小の字は聖書とかの
英語で言うと聖印ですね
と書いて小観音菩薩と言うんですが
こんな仏像です
輪のあるところが
昔の顔料で
ルリ色ですね
昔はここにね
金箔ですごい綺麗
これは九州仏の特徴だそうです
ウエストがちょっとこう
くびれて
ちょっと中世的な感じでですね
胸がちょっとこう
福佑感に垂れてるっていう
九州の平安時代の特徴を
すごくつかんだ仏像で
なんです
あのちょっと見てて
心がほっこり膨らむような感じの
形が仏像にもあるわけです
そしてルリ色が本当に綺麗で
なんか海の仏様にピッタリなんて
思いながら見てたんですが
この小観音菩薩さん
24:01
もともとは鹿海神社のところにですね
吉祥寺という
祈祷のためのお寺さんがあって
そこにあったものなんですね
明治の廃仏分離政策で
このお寺が亡くなったので
観音様は祥寿寺にやってきました
でこの観音様と
海の民との関係について
山崎さんがこんな話を聞かせてくれました
もともと鹿の島っていうのは
風待ちの島って言われて
向こうに県投市で行く時とか
県随市
もうそれぐらいの時代から
ここでは
この鹿の島の人たちは
水先案内に
それが安住族の流れなんですけども
そういうことで
大陸まで行ってたんですよね
でその時に
行く途中に
無事に
中国まで行けるように
ということで
観音様は
ビーナスとも言いますね
よく西洋の船でも
船頭についてる
あれと一緒で
観音様に
そういう海難に合わないように
祈願して
そして行ってたんです
で帰ってきた時も
そこにお参りをして
ありがとうございますって
お礼をして
そして航路館から
よしに博多の町に入っていいですよ
っていうふうに言われるまで
鹿の島に滞在してたんです
なんです
そしてもう一つ注目したい
仏様が
昭一国師が
僧から持ち帰ったと言われる
門珠菩薩さんなんですけど
獅子に乗ってるんですよ
で菩薩さんの顔の周りに
垂れ下がるように
小花が散りばめたように
かんざしみたいな飾りが
下がってまして美しいんですね
で実は2005年の
福岡西方起地震の時に
どちらの仏像も
被害に遭ってるんですが
こんな奇跡的なことが
起こったんだそうです
観音様は観音堂の鴨居に引っかかって
助かりました
これ第一の奇跡ですね
でもう一つはですね
その門珠様
飛んじゃったんですよ
軽いですね
軽いからボーンと飛んじゃったんです
で飛んでしまって
ここに冠をかぶってた冠が外れて
顔にひびが入ったんです
それで修復に出したんですね
そしてもうしまったことをした
前の住職なんですけども
とにかくこれは大事なものなのに
傷をつけてしまったので
修復を出したんです
そしたら頭の中から
古文書が出てきたんですよ
古文書が出てきて
元禄時代っていう時代があって
その時に京都の仏師が博多の方に来てて
その人に自分の先祖の
供養のためにということで
供養をしたっていう
27:00
小さなこんな頭に詰められて
修復した人が見つけてきて
博物館の人が
これはすごいことになったっていうことで
自身がなかったら
そんな頭の中なんて
見ることなかったんですけど
それが2つの奇跡なんです
江戸時代に修復が必要なくらい
古い仏様だというのが分かったんですね
鹿之島の正厳寺ぜひお尋ねください
高島リエさんでした
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安住野市観光協会
安住野市大洋わさび農場
塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画共産
餃子の山鉢の提供でお送りいたしました
ご案内は坂田周大でした
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