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スピーカー 1
キサクロをいっぱい聞いてくれていて、
お便りも、
スピーカー 2
聞いてくれてます。
スピーカー 1
YouTubeのコメントも定期的にくれるリスナーさんです。
スピーカー 2
そうです。
お便りたくさんくれてます。
スピーカー 1
本当に心の支え。
その人が教えてくれたんやね。
なるほど。
スピーカー 2
そう、この人が教えてくれました。
この本さ、やっぱり、
哲学っぽいアプローチだなって思ったのは、
優しいっていう言葉の語源とか定義みたいなところから考えてて、
結局、優しいってそもそもなんだ?みたいなところを、
1回考えた後に、
考えた後に、
じゃあ、それってどういうことなんだろう?
日常生活に落とし込むとどうなんだろう?みたいなふうに、
考えさせてくれるのが、すごいいい本なんだなって思っています。
で、
私、この本を読んで、
優しい状態って、
実は結構すごいことなんじゃないかなっていう気づきがあったのと、
この本のタイトル通り、
優しいは続かないんだよなって心持ちでいると、
ちょっと日々の生活、
っていうか、なんだろうな、
自分の気持ちの持ち上が楽になるなって思ったのかな。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
自分はそういう心持ちでいた方が楽だな、みたいなところがすごい気づきとしてあって、
今日はそんな定義の話と、
気づきの部分を中心に話していきたいと思っております。
スピーカー 1
だって、優しくなれないことにさ、
やっぱ、
罪悪感とかさ、
思っちゃうもんね。
スピーカー 2
あるある。
私、あの時優しくなかったな、みたいな。
スピーカー 1
でも確かに、
優しいってつまり、
なんだ?みたいなことは、そんな深くは考えてないんで。
確かに。あなたの優しさと私の優しさは違うかもしれないもんね。
そうそうそうそう。
確かに。
スピーカー 2
まさに今日そういう話するよ。
スピーカー 1
はいはい。楽しみ。
スピーカー 2
はいはい。楽しみでしょ。
じゃあ、この本に入っていくにあたり、
最初から質問になるんですけど、
じゃあ、そらやんにとって優しいってどういう状態なんですか?
スピーカー 1
優しい状態でしょ。
スピーカー 2
そうそうそう。
スピーカー 1
めっちゃ具体的に、
私めっちゃ具体的に、
自分の優しい状態、
こうだろうなって思ってるものがあって、
それは、
自分の好きな食べ物を人に心よく譲ることができる状態。
その自分は優しい自分。
なるほど。
スピーカー 2
自分の好きな食べ物を人に譲ることができる。
スピーカー 1
できる。
しかも心よく。
ああ、みたいな感じじゃなくて、いいよって。
スピーカー 2
心から喜んであげられる状態ってことね。
スピーカー 1
そうそう。
それで自分が削られてる感じがない。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
いやでも、心よくじゃなくても、
好きなものを人にあげられる時点で結構優しい。
優しいと私は思う。
優しいと思う。
ほんと?
うん。
スピーカー 1
でもさ、だって、えーとか思いながらあげてるのはあんま優しくなくない?
スピーカー 2
確かにな。
じゃあ、やっぱり心よくも大事なんだね。
うん。
そうね。
スピーカー 1
そうそう。
結果より自分の中の状態が、私は。
スピーカー 2
なるほど。
うん。
精神状態も大事ね。
いいね。
そりゃ、やっぱいい質問の答えですよ、それ。
スピーカー 1
ほんと?
そうなんだ。
スピーカー 2
っていうところから入りますけど、
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
まあ、この本の中に出てくる優しいっていうのは、定義をね、優しいの定義を言うと、
しかも2つあって、
スピーカー 1
あ、2つあるんだ。
スピーカー 2
そう、2つある。2つあるうちの1つからまず紹介すると、
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
自分が持つコントロールの権利を手放して、それを相手に委ねる行為である。
なんかピンとくる?
スピーカー 1
ちょっと難しい。
スピーカー 2
難しいよね?
うん。
でもさっきのそらやんのやつも、だから好きな食べ物のコントロール権を手放してるっていうことで、
すごくこの定義に合致してるんだけど、
うん。
じゃあ、この本の中に出てきて、しかも私とそらやんがめっちゃ共感できる具体的な事例を紹介しようと思うんだけど、
例えばさ、そうだな、小学校あがらないぐらいの子供たちがいる親だと、自分をみなさん思ってください。
リスナーさんも思ってください。
そうなったときに、外出先で雨上がりの公園に出くわしました。
子供と一緒に水たまりを見つけました。
スピーカー 1
水たまり。
スピーカー 2
雨上がりの水たまりがあります。
子供と一緒に発見しちゃいました。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
子供が、水たまりに入ってもいい?って聞いたとき、そらやんはなんて答えますか?
スピーカー 1
いや、ね、絶対入りたがるよね、彼ら。
絶対入りたがるじゃん。
時と場合による。
スピーカー 2
時と場合によるよね。
スピーカー 1
時と場合による。
それがさ、お家に帰るとかだったら、私はいいよって言う。
もう、あとお家に帰るだけだから。
スピーカー 2
なるほどね。外出から帰宅する途中だったらね。
スピーカー 1
そうそう。これからどこかに出かけるとか、しかもそれがなんかこう、ちょっときれいなお洋服を着てご飯を食べるとか、そういうところだと、ちょっとイエスとは言えない。
スピーカー 2
そうね。お洋服汚れちゃうからね。
スピーカー 1
そうそう、まだあるねみたいな。
スピーカー 2
そう。めっちゃ考えるよね、なんか。
スピーカー 1
めちゃくちゃ考える。
スピーカー 2
いいよって言ったら、彼らはダイブするじゃん。
する。
ダイブするけど、そのあと、今持ってるタオルで足りるかなとか。
スピーカー 1
そう。着替え持ってるか持ってないかも結構大事だね。
大事、大事。
スピーカー 2
帰るだけとはいえさ。
すごいこれ、みなさんに共感いただけると思うんですけど、だからぶっちゃけ遊ばないでっていうこともできると思うんだよね。
スピーカー 1
そうね。
スピーカー 2
ごめん、水たまり入っちゃダメ。
スピーカー 1
ダメだよって。
スピーカー 2
今お出かけ中だからダメだよって。
でも、もし私やソラヤンが子供に対してさ、禁止とか、それはやめてとかって言ったら、
それは私たちが子供の行動をコントロールしたことになるんだよね。
私たちは子供たちをコントロールする権利を行使したわけですよ。
そうやってコントロールしたほうが楽な場面っていうのも実際にあると思うんだよね。
スピーカー 1
めちゃくちゃあるよ。
スピーカー 2
そう、めちゃくちゃあるよ。
スピーカー 1
めちゃくちゃあるよ。
スピーカー 2
で、この優しいのさっきの定義に戻るんだけど、
定義の一つ目は、自分が持つコントロール権を手放して、それを相手に委ねる行為じゃん。
スピーカー 1
なるほどね。
スピーカー 2
だから、私たちが子供たちをコントロールする権利、コントロールするみたいなことを一回手放して、
いいよ、好きにしていいよみたいな、好きなようにさせるっていうところは優しいの。
スピーカー 1
一つ目の定義に当てはまるんだよね。
スピーカー 2
相手にそれを委ねるってところが結構ポイントだと思ってるし、
手放してるのは、そのコントロール権だけじゃなくて、
自分の時間とか体力とかも、その優しさを発動した時点で手放してることになるっていうのがポイントで、
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
だってさ、そう。
スピーカー 1
出ないよ、水たまりから30分ぐらい。
スピーカー 2
そうそうそうそう。
すぐに帰れたかもしれないこの時間をさ、水たまり遊びという時間に取られ、
かつ帰ってからも、その後片付けというタスクが発生し、
スピーカー 1
この30分でご飯作れたなーとか。
そうそうそうそう。
スピーカー 2
この洗濯する時間実はなかったよなーとかっていうのが、
スピーカー 1
確かに。
スピーカー 2
発生するわけですよね。
スピーカー 1
全部手放してる。
スピーカー 2
自分の時間であったり、精神力だったりするかもしれないけど、
そういうものも手放して相手に委ねてるっていうことになるわけだよね。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
コントロール権を手放して相手に委ねるっていうのは、
けっこうすごいよくわかる1つ目の定義だなって思って、
しかももう1個定義あるんだよね。
スピーカー 1
あ、そうか。2つあるって言ったもんね。
スピーカー 2
そう、2つあるからね。2つあってもう1個のほうもある。
で、もう1個のほうはけっこう重くて、
その委ねた結果、起こることの責任は引き受けることっていうふうに続きます。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
そう。さっきのコントロール権を手放すことと合わせて、
この2つがそろったときに、初めて優しいっていうふうに、
この本の中では定義されてるんだよね。
スピーカー 1
それな。
うん。
スピーカー 2
そう、まずその1つ目のハードルのとこだけど、今すごい自分の場は盛り上がってるじゃん。
盛り上がってるとするじゃん。
スピーカー 1
うん、盛り上がっているんだね。
スピーカー 2
盛り上がって話してたのに、その人に声をかく。
あ、ふと気づいて、あの人が1人だって思ったときに声をかけていくってことは、
いったん自分はその場から離れるわけじゃん。
スピーカー 1
そうだね。失礼ってね。
スピーカー 2
だから、自分のさ、今この場にいるというコントロール権を同僚に手渡すというか、
そっちの行動に移すために、いったん手放すことになるじゃん。
スピーカー 1
なる。
スピーカー 2
で、実際その行動が取れるかっていうところが、まず1つ目のハードルだよね。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
で、2つ目として、それが本当に相手にとっていいことかどうかっていうところは、
こっちにはわかんないんだよね、正直。
スピーカー 1
そうね。私だったらだよね、あくまでも。
スピーカー 2
そうそうそう。私だったら声かけてほしいなって思うから、声をかけに行っただけで、
実はその人はさ、めっちゃ盛り上がってさ、今1人になったタイミングかもしれないじゃん。
スピーカー 1
たしかにね。ちょっと疲れたなとかね。
スピーカー 2
そうそうそうそう。ちょっと今1人で、なんかちょっとご飯とか食べたいなみたいなこと考えてたタイミングだったかもしれないじゃん。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
で、もしその行動を相手が望んでなかった場合っていうのは、
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
まあ、行ってしまえばありがた迷惑なんだよね。
スピーカー 1
そうね。
スピーカー 2
ね。行動に移してよかったのかなとか考えちゃうよね。
スピーカー 1
なるね。
スピーカー 2
なるよね。で、しかもその3つ目のハードルとしてが、その行動に移して悪い行動にならないかってところなんだけど、
悪い結果?
そう、悪い結果。悪い結果にならないか。
まあ、その同僚は幸いにも、その声をかけてもらって嬉しくて、自分のいた輪に入ってきてくれたんだけど、
うん。
まあ、そういうふうに同僚が入ってきたことによって、まあ輪の雰囲気が変わってしまったとか、
スピーカー 1
元彼がいたとか。
スピーカー 2
いや、なんかさ、いろんなことがあるじゃん。なんか実はちょっと、
スピーカー 1
元彼がいたとか。
スピーカー 2
元彼がいる場合はちょっと、
元彼がいればさ、ちょっと職場だからさ、職場ではあんま発生しないと思うけど、
例えばちょっとあの、今仕事上でちょっとバチバチしてる人だったとかさ、
スピーカー 1
ああ、そうね。まじで気まずい。
スピーカー 2
そう。
ってなったときに、その場合もやっぱり、招き入れた自分の行動が恨みに出たみたいな状態だよね。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
でもさ、その自分のコントロール権を相手に委ねて、かつその結果起こることの責任を引き受けることっていうのが、
この本で紹介されている優しさの定義なので、
なんか、要するにそのちょっと場の雰囲気悪くなっちゃったやつの後始末とかまでできて、
スピーカー 1
優しいってことになるんだよね、この場合は。
なるほど。
スピーカー 2
結構優しいって大変なことだと思わない?そらやん、これ。
スピーカー 1
いや、てか、あんま深いこと考えてなかったな。立食パーティーで恋をかける。
スピーカー 2
そうね。
スピーカー 1
過去の恋愛の関係を引き当ててしまう可能性も、だってないことないもんな。
そのリスクまでは全く考えてなかった。
でも確かにね、それをこう、そうだよね、あたしがなんとかしなきゃだよね、そうなったとて。
スピーカー 2
そう、そうなったとてね、ちょっと招き入れてさ、ちょっとあ、やべって空気になったら、
じゃあちょっとここで一旦こう、解散します?みたいなのとかさ、ちょっと違う話題行きます?とかさ、
やっぱこう招き入れた側がやっぱやるじゃん、そういうことって。
スピーカー 1
確かにそれは優しさだわ。
スピーカー 2
そう。
スピーカー 1
さっきのさ、水たまりの話もさ、入っていい?って言われて、めっちゃびしゃびしゃになり、
なり。
で、家帰ってさ、
うん。
で、その汚れがどうしても落ちないとかさ、
スピーカー 2
まあね。
スピーカー 1
でもすっごい気に入ってたお洋服だったと、本人が。
スピーカー 2
ね、あるよね。
スピーカー 1
すっごい汚くなって、もう再起不能だと。
スピーカー 2
そう、どろって落ちないからね。
スピーカー 1
そう、落ちないから。
スピーカー 2
もうそしたらさ、でももうショックじゃん、コラは。
スピーカー 1
ショックだね。
ういー、みたいに。
でもさ、それでこうね、
いやあんたが、あんたが水たまり入りたいから、入ったからじゃん、みたいに言うこともできるけど、
うん。
でもまあそう、まあでもいいよって言ったのは私だしなっていう気持ちで、
じゃあどうすっぺこれっていう風に、
新しいの買うかとか、
なんかもうちょっと他の方法を探してみるか、きれいにする方法を、みたいなのは確かに優しさだよね。
スピーカー 2
そう、それも確かに起こした結果の責任を引き受けてるよね。
スピーカー 1
確かに。
だからそういうこう2つのその優しさが発生、優しさたる状態が2条件あるっていう風になると、
立食パーティーで声をかけるとかさ、さっきの水たまり入っていいとかはさ、
なんて言うんだろう、こう、そこまでさじゃあ優しさの条件1、優しさの条件2みたいな感じで考えはしないじゃん。
スピーカー 2
しないしないしない。
スピーカー 1
瞬間瞬間にそのさ判断するっていうか、
瞬間瞬間にできるできないみたいなのを判断してて、
それは優しさの定義に基づいてるっていう、
基づいてこう考えてるっていうよりは、そこまで深く考えてない。
ないし、たぶん日常で起きる優しさって、
大にしてそういうこと、そういう風に起きていることだと思っていて、
でもこうやってその、なんだろう、時系列で全部、その後に起こることとかも含めて、
どうにかしようどうにかしようって多分思い続けてるのは本当にそうで、
1回その優しさスイッチをビシッて、
これは私はもう優しさモードで行くみたいに。
多分無意識に判断したとしたら、
まあどうにかしようどうにかしようみたいにやって、
一連の出来事が終わるまで多分その優しさモードは続くんだと思うけど、
だから普段そんなにこう、
まあ私は特にそうだけど考えなしにやってるけど、
2つの条件までこうやって言葉にしてもらうと、めっちゃ大変なことをやってるね。
スピーカー 2
めっちゃ大変なことをやってるんだよ。
スピーカー 1
起こったことの責任を引き受けるっていう点で、
スピーカー 2
ものすごいハードルが上がるなっていう。
そう、2つ目のところが結構重いよね。
スピーカー 1
例えばさ、その水たまりもさ、相手の自由にさせるまではできると思うんだよね。
いや、なんかその後どんなに靴がびしゃびしゃでも、
必ず自分の力で、自分の足でお家に帰りましょうとか、
スピーカー 2
この汚いのは自分で洗いましょうとか、
スピーカー 1
っていう感じになるじゃん。
起こったことの責任を私が引き受けないってなったら、
そうね、それを子供に追わせた場合はそういうことになるよね。
だから、水たまり入っていいよみたいに、
でもその後のことは知らないよねまでだったら結構できることは多い。
その、水たまり入った後の責任を取るっていうと、すごいこう大変なんだよ。
スピーカー 2
でも、そうだから、そういうふうに言うこともできるけど、
やっぱりその場合は、やっぱ1つ目の条件しか満たしていないから、
この本の中では優しいにはならないんだよね。
でも、そうやって言われたら子供の方も、じゃあやめるとか言うかもしれないし、
そういう要素も使ってコントロールしてしまう場面もなくもないなと思ってて、
だから、その2つ目までやる心構えでいないと優しいってことにならないけど、
やっぱり日常生活ではそこまでやっぱり責任を負えないよって思ってたのかなとかさ、
そういう気づきもあるよね。
スピーカー 1
確かにね。
それだけ。
それはそうだね。
スピーカー 2
いやそう、そらやんが言うように、やっぱ後半部分が結構重たくなってくるから、
やっぱり私は人に優しくするのってすごい、想像以上に大変だなっていうふうにこの本を読んで、
この定義の部分を読んで思ったんだよね。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
そう、やっぱりあんまり意識してなかったけどさ、
優しくし続けるって大変だなっていうのはさ、ぼんやり頭の中で思ってて、
それを言語化してもらえたんだなみたいなのが、すごいこの本で読んでて思ってたら、
ナッシーの感想なんだけど、
で、これすごい定義の説明にめっちゃ時間かけたんだけど、
この特に前半部分、自分のコントロール権を相手に委ねるっていうところは、
結構私たちは日常的にやってて、そこをマイクロカインドネスっていう言葉で、
この本の中では言っています。
だから前半部分、優しさの定義の前半部分はマイクロカインドネスっていう言葉なんだよね。
スピーカー 1
親切か、カインドネスだから。
スピーカー 2
そうそうそう、親切。
スピーカー 1
親切っていうことで、行為としては成り立ってるんだな。
OK。
スピーカー 2
それとしても成り立ってるし、その小さな親切みたいなところは、
やっぱ結構みんなとっさにとか、日常的にはやってるんだよね。
スピーカー 2
例えば電車の中で誰かが落し物をしたから拾ってあげるとか、
っていうのは普通に今優しくしようとか考えずにやることない?
スピーカー 1
なんか落ちましたよみたいなことは。
スピーカー 2
そういうことって、やっぱり日常生活でそういうとっさの場面とかだと、
あんまりその優しさの定義の今度後半部分だったら責任みたいなところは発生しづらいから、
そういう意味で、そのマイクロかインドネスのところは日常的に起こってるし、
でもそれ自体はすごく素晴らしいというか、非常に良いことが結構日常的に起こってることに、
私たちはあんまり気づかないみたいな話が、この本の次の章とかに続いてくるんだよね。
どうしてそうかっていうと、結局優しいの定義って、その責任のところまで含めての優しいだから、
もし関係性が、とっさの関係だったら、その後に責任は発生しないんだけど、
関係性が続いてく相手とかだったりすると、
一回善意でやってあげたこととかが、相手がそれができない状態のままでだと、
いつまでたってもできないから、いつまでもやり続けなきゃいけないとかってなったりすると、
結構それを自分がやり続けるのしんどいなって思う場面とか、
そういうのが想像できるかなって思うんだけど、そらやんこの場面はイメージできる?
スピーカー 1
想像できる。
想像はできるんだけど、ちょっとマイクロカインドネスの話に戻りたくて、
スピーカー 2
どうぞ。
スピーカー 1
著者はそのマイクロカインドネス、マイクロカインドネスは反射的にというか、あんま深いことを考えずにやってるから、
すごいいっぱい起きてる。
それがいっぱいあると、いいって著者が言ってる、いいってどういうことかがちょっと、
なんでいいってすごい冷たい人間に思えるかもしれないんだけど、
スピーカー 2
なんでいいかっていうか、優しく、だからとっさりだったら優しくできるよね。
だから優しくしようっていう目はみんなが持ってるんだよってことを著者は言ってて、
スピーカー 1
なるほど、優しくしたいっていう気持ちはある。
スピーカー 2
自分は優しくできないとか思ってる人がいたとしても、そういうふうにできるんだから、
スピーカー 1
人間は絶対にそういう優しさの目を持っているよってことをまず著者は言ってて、
スピーカー 2
あとは被災地の話とかが出てくるんだけど、
例えば助け合わなきゃいけない状態とかになったときには、
みんな避難所生活とかをもししてたとしたら、すごいお互いに優しくしてあげ合うというか、
優しい行動をお互いにし合うみたいなことが、たぶん集まった瞬間とかはできてるはずなんだよね。
もう自分も大変な状況だけど、相手も大変な状況だから助けてあげよう、助け合おうみたいな気持ちが、
そういうときには発生してるし、ああいう場はそういうふうになりたっていると思うんだよ。
でも、それがもしその生活が続いてったときに、やっぱり関係性とかができて、
あの人がいつもこういうことをしてくれたから、それを受け取ろうというか、
受け取ってる状態になってる人がいてとかなったときに、それがどんどん続いてっちゃうとさ、
関係が続いてくると、それはどんどんしんどくなってくるから、やっぱりなんだろうな、
優しい目は誰でも持ってるけど、それが続いてくる、つまり責任が伴ってくると、
どうしてもしんどくなってくるっていう話に続いてくるんだよね。
スピーカー 1
なるほど。
いや、なんかさ、ナッシーも好きなさ、近内先生のさ、
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
ゾウヨの本じゃなくてさ、もう一個の、リタケアの倫理学の本でもさ、
ああ、そりゃあ知ってたやつね。
あれでさ、そもそも人類はケアし合っていかないと生存できないから、ケアするものだみたいな。
スピーカー 2
あったね、そうだったね。
スピーカー 1
マイクロカインドネスっていうのは、そういうケアする本能みたいなところが人あるんだろうね。
そうだね。
スピーカー 2
そっか、その話もそっか。
スピーカー 1
だから、反射的に、反射的にって言い方おかしいけど、
たぶんそこまでさ、じゃあこの責任を私は負えるんですか?みたいなところまで考えないじゃん。
私の席譲るときとかさ、困ってそうだな、みたいなとか。
でなると、確かにその、私が思ったのは、だって優しくするのってすごい大変だってことがわかったと、定義にのっとると。
スピーカー 2
うんうん。
スピーカー 1
定義にのっとると。
で、
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
で、著者も優しさが続かない、続けることはしんどいと。
でも、なぜ私たちは優しさの芽をこう、発端をどうしてしてしまうのかっていうさ、
だったらやんなきゃいいのにっていうさ、優しくしない世界もあったはずだけど、
でもやっぱ本能的に、たぶんこう、優しさの芽を生み出したいっていう、
私たちの中の根源的な何かがあるんだろうなっていう、
ごめんね、すごい脱線して。
スピーカー 2
いや、わかった。そらやんがどこを疑問に思ったのかがやっとわかった。
そういうことで、なぜ優しいの芽を、そもそも優しくしないという選択はなかったのかっていうところが、
スピーカー 1
そらやんは疑問だったんだよね。
だってさ、こんなに大変だって言ったらさ、だったらやんなきゃいいのにってなるやん。
スピーカー 2
まあね、ありがた迷惑になるぐらいだったらね。
スピーカー 1
そうそうそうそう。でも、だったらやらなきゃいいのにっていうふうに思う瞬間もきっとあるんだろうけど、
でも、ぱっと反応的にする優しさって、マイクロカインドネスって、本当に深く考えてないと思うんだよね。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
友達がさ、隣でさ、鼻血出したと、ティッシュあるかなみたいな。
スピーカー 2
そうそうそうそう。なんかとりあえずなんか拭くものみたいなさ。
スピーカー 1
そうそうそうそう。それ、なんも考えてないじゃん。
でも、それマイクロカインドネス。
スピーカー 2
そう、それマイクロカインドネス。
スピーカー 1
このマイクロカインドネスは、なぜ発生するのかっていうのが、
私たちはだから、優しさの前半を生み出さずにはいられない生き物なんだろうね。
スピーカー 2
そうだね。それはそうだと思う。
スピーカー 1
愛おしいね、私たち。
スピーカー 2
そうね。
スピーカー 1
かわいいじゃん。
スピーカー 2
やらなきゃいいのにっていうふうには、なりきれないくらい、ちゃんとみんなは思ってる。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
優しいよ。
スピーカー 1
ただ、その後半がね、責任を負うっていうところまでいくと、あーってなるってことだね。
スピーカー 2
そう、責任を負うってなると、結局その優しいつもりで、相手を助けるつもりでやってたことが、
いつまでも相手の成長にならなくてさ、とか。
スピーカー 1
そうだね。