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  2. 耳の痛い「意見」との付き合い方
2026-01-26 12:15

耳の痛い「意見」との付き合い方

人からの指摘に「否定された」と心を閉ざしていた過去の私。 でも、40歳になった今、ようやく気づいたことがあります。

「グサッ」とくるのは、実は自分でも薄々気づいていた「図星」だから。 耳の痛い言葉は、自分を成長させるチャンスです。

年齢を重ね、周りが何も言ってくれなくなる「沈黙」の怖さを知ったからこそ、厳しい意見をくれる人の存在を大切にしたい。

そんな言葉の「仕分け方」について話ししました。

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放送を聞いていただきありがとうございました。

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*けいこのプロフィール*

20年勤めた会社を辞め、家族で地方へ移住。
自宅も手放し、“がむしゃらに働く毎日”から、“自分と家族を大切にする暮らし”へ。
自分のペースで生きたい人の味方として、心に寄り添うコーチとして活動しています。

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サマリー

このエピソードでは、ライフコーチのけいこさんが他者の意見を攻撃と誤解してしまった過去について話しています。その上で、その意見を成長の糧として受け入れる重要性を解説しています。特に、意見をくれる人の存在の大切さや、自分の成長につながるフィードバックの受け止め方について深く掘り下げています。

意見との向き合い方
こんにちは、ライフコーチのけいこです。私は20年勤めた会社を辞めて、家族4人で神奈川から福岡に移住し、現在はライフコーチとして活動しております。
このチャンネルでは、そんな私が今の生活をするまでに実践してきたことや考え方をお話ししています。
まず最初に一つ告知をしていきます。ただいま体験セッションを受け付けております。
家事・育児・仕事に追われる忙しい毎日を変えたいという方、または働き方を変えたいと思っているんだけれども、どうしたらいいかわからないという方に受けていただきたいと思っております。
少しでも興味を持っていただいた方がいましたら、公式LINEの方からご連絡をお待ちしております。
それでは今日の本題に行こうと思います。
今日は、なぜ私はせっかくの意見を攻撃だと勘違いしてしまったのかというお話をしていこうと思います。
これはですね、自分以外、他の人から何か意見とかね、こうしたらいいんじゃないっていうふうに言われた時の受け取り方についてですね、最近こうだったなあ、過去の自分はって思うことがあったんで、その話をしていきます。
私はですね、結構昔から最近までそうだったんですけど、他の人から何かを指摘されるとすぐに自分のことを否定されたかもって思っちゃうタイプでした。
せっかく相手が良かれと思って言ってくれたこともいろいろあると思うんですけど、それでも自分の中で勝手に攻撃されたっていうふうに変換して受け取っちゃって、一人で傷ついてしまうっていうことがよくありました。
今思えばね、被害妄想がかなり強かったんでしょうね。そう、きっとね、自分の悲しいとかね、辛いって気持ちを守るのに精一杯で、せっかくくれた他の人からの意見。
自分を他の人が見るとこう見えるよ、だからこうした方がいいよって言ってくれてる意見を次に生かすなんてね、もう全然余裕がなくて受け入れられなかったんですよ。
ただ、今私40なんですけどね、最近になってようやく、ああそういうことかって腑に落ちたことがあったんですよ。
それは、今までね、他の人から何か言われて、自分がこうグサッとくるというか、あ、否定されたとかって思う時って、あれってやっぱり自分にとって潰しだからグサッときてたんですよね。
自分の中でも本当はその言われていることをわかっているし、気づいてる。でも、見ないようにしていたこと、見ないようにしていたものに対して、そこを他の人からまっすぐ、こうじゃないっていうふうにつかれたから、すごい心が痛い。
そう、だから、痛いから、だから攻撃されたって思って、受け止めないようにしてたんですよね。ただね、そのグサッとくる痛みって実は本当はね、ここを治せばもっともっと自分が良くなるっていう、自分をね、もっともっと成長させてくれるきっかけだったんだなって最近思えるようにようやくなりました。
本当、40になってね、結構時間かかったなーって自分では思います。
なんでね、こういうふうに思えるようになったかというとですね、私、去年からフリーランスで、個人でね、活動をしているんですけど、自分に対して意見をくれる人って貴重な存在だなっていうふうに思えるようになったんですよ。
過去の自分を振り返る
やっぱりね、年齢を重ねるほど、周りの人から何も言ってもらえなくなってくるんですよね。
会社員時代にね、特にそういうのを見ていました。私の身近にもやっぱりそういうね、周囲の人が何かいろんな思いを持っているけれども、言わない、あの人には言わないっていうベテラン社員の方がいたんですね。
もう働いて20年ぐらい経った方だったかな。経験も豊富な方で、社内で顔も広いと、ダブル社の方にも顔が広い方だったんですけど、ちょっと個性的な方で、自分の意見が通らないとよく家内で機嫌を損ねてしまうっていう、ちょっと独特の癖のある方がいたんですね。
で、まあ打ち合わせとかやってると、その方が偏った個人的な意見を言ったとしても、周囲はね、苦笑いを浮かべながら、まあまあまあまあって、その場をやり過ごしてるのをよく見てたんですね。
反対意見を言わないようにしてました。それは良いことだったのか、良くなかったのか。今思えば反対意見をちゃんと言えるような人がいたらよかったんでしょうけど、やっぱりみんなね、その人の機嫌を損ねて、自分がターゲットにされたくないっていうふうに思いがあったので、愛想笑いをして、まあまあと言って、そうですねって言って、その場をやり過ごして、
裏では実は別の意見が飛び交っているという状況を見たことがありました。いやーこれを見るとね、本当にゾッとしますよね。大の大人であってもこういうことをするんだなっていう状況を見て怖いなっても思いましたし、そしてやっぱり、
いろんな発言をしていることに対して、誰もそこに関してね、意見を言ってくれないってことは、自分で気づかない限りその振る舞いが合ってるか合わない、ずれているかって分からないんですよね。だから、もし分からないで自分の意見は合っていると思っていたら、そのまま年を重ねていくことになります。
気づいた時には、自分の周りには愛想笑いをする人しか残らなくなってしまうかもしれない。そう思った時には、あの人から意見を言われなくなったら、もう自分としては良くなる方向に改善していけないんじゃないかって思いましたね。
本当に個人として活動していると、そういうふうに自分に対して何かね、フィードバックをくれる存在、意見をくれる存在ってものすごく大事なので、やっぱりそういうもらった意見を否定とか攻撃されたとして、受け取らないのではなく、貴重な意見をもらったんだなって言って受け取ることはすごい大事だなっていうふうに今は感じています。
やっぱりね、そもそも他の人にいろんな意見を言ってくれる人は貴重だという話をここまでしましたが、誰だって人から嫌われるようなことは基本的には言いたくないと思うんですよね。
波風立てずに過ごせるならそのままの方がいいと思います。でも、それでもあえて耳の痛いような意見をね、くれる人がいるのであれば、やっぱりそれって、あなたはここを改善すればもっと良くなるよっていうふうに期待してくれている証拠だと思うんですよね。
だから一見厳しいなとか、ぐざっと刺さるなっていう意見って、やっぱり固まった、一方向にしか考えられなくなった自分の意見をもう一度壊してアップデートするためのすごいチャンスになるんじゃないかなっていうふうに思います。
それに、あとは意見を言ってもらえるうちかなっていうふうにも思いますね。言ってもらえなくなったら本当に改善のしようがないですし、どう改善したらいいかもわからなくなるので、やっぱりそういう意見をくれる人は大事にする必要があるなというふうに本当に今思っています。
もちろんね、それでも、いろんな人から言われる言葉全てが大事で、意見だから取り入れた方がいいんだよっていうわけではないです。
もちろん、一見ね、意見として言っているけれど、実は意見じゃなくて、単なる悪口とか人格否定を伝えてくる人はもしかしたらいるかもしれない。関係性が浅い人とかね、悪意を持って近づく人もいると思うので、そういう意見に関してはもう受け流していいと思います。
それをね、わざと受け取って傷つくのはもう時間の無駄なので、それはもう聞かなくていいので、そっとね、右から左に流す方がいいと思います。
ただ、やっぱり最初の方に言った大切な、大切にしたいのは、もう意見はそれ以外ですね、悪口とか人格否定以外のものは大事に受け取りたい意見だというふうに私は思っています。
人それぞれね、その時の状況によって、もしかしたらその言葉の言い方が少しきつかったりとか、グサッとくるような内容だとしても、やっぱりそこにね、自分へのこうした方がいいよっていうね、改善する要素がね、1ミリでも混ざってないかはね、やっぱり考えてみてほしいなって思います。
他者の意見の価値
この言葉は自分にとってただの批判か、それとも自分への良くなるための意見なのか。
それがね、自分の中でしっかり仕分けできるようになれば、どんなフィードバックも自分を成長させるために必要なものとして、材料みたいなものとしてね、変えていけるんじゃないのかなというふうに思っています。
やっぱり他の人からの意見ってね、自分一人では気づけない新しい視点をくれるものが多いと思います。
特にやっぱり、仲のいい友人とか、あとは近くの存在でいるパートナーとかもそうですし、長い付き合いの人からの意見はやっぱり大事だと思いますね。
一見そういう近い人からの言葉って批判のように見えても、もしかしたらその言葉の奥にはね、自分が進んでいくために必要な言葉が含まれているかもしれないです。
だからね、他の人の意見っていうものは批判されたというふうに受け取って、心を閉ざしてしまうことをするのではなく、何を伝えたいのかなっていうところを考えて受け取ると、自分がもっと成長できるんじゃないかなというお話をさせていただきました。
今日はですね、どうして私はせっかくの意見を攻撃だと勘違いしてしまったのかということで、過去の私はいろんな意見を他の人からもらったときに、自分がぐざっとくるような意見を全部批判だと思ってね、もう受け取れなかったんですよね。
攻撃されたと思っちゃったんですけど、今思えばそれは攻撃じゃなくて、自分にとって潰しだと本当に必要なメッセージだから、攻撃されたと思って心を壊すんじゃなくて、ちゃんと意見として受け取ればよかったなっていうふうに思っているというお話をちょっとさせていただきました。
ここまで聞いてくださった方は、既読の意味合いでいいねをお願いいたします。最後まで聞いていただきありがとうございました。それではまた。
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