PDCAサイクルの重要性
こんにちは、カズです。 今日のタイトルは、人生を豊かに生きる鍵🔑【PDCA】ということで、
ちょっとあんまりね、僕らしくないかなと思うんですけど、PDCAというところを切り口にして、考えて、人生をどうやったら豊かに生きれるのかっていう話をしていきたいと思います。
まず思うのが、前置きとして、いつもこのチャンネルだと、この人生は夢だから、どんどん目を覚ましていきましょうっていうことをいつも言ってるんですけど、
今回の話はどっちかっていうよりも、夢から目覚めるっていう内容じゃなくて、その夢の内容をもうちょっと良いものにするっていうね、ちょっと現実的というか、この世的な発想での話に、どちらかといえばなると思います。
そういうことを考えるときに、やっぱりこのPDCAサイクルっていう概念がとても肝になってくるのではないかなと思うので、そこを切り口に話していきたいっていう、そういう回にしたいと思っています。
ということで、PDCAって皆さん知ってますかね。プラン・ドゥ・チェック・アクションの頭文字でPDCAだと思うんですけど、ビジネスの現場でよく言われる言葉だと思います。
計画、実行、振り返り、また行動っていうね。
なんかね、それっぽい言葉のようですけど、でもめちゃくちゃ当たり前の話だと僕は思ってます。
っていうのは、PDCAっていう概念をいつ初めて見聞きしたかよくわかんないんですけど、初めて聞いたとき僕はこれ、もうゲームの話だなと思ったんですよ。
僕、ゲームがすごい好きなんで、ゲームをクリアするために最初とりあえずプレイして、何も知らない真っ新な状態でやっても敵にやられちゃったりね、クリアに失敗しちゃうっていうことがゲームだと起こるわけです。
どうするかっていうと、プレイヤーは今こういう形でやられちゃったと、じゃあどうすれば攻略できるかなっていうことを無意識的にでも考えるじゃないですか。
その課題を無意識的にでも持ったまま、抱えたままもう一回リトライして、やったらクリアできたという感じになると思うんですよね、ゲームをやる場合。
要はこのことなんですよね。すごい当たり前の話ですよね。だから小学生でももう無意識にやってることだと思うんですよ、このPDCA。
でも、これ別にゲームの領域だけの話じゃなくて、人間関係だったりとか、もちろんビジネスがメインで言われる言葉だと思うんで、仕事の現場とか。
あと、何でもそうだと思うんですよね。何かをより上手くやっていこうとした場合、このPDCAサイクルを回すっていうのは、もう意識するにせよ、意識しないにせよ、必ずやってることで何か物事を熟練していくっていう人は、このPDCAのサイクルの回転が早いわけなんですよ。
っていうのがまず真実だと思うんですよね。だからこのPDCAが早ければ、よりその分野、ゲームの内容が何なのかわかんないですけどね、人間関係なのか仕事なのか恋愛なのかわかんないですけど、
でもそれを回せば回すほどその分野について熟達するっていう、そういうシステムという、システムじゃないな、構造というか概念だと思うんですよね。だから、すごい成功者とか、成功してる経営者みたいな人は、これをひたすら回すのが上手い人が多かったりするわけなんですよ。
これの回転が遅くて成功してる人ってあんまりいないと思うんですよね。だから逆に言うと。成功者は例えば、失敗っていうのはただのフィードバックだから成功するまでやれば失敗なんて存在しないんだみたいなことを言うかと思うんですけど、これなんかまさにこのPDCAサイクルを回すことが早い証拠みたいなね、そういう言葉だと思うんですよね。
失敗に対する恐れが希薄なんで、だからガンガン回せるわけじゃないですか。ガンガン回せばその分野について、ビジネスだったらビジネスですごく上手くなると、そういうことだと思うんですよ。
なんですけど、これを効率よく回せる人がいる一方で、そうじゃない人っていうのも多いと思います。なんか考えすぎたり立ち止まったりしたりして、うまくこれが回ってない人っていうのも多くいるんじゃないかなと思うんですよ、人生においてね。
僕も結構どっちかっていうとそっち側だと思うんですよ。あんまり回すのうまくないと思うんですよね。なんか意識的に回してるつもりもないんですけど、ただ結構考えるのは好きだけど、とりあえずやってみようっていうタイプではないんで、どうしかして言うとすごい遅いタイプかなと思うんですよね。
だからこのPDCAが大事ですよみたいな話を僕が見聞きするときはちょっと耳が痛いなみたいな、そんな感じなんですよね。だからちょっと僕もそっち側ということで、そっち側の僕として、でも考えるのは好きなので、じゃあどうしたらPDCAをうまく回せるのかと。
うまく回せる人、立ち止まってしまう人がいる中でその違いは何なのかということを考えてきたので、今日はその辺をお話ししたいなと思います。
マインドセットの違い
その理由を3つの観点、3つのレイヤーで考えられるかなと思うんですよ。
その3つっていうのはさらっと今言っちゃうと、1つ目はマインドセットの違い。これが違うと、まあ行動する前提みたいなね、前提が違うんで、うまく回せる人とそうじゃない人がいるよっていう話です。
これ現実レベルの話ですね。より深いレベルになると、そもそも人生をどう捉えているかっていう話になるっていうのが2つ目のレイヤーで、もっと深いところに行くと、ちょっとスピリチュアル的な領域まで踏み込んで話をしたいんですけど、そんな3つの観点で、最終的には深いところまで行こうと思っているので、ちょっと話していきたいなと思います。
ちょっと前置きがダラダラになっちゃったんですけど、1つ目ですね、PDCAをうまく回せる人と立ち止まってしまう人、何が違うんだというその1つ目の違い、これはマインドセットの違いだと思います。
マインドセットは信念と言ってもらっても同じ意味だと思うんですけど、行動する前にどういう考え方をしているかっていうそこのところが違うから、そのPDCAを回せるか回されないかにも違いが出るんだよっていうことです。
じゃあどういうところが違うのかっていうのを話していくとですね、ちょっとさっきも話したかもしれないですけど、まずとにかくまずやってみるっていうのがクルクル回せる人の特徴であると思うんですよ。
とりあえずやってみようと。なんかフットワークが軽い感じなんですよね。
で、僕これ苦手って言ったんですけどね、これがなかなかできない人っていうのは、じゃあ何なのかと言ったらば、完璧主義っていう問題があるんですよね、おそらく。
完璧主義度合いが高くなればなるほど、とにかくやってみようかっていうフットワークが重くなっちゃうんですよね。腰が重くなる。
本当にこれでいいのかとか、このやり方がベストなのかとか、これで本当にリスクはないのかとか、もっといい方法があるんじゃないかみたいなことを延々と考えてると延々と考え続けられちゃうので、行動できないってことですね。
で、行動できないと結果的にサイクルが回らないよっていうことになりがち。で、この正体は完璧主義にあるんだよっていうことです。
なので、完璧主義っていうのはほどほどにしておいた方がいいってことですね。僕もそうですけどね。
一つ目はそういうこと、とにかくまずやってみるっていうマインドセット。で、マインドセットの中の二つ目っていうのは、このマインドセット4つあげようと思うんですけどね、言い忘れた。
一つ目はとにかくまずやってみるってこと。で、二つ目。二つ目は何かというと、失敗に対する捉え方ですね。
で、サイクルをあんまり回せない人っていうのはおそらく失敗イコール失敗、失敗イコール失敗意味わかんないですけど、失敗はいけないことだっていう風に捉えてると思うんですよ。
失敗するのは恥だとか汚点だとかね、極端な例になるとそういう感じだと思うんですけど、それに対してPDCAをくるくる回す人っていうのは、さっきも言いましたけどね、失敗を成長だと捉えてるんですよ。
フィードバックと捉えてる、学びだと捉えてるっていうことなんですよね。
これまさに本質というかその通りなんですよね。
最初にゲームの話しましたけど、やっぱりゲームって何回も失敗して失敗して失敗して何回もやっつけられてやっつけられて、修正修正してクリアするもんじゃないですか。
一回でノーミスで最初だけど適当にやったらノーミスでクリアできましたっていうゲームってあんまり面白くないと思うんですよね。
ゲームってこの修正、試行錯誤しながら最初はできなかったことがうまくいかないっていうフィードバックを得ながら、その知見を貯めてだんだんゲームがうまくなってクリアできるっていうのがゲームの醍醐味だと思うんで。
だからこのフィードバック、失敗っていう、失敗っていうよりフィードバックっていう方がこの文脈ではしっくりくるかなと思うんですけど、このフィードバックっていうものがないとゲームっていうのも成り立たないんですよね。
こういうことなんですよ。
PDCを回すのがうまい人、クルクル回してる人っていうのはあんまり失敗っていう概念じゃないんですよね。
やってみて、ああ、ダメだった。じゃあこれはうまくいかないんだなっていう、そういう捉え方をしてるってことです。
失敗は成功の母っていうやつですね。
トーマス・エジソンの話が有名ですけど、白熱電球を開発するときに、中のフィラメントの素材がなかなか適切なのが見つからなかったらしくて、何通りだったか、何百通りとかっていうレベルで一個一個実験して試していったらしいんですよね。
で、これもダメだ、これもダメだ、これもダメだって何回も繰り返し素材を変えて実験して試していったら何百回目かにうまくいったっていう。
確か竹とかそういう素材だったかなと思うんですけど。
つまりトーマス・エジソンは一回試してダメだったっていうのを失敗にカウントしなかったわけじゃないですか。
これは検証だっていう風に捉えた、データという風に捉えた、フィードバックと捉えたっていうことなんですよね。
もしトーマス・エジソンのマインドセットが失敗イコール恥みたいなね、そういうマインドセットだったら、多分このフィラメントをどんどん検証していく過程で、
7回か8回くらいで、ああもう俺ダメだ、何だろう、そんな何百回も試せてないと思うんですよね。
10回くらいで、ああもう俺才能ないから死のうみたいになってくるんじゃないかと思うんですけど、そうはならなかったんですよね。
その理由はこの失敗に対するマインドセット、失敗をどう捉えるか、失敗を学びと捉えるっていう、フィードバックと捉えるっていうマインドセットがあったからだっていうことなんですよね。
というわけで、PDCA、うまく回せる人と回せない人の違い、マインドセットの観点から2つ目、失敗をデータとして、学びとして捉えるっていうことでした。
結果と自己価値の関係
あと2つ言おうと思ったんですけど、この調子でいってくると、この音声がなくなっちゃいそうな感じなんで、もうちょっと巻きでいこうと思うんですけど、
マインドセットの違い3つ目っていうのは、結果と自分の価値は関係がないんだっていう、そういうマインドセットですね。
これ僕の言葉で言うと、DoingとBeingの価値の違いなんですけど、
夢の内容がどうであれ自分の本質的価値には関係ないよねっていう、そういう視点を持てるかどうかの話なんですよ。
Doingの場合の価値だと、Doingだから行動のレベルなんですよね。
行動とか形のレベル。
例えば、簡単な例を出すならテストで100点取ったから偉いとか、お金を稼げてるから自分には価値があるんだとかね。
何か条件付きなんですよね、Doingの価値っていうのは。
こういうマインドセットを持ってるとうまくいかなくなったときに、私はダメなんだっていうふうに解釈して落ち込んでサイクル回せられなくなっちゃうっていうことなんですよね。
だから、行動のレベルと自分の本質的な価値には関係がないんだっていう、そういうことなんですよ。
そういうマインドセットを持っている人はPDCAを回せるということになりますよね。
それが、だから形のレベルは関係ないよっていう考え方、その価値がBeingの価値なんですよ、存在価値っていうかね。
もう存在してるだけで自分には価値があるんだっていう、そういう認識。
こういう感覚になれると自己否定に陥らずに済みますよっていうことですね。
ということでした。マインドセットの違い3つ目話しました。
最後4つ目。マインドセットの違い4つ目ね。PDCAを回せる人と回せない人のマインドセットの違い4つ目は、動きながら考えられるかどうかっていうところだと思います。
走りながら考えるとかよく言うんですけど、僕もこれすごい苦手なんですけど、先にみっちり計画してからやっと思い越し上げるみたいな感じなんで苦手なんですけど、
でもサイクル回すのが速い人はこれができてると思います。動きながら考える。
とりあえず、完璧じゃなくても、ゲームでもそうなんですよね。
ゲームが例えとしてわかりやすいんでゲームの話したいんですけど、とりあえず情報が詰まってないから動くしかないわけですよね。
いろいろあれこれゲームの中でね、主人公のキャラクターをちょっと触って動かしてみて、適当にやったらここでやられちゃったと。
そうしたらリトライになるわけですけど、以前と違うのはフィードバックが溜まってるわけなんですよね。
フィードバックが溜まってたらクリアしやすくなるわけなんですけど、それはさっき言った失敗イコールフィードバック学びっていうところが蓄積されてるからっていうことなんですけど、
フィードバックが溜まった理由はとりあえず動いたからじゃないですか。
やっぱり動き出さないと知見も溜まらないんで、最初のまずやってみるっていうのも同じようなところかなと思うんですけど、
思考と行動っていうのを両立させるっていうことですよね。動きながら考えるっていうのは。
こういうことができるとガチガチに考えて計画してからじゃないと動き出せませんみたいなマインドセットを持ってる人よりも圧倒的に動きがスムーズで、
結果的にPDCAのサイクルを回すのが早くなりますよっていうそういうことなんですよね。
ということでした。これがPDCAをうまく回してる人となかなか回せない人のマインドセットレベルでの違いということです。
人生観の影響
4つ一応紹介しました。とにかくまずやってみるっていうのと、失敗は学びなんだ、フィードバックなんだっていうのと、
DoingとBeingの価値について、結果は自分の本質的価値とは関係がないんだっていうこと。
それと4つ目、動きながら考えるっていうことの4つを紹介してみました。
このレベルの話だったらよく聞く話というか、現実レベルの話なんですよね。
なんですけど、僕ちょっとここで満足したくなくて、やっぱりもうちょっと本質的な根本的な深い話が好きなので、
もうちょっと掘ってみたいと思うんですよ。
こういうマインドセットが大事だよというのは確かにそうなんですけど、
だからといって、じゃあそういうマインドセットを身につけていきましょうみたいに、
モチベーション上がる人もいるかもしれないですけど、少なくとも僕の場合はあんまりワクワクしてこないんですよね。
じゃあその根本にある要因は何なのかなってまた考えちゃうんですけど、
それが今回の話の第2章というか、もうちょっと踏み込んだ深い話です。
これは人生間の違いっていうところがこのマインドセットの違いよりさらに下の層にあるより根本の違いというのであるんじゃないかなと思うんですよ。
その人生間の違いっていうのはどんなものかというとですね、これ2つあると思います。
その2つ何かというと主体性と安全性ですね。
この人生における主体性があるかないかっていうのと人生において安全性が確保されているかどうかっていうこの2つっていうのはすごくでかいと思うんですよ。
さっき言ったマインドセットっていうのはここから派生してると思うんですね。
人生をどのように捉えてるかっていうその根本の態度の話です。
そうじゃないですかね。
マインドセットの違いで4つ挙げましたけど、とにかくやってみるんだよ。
フットワーク軽いよっていうのとか、失敗イコール学びと捉えるとか、
結果は自分の本質的価値と関係がないんだっていう風に考えるとか、
動きながら考えればいいんだとかね、そういうことを自然と思えるかどうかっていう鍵になるのがこのそもそもの人生間の違い。
つまり主体的に人生に臨んでいるかどうかっていう視点と、
あとそもそも人生に安全を感じているかどうかっていうこのポイント2つがあるなっていうふうに思ったんですよ。
なのでちょっとここを話していきたいなと思います。
一つ目主体性ですね。
これやっぱりすごく人生を本当の意味で幸せに豊かに生きるには主体性っていうのはやっぱり鍵になると思います。
さっきPDCAを回せる人、くるくる回せる人とそうでもない人の違いもマインドセット4つにあるよって言って、
それを4つ内容を紹介しましたけど、それを聞いてよしじゃあ頑張ってみようかって思えるか、
それともなんかへえそうなんですね、ふーんみたいな。
でもなんかだるいからやらないみたいなね、なんていうのかな。
その分かれ目になるのがこの辺だと思うんですよ。
自分の人生、自分が主体になれてるかっていう。
だから自分が人生の主人公なんだっていう、そういう感じかな、言い換えれば。
自分で何でも選んでいいし、自分で好き勝手やっていいんだっていう、そういう感覚。
これが人生の主体性っていう言葉にも言えると思うんですけど、
逆に人生において主体性がない人っていうのは、僕がよく言うところの世界の犠牲者みたいなね、そういう感じだと思うんですよ。
世界の犠牲者っていうのは、世界っていう大きなフィールドがあって、その上に立ってるちっぽけな一人の人間っていうのが自分で、
自分一人の力なんてすごくちっぽけで無力だから、
そんな自分はこの広大な世界においては影響力を発揮することはできないみたいに思い込んでるっていうこと。
だから言われたことを言われたまま流されるまま生きるしかないんだな、それが現実だよねみたいな、そういう感じかな。
こうなると人生において主体性をなかなか発揮できないと思うんですよね。
そうなると結果的にPDCAも回りづらくなると。
でもそのくるくる回してる人は、いやいや自分が人生の主人公なんだと。
そこを理解してるってことですね。
この第二章って言いましたけど、人生観の違いっていうちょっと深いレイヤーでの要素一つ目。
これは主体性があるかないか、ここかなと思いました。
次は二つ目ですね。
その人生観の違い、つまりマインドセットより根本にある要因の二つ目としては安全性ですね。
人生において安全かどうかってことです。
人生全般において安全性が担保されてるかどうかっていうことです。
これがめちゃくちゃ大事だと思います。
やっぱりこれがあるから失敗を学びとして捉えられたり、とりあえずやってみるかみたいになれたりするってことじゃないですか。
安全性があるかどうか。
やっぱり安全性が担保されてないとチャレンジってできないんですよね。
PDCAっていうのは現状で満足しないで、
人生における現状の領域を拡張していこうっていうそういう流れなんで、
つまりチャレンジと言ってもいいと思うんですけど、
このチャレンジの土台にはやっぱり安全性っていうのが必要不可欠だと僕は思います。
ということで、くるくるサイクルを回せてる人はそもそも人生に対して世界に対して安全なんだっていうそういう安心感があると。
そういうことですね。
これが人生というものに対するそもそもの態度2つってことですね。
主体性、人生において主体的であるかどうかっていうことと、人生に安心を感じているか、世界に対して安心を感じているかっていう。
この2つがマインドセットを4つさらっと流した、さらに下に存在しているのではないかなということでした。
人生の態度とその影響
ここまでで第1章はマインドセットの違い、第2章は人生にそもそも人生っていうものに対する態度の違いっていうね、その2つを話しましたけど、
ここに来てまたさらに僕はちょっと考えたいんですけどね。
じゃあ一体どうすればいいのかという話じゃないですか。僕らが本当に知りたいのはね。
違いは分かったと。マインドセット構造の前提の話は、とにかくまずやってみたり失敗を学び取られたり、結果は自分の本質的価値と関係ないよって思えたりするっていうのは確かにその通りだと。
その根本にさらに人生に対する態度があって、それは人生において主体的であるかどうかと安全性を感じているかどうかと、その2つが根本要因としてあるんだよとここまで話しましたけど、
確かにと思っていただけるかと思うんですけど、じゃあどうすればいいんだっていう話をやっぱり聞きたいと思うんですよね。
じゃあどうすればいいのか。つまり人生における態度、主体的で人生に対して主体的になれるかどうかっていうのと、人生において安全を感じるかどうかっていう、ここはじゃあなんで違いが生じてくるのかという話をさらに続けてみたいと思います。
これが第3章、さらに深い話ですね。ここでやっと、やっとじゃないですけど、この世界は夢、ゲームっていう見方、スピリチュアルの領域ですけどね、僕がいつも話していること、ここで聞いてくるんじゃないかなと思うんですよ。
この世界は夢でゲームなんですよって本気で思えた人は強いと思えませんかっていう話なんですよね。
PDCAはゲームなんだっていう話を冒頭からしてますけど、なんでゲームを小学生とかね、すごいちっちゃい人でも、すごい引きこもりで社会不安を持っているような不安要素が強い人でも、ゲームの世界だったら果敢に挑戦してどんどんクリアして、
RPGだったら魔王を倒して勇者になりましたみたいなね。つまりゲームの中ではPDCAをガンガン回すことができるのかと言ったらば、ゲームだからなんですよ。当たり前ですけどね。
これはゲームなんだっていう認識を持てているからPDCAをぐんぐん回すことができるっていうことじゃないですか。つまりですね、さっき言った人生に対する態度の違い、第2章の主体性があるかどうか、安全性があるかどうかっていうここがより根幹にありますよっていう話をしましたけど、
この2つ、人生における主体性と安全性っていう、この2つを持てるかどうかっていう鍵は僕はここにあると思ってるんですよね。僕的な感覚では。この世界は夢なんだ、ゲームなんだっていう度合い、目覚め度合いと呼んでもいいけど、
この世界は夢なんだって思える度合いが強ければ強いほど、さっきも例えで話してますけど、モニターの中で見えるゲーム世界をクリアするんだっていう取り組みと変わらなくなってくるんですよ。この現実を生きるっていう取り組みが。
なぜなら、夢から覚め始めると深刻度が薄れてくるんで、つまり、この世界はゲームなんだ、夢なんだっていう自覚になるわけなんで、ゲームなんですから安全性は担保されてるじゃないですか。
いつも僕が言ってることで、この目の前の世界っていうのはスクリーンの映像の世界なんだと。本当のあなたっていうのは、このスクリーンの中の映像にいるのではなくて、その映像を外から見てる存在なんだよっていうことじゃないですか。
安全性の理解
これが分かれば分かるほど、人生における安全性っていうものが担保されてくるんですよね。この三次元世界に僕らは属してないので、この三次元世界で爆弾が爆発しようが、雨が降ろうが、槍が降ろうが、何が起ころうが、
絵画の中でどんな悲惨な状況が描かれていようが、絵画を鑑賞する人には全く関係ないノーダメージなわけなんですよね。それと同じ理屈で、魂っていう、僕らの本質っていうのはこの三次元世界に属していないので、この三次元世界においてどんな経験をしたところで、本質的には絶対に傷つくことがないんですよ。
これが真実なんですけど、この真実を負に落とせば落とすほど、人生における安全性っていうものが担保されていくことになります。ということです。
安全性はこれでクリアできると。もう一つの人生に対する態度でね、安全性ともう一つ主体性っていうのがありましたけど、自分が主人公なんだっていうことですね。これも目を覚ましていくことでクリアできるっていうことなんですよ。
目を覚ましていく、真実に目覚めていくとどうなるかっていうと、この世界は自分が作り出している夢なんだっていう、これが真実なんですけど、これにだんだんと気づいていくっていうことなんですよ。
この世界は自分が見ている夢なんだっていう、こういう視点、発想っていうのはさっきチロッと言った、この世界の犠牲者なんだっていう世界観とは全然違うじゃないですか。真逆じゃないですか。まさに自分が主人公じゃないですか。ゲームの中の主人公状態じゃないですか。
この目の前に映っている舞台っていうのは、自分の心が映し出している投影なんですよね。神の子という自分が見ている夢なんですよ。っていうのが本当のところ、真実なんですけど、これに気づけば気づくほど、こっちが主導権を持っているってことが明らかになってくるはずなんですよね。
だって、自分が見ている夢なんで、因果関係が逆なんだってことに気づくんですよ。ここちょっと深い話なんで、ここはちゃんとこれだけをトピックに絞った話をぜひしたいなと思っているところなんですけどね。
つまり世界ってものが先にあって、その上に自分ってものが生まれたんじゃなくて、自分が先にあって、そこから世界が生み出されているっていうことなんですよ。世界より自分の方がでかいというか、私が世界を包み込んでいるというか、そういうことなんですよね。
そうなった場合、これもスピリチュアルでよく言われることですけど、スクリーンの中の映像、現実の様相ですけど、っていうのは自分の心次第、引き寄せの法則とかそういう話ですけど、そのスクリーンの内容さえも僕ら次第で変えることができるんだよっていうことがだんだんスピリチュアルな真実に目覚まってくる。
そうやっていくと明らかになってくることなわけなんですよ。現実は自分が作ってるってやつですね。で、このことが本当にわかってきたら、それは主体的になるよねっていう話じゃないですか。
だって現実は自分で作ってるんだから。受け身でいられようがないというか、因果関係が絶対的にこっちが先で世界が後なんですよね。こっちが先で世界は後っていうのは思考が先で現実は後っていうのと同じ意味ですけどね。
で、このことが負に落ちてくると、この第2章で話したね、人生における態度の話の主体性の部分をクリアできますよということなんですよね。というわけで、結局は総括すると目を覚ましていく。この世界は夢だ、幻想なんだ、ゲームなんだ、私が見ている夢なんだっていうことに気づいていく。
現実の創造
そして自分は神の子であって、絶対安全な立場にいるのであって、この世界の様相を決定できる力さえ持っているんだっていう。それが目を覚ますっていうことですけど、こうなっていけばいくほどに、さっき言ったね、人生に対する態度、主体性と安全性っていうのもクリアできて。
結果的にもっと表面的なこととしては、最初に話したマインドセット4つ。とにかくまずやってみるとか、失敗イコール学びなんだ、フィードバックなんだとか、結果失敗とか何とかっていうのと自分の本質的価値は一切関係がないんだっていうのと、動きながら考えればいいんだっていうね。柔軟に修正していけばいいんだっていうそういうマインドセットもおのずとクリアできますよということです。
そうなると人生におけるPDCAのサイコロが加速していくので、より夢の内容が豊かで楽しくなってきますよっていうね。現実だったら現実で成功するようになりますよっていうね。そういうことです。
という話を今日はしてみました。どうだったでしょうか。僕自身があんまりPDCA回すっていうことは得意ではないような自覚があるんで。
でも考えるのは好きなのでね。考えた内容をお話ししてみましたけど、ちょっとでも何か一つでも面白いなとか、これは確かに参考になったなとかあれば、僕としては話した甲斐があったら嬉しいなと思います。
というわけで、今日の話はこのくらいにしたいかなと思います。どうも長らくお聞きくださりどうもありがとうございました。