1. 古代の福岡を歩く
  2. S4 3回目は那珂川市の裂田の..
2018-10-20 30:30

S4 3回目は那珂川市の裂田の溝(さくたのうなで)を歩きます。

裂田の溝は神功皇后が造った用水路です。伏見神社のすぐ近くにある那珂川の取水口、一の井手から約5キロ延びていて、古来、住民の生活用水として、或いは付近一帯の田畑に水を供給してきました。

裂田の溝という名前は、用水路造成中に大きな岩にぶつかったため、神功皇后が神に祈ったところ雷により破砕されたというところからきています。

このことはと日本書紀にも記載されています。

その大きな岩は、現在風化防止のためセメントで覆われていますが、水路がここで大きく迂回していますので大きな岩があったことがわかります。 

この水路に沿って遊歩道が作られていますし、ここではきれいな水のあるところにしかいないといわれるカワセミやオハグロトンボも目にすることができます。
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00:07
古代の福岡を歩くシーズン4
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン4
この番組は福津市の企画協賛、道の駅村方、福岡県商工会連合会、
餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
福岡市は地域の中小規模事業者に寄り添った数多くの支援メニューを準備しています。
最寄りの商工会に気軽にご相談ください。
餃子の山鉢です。新鮮な食材を使って心を込めて丁寧に包みます。
世界遺産、神宿島、村方、沖ノ島と関連産群を私たちの手で守っていきましょう。
こんばんは、坂田集大です。
今週も中川市を歩きます。
中川市には神宮恒豪にまつわる伝承がたくさん残っています。
神宮恒豪は市の中央を流れる川、中川から水を引いて溶水路を作りました。
それが作田の海辺といいます。
今週はこの作田の海辺を歩きます。
中川の主水口の市の入れからちょっと歩いたところです。
水田が広がっています。
ご案内を歴史ガイドボランティア中川の志郎津美恵子さんにお願いしました。
この辺の川の流れは少し早めになっていますね。
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やっぱり少し狭くなっているのかな。
4、5メーターぐらいですかね、幅がね。
そして川に石の橋が掛かっていて、
その川から水を取っていらっしゃる家もこの横にあります。
こちらの方は小柳という地域なんですけれども、非常に風情があるところですね。
いいところですね。景色もいいし。
この作田の海辺に面したお宅、裏からこういうふうに石段で川の作田の海辺の方に降りられるものがございますよね。
1メーター幅ぐらいの石段が作ってありますね。
これは組場というふうに呼んでおります。組む場所の場ですね。
こちらの方は水道とかない時代は、この作田の海辺の水を生活用水として作っていたわけなんです。
ここに突入できたお嫁さんの朝起きての一番の仕事というのが、
この作田の海辺の水を汲み上げて、1日使う分の亀の中に入れる。
それが仕事だったんですね。
夕方の子どもたちの仕事といいますと、ゴエモンブローですよね、昔はね。
この作田の海辺の水を汲み上げてゴエモンブローに入れてお風呂をたくての子どもたちのお手伝いだったようですね。
今でもですね、この組場に降りてこられまして、畑で採れたお野菜を洗ったりとか、鍋とか釜を洗ったりとか、
そういう風に、例えばスイカとか、そういうものをちょっと冷やしてみたりとか、そういうことができるものなんですね。
ここに住む人たちの一つの決まりがございまして、この作田の海辺には決して汚いものを流してはいけないという決まりがあるわけなんです。
大体この組場をお持ちのお宅には屋敷神、お神様が祀ってあるわけですね、お庭にですね。
お神様を祀ることによってお互いをいましめ合う、決して汚いものを流しませんよというような感じですね。
そしてこの作田の海辺のおかげでこの地域、山田っていうのは、昔からお米がたくさん採れて恵まれたところであったわけなんです。
この水が流れているすぐ横に今、歩道があって、その向こう側は大きな田んぼが広がっています。
田んぼですね。
そしてですね、今すごく流れが速いと先ほどおっしゃいましたけれども、ところどころ橋が狭まっているところがありますよね。
なぜかと言いますと、一番気をつけなくちゃいけないのは川砂が溜まってしまう。
そして流れなくなる。
だから川砂を流すために、勢いをつけるために、ところどころ、あえて狭く作った。
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もうすごい知恵ですね。
まあね、ホースで水まきをするときに、すぼめたらチューと勢いよく水が出ますよね。
あの原理ですよね。
よく作ってありますね。
そうですね。
昔の人の知恵が生かされているという感じがしますね。
そしてちょっと見ていただきたいんですけれども、この作田の海辺の水の位置と田んぼの位置、田んぼの位置の方が高いと思います。
高いですね。田んぼの位置の方がね。
この作田の海辺の川岸ですね。
ここにところどころに土管があります。
大きい穴の土管であったり、小さい穴の土管であったり。
そして石を止めて、水をいっぱいいっぱい貯めて、せーのでその土管のふたをパッと拭くわけなんですよ。
そしたら水が勢いをつけて上に上がる。
そのことを地域の人は荒水と言っているんですね。
これもやっぱり昔の人の知恵ですよね。
川の水面より高いところにどうやって水を運ぶか。
石止めて、我慢して我慢して水がいっぱい貯まったところにふたをとける。
息をつけて上がる。これも知恵ですね。
そういう仕掛けがしてあるということなんですね。
そうですね。
横にほんとに田んぼ、水田が広がっておりまして。
もうすぐ取り入れになるかなというような見直しが実っておりますね。
この作田の海辺をさらに歩いていきまして。
確かこのあたりに神宮皇后ゆかりの石が置いてあったはずだと思い探してみました。
この辺に神宮皇后にまつわる石があるということで。
これではないですね。
あ、それか。
昔はこんな感じでポーンと。
置いてあったんですよね。
今はちゃんと囲いがしてありまして、鎖が囲いにつけてありますが。
神宮皇后お立石というふうに看板までつけてありまして。
大きさが約2メーターぐらいかな。
そして縦が1メーターぐらいの丸石をスパッと半分に切ったような石ですね。
そうですね。ちょっと船形っぽいような感じですね。
今このように神宮皇后お立石ということでしっかりと固定されて、こういうふうに鎖で囲っているんですけれども。
もともとは田んぼのあぜにあったんですよね。
そうですか。
田んぼのあぜにあるもので農作業がしにくいということで、一旦田んぼに埋めてしまおうということで。
田んぼの中埋められているわけなんですよ。
ところが昭和3年に昭和天皇が即位をされまして、打錠祭というのが秋収穫祭がございますよね。
09:04
その時に打錠祭にお神様にお供えするお米を作る田んぼ。
東日本では雪田って言うんですね。
西日本ではスキサイ田って言うんですけれども、実はこの山田の田んぼのお米ですね。
皇后にあがったわけなんですよ。
そんなふうにスキサイ田っていうそういう名誉あるものを得たいものだということで、何かいい方法、アピールするいい方法は。
そういえば田んぼの中に神宮皇后のお立石を埋めたよねと。
ということで若者たちは棒をツッツキツッツキしてですね、また探し出しまして引き上げまして。
実はここの山田には神宮皇后のお立石がありますよということでアピールしたんですね。
残念ながらその時には沢原の脇山の田んぼがスキサイ田に選ばれたということなんですけれども。
実際この山田で採れる田んぼのお米っていうのは非常においしくてですね。
ちょっと向こうには金の城という田んぼもありまして、今は消防署が建っているところなんですけれども。
そこは黒田の殿様に献上するお米を作っていた田んぼでもあったわけなんです。
昔は博多駅の近くのお弁当屋さんにもここのお米を持って行っていたわけなんですね。
ここで採れ一生分のお米をご飯炊きますよね。
他の田んぼで採れた一生分のお米を炊くとお弁当3個分山田で採れたお米の方が多く作れると。
それだけ粒が大きくておいしいということで山田で作られるお米というのは高い評価を得ていたということになりますね。
神宮皇后はお立石、そこで立って何をなさったんでしょうか。
本当はこの石というのは向こうにビニールハウスが見えますけれども。
地面の方にあったわけですね。
伝説では神宮皇后が作太の唸手がうまくいくようにとこの石の上に立って天皇の神に祈りをあげたということなんですけれども。
ただ形からして田んぼのあぜにあったということから考えて一つの祭祀の儀式用の石だったんじゃないかなというふうには思われるんですけれどもね。
ここは市の出公園という名前がついておりまして、あずま屋もありますし、作太の唸手をおりる石段もございますし。
どんどん充実してきましたね。
ここのところは平成16年から平成21年にかけて大工事を行っているわけです。
ただ大工事を行いたくても作太の唸手の水は田んぼに必要ですよね。
だから田んぼに水が必要ない冬の時期だけの大工事だったわけなんですよ。
12:04
領儀式に自然石がずっと綺麗にあります。
これはホーマン山の石なんですね。
一個一個に穴をあげて鉄の棒が揺れられていて、それを土手にしっかりと埋め込まれています。
ダップストン工法というらしいんですけれども、石と石ですから隙間があきますよね。
だからそこに小さな魚であったり生き物が何かのあったり、その後逃げ込んだり巣を作ったりする、自然に優しい作り方ということです。
そういう工夫をしてあるんですね。
そうですね。
この作太の唸手というのは平成の18年に疎水百選にも選ばれているわけなんです。
その疎水というのは人工溶水炉という意味合いがあるんですけれどもね。
福岡では4カ所選ばれています。
そうですか。
柳川の堀ですね。
そして三連水車があるところがあって大石溶水と作太の唸手が選ばれております。
この作太の唸手は生活溶水にもなりますね。
火事が起こったところの防火溶水にもなりますよね。
そして農業溶水。
そしてここにも看板に子どもたちが遊んでますよね。
深くないんです。水もなくて穏やかで。
子どもが遊べる。
子どもたちが遊ぶ場所にもなっている。
癒やしの場所でもあるわけですよね。
そういう場所が作太の唸手という場所だそうです。
この作太の唸手、公園が非常に充実してきまして、
あずも屋もできましてね。
日陰もありますのでちょうどいい。
お弁当ここで食べるのもいいというところですね。
朝夕はジョギングをされたり、ウォーキングをされたりされることもありますよね。
この公園の周りは田んぼです。水田が遥かな彼方まで広がっています。
そしてさらに下流に下っていきますと、小さい神社が見えてきました。
作太の唸手の作太神社というところに来ました。
ここに看板が出てまして、作太の唸手の祝礼がここへ来るとわかるということで、
その看板のところに来ました。ここに岩があったんですかね。
そうですね。先ほども申しましたけれども、
日本書紀に書かれているものは作太の唸手と轟の丘があります。
作太の唸手ですけれども神宮、神戸の面を受けて順調に掘り進めていったわけなんですね。
ところがあるところで大きな岩に阻まれて工事ができなくなりました。
が、ここの場所なんですよ。
15:00
その大きな岩があった場所。
あった場所なんですね。竹の内のスクネが轟の丘に上がりまして、
剣と鏡を神様に捧げて祈りあげて、後ろが轟の丘です。
後ろ側に轟の丘がありますね。
轟いたかと思ったらここの岩が蹴り下げたと言っているんですね。
実際に発掘作業を行われて調べられたんですね。
すると本当に人工的に花崗岩が割られた後、これがその後なんですよ。
今、素面で埋めたような感じになってますけどね。
花崗岩って非常に風化しやすいからですね。
出してたら貴重なものがなくなってしまうということで、
モルタルというかスプレーでコンクリートを表面を覆っているわけなんですけれどもね。
もともとこういう岩があったんですね。
だから日本書紀に書かれていることがこれで実証できたと言われているその場所ですね。
こういう場所であるからここに作多神社が作られたんだと思います。
この神社の後ろ側をちょうど川が、神社の裏を回るように水が流れていると。
ここにちょっとね、地図は載っておりますけれどもね。
ここが作多の海で一生懸命掘ってきました。
ここにぶつかりました。
曲がって曲がって曲がっても花崗岩は切れないということで仕方がないからここを割ってまたスタートしたということで大きくカーブしております。
ここがね、本当に大きく曲がって川が流れているというところですね。
ちょうどこの神社を半分ぐらい回るような感じでね、川が流れております。
このままちょっとまっすぐ行ってみます。
ここは遊歩道になっているんですね。
この遊歩道がなかなかいいんですよね。
幅が4メーターぐらいですかね。
人が2,3人手をつないで歩けるぐらいの歩道がずっとつながっておりまして。
これを下の方で水が流れていく方に歩いていきますと橋が一つ見えますね。
ここのところはよくカワセミが飛んでいます。
それだけカワセミの餌となる小魚がここにあるということなんでしょうね。
中川はですね、非常に川がきれいということで、中川町の町の鳥はカワセミですね。
町になりまして、今度は市の鳥ですね。中川市の鳥。カワセミですね。
18:08
カワセミがいるという作田のうなでをさらに下っていきました。
右手に少し高い土手が見えてきました。
川下の方へ向かって歩いてきました。
そして右側が4,5メーターの崖になっていますよね。
はい。実はですね、ここのところをぜひ見ていただきたかったんですけれども、
これは9万年前、麻生さんの笠入りで埋められたと先ほど申し上げましたけれども、
その後を1,600年前の人は作田のうなでを作るためにずっと掘っていった跡なんですよ。
掘った跡。
切り開いていった跡なんですよ。
ここ以外は三面速攻になっていたり、もともとの作田のうなでの様子というのは、
時代の流れとともに変わってきているわけなんですけれども、
ここから見える高さは6メートルで、この長さは133メートルほどあるんですけれども、
ここだけ唯一、もともとの姿が残っている場所があるわけなんです。
どうしてこれが残っているかと言いますと、今はこんなふうに言うほどはできましたけれども、
もともとはすごい竹矢部だったんですね。
地元の人は平口と言うんですけど、麻生ですね。麻生の巣がこの辺いっぱいだそうで、
もう誰もあえてここに入らなかった。だから、こういう昔の状態がそのまま残っている。
だから唯一ここの場所だけは、1600年前の人々が一区は一区は掘り進めた。
そうですか。昔の人の区はの跡が残っているわけですね。
そうですね。ただですね、やっぱり火災流でできている場所の土手と言いますか、
壁ですので、崩落しやすいんですね。
そうですね。そんなに強くないですね。
そうですね。ところどころ、ちょっとコンクリートで丸く埋めたような穴がございますよね。
補強してある。
そうですそうです。ルートパイル工法と言いまして、崩落防止のために鉄の棒を入れて、
時が流れたら土と同化するような、そういうコンクリートで埋めてあるみたいですね。
それから、その下の方を見ていただくと、雨に石が入ったのがずっとあります。
そうか。ありますね。
はい。これジャカゴ。ヘビのカゴと書いてジャカゴと言います。
これは作田の海辺の水は穏やかに流れましても、やはり浸食していくんですね。
その浸食防止のために、このジャカゴというのをずっと下の方に置いてあるんです。
網の中に石がね、小さな石が入れてあるんですね。
はい。だからまるでヘビみたいに見えますよね。
そうですね。
今は鉄の網に石を入れているけど、昔はどうしてあったかと言いますと、竹をしゃいたのに石を入れて、
21:07
ついて紐で結んで、それをずっとしてやったということですね。
そういう昔の人が掘った跡がここで見られるという、この辺はちょっと流れが早いかなという感じがするんですけども、
その流れの上にオハグロトンボがですね、潮引き飛んでいるんですね。
やっぱりここは川がきれいなんだな。だから飛んでいるんでしょうね。きれいなトンボがね。
今週は中川市の作田の海辺を歩きました。
来週も中川市のトドロキの丘と言われた安徳台を歩きます。
ご案内は歴史ガイドボランティア中川の白雄美恵子さんでした。
ここで古代の福岡リポーターの中島理恵さんです。
こんばんは。
今日はこのリポートコーナーでも神宮皇后を会いに行きましょう。
会いに行く?
神宮皇后が王神天皇を産みになった地と言われます。
かしや群の海町、海八万宮。
ここで聖なる母と書くんですが、聖母宮の御神像、つまり神宮皇后の像が
25年に一度の御開帳を迎えております。
今年?
今年見なかったら25年後なんですよ。
早速行ってまいりました。
海八万宮宮司の伊藤義一さんに案内していただきまして、
本殿の右手奥にある聖母宮に行ってみました。
びっくりしました。
大きいでしょ?
本当に白くて艶やかで綺麗で。
結構な大きさがあるんですよ。
そうですね。座られた姿で151センチと言われています。
木造なんですか?
脱滑管室と申しまして、平たく言うとハリコのトランのような。
漆と布でペタペタと固めたような。
天平文化で有名なところがアシュラ像という像が有名だと思うんですけども、
それと全く同じような作り方でございます。
仏様としてはアシュラ像のように結構いろいろあるみたいなんですけども、
神様の像としてはこの聖母宮の御神像が国内唯一だそうです。
国内唯一ということは神道は世界にありませんから、世界でも一つと。
なんですよ。室町末期の作って言われているんですって。
衣もですね、非常に紫から濃い茶色のような色合いで。
24:04
非常に衣の造形が素晴らしいなと思ったら、
漆や布で作っているからこそああいう風合いが出るんでしょうね。
写真を今見せてもらいまして。
そうだと思うんですよね。
金色が所々少し残っていて、
昔はこの金色の方が色が強かったんじゃないかと思うんですよっておっしゃってたんですね。
あと養楽って言われる冠の金色の細工も非常に綺麗ですし、
ちょっと注目していただきたいのが手の形なんですが、
右手に宝珠、宝の玉をお持ちです。
左手がやんわり腕を曲げたようにして、
ちょうど下腹のところぐらいで手がポッと。
手を添えるような形になってますね。
ここちょうど子供が乗っかる感じだと思いません?
確かに。どういうことですか?
おそらくここにお子様、つまり大神天皇がいるイメージなのかな、
なんて想像しながら見れるわけなんですよ。
そんな気がしてきました。
これは艶やかな丘がとても綺麗なんですけど、
1768年に没後1500年のお祭りがありまして、
ここから御開帳を開始して、
今年10回目、250年目なんですよね。
お像もそうなんですけれども、建物も黒田のお殿様が
没後1500年の時にお建てになったものなので、
日和田づくりで作り直したところ、
こういったところも建物の美しさも込みで、
ぜひ見ていただきたいところなんですが、
とにかくこの神宮皇后の姿が美しすぎて、
いつまでも見ていたくなるんですよね。
そんなことをつぶやきましたら、
伊藤偶次がこうおっしゃいました。
だいたい神宮皇后さんといえば、
応しい姿というのがイメージだと思うんですけれども、
海八幡宮の御神像、神宮皇后様はとても優しい、
本当に聖母様というか、母なるお顔をされていますね。
初めて神宮皇后が正夢という言い方をされるのが、
この像を見たらすごいしみじみになりました。
そうですか。
聖母と書いて正夢と言うのですけれども、
漢字にすればキリスト教のイメージがあるんですけれども、
全体的な大いなる母と、お優しい姿と言えると思います。
本当にそんな感じがしますね。
この日も安山祈願のプレお母様たちが
いっぱいお参りに来ていらっしゃったんですけれども、
クルージがこんなお顔で子どもたちに接してくださいねっておっしゃっていて、
それも非常に印象的だったんですよね。
この正夢の御神像ですが、
今年大晦日が12月31日までの御開帳になるんですが、
日付が限られております。
土曜日と日曜日と祝日、
あとお祭りの日であります五日の日、
それから安山祈願の犬の日ですね。
この日が公開の日になりますので、
27:01
この日を選んでぜひ神宮神戸に会いに出かけていただきたいと思います。
本殿から右奥の方に正夢宮建物がありますので、
ちょっと奥の方に入っていってお水もいただきたり、
大きなクスノキが非常に魅力的なお宮ですので、
この下に座っていると、
日頃のイライラが全部スーッと効いていくぞみたいな、
ある意味お母さんに会いに行くようなお宮なので、
ぜひ海八幡宮お出かけいただいて、
25年に一度限りのチャンスですので、
正夢宮で神宮神戸の姿を見てください。
この番組は福津市の企画協賛、福岡県商工会連合会、
餃子の山八、道の駅室方の提供でお送りいたしました。
ご案内は佐方秀大でした。
ご案内発言や動物たちの微笑ましいエピソードなどなど、
落語の世界でお楽しみください。
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