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ST-A 「安曇族の足跡を探る」の4回目は潮満つ玉、潮干る玉の話
2024-04-28 30:31

ST-A 「安曇族の足跡を探る」の4回目は潮満つ玉、潮干る玉の話

安曇族の足跡を探るのに玉の話があります。
志賀海神社の歩射祭の時、射手士が勝間詣の沖津島に渡って行う神事で、海中に潜り海藻のガラモをとってくるという神事があります。
このガラモをとることが玉~潮満つ玉、潮干る玉をとってくる神事を表している、という見方をなさっているのが「神功皇后伝説を歩く」の著者、綾杉るなさん。
神功皇后の足跡を探っていますと、この玉の話がいろんな話しにでてきます。
神事としては北九州市の和布刈神社にも今に伝えられています。
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00:02
古代の福岡を歩くステージA。 海の道から空の道へ。
安曇族の足跡を探る。 この番組は安曇野市観光協会
安曇野市大王わさび農場 塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画協賛 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
こんばんは 阪田周代です
安曇族の足跡を探っています 今週は安曇族の拠点だったと言われる
鹿野島の話です 辰野都とも言われる鹿野島
その理由から伺っていきます お話を神宮広報伝承を歩くの著者
綾杉ルナさんに伺います
西洋ではポセイドンではないですか 日本では和田積みの神って言うんですよね
その和田積みの神も 実は分解していくと
上津中津底津と海の3つの層を表す 名前になっているんです
その理由というのが古い神話で イザナギの御事という方がいます
その方がみそぎをした時に生まれてきた神 ということなんですね
イザナギの御事って奥さんがイザナミの御事なんですけど
先に亡くなってしまいますよね
それで亡くなった死者の国を 黄泉の国と言うんですけれど
その黄泉の国まで行って そして戻ってきてくれと言うんですけれど
もう黄泉の国の食べ物を食べたから帰れませんと
03:00
でもちょっと相談してきますという間に 私の姿は見ないでねって言ったのに
イザナギの御事が覗いてしまうんですね
見ないでって言われると痛くなるという
それで死体が不乱していたのを見てしまって 大慌てて逃げていくわけなんです
そして逃げて行って汚れを取ろうとするわけですね
その汚れを海の中で潜って取っていくわけなんです
でその場所が今では宮崎県が有名ですけど
実は鹿野島にもその汚れを注いだ場所があるんです
それが鹿野島の最北端ですね
勝間海水浴場がありますけれど
そのそばでですね
イザナギの御事がみそぎをしたと伝わっているんです
でその時にまず最初海に潜った時に
わつわだつみの神が生まれて
そして中まで潜ったらなかつわだつみの神
そしてそこまで潜ったらそこつわだつみの神が生まれたと
その生まれた三柱の神が
その海のそばに3箇所に祀られているんですよね
それが上津宮中津宮そして沖津宮というふうにあるわけなんです
そして上津宮だけが現在の鹿海神社
南の方の鹿海神社に移されたというようなお話ですね
それで鹿野島は龍神つまり海の神様祀っているということで
上津宮と呼ばれているわけです
あの沖津宮に行きますとね
御社祭の前の日に
弓を射る人たちが
こちらへ行って沖津宮に行って神事があるんです
わざわざ海の中を渡って沖津宮でお参りするという神事がありますが
その辺とここでは舞能が浜っていますよね
やっぱり神宮広報とちょっと関係のあるお祭りになっているんですか
そうですねそのお祭りというよりも
そこに海の神様たちが三柱の神がいらっしゃるので
御社祭の場合はそこにお参りに行かれるということですね
その場所がですから神様海の神様たちが
いつも時々そこで遊び遊ばれるということから
神遊の瀬と神が遊ぶ瀬と呼ばれていたんですね
06:01
そこに御社祭の方たちは行かれるわけです
そして海に潜ってみそぎをされるわけなんです
そこの地名が尾戸というんです
橘の尾戸のあわぎが払われてみそぎ払うという
その尾戸の地名が残っているんですね
そこでイザナギの御事がみそぎをされたと
三柱に潜るというのもそれにちなむものかもしれません
そしてそこに海の神様がいらっしゃるということで
神宮広報が来られるわけですね
今から海を渡っていくのでということで
御挨拶に来られていると
その時に神楽を奉納されたわけです
その神楽が奉納した場所だということから
舞能が浜
斧を奉納した
技を奉納したということで
舞能が浜とか舞技が浜とかいうようになったということです
そうですか
海の神様の和田積三陣の系譜といいますか
それはどういうふうになっているんでしょう
そうですね
和田積三陣の神を祀るのが安住族です
安住族の歴史的な始まりの方が
豊田真彦という方なんですね
この方もですから和田積三陣の神と言ったりします
豊田真彦には4人のお子様がいて
1人が豊田真姫ですね
2人目が玉より姫
玉より姫
そして長男が移し日金作と
長男になるんですか
はい
そして次男が古玉の御徒という
こういうふうになっている
はい
それで移し日金作という方が長野に行かれて
穂高見御徒というふうに言われるんですね
その系譜が安住の村地といって
そしてその末裔に安住の磯羅が出てくるわけです
なるほど
それで豊田真姫が実は大事な方で
この方って山幸彦と結婚されるんですよね
そうですね
そして2人の間に
宇賀谷福会津の御徒という方が生まれます
豊田真姫は竜の姫だったので
陸上で子供を産むのが良いだろうと思って
御御御になるんですけれど
やっぱり覗かないでねって言ったのに
山幸彦が覗いちゃうわけですね
それで竜の姿になって出産しているのを見られて
09:02
豊田真姫は泣く泣く海に帰っていかれるというわけです
その時に御産のお世話のために一緒に来ていらっしゃったのが
玉より姫ですね
玉より姫は陸に残って
そして宇賀谷福会津を育てるわけです
そしてこの二人がまた結ばれて夫婦になって
そして生まれた子供の一人が後の神武天皇
ですから天皇家のルーツの側面があるんですね
そういうことで天皇家と安住家というのは
すごく安住が天皇家をサポートするという
そういう関係なんですね
この辺から繋がりができているということが言えるんですね
鹿之島の沖継での神事がありまして
その時に伊手市の先輩の人から
ここへ潜って海藻を取れと
がらもんを取ってこいと言われるんですね
それをこれですかって一回潜って持ってくるんですけど
いやそれじゃないと
それからまたもう一回潜って
また持ってくるけれどもそれでもないと
結局3回潜って持ってきたのをそれだと言われて
それが浮玉がついてるわけですね
それがこういう感情満々の玉というふうに結びつけて
考えてもいいんですか
そうですね
安住族の神社に行くと必ず玉がついたいわゆる肘木ですよね
肘木とか赤木とかの階層が奉納されてるんですね
でそれをずっと何でだろうと思っていましたら
宗方市の年潜りに行った時に
ここもやっぱり
わかめがいっぱい奉納されてるんですけれど
参拝する方が海に潜って
そして2つわかめを持ってきて
そして神様に備えて
そして一つは神社に
そして一つは自宅に持って帰るというふうなお話なんですね
でそれって今話された
伊手市が3回潜るというのと一緒ですよね
結局潜ってそして階層を取ってくるというパターンなんです
それが実は今度はカシグの綾杉の木というのがありますけど
12:05
それにつながっていくんですけど
綾杉の木の発祥はいろいろ言われますけれど
鹿野島で伝わっているのは
綾杉の木の枝に
柑樹と万樹を備えつけて
そしてお供えした
神宮皇后に献上したという話が伝わってるんですね
でその綾杉の葉っぱというのが
その階層に海の松と言われる
ミルという階層があって
その葉っぱとそっくりなんです
そうですか
それでその柑樹万樹と
伊手市たちがガラモと言いますよね
ガラモですね
浮き輪がついてる玉がついてるということと
つながっていくわけなんですよね
じゃあその柑樹万樹って何だろうかというと
これは海の神様が持っていた
塩三玉と塩ひる玉というものなんですね
で道塩
海ですから道塩が満ちてくる
そして塩が引くと
それのアイテムとして
グッズみたいなですね
それに塩ひる玉塩三玉という言い方をして
それを神宮皇后が鹿野島に行って
借りに行くわけなんです
鹿野島に
はい
でそしてその鹿野島で借りた時のお話が
目刈神社に伝わってます
で目刈神寺という有名ですよね
12月の
寒い時にね
旧暦の31日ですよね
塩が引いた時にわかめをとって
そして借りとって
それを元旦の神前に備えるという行事なんですけど
これが目刈神社に行くと
これは安住之空が神宮皇后に
柑樹万樹の宝を授けた
それを神寺にしているというふうに書かれてるんですよ
そうですか
でじゃあそれは何かというと
今度は戦いの話になっていくんですけれど
神宮皇后が海の神様から借りて行った
柑樹万樹を持って
朝鮮半島まで渡っていく時にですね
日本初期にはですね
突然大きな波が寄せてきて
国の半ばまで押し寄せて
これはただ事ではないと
それで白木の王が降伏したというふうなことが
日本初期に書かれているんですね
で何だろうと思ってたんですけど
15:01
まあ今私たちがわかるわけです
これは津波が起きたんだなと
それでこの津波が起きたことで
結局戦わずに勝ってしまったわけですね
それでこの塩昼玉と塩三玉というのが
今度は戦に勝つ勝利のアイテムとして
今度は伝わっていきます
それで福岡県の結構この玉垂れですね
佐賀県とかもですけど
柑樹万樹を祀る神社が出てくるわけなんです
それで神宮皇后が最終的に
下関の豊良宮に戻ってこられるんですね
でそこが今は忌みの宮神社といいますけれど
そこの浜辺に出ると
二つの小島があるんですね
で昔はオキツ島ヘツ島と呼んでいたんですけれど
神宮皇后がその柑樹万樹を海に帰されたわけなんですね
それでその二つの島を
柑樹島万樹島と言うようになったということです
それで忌みの宮神社で今でも真冬の一番寒い頃に
小舟に乗って島まで渡って
やっぱり砂を取ってこられるんですね
そして海の塩を取ってくるという
それが大変秘密の行事だったんですけれど
このさっきのわかめ取りなんですけど
わかめを取るって潜らないといけないから大変なんですよね
でそれがだんだん乾燥化されて
砂を取るという行事に変わっていくわけです
それでその砂をでお清めしますよね
しかも手前で一遍お清めをして
そしてまた神前でまた砂を体に振ってお清めすると
そういうお清めのものとしてまた変化していくわけです
だから函館部も山傘の時に
お塩を取ってありますよね
函館部まで行ってわざわざお塩を取ってきますよね
お塩これもですから清めの砂
つながってかんじゅまんじゅわかめを取る
そういうものと全部つながっていく行事なんですね
鹿わみ神社に行きますとね
階段を上がる前にまず自分の着物にね
3回砂を振りますよね
あれが今でも残っている
そういう意味ですか
各地に残っていますよね
18:00
結局それがいざなぎがみそぎをしたというふうなことが始まりで
だから鹿の島ってものすごいみそぎが厳しい
厳しいですね
その厳しさというのがまたいろんなところに出てくる
それで福岡県の海のそばの神社に行くと
台があってそこにみなさんが
祈辞器をよくお供えしてあるわけです
あるいは砂をお供えすると
逆に海から遠いところはもうすでに砂が置いてあって
それをその砂で清めてまたお参りすると
だからルーツはこのいわゆる放射線で3回も振るという
それがいろんな形に変形していくということです
なるほど
鹿の島につながるところに海の中道というところがありますよね
ここもやっぱり神宮神戸と
大変つながりの深いところですよね
そうですね
神宮神戸が最初鹿の島のお気継ぎのところに
挨拶に来られまして
それから今度はこの海の中道のところに来られるんですね
ここは実は安住の水軍の拠点の一つだったんですよ
それで船で戦うわけですから
ここに軍技所があったそうなんです
それで和二郎昔はここも和二郎だったんですね
和二郎地区で和二郎というのが
中国の歴史書にも出てきますけど
会議をするという意味なんですね
ああそうですか
それでここに船長たちとか
それから神宮神戸の側近たちとかが集まって
協議をするわけなんです
それで神宮神戸ですから
まずはそこの神様にお祈りされるんですね
そこの神様というのが
安住族の豊田真姫だったんです
豊田真姫
しかも荒ぶる神として祀られていたんですね
自分の子供を育てることができずに
和達海に帰っていったということからかもしれないんですけれど
それで神宮神戸は豊田真姫にも
神楽を奏上しようといって
神楽を準備されるわけですね
かがり火を焚いて
そして天の岩との神楽というのが
やっぱりこれも一番二番三番と
縁目があるわけなんです
21:01
でその時には
天の岩とを開く天の渦目の舞があるんですけど
いなかったんですねその舞を舞える人が
それでどうしようかと即気に相談されたら
安住の磯田が天の渦目の舞は舞えますよと
じゃあ呼んでらっしゃいと言って命じられるわけで
ところが安住の磯田は来なかったんですね
で7回も呼び出しても来ないと
じゃあもう仕方がないと
じゃあ天の渦目の舞は舞手なしで
音楽だけで行きましょうかという話になって
それで神宮が始まったわけです
ところが安住の磯田は我慢できなくなって
小舟に乗ってですね
そして船の上で
安住の天の渦目の舞を舞いながらやってきたと
その時にカッコという大きなつづみを胸に下げて
つづみで打ちながら
それで船の上で踊りながら足踏みしながらやってきたと
その話がここに伝わっているんですね
お話を神宮恒号伝承を歩くの著者綾杉ルナさんに伺いました
ここでリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
今日は安住族が進んでいった先
安住の磯のお話です
ちょうど今頃田んぼに水が入りまして
その田んぼの水の表面に北アルプスが映り込む
鏡のような
まさに水鏡って言われる状態なんですよね
きっと高い山頂には雪もまだ残ってますよね
その通りなんですよ
最高に美しい時期なんですが
そんなメジャーな話じゃなくてちょっとマイナーな
お水祭りというお祭りをご紹介します
これ実は秋と春と両方あって
2つで1つのお祭りなんですが
春はお水迎えの儀っていうのが行われて
秋はお水送りの儀というのが行われます
まず春なんですが
だいたい5月の中旬頃
今年は5月16日に行われるんですが
お水迎えの儀
埼川という川のほとりに祭壇を建てまして
穂高神社
今日は安住さんの話にも出てきましたね
穂高神の御徒が祭神ですが
ここの神職さんを迎えして
この川からお水を取って
盃2つ分くらいなんだそうですが
そのまま穂高神社に奉納します
秋には同じ風にお水を汲んで
24:00
今度は穂高神社の奥宮がある神高地
ここにあるところに
明神池という池があるんです
ここに返しに行くんです
お水を返しに行くんですかね
この池に出るときに
流刀劇手の船で済んでいて
まさに平安絵巻のような風情があると言うんですね
このお祭りが始まったのが
昭和50年代の半ば頃から
40年以上続いてるんですが
観光の関係者で始まったお祭りなんだそうです
背景を聞いたら画展が行きました
安住野市観光協会専務理事の
白沢祐一さんに話を聞いたんですが
このお水を取る祭川のほとり
ここがまずポイントです
祭川というところはですね
三川合流というのは
3つの川が一緒になるところなんですね
穂高川という川
それから高瀬川という川
それから梓沢川という川
これが一緒になって
合流して三川になって
長野の方まで流れていって
千駒川になって
そこから先に新潟県境のところから
今度は品川になって流れていくという
総延長370キロぐらいの川になるんですけど
つまり日本一長い流域を持っている川の
始まりでもあるわけなんですよね
この今話が出てきた梓沢川
この安住野の南側松本市を通ってくる川
それから高瀬川
安住野の北側大町市から入ってくる川
そのそれぞれの川の始まりにも意味があります
やり方から南側に降った水は
雪は梓沢川の方へ流れ出します
反対の傾斜北側の方の水は
大町市の方の高瀬川という風に流れ出します
高瀬川がずっと大町の地方を通って
最終的には海岸というところへ流れていきます
梓沢川も松本市の与党って流れてくる
ここで出会うんですね
これが西側というところの
我々がお水迎えをしたり
お水返しをしたりすると
水を出水するところなんですが
だからこの場所はもう外せないんです
唯一無二の場所なんです
つまり北アルプスの恵みが出会う場所
雨や雪が流れてやってくる
さらにもう一つお互いこれがですね
梓野の中のあちこちから湧き出してくる
湧き水が集まって川になるんです
湧き水を集めて大石穂高川状態
梓野先生からちょっと借りましたけど
そういった意味で非常に面白い場所でもあるんです
こんな気持ちで皆さんこのお祭りやるんですね
一言言ったら水に感謝するというお祭りで
水ってやっぱり北アルプスに降った雪が
当然上口にも水は降りますし
明神池にも水は溜めます
それが梓沢川に乗ってくる水と
あとは地下へ潜って
市の一番東側の部分一番低い部分で流水となって
わさびの栽培をしたり
新種サンモンを育てたりという水となって
27:01
湧いてくるものこの2つがあってですね
いずれにしてもこの水って巡るんですよね
水が巡る感じ
本当に梓野の街の中を歩いていても
自転車に乗っていても感じることができるわけなんですよ
だからこれはすべてあのお山から来るのねという
雪をかぶった北アルプスを眺めながら
梓野を旅するときに
今日の情報をちょっと覚えていてください
水の恵みを感じる
梓野への旅の玄関口は新州松本空港になります
福岡空港からFDA
富士ドリームエアラインズの直行便で
ぜひお出かけください
中島リエさんでした
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この番組は
梓野市観光協会
梓野市大洋わさび農場
塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画協賛
餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
ご案内は坂田秀大でした
行きたいラジオ番組何にもない
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