■要約
斎藤環さん『いじめ後遺症』を読んだ / 中学生の頃いじめを受けていた兄のこと / 父の葬儀で大泣きしていた兄 / 兄も父の死を自分のせいだと思っていたのかもしれない / 何十年経っても「初めて考えること」がある / 高校のクラス替えは私へのケアだったのかもしれない / 読書管理アプリで本をたくさん読むようになった
■斎藤環「いじめ後遺症」
https://link.amazon/B08wpASTM
■テキスト版
https://note.com/nobody/n/n83f2887d92b8
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サマリー
斎藤環さんの『いじめ後遺症』を読み、話者は中学生の頃にいじめを受けていた兄のことを思い出す。兄が不登校気味になり、学校に行かなくなってから明るくなった記憶や、いじめの長期的な影響を考える中で、父の葬儀で大泣きしていた兄の悲しみについても初めて想像する。自身の子ども時代や大学時代の嫌がらせ、高校時代の父の死も振り返り、高校のクラス替えが自分への配慮だったのかもしれないと気づく。最後に、人とつながらず読書時間や冊数を記録できる読書管理アプリをきっかけに、本を過去一番読むようになったと話す。
『いじめ後遺症』から思い出した兄の中学時代
喪失感は突然に、第62回目の配信です。 今回は、いじめ後遺症を読んで思い出した兄のこと、です。
3ヶ月ぶりぐらいの更新になりました。 いやー、毎週やってた時って、私なんだかんだ偉いなーって、ちょっと思った。なんかこう、
練り出してるわけではなかったけども、でも本当、次からこう話すことがあったわけなんですけど、最近ないのかって言われたら、そういうわけでもないのですが、やっぱりこう、
続けるっていうことの難しさを、なんか痛感している感じではあるのですが、でもまあ、やめずにやっていけたらいいなというふうに思いまして、
自分のタイミングでできたらいいなというふうに思っていますが、もう少し更新頻度を、毎回言ってるけど、ちょっと上げていけたらとは思っていますが、
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。なんか最近台風が多くて、雨もね、本当、ひどい時が続いていて、
なんかまた台風来るらしいですよね。今年本当に多すぎなんですよね。
でも、この度の災害というか、本当に大変な地域に住んでいらっしゃる方もいるかもしれないのですが、
どうか眠りをなさらずに、お体を大事にしていただければというふうに思っています。
ということで、早速本題に入ろうかと思います。
この間、斉藤玉樹さんという精神科医の方の本、いじめ行為書を読んだんですね。
で、なんだろう、なんとなく自分でも感じていたことというのが書かれていたわけなんですけども、
読んでいて、兄のことがどんどん考える時間が長くなってきちゃって、
ちょっとしばらくやめてみたりとかしてたんですけど、
そういえば兄は中学校の時にいじめを受けてたらしくて、
なんか、お兄ちゃんの友達が母に教えてくれたらしくて、
母は学校に相談していたようなのですが、改善したかどうかよくわからないんですけど、
割と不登校気味になっていたような、
私がでも記憶しているのは、中学校3年生の時に修学旅行に行かなかった。
母が当日になって行かないと言ったらしくて、
母が集合場所まで行って休むというのを伝えたらしいんですけど、
それで、高校へは行かずに、自営業だったので、
それを継ぐために外へ、修行という形で出て仕事しに行ってたんですけど、
なんかね、それからの方が兄は明るくなったような気がして、
それまで全然あまり喋った記憶、中学校の時多分ないんじゃないかな、
小学校高学年とかで、なんか喧嘩みたいな感じになってしまうし、
言い合いになってしまったりとかしてた気がして、
記憶にあるのは、学校行かなくなった方が明るくなったし、
一緒にご飯食べるようになったし、話すようになったなと思っていて。
いじめの影響と兄の悲しみを初めて考える
それで本の中で、いじめ被害を経験したASDのある子供にタイムスリップ現象が起きると、
些細なきっかけから過去の体験をありありと想起して、
パニックになったり、一緒に冒険を吐いたりしてしまうこともあるとされる。
で、この辺りの文章を読んだ時に、なんかバーッとお兄ちゃんの子供が巡ってきてしまって、
決して兄がASDっていう診断をされたわけでもないし、
そういったものはなかったんだけど、
ただ、なんかそういえば、中学校の時に近くのコンビニでいきなり転換のような症状というか、
なんか一回倒れたことがあって、それでその時だけだったんだけど、
その後特に何か病名とかなんか症状があったわけじゃないんだけども、
なんかそういったことを思い出したりとか、
亡くなった時の一緒にも、仕事場でのなんかそういった嫌がらせ的なことみたいなのが書いてあったんですけど、
なんかそれを読んだ時に私は、
いじめ後遺症の本に書かれているようなものの重大さというか、
重さをそこまで考えてなかったというか、
それよりも自分がとんでもないひどいことを言ってしまったとか、
態度をしてしまったっていうことの方が大きくて、
なんかすごいおこがましいというか、すごいなんか自分勝手で嫌なんですけど、
なんかこう私のための一つとしてこれを書いてくれているのもあるのじゃないかというふうに、
私がこう自責、後悔とかを持たせないためにとか、
そんなことをちょっと考えてしまっていて、
そのことに対して、
すごいなんだろうな、
嫌な思いをしてたんだなっていうのはすごくわかったし、
なんかこう眠れなくなってしまったとか、
フラッシュバックすごく起こすみたいなことが書いてあったのも、
あまりこう自分のことの方が大きくなってしまって、
重大なことと捉えていなかったというか、
でも実際、中学校のときのいじめとかって結構暴力もあって、
家からお金がなくなっているというのはお母さんから聞いていたから、
だからもしかしたら教科室的なものもあったのかもしれない。
ってなると、犯罪に近い犯罪になるいじめになるし、
そういったことの後遺症というところの話が書かれている本なんです。
何十年たってもやはりこうフラッシュバック起きてくる引きこもりになる。
あと海外だと、
高齢の方が子供時代に受けたいじめが原因で、
殺人を犯すっていうようなエピソードも書かれたりとかしていて、
だから兄がどういうふうに考えたかとか思っていたかっていうのはもちろんわからないんですけども、
いろんな思いがあったんじゃないかな。
この本を読んでいた時に、
父が死んだ後の滑走場で、
兄がこう、お父さんの知り合いに抱えられるように大泣きしている姿を、
私は後ろの方から見ていて、
実際兄とお父さんの話をしたことが、
したことはゼロではないんだけど、
でも悲しみとか辛さとかそういう話ではなくてね、
お母さんのことに対しての話はしたことあるんだけど、
実際どうだったかって一度も話したことなかったし、
もし生きてたとしても、きっと話すことはなかったような気もするけど、
初めて話せればよかったなーって思って、
だから兄が19歳の時にお父さんが亡くなっているわけで、
もしかしたら、
私がお父さんが死んだのが自分のせいだって少なからず思っていたように、
兄もそんな風に思っていたのかなーなんていうのをね、
ちょっと初めて思った。
父が死んでからもう30数年経つんですけど、
こういう感じのことを思ったのが割と初めてで、
何十年経っても初めて考えることっていうのが出てくるなーって、
これまでも何度もそういうのがあって、
こういうのを初めて考えたなーとか、
これまですごいたくさんいろんなことを考えてきて、
出し尽くしているとは思わないんですけど、
でもなんかこういろんな角度から考えることって、
すごいたくさんあるんだなーって改めて思ったんですよね。
自身のいじめ体験と過去の記憶
いじめ子一緒の子を読もうと思ったきっかけっていうのは、
全然兄のことこんな風に考えるとは思ってもなくて、
最近子どもと子育てする保護者の方をサポートする仕事とかもし始めていて、
子どもに関する本とかも結構読んでいて、
トラウマに関しての本だったりとか、
思春期の子どもたちの話を読んだりとかしていて、
だからこう自分の子ども時代のことを考えることがすごく多くなって、
いじめになるのかならないのかちょっと分からないけど、
無視されたりとかするのはあったし、
なんかこうクラスに戻ったら自分の机の中のものが全部出てたりとかしてて、
やっぱ犯人わかっているんですよ。
大学の部活の同級生だったんですけど、絶対あいつだってやつがいて、
目の前で嫌がらせとかもされてたから、
でもあんま無視とかしていて、
反抗的な態度を私はとっていたんですけど、
その後1年の時で2年生の先輩になんか占められて、
ざまみやがれとか思ったりとかして、
今でもその人と会いたくないし、
小学校の時も急になんか仲良かった人に無視されるようになったりとかして、
俺も全然理由がわかんない。
ただ中学校別のとこにも行く予定だったから、
その人たちと一緒じゃなくて、
ただその人は確か私立とか行ったのかな。
周りに取り巻きの人たちが区立に行ってたとしても違う中学だから、
別によかったけど、
いまだに絶対会いたくない。
あんま同窓会とか行ったことないのもそういうのもあるし、
同窓会行かないのは、
特に小学校は周りに父親が死んだことを、
なんか知らないけどみんな知ってたから、
みんなかどうかわかんないけど、
全く伝えてもないのに、
お葬式に来てくれてた人たちがいて何にも。
なんかやっぱり思ったのは、
なんで知ってんだろうって。
なんかちょっと仲良かったけど、なんであの人いるんだろうとか、
そういうことを思ったかな。
そんなすごい何十年も前の昔のことを思い出しながら、
小学校の時こうだったな、
中学校の時ああだったなとか思い出してて、
高校のクラス替えはケアだったのか
あと本はちょっと話変わるんですけど、
その本のいくつか読んだ本の中に、
いつめんみたいな話のやつが出てきて、
問題があるいつめんのメンバーとかを、
クラス側の時に分けると、
とても学級崩壊を起こして分けれないみたいな話を読んだんですよ。
自分の時どうだったかなと思って、
中学校の時に、
2年生と3年生に上がる時に、
2年生で一番仲良かった友達は3年の時に一緒になったんだけど、
そういうのも分けない理由とかもしかしたらあったのかなと思いながら、
この本を読んだ時に本当に思ったのは、
高校生の時に、
私はダンス部で、
それで4月に入学して、4月に父親が亡くなったんですけど、
学校に何て言ったのか、
私はもちろん言ってなくて、親が何て言ったかちょっと分からないんですけど、
もちろん亡くなったことは伝えてると思うし、
どう亡くなったのかは伝えたかどうかは分からない。
1年生の時に、クラスよりもダンス部の友達の方が仲良くて、
特に仲良かった友達たちがみんな同じクラスになったんです。
2年生の時に。
すごいこんなことあるんだなと思って。
でもその時は、そういう風に仲良い人たちを集めてクラスにするっていう、
それこそね、いつめみたいな子たちをグループで、
いろいろ考えながらクラス替え先生したのかもしれないっていうのと同時に、
もしかしたら私のケアでもあったのかなって初めてね、これ思ったんですよ。
だからその1年の同じクラスだった子じゃない子、その子たちももちろん仲良かったですけど、
それよりもダンス部の仲良い友達たちを一緒にしてくれたっていうのは、
私が孤立しないようにだったりとかの配慮があったのかなって。
高校の時には本当穏やかなクラスで、
それぞれいろんなグループはあれども、
でもみんな緩やかに仲良くて、
虫があるとか、
違うクラスではそういうのがちらちら聞こえてくることもあったけど、
私のクラスの時はそんなことほとんどなかったし、
誰か1人を無視するようなこともなかったし、緩やかにみんな仲良くて、
私割とカメラ好きだったから、カメラ持って行ってみんな写真撮っても全然受けてくれたりとかしてて、
全員に写真撮ることもあったりとかして。
もしこれが孤立するようなことがあったりとか、いじめがあったりとかしていたら、
私、高校の時に記憶にあるのが、
高校ではすごい楽しく、お父さんのこと何も考えないでクラスとか過ごしていけたのに、
家帰ってくると大泣きしてみたいな感じで、自分が二重人格なんじゃないかとか、
なんでこんなに本当私は悲しくないんじゃないかとかっていう、
いろんなよく分かんない気持ちを抱えながら過ごしていたっていう記憶しかなかったんだけども、
でも以前、友達が高校の時の写真見せてくれて、すっげー楽しそうに笑ってて、
なんか超楽しそうだなこの人みたいな、自分でも思えるような顔をしてて、
だから割とそれで、なんていうんだろう、引きこもりとかもならずに、
学校に行けてて穏やかに過ごしていたんだなーって初めて思った。
どちらかというと、進学の時に大学に行こうとして勉強とかしたけど、
途中でお金のこととか言わなかったのかもしれないけど、やめたわけですよ、大学進学するの。
その時にね、奨学金とか教えてくれていたら大学行けてたのにっていう風にずっと思ってたんです。
今思うと、奨学金も大変だったんだろうなーって思えるけど、
その時はね、ずっと思ってたけど、そんなこともありつつ、
クラス替えで、2年3年は同じクラスだったから、
すごい、実は私はケアされながら、高校3年間暮らしてたんだなーって初めて思えたりとかして、
何年経っても、さっきの話にまた戻るんですけど、
初めて考える、初めての発想っていうのがあるなーと思った、今日この頃です。
読書管理アプリで読書量が増えた
あと、去年の終わりぐらいだけど、めちゃくちゃ本読むようになって、
上から本好きなんですけど、読むようになったきっかけっていうのがすごい単純なんですけど、
お気に入りのiPhoneアプリを見つけたんですよ、読書管理の。
今までなんとなくずっと使ってた読書の管理アプリがあって、
他に変えようがないから、仕方なくずっと使ってたんだけど、
でも、今回、去年見つけたやつは、ものすごい自分にぴったし合っていて、
読む時に始める、スタートってやって、終わった時にストップってやって、
なんかスイッチが入るんですよ。
それで何時間読んだとかっていうのを管理して、
終わったら、月に何冊読んだとか、いくら使ったとか、いろんなこと書かれてて、
何がいいって、人と繋がらない。
読書アプリって、なぜか結構人と繋がる機能が結構あって、
誰かの口コミを読むとか、自分も書くとか、
確かにそういうので新しい本を出会えるっていうのもあるんですけど、
私あんまこう、本の感想を書くのがすごく苦手だし、
なんか、そうやって見られるみたいな、いうような行為を考えてしまうと、
なんか萎縮しちゃうというか、
なんか一人コツコツコツコツなんかこう、ログを取っていく方が、
本に関しては合ってると思って、
なのでそれ使い始めたら、なんか過去一読んでいる年になっていて、今。
そういう話もね、なんかこう、またできたらなというふうに思っています。
今日はこんなあたりで終わりにしたいと思います。
またねー。
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