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2025-04-10 11:19

(雑談回 #7) ちょうどよい、ということ。

◆番組概要

経営企画の「きりん」が経営企画としての悲哀や悦びを語ります。たばこ部屋だからこそ聞ける、なんとなく盗み聞き程度でちょうど良い、でも聞き流すにはもったいない、そんな番組を目指します。


◆Personality:

きりん

外資系コンサルティングファームやBIG4系FASにて、新規事業立案プロジェクトに多数従事し、事業計画策定やビジネスケース作成、企業価値算定等に携わる。

ベンチャー・事業会社では経営企画/経営管理として予算策定、予実管理、着地見込や予予管理を中心に企業価値向上を担う。


◆Twitter:

⁠⁠⁠https://x.com/kirin_fpa⁠⁠⁠


◆Voicy:

https://voicy.jp/channel/2732

※Season1は、2022年頃にVoicy独占配信をしていましたが、Season2よりマルチプラットフォームでの配信を行っております。


※BGM:MusMus

00:07
お疲れ様です。経営企画のたばこ部屋、雑談回の7回目でございます。パーソナリティーのきりんです。
前回は、ダ・ヴィンチの話をしたかなと思います。今日は雑談回ですので、もう少し雑談チックな話にしようと思ってまして、
去年の読書料をちょっと調べてみたんですね。私は記録をとっていて、本を読んだら、
ノーションに書き連ねているんですけれども、だいたい130冊ほどでした。
1年間で読書料130というのが多いのか少ないのか、人によると思いますけれども、自分としてはかなり多かった年だったんですね。
割と自分は精読派なので、きっちり最初から最後まで読んじゃうタイプではあるんですけれども、その中で抜き書きとかもしながら、
どの本が一番印象に残ったかなというのを少し振り返っていたんですけれども、その中で一番残っていたのが、
よかったのがアリストテレスのニコマコス倫理学という本です。
この哲学書ではあるんですけれども、非常に名長でして、知る人と知るというか、あまりにも有名というところでは有名ではあります。
それを何かの表紙に以前の友人に勧めてもらったのかなというので、そのときは全然興味も何も持てなかったんですけれども、
改めて少し腰を据えて本を読んでみるタイミングがありまして、そのときにいいことを書いているなというふうに思ったんですよ。
今日のタイトルにもしていると思いますけれども、ちょうどいいみたいな話、ちょうど良さについて、中庸という言葉を使っていることもあるんですけれども、
それについていろんな具体例とともに書かれているのがこの本でした。
中庸、つまり程良いとかちょうど良いとか、そういう意味ですね。
どういう場合にそのちょうどいいという話が論点になるかというと、あらゆる点においてそうなんですね。
お金の使い方とか、時間の使い方とか、あとは食べ物をどう食べるかとかですね、何を食べるかとか、
そういうことも含めて、生き方的なところでちょうど良さというものを追求するのがあれて、つまり得を積むということだという話で書かれているんですね。
得とは何かみたいな話になると、かなり本当に哲学的になるのでここでは触れませんけれども、今日はそのちょうど良さについて本の中で書かれているような話、
例えばお金の使い方からいきますと、多く支出をするということと、全然お金を使わないということ、これも両極端なのであるというところから話が進むんですね。
人はやっぱりちょうど良いところをちょうど良く生きるのが良いのであるというのがこの本で言われていることなので、
全くお金を使わない、契約をし続けて、もうめっちゃケチでですね、それでそういう生き方というのももちろんあると思います。
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かたや誰かにめちゃくちゃおごるとか、すごく放乱といいますか、無駄遣いをしてしまうというのもまたこれも極端で、
その両方を金備えたポリシーを持ったメリハリのある支出をするといいんじゃないかというようなことを言ってたりしますと。
やっぱり100%どっちかに振り切るって楽っちゃ楽なんですよね。
一つの自分の、自分はもうこういうタイプなんだと、酔い越しのお金は持たないんだと、
あるいはもう価値のないものには絶対にお金を使わないんだみたいな感じで財布の紐を閉じてしまうみたいなのもわかりやすい生き方ではあると思うんですけれども、
それがいわゆるファイヤーとかにもつながるわけですから、そういう人もいると思うんですけれども、
その両方もいいところじゃないですが、何か自分の中でポリシーを持ってメリハリをつけて支出をするみたいな話がいいんじゃないのっていう、
そういう直接的な表現はしてないですけれども、お金の使い方もちょうどいい部分がきっとあるよねっていう話だったり、
時間の使い方もそうですね。私が割と仕事人間だった、今ちょっとバランスが取れてきたかなと思うんですけど、
100%もう土日も含めて仕事に振り切ってしまうって、これはこれでそういう働き方をしたからわかるわけですけれども、ある種楽なんですよね。
ヨカとか平日とか休日の区別をつけずに朝から晩まで働きたいときに働き続けるみたいな、
そういうやり方だとライフアズワークみたいな感じになるので、あんまりメリハリをつけてとかいうことも考えずに仕事に没頭できるので楽っちゃ楽。
かたや仕事はもう仕事ですと、お金を稼ぐための手段ですというふうに割り切ってしまって、
いわゆるライフワークじゃなくてライスワークみたいな形で働くっていうことも、これもある種一つの働き方でしょうし、
それが別に良い悪いではなく、その方にとっては、例えば子育てだったりとか趣味だったり、いろんな介護とかもあると思いますよ。
いろんな時間の使い方をされているということだと思います。
これは時間の使い方として、極端なのかどうなのかは分かりませんけれども、どちらかに振り切るのではなくてということだと思うんですよね。
やっぱり仕事は仕事である程度楽しんでやれる方が定時でちゃんと上がるにしても、それは豊かな人生になると思いますので、
結局生きている時間、起きている時間が充実していることが一番幸せだと思いますから。
こういうところの時間の使い方も両極端ではなくて、バランスを取りましょうだったり、
引きこもってるのかっていうのもそうですよね。100%引きこもるのか、あるいは人との予定がないと不安に感じるみたいな感じでも、
人と会ってないと予定がないと不安みたいな感じでずっと動き続けるみたいな、両方あると思うんですよ、これも。
どちらがいいかではなくて、やっぱりこれも引きこもり続けるのも良くないし、
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一人の時間が不安でっていうのも良くないっていう話なので、うまくそこを自覚的になって、
自分としてどれぐらいのミックスで生きていくのかみたいなことを考えてみるみたいなのもいいかもしれません。
ここで少しメタ的な話なんですけれども、時間の使い方、何かバランスを取ってっていう言い方をすると、
どうしても一つに没頭してずっとそれをやり続けるみたいなものが極端であって悪であるみたいな、
そんな考え方になり得るかなとも思ったんですよね。
さっきの仕事人間と言いますか、100%仕事に没頭するみたいなのが悪なのかというと、もちろん悪じゃないじゃないですか。
バランスが取れているに越したことはないとは思うんですけれども、長い人生で見たときに100%仕事にガッと打ち込んだ、
そういう時期があるからこそ気づけることがあったりとか、そういうこともあると思うんですよ。
仕事にばっかりやってたからこそ体調を崩しましたし実際、仕事以外の部分がいろいろ疎かになっていて、
自分の興味関心というものも非常に偏ったものになってしまっていたという実感もありましたし、
人間付き合いもかなり疎かになっていたなというふうにも思いますし、
だからそういうものをあえて全部バランスを取らなきゃいけないんだ、
何かに傾倒する、没頭するのがよくないのだみたいなふうに思うのもまたこれも重要ではないというふうに思いませんかね。
これ難しいんですけれども、だから一つの考えが絶対的な真である、
絶対的にこの生き方とかこの時間の使い方、お金の使い方が正しいのだみたいなふうに決めてしまって、
それをもう変えり見ないで、もうそれを変えずに生き続けるというところがおそらくこの本書で言うところの重要にもなるのかなと思ったりもしたんですね。
だからあまり思考停止せずに、自分はこういう人間だと決めずに、
その時々でバランスを取っていろんなことに興味を持つとか、
あえてここはここに前振りしてみるとかっていうふうなメリハリをつけて生きるみたいなのが、
おそらくこのアリストテレスが言いたかったことなんじゃないかなと思いました。
仕事時間そういうのもありますけれども、食べ物の取り方とかでもわかりやすいと思うんです。
毎日がチートデーだみたいな人もいると思うんですね。
甘いもの、辛いもの、ラーメンもいっぱい食べたいだけ食べると、ストック短く生きるんだっていう方もいると思います。
バーサスそれに対して、一生自分はそういった添加物は取りませんと、
生成された砂糖とか塩分とかもいりません。
一生精進料理でいいんだっていう方もいるかもしれません。
修行僧とかもそうかもしれないですね。
それも極端な話なので、何がその方のポリシーなのか、
どういう食生活、どういう体系、健康な体を手に入れたいのかとかっていうのもあると思いますし、
09:03
それぞれ目的があるとは思いますが、
やっぱり自分も体調改善のために食事の切り替えとかしてますけれども、
ベースはやっぱり粗食にしておいて、
たまに息抜きで好きなものをちょっと食べるとかいうふうにすると、
やっぱり一番長持ちするかなと思うんですね。
100%何かに没頭するというか、決めてしまってこれは食べない、
もう一切お菓子は一生食べないみたいなふうに決めてしまったほうがある種楽なんですけど、
ちょっとどこかのタイミングでストレスがたまったりとか、
何かのきっかけでお菓子を食べてしまうみたいなことがあったときに、
それがバランスが崩れて一気に咳を切ったように、
また元の食生活に戻ってしまうみたいな、
そんなことが結構あったんですよ、自分も。
これは意思の問題というよりは、
そのバランスをうまく取るっていうことができなかったことが問題なのかなと思いまして、
やっぱりそういう部分をうまくバランスを取っていくっていうのが、
長い目で見てもうまくいくんじゃないかなと思ったりしました。
そんな感じですね。
アリストテレスのニコマコス倫理学。
全然別にそれ以外のこともたくさんあって、
そもそも得とは何か、人生とはみたいな話がいろいろ出てくるんですけども、
一番自分として興味深かったというか、
生き方として、キーワードとして今も残り続けているこの中央という考え方ですね。
これに触れるきっかけになりましたので、
よければ皆さん、
いわなみ文庫ですと上下感結構分厚いので大変なんですけど、
上巻の最初の数章あたりで触れられているような内容ですので、
興味があれば皆さんぜひ手に取ってみていただければと思います。
というところで今日の話は以上にしようと思います。
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