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2026-01-16 24:50

第122回「ああ、あたしのトウショウボーイでマイフェイバリットが教えてくれたこと。」

お知らせ / 【本】ああ、あたしのトウショウボーイ

について話しました

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番組の感想・SNS

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競馬けんぶんろく

競馬の「歴史・文化・物語」をカジュアルに語るポッドキャスト。
競馬を知らない人にもわかる言葉で、競馬の世界の入口をひらきます。

📅 毎週金曜更新(音声 or 文章)。

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ダルマー競馬場

ダービースタリオン PS版をプレイしたことをきっかけに実際の競馬を見始め、毎週土日だけでは足りず、 お年玉を貯めて作った自作PCで国内外の競馬動画を見まくる生活を開始。同時期に血統へ関心を深め、 山野浩一 著『伝説の名馬』に出会ってからはサラブレッドと競馬の歴史を知りたくなり、古本屋や Amazonを徘徊しては競馬本を収集・読破。馬券を除いた “競馬学” をこよなく愛し、マイフェイバリットは山本一生。

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BGM : MusMus

サマリー

第122回のエピソードでは、山本一翔著の短編集「ああ、あたしのトウショウボーイ」とその内容に焦点を当てています。この本は、競馬を通じて人間関係や日常生活を描写し、競走馬と人々の思い出を重ね合わせる作品です。山本一生の文学作品「ノボルトウコウの恋」を通じて、競馬と人間の感情がどのように結びつくのかが探求されます。競馬の成績やデータが個人の人生に与える影響や、競馬を通じたコミュニケーションの重要性についても語られています。

ポッドキャストの新しい試み
こんにちは、ダルマー競馬場です。 最初にお知らせさせてください。競馬けんぶんろく2026年は、音声だけじゃなくて、文章もやっていきます。
まあ、あのね、基本的には、毎週金曜日に更新していくんですけども、この金曜日っていうのは、毎週ポッドキャストを今まで出していたんですけど、このポッドキャストか、もしくはノートでちょっと文章の方で出していこうかなというふうに思っております。
文章を出していくっていうと、どんなことを書くのよっていう感じですけど、もう本当にありきたりな、なんか思いついたことをなんか書いていくみたいな感じですね。
その時にあった記事についてどう思うみたいなとか、あとはエッセイ風なものを書いてみたりとか、なんかそういう感じで、ちょっとノートの方は書いていこうかなというふうに思っております。
別にポッドキャストをやめるわけじゃないんです。
でもぶっちゃけ、週1冊本読んで、台本書いて収録してって、まあまあハードだったんで。
音声はね、2週に1回から4週に1回ぐらいでもいいから、なんかその1回1回をしっかり作りたいみたいな感じに思って今回の方法に至ったんですけど、
本を紹介するだけじゃなくて歴史会であったりとか、こういうことを思ったよみたいな話もしていこうかなと思いますし、逆になんかちょっとこういうトピックスどう思いますかみたいなのがあれば是非コメントとかメッセージ、DMとか送っていただいて、それについてちょっと自分なりの考えっていうのを話していこうかなというふうに思っております。
なので、あの音声と文章、ポッドキャストとノートで両方続けていきますので、引き続き楽しみにしていてくれたら嬉しいですね。手が一個多かったな。
はい、ということでね、どうですか皆さん。年末年始たっぷり休んだ方々、通常モードそろそろ戻ってきました?
私はね、全く戻んないですね。全然戻らない。昼から飲んでいい最高の環境に早く戻りたい。いち早く戻りたいって感じですね。なので、今から年末がすごい楽しみでしょうがない。
やっぱね、ゴールデンウィークとかシルバーウィークとか連休ってあるじゃないですか。あるんですけど、昼から飲んでいいというか、これから何日も休みが続くから1日ぐらいぐーたら過ごしてもいいよねみたいなテンションって年末年始だけなんですよね。
なので、まあ早くね、年末が来てほしい。まだ1月なのに。戻った方が早いよって感じなんですけどね。
いやーということでね、私と同じ気持ちの方々はですね、この番組への感想・質問などありましたら、メールフォームからご連絡いただくかコメントもお待ちしております。
そしてこの番組いいなと思っていただけたら是非番組のフォローもよろしくお願いいたします。ということで、本日はね、久々の本の紹介でございます。
久々の本の紹介っていうか、ここ最近本の紹介だったと思うんですけども、今年1本目になりますので、マイフェイバレットの本を1冊紹介したいなというふうに思っております。
山本一翔著。ああ、あたしの当省防衛でございます。この本自体はね、1998年に出ておりまして、その後2014年にこの単行本とは別の出版社からですね、情報版が出ておりまして、今回紹介するのは98年に出た単行本になるんですけども、
これね、競馬の短編集なんですよ。なので、2014年に出た情報版の方もこの単行本に収録されている短編プラス3編、載っているというような形になりますので、ベースはね、この単行本になります。
なので、情報版を読める方でも今から紹介する話っていうのは、ちゃんと収録されて、収録?ちゃんと載っているような形になりますので、それもね、関心して、どっちでもいいですよっていう感じですね。
情報版もね、やっぱり3編追加されている、その3編の方も読んでみたいなという感じはあるんですけどね、ダマダマ持っているのが単行本だったので、今回単行本の方の紹介という、いつか情報版の方も紹介したいなというふうに思っております。
で、まぁ先ほども言った通り、これね、競馬のね、短編集なんですよ。で、載っているのは全部で9本の短編になるんですけども、タイトルだけ紹介すると、本のですね、タイトルにもなっている、「ああ、あたしの当初覚え!」っていう短編が1本あって、あとはですね、
天竜小石やほうやほれ。ほうやほれしかない。ほうやれほ。天竜小石やほうやれほ。
16年目のビギナーズラック。ウッドバインの謎の馬。ウィンドミルの瞳と南部肺。ケンジのサラーブレッド。オクトミスワキの秋市の寺。ミスターCBの夢。ルドルフの希望。ノボルトーコーの恋。ごめんなさいね、結構なんか勘じゃいましたね、すいません。
というね、9本になるんですけども、時代背景自体はね、70年代後半から80年代ぐらいだと思います。なので、友人とか恋人とのやりとりっていうのは基本的には固定電話でやってたりするんですよね。
いないと出れない感じのやつです。あとは旅行行ったりすると絵ハガキが届いたりとかね。今休みをもらって京都を旅行していますみたいな。京都の絵ハガキが届く。そんな感じです。
ネットもない時代なので、そういう時代があったんだっていうのも思い出しながらっていう感じですね。本当にね、この時代だからっていうわけではないとは思うんですけども、すぐ煙草吸う。
すぐ火つけるから、そんな時代もあったなみたいな感じですね。タバコやめて久しいなというふうに思うんですけども。肝心の本の内容なんですけども、この内容の紹介文がめちゃくちゃいいんですよ。
ちょっと紹介しますと、競馬を紐解き人間について語る。血の厚さと風さえ反応する繊細さを感じさせる文章で綴られた。
もうね、これね、今言った通りそのまんま。本当にね、繊細。繊細って言うと何ぞやっていう感じなんですけど。
何だろうな。例えば1個の描写が結構ちゃんと想像できるというか、例えばコーヒーが置いてあったらテーブルの上にコーヒーが置いてあるとかじゃなくて、もっと細かいディテール。
うまいこと言えないけど、透明のグラスに入ったどこそこで買った豆を切ったコーヒーみたいな、ごめん詳しくちゃんと言えないんだけども、そういう感じでね、自分の目の前にもあったかもあるかのように、結構ね、想像できやすい、想像しやすい文章で書かれている感じですね。
やっぱね、競馬を紐解き人間について語るっていうのは、あれそんなこと言ってる人いたなみたいな感じになるんですけど、寺山修司もやっぱり若干通ずるところがあって、寺山修司は競馬は人生の比喩だ的な話。いや違う、人生が競馬の比喩なんだみたいな感じだったんですけど。
まあそこまでではないんですけども、馬と人を重ね合わせるというよりか、この後も紹介するんですけども、人が主体って感じですね、どっちかっていうと。なので競馬あんま詳しくないよっていう方でも全然読めるっていう感じ。本が好きな方にはおすすめな一冊っていう感じですね。
今言った通り、紹介文の話なんですが、これからもね、わかると思うんですけども、競馬の勝ち負けとか競争馬の強さの証明をしてくれるような話じゃないんですよ。もちろんこの馬が勝ったとか、この馬が強かったとかのはあるし、馬券ももちろん主人公が勝ってたりするんですよ。
でもなんかどっちかっていうと、そっちの方向に寄らない。もう本当に競馬を紐解きながら、その競争馬を紐解きながら、人間が前に出てくる感じですね。それがまたいいんですよ。
この本のいいところを3つだけ先に言うんですけど、1つ目はね、さっきもちょっとお話しした通り、日常の描写がすごいんですよ。マジすぎです。競馬の話になる前にまず人の暮らしが出てくるんですよね。人の暮らしありきの競馬みたいな感じ。さっきから言ってる通りなんですけども。
例えばこの日常の描写がすげえっていうのは、机の上に何かがあるとか、飲み物だったりとか、朝の手の動きだったりとかね。そういうやつで、本当にその日常の中に競馬がスッと混ざってくるような感じなんですよね。この人が生活している中に競馬があるんだよっていうようなのを読んでる側にも伝えてくれる感じですよ。
なのでさっきも言った通り、競馬の本だというふうに見構えなくても全然大丈夫。生活、その人の生活をやりとりを、コミュニケーションを見ながらいつの間にか競馬がいるみたいな感じなんですよね。なので本当にね、これがね、すっごい、こんな風に文章を書けるんだという感じでございます。
2つ目はですね、競走馬の見方が変わると思うんですよ。この本ね、競走馬を強いとか弱いとか見ないんですよね。戦績を並べて終わりじゃなくて、その馬が誰にとって、誰の記憶にどう残っているかみたいな感じで書かれているんで、だからもう本当に馬券を買うためのデータとか掛け事の対象物とかじゃなくて、思い出のスイッチみたいな感じなんですよね。
何かのきっかけになっている、会話のきっかけとかもそうですし、あとはふと思い出すきっかけになったりとかするんですよね。本当にね、そういう見方にこの本が刺さったら切り替わるんですよ。もうね、あれですよ。
物語の深さ
たぶんこの本、あ、いいなって思っていただけた方、競走馬をね、番号で呼ばなくなるんですね。本当に。で、3つ目はですね、何がいいって、この本全体テンションがドフラットなんですよ。レースのシーンでドーンあがったりとか、馬券が当たった外れたり、うわーなってるとか、そういうの一切ない。
だいたい競馬の小説だったりするとね、ロイヤルファミリーだったりするとさ、文章が主人公の視点からレースシーンに行った時に、レースシーンってやっぱりすごい臨場感があるレースシーンが書かれたりするんですけど、そういうのでテンションが上がったりとか、うわーすげーみたいな感じにはならないんですよね。
本当にスッと、あのね、ずーっと薙ぎな感じですね。でも、この薙ぎな感じで文章のリズムとか言葉とかが置いてあるんで、本当にそのふわっとね、なんだろうな、こたつみたいな感じがする。なんかね、あったかい感じがするんですよね。
本当にゆったり読めるんだけども、全然薄っぺらくないというか、それが描写が細かいからこそできることじゃないかなというふうに思っているんです。ここが上手いっすね、やっぱね。
これね、さっき話した9本の短編あるんですけど、これね、マジ全部よかった。全部よかったんですけど、あえて紹介するなら2本だけちょっと紹介したいなというふうに思うんですけど。
タイトルにもなっている、「ああ、あたしのトウショウボーイ」と最後に載っている「のぼるとうこうの恋」この2本はね、正直馬一頭でここまで描けるんだっていう衝撃。やっぱね、このタイトルだけ見ると、いや、ちょっと昔の馬とかごめんなさい、興味ないんすよみたいな感じで、その馬の歴史とか別にどうでもいいっすみたいな感じで思いがちですけど、そんなこと言わないで1回読んでほしい。
あのね、さっきから言ってる通り、暮らしの中で競馬が混ざっていくんで、その瞬間が描かれてるって感じなんですよ。
まずは、「ああ、あたしのトウショウボーイ」なんですけど、タイトルにもなっている曲みたいな感じですよね。CDアルバムのリード曲みたいな感じ。宇多田ヒカルのファーストラブに収録されているファーストラブ。
この話はね、トウショウボーイについてじゃなくて、「ああ、あたしのトウショウボーイ」なんで、「あたしの」ってなってるのが結構鍵なんですよね。
タイトルからすると、「トウショウボーイに恋焦がれてる女の子の話かな?」とか、「トウショウボーイに勇気をもらった女性の話かな?」みたいな感じに思いがちなんですけど、全然違う。
全然違った!思ってたのと違う!みたいな感じなんですけど。
本当にね、競馬の話とか強い馬の話をしようとするとさ、やっぱさ、なんて言うんだろう、戦績とか、その馬がどういうG1勝ってとか、どういうレースに出てみたい。
あとはどういうライバルがいてとかね、トウショウボーイだったらテンポイントがライバルだったりとか、そういう話が書かれがち。
あとはどれくらい速かったとか、そのトウショウボーイっていう馬のドラマをね、例えばね、描かれたりとか、その周りにいる人間にフォーカスを当てて、その人間たちのドラマであったりとか、っていうことが書かれやすいんですけど、違うんですよ。
全然、もちろんね、強いっていう話は書いてあるんですけども、人間模様の中にトウショウボーイが出てくるんで、例えば会話の中であったりとか、出来事の中、関係性の中であったりっていうので、トウショウボーイが混ざってくるっていう、そんな入り方なんですよ。
やっぱり読んでて面白いのはね、誰かの記憶のスイッチになってるんですよね。啓発コミュニケーションの一部になってるんですよ。こういう書き方だから、人の暮らしを読んでるっていう感覚が多分ね、強くなってくると思うんですよ。
ここでのね、日常の描写っていうのがね、効いてくるんですよ。会社である出来事があって、その出来事と一緒にトウショウボーイの話が出てくるんですけど、日常の積み重ねの中にふと混ざってくるんですよ。その混ざった瞬間が物語になるっていうの、これがすごいですよね。
ノボルトウコウの恋の考察
そしてね、ノボルトウコウの恋なんですけども、これねタイトルに恋ってついてるんで、恋愛の話かなみたいな感じに身構える人もいると思うんですけどね、全然違った。これもね、あれ全然違ったみたいな。恋は恋してんじゃないかっていう話なんですけども、男女の恋じゃないんですよね。
なのでね、結構ね、これもね長いんですけどね、すっごいなって思ったんですね。この短編特に良かったのは、もう誰かとのやり取りの起点になってるんですよ、このノボルトウコウの恋って。会話の中でこのノボルトウコウっていうのはね、恋してんすよみたいな、そういうのあるの知ってますみたいなコミュニケーションがあって、そこから、え、ノボルトウコウっていうのをちょっと調べようっていう風になるんですよね。
その調べる行為っていうのが馬券のためのデータ集めとかじゃなくて、この馬の生涯成績に人の人生を重ねるっていう作業なんですよ。
成績って、レースの結果が並んでるだけに見えがちじゃないですか。どのレースが得意で、どういった条件だとこの馬を走るのかなっていうのを見がちなんですけども、ここではその馬の履歴書として扱われるんですよね。
どういうレースに出てきたかっていうのはもちろんそういう履歴書なんですけども、この馬の歩き方というか競争馬人生の歩き方みたいなのが書いてあったりとか、時間の進み方、この馬が見ていただろうっていう景色、それを紐解いていって人間の感情とか関係性とかに重ねる材料として読んでいくんですよ。
ここがめちゃくちゃ人間ぽくてね、山本一生っぽいなってすごい思ったんですよね。もうぜひおすすめ。
あのね、やっぱ今の時代みたいにスマホで全部ね調べて終わりじゃないですよ。
どこぞのAIにじゃあちょっと登る投稿っていう競争馬の成績を見てね、人の人生に照らし合わせてくださいみたいなの聞いたら、まあ聞いてみたんですけど実際。
あのね、大体この時期は勝った負けたなんで、ここが多分ピークでしたよね。なのでこれはこの時期にピークを迎える、でもここから落ちていくであろう人の人生と重なることができますぐらいしか帰ってこないんですよ。
違うみたいな。誰と走ってなんでここを走ったのか。なんでそうしなくてはいけなかったのか。なんでここで大敗して、なんでここで1着2着3着と馬券圏内まで入ってくることができたのかっていう解釈が条件じゃないんじゃないかっていう。
その得意不得意だけじゃないんじゃないかっていうところを紐解いていくんですよ。これが良かったっすね。本当にね、競技の関わり方がその人の生活そのものになってくるんで。
例えば日常でやるさ、電話をかけるっていう行為。これね昔はね電話かけて、今もあるか。電話をかけて買いたい馬券の内容を伝えるっていう買い方できたんですよ。口座の中にお金入れといてね。できたんですよ。今でも多分できるんですけど。
ナンレースどこどこのナンレースの誰っていう馬の単車をいくら買ってくるみたいな電話で言うみたいな感じなんですよ。口で言うっていう行為がデータじゃなくて生活なんですよね。日常の行為が競馬に入ってくるって感じですね。今で言うと本当にLINEで馬券買ってるみたいな感じですよね。
でまぁちょっとね話に逸れちゃいましたけど、この2本にさっきねお勧めした2本に共通して言えるのはやっぱりね馬を中心に置いてないんですよ。どういうかというと山本一生文学はね本当人が中心にいてその隣というかちょっと横に馬がいるんですよね。
しかもあの書かれているのが競馬関係者とか馬に対する馬に対して人生をかけている人じゃなくて競馬ファン側なんで馬とも物理的に近くないしたまにその競馬のこと忘れちゃったりとかして恋に走ったり仕事に走ったりとかっていうのをしてるんですけどどっぷり競馬だけハマってないんですよ。映画見たり旅行行ったりねいろんなことをしたりしてるんですよ。
コミュニケーションの道具としての競馬
恋人のデートとかだったり会社行って残業したりとか友達と飲んだりとかしてまああの今言った通り旅行にも行ったりとかしてその合間に競馬がいるんですよ競争馬が出てくる。だから本当に何回も言っちゃうけどこれね2本紹介したけど全部良かった。
全部いいんだけど特に紹介した2本っていうのは馬一頭で本当ここまでねストーリーが広がるのかっていう驚きとあと文章のテンションと文章量描写とか文体とか全部素晴らしかった。むしろねちょっとね憧れすら出てくるぐらいそういうふうに競馬が混ざる暮らしってすげーいいなっていう感じでしたね。
でまぁねあのずっと言ってるんですけどまぁそろそろまとめに入るとねこの本を読んでやっぱ一番いいなと思ったのはさこの山本一生文学に出てくる馬ってここで言うと思い出のスイッチなんですよね。
その馬の名前をね聞いた瞬間に誰かの顔が浮かんだりとかどういったことがあったとかこういうやり取りをしたとかっていうのが戻ってくるんですよ。で逆にその人のことを思い出したらその馬が一緒に出てくるみたいな感じですよね。だからどっちかがトピックスとして自分の中に入ってきたら一緒に出てくるみたいな感じです。
でもう一個がやっぱりコミュニケーションの道具になってるんですよね。その競争馬であったり競馬っていうのはこの馬知ってるとかあの時こういうのかこういうのさっていう会話の入り口になるんですけどそれがまあ今多分しやすいのって
先週レースどうでしたみたいなあれは買えないですよねみたいな感じの馬券が主体の話になってたりとか昔このレースでこんな払い戻しを受けてみたいな感じでやっぱりそのなんて言うんだろうなお金に通じるじゃないですか。
それだけじゃなくてこの競馬コミュニケーションになってるっていうのが例えばこの馬を調べてみてくださいとかさっきののぼる投稿の恋じゃないですけどものぼる投稿の恋っていうのがあるんですよ。どういうことですかって言ってその馬を調べ出すんですよ。
えーそれ面白いからちょっと紐解いてみてくださいって言って突然問題出すみたいな感じですよ。えーじゃあって言ってその場でやっぱ調べられないから家に帰って誰が資料を持ってるかなって言ってその資料を探すところからスタートするみたいなそうやってそののぼる投稿についてようやくたどり着けばさこういうのぼる投稿の恋があるんですよっていう誰かのことを一緒に思い出したりとかあとはもうコミュニケーションになって日常に溶け込む。
ここまでは調べられましたよとかっていうのがさ一つの会話のきっかけになるじゃん。だからこうやっていくんですよね。これがねマイフェイバリット山本一聖先生ねすごいね上手なところなんであのーちょっとね年末年始の疲れとか休み明け急に仕事モードになっちゃって疲れた方とかねあのーちょっとゆっくりにあのーシフトさせてくれるようで。
そんな本でございます。あのね山本一聖さんああ私の投書はお時間があるからぜひおすすめでございますのでご一読いただければなというふうに思っております。
ということでね今回も最後までご拝聴いただきありがとうございます。また次回の競馬見聞録でお会いしましょう。さよなら。
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