こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。
新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船の河地です。
僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうと日々頑張っております。
このラジオではですね、私3人が保育関係者の皆さんにぜひ読んでほしいなという本を
毎週紹介しながら、いろんなおしゃべりをしていこうという、そんなお勉強をしていくラジオになりました。
なってました。
なりました。というわけで、今回はまた河地さんからの紹介ということで。
今日持ってきた本はですね、先にタイトルを言ってしまいます。
榎本博明さんという方が書かれた、「絶対謝らない人」という本です。
絶対。絶対謝らないんだ。
絶対謝らないですよね。副題みたいなので、なぜそこまで自己正当化に執着するのか。
面白そうだね。
自らの非を決して認めない人たちの真理っていう。
いいですね。いいですね。
僕らの別荘っていうYouTuberの石井さんみたいな人を想像しながら聞いたらいいでしょうか。
謝ったら負けって言ってるので。
お笑いとして消化されないそういった人の真理が分かるかもしれないですね。
そうです。いきなりですけど、実際どうですか。
木曽さん、さちろ先生は、今一緒に働いている身近にいる人で謝らない人って何かいますか。
例えばその明らかにその人のミス等にすみませんって言えないとか、
ステッキすると逆切れされるとか聞いてません。そんなこと聞いてませんけどしら起きるみたいな。
あんまりいないかもね。
単純にどうなんだろうな、関わってる人が少ないっていうのもあるかもしれないけど、
でも謝るというよりは、自分が悪くてもなんかごまかしていくスタイルの人はいるかもしれないね。
なるほどね。
謝らないっていう人はあんまり大人ではいないけど、
子供と関わっててすぐごめんねって言えるタイプのお子さんと、
全然謝れないみたいなタイプのお子さんは一定数いるなという印象はあるかな。
分かる。僕も子供の例としてはなんとなく分かるんだけど、
大人でそんな人最近増えてるの?みたいな感じはするんだけど、
この本の前提はそういう人が増えているんですよね、みたいなところから入っているので、
どうやら僕らがたまたま周囲にはあんまりいないけど、増えているらしい。
なるほど。そういう世界だという前提の話を今日は聞いてくれた。
あとはネット上では謝ったら死ぬ病みたいな言われ方をするっていうか、
さっきね、それこそしろすんで出してくれたけど、冗談っぽく、
僕らの別荘というYouTubeにもそういうキャラクター性を持っている人がいたりとか、
あと政治家とかの記者会見で誤解を与えたとしたら遺憾ですみたいな。
これって謝ってるようで謝ってないよねっていう。
確かに確かに。謝られた気は一切しないもんな、あれは。
こういう人が増えてるし、今言った政治家の記者会見も含めて、
絶対に謝らない人たちっていうのを心理を解剖してどう付け合えばいいかっていうのを教えてくれるのがこの本なんですよ。
なるほど、楽しみですね。
今回もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
はい、というので実際この本の内容を最初にちょっとざっくり紹介させてもらうんですけど、
この本そんなに分厚くなくて、新書で196ページとかなんですよ。
新書なんだ。
196ページ以内とかなので、結構、今木曽さんとチロ先生見せてるけど結構薄めです。
はいはいはい。
ほんとだ。
かなりね、スッと読めそうで、新書はそんな大きくないので、そんなに文字数も多くない。
で、大きくこれ3つのことが書かれてて、1個目はですね、謝らない人の具体的な事例っていうのがめちゃくちゃ載ってます。
具体的な事例なんだ。
へー。
こういうこと言えない人とか、ミスを指摘すると謝るどころかキレる人とか、
自分が悪かったという想像力が働かない人とか、
そういう事例的なものがすごいたくさん載ってて、
職場でこういう人いるよねみたいなパターン集みたいなものが最初に載っていますと。
ほー。
だからなんとなく読んでると、人生で1回ぐらいこういう人会ったことあるかもなーとか、
あーこういう人いるよねとかは1度ぐらいはなるかもしれないし、
まあ人によっては、めっちゃいるなーみたいなこともあるかもしれない。
うーん、環境次第だね、それはね。
なるほどね。
で、その具体的な事例があって、あるあるってなった次で、
じゃあなんでこの人たち謝らないんだろう、謝れないんだろう、
みたいな心理的なメカニズムはこういうことですよ、みたいな分析を入れて。
うんうんうん。
で、最後にそういう人たちとどう付き合っていくといいですよ、みたいなことが書いてあります。
なるほど。
あるあるがあって、分析があって、対処法があるみたいな、
まあある種この論文の変形的なパターン。
三段構成みたいなやつね。
そうそうそうそう。
まあこれ別に、働く人みんなとか、最近の若者みたいなのかわかんないけど、
そういうおっきい主語で言っておられるけど、
まあ今回は特にじゃあ保育園で働く方に、
この本なんで読むといいの?っていう起立詞でちょっとお話をさせてもらえればなと。
うんうん。
思ってます。
はい。
一例ちょっと読んでちょっと笑っちゃうから貼ってあったみたいなところがあってさ、
悪気はなかったんだからと逆切れする人、みたいなとかさ。
あー逆切れね。
悪気のうめ。
そうそうそうそう。
なんかその、ちょっと余計なことしちゃって、何かミスが起きたときに、
なんか逆に不気味になるみたいな。
せっかくこっちはやってあげたのに、なんで怒られなきゃいけないんだみたいな。
なんか。
これ子供ならありそうかなとかちょっと思っちゃったんだけど。
そう、幼い印象をすごく受けますよね。
それだけ聞くとなんかね。
あと大人ってその例で思いつくのって、
夫婦間のいさかいとかって結構そういうパターンありそうだなっていう感覚があるから。
へー。
よく聞く。
そうなの?
そうそうよく聞くというか、ネットでよく見る夫婦のいさかいっていうのは、
どっちかがさ、なんでこういうことしてあげたのにこうなの?みたいな話ってすごい出てくると思っていて。
確かに。
そういうイメージがあるね、それに関しては。
えっと、汚いインスタグラムことスレッツでめちゃくちゃよくあるよね。
汚いインスタグラムね。
そう、スレッツで。
いや、言い得てみようだね。
なるほどな。
そう、スレッツは汚いインスタグラムだね。
すごいしっくりきたな。
確かに。
まあ、そういう事例とかを読むだけでも正直ちょっとなんかあるあるネタっぽくて、
なんか変な笑い方をしてしまったんだけど。
うんうん。
それ自体が本題ではなくて、この本の本題ってさっき言った心理メカニズムにあると思っています。
この本の中で、なんで人謝れないの?っていうのがいろいろ書いてあったんですね。
気になる。
まあ、保育園を例に今回説明するけども、保育園で働いてるとさ、
同僚とか先輩とか後輩とか園長先生とか子供以外の大人ともたくさん関わるじゃん。
あと保護者の方とかも関わるじゃん。
そうだよね。
正直これは想像だけど、保護者の方が一番この謝らない人に該当しやすいみたいなパターンが多いんじゃないかなとは勝手に思っていた。
なるほど。
属性の広さ的にも、関係値的にも。
とか、子供にこれ持たせてくださいねって言ったのが持ってこなかったことを、
ちょっと注意じゃないけど言ったらそれでも謝らないみたいなパターンは勝手ながらありそうだなと思った。
この本の中で大きく4つぐらい、もっとあるんだけど、ここでは4つ謝られない理由っていうのを紹介するんだけど。
気になります。
1個目はさっき冗談っぽく言ったけど、謝ることを敗北だと思っている人っていうのがいるよねってこの本の中でも紹介されてました。
なるほどね。
さっき僕らが冗談で言った、特定のYouTuberは僕らの別荘という人に出てくる芸人の方がよくそういうことを言ってるんだけど、本当にそう思っている人がいる。
謝ったら負け。
謝ることは負けだし、相手に屈することだと思っているから絶対に謝らない。
なるほど。
正直、特に会社組織とか、日本社会だとみたいなちょっと貴重で言っちゃうけど、やっぱりすみませんって一言言うだけで立場が守られるみたいなことも多いんですよね。
ここ一歩謝っちゃった方が楽だよねみたいなことも当然ある。
なるほど。
でも、謝ったら負けだから絶対できないっていう認知を持っちゃってる人もいる。そういう人は謝れない人になっちゃう。
というのが1個目です。
もうこれ価値観の違いよね。僕思ったことない、そんなこと。
謝ったら負けね。
すぐ謝っちゃうけどね。
俺も。
まあでもこのすぐ謝っちゃうけどね、もうちょっとあれかもねっていう話もちょっと後半。
気になるね。
楽しみ。
ちょっと戻ると2個目の謝れない理由っていうのが、この本の中ではガラスのプライドっていう表現をされてたんだけど、別の言葉で劣等コンプレックス、劣等感の劣等。
だからどういうことかっていうと偉そうにしてる人ほど実は自信がないんじゃないかっていう文章です。
虚勢を張ってるんだね。
そうそうそう、虚勢があって、すっごい砕けやすいプライドを持っていて、これを見抜かれるのを恐れている。
だからこの謝罪するっていうのはこの最後の泣けなしのこの劣等感みたいなものを粉々にする行為なのでできない。
さっきのやつとなんか近くも感じる。
ガラスのプライドって本当のプライドがある人は自分の欠点を素直に受け入れられるから謝れるんですよ。
何にプライドを持ってるかだよね。
そうそうそうそう。
本質的じゃない、その劣等感の裏返しのプライドみたいなものがあると自分の欠点を受け入れられないので謝れない。
なるほどな。
じゃないかと。
で、3つ目がメタ認知が足りてないよねっていう話があると。
例えば自分の言動を振り返るメタ認知と自分のことをある種俯瞰的に見て認知し直すみたいな行為ですけど、
普通こう注意されたりすると、これ客観的に注意されるような態度なんだ、言い方が良くなかったんだなみたいなことを振り返る。
これがある種メタ認知の一つで。
なんだけどこれが機能しないと注意されてもなんか嫌なこと言われちゃったなみたいな。
確かにね。
この人は俺を攻撃してきているなみたいな、その瞬間の言われたという事象に感情を乗せて攻撃されてしまったという認知になっちゃう。
メタ認知できない、主観が強い。
主観が強い、そうか、なるほどね。
だから反省も謝罪もできないよね。
だって主観で捉えたら嫌なこと言われてるだけだから、攻撃されてるから謝ることがない。
謝ることがない。
自分は被害者なんだな。
感情的なリアクションでしかないってことだよね。
で、最後4つ目。
これちょっと保育っぽいなと思ったんだけど、褒められて育った弊害があるんじゃないかっていう。
おー、なるほど。
それちょっと面白いね。
保育の専門家じゃないから、幼児教育の影響とかって言ったら厳密に違うとかあるかもしれないっていう前置きはさせてもらった上で、
特に大人の場合なんだけど、
叱られた経験が乏しくて、注意とか批判への耐性がない。
ちょっとした指摘に過剰に傷ついちゃって自己防衛に走っちゃうとか、
そういう人はやっぱり謝れない。
謝るより先に自己防衛に走っちゃう。
褒められて褒められてきちゃったから、もう認められないというか。
なるほどね。叱られてることに耐えられないと。
褒めて育てるっていうことはやっぱり、もしかして幼児教育に重要だろうけど、
それ一辺倒ではないよねっていうのは、特に幼児じゃなくなったタイミングコスト絶対あるだろうしね。
確かにそうだな。
5歳ができることと15歳ができることと25歳ができることと35歳ができることが同じなわけないんだから。
そうだね。間違いないね。
ちょっとまた改めて振り返ると、4つ謝れない理由があって、
1個目が謝罪は負けだと思っている。
2個目がプライド、ガラスのプライドというちょっと変なプライドを持っている。
伝統感が強い。
3個目がメタ認知できていない。
最後4つ目が褒められて育ってきているので、叱られることに抵抗が強い。
態勢がない。みたいなところが大きく謝れない人にありがちな心理的な特徴というか理由だと思います。
なるほどね。
どう?当てはまりそうなものあった?自分に。
あんまないかもな。
そっくんって謝れない人ではないよね。
謝るときは謝るね。ただ、謝らなくてもいいのに謝ることはしないと思う。
そこは戦っちゃうタイプだね、多分。
これね、僕と後チロ先生も多分ちょっと近いかもしれないけど、僕はもう謝ったときはいいんじゃないって思ってるタイプだから。
人が穏便に済むを先にやるね。自分が仮に悪くなくても。
だからたまに青い子にも何度も言ってる。思ってなくてもいいから謝る態度を取りなさいと。
謝る態度とお礼の態度を取りなさいと。
フォーズでいいからやっとけって言うね。
思ってるかどうかどうでもいいから態度で締め付くことが大事だから。
謝れないわけじゃないもんね。謝ってはいるからね。納得はしてないかもしれないけどね。
全然良くなかったのかもなーっていうのはこの本読んでちょっと思った部分なんだけど。
ここまでこの本で話してた内容をざっくり、もう本当にさーっとだけ説明してきましたと。
事例があって、メカニズムこんなところがあるよね。本当にかなり抽象度高めてるっていうか、上積みだけを話してるんだけど。
とはいえこんなとこだよっていうところがあった。
上でここからは保育園に働く方になんでこれ読んでもらうといいのかなっていうところを少し話したくて。
いくつか理由は考えてきてるんですが、1つ目は謝らない人っていうのに出会っちゃった時の対処法がわかるっていう保育園に限らず。
そうだね。
単純にオススメです。
なるほど。
ストレスマネジメントとして有用ってことですね。
そうだね。付き合い方だね。
最初冒頭言った通り、僕や木下さんしろ先生はあんまり大人では周囲にこういう人はいないと。
これは実は幸せなことだったかもしれないなと。
そうだね。
間違いない。
今思い返せば、僕はこの本読みながら確かに学生時代のアルバイトの後輩で1人こういうやついたなっていうのをちょっと思い出したことがある。
なるほどね。
何言っても嫌でもみたいな言い返しから入るみたいなタイプ。
それは所詮20歳前後ぐらいの大学生だから変わることもあるだろうし。
あと単純に僕があんまりその人のこと好きじゃなかったみたいなのもあるだろうから。
フラットではない。
主観的な意見ではあるけどね。
メタ認知できてない、これは。
20歳じゃな。
無理だよね。
一方で一般論で言ったときにやっぱり職場の同僚の方とか、それこそ後輩がいる方とかに指導みたいなのが初めて入るときとかってさ、
1個下2個下ぐらいの後輩に注意するときって、向こうも向こうもたまにプライドがあってさ。
注意って難しいよなって思う。
分かる。
あるわけじゃないですか。
言う側も言う側で、なんか1個2個しか変わんないのにこんなこと言ってあれだけどみたいな気持ちになっちゃうみたいなのもあったりして。
そこがちょっと難しいし、ときにめちゃくちゃ強くて謝れない人みたいなときに対処法になるよねっていうところですね。
で、この本の処方箋ってさっき言ったじゃん。最後処方箋、対応策みたいなところがあるよっていう話をしたんですけど、
これをものすごくシンプルに一言で言うと、どういう対策をしろって言ってるかっていうと、
期待を捨てましょうって言ってるの。
諦めようかって。
良い意味でね。
良い意味でね。すごいよく分かるよ。
いや、大事だよな。
これって何でかっていうと、たぶん2人はもうこれだけでなんとなく伝わってるんだけど、聞いてる人のために少し補足すると、
謝ってもらえなかった、謝らない人がいたときにどうしてもイライラしちゃうのって、
謝ってくれるはずだ、なぜならこの人は悪いことをしていて、私はそれを注意したんだから、謝罪が発生するはずだって期待があるのにそれが裏切られているからなんだよね。
そうだね。
でも、この人は謝るはずだって期待をなくして、いや、この人はどうせ謝らない人なんだって思っておくと、謝ってくれなくて、まあまあそうだよねってすると。
これたぶんね、聞く人によってはすごい冷たいというか、
なんか、そんな切り捨てるようなことしなくていいじゃんって思うかもしれないんですけど、
普通、振る舞い上はちゃんと接すればよくて、あくまで内心の話。
自分の精神衛生を守るためにはこういう内心を持つこともやっぱ大事だよねっていうお話です。
確かに大事大事。
それに関してはもう謝罪云々じゃなくてすげえ大事なことだね。
いやそうそう、俺ね、それやっぱね、すごい実践してるとこあって、
なんかの時に、それこそすごい急いでる時とかにさ、
なんか赤信号で止まるとか、走ってたのに電車乗れないとかでなんかすごいイライラする時あるじゃないですか、生きてて。
なんかのタイミングで、なんかそれがちょっと続いて、いやなんでこんなイライラしてんだろうなってなって、
で、いろいろ自分が持ってる本とかなんか読み直してる時に、
自分がそういう気持ちになるのはやっぱ期待があるからだよねっていうような内容の話、今川尻が言ってる話が書いてあって、
それは間違いないそうだよなって思いたり、
期待をしない、ここで青信号なら間に合うとか、
今ここで走れば間に合うみたいなものを一切しないようにしてみようと思って実践した時があって、
そしたら、別に赤信号で止まるし、走んないから電車も乗り遅れとかはあるんだけど、
ギリギリ遅刻しないぐらいのレベルでは全然いけて、
全然急ぐ必要ないなというか、そこに期待して何かこうやる必要はないなっていうその実感とともに、
自分の中で定着してできるようになって。
いいね。
無駄に期待しないというか、それはやっぱ大事だなというか。
そうだね。
それはやっぱ精神衛生の上ですごく大事。
人付き合いもそうだと。
その期待しないっていうところにプラスして、やっぱりこう謝らない人っていうのを見た時に、
理解できないみたいなイラつきが生まれちゃうと思うのよ。
はいはいはい。
私だったら絶対こうしないはずなのになんでこんなことするんだみたいな。
これもその期待というかちょっとずれるけど、無理解によるイラつきみたいなのが生まれちゃうと思うのよ。
相手のその心情がわからないか。
うんうんうん。
なんだけどさっきさ、結構説明したのよちょっと。
なんでこの人謝れないのか。
これをちゃんと本読んで見ていくともうちょっと理解できるから、
そうすると理解があると、なんていうかちょっとメタ認知ができるようになるんですよね。
そうね。
例えばすごい怒ってたら、あ、でもこの人は劣等感が根本にあるからこういうこと言ってんだもんな。
ああ怒ってもいいか。
あ、でもメタ認知できてねえわとか。
そういうのがそのロジックがあるだけで納得できるよね。
そこまでいくとむしろこのなんていうか、
分かるがゆえに、あ、大変なんだなとか、
この人もこの人もしんどいだろうなとか、
ちょっとした同情心みたいなものすら湧いてくるよね。
だからそういうメカニズムを知っておこう。
精神衛生を保とうっていう話をしてるんだよね。
そうだね、精神衛生って問題だよね。
相手を変えようとかじゃなくて精神衛生を保とうっていう話をどうしてるんですかね。
そうだね、謝らない人がいたときに謝らせようとするわけじゃなくて、
自分の理解というか解釈を変えましょうってことだよね。
そう。で、なんなら今木下くんが言った通り、謝る人、謝らない人を変えましょうは、
やらないほうがいいですってぐらいのところです。
そうだよね。
謝る人にアドバイスしてはいけないっていうことを言ったりだよね。
アドバイスしてはいけない。
そうだね。
謝らない人に、いやこういうときは謝ったほうがいいですよって言っても、
逆効果になることが多いんですよ。
はいはいはいはい。
だからそのイチャモンをつけられたって捉えちゃうから、
マウントを取ってきたって捉えちゃうから。
うんうんうん、よりめんどくさいもんね。
そう。
だから謝らない人だって判断したら、
アドバイスすることもお互いにとって別にいいことはない。
お互いにとって言ったけど、正確にはもしかしたら向こうのためには何かなるかもしれない。
それにこちらの精神衛生というコストをかけるのかっていう話ですね。
そうだよね。
これ難しいなー。
難しいよね。
人材の育成みたいな話になるよね。
そうそう、そこなんよ。
いろいろ該当する関係性とか人を今だんだん思い出してきたというか、
自分の頭の中でマッピングされているものがいろいろ出てきて、
保育園で言ったらそれこそ常勤の若めの保育士さんが担任としていて、
非常勤という形で保育士じゃないけど長く保育園で勤めてる、
ちょっとおばちゃんぐらいの世代の方がついていて、同じグループを持っていて、
やっぱり若手の保育士さんからするとこういうふうにやってほしいとか、
指示としてはこういうことをお願いしているのに、
経験のある保育士ではないおばちゃまからするとそれがちょっと面白くなかったり、
全然違うことをして、そこで摩擦が生まれるみたいなのってあるある中のあるあるというか、
保育園ならではのあるあるだと思うんだけど、
ちょっと謝らないのもそれに近いなというか、
相手にどうしても言わなきゃいけないし、
何とか行動変容を起こさせないといけないと頑張るタイプと、
それができないと分かりつつも何とかやっていくタイプと、
諦めてるタイプといろいろいるんだけど、
ここからぶつかって謝られもしなきゃ逆に陰口叩かれるみたいなので、
さめざめと泣いてしまいますみたいなケースは、
これもあるあるだと思うんだけど、
やっぱ精神衛生上あまりよろしくないな、
そして双方の関係性も決して良くないし、
かといって何も言わないっていうのもちょっと違うしとか、
これなんか難しいですよね、この関係値というか、
じゃあどうしようっていうところがみんな悩むんだと思うけど、
いろいろ思い出すことがあるわけですね。
僕自身は保育園看護師っていう立場だからやや外野気味だから、
なんていうか直接はそういうこと少ないんだけど、
でもやっぱりちょっとこのトイレ掃除はちょっとこうやってくださいとか、
この消毒薬ちょっと変なのでこうしてくださいみたいな、
当初すごいあったのよ、1,2年目くらい。
でもねちょっと若い男だったからっていうので、
結構受け入れてもらえちゃった反面があって、
薬徳的に少数派、マイノリティー、
微転をすごく使ってしまったので、
なんかなかなか共感しきれないんだけど、
でもそういう謝れない人に対せず、
アドバイスとかはせずっていうところで、
1個自分を守るはもちろんできるんだけど、
関係者が近いというか、
どうしても自分が言わざるを得ないような立場にあるような時とかって、
どうしたらいいんだろうなってちょっと思う。
すごい根本的な話で言うとさ、
俺あんまり謝ってほしいって思ったことがないから、
前提として謝らないから怒るみたいな精神性があんまり理解できなくて、
謝って叱るべきだみたいな感覚を持ってるってことだよね、
何かしらのシチュエーションにおいて。
そうだね。
俺的には謝罪されても何も変わらないから、
あんまり謝ってほしいと思ったことがないと思うんだよな。
そういう期待がない気がする。
この話、これ聞いてる方に補足するんですけど、
きそさんが優しいって話は全くなくて、
そうだね。
それ大事だね。
僕とちろん先生はよくわかってるんですけど、
きそさんは謝罪なんていいからどうするか言えよ、みたいなことに。
そっちそっち。
まさにその通りです。
報道で示せるくらいいいんですよ、これは。
謝罪はいらないなって思った、基本的に。
謝らなくていいんだ、優しいじゃなくて、
もっと先に線が置かれてるっていう。
そうだね、すごい適切な注釈をありがとう。
求めてるものはむしろ高安の方が高いんだよね、相手に対して。
謝罪で済むならなんて楽なんだろうっていう世界だよね。
俺逆にただ謝って何も変わらないやつめちゃくちゃ嫌いだからさ。
ありがとうございます。
ここからちょっと説明するんだけど、
この後、保育士さんにお勧めするのが2個目の理由として、
この本を読むとちょっと子供たちなんで謝るのかっていうのを説明できるようになるっていうのがあるんですよ。
それめちゃくちゃ気になるね。
それはいいテーマだ。
今のきそくんの謝罪いらないわ、謝罪という要素が実は満たされてないよねっていう要素もあるんですよ。
謝罪というのは、ごめんなさいを言うことだけではないんです。
あるのでそこをちょっと話させてください。
聞きたい。
めちゃくちゃ聞きたい。
知りたい。
さっきちょろっと言ったけどさ、正直子供に謝らせるみたいなシチュエーションってちょっと多いじゃん。
ごめんなさいって言っていいなとか、ごめんなさいは。
なんかちぐせーだよね、みーたん。
ごめんねだよって。
子供だから難しいと思うけど、なんで謝らなきゃいけないのっていうのをちゃんと説明できてるかっていうとちょっと不安じゃない?
いやーできてないと思う。
これは大人でも難しいと思うのね。
これはこれを読むまで。
この本には謝罪に必要な要素っていうのは実は7つあるよっていう。
結構あるね。
7つの要素先にちょっとバーっと言っちゃうんだけど、1個目が後悔の表明。
2個目が責任の承認。
3個目が説明。
4つ目が開婚の表明。
5つ目が改善の約束。
6個目が許しの要請。
7個目が保証の申し出。
これちょっと今難しかったから、せっかく保育園従事者の方が多いと思うので、子供向けに言い換えてもらったんです、AIにこれは。
おー、さすが。
後悔の表明ってどういうことかっていうと、やっちゃったことを悔やんでいるっていうことを表明しましょう。
なるほど。
責任の承認っていうのは、自分がやったことだと認めましょう。
うんうんうん。
説明っていうのは、なんでそうなったか説明しましょう。
開婚の表明っていうのは、申し訳ないと思っているっていうことを伝えましょう。
改善の約束っていうのは、もうしない、二度としないという約束することです。
許しの要請っていうのは、許してほしいとお願いする。
保証の申し出は、できることがあれば償うよっていう。
今挙げたのは、開婚の表明ぐらいしかしないよね、みたいな。
そうだね。
ごめんなさいはそこだよね。
言葉だけで言ったらそうだよね。
きそくんは、改善の約束を求めてる。結局。
求めてるね。
改善の約束と保証の申し出を求めてるの。
そうだね。
すごいバリバリな人だ。
やっぱりね。
さらに言うと、説明と改善の約束と保証の申し出を求めてる。
許しをこう、みたいな話は全くいらないと思ってる。
どうしてこうなったかを端的に説明した上で、こういうふうに改善してまいります。
今すぐやります、みたいなのが方針だね。
言葉いらないからやってほしいね。
だからきそくんは謝罪を求めてないの、厳密には。
そういうことだね。
7つを網羅してないの。
後悔の表明とかいらないの。
いらない。
そんなお前の後悔とか知らないから。
そうそう、君の気持ちは正直どうでもいいから。
まあまあまあ、感覚も強いね。
高安らしくていいな。
今言った7つっていうものをちょっとね、もう1回聞き直したりしてみようとか取ってもらって覚えておくと、
子供に謝らせるときにどれか欠けてないかなとかちょっと考えられるよね。
なるほどね。
今これごめんって君言ったけど、自分に日があった責任の承認がちゃんとわかってる。
なんでそうなったか説明できるとか、謝る以上何か償えることがあるとか、
そういう7つの観点が満たされてないと、これは本当の謝罪ではないよねって考えられる。
面白いな。
嘘っぽい謝罪ってこれが満たされてないんだよ。
確かに。
本当になんとなく言葉だけな印象になる。
最初にさ、誤解を与えたとしたら遺憾ですって。
さっき言うと責任の承認がないのよ。
自分がやったって話じゃないよね。
誤解したあなたが悪いって言ってる。
分かる分かる。あれなんかさ、こっち怒られてる感じするようになる。
なんか俺責められてるみたいな気になるよ。
あなたが誤解したよね。
返っちゃってごめんね、あなた誤解してるよねみたいなことを言ってる。
これはあなたの誤解というものになりたくて、責任は私にないよって言ってる。謝罪じゃない。
謝罪じゃない。
なるほどねー。
そっかそっか。
子供でもなんか喧嘩とかになっちゃった時に、
いやだって〇〇くんが先に殴ってきたんだもんみたいなこと言いながらごめんなさいわ。
謝罪じゃないと。
責任を相手に押し付けてるじゃないかと。
じゃなくてあなたも悪かった。
もちろん相手も悪かったかもしれないが、あなたも悪かったっていうことを見ないと謝罪の本質じゃないよねっていう。
面白いな。
なんかね、俺自分の息子にね、似たようなことを嫁と一緒に言ってるなとちょっと。
なんか要は、あまりよろしくないことをしたとか、適切じゃない場面でそんなようなことをしたときに、
なんかやっぱり、とりあえずごめんねって言うのよね、子供、息子。
で、なんかそれ言われる度に、いや全然ごめんねとか言ってほしいわけじゃなくて、説明を持った。
俺じゃん。
ごめんねと思ってないならごめんねって言う必要なくない?っていうのが我々の考え方で、
合ってるかどうかわかんないよ、それが親として保育者として正しいかどうかちょっと微妙なとこかもしれないけど、
別にごめんねと思ってないなら謝る必要はない。
でもどうしてそうなって、親というか、自分としてはこういうふうに思って、こういうふうに感じた、
なんか嫌だった、悲しかった、つらかったって自分の気持ちは伝えるし、
それを聞いた上で、あんたはどう思うのか、なんでそれをしたのか、
その後悔の気持ちが本当にあるのかどうかをすごい確かめにいってるなってちょっと、
後悔の思いみたいなものって、なんかやっぱその感情の話にまた戻っちゃったけど、
そこがないごめんねは確かに意味がないなっていうのは現場にいてもすごい思うよね。
なんとなくやっぱ喧嘩したから、ごめんなさいって言いなさい、ごめんなさい、仲直りしなさい、もうしないよみたいなさ。
あんまやりとりに意味がないなと感じていて、
僕がそういう喧嘩の仲裁とかに怪我した時とかね、介入して入る時とかって、
なんでそれしたの?もちろんやっぱ説明は求めるね、どうしても。説明も求めるし、
その時じゃあどういう気持ちだったの?みたいな。この思い、気持ち、感情は絶対確かめるようにしていて。
で、大概なんかで怒ってるか悔しかったか悲しかったかとかっていうそういう一時的な感情があって、
喧嘩、こういう行為になってしまった。じゃあそれをしたのはあんたなんだね、あんたがさっき叩いたんだねみたいな。
じゃあ叩くこと、こういう事態は基本的に良しとはされないよね、それは良くない。
そこに関しては悪いんじゃない?みたいな。確かに。
っていうやりとりをしてると、その子の中で叩いたことは悪い。
だからそこに対してはごめんね、ちゃんと成立するというか。
でもこういう理由があったから、これが僕は嫌だったから、その前にこいつがこういう風にしたから。
じゃあそれは相手にもって話し聞こうよ、みたいな感じでやりとりを仲介していくと、
それでなんかいろいろ成立していくものがあって。
7つの要件全然把握してなかったけど、何要素かは取り入れてるなっていう。
そうだね、多分その経験上あったものを言語化するとしたら7つだったっていう。
漢字なのかもしれない。
補償とかまではちょっと考えたことなかったけど。
子供に補償を求めるのもなかなか難しいよ。
でもなんか約束みたいな感じか?もうしないよみたいな。
別の子のおやつを食べちゃったみたいな時にお返ししようねとか、これもあるしね。
あーなるほど、そっかそっか。
償いみたいなもので。
そっか、償いか。
実は今千尋先生が言ってくれた、その謝罪があるし、敬愛化するというか、形だけになっちゃう。
僕もよくやっちゃうよ、千尋もよくやっちゃうよみたいなのがあるし。
ごめんねごめんねだよ。
最後、この本の中で僕が一番なんというか、ポイントだなと思ったところだったんですよ。
で、冒頭からずっと言ってる通り、この本また一人にもある通り、謝らない人の本なんだけど、
一方で、謝りすぎる人の問題っていうのもちょっと取り扱ってて。
面白い、それ。
本書でも指摘されてるんだけど、さっき言った7つの余計を満たさない、とりあえず謝っておけばいいっていう形式的な謝罪が増えてるよね。
特にクレーム対応のマニュアルとかって、とりあえず申し訳ありませんとまず言おうみたいな。
あるな、きっと。
これが何が良くないかっていうと、謝罪が形外化すると謝罪の価値が下がるよね。
なるほどね。
同じ申し訳ありませんでも、本当に7つを満たしながらやってる申し訳ありませんと、形外化した文字面、音としての方式ありませんが、
客観的には区別がつかなくなっちゃうから、そうすると本当の謝罪も認められなくなっちゃう。
言葉が軽くなるっていうことだよな。
で、僕これに対する対策は、これはもう本書ではなく僕の話なんだけど、1個だけあって、特に日本語の場合、すみませんが便利すぎるのよ。
話しかけることにして。
そう、だから、本当は謝罪じゃないところも謝罪っぽくしちゃうっていうのがよくあると思ってて、
例えば何かをしてもらったときにすみませんって言っちゃう。
わざわざすみませんって言っちゃう。
これやめないっていうのが結構僕の持論で。
なるほど。
わかりました。
わたしわかりましたよ。
そういう時は何て言ったらいいか。
言うんですか?
僕だったらありがとうございますって言います。
そういうことです。
謝罪じゃなくてお礼を言おうよっていう。
とか、お手数おかけしましたとかじゃなくてありがとうございますっていいじゃんとか。
謝罪の形外化の問題もあるし、謝罪を使いすぎて逆に謝罪された結果、
この人悪いことしたんだって受けても思っちゃうみたいな、よくないロジックが生まれがちだと思っているんですよね。
ビジネスでのメールとかってよくあるよね、そういうの。
わかる。
お手数おかけしました言いがち。
お手数おかけして申し訳ありませんみたいなことを言うより、
ありがとうございます助かりますの方がお互い嬉しいじゃん。
わかる。