その事実と解釈の話をしていきたいと思うんですけども、建築家がこれやりがちだなと思うのがね、これは良い建築だっていう解釈を事実として扱ってしまうっていうことがあるんですよね。
そもそもこれは良い建築だっていうのは解釈なんですよ。だって僕が良いと思っているけど、他の誰かが良いと思っていない可能性って全然あるわけじゃないですか。
っていうことはもうまず解釈なんですね。なのに、やっぱりこう今まで建築のことを勉強してきたとか、あと経験してきてたくさんの作品を作っているとか、そういうふうに思うと自信がつくわけですよね。
そうすれば、なおさら僕が思っていることは間違いないんだ、絶対なんだとかって思うと、これは良い建築だっていうのはもう事実のようにね、
自分の洗脳というとあれですけども、自分の中でもそれを本当に事実だって思っちゃうぐらいなことになってしまうこともあるんですよね。
でもこれを押し付けて、例えばお施主さん、クライアントに対して、それをね、これは良い建築なんですよっていう、そういう言い方しなくてもね、
そういうようなことをプレゼンテーションとか打ち合わせでね、伝えてしまうときに、もしかしたらそのクライアントはなんか違うと思うんだよなとかって思っている可能性もあるんですよね。
で、それを思っていたりとか、例えばそれはちょっと違うと思うんですけどっていうふうに、そのお客さん、クライアントからね、言われたときに、
いやいや、でもこれ本当に良い建築なんで、これは事実なんですから、みたいな心の中のあれですけど、それは事実なんだからって自分の中で思って、それを伝えて説得しようとしてしまうみたいなことがね、
これ割とあるあるなんじゃないかなと思うんですけど、僕もね、多分やったことあるような気がするんでね、これあると思います。
でね、これはね、まさに事実と解釈を混同した上にそれを押し付けてしまっているというね、ちょっと危ない状況だなというふうに思います。
こうすることによって何が起きるかというと、お客さんの理解というのをある段階で止めてしまって、
お客さんは間違っている、僕が言っていることが正しいんだというふうにやってしまうと、最終的にできたものに対してお客さんが満足してもらえない可能性もやっぱりありますし、
そこで圧力というかな、関係性が悪くなってしまうということによってプロジェクトを長く付き合わせていくことになっていく中でも、
やっぱりそこで疑問とかどうなんだろうなみたいなことを感じさせてしまうと、それはちょっとうまくいかないというか、
お客さん自体も完成したときにすごく満足してもらうというところが難しくなってしまう可能性もあるので、
これを押し付けてしまうというのは僕は良くないんじゃないかなというふうに思っています。
一方、逆にオセフさんの言葉にも事実と解釈があるんですよね。
例えば、広い家がいいというふうにお客さんが言ったとします。これも解釈なんですよね。
これ超難しいと思います。広い家がいいって、だって事実じゃんって、そのお客さんが言っているんだからそれは事実じゃんって思うと思うんですけれども、
本当の要求とか、つまり事実が何かというとまだその言葉の奥にあるわけですよ。
広い家がいいっていうふうに言っているのは本当なんですけど、でもその奥にその事実、その人の事実みたいなのがあると思うので、
そこを建築家は追求する必要があるというふうに思うんですよね。
だから今のお話、広い家がいいんですよねっていうふうにお客さんとコミュニケーションを取ったときに言われたら、
そっか、じゃあ広い方がいいのか、じゃあ面積を大きくしようとか、天井高を大きくすればいいのかなというふうに判断してしまうこともあると思うんですよね。
でもそれってもしかしたらオセフさんからすれば本当に求めていたものではない可能性もあって、
そこでずれが生じてしまう可能性があるんじゃないかなというふうに僕は思います。
じゃあどうやってそれを引き出すのかというと、僕は4つの問いが有効だなというふうに思っています。
1つ目がなぜですね。なぜ広い家がいいと思っているのかということを聞くんですよ。
そうするといろんな答えがあると思いますけど、それがだから、もしかしたら全然漠然としているかもしれないですね。
だって広い家の方がみんないいって言うし、その方が高級感とかあるからいいんじゃないですかみたいなね、そういう考え方もあるし、
もしかしたらもっと深く考えていて、こういう体験をしたことがあって、そこがすごく広い空間だったり、
そこで僕は気持ちがいいと思ったから、だから広い家がいいんですみたいなこともあるかもしれない。
つまりその奥がやっぱり、その中、本当に考えていることを知ることができる可能性があると思うので、なぜっていうのを聞くっていうのはまずいいと思います。
それが1つ目ですね。2つ目が時間ですね。時間といっても今だけの時間ではなくて、未来。
何なら過去も僕は重要だと思っていて、過去にどんな空間体験が好きだったかとか、
あとは今の家で困っていること、現在ね、将来どんな暮らしをしたいかみたいな、そういう過去、今、未来っていうその3つの軸で見ていくといいと思うんですよね。
将来もね、もしかしたら何段階か分けれるかと思うんですけどね。
過去が重要っていうのは何故かというと、僕例えば小学校とか中学校の時にね、
ダンボールとかで自分の部屋というかな、その空間、何て言うんですかね、ベッド、2段ベッドで僕兄がいるんでね、それで寝てたんですけども、
その時にその2段ベッドの上にダンボールで箱みたいなのを作って、それカプセルホテルみたいな感じですけど、その中でね、寝たりとかしてたんですよね。
そこが、要は狭い空間じゃないですか。その空間がすごい落ち着いたなっていうふうに思っていたみたいな話を聞いたりすると、
でも事実と解釈のことを考えていくと、そういうコミュニケーションの仕方があるなというふうに今思ったので話していますし、
こういうスキルって学生の時にはなかなか養えないわけですよね。それこそ建築学生というのは課題をやったりしますけど、
そこの課題ではクライアントがいるわけじゃないし、お金も関係するわけでも、一般的な課題はわけでもないから、
そこでコミュニケーションスキルっていうのは、プレゼンテーション能力っていうのは建築学生の時からも必要で、
だからやっぱりこのビジュアルとか模型とかを元にそこで話をしていって、こういう考え方だからこういう形にしましたみたいな話は必要だし、
それは学生時代に養えるものだとは思うんですけども、でも実際にこのクライアントとの話とかの中で、
どうやって話を引き出すかとか、解像度を高く理解して、お客さんの真の意味で納得してもらうとか、すごく満足してもらうとか、
感動してもらうというとちょっとおこがましいですが、そういうふうにお互いがすごくいい関係性になるためにはそういうものが必要だと思うので、
まさにこういう話は、なかなかこういうのも言語化されている方も少ないと思うので、僕はもちろん自分の知識もありながらAIと話をしながら、
こういうことが必要だよねみたいな話をしていっている部分はあるんですけども、必要なスキルかなというふうに思います。
じゃあないとね、いくら造形センスとかがあったとしても、そこでお施設さんの欲求と違うことをしてしまうということは、
お互いにとっていい関係性にはなれないし、又ハズレの家になってしまうということもあると思うので、
なんならここが、造形力ももちろん大事だけどとか他の能力も大事な部分はあるんですけども、このコミュニケーションスキルというのもすごく大事なことだと思います。
で、その中にある重要な要素の一つが、事実と解釈を分けるという視点なんです。
なので、そこはね、訓練というか、本当に自分の中で事実と解釈ゲームじゃないけど、これは本当に事実なのか解釈なのか。
で、冒頭で話したとおり、事実と解釈でほとんどのことを事実だと思ってしまう。
僕もだいぶというか、ちょっとずつは少なくなってきてるんですが、事実、ほとんどの解釈を事実と思うとね、苦しくなってくるんですよ。
人間関係とかもよくそうあるんですけども、例えば、誰々くん、友達というかね、教室とかクラブだとしたら、
そこで、男の友達じゃないけど男のね、誰々くんが、例えば目を合わせずというか、僕を避けてる気がするみたいな、まずそれも解釈なんでね。
そこで僕が話しかけてきたら、すごく素っ気ない態度を取ったとかっていうのも、そういうふうに思うかもしれないけど、でももしかしたら向こうは体調が悪くて、
なんかこうとか、あとは何か急いでいてとか、あとはすごくストレスが溜まってたとか、焦っていてそういう反応を取ったかもしれないし、そういういろんな可能性があるわけですよ。
なのに、まるで事実家のように、そうなっていくと、だんだん何より君は僕のことが嫌いなんだっていうところまで持ってっちゃう人もいるんですよね。
僕も結構ネガティブな人間なので、そういうところに持ってってしまうことも多いんですけど、でもこの事実と解釈の話を知ってからは、
いや、これあくまで解釈だなって。解釈であることって考えてもしょうがないんですよ。だって正解かどうかわかんないから、そもそも。
だからそこはね、割り切って、事実であることはやっぱり反省しなきゃいけないこともあるし、そこで何か行動を変えなきゃいけないこともあるかもしれないんだけど、
解釈のところに関しては、もしかしたら反省する必要すらないかもしれないし、それをずっと胸に抱えてというか、心に秘めて、
何か影響されて、その日の気分が一日悪くなっちゃうとかっていうのは本当にもったいないことだと思うので、
だから事実と解釈をなるべく普段から分けるようなことを、訓練というかそういうものをね、僕は建築やってる人以外の人にも言えると思うんですけども、
必要なんじゃないかと思いますし、なかなか今でも僕は完璧には全然できてないんだけど、必要なスキルだなというふうに思います。
でね、あともう一つAI自体には、よりこの事実と解釈を分けるって話は重要になってくると思っていて、
なぜかっていうと、AIはこの与えられた情報をそのまま処理するので、事実が解釈のように扱われてしまうことがあるんですよ。
例えばさっき話してあった何々君が僕のこと嫌ってるんだけど、そこで何々君だけどどう思うみたいなことを例えばAIに聞いたとしたら、
それは解釈なのに、AIはAの中ではそれが事実のように捉えるから、何々さんが嫌いと言っていますが、
それはなぜかというと、あなたが何々をしたからかもしれませんとか言ってAIが答えたとしたら、
もうその事実と解釈がごっちゃまでになっちゃって、つまりほとんど起きて悪いことは解釈を事実のようにAIは感じて、
それをそこで答えを出す、LLMとかそういうAIをですね、そこを出しているということにも結構あるので、
だからAIがその事実と解釈を別々にするってことはなかなか難しいので、
それは言えばね、出してくれるかもしれないんですけど、でもそこごっちゃになってしまう。
だからこそ人間は、人間側がこちらこれは事実かこれは解釈かっていうのを判断して、
そういう力はより重要になってくるんじゃないかなというふうに思っています。
だから建築家がAIを使うときも、AIが出してきたものが事実なのか、
そもそもAIに人間がプロンプトを打つときに、そこで解釈を打ち込んでもいいんですけども、
でもそれを解釈だと理解している必要がありますね。
それを事実だと思ってやっちゃうとそこで間違いが起きるので、ということも大事だし、
あとはAIが出してきたものに対して、これが事実なのか解釈なのかっていうのを見極めることが必要だというふうに思っています。
本当に全然僕もできていないです、この事実と解釈を分けるということは。
全くできていないかもしれない。
というかできていないときもあるんですよね。
すごく感情的になってしまうときとかって、冷静にやっぱりこれが事実か解釈かというふうに分けることができなくなっちゃったりとか、
ストレスがあるときとかってなかなか難しいんですけども、
でもそこをやっぱり冷静に一歩、メタで見るというか俯瞰するというかね、
そういう姿勢で物事を見ていったほうがやっぱり心も楽になるし、
それは今建築界隈の人とかっていうの関係なく今話しましたけど、
そういう部分もあるし、先ほど話したようにおじさんとの話とか自分の話をするときに、
これが事実なのか解釈なのかっていうのを意識しながら伝えたりとか受け取ったりして
考えていくということが、これはかなり重要なスキルというか重要なことだと思うのでね、
ぜひこういった話、これが事実なのかな解釈なのかなというのをね、
毎回毎回考えられるわけじゃないけど、たまに考えて。
ストレスがたまるときは本当にそれを考えたほうがいいです。
あの人嫌だなとか、人間関係でやっぱり悩むことってやっぱりのほうが多いんですけど、
そのときに大抵解釈でね、自分の中でどんどんどんどん追い込んでいってる。
手悲しんでたりとか悩んでるっていう人が本当に多いんで、
そこはね、本当に顕著な話じゃないけど、そこはちょっと一回整理して、
これは事実なのか、いや、ほとんどが解釈だってなると、
解釈だと本当は向こうは思ってない可能性があるので、だから考えるのは無駄だと。
だから考える必要はないねっていうので、ちょっと気持ち的にも楽になるかもしれないというふうに思っているので、
ぜひね、そういった考え方も持ってみると、
ちょっと楽になるかもしれませんという話を今日はしていきました。
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