かんどう和尚のはじめての仏教。 今回も中国仏教についてのお話になります。
前回は仏教が中国において定着をしてきた様子についてお話をしていきました。
今回は中国仏教の特徴という面でお話をしていきたいと思います。
中国仏教の特徴というと、教相判釈というものが挙げられるかなと思うんですけれども、
これはどういう風な文脈で出てきたものになるんですか?
そうですね。仏教はインドから中国に渡ったって考えてますけど、
実際はインド直輸入というよりは、多くは載域経由なんですよね。
載域で変算されたお経もあるし、
場合によっては、例えば1,2,3,4,5という順番で成立していったお経が同時に入ってきたり、
あるいは5,4,3,2,1とか3,5,4,3,2とかという順不動で入ってきたら、
お互いが矛盾しているように感じるわけですよね。
インドにおいては、整合性を持って発展していったものが順不動で入ってきたときに、
お互いが違うことを言ってるんじゃないかと。でも仏教なんだってなると、
これは相手によって言い方を変えたんだとか、それから弟子も育っていくので、
入門編の人にはこうといて、中級編にはこうといて、最後にはこうといたみたいな風に整理していく。
これがいわゆる競争反尺。教えの姿を判断し解釈していくってことです。
順位付けをするっていうことで簡単に言うといいんですかね。
これは順位付けだけじゃないんですよ、実は。
訳して共犯って言うんですけど、競争反尺はですね。
よく知られているのが天台宗の親玉である天台知義の五次八教と言われる共犯ですよね。
五次兄犯と八教っていうのはまた別々なんですよ。
しかも天台知義の段階では今みたいにまとまってなくて、あれまとまったのは総代ですね。
お弟子さんたちが整理し直したと。
でもその必要があったからまとめていったわけなんですけどね。
五次八教って簡単に言うと、経典は最初核のごとく私は聞きました。
いついつどこどこで何千人の陸と一緒でしたっていう始まりになるじゃないですか。
どこどこでっていうのを集めていって、お釈迦さんの電気と照らし合わせたときに順番が生まれてくるということですね。
それによって段階があるんじゃないか、初級中級上級みたいな段階があるんじゃないかっていうことで、
経典をそこに配当していった。これを5段階に分けたんで、五次教派って言いますね。
八教ってのは四教プラス四教で八教なんですけど、経義の四教と経法の四教って言いますが、
簡単に言えば相手のレベルに合わせて4つに分けるっていう解き方ですね。
解き方の形式で4つに分けたというと、解いた内容でカテゴライズして4つに分類したっていうのが経法の四教。
分け方が違う。そういうふうにお経を分類してみた内容、それから解いた相手、解いた時間で分けてみるっていうやり方。
あとは華厳の教範のように全ては、華厳ってのは華厳学俳優、東大の諸島ぐらいに確立していて、
中東で東アジア全体に広がっていく教えなんですけど、華厳の教えっていうのは総合仏教なんです。
この部分だけ深めれば全体に広がるよっていうんじゃなくって、最初から全部を網羅していくっていう考え方なので、
華厳の考え方だと全てが華厳のお釈迦様の菩提寺の中で悟ったそのお悟りから生まれてきたものなんだから、
全部同じだと。だから深めていけばお釈迦様の悟りに帰っていくし、展開していけば様々な教えとして広がっていくっていう考え方で収めていって、
これは別教同教とかいう分け方です。全部華厳華厳華厳華厳。だけどもみんな違う、別別別別。
さらには仏教のカテゴライズとして、象徴教、それから大乗仏教の始まりの教え、始経って言いますね。
それから大乗仏教の究極の教え、終局という終わりと書いて実教と読むんですけど、終わりの教えと書いて実教。
それから遁業、一発で教えるっていう、相手の気根関係なしにパッと教えるっていう遁業と、
それから窓下で欠けることのない全てを網羅する教え、これは気根のことを言うんですけども縁業。
小押し実遁縁と読むんですけども、五行派っていうのが載れてくる。それぞれに初教というのは中元とかそういう優識だったりとか入れられるんですね。
実教は如来蔵室、仏性の教えですね。遁業は古来は遠遁教とかって天台でも言いますけど、窓下であるってことと一発で教えるってのはほぼ同じなんですね。
ちょっとその辺の分類は、稽古の中でも元々は曖昧でした。後々その中の技、あえて明確化していくんだけど。
中国で禅自体が一番流勢を迎えるのはどれくらいまでですか?
流勢を迎えるのは何をもって流勢かっていうのを考えてたんだけども、
やっぱり生き生きとしてたのは始まりのスタートダッシュの頃で。
東大の頃。
そうですね。東大の頃で安史の乱。
安史の乱は東洋思想を考える上ではものすごく重要なんですよ。
安禄山とししめによる空出たですね。
東王朝というあれほど発達したものは、
元宗皇帝の時代にものすごく東王朝の文化を花開くんです。
元宗皇帝は前半生は非常に良かったんですね。
開源の地って言ってですね。
もう発展したんです。
これ話すと長くなるから端折りますけど。
晩年陽暮日に入れられて、そこからちょっと崩れていって、
安禄山ししめという節度士、後の節度士ですね。
元々は国境警備隊だった最益の人なんですけれども、
国境警備隊である外国人部隊みたいな傭兵なんですね。
なんだけれども国内の治安も感じするようになって力を持ち始める。
しかも最も中国で一番大事な部分を統治するようになって。
もうほとんど力自体はもうその二人の方が持ってましたよね。
実質的には。
安禄山が特にね。
陽気肥に取り入ったんですよ。
陽気肥がいいよって言ったら元宗皇帝もいいよって言っちゃう。
これは危ないって言って陽気肥の親戚である西昌が言うんですけど、
あの人がね、放っておくとまずいから空出たら起こすかもしれないってあらかじめ言ってたんですよ。
仲悪くなるんですよ。
安禄山と陽国忠が総理大臣みたいな人が仲が悪くなるんですけど、
お前危ないだろ、空出たら起こすんじゃないのかって言ったら、
いや違うんですよ違うんですよってはじめは言ってたんですけど、
違うんだってバーってバーンってやり返しちゃって。
やり返しちゃったからにはもう収拾つかなくなって皇帝の座を奪うみたいな。
それが空出たですね。
でそれによって東王朝のそのいわゆる貴族社会というのはどんどん崩壊していくんです。
だけども、東の初めの頃の李世民っていう第二代皇帝の作った、
徳川家康も座右の銘に置いてたという上官、上官政を著物にあるように、
ものすごい政治システムはきっちりしたの。
その力だけでもない、徳だけでもない、その節中でうまく使いこなすみたいなのをやっていって、
それが酵素をしてその空出たが起こってボロボロになっても何とか150年持つんですね。
その低減というものか上減というものかはあるけど、
上減の地とそれから下層肯定の改善の地、政治システムがきっちり出来上がっていったので、
空出たが150年持ったけど、どんどんどんどん空出たがしょっちゅう起こって、
その節度士を内地に置くんだけど、内地で節度士が勝手なことをどんどんしていって、
税金も送らなくなってきたりとか、要するに財政軍事を全部は持っちゃうんですよ。
その人たちが消えたのが禅だ。
その頃は禅僧は生き生きしてたと思いますね。
漢字にも住んじゃいます。節度士の生涯でとか節度士が作ったお寺とか。
厳密には国家じゃなくて節度士なので、地方権力の庇護のもとに作られた寺だったりするんだけど、
そういうところに住んだりもしますよね。
場所だって開源寺ってところに住んでますから、あれは漢字ですからね。
一応住んでたりするんですけど、結構自由気ままなことや。
壮大になると今度は国家仏教がっちりになるんで、禅僧も死体婦。
いわゆる知識強要人が政治の中心になる。
今までの貴族社会を崩壊して、地筋じゃなくても優秀であれば徒養されていくっていう時代になっていく。
その中で、東大は優秀なお坊さんがいたけれども、貴族社会だから優秀な人がお坊さんになったんだ。
僧大は優秀な人はみんな政治家になるから、優秀じゃない人がお坊さんになったんだとか言う。
そんな歴史観を持つ人がいるんですけど、必ずしもそうじゃないってこと最近わかっています。
しかし僧侶も死体婦化していくっていうところになる。
強要を持つ。
禅僧は死儀に関心が読めないとダメだしっていうことになってくるし、絵とかも描き始めるし、だんだん文人化していくんですね。
そういう流れをずっと作っていくのが僧大っていう分岐点になるんですね。
その時に最初ちょっと言いかけましたが、貴族社会では天というものがあくまでも中心で、地上に人民がいるという天地人の関係がきっちりあったんですね。
天から一方通行で一方的に地上に働きかける。
もしその間にいる皇帝というのがいるんですけど、皇帝が間違った政治をすると、親が子供をダメよって叱るというように皇帝である親、すなわち天が皇帝に天罰を加える。
これ天犬説っていうんですね。
天の運行、天の小読みとか星の動きが地上に影響するっていうのは地王説。地事物々が応じる地王説。
似たものなら天犬地王説とかってまとめて言われるんですけど、これが中国の思想の全ての思想の根幹にある天人相関論。
仏教もそういうとこあるんですよ。
やってるのはやっぱり中国人ですからね。
考えたときに、じゃあ仏教ではどう考えるのって言ったら北海。
北海というものがあって、そこから飛び出してきたのは人間なんで、北海に準じるのが自然な生き方であり、心理に即した生き方だと考えます。
ところがその社会状況が変わっていって、貴族社会が変わっていくと、天そのものの価値よりも人の価値が上がっていくんですね。
人にクローズアップされていく。
で、人の中に天の道があるって考えます。
だから今までずっとお空見てたような状態を自分の心の中を見るような状態に視点が変更していきます。
で、人というものが生き生きしていきます。
これ経済発展とも関係があるらしいし、あとは天文学の発展とも関係がある。
天文学は壮大になると飛躍的に発展するんですね。
一行禅師という密教の祖にもなってるし、一行あじゃりとか大日経の注釈書を書いた人もあり、北宗禅の系統の人もあるんですけど、
その人が天文学作りましたがその後、天文学者でもあるんだけど壮大になって天文学が拡大に飛躍的に発達します。
それによって天というものに対する概念が変わってくるという考え方もあります。
で、自然というものは人間が克服するものだと人は。
そういうふうに変わっていきます。
何百年もかけて土地を変えていって川の流れを変えたりとか、そういうことをし始めるのも壮大から。
そういうものを仏教で表していくのが禅であり、当然中国では禅が定着するでしょう。
壮大では完全に禅が仏教の主流になっていきます。
最終的に中国において残るのが、禅と浄土が最終的には中国には残っていくことになる。
そうです。
民心の時代に現在の基礎が確立しますけれども、真の時代に優識と隠名がまた流行るんですよ。
それで在家の人たちの学者の世界である、一般民衆あるいはお坊さんの世界で、みんな座禅をしながら死んだら浄土に行くっていう感じ。
両方とも接種してるんですね。
それが矛盾しないんですよ。
日本でも今一番宗派として大きいのが浄土系と禅宗系になりますよね。
そうですね。
やっぱりその辺りもリンクしてるって考えてるんですか。
中国の影響あるでしょうね。
日本は日本で独自の特徴がありますけどね。
そうですね。
でも今回までお話をお伺いしたことで、だいぶ皆さんも解像度が上がられたんじゃないかなというふうに思います。
だいぶバラけたかもしれない。
今日は本当にお忙しい中ありがとうございました。
ありがとうございました。
また機会がありましたらぜひお話をお伺いしたいと思います。
今回で中国編は以上となります。
感動症の初めての仏教を毎週土曜日朝7時より配信しております。
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それではまた次回お会いしましょう。