かんどう和尚のはじめての仏教。今回から新シリーズ、中国仏教編をお届けします。 私たちが普段親しんでいる日本の仏教には、インド仏教に見られなかった習慣とか伝統というのが数多くあります。
そのため一見すると、両者は全く別のもので断絶しているようにも感じられるかもしれません。 しかし実際はそうではないんですね。
この2つを繋ぐ存在というのがあります。それが中国仏教です。 インド仏教、中国仏教、そして日本仏教という流れで見ていくことで、初めて仏教の連続性や変化の意味を立体的に見ていきます。
今回のシリーズでは、その繋がりが自然と理解できるように丁寧に紐解いていきたいと思います。 ただこのようにインド仏教、中国仏教、日本仏教ってラベル分けしていることから分かるように、同じ仏教でありながらそれぞれ別のジャンルなん
ですね。 私は正直言うと中国仏教あんまり詳しくないので、一人でやるのは心もとないんです。
そこでこのシリーズではスケットスピーカーにお越しいただいております。 留国大学文学部歴史学科教授吉田英霊先生です。
吉田先生どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。吉田です。 まず最初に吉田先生の経歴から簡単にご紹介させていただきたいと思います。
1969年兵庫県西宮市生まれ、花園大学文学部仏教学科卒業後、小政大学大学院人文科学研究科博士課程終了。
現在は留国大学文学部歴史学科教授を務めておられます。 専門は家言学、禅学、仏教学、東アジア仏教を思想識視点から研究されておられます。
加えて滋賀県にあります臨済州明神寺派の群山観音寺の補住職も務めておられます。
私の学生時代のゼミの担当の先生です。そういうご縁で今回お越しいただきました。
では早速お話を伺っていきたいんですけれども、中国に仏教が伝わったのは西暦でいうと1世紀あたりになるかと思うんですけれども、
その時に中国の方々は仏教をどういうふうに受け止めていかれたんでしょうか。
そうですね。王朝でいうと五感の時代ということになります。だからまあ紀元前後ぐらいから徐々に入ってきて、
最初は明帝というですね皇帝が夢で金銀、金色にピカピカ光る神様が現れたと。
その神様は一体なんだろうと知恵袋のような過信に聞いたところ、それは西暦の方のブッダという神様だと言われて、
宮中に金銀を祀ったというところから始まるっていうのが一つと。もう一つは白馬に乗ったお坊さんがお経をもたらして、
土地の都である洛陽にやってきて、で翻訳をしたというのが始まりだという二つの説があって、いずれにしても今神道将様がおっしゃったように、
紀元200年ぐらいまでの間にやってきたというふうに歴史書には書いてますね。
今金人の伝説の方でおっしゃったように最初は神様という形で受け止められてきたんですよね。
そうですね。要するに徐々に知られていたのはシルクロードの商人とかがもたらした、そういうのが始まりでしょうね。
ちょっと話が戻ってしまうんですけども、
儒教の精神が仏教伝来時には中国では基本的にあったと思うんですけれども、仏教って出家するからすごく親不幸みたいな印象があったってことを、
私は中国仏教で習っているときに聞いた記憶があるんですけれども、そのあたりを回避するために、
例えば禅宗で言われる、一子出家せずにば苦俗天に生ずみたいな、一人でも出家したら一族老党みんな来世天に生まれ変わりますよみたいな、
そういう一つのエクスキューズみたいなものが出てくるかなと思うんですけれども、そのあたりは儒教側の反発みたいな形で見てもいいんですか。
そうですね。それは大いにあったと思いますね。仏教というのはインドに生まれて、先ほど言ったように五感の末ぐらいに中国に伝わってきた。
そのときは素朴な信仰形態だったと考えられますけれども、中国に入ってきたときは、中国も戦乱の時代だし、社会秩序が揺らいでいて、人々はそういった不安の中にあった。
仏教っていうのは人生は苦しみ、どっかって説明されてましたよね。思いのままにならないというと受け入れるっていう部分があるし、あと輪廻思想っていうのもありますよね。
死後どうなるのかということにも応えているっていうことがあって、輪廻とかそれから因果、あとは悟り、下達といった概念が、
当時の中国、特に儒教などでは確立されてなかった。はっきりしてなかったんですよね。特に知識人の人々の間で大きな反響を持つんです。仏教が入ってきたことで。
しかしやはりそこで問題が起こると。今おっしゃったように儒教というのは家族倫理である。特に孝の思想ですね。これが社会の根本に置かれています。
特にその家の中では孝。国レベルでは忠。忠孝というのが一つになるんですね。皇帝が親であれば人民が孝。皇帝の親は何かというと天。
ということで社会秩序はもう忠と孝でがっちり固められているんです。その中で出家お得とか神を剃るとか、あるいは場合によっては年始供養といって指を焼いたりとか、写真供養といってですね。
お釈迦様の前世でも虎に自分の体を供養して託させたりとかっていろんな話があったんじゃないですか。これは衝撃だったと思いますね。
神を剃るというのは親からもらったものを怪我するじゃないですけど、そういうことですか。
そうですね。孝というのが孝教という秩序語教の一つにも入るもので、中国の方、今の人たちでもそうなんですけど本当に日本人以上に、もちろん日本人でも西洋の人でも親孝行がしたいんですよ。
ちょっとその概念がね、想像がつかないほど強い。これはね、私も母親から子供の頃耳中タコができるが言われる。身体発布、これを父母より行く。あえて起床せざるが孝の始めなり。
もうだいたい1日に1,2回聞いてもらった。どんな家だって感じですけど。言われてました。
出家に関してはあまり批判されなかったですけど、私の親からはね。だから神を剃ること、身体発布ですから、髪の毛や皮膚も含むんですよね。
それを傷つけるっていうことに対して、なんと親不孝な教えだということで。儒教的な価値観から見れば批判の対象になりますよね。
実際に仏教はそういった中国の漢王室以来の伝統に反するという批判は何度も何度も起こります。仏教は外来宗教ですし、国家秩序を乱すのではないか。疑いですね。
そういうものは持たれたんですね。でも仏教側も黙ってはいないわけで。真の親孝行とは、親を悟りへ導くことだと。そういった理論を展開します。
で、もちろん親だけに限らず生きとし生けるものを救い取るから、この国の秩序にももちろん貢献できるんだ。こういう理論を展開するんですね。