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2時間、3時間しか全然出てこないなって。
で、僕が出やすいね。一回帰りますわって言って、ARCを出ようとして去ろうとした時に、
上田さん結構本読まれる方で、たまたまその、たまにAmazonとかで何十冊って適当にバーって買うらしいんですね。
とりあえずなんか興味ある本をザーって買って、その本を持ってきて、ちょうどARCで広げていく時に、これが出てきたんですよ。
何十冊の一冊?
その中に入ってて、で、上田さんがこう見てて、僕が帰ろうとしたとこ読み止めて、
ちょうど戻ってきて、え?って言われて、これちゃう?って言われて。
で、そのタイトルから、でももしかしたら、ここってそういう場所になっていくのかもな、みたいなこと。
結構僕が、お店やってるとか、居場所作ってるとか、ゲストハウスやってるとか、
いろんなことやってる人に憧れを持ってたのかもしれないなっていう。
どっちかって言うと消防士やってるとクリエイティブっていうような仕事ではないと思うんです。
どっちかって言うとサービス、市民サービスによるかなっていう。
ちょっと僕、ファイヤーマンって初めてなんだけど、本当に家事があったら行ってるんですよね。
行ってます、行ってます。コスプレとかでもね、ちょっと行ってます。
ちょっと行ってます。
このまま自己紹介も引き継ごうかな。
みなさん、俺ら誰なんだよって話だから。
僕は神戸で設計事務所をやってる甲島祐介と申します。
アメリカで生まれたんですけれども、どう説明したらいいかな。
僕は絵を描くのが好きで、旅をしながら建築を学んでいくっていうか。
それでドイツで就職して、30になった時に帰ってきて独立したっていう。
自己紹介で言うと、ドイツでの4年間を経て、日本に帰ってきて一級建築士の勉強をしてる時には仕事でもないし、貯金を食いつい。
当時まだ円高やったんで、1ユーロ185円で全貯金をユーロから円に変えて、それがめべりする中で仕事どうなるんだろうっていう。
独立したはいいけどっていう時に、学生時代からずっと憧れていた、好きで読んでいた内田達郎っていう先生の本を読んでたんですけど。
その後、内田先生を紹介してもらうことになって、内田達郎に会えるの?って内田先生に会ったのが31歳の時。
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初対面で内田先生に会って、内田先生の家に呼ばれるという。で麻雀をしたんですよ。
学生時代は暇やったんで麻雀してたんだけど、それ以降、学部3回くらいから忙しくて麻雀忘れてたんだけど。
内田先生の家にいるっていう喜びで麻雀しながら楽しくやってたら、僕、神戸女学院っていう大学を辞めるんだと。
で、合気道の道場を建てたい。先生が合気道をしていることは知ってた。本の中で読んでたけど。
大学を辞めて定年退職したら合気道の道場をやりたいってほど、内田先生の人生に合気道って大きいとは知らなくて。
僕、一級建築師です。初対面ですよ。4、5時間しか会ってないのに、いいね。
それで、じゃあ土地決まったら連絡するよって。いや嘘嘘。
半年もして3、4ヶ月後に土地を買いましたっていうEメールが内田先生から来たのが、僕の初めての設計なんですよ。
で、それを2年間かけて設計して作って、うわーこれが俺の初めての建築だと思ったら、
僕はアメリカで野球を見て育って、まだメジャーリーグ。で、カナダでバスケット、中学時代。
マイケル・ジョーガンで行く。スポーツで強弱勝敗、勝ち負けで育って、負けず嫌い。
アイキドウっていうのは試合がなくて、強弱勝敗、それを稽古を自分が作った道場で見学させてもらって写真撮って。
おっしゃらんがやりたくなって。先生、僕アイキドウやってみたいですよ。
おっしゃらんがいいと思うよって。それでやることになって。
で、早、13。僕は自分が設計した道場でアイキドウを学ぶ。
内田先生っていうのはそのさらに10年前、本だな、一読者でファン、僕もファン、著者っていう関係から、
まさか会って依頼を受けて、クライアントと設計者建築家。
で、その後アイキドウ始めたんで、師範と弟子っていう関係で。
で、内田先生の一番弟子と結婚したので、娘無子みたいな。
内田先生との関係がそういう形で、僕まだ45歳なんですけど、
辞邸を立ててないけれども、外風館っていう少女作が自分の辞邸であるかのような関係でずっと、
そこでお稽古しながらアイキドウをしているっていう。
その13年前、外風館を通して内田先生もそうだけど、たくさんのご縁があって、
青木真平と、その頃やね、外風館ができた時に、
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真平君と面白い子いるからっていう、まだ僕ら世代とか同世代として知り合い。
で、この本も真平の方から、外風館やりましょう、みたいな。
っていう形で、このちょうどコロナ禍、やっぱり今日もそうですけど、
何があるか分からない。そもそも初対面で。
そこで言葉を発するっていうことで、言葉を通して自分が何を考えてたかを気づくっていう。
いきなり今日のテーマを作ってる途中の人からの相談っていうタイトルが今日あったことを今知ったけど、
それが僕はいいんですよ。あんまり準備してもね。
準備してたら、今日の打ち合わせなしの直前に到着っていう。
これは温泉入りたいからっていうわけじゃなくて、わざとなんですよ。
で、すんごい上田さんから真平にメールが来て、
ちょっと自己紹介の台本、いらんねん。
出会った時のこの感触、これもし半分ぐらいしか人がいなかったらまた雰囲気違うし、
立見とかいたらまた雰囲気違う。
この感じっていうのが出たとこ勝負で僕らが言葉を紡ぐ。
それを俺らが教えてあげようとかじゃなくて、一緒に考えましょう。
雨漏りしてるやんみたいなこういう展開を楽しみながら、
1時間、2時間お話しして、また何かね、応援がつながっていくんだろうな。
だから落雑者遠かったな。でもそれからの今度はアリだって。
辻言って何にもなさそう。
っていうところから、今日はよろしくお願いしますっていう長い自己紹介でした。
青木と言います。
僕は今奈良県の東予州村っていう人口1500人の村に8年ぐらい前に引っ越して、
今は自宅を図書館にしてるんですよ。
そういう人間です。
さっきの内田先生、内田達郎先生という本もたくさん書いている先生がいて、
その先生の兄弟弟子というか、そういう関係なんですね。
それで僕と内田先生の出会いっていうと、僕は元々考古学を勉強していて、
古代地中海の考古学を勉強してたんですね。古代ギリシャとかローマとか。
そんなんでトルコに行ったり、イタリアに行ったり、チュニジアに行ったり、学生時代はね。
発掘調査とかもしてたり、そういうようなことをやってたんですけど、
大学院で関西に行く。
元々埼玉出身で東京の大学に行ってたんですけど、それで関西に行く。
関西で考古学とはちょっと違う西洋史っていう、僕からすると全然違うんだけど、
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一般的に見ると一緒ですかね。内田達郎の本なんだけど、その研究の続きをやろうと思って関西に来た。
そしたら内田先生の本を読んで、すごいと思ったし、内田先生っていうのは神戸女学院にいて、
僕の関西で来た大学とは違う大学にいたんですね。
僕が大学院に来た時、めちゃくちゃその大学院が厳しくて、
お前の研究なんてなってないとか言って、ものすごい否定されまくって。
何のためにやってんだ。
言われて、ほんとつまんないなみたいな。
そんで内田先生の本を読んで、講演会を聞きに行った時に、
君がいいって思うんだったら、それを一生懸命やったらいいんだよ。
真逆だった。
で、めちゃくちゃ厳しい大学院、西洋史っていう、ヨーロッパの歴史なんだけど、
エビデンスはあるのか。
そう、本当にまさにそうなんですね。
そういう研究をしながら内田先生っていう、もっと柔軟に考えてやったらいいよ。
エビデンスとかって、数値化ね、できるものだけじゃないんだから。
直感が大事だよみたいな。
そんな人いるの?みたいなので、その往復をずっとしてたんですね。
しながら博士論文を書いて、西洋史というヨーロッパの歴史で博士をもらって、
大学の非常勤とか、やりながら生きていった。
で、その時に内田先生が大学を辞められて、外風館っていう道場兼寺小屋。
毎週火曜日、道場でつくよん?
そう。だから道場でもあるんだけど、なんていうの?寺小屋?勉強もする場でもある。
で、それが、そこに僕も通うようになって、そこで小島さんと初めて出会うんだけど、
外風館ができますよっていう時に建築家としてやってくる。
僕は内田先生の一弟子みたいな感じでやっていて、そこで一緒に机を並べるようになるという感じだったんだけど、
その時はやっぱり重要だったのが、結果的に内田先生と小島さんと外風館ができたのは2011年。
僕が東吉野村に引っ越して図書館をやったのが2016年なんだけど、この5年間の間に何を考えていたかというと、
やっぱり今の時代、外風館ってすごく必要だなと思ったんですね。
それは何かというと、プライベートな空間である家を、内田先生の外風館っていうのも1階が道場なんだけど2階に住んでるんですよ。内田先生が。
だからある種、隅開きでもあるか、でもちょっと僕は感覚としては違ってて、生活空間は別に開いてないから、隅開きはちょっと違うんだけど、
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そういうプライベートな場所である家を開く。セミパブリックっていう言い方をしてたんだけど、半ばパブリック。
なんかそのドマみたいなイメージっていうかね。
ここはそうだよね。
そうそうここがもしかしてそうかもしれない。
そういう半ばみたいな、そういうのが大事だな。
だからプライベートかパブリックか、みたいな風に、何ていうか、二項対立的にっていうかね、分けない。
分けてもいいんだけど、そこから間を取ってみたいなことが大事なんじゃないっていうので、やっぱり僕も一応研究者の端くれだし、
同じようにね、多分その場を作りたいというか、そういうのって必要だよなと思ったから、外風館を的なものを作りたいなと思ってて、
で結局ルチャリブロっていうのを作ったんですけど、図書館を作ったんだけど、それは、まあ、マイ外風館という風に言っていて、
それでまあそっちの悲願の図書館という本でも、僕と甲島さんの対談も載ってるんだけど。
あれはいつの本?もう何年前?
2019年かな。
そんな最近?
でも4年前、5年前と。
そうか結構最近な感じだね。もっと前な。
でもそのマイ外風館というかね、自分なりにそういうセミパブリックな空間を作るとしたら、どんなものが作れるかなっていうのはやっぱり常に考えていて、
その時に、うちの奥さんが図書館司書、図書館で働いて、図書館を管理している図書館司書だったんですけど、
それをやってたんだけど働けなくなってしまって、ちょっと身体とか心がしんどくなって働けなくなってしまった時に、
それがきっかけで東吉野村という村に引っ越すんですけど、その時に図書館司書として働いてた時は楽しそうにやってたんだけど、
職を失ってしまったってことで、すごく生きる意味みたいなものが自分はなくなってしまったみたいな。
それぐらいのダメージを受けてしまい、つまらそうにしているので、それだったら家を図書館にしたらいいんじゃないかという単純な発想ですけど、
家を図書館として開いたというのが始まりですね。僕の今の活動の始まりで、今になるという感じではあります。
今のお話でいうと、さっき本の関係で僕と内谷先生が始まった。先生の本をひたすら読んでいた。先生がどういうことを考えた。
フランス哲学を専門としていて、エマニュエル・レビナスという人の研究者なんですよね。レビナス本というのが今3冊出ていて、それ全部むちゃくちゃ難しいんだけれども、
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それ以外にたくさんの本を出していて、それらの中にレビナスのことが書かれてなくても、レビナスを通して内谷先生が考えていることとか。
先生はフランス哲学のレビナスという師匠がいるのと、合気道のタダ・ヒロシ先生という温都市94歳。今日も東北でタダ先生の合気道の講習会に内谷先生と外風館の弟子を連れて十何人で行っているんですけどね。
先生は合気道とフランス哲学のレビナスという師匠からの学びを本に書いている。その外風館という場は先生の自宅なんですけど、65歳で定年退職なのに、5年間アーリー・リタイアする。早めに辞めますと。
教授のポストを後輩に譲りますと。その代わり自分のやりたいことをやるというのが道場を建てる。それまで先生は95年の震災の時も東京大学で東京の人だったので、東京から関西に来て神戸女学院で先生になったのが38歳の時かな。
そこからずっと引っ越し好きで、先生だから5、6か所神戸のあたり、足屋にも住んで、神戸に住んで。それは自分の家を持ちたいと思ったことがない。もうちょっと広い部屋がいいかなとか、六高層見える家がいいかなとか、もう気分でパッと引っ越したいから別にここで俺はとかっていうのがないっていう人だった。
でも大学辞める、何しようかなってなった時に道場を合気道をしたいと。それまでは足屋の体育館を毎週水曜日と土曜日に借りて、木曜日は神戸女学院の体育館で女学院生に合気道を教えていた20何年間。
女性だけに教えるよりも社会人、一般に開こうというので水曜日か土曜日に足屋の体育館を借りて、そこでみんなで女学院生も来て、みんなで合気道をやっていたんです。
でも足屋の体育館なんで宗教的なこととか借りれたら借りるっていう話があって、毎週土曜日はどうぞ先生使ってくださいっていうのはできないからみんな予約しに行くんです。でも今週どうしても予約できないから木曜日になっちゃいました。
それと同時に体育館なんで隣は何をしているかわからない。バトミントンかもしれない。そしたらある日ヒップホップだったのかな。うるさい。ウェーってやってるのにこっちはこうやって。神様っていうか神棚があって、宗教も道法じゃないけどお礼をするっていうか気持ちいいって心身鍛えるってそういうことだから。
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合気道って動く禅とされている。そういう場が体育館を借り続ける。大学辞めるんだったら自分の場を主催するっていうんだったら建築を建ててみたいっていう。初めてだから60歳を過ぎて。
で、賃貸じゃなくて自分家に道場のある家が建てたいっていう風にした。でさっき住み開きっていう俺がここで住んでるよっていうプライベートの部分をちょっと開くというよりかはその縁側的にっていうか。
ここから先はプライベートで入らないといけないとかっていうよりかは徐々に関わる。先生の場合は合気道で大学を辞めたけれどもゼミを通してレビナスの話とかっていうのを寺小屋として一般公開して毎週火曜日にやりたいですっていう人が毎年募るっていう形であってはや13年っていう感じなんですよね。
だからその場を主催するっていうこと。それと必然性みたいなものが何かね。でそれを僕は設計者というか建築家なので依頼を受けたら山口県総大島で今設計してます。今度薬師まで家建てたり薬師まで行きます。
常に依頼者の元に行ってここやったらこういう風なとかでその場でその依頼者からの要望をその予算じゃちょっと厳しいですねとかっていうことを含めて何ができるかということをやる仕事なんで常にそういうやり取りをしてる。
しんぺいはさっき言ったようにそのプライベートなところでのその図書館を作る作りたいからっていうよりかは奥さんとの関係の中で都市の深度さみたいな。でそれとそのでもそういうものって何かだから狙い撃ちするというよりかはやりながら発見していくっていう。
でまあそれを合意にこの本にしていくとこの2年間そのちょうどコロナ禍だったのかなその手紙っていうか往復書家をやってみて面白かったな。でそれ終わってから10何回こうしていろんなところに行って面白いのはホストの人たちがさえホストの人たちさえ我々の本を読んでくれてたら間違いなく対話の回路があると思っている。
であとタイトルがね作る人になるためにすごく抽象度の高い。でその中にも書いたかも書いてないかも忘れたぐらい作るってもう人間のもう僕建築家として異色重っていうその異色重がないと死んじゃいますよね。
だから食べること服を着ること住まうことっていうのは人間が生きていく最低ラインこの3つのことに共通するというのは作るっていう。洋服って勝手に洋服って作らないといけない。飯食うのも作らないと食べれない。建築だって本当は住まう。作らないと異色重全部作るっていう。
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だからその作るってことはみんなに関係するんだけどいや私ちょっと建築家じゃないんでわからないですとか。作るを手放してしまっている。それが消費する。さっきちょっと数値化って言ったけど物事を買う。こんなマイク作る用がないよ普通の人は。
でもこれも人間が作ったものであってこのマイクが5000円って言われた瞬間に5000円だったら払おうかって消費するかお金と交換するかっていうマインドでしか物事を考えられなくなってしまっているっていうのが作るってものがどんどん遠のいてしまっているっていうところになってるんじゃないかなってことを思うようになった。
だからこのトークがいろんなところに行って面白いのはその場の作るを一緒に考える面白さがあるからかなと思って。みんな関係あるんですよ。作ってない人はいないということかなっていう。いきなり結論みたいなことを。
話が長いって言うね。我々の。自己紹介まだ終わってなかった?
まだ終わってなかった。自己紹介一応終わった。上田さんのACRって何なのかよく分からない。ARC。僕もでも行ったことなくて。ARCって何なんですか?隣にあるカフェです。
カフェのな。そこに行けばよかったですね。最初にね。ARC。温泉入んない方がよかったね。難しい。
僕は結構興味がある人だったんですよ。物作りやってみたいなとか。コロナ禍に入ってからですかね。物作りに興味を持ち始めたきっかけとしては。外に出ていけないからね。
人と関わりないってなった時に何しようかなって。DIYでもやってみようかなみたいなのもちょっとあって。ちょっとずつ触り始めてなんかすごい面白いなっていうことも感じるようになってちょっとずつやり始めたんですよ。
作るっていうものに対して。手に職を持ってる人のことに結構憧れを持つようになって。絵を描けるとか木工在庫できますとか。作るっていろんな意味あると思うんですよ。食べ物を作る人。居場所を作る人。関係性を築ける人とか。作るに関してもすごく意味合いが広いなと思ってて。
これを別に型にはめ込むんじゃなくて、それぞれができる作るっていうのを探していけばええんちゃうかなと思って。僕は結構理系学部におったんで結構筋道立てて理論立てて。よし走れるぞとか準備できましたっていう段階から用意スタートみたいなことをするタイプの人間寄りだったと思うんですよ。僕的には客観的評価すると。
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そこでここの辻本っていう場所を何かやってみたいなと漠然と思ったときに今までの僕のベースみたいなのを全く取っ払って何やるか決まってない。何したいかわからへん。仲間もおらへんし一人でとりあえず空き家借りてみようから始まったんですよ。
本にも書いてあったんですけど、一回とりあえずシュート売ってみようかみたいな。あとは繋がったんですけど、とりあえずシュート売ってみようみたいな感じになって、売ってたんやと思って。
打ち始めたことによっていろんな人と関われるようになって見えてくる世界が変わっていくんですよ。建築わからない。こういう場所を開くためにどんなことを学べばいいのかとか何が必要なのかっていうのを一切わからんまま僕はここを借りたんですよ。
そうやっていくうちに一人でやってて仲間ができて、僕が漠然とこんなことやりたいなって走りながら考えてたんですけど、こんなことやりたいなって思ったんですけど、それがもう関わる人によってうよ曲折しながらああでもない、こうでもない、これやりたいなって決まったところでまたコロって変わって新たな人がこうなった時にこれもいいなみたいなっていうのをパズルでくっつけながら取っ替えてまた違うやつくっつけてみたいな。
それで今の形がちょっとずつ出来上がってきてて、多分ここってそういう場所なんだろうなと思ってて。多分いろんな見せ方とか、どんどん変わっていける場所なんかなと思って。それでいうと縁もあるしタイミングもあるし、ただやっぱり今回の成功例、成功例かわからないんですけど、とりあえず売ってみたのが良かったのかなと思って。
だからそれは結構その読み始めた時、結構すごい共感を得たというか、歌んかったら多分何もやってなかったんちゃうかなっていう。
まずこういう風に例えば場所を開いていきたいとか、やってみたいなっていう人って多分いっぱいいらっしゃると思うんですよ。世間の近くにいる人とかでもそうだと思うんですけど。僕が後押しできるんだったらとりあえず動いてみたらみたいな。
失敗もいっぱいしてるんですよ。結構いろんなミスやってて。雨漏りもよう止めやんし、よう直さんとかもいっぱいあるしみたいな。できやんことっていっぱいあるんですけど、それはなんかいろんな人に助けてもらいながら、自分ってちょうど1年前なんですよこの始まりが。ほんまにちょうど1年前でここ借りて、ここももう物だらけで。
まず片付けをしないと何もできなかったんで。そこから始まって1年経った時に、まさかここでこんなトークイベントできるなんていうのを1年前の僕は全く想像ができてなかったんですよ。それもいろんなご縁の繋がりでこうやって見上げてくれてるんで。
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とりあえず僕としてはシュート売ってみてよかったなっていうところはこの本を通じて思いました僕は。もう十分、我々が伝えたいことはもうすでに。
出来上がってないですよまだ。
どんどんどんどん変わりながら、今に至ってるし。最初に言ってくれたように、ここを表す言葉がないっていう。その感覚はめっちゃ正しいと言っちゃうと、上からという感じだけど、すごくわかる。
僕も人文系施設図書館ルチャリ風呂って、可能として図書館がわからないけど他がわからないじゃないですか。僕もこの空間がよくわからなかった。
だけど、図書館機能はある。本を貸し出している。その空間だけはある。
だけど、それ以外の部分。でもなんか自分がやりたいことがあったりとか伝えたいこともあったりとか、そんなこともあるんだけど、でもこれってただの図書館じゃないよなっていうのはなんとなくわかる。
どんな言葉が当てはまるんだろうっていうのも、わからないままずっとやっている。だからその感覚は今もそうだし、僕も。
ただ、シュートを打つっていうふうな言葉で表現しているのは、昨日かな。最近引退しちゃいましたけど、長谷部誠さんっていうサッカー選手がいて、最初に長谷部が、長谷部って結構守備的なポジションの選手なのに、シュートを打ったんですよ。
前に言ったやつ。ありました。見てました。
しかもそれを見たのが若いのじゃない?
熊野の温泉に二人で入りながら、その時温泉だっけ?
そんで見たんですよね。だからなんか、やらねばならない時ってあるんだなみたいな。それは感じたんですよね。長谷部のシュートを打って、ポジション的には守備なわけじゃないですか。
だけどシュートを打つって、その与えられた役割をはみ出してでも、何か言わなきゃいけないこととか、やらなきゃいけないこととか、選択しなきゃいけないこととか、なんかあるんだなって思ったんですよね。
それが僕の作ることへの第一歩。だから本当に、なんかすごいいい感じだなっていうか、わからないという感じ。
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この中で外に出れなくて、うっくつしてる部分があった時に、それをうっくつしたまま押さえつけちゃうんじゃなくて、どうにかしてっていう時に多分、ここと出会ってしまった。
でもそれは、そういうことって多分溢れている。本当はみんな溢れているんだけど、そこを無視したりとか、コンビニスイーツたくさん食べて満足してしまう。
僕はそうやって、ある種の自傷行為と近いところにあると思うんですよ。エネルギーを抑え込もうとしすぎて、うわーポテチみたいな、お腹痛いみたいな、食わなきゃいいじゃんみたいなのと、ちょっともう一回噛みしといたことだと思って。
それを、わっきゃわからんけど外に出すみたいなことが作る人になる。第一歩な経験上はしているという感じですけど。
今日だから、昨日の10時からスタートして、何時間出たか知らないけど、ずっと喋っているんですよ、俺たち。大丈夫っていうね。
だから、昨日5時半に落田車が着くまでに、もうすでに6時間半喋っているのが分かったんですよ。
で、別に打ち合わせも何もしないし、今日落田車って何なの?みたいな。で、今日起きたら、今日の辻本っていうのがあって、地名?とか何も分からずに、上田さんが呼んでくれたの?とか、そんな感じなの。
で、それって何なんだろうって思った時に、トークイベントってさ、皆さんより2弾っていうね、ちょっと偉くなった感じなんだけど、むしろこれ俺らの1弾の方がいいんじゃないの?っていう。
一緒に喋りたいなと思って、いろんなところに、くるみ行った?今度は桐生行った?いろんなところを呼ばれると、さっき言ったようにこの1冊を、今日ちなみにすでに読んでいる人って何人くらいいるんですか?ゼロ!めちゃくちゃいいじゃん!
ってことは、今日これから読めるんですよ、皆さん!超いいよね!
今まで行ってました?そんな会場。今までゼロって聞いてました?
ゼロはもう、こうやって2,3人がすでに読んでくれて、付箋とか貼ってくれて、新品にサインするよりも、読んだやつなんですけど、違うところで買ったんですけど、何でもサインするよって。きれいにゼロってことはこれ、全員これから読める!
何を言いたいかって、結局だから、一緒になって考えるっていうかね、作るっていうのが面白い。
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この場所の話、言葉の話、ついていろいろ見させてもらったけど、例えば今ここで話してるっていうのは、ここにも物が多かったとかさ、ここ何なんだろうって、何だったんだろうっていうことですよね。
で、説明するときも100年前からありましたとか、100年前からあるとかっていうよりも、今僕はもうさっき2階上がっちゃったから、今見えてないけど、この上にスタジオっていうか工房というか大工仕事の感じっていうか、何かが生まれ出そうとしてる瞬間。
ここにもし大きなキャンバスがあって、描き途中の絵があれば、あ、絵描きの人のアトリエっていうふうになるし、今写真を展示してるから、あ、写真家さんがいるのかなみたいに、いろんなひだがあるっていうか。
そのひだが多ければ多いほど、僕は豊かなと思えるっていうか、雑多なもの。これがまず何なんだろうこれっていう。
僕は今、静岡で蔵を、言ってもいいのかな、音楽スタジオに変えるんですよ。もうちょっとしたら公開されるから、ちょっとフライングで言うと、
アジカンのゴッチさんがクライアントで、ゴッチさんの地元が静岡で、蔵を音楽スタジオに変えるんですよ。で、そのすぐ静岡だから、お茶かサッカーなんで、お茶の。
で、やっぱり衰退してるものは、お茶が閉じたお茶屋さんとかの大きな蔵とかが残ってて、こうやってお茶箱って、昔は箱に入れて茶をあれしてた。もう今はそういうの使わないから、茶箱を並べてイベントスペースにしてたり、カフェにしてたりするっていう。
それを今思い出してる。これはもともと何が入ってる?これなんだろう?あ、みかんか。これ本当にみかん?
みかんです。
ところじゃん。悪いなじゃん。これでもみかんを感じるみたいな。
何を言ったかって言うと、あそこに空いてるでしょ?空隙っていうか窓、扉っていう。だから視覚的に見えることと見えないこと。見えなくていいんですよ。でも感じるっていう。
階段と空隙を見た瞬間に2階があるって誰でもわかる。この2階に例えばソファーとかベッドとか置いてあったら、あ、上泊まれるんだとかっていう。
でも僕は覗いちゃって工房みたいになって木を使ってたら、ここで物が作られてるところが今下にいるっていう想像力とか。
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中に入るとスーファミがあって駄菓子が置いてあったみたいな。そういういろんな、なんていうんだろう、気配みたいな。それを作ってるのは人なんだよ。
だからまず掃除しなきゃいけない。手入れしなきゃいけないっていう。手入れした痕跡がひたすら残り続けてる。だから歓声なんでもなくて、その考えを続けるっていう。
でもめちゃいいですよね。ざっくりだけど。雑談。めちゃいいですよね。やっぱり作ってるっていうのはね。作ってる時が一番楽しい時じゃないかな。めちゃくちゃ楽しいです。
だから歓声させないほうが本当にいいと思う。ガウディもうすぐ完成するからね。サグラダファミリーとか。
確かにね。完成しないでほしいっていうね。
っていうのもあるし、あとすごく大事なことだなっていうふうに思ったのは、僕が東吉野村っていうところに越して、それまでは大学の非常勤講師とか博物館で働いたりとかしてたんですけど、
村に越して、大学って大高にあるからちょっと通勤も難しくなったりとかして、タイミングで障害者の就労支援の仕事を始めたんですね。
それがなかなか面白くて、そういう意味で障害者の就労支援を去年まで7年間かなやってて、去年から若者の貧困支援っていう仕事の広報っていうので発信。
記事書いたりとか。若者の貧困支援っていうのは、若者がDVとかネグレクトとか、そういうので家に入れなくなってしまう。
そうすると、やっぱり若者っていうのはなかなか、日本の福祉制度って世帯が中心だから、どうしてもコロナの給付金も世帯に入るわけじゃないですか。
でも親と子の関係が悪かったら、その子には給付金がいかなかったりするっていう。結構一が万事、日本の福祉制度ってそういう部分がある。
家族っていう。
家族とか世帯っていうので括られてしまって、なかなか若者とか10代の子の孤立とか、10代がしんどいとかっていうのが見えにくい社会なんだけど、そこをインターネットとか使って
オンラインのアウトリーチっていうので、若者からの声を聞いてそこに食料を送るとか現金を送るみたいな仕事を今してて。
最初に言ったアリータからエネオスが撤退してしまってとかっていう、それって個人じゃどうしようもできない話じゃないですか。
なんかね、かといってじゃあ諦めて、アリータには未来はないんだって言ってね、肩を落として去るみたいなことでも、やっぱりアリータ出身者としてはそれじゃ寂しいわけじゃないですか。
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その感じってすごい大事っていうか、それがなんか最初に言ったプライベートとパブリックが分かりすぎてると思っているんだけど、そこの間に本当に何があるかというと社会があるんですよね。
自分のことじゃないが、自分が動き出さねばどうにもなんないんじゃないかみたいな、自分を拡張しないともうこのままだと終わってしまう。
自分を拡張しても終わってしまうかもしれないが、やらないよりはやった方がマシだぐらいの。その半ば、程度の問題。
いやあんたがなんかやったってアリータの衰退は止まらないよみたいな。現実見なみたいな。大阪行けとか言って。
いやそうじゃないじゃんっていう。それがすっごい大事な。気は僕はしてて。
消防士の方もクリエイティブじゃないって言ったけど、でも僕はクリエイティブだと思う。
社会をやっぱり守るとか維持するっていうか。
火事って大変なことじゃないですか。それをいち早く駆けつけてくれて、それを消してくれるっていうのはものすごく社会を作ってるっていうか。
そこはすごく感じるから、どの職業でもそういう作っている部分と、あとは作ってないというかね、既存のものを維持するみたいな部分はやっぱり両方あると思うので、やっぱりそこは社会っていうね。
個人と公共、バーチャルっていう、抽象的な。友達ではないけど、市民とか言って、誰?みたいな感じじゃないですか。市民ってイメージつかないっていうか。
でももうちょっとこの場にいる人たちとかは、また道ですれ違ったら、この前はとか言えるみたいな。
この距離感っていうのから始めるっていうのがすごく大事な気がしてるんですよね。
だからそこがすごく、さっきからずっと言っても、いいなというか、真っ当だなというか気がするんですよ。感覚として。
っていうので、なんかいいな、いいなって。羨ましいってことじゃないんですよ。
何て言うんだろう。なんか、羨ましいって言うのじゃなくて、一緒に。奈良県と。
パパ?
あー!似てる!
昨日来てくれてました。
いいですね。そういうちっちゃな場所が大事な気がする。
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なるべくだから、皆さんとのQ&Aっていうとまたいい質問をしないとちょっと人前ではと思うかもしれないけども、ざっくばらんな会話ができたらなと思ってるっていう風にはあれなんですけど。
はい。
結構その、開かれてる方じゃないですか。これからは一応僕もここを開いていくっていう立場の人なのかなと思うんですけど。
やりながら結構ワクワク度が今すごく高いんですけど、どうなんですかね。
考え方的にちゃんと考えとかなあかんのかなって思うのは、どうやったら人が集まってもらえる場所にできるのかなとか。
僕ここ結構抽象的なイメージを、4人今一緒にやってる人らがいてるんですけど、
僕が持ってるイメージで、ここどんな場所にしていきたいねみたいなのを一個共有してるやつがあって、めっちゃ抽象的なんですよ。
めっちゃ抽象的なんですけど、めっちゃあったかい場所にしたいなっていうことをずっと言ってて。
それなんなんやろなって僕も言いながら答えがわかってないんですけど、
じゃああったかい場所にするためには何が必要になってくるのかなっていうのを、多分やりながら拾っていってるんかなと思ってて。
ここは一応、ここの建物はもともと資生堂の化粧品店だったらしいです。
最初ここは資生堂の化粧品店で、ここにずっと資生堂の化粧品棚が大きくバーンってやってて、
ここにちょうどお化粧台があって、
ここでやってたんですかね?なんかわからないですけど。
ちょっとわからないですけど、そんな感じの建物でして。
一応ここで駄菓子屋さんを開きたい。
カフチャーかもしれないですけど、駄菓子屋と寺子屋もやりたいっていう。
その方いるんですか?今。
その4人で一緒にやってるっていう他の3人は今日はいない?
いてます。一応一番後ろのところに、しょうじ君っていうデザイナーの方がいらっしゃいます。
外に、じゃーん。
バイクの子?
そうです。絵描き農家石積職人のデザイナー。
ARCさんとここの辻元のロゴをデザインしてくれたデザイナーのしょうじ君。
一応妻にはなるんですけど、そこにおまみって書いてるんですけど、自分の妻になります。
隣のカフェ、ピンクの妻で隣のARCで上田さんと一緒にお手伝いさせてもらってて。
岩竿駅で駅を改装したおにぎり屋さんがあるんですけど、そこでも仕事をしているっていう。
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この4人でここをやってます。
どんな感じであったかい場所で地域に開けて、人が集まりやすいような空間にできるのかなっていうのを常々考えてるんですけど。
ルチャーリブローさん特集やと思ってて、人文系図書館ルチャーリブローですね。
東に後ろの村の山奥になるんですかね。
場所はあまり把握はしてないんですけど。
山奥になるんですかね。
山奥ね。どうなんでしょうね。そんなに山奥じゃないんですけどね。
人が集まる場所にどうしてなったのかっていう。
人が集まるってのはどういう感じのイメージですか。
そこだよね。
確かに全国から来てくれますよ。けど数はそんなに多くないっていうかピンポイント。
来館者数みたいなので言うと年間何人っていうような数を管理はしてる?
一応してるけどそこは目指してないっていうか。
そこを増やすこととか。
そこは大事だと思ってない。
数値化はしようと思ってないんですよ。
数値化はしようと思ってないんですけど。
どんな感じで自分のこの抽象的なイメージを達成できるようになるのかなっていうような。
高い場所にして人が集まれるような空間になってもらいたいなっていうすごく抽象的なイメージを持ち続けてるんですけど。
集まれるようにっていうのは何百人、例えば年間延べ何百人集まってほしいとかではなく。
ではないです。数値の目標を持ってないです。
言いやすい空間?
例えば泊まっていきたいなって思うとか。
もしくは家に帰りたくないなっていう子が泊まれるみたいなね。
一種のシェルターって言われるような安心・安全を感じれる。
ここにいたら大人が説教してこないとかね。
説教ジジいるからね。
気をつけそうにね。
銭湯とかにもね。
そうそうそうそう。
言うじゃん。
でもそれっていじわるしてこようと思ってないからね。
もう済むんだよおじいちゃんは。
あ、ごめんなさいって言えばそれで済むんだけど。
でも結構ほら、特に若い頃。若い頃って言っちゃうことあるんだけど。
多感な頃っていうのは。
やっぱりそういうね、正論みたいなことを言われると分かってるんだよね。
胸に言われてる。
そういうの言われない場所?
みたいなのも人のイメージとしてはあるだろうし。
そこがあったかいっていうのはすごくよく分かるっていうか。
48:02
安心できるとかね。
そういうことなのかなと思うし。
否定されないとかね。
そこはちょっと、もしかしたらもうちょっとみんなで話し合って。
結論は出す必要もないし。
標語を作る必要もないと思うんですけど。
僕はこれもまだ感覚的な話ですけど。
あれはね、
なんていうのかな。
うちは本がたくさんあるんだけど。
自分たちが持ってた本、持ってる本が置いてあるし。
誰かに貸してもいいなっていうかね。
貸したくなるような本しか置かないっていう風にはしていて。
その時に来てくれたら、なんていうのかな。
僕らが読んでる本だから、ある意味で頭の中を見えるっていうか。
だからなんか隠してもしょうがない感じなんですよね。
そうすると来てくれた時に、やっぱりみんな
モヤモヤを書いてる人がすごく多くて。
あとなんか辞めたい人がめっちゃ来るんですよ。
仕事辞めたいのね。
人生相互なんて。
それぞれ多くて。
その時にいきなり、いやもう仕事辞めようと思って。
でも多分本人は仕事辞めるってことは、
もうこの社会の中だとね、入れなくなっちゃうんだとかっていうので。
言い出せなかった。
だけど来てみたら、そんな本ばっかり回ってるから、
言えるみたいな感じで。
でも僕らからすると、そうだよねみたいな。
この世の中で、今の社会で一つの仕事だけして生きていく。
週5日8時間。
週40時間って何の根拠があって40時間なの?みたいなこととか。
やっぱり感じているわけだし、変なおっさん。
おっさんのことばっか言っちゃうけど。
組織のルールに従いみたいなのとか。
ハラスメントとか。
明らかに女性らしさが働きづらい社会だと僕は思っている。
女性とか障害者の人もそうだし。
と思っているから、それは辞めたいと思うのが当然だと思うし。
だからそうでしょうねみたいな感じで。
僕はそういう人たちと会いたいなと思うんですよ。
自分たちが今の社会で生きづらいなと思っているからね。
そうすると、その人とは会ったことがなかったし、知り合いじゃなかったんだが、
その人と会ったことで、こういう人と会ってみたかったよねっていうのが後々わかるみたいな。
そんな空間になってはきましたね。
ウェチャリーブローがね。
だから数は多くないし、多くないっていうのもね。
想定しているみんなね。
例えば日に一人ぐらいしか来ないんでしょ?とかすると多いかもしれないけど。
あんまりそれは本質的ではないと思っていて。
だからなんかそこは感覚を共有。
51:02
でもその感覚を合わせるのもちょっと微妙だから。
その感覚もバッファーというかそこは設けてもいいし。
でもやっぱり大事なのは続ける。続けようかなって思うことが大事だと思うんですよね。
誰かのためにやっていると。
例えばですけど有田紙の過疎を防ぐみたいなためにやっているのに
なんでこんなことをやっているんだとかって文句を言われたら
有田紙のためにやっているのになんであんな奴に文句を言われなきゃいけないんだ。やめたって思っちゃうから。
誰かのためにはやらない。
自分がとか自分たちが続けられるようにやるっていうのはすごく大事な気がするんですけど。
今言ってもらったところで言うと自分らも結構大義名分を掲げて有田紙の活性化のためにとか
例えばこの地域に駄菓子屋がないから駄菓子屋復活させようとか
っていう大義名分を掲げてやっている感覚はないんですよ。
ないんですよ。なくて。
結局結構重荷になるっていうのとしんどくなっちゃうよねと思ってたんで
結局自分らこれ4人でやってるんですけどやってる自分らが多分一番楽しいんですよ。
4人が一番楽しくて。
自分らも駄菓子屋ここでやりたいなってなった時に駄菓子屋やれるんやみたいな。
めっちゃ楽しいなって思って。
自分らも普段、自分ら昔駄菓子屋行って買えてたっていう状況が
今この地域に住んでる小学生って僕らが味わった感覚を味わえてないんですよ。
いわゆる駄菓子屋行ってくじ100円10円とかのやつで100円もたしてもらって
計算しながらこの100円でどれだけの駄菓子が買えるんだろうかみたいなのを
やったことがない甲羅がほとんどなんですよ。
小学校6年生の子とかだったら初めて駄菓子屋がここに初島にできるっていうのを
言うてくれて。過去あったことすらも知らないんですよ。
そういう地域になってしまってて。
そういう意味で言うと自分らも大きい目標を掲げてるとかは全くなくて
自分らが一番もしかしたらここをやってることに対して楽しんでる感はあります。
だから自分たちがあったかい気持ちになれる場っていうのが一番大事だと思います。
何も用事なくてここでの工事とか作業もやる気のないんですけど
何かここにいるんですよ。何かここにいてるんですよ。
それがいいですよね。
家とかここに住んでないんでアパートは別で借りてるんですよ。住まいは。
仕事やってて明けて帰ってきたらめちゃくちゃ眠たいんですよ正直なところ。
24時間働いた後ってめちゃくちゃ眠たくて。
本来やったら家で昼寝しりゃいいのにここに来て昼寝するんですよ。
すごく居心地がいい空間になってったなっていうところも自分らは結構嬉しくて
どんどん変わりつつあるっていうのは自分らにとって。
大事でした。僕らも自宅を開いて住んでるところをやってるので
54:03
僕らが住みづらい図書館にはできないわけですよね。
やっぱり住んでるってことが前提だから。
でも客観的に見たらもっとこうしたらいろんな人が来てくれるかもよとか言って
なんか良かれと思ってね。言われたりもするんだけど。
まあまあね。いろんな人がいるから。
長いっていろんな人がいるから。でも全然悪意はないと思いたい。
悪意はないがアドバイスみたいな。
ノーマイナーアドバイスみたいな。
でもやっぱり自宅だから。最終切り札としては自宅なんだよ。
言えるじゃないですか。
だからやっぱりそこに自分たちがいれる。自分たちが長く居たい。
って思うこの感覚はめちゃくちゃ重要な気がするんですよね。
ここがもうちょっと盛り上がってくるとリダッシーが女性機につけてあげるから
ってなきゃやってきたりするんですよ。
そういうのを本当にね。
それは気をつけろって感じだよね。
そうなったら金を出す奴は口も出すからね。
それは別にその口から出た言葉に共鳴できるんだったら
金を出してもらって口も出してもらってチームメンバーに入れればいいんだけど
今話聞いてて
例えば今日1500円払って何のために来たんですかって
喋ってる側が言うのも変だけど
私今辻元をどうにかしたいんですみたいな
一応それこそ大意、名分がある。
俺たちは今日答え出すぜみたいにしてきてるわけじゃなくて
それ答えないよねって思ってる。
もともとここないことを言うと。
でも答えはないんじゃなくて後で気づくっていう。
だから1年前にオープンしたからこそ今今日発した言葉っていうのはあるわけで
これ先週ここ借りたばっかりでっていうんではそうはいかないっていう
っていう意味においては目的を持っていくことは
いいこともあるし良くないこともある。
だからその野球少年が大谷を見てメジャーリーグ行きたいっていうのはすごくいい。
でもそんなのさ大谷なんて20年に一度30年に一度の逸材なんだよな
お前大谷になれないよっていうことが正確だよ多分ね。
99.9%大谷にはなれないですよ。
でもそれを言う必要あるのか。
99.9%正しいんだけどそれを残り0.1%にかけるために言わないんじゃなくて
だって大谷を目指すっていうことと大谷になるってことはさ
57:05
イコールっていうか因果関係はないっていうね。
でもそこに行くっていう夢っていうか分かりすぎる夢っていうか
思いを花から潰してしまうっていうことの悪っていうのかな。
だから目的を持ってそれを達成しようとするっていうのは
別に悪いことじゃないんだけど
得てして達成した時に後ろを向いたら
これが目的だったって初めて知ることの方が多いんじゃないかと思う。
こうやろうとしてこうやったんだっていうふうに説明できることって
そんなに大したことないんじゃないか。
だからあったかい場所を作りたいっていう中小度の高い目標っていうのは
すごくいいと思うのはだってつまりは何なのっていう。
だからそのあったかい場所を作りたいっていう中小度を
そのまま具体的に行くとまず断熱剤入れようぜってなっちゃう。
これあったかくないよ。
これまだヘラガラスにしようっていう。
だから中小度のままいかないといけない。
だから作る人になるためにっていう新兵がつけたタイトルなんだけど
中小度が高いわけめちゃくちゃ。
だからこれから読む人たちはため博しっていうか言うけど
これ読んでも作る人になるために
あっこういうことかってないから。答えないんですよ。
だってそれが言いたくてやってるんじゃないか。
でもそう言いつつ実はあると思うよっていう。
AさんBさんCみんな違うところで
あっこれが青木さんの作ることなのかなとか
甲島さんこんなこと言ってるけどこれってあれかなっていう風に
多分それくらいの価値はある。だからパンチラインで。
だからすげえいいなと思ったのが
あっシュート打ってたんだ。
それがめっちゃそうなんです。
それが言葉の力だと思う。
シュートを打つっていう。
あっこれなんだみたいな。
それって間違い探しとかじゃないんだけど合ってたんだみたいな。
俺たちしか通用しなかった当然だって本も出してないし
俺たちの中ではシュート打とうぜとかさ
俺たちの中ではなんか俺が本出した時にまだ本出してなかったって
やあ甲島さん本とか出してシュート打ってますよねみたいな
俺らだけの因果みたいなものだったら
今初めて会ったのにシュート打ってますが言われたら
すごい下がってったみたいな。
でもそれが今言ったようにさ
たくさん人が集まるってなんだろうってなったんですよ
これが原宿だったらまずこれを原宿で成立させるために
死ぬほど人が来て死ぬほど何か経済行為を達成して
お金を落としてもらって家賃を払ってみたいことが成立しなきゃいけないんでしょ
アリダにおいてその経済行為が関係ないわけじゃない
1:00:01
でも原宿と比べたらずいぶんハードル低いですよ
ってなった時にお金じゃない豊かさってものをどうやって提供できるのか
僕が中傷度って言ったのは作るも中傷的ですけど
中傷度のまま止まってたら結構しんどいと思う
空回りしちゃう
中傷と具傷っていう具体的なもの
だからファイアーマンであるってことと
消防とは違う場所で
それをクリエイティブじゃないって言ったけど
それを本当に見方を変えるって言葉を組み立てたら
むちゃくちゃクリエイティブだと思うし
それは僕はコロナの時に
やっぱりステイホームで
妻と娘と3人で
最初は外にも出れないからね
デリバリーとかさ
でもそもそも買い物行ってくるわって
スーパーで野菜買ったり
でもしんどいから出来上がりのもの買ったり
そしたらまたプラスチックのゴミむちゃくちゃ増えるな
もう少し紙でいいんじゃないのとか
そういうことから
プチトマトぐらいは作り始めたら
そりゃあ400円のプチトマト
高いけど美味しい
でもそれに比べたらなんか酸っぱい
でも酸っぱくて美味しくなくても
自分家のプランターから来たっていうストーリーが
美味しくさせるみたいな
それはお金とは違う豊かさを獲得し得る
だからコロナっていうのは時間がたくさんできたから
本質的なことを考えるきっかけになった
って時に中小度を高いことを
中小度が高いってことは共有できるんだけど
そこでただいるんだったらちょっとしんどくなる
そこからそれぞれの
具象を建築家としての考え
福祉とかラジオや
自分の現場にまたそれを
フィードバックしながら往来するっていうのかな
そこが内田先生の外風館っていうのは
合気道っていう中心があって
合気道やってて寺子屋もやってるんですかって
合気道から寺子屋に行く人もいるし
寺子屋のことを知って寺子屋に来た人が
私もうすぐ官力なんですけど
合気道って60歳でも勉強はできますよって言ったら
おばちゃんが60歳から合気道始めたり
来るもの拒まず去るもの追わず
集まった磁石は結構想定できない
そこが中傷的なものが持つ磁石と
具体的に起きる
最も具体的なものってお金だからさ
それを負け惜しみ的に回避するんじゃなくて
お金はお金で大切
でもお金じゃない豊かさってものを
有田だからこそとか
1:03:00
自分たちだからこそできるストーリーの部分を
見つけていけるかってことがポイント
中傷と無傷の間
その時に思ったのは
これだけたくさんの人が集まっていることも
すでに一つの成果なんだけど
そこに誰に向けてってことがある
当て先っていうのは
それは変な話
目的と一緒
当て先を明確にしても
違う人に届くんですよ
本当に
これうまく説明できないんだよね
目的なんか意味ないよっていう
でも目的持てるよっていう
矛盾してるんだけど
当て先を持った
本がそうだと思う
本は著者と読者
読者ってのは書いた後にしか存在しないわけで
書いてる方は
今回大福書館で初めてだったから
俺は新編に向けて書いたんだけど
当然読まれることを意識した新編っていう
新編に対してただ書いてるEメールじゃないから
ちゃんと読まれることを想定した時に
この言葉を投げてみたっていう時の
想定読者
でも新編に対して書いたのが
上田さんに届いたとか
違う人に届くっていうのが
当て先を持たないといけないっていうことなのかな
カッコつけてるっていうのはやっぱり
いきなり
当て先が曖昧になっちゃう
抽象的になっちゃう
俺はジャリーズになりたいみたいになって
誰に向かってカッコつけてるの?
カッコつけるってのは危険なんだよね
当て先が曖昧だから
そうでしょ
人からどう見られるかって
ってことを意識しだしたら
しんどいわけよ
でも新編にどう思われるかだったら
こういう風にっていう風に
当て先を
誰にもない人に
ラブレター書けないでしょ
あの人に向かってっていう風に
当て先がない
でもそのラブレターを受け取った人は
あーってなったら
残念だけど
違う人に届く可能性もある
それが言葉の力っていうのかな
だから言葉が見つからないっていう
最初の問いも
すごい抽象的でいいっていうか
今から目線だけど
なんかそれは
一緒に考え続けるしかない
だからずっと
でも多分
それはさ今のね
抽象と具体の話
めちゃくちゃ大事だと思って
さっきの
温かい空間にしたかったらね
ダメです
秘密性もない
風通るから
風通し
でもなんかそういう場面もあると思うの
めちゃくちゃ寒くて
温かい
衣食中
まず暖炉作ろうぜ
とかね
だからやっぱり
なんやかんや言って
その
大事なのはお金じゃないよな
1:06:01
とか言うんだけど
それは基本的な生活ができてるから
言うんですよ
そうね
絶対そうでしょ
そうそう
だから
抽象的なことばっかり言ってたら
デイドリーマーになっちゃうから
大丈夫かって感じだけど
ギター持ってこないで
そうそう
だけどやっぱり
具体の仕事があるから
そうそう
消防
ファイアーマンだから
バックドラフト経験したことある?
ないです
俺やっぱバックドラフトって映画でさ
それ聞きたかったの
ポンって開けたらやっぱ来る
怖いよね
でも実験とかではよくありますよね
やりますけど
実際あれ来るのがやばい
ねえ
いやまあまあ
バックドラフト
だからそこまで具体的に
命の危険を
体張ってるわけじゃないですか
めちゃくちゃクリエイティブだと思うよ
うん
でもなんか
世の中で生きていくことっていうのが
それだけになってしまうっていうと
すごくしんどいっていうか
時給いくらとかね
比べられちゃう
結局だから最低賃金とかって
市町村じゃないわ
都道府県によって違う
物価がね違うから都道府県によって違う
そういう最低賃金のことを考えたら
物価の変動はあるとはいえ
やっぱり東京の方が一番高いから
東京の方がいい気がしちゃう
こととかあるじゃないですか
だから生きることを
全部数値でベースで考えていくと
どうしたって人口が集まっていて
東京ですよ
だから東京が一番良くなっちゃうんですよね
良くなっちゃうんだけど
その時にやっぱこういう
抽象的な話ができる場
っていうのがものすごい大事で
その抽象的な場を維持するためには
具体な話がもちろん必要
おのおの何かしら仕事をしてたりとか
それがお金にならなくてもいいと思うんですよ
本当はね
だけど社会と繋がってるみたいなこと
ベースがあって
抽象的な話もできて
でまた明日から
仕事頑張ろうかみたいな感じで
それぞれの場所に帰っていく
このやっぱり両方ができないと
なんかやっぱり
具体的なことだけだと
僕はしんどくなってしまうところがあるから
そういう意味で
そういう抽象的なことが言える場所みたいなのが
めちゃくちゃ大事だと思うんですよね
答えの出ないことについて
2時間3時間
語られることそのものがやっぱすごく体力のいいことだし
めちゃ豊かだしね
体的にはめちゃくちゃしんどいですけど
でもめちゃくちゃ楽しいんですよ今
仕事24時間やって
その明け目やずにここで解体の工事から片付けなやって
次の日もやって
24時間また仕事やって
ずっとやってるんですけど
中でも豊かです
僕らも何十回
十何回全国ツアーとかやってると
1:09:01
旗から見ると
なんかすごい忙しそうですねと
楽しいもん
楽しいからやってる
僕も明日から仕事だけど
やってるわけじゃないですか
でも旗から見ると
なんであの人は
金にもならないことやってんのとか言われちゃうんだけど
そういうことじゃないよねっていうところは
大事ですよね
だからすごくいい感じだなっていう話聞いてても
思うし
今日ね我々よくわからずに来て
おいで
グッドデザイン賞取るにはどうしたらいいんですか
聞かれたらどうしようかなみたいな
取ってないしそもそもね
とかがあったりとか
グッドデザイン賞取るんだったら
松田んですはいい
そうだね
そうそう
そうだねとかね
そういうことになるから
すごい抽象的な
でも素敵です
問いが来てすごく安心してるっていうか
良かったとか
良かったっていうのは
言葉が通じるっていう
そうそう
ここは思ったし
何の話だったっけって感じですけど
何の話だったっけ
上さんから
いい感じのところですが
ちょっと行くに入れる時間になってますんで
ここでちょっと5分休憩はさせていただいて
その後3人と
来場の皆さんとの質疑応答のコーナーに
入っていきたいと思いますので
ここから3時40分まで休憩させていただきます
今度サインとかもしますので
お願いします
じゃあ休憩
はい
ありがとうございます
喉渇いてる方
来場者の方
ジュース1本ずつ飲んでってください
どうぞ
おすけプリージュース
気が利いてるな
むしろ
みんな来たら楽しい
来たよね
宇宙さん
宇宙さん
大学生
大学生ですね
大学生がやってるカフェ
素晴らしい
2人とも大学の3回生と
男の子の方が院2回生です
あ
へえ
すごい
なんか本屋じゃないから
本を出て
はい
上さんも戻ってくるって言ってましたね
いや忙しそうやったんで
もう早く
あそうか
お客さんの
ファシリテーター
あ来た
ファシリテーター的なのを
上田さんがやるの
受け持ってくれてたんですけどね
後でも
来た来た来た上田さん来た
来た来た来た
これだこれだ
ちょっと食べながら
美味しい
でもいい感じですね
食べればもっと面白い話ができる
あ美味い
1:12:00
とても美味しい
もう食べながら出れば
本をいろいろ持ってきてくるなって
担当もありますので
そこにたくさんいろいろ配信する
どうぞどうぞ
何でも好きなこと
それ
皆さん戻っていただいたんで
質疑応答コーナーを
始めていきたいと思うんですけど
何かご質問ある方
何でもありですよ
はいはい
ナイスロゴですナイスロゴ
ありがとうございます
マイクのところまで来てもらって
仕掛けてもらえたら
マイクが短いわ
はいこんにちは
こんにちは
デザイナーの翔二です
一緒に
この場所を作ってるというか
僕は本当に横から
頑張ってよとか言うてるくらいなんですけど
重要です
大体そういう人が一番
そうで
すごい質問なんですけど
基本的に
ここって
今も本当に
キック
シュートを決めて
始まりつつ
あるわけですね
ただ本当に
リアルに
どうやって
運営していこうかみたいな
そこってどうやって
お金を生み出していこうかとか
そこがもう
どうしようかっていうのが
見えてない状態なんですね
それって
どういう感じで
先人たちはやってるんかなっていうのを
伺いたいです
本当
ド直球来ましたよ
いくらくらい
内閣頭頓
いくらくらい
いくら
いくら
いい
まず
それくらい必要ある
6、7
6、7
6、7か
6、7
60万
何円
原宿
6万円、7万円くらい
まずは
うちは
図書館してるんですけど
住んでるじゃないですか
図書館だから
利益は生まなくていいし
と思ってるんですね
続けることが大切だと思ってるし
なんでやってるかっていうと
さっきの話で
お金を
働くってことは
お金
対価を生み出すことである
という
一種の労働みたいな
考え方が
社会の中でいっぱいになっちゃって
そうじゃない
働くっていうのもあるんじゃない
っていうのも
そういうメッセージも
込めて
図書館をやっている
というところがあるので
そういう意味では
基本的な生活費っていうのは
労働の部分で稼ぎ
図書館をやっているのは
その
土日
1:15:00
こういう楽しい
場があるから
週5日とかね
働けるぞっていうか
なんかこの
どっちかじゃないっていう
両方がサイクルを回すために
両方大事ってことで
やってるので
そういう意味では
ここの場のお金を
ここの場だけで
完結させなきゃいけないとか
っていうのは
僕はあんま考えてない
もうちょっと全体
サイクルをどう
するのかということで
例えばみんな
仕事があるのであれば
月何万円ずつ
出し合って
とかね
例えばですよ
大人
25歳以上の人は来てくれたら
ちょっと
ドネーションじゃないけど
みたいな形にするとか
サブスクシステムみたいなので
月額でとかって
賛同してくれる人は
とかっていうのにするとか
それはなんか
やり方はいくらでもあるのかな
っていう風には
考えたりするんですけどね
子供が駄菓子って
言ったじゃないですか
じゃあここ最高の駄菓子屋にしようぜ
っていう風にならないのは
駄菓子屋っていう
構造が
成立しないからでしょ
それに抗うには
駄菓子屋いけるぜと
駄菓子屋が
50円
70円
100円でどうこうじゃなくて
1000円で
子供たちに
1000円ずつ持ってきてもらおうぜ
ってなったら
成立するかもしれないじゃないですか
でもそれ間違えてますよね
だって
現体験として
自分の20年前の
駄菓子屋のあの
ワクワク感を
やろうとしてんのに
それ20年後
成立しないんだよ
じゃあ音楽業界で働いてた
僕の兄そうなんですけど
もうCD売れないよって
入社した瞬間
30年前
20年前の話
で
兄貴
東芝EMIっていう会社に入って
宇多田光っていう
スーパースターが登場して
CD売れないとかって
言われてたのに
宇多田ボーナスとかもらって
フワフワだったんですよ
でも10年後やめたんですよ
だってCD売れないから
でどんどんどんどん
首を切っていった
だってもうCD屋ってのが
存在しないでしょ
それは
社会とか現代が
そうなっている
っていうことに対して
抗ってさ
で今まあ
ブームとしてレコード
聴いてるみたいなのあってもさ
それは
ブームであってさ
なんか本質的には
そういう風に変わっていく
ってなったとしたら
ここがどうあるべきか
ってことを考えなきゃ
それが6、7万から
その目標を設定して
それをさっきから言ってるように
1:18:00
達成することを目指すのか
結果的に
6、7万いけるような
ものを目指すのか
映画を作りました
ハリウッド映画を
勉強して
どれだけ制作費かけたら
どれだけの映画館に
ディストリビュートしたら
どれだけの利益が得る
その利益があったら
これだけ俳優に払える
っていう風に
全部流れが決まっていくわけでしょ
だからお金かけすぎて
最高の映画作ったのに
映画館に流せなかった瞬間に
もう上の水が止まったら
下に流れない
ってことは俳優はさ
賭けで仕事できますかって
っていう風にやっていく
だから新平が説明したように
あこやんって奥さんが
図書館司書として
仕事をしてた
雇われていた
お給料をもらってやっていた
それはそれで素晴らしいこと
でもそうじゃなくなった時に
お金をもらって
仕事をすることが
生き甲斐っていうこと
でやったー
給料上がったーとかって
それはもちろんいいことなんだけど
そもそもそれで
メンタル・フィジカル
しんどいな
ここまでして
もう家賃払って
頑張る必要はある
ってことは何のために
生きてるんだっけ
っていうのがコロナ禍
全世界的に
日本だけじゃなくて
全世界的に
あれ
クオリティ・オブ・ライフ
って何なんだろうか
って思ったはずなんだよね
ってなった時に
その6、7万をここで生み出す
ための維持費っていうのが
本当に必要なのか
その6、7万だけだったら
それこそ本当に
ちょっと富裕層の人に
カンパしてやるよ
っていうので
6、7万っていうのを達成しちゃうわけで
6、7万達成して
ここを維持することじゃないでしょ
目標って
結果的にだから目標が
6、7万かもしれないけど
そこでさっき言った
人が集まるっていうのは
もうこれだけ人が
集まってるわけなんだから
これが一つの
これが何回目のイベントか
知らないけれども
こうして
イベントをしたら
集まった
これで
例えば1500円かける何人
これで一応
集まり得るお金が
分かったんですよ
でもそれは
たまたまかもしれないし
今日ほとんどが
我々の
何か
引力じゃなくて
お二人と皆さんの
集めた人たちですよ
なので
今日僕らが
2時間3時間喋って
内心
つまんなかったな
もう二度と来ない
と思ってる人がいたら
ごめんなさい
でも
もし今日なんか
辻元面白いなと思ってくれたら
また来ようってなるわけでしょ
そしたら今度は
もう2、3人増えるかもしれない
倍くるかもしれない
あれ面白いと思ったのに
スケジュール的に半分しか来ない
1:21:01
そういうのをずっと
それがシュート打つなんですよ
シュート打つっていう風に言いながら
ちょっと修正したのは
パスなんじゃないか
シュート打つっていう
メタファーは
入ったか入らないかってことに
まず結果
知りたいでしょ
でも俺らがやってることは
パスで回してるんだ
しかも
本人にパス回してるというよりは
ちょっと先のスペースに
パス回してる
新平あそこ行ってくれよ
今度新平こっち
こっちかよって
俺らは
くるくるくるくる
パス回しをしてる
時々ほんとに
シュートも打ってるけど
だいたい俺らのシュートって
もう自己肯定感だから
もう全部入ってる
翼分みたいに
ぐるぐるぐるぐるぐる
自己肯定感高いから
シュートは全部入ってる
シュート打ったら入ってる
でもシュートばっかり打ってるわけじゃなくて
パス回しなんじゃないかな
新平あそこ空いてるぞって
空いてるスペースっていうのは
その時々になってみないと
分からないっていう
それが散々言ってる
ある種の偶然性
偶然性っていうのは
ちゃんとスタンバイしとかないと
気づかない
ずーっと目を凝らしてても
気づかない
ボヤーっとした時に
あっってなることもある
この難しさが楽しいっていう
分かりますかね
お金が必要なのであれば
お金を集めればいいんですよ
お金でないような気がするっていうのは
最低限のお金をちゃんと
なんだが
お金を生み出していないと
ここを場所だと言ってはいけないのではないか
と思ってんだったら
そんなもんはいらないっていうか
それは思っていないんですよ
ただそれをお金を出さないと
この場所を借りれないっていう
リアルな話があって
基本的にはもう
デンちゃんとお話ししてる時とか
遊んで暮らせるようにしたいねと
あそこでコロコロしてたら
生きていけるんじゃないかみたいな
そういうロールモデルに
僕らはなれるんじゃないか
それはハードル高いね
でもさ
それめっちゃ分かるよ
これおじいちゃんの実家だったらいいんです
でもいいし
そのなんていうのかな
僕は
極端な意見だと思って聞いてくださいよ
聞いてもらわないといけないのか
なんかだからその
今就職できてる人っていうかね
で
はっきり言ってその
たまたま就職できてるっていうか
今社会で
卑怯とされてる消防士さんとかは
役所の職員とかは
はっきり言って最後まで残る仕事ですよ
残るっていうのはね
他に例えば
街だったらもっと色んな職種があるでしょうとか
でもここは
そういう人口も少なかったりとかするから
職種が少ない
だからたまたま働けてるんだと思うんですよ
と僕は思ってて
だから働けてないからといって
その人は働けてる人と働けてない人が
1:24:00
働けてない人の方が劣ってるみたいな風に
それは感じる必要は本当はないし
そういう意味では僕がさっき言った
中小と具体みたいな
これ両方僕必要だと思ってて
やっぱデザイナーとかアーティストっていうのは
中小の世界化であるよね
豊かさってお金だけじゃないよねっていうのを
言ってくれる人だから
そういう意味では具体的な仕事をしてる人が
お金を出し合って
コロコロしてても
いい空間を作るべきなんですよ
本当は
お金がある
年上の人がお金を出すべきなんですよ
めっちゃそう思う僕は本当に
と思って若者支援をしてる僕はね
すごいなと思うのはさ
最も支援されるべき弱い存在なのに
こんなに支援してるっていうところ
俺は結構自分で言うのもなんだけど
タフなんだよね
建築家ってタフじゃないと
常にいろんな交渉だし
でもこんなに弱い新兵が今
人を支援してる
えらくなったな
えらくなったなって
誰なんだって
でもそう思ってるのね
だけど
言っててしょうがない
言ったらお金くれるかってことじゃないから
実践してるからさ
ウチャリブロは別にお金を生んでない
だからみんなそうだもんね
新兵今度退院するんですよ
今度本出るんですよ
誰と
青木新兵って
施設図書館やってるっていうふうに
説明したんだよ
そしたら施設図書館
それって食っていけるんですか
みんな第一声ね
新兵のこと知らない人は
それって食っていけるんですか
なんですよ
だから今建築家と思想家って書いてあるんだけど
思想家って言った瞬間に
大学の先生ですかとか
なんかその
職業以降の何か
だから施設図書館って言った瞬間に
どうやって金があってなるわけじゃない
ってなったら
そうじゃない
生き方を
自分で作っていく
そこの部分が
ハードルの設定っていうか
だから東吉野と
いろんな偶然の
タイミングも含めて
場所と人が操作させてるわけであって
これはだから
誰でもがどこでもできるわけじゃないっていう
なので
有田だからこそ
梅本さんだからこそ
上田さんだからこその
あり方っていうのが絶対にあるはずだ
と思う
これはさっきからずっと言っている
答えがあるわけじゃない
でも答えを見つけ続ける
その感じって
だからずっと10何回トークイベントしてて
最初は本の内容を
少しおさらいしながら
もっと書けなかったことこういう風に
でもずっと話してると結局
作る人になるために
って答え書いてない
トークイベントしながら
作る人になるために
っていうことのやり方とか
我々の共通部分と
違いを語るようになったんだけど
1:27:01
ここ最近とつい
年越してもまだやってるからさ
本の内容を書いた本人が
忘れ始めて
結局作る
人になろうぜ
みたいなことをコロナの時に
思ったようなことを言ってるんだけど
結局
作り続けることが大事だよな
だからシュートよりもパスっていうのは
パス回しが大事だよな
一回一回いいパスだったねとか
いいシュートだったねってなるから
しんどいわってパスを回し続けてる
今のトラップうまくいったけど
もう回しちゃったから
そんなこと考えてらんない
どんどん
続けることが大事だ
っていう風になった
それは大きいよね
それは間違いないです
継続するってことが
サステナブルってそういうことかと
持続可能であるってなった時に
当然お金は無視できないよね
足長おじさんが
クラウドファンディングしてくれたから
いけるとかっていうのは
全然持続可能じゃないから
それをずっと
次の足長おじさん来てくんないかな
じゃあダメで
やっぱりそれなりのいろんな
百姓ってうまくできてるなっていうのは
これで
たくさんお金埋めなくても
食っていける分では
物々交換とかしながら
いろんなこと回り回って生きていけてるっていう
百姓っていろんなことを
仕事にしているっていう
出版社ってのもそうで
何部
いくらの本をどれだけ出すのか
出しながらベストセラーが
一年に
一冊出れば
そのベストセラーが他の
マカジの本を
やっていけるから
だから
みんなベストセラー出そうぜって
やってるような
出版もしんどいのは今どんどんデジタルになって
安くなってってなったら
さっき音楽業界が
出版っていう形態も
新聞記者がいたら申し訳ないですけど
新聞っていう媒体が
やばくなってるわけでしょ
テレビ業界
ムチャクチャお金使ってたのに
テレビ業界もって
ユーチューバーとかって
社会はずっと変わり続けるんだから
それを否定しててもしょうがなくて
それにアダプトしていくためには
その都度変わり続けていくっていうのが
空いてるスペースに
パスを回していくしかないんじゃないの
その時にお金は大事なんだけど
お金よりも
その豊かさだったり
ご機嫌に生きるって何なんだろうか
ありだねご機嫌に子育てするって
何なんだろうかっていう風に
仲間を見つけながら
やっていくっていうね
週末カフェをやるとか
っていうのも
本職やめて
カフェ一本で行こうって
大丈夫みたいになるし
それも一つのシュートかもしれないし
っていうのをずっと
トライアンドエラーっていうのが
やっぱり
それをなんかそのポテンシャルを
場が感じる
それはなぜなら構造体が見えてる
1:30:01
つまり出来上がった
パッケージ
原宿にある原宿って東京の
ツルツルピカピカな空間って
パッケージしかないから
与えられたもの
だからこれパッケージが
もう解体されてるから
もう構造体から
素のもの外壁が内側から
見えるって異常だから
外壁の内側って見えてるよっていう
この感じは
すごく建築家としては
すごく盛り上がるし
建築家じゃなくても
ワクワクする
作りたくなる感じ
天井ないじゃんって
2階の床の裏じゃんって
その感じはすごく
ポジティブに捉えればいい
予算なくて天井張れてないんだよ
じゃなくて
隣のカフェもすごい素敵な
剥がしただけでしょ
昔ここに下地が
何か語ってる
いつか張ってくれよ
予算できたら綺麗な板張りに
してあげたいなみたいな
っていう風に
声が聞こえるかっていうのは
それを僕は建築家として思うし
それぞれが
ここさピンク色の壁に
塗ってみたいんだけど
どんどんやればいい
それで脱線とか
これかっけーじゃん俺もやりたい
っていう風にどんどん
それを僕は2階上がった時に
何かやってる
木のあれを見た時に
何かが生まれそうだ
っていう
きっかけみたいなのがすごく素敵だなと思った
それはお金と関係ないようで
ある
それをうまく
両輪で
お金関係ねーよ
みたいな綺麗事だけじゃダメだけど
綺麗事のないお金のことばっかり
気にしててもダメだと思うよ
っていうバランス
本当にその
コアの一番の中心が
消防士をやってる周平くんで
めちゃくちゃ良かったなっていうのがあって
デンちゃんあそこにいるんですけど
相当
ポテンシャルあると思う
高い
高い
デンちゃんと僕はどちらかというと
フワフワしてるんですよ
やっぱり
周平くんの
リアルなクリエイティブでいうと
全部
僕とかデンちゃんが持ってるクリエイティビティと逆なんですね
それはどういうことか
めっちゃ良いと思うよ
どういうことかというと
この前に周平くんが話してたんですけど
どちらかというと
作るって言ったら
クリエイティビティって言ったら
作る方になっちゃうじゃないですか
消防士さんのクリエイティビティって
壊す方なんやなと
どれだけ上手く壊せるかとか
あるものを
木もそうですけどあるものをなくすっていう
だからそれがむちゃくちゃ
どちらか本当にデンちゃんと僕が
ないものからあるものを作ろうとしてる中で
1:33:00
あるものをなくすとか
壊すっていうので
めちゃくちゃ良い感じに
今混ざり合ってるなっていうのが
実感としてあります
分解の哲学
プラモデルなんですよ
日本人の現代は
プラモデルじゃないんですよ
作るって
プラモデルのパーツから作らなきゃ
それが設計なんだ
だから
プラモデル頂戴とか
レゴ頂戴って
レゴをどう作るかって
もうすでにレゴがある
スタンスで考えてるでしょ
プラモデルも
プラモデルのパーツ
取扱説明書がないと
作れないでしょ
それは作るじゃないんです
それは商品として
買ってるっていう
本当の作るは
壊したところから
何を壊してるか地球を壊してるんです
食べ物を作るときは
命を頂いてる
鳥とか豚とか
それを忘れてるでしょ
商品でパッケージされたら
そこがやっぱり
じゃあなんか
動物殺しだから何も食べられへん
っていうわけじゃない
でもバランスで想像力の広さは
作るときには
もっと地球に対して
ゲリラ豪雨っていうのとかも
何か地球が
悲鳴を上げてるんだ
っていう想像力を持たないと
それは俺ら関係ないで
広さは中国から来たら中国のせいや
じゃなくて
そうやって全てが影響してる
っていうところに
あなただけがベジタリアンになっても
どうもないですよ
それを別に否定も
否定もしきりんなベジタリアンだね
とかいう話じゃない
そこの出来合いのできる中まで
できることをやっていくことでしか
少しずつでしか変わる
とはない
いいですよね
一緒に
一人でやんないってのが一番大事だと思うし
ちょっとここの場が
もうちょっと整ってきて
発信力ついてきたら
寄付しましょうかとか
そういう人が現れるかもしれない
その大口じゃなくてね
一人一人そういう仕組みが
出来上がるかもしれないし
ちょっとそれは
どうなっていくかは
場所それぞれだから分からないけど
ちょっとそのしんどい期間
っていうかあるかもしれない
それはちょっと
じゅうへい君の方に
支えてもらうっていう
若干ね
お金っていう意味でね
そこは例えば4人でやってたら
2万ずつ上じゃなくて
そこがちょっと
この時だけは
多めにとか
でもそれはお金の
お金イコール価値っていう風にしないっていう
これやばいんですよ
これ怖い
それにとらわれると意外にしんどい
だから
お金は大事
1:36:01
サレード
たかがお金
百姓作戦だと思うよ
東京で
かなかんもとこさんっていうのが
コインランドリーと
喫茶店とドッキングしていくわけですよ
だから
それはだってスターバックスと
ツタヤが
どこ行ってもセットにあるでしょ
だって本を買ったら読みたいし
本読んでるときにちょっと
コーヒー飲みたいっていう
そういうのはもう
当たり前になったけど
十何年前にはなかった話でしょ
一気に気付いた
それはまだいっぱいあるはず
それを
いかに
それぞれのセンサー
その時にチームプレイヤーが
みんな似た者同士だったら
アイデア被る
ポテンシャル高い人いるし
いろんな幅があると
みんな大谷だったらやっぱそのチーム
弱いんですよ
大谷は2番DHでいいんですよ
他の8人がどう
チームを作るか
それはやっぱ似た者同士でないほうがいい
足が速いやつと肩がいいやつと
バラバラで野球っていうのが成立してるように
社会もチームは
なるべく
違う人がいることが
成熟に向かう
でも
抽象的なものが
言葉があれば一緒にそれを引っ張れる力がある
その単位が
家族とかだけだと
しんどくないか
たくさんの拡大家族を持てる
その時にあまり期待しすぎない
家族って期待しすぎる
ゆるく繋がってる
でも言いたいことは
言える
その感じをたくさん持ってる
外風館っていうのは
そういう場所
内田先生をまとっていろんな人が集まるんだけど
別に
毎月
いくら?8000円かな
8000円のゲッシャー分お稽古しなきゃみたいな
ギブアンドテイクじゃない
今月一回しかお稽古してない
とかじゃないよ
いっぱい稽古してもと取ってやろうとかじゃない
そのお金に
とらわれないと結構大事かな
と思います
長々とすみませんでした
ありがとうございます
他に何か聞きたいことがある方は
はい
どうぞ
面白いね一人一人前に
大丈夫ですか
ありがとうございます
お話聞いてて共感するところがたくさんあるなと思ってて
聞いてて
田舎の難しさみたいなのをずっと
考えてて
去年
ちょっと都会的なところから
田舎に引っ越してきて
コミュニティの仕事をしてるんですけど
新しいことをゼロから1作る
1:39:00
自分はやりたくて
楽しくやってるんですけど
いかんせん仲間ができていかないと
なんか
仲良い人たくさんいるんですよね
仲良い人たくさんいるけど
心通わせれない
みたいなのがある
それが田舎のせいなのか
私のただの自分のせいなのか
わかんないですけど
今度新しい企画で
わざわざっていうのをテーマにした
トークイベントを月一始めるんですけど
それをやるんですよねって一応仲間っぽい人に
仲間に言ったわけですよね
なんかこれ
読み方が難しい
クックがあるよね
一緒にこう授業をしてる
一緒にやってる
言った時にいいやんと
そこまでは言うんですけど
それめっちゃ人入れてどんどん人呼んで
人席にしていこうって
その瞬間に急に孤独になる
急ってなってくるみたいな
そういうことじゃないんですよね
これってカルチャー作りやし
誰かと出会う
パンみたいな
こういうものなんですと
私はこういうのを大事にしたい
けど
それだけじゃ納得してもらえない
みたいな
急に孤独になる
でもやろうまた孤独になる
この位置でずっと繰り返していて
梅ちゃんとか
梅ちゃんって勝手に呼んでるんですけど
近くにいるのいいなって
隣の隣町くらいの
いるんでいいな
いいないいな
外出ていったら結局その地域にいない
みたいなことになっちゃって
それもまたよくないから地元の人と絡むけど
絡んだらできるだけ
自分は意識高い系って思われないように
思想あるって思われないように
勤めなきゃ
女、仕事
飲食の話しかしない
とか
そういう
田舎苦しさみたいな
めっちゃ好きな土地やけど
人もめっちゃ好きやけど
なんか苦しいこともある
地元は和歌山市ってところで
兵庫県の天ヶ崎ってところで
コミュニティの仕事をやって
福祉とコミュニティをやってて
岩佐町ってところに引っ越してきて
やってるんですけど
そういう山ら辺で
めっちゃありますよ
僕はその
分かるけど
無理やり
僕は仕事として家を図書館にしてるわけじゃないので
好きでやってる
っていうか
地域の人のためにはやってない
ので
でも
地区の役員とか
神社の
宇治湖の役員とかはやってる
からそこを
あんまり
消防団はやめた?
やめちゃった
邪魔くれるとかしたくないもん
だから
そこは
完全にすべてを
一致させてしまうと
1:42:02
僕はしんどくなると思うから
そこはちょっと分けて
考えている
っていう感じがあって
例えば
なんだろうな
今日みたいに
僕らは外から来てるわけじゃないですか
そうすると
ここのコミュニティがちょっと
かき混ぜられる
普段ここにいらっしゃらない人も来てくれるとか
じゃないですか
だから自分で
コミュニティの中でどうにかしようじゃなくて
人を誰か呼んできて
そこでちょっとかき混ぜてもらう
とか
そういうのはいいかな
っていうのは一つは思いますけどね
自分で全部やらない
外の人が連絡くると
仲間はおった
じゃないですけど味方おった
気持ちになって
ギリ繋ぐ
こことの暮らしギリ繋ぐ
でも最近それが豊かなのかどうかも疑っていて
自分でやってることは果たして
豊かなのだろうか
ポイントはやっぱり僕は
自分に置き換えたらどうだろうか
と思った時に
独身だった時に
自分の
思いっていうか
自分にとっての幸福みたいなものは
建築家として
仕事をするっていうことがあるじゃない
独身だったから
恋愛っていうかさ
女にモテたい
みたいなのがあるじゃない
でも結婚すると本当に
これが卒業しちゃうから
それはいいか悪いか別として
あの子かわいいな
と思ってたわけじゃない
何が言いたいんだ
自分にとっての
幸福
今
わざわざ
をやろうとしてるんだけど
それやってる時楽しいわけでしょ
やろうとしてるのも楽しいわけでしょ
それを言った時に
それで実績作ろうぜって
言われたら孤独になる
その孤独になる瞬間っていうのは
ハッピーじゃないわけでしょ
ご機嫌じゃないわけでしょ
それって何なんだろうと思ってさ
だから
ハッピーなのは
わざわざをやろうとしている
瞬間であって
やってから本当にハッピーなのかは
やってみたら仲間が増えた
次私出たいとか
こんな人いるんだけどこの人呼ばないとか
ってなったらわざわざやってよかったなってなるわけで
でもその前に
もうそんなのだなって言った時に
孤独になるって
孤独になってしまうこと
だから
そんなやつ無視すればいいんだなって思っちゃう
だから
仲間を作ろうぜっていうことを
目標にしちゃうと
しんどいのかな
自分の幸福っていうのはどこにあるのか
で俺が言いたかったのは
独身だった時は
自分の快感とか喜びとかだからさ
それが結婚して
1:45:01
子供が生まれるとやっぱり
溺れそうになったら
ならないけど
なったら俺自分よりも浮き輪は
娘に投げると思う
カッコつけてるとかじゃなくて
その感じは独身の時は
こっそりした俺が絶対に死にたくないみたいな
その感じは
普通に
45歳男性としての
成熟だと
俺は思える
それを
あなたの年齢を聞くわけではないけれども
どういう時に
幸福を感じるか
今の幸福の
これやってる時って私幸せかもっていうのを
人から見られたら
あんた何歳?45なのに
たらたらまだ結婚もしねぇでみたいな
おっさんがいたとしたら
結婚してるわみたいなことじゃなくて
そんなやついいんじゃないのっていうか
自分の幸せを
丁寧に作っていくっていうことが
連帯して
たくさんの仲間がいることが
幸せってのは一つのことかもしれないけど
そうじゃない幸せも
俺心平さえいたら大丈夫っていう風に
思えるような
友達ってたくさんいるから
すげぇとかじゃないじゃん
でもなんか
現代日本っていうかさ
数字化して
Twitterフォロワー何人?みたいな
少ね?とか
いいねどれだけ押してもらった?とかさ
どうでもよくないかって
思えるのは
あんたフォロワー多いから
そんなこと言えるんだって言われちゃうと
なんかあれだけど
自分の感触
今これ気持ちいい嬉しい
ハッピーっていうのを
丁寧にそれをあんまり
人からどうこうされないでそこを守る
だから孤独ってのは
俺はそんなに悪いことなんじゃないってこと
みんな孤独だよ
でもその孤独を
無防備になるってすごい怖いけど
でも合気道って無防備じゃないとできない
辛い言葉って
何も入ってこない
っていう感じで
多分もうすでにいろんなことトライしてるから
自分の幸福感みたいなものを
もっと自信持ってね
別にいいんだよその連帯しなくて
一人見つければいいって
それは多分もうすでにいると思うんだけど
それはちょっと
こうなった時に
ここにいたじゃんって気づくもん
なんじゃないかなと勝手に
ちょっと焦ってる
焦ってるのは
周りからどう見られてるかを気にしちゃうから
気にせってやれ
違うスポーツしてるの
ルールが違うねって
でもみんな同じゲームして
みんな競争させられてきたから
違うねって関係ないねって
思えるかは
大人になる一つの階段かもしれない
いいこと言ったら
今思いついたこと
言ってるだけやけど
でもそれは
自分がそう思うようになった
時間軸だと思う
今自分を生きる時に
子育てってのは
30何年前の自分を娘に見れる
1:48:00
ってことは
親を見た時に
将来俺こうなるんや
時間軸で人間でそう見れるのは家族だけど
場所もそうなんだ
ここで資生堂やってた
辻元さんだっけ
高居されてるのかな
高居されてないかもしれないけど
辻元さんから受け継ぐ何か
昨日俺らは
クマグスのとこ行って
クマグスも
ここにクマグス居たいなって思える
想像力は
すごく豊かな
気持ちになったけど
俺ここ住みたいなと思ったもんね
クマグスの
書斎いいなと思ったし
自分そんなこと言ったら
アホちゃうって思われても
思ったことを
自分の幸福とかご機嫌を大切に
あんまり
気にしないっていうのが
いいような気がする
ここ数ヶ月
1年経ったぐらいで
焦りとか
による孤独感とか
クサクサってツイッターで
社会問題の記事ばっか読んでるみたいな
さらに腐ってるみたいな
腐ってるって思って
わざわざっていうトークライブやろうって
決めたんですけど
その悪循環をまた繰り返してしまうんじゃ
なかろうかっていう恐慌とか
もっとさらに
自分に追い打ちをかけてるんかなみたいな
豊かに生きるみたいなこと
誰とも対話できない現状
みたいなのも
ギャップたぶん
天ヶ崎におったときのめっちゃ幸せやった
暮らしと
幸せやけどなんか足りないみたいな
ギャップのこの今さに
苦しんでるかな
何か足りないはどこ行ってもあるから
何か足りないは
いいモチベーションに
動く原動力にしてしまえば
いいだけであって
それよりも
原動力
田舎
ゆえの
動質圧力みたいなのも
すごくよくわかるけど
天ヶ崎で
あってその場所
場作りみたいなのとか
それをパッケージとして
ボーンって持ってこようって思っちゃったら
それがやっぱ難しい
から一旦さっきの分解じゃないけど
壊すっていうか
要素に分解して
ここで自分が
できるとしたら
何からできるだろう
って考えて
それを諦めざるを得ないところもあるでしょう
でもここだけはやりたいな
っていうところから
最初は不格好だと思うんですよ
だけど
そういうのを
ちょっとずつ
やりながら作っていく
っていう感じかな
とは思いますけどね
完成しないっていう話
これ全然完成してないから魅力的だっていうのは
次こんなことやってみようかな
って思える要素しかない
1:51:00
それってきれいに
出来上がったものよりも
もう何もできない
だから何もできない
何でもできるような状態っていうのは
すごく
いいような気がするんだよね
だからそういう風に
自分の中で動こうとする
思いを
学ぶってさ
一冊の本を
読む前と読む後というのは
変な話
別人になってるんですよ
夏目漱石の心っていう小説を
読んだことない人を
人間と
その同じ人間が
その心を読んでから
別人になってる
と思う
夏目漱石の心に限らず
本に限らずというか
一本の映画でも何でも人生で
常に変わり続ける
別人になる
辻元に来たら別人になるぐらい
大げさに言うと
じゃあ何が別人にさせるのか
価値観を揺らぐものが何なのか
それを感じさせる
ものが何なのかを
みんなで
その時に言葉ってすごく大事
言葉が人をつなぐし
でもわざわざっていうのが
私にとってのわざわざと
あなたにとってのわざわざは違うからいいけど
重なってるわざわざの部分もある
そこをやっぱり
一緒に語られるっていうのは
すごく豊かなことだと思うし
その豊かさと思える仲間がいるか
つまんないから帰るっていう人が
誰もいないわけでしょ
話を聞いてるって
帰りたい人もいるかもしれないけど
でもそういう場を
自分たちで育てていく
別人になるっていうのが
学ぶことの喜びなんじゃないかな
海の苦しみみたいな
海の苦しみ
でもそれを壊すから作れるっていうのを
意識した瞬間に
あ、俺もしかしたら
ひけしの方が得意かもっていう風に思えたら
0-1
ばかりがかっこいいみたいじゃなくて
それぞれのプレイヤーには
俺むちゃくちゃ
流し打ち得意とかある
それを
肯定していく
ルールを
作っては変える
やってみたらもっと良いルールにする
ルールとも思わない
っていうのが一番いい状態
ありがとうございます
長く
いやいや
僕らが長いから
すみません
ありがとうございました
まだまだ皆さん聞きたいこともあるかと思いますが
ちょっとお時間が迫ってきておりますので
この後は
本の物販とサイン会もございますので
またちょっといろいろとお二人に
ザクロバーランに
お話しいただけたらと思いますので
またよろしくお願いします
では一旦トークイベントはこれで
終了とさせていただきます
ありがとうございました