1. 喪失感は、突然に
  2. #14 安全に狂えたから、いまこ..
2025-02-20 29:00

#14 安全に狂えたから、いまここにいる

2024年に発売された赤坂真理さん著書「安全に狂う方法」を読んだとき、安室奈美恵さんにハマっていた時期がまさに安全に狂っていたのではないかという話。

著書からの引用
・コントロールの効かない運命的出会い
・生活に支障をきたしてもなお、あるものから離れられないこと
・アディクションとは、それがどういうものであったとしても、当人が最初の生きづらさを緩和しようとして発見した「セルフ緩和ケア」であると思う

「安全に狂う」という言葉は自分に関係がある / 安室奈美恵さんにはまり、生活のほぼすべてが安室奈美恵さんになる経験 / ファン活動は居場所だった / 趣味に没頭することで、生き死にを考えなくなった / 仕事を辞めてばかりの私が、ライブに行けなくなるため、仕事を辞めずにいられた / 兄の死と安室さんの引退発表が重なりダブルパンチ / 兄の死で大きなダメージを受けファンクラブをやめようとしていたが、引退発表があったことで残りの1年間を全力で追いかけられた

安全に狂う方法――アディクションから摑みとったこと (シリーズケアをひらく) | 赤坂真理
https://amzn.to/42XBc2Q

00:00
喪失感は、突然に。第14回目の配信です。今回は、安全に狂えたから、いまここにいる、ということについてお話ししていきたいと思います。
安全に狂うというのはですね、去年発売された、安全に狂う方法という、赤坂まりさんという作家の方が書いた本で、
医学書院というところから、ケアを開くシリーズで発売されたんですけども、このケアを開くシリーズっていうのが私は割と好きで、いつも発売されるために楽しみにしてるんですけども、
これ発売された時に、安全に狂うってなんだよと思って、なんだろう、アディクションとかそういう話なのかなと思って、自分にはもしかしたら関係ないのかもって一瞬思ったんですけど、
安全に狂うっていうのが、なんか自分に関係ある気がしたんですね。それで手に取って読んでみたところ、これはまさに自分のことではないか。
突然アムロナミエスさんにガチハマってしまった、あの時のことのように思うと思って、読んでみ始めました。
アディクションとかっていうのは、自分が何か脅迫的にとらわれている状態すべて、コントロール不能のまま何かにとらわれていること、その不可解さも含めた全部の状態というふうに書かれていることとか、
コントロールの効かない運命的出会い、アディクションとは主体性を発揮したくてもできない状態のことだとかね、なんかすごい思い当たるんですよ、すごく。ここが特に思い当たった。
生活に支障をきたしてもなお、あるものから離れられないこととか、これ固着っていう言葉を使うんですけども、私がアムロナミエさんに急にハマってしまった時期というのがあって、その時に生活とか仕事とかを本当に投げ出したんですよね。
楽しくて仕方がなくて、ファン友達の人と話すのとか会うのとかも楽しくて、そんなの初めてで、それがどんどん恥ずかしくなっていってしまって、止められなかったんですよね。
それも30後半とかになっていて、こんな自分見られたくないっていうのも思ったりとか、そのちょっと前にね、自分がやりたかった仕事とかもできるようになって、すごい充実してたはずだったんです。
03:08
でも、ハマってしまったことでいろんなことが崩れていってしまい、そんな自分が恥ずかしいから誰にも見られたくなくなってしまって、それから5,6年間、温身不通のような状態に突入していくんですね。
その期間というのは、ファン友達の人と新しく始めた仕事の人たちとしか連絡を取り合わなかった。
なんでそんなことしてしまったんだろうなって、当時は考えるだけで涙が出てしまったりとかもしていて、あんまり説明とかができない時期。
本当に表と裏というか、ファン友達とはすごいワーって楽しんでるんだけども、でも実際はみんなから逃亡しているような状態で、仕事からの連絡あったりも全部無視してるとか、
友達からの連絡も無視して、なんて答えていいか全然わかんなくなってしまったんですよね。もちろんその前からいろんな問題を抱えていて、それは父が16の時に自死してしまったというところから繋がっていくんですけども、
全てがそこでね、崩れてしまった。崩れたのも不思議な感じ、何かにハマってしまって、そっちを全部優先したくて、今までのものを全部投げ捨てたみたいな感じ。
でも納得は言ってないんですよ。芸能人にハマってしまう自分っていうのに許せなかった。自分があれやりたいこれやりたいとか結構偉そうなことを言ってたのに、せっかくやりたかった仕事も手に入れたはずだったのに、それを放り投げちゃって。
だからさっき書いてあったように、コントロールができなくなってしまった状態だったんだろうなって思う。それで、なんかね、本当によくわかんないんだけど、そんなにハマってたのになぜかファンクラブを辞めてるんですね、その時。
アムロさん好きになった時代はそれよりもちょっと数年前になるんだけども、その年にファン友達と初めて繋がったりとかして、SNSで。
ちょうど沖縄で野外コンサートやるとかいう時期でもあって、沖縄行ったことなかったから友達と行こうみたいな話に行って、でもちょっと台風で中止になったりとかなんとかあって、結構その大きいイベントごとのみたいになっちゃって。
06:13
その時になんだここの一体感というか、みんなで台風が来ないように祈るとか、そういう一体感を覚えて楽しかったりとか。
自分がSNSとかインターネットとか詳しかったから、周りから注目されるような感じになっていて、フォロワーとかも増えていくような状況だったから、すごい高揚感があったんですよね。
でも本当、いろんな感情が渦巻いてしまって、それが飽和状態になってしまったんでしょうね。
温心不通に徐々に誰とも連絡がなくなって、全部無視して、一回だけ部屋の扉に心配しているっていう手紙と物が置いてあったことがあって、ちょっと怖いじゃないよね、心配かけてるのに何言ってるんだろうなと思いながらも、いなくてよかったなとか思ったりとか。
今思うと、それは、もちろんさっき言ったように芸能人にハマってしまった自分が恥ずかしかったっていうのと、口ばっかりで何もできない自分がいて、周りは結婚したとか、子供ができたとか、普通に仕事をしているとか、そういったことが私には何一つできてなかった。
そんな私なのに、芸能人とかにハマってしまって仕事を放り出しちゃうみたいなので、もう誰とも会いたくなかったし、誰にも見られたくなかった。
それで、ファンクラブとかも辞めてしまったんですね。ファン友達からどういうこと?って感じだったんだけど、気に食わないことがあってファンクラブも辞めて、それで最後ぐらいに海外でライブがあるっていうから、行こうかなって言ったんですよ。
でも、2週間前でいろいろ問題があって中止になっちゃったんですよ。はぁーって感じで、最後に海外でライブ行って終わりにしようと思ったのになんだよと思って。
でも、SNSで繋がった友達が向こうで会いませんか?って誘ってくれて、たぶんしぶしぶいろいろ文句言いながらもシンガポールに行って、友達とご飯食べたりとか充実はしてたんですけども、ちょうど帰ってくる日が父の命日だったんですけど、
09:09
その時に書いた日記があって、ちょっと前に読んだらね、すごいびっくりしたことが書いてあって、死にたいって書いてあって、私あんまり死にたいって思ったことないってずっと思ってたんだけども、そこにはそう書いてあって、
遊ぶためにここに来たのに、遊びさえもできなかったっていうふうに書かれてて、それに自分でも泣いちゃって、かわいそうと思って、今は別人のように思えるような日記だったんですけど、
そんなような状態で帰ってきて、どうしようかなと思って仕事も辞めちゃったし、誰とも会ってないし、SNSでは相変わらずみんなとワイワイやっててみたいな。
そんな日に過ごしたんですけども、その後に発売されたアムロナミエさんのアルバムのジャケット写真がすっごいかっこよかったの。めちゃくちゃかっこよくて、それがすごいテンション上がっちゃって、みんなでワーって盛り上がって、
もう何の考えもなしにファンクラブに入会して、みんなにもうライブなんか行かないって言ってたのに、結局そのライブ、1年半年くらいあって十数回行って、ほんと行かない行かない詐欺だとかって言われててみんなに。
その頃にブログとかを書き始めたりとか、TwitterのBot、アムロさん専用のTwitterアカウントを作って、1時間に1回ツイートするようなBotを作ったりとかして、SNSとブログをずっと更新していってたんですね。
以前からブログは書いたりはしてたんだけども、やっぱり一個軸がないとアクセスって上がらなくて、でも今回はアムロナミエさんっていうほんと一方の軸があるから、これはアクセスを上げていきたいってすごい思ったんです。
プラス、書きたいっていう気持ちがすごい高まってて、新しいアルバムが出れば、そのアルバムの考察をするだったりとか、ジャケット写真を集めて掲載するとか、完全に著作権とかダメなやつなんですけど、でもやったりとか。
ライブに行けば、必ずライブレポートを書いてアップするとか、アムロさんがどう可愛かったとか、こういう風なダンスをしたとか、こういう時にこう笑ったとか、この歌はすんごい下手っぴだったとか。
本当にすごい偉そうにいっぱい書いてた。っていうのをずっとやってたら、みんなに読んでもらえるようになったんですよ、あるライブの時から。
12:10
初めて10ヶ月とか1年弱の時に、急にドーンってアクセスが上がり始めて、もともとWebの制作とかをしてたから、アクセス解析はすごいやってて、どうしたら見られるのかなとかっていうのも考えながら、メニュー付けたりとか、こういうのをルーティンでやっていこうとか。
それに加えて、SNSのTwitterアカウントもツイートを追加していったりとか、年代順に並べるとか、いろいろ調べたらアップするとか、そういったことをやってて。
今思えば、さっきこう書いてあった、完全に狂ってるじゃん、みたいな感じなんですよ。もう本当に熱に浮かされたような形で、1日中本当にアムロさんのことを考えてた気がするんですよ。
お昼にご飯食べるときに、公園が近かったから、ご飯食べ終わった後に散歩しながら、曲聴いて、あれだこうだ、これブログに書いたらすごいいいかもしれないな、こういうの書きたいなとかいうのをずっと頭の中で考えて、ある程度固まったら書き始めようと書いて。
ブログを書くときとかって、土日とかって昼間書き始めて、気づいたら夜になってたとか、気づいたら足が超冷たい寒いとか、そんな状態でやってたんですよね。
ライブのツアーは十数回とか行くから、各地あちこち行って動き回っていたんです。
だから、その期間って思い返すと、ガチハマりしてしまった前っていうのは、その時も楽しく生活はしていたけども、でも仕事をすぐに辞めてしまうとか、朝起きれないとか、生きるとか死ぬとか、そんなことを考えてた期間がものすごく多かったのに、
自分のファンのあの期間、今でもファンですけど、あの期間っていうのは生きるとか死ぬとかって本当考えてなかった。
唯一そういうのが来てしまうときは、無印の時だけだった。
あの時はもうどうしようもない虚無感に襲われるし、あればっかりは本当に何も対処はできなかったけども、それ以外は会社でもね、いつもニヤニヤしている人っていう風に言われてたぐらい。
15:12
なんでかっていうと、トイレの行き帰りでツイッター見て、このアムロさん超かわいくねみたいな感じでみんなでやってるから、そんな感じの生活をずっと続けてて。
一度も仕事を辞めなかったんですよね。辞めたらお金が入らなくなって、ライブが行けなくなってしまうって思ったんです。
その思いは私にとってはすごく画期的な考え方だったんですね。
なんかそれまでは、使命感のある仕事とか、辞めない仕事を選ばなければみたいなこと、結構そういうことばっかり考えていて。
放り出してしまった仕事っていうのが、実は自殺対策とかそういう関連の仕事だったんです。
それ私にとって辞めない仕事ではないかっていう風に思えたのに、それさえも放り投げてしまったから、さらに落ち込んでしまったんですよ。
だからこそ、ライブに行けなくなるから仕事を辞めないっていう発想に至った時に、遊ぶためだけに生きてていいんだっていう風に思えたことは、私にとってものすごい救いでした。
あと、いろんな人にブログを見てもらうとか、SNSとかでフォローしてもらうとかっていうところで、自分の評価、自己評価が上がっていった気がしたんです。
それで、こんな私でもいろいろ見てもらえるんだなとか、めちゃめちゃ感謝もされたりとかしたんです。
そうすると、私ってどういう人なんだろうって、私が私じゃないみたいな感覚も出てきたりとかして。
ちょっと間違うとね、処人欲求の塊みたくなっちゃいそうだった。危ないなーってずっと思いながらそれは過ごしてたんですけども。
毎日の時間、ほぼすべては諸名さんのことを考えてた気がする。そういうのがきっと、この本で言う安全に狂う方法だったんじゃないかなって思うんです。
私、この期間がなかったら、ずっと誰かと比較して、私はあれができない、これができない、みんな当たり前のことなのにって思い悩んでたんだと思うけど、
18:05
前回も話したと思うんですけど、起きれなかった私が起きれるようになったのは、朝のニュース番組を絶対見たいから。見て、それをブログに朝書いていって、それで朝出社するっていうことをやってたんです、必ず。
絶対更新する、そういうルーティンを組むことによってアクセスが上がるからなんですけど、そうやって信用されていったんじゃないかなと思うんですよ。ここに来れば、必ず朝の更新があるっていうふうに思ってもらえれば見てくれるし、そこで自分が書きたいものを書けるようになるし、
書くっていう行為は、自分と対峙する行為でもあって、そこで自分のことをすごい見つめた期間だったんじゃないかなって思うんです。適切な言葉を見つける努力みたいなことはすごくして、
かつ、ブログを書くっていうことは何を発信したいかっていうのも、明文化はしてないけども、きちんと理解していたし、絶対書かないことっていうのも決めていたし、そういったことで今までやってこなかった自分と向き合うことっていうのができた期間でもあるし、
周りからの評価が、自分はここにいていいんだっていう思いになった気がしてます。
人から評価とかされなくてもいていいはずではあるんですけど、私自身っていうのが最も強いトラウマというか、父に指示されたことは見捨てられたというのがイコールになっていて、
その見捨てられたっていう言葉自体も、ここ最近やっと発せられるようになったぐらい、その言葉自体も出てこなかったぐらいに押し留めていたんですね。
だからきっと誰かから認められたっていう思いを感じられたことで、やっとその父に見捨てられたことが別の形で消化していったんじゃないかなというふうに今は思っています。
これは本当にアムロナミエさんという私にとっての居場所だったように思うんですよね。
ただ兄が怪我した時ももちろんアムロナミエさんのファンではあったから、そこから少し風向きが変わってきてしまって、
21:10
一時期ライブに行っても全然もう無理かもしれないって思ったんですよ。
その時に私はこの数年間本当に心身ともに元気だったんだなっていうのに気づかされて、兄の顔を怪我してしまって、その後実施をしてしまうのですが、
そうなってからちょうどライブツアーが終わった後で、25周年を沖縄の野外でやるっていうのが決まってたんですね。
それはもうチケットも取れてて行く気ままではあったんだけども、兄が亡くなって、どうしようと思って、それからしばらくブログも書けなかったし、SNSにも顔を出すことができなくて、
どうしようと思った時にある人から、元気ですかっていうふうにDMが来て、そうだよな、ずっとブログを見てくれる人からだったんだけど、
来て、そろそろ自分でも何か生活を日常を取り戻さなきゃいけないって思ってて、その時に書いた記事が、先に行ってしまった君へっていうブログの記事なんですけど、
これはずっと以前から書こうと思ってたもので、残された人たちが歌った歌を集めた記事を書いてみたいなと思っていたんです。
これを思い出して、きっと今だなと思って、今が書く時期なんだなと思って、これはアモロさんの曲だけではないんだけども、いくつかのプレイリストを以前から作ってたから、もう一回そのプレイリストを見直して、
追加する曲もありながら、それに関して書いていったっていう。この時もやっぱりブログがあってよかったなと思って、日常に書ける一つの手段として、自分の居場所であるブログでもあったから、
それで書いて、少し元気になったっていうか、一つ前に進めたっていうことがありました。
その後に25周年の野外ライブに行くんですけど、その時楽しかったんだけど全く覚えてなくて、いつもライブレポ400日目の原稿用紙20枚くらい書けるのに、
24:18
あの時何にも書けなくて、何にも覚えてないみたいな感じになって、本当にライブ終わったら辛くて、もう本当に無理だと思って、
ファンを辞めるっていうか、アムロスさんのライブに行くことはもう年に一回とかいう風にして、ブログももう書けないし、SNSもできないと思ってたのに、
3日後に引退しますって言われるわけですよ。笑ってはないな。今だと笑い事なんだけど、ヤボハビックリして先に言われてしまったよおいみたいな。びっくりした。
でも、私はもうアムロなめえさんの今まで通りのファンには得られないって思ったのに、辞める。1年後に辞めるっていう風に言われてしまったら、逆にこの1年絶対もう自分のできる限り追っていこうって思えて、元気が湧いたんですよね。
変な話。まあその後結構辛かったけど、もうダブルパンチなんですよ。お兄ちゃんが亡くなったことと、アムロさんがいなくなってしまうっていう喪失感はダブルパンチなんだけども、
1つに固執しないでよかったし、2つを比べるのもいいのか悪いのかわかんないけど、私にとってはそれはすごい考えることができた期間だった。
もしあのままアムロさんがまだ引退せずに兄だけが亡くなった世界だったとしたら、そんなに早く、もっと思い悩んでた時期が長かったんじゃないかなって思うんですよね。
いまだに後悔みたいのは、お兄ちゃんの後悔は消えないこともいくつかあるんだけど、けどそれでもアムロさんの引退を見続けるっていう1年間のミッションが私にあったから、すごいそれは私の活力になった。
かつ、コントロール不能の期間でもあったわけですよ、アムロさんを好きすぎて。それの終止符を打ってくれたっていうのも、1つ解放されたとも思えて、新しい人生というか、アムロさんが歩んでいく新しい人生とともに、自分もこれからの違う人生を歩もうとも思えたから、
27:17
本当にいい形で狂えて、いい形で狂うところから解放されたと言えるかなって思ってます。
今でもね、知っている方もいるかもしれないけど、ポトキャストを2つやってて、このポトキャストとアムロさんのことを好きなだけしゃべるチャンネルっていうのをね、同時進行でやって、今どちらも14回目に達成して、2つを同時にやることですごく自分のバランスが取れているし、
いつかアムロさんのこと、自分が父のことでつらがったことは、アムロ並さんがいたことによって自分自身を理解するきっかけを与えてもらったから、結構2つで1つみたいな。
それをいつか同時にできたらなってずっと思っていたのが、今回ポトキャストをやることで実現できたなというふうに思っています。
なのでこれからも、私別の話だけじゃなくて、理別とかそういったことでもいろいろお話していけたらなというふうに思っています。
今回はこのあたりで終わりにしたいと思います。またねー。
29:00

コメント

スクロール