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2026-01-31 18:56

【ゲスト編】インド仏教、最前線。実は現代インドでは仏教はマイノリティ。仏教改宗運動と大菩提寺の話

▼今回のトピック


インドで一度消えかけた仏教が、今また増え始めている理由/


カースト制度の枠外で、今も厳しい差別に直面する人々の現状/


不平等な社会から抜け出すための選択、仏教への「改宗」とは?/


一人で辞めるのは難しい?宗教と深く結びついたコミュニティの絆/


ヒンドゥー教が中心のインド政治の中で、仏教はどう扱われているか/


聖地「大菩提寺」は誰のもの?仏教徒とヒンドゥー教徒の長年の争い/


日本人には想像しにくい「宗教がアイデンティティ」というインドの価値観/


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サマリー

インドにおける仏教の現状と仏教改宗運動について、浄土宗僧侶の清水良正さんが語ります。特にカースト制度やダリットの状況が深く関わっており、改宗の背景やコミュニティの重要性についても掘り下げています。現代のインドにおける仏教はマイノリティであり、その中で大菩提寺の所有権を巡る争いが続いています。また、ヒンドゥ教徒と仏教徒の間での意見の対立や宗教的アイデンティティの重要性についても考察されています。

インドの仏教の現状
かんどう和尚のはじめての仏教。今回は素敵なゲストにお越しいただいております。
インドと日本を往復するお坊さん、浄土宗僧侶、清水良正さんです。
良正さん、どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
プロフィールのご紹介は前回したから、いいですかね。
大丈夫です。
もし、ご存知のない方がいらっしゃったら、前回を聞いてください。
はい、お願いします。
前回はですね、インドに行かれるようなきっかけとか、行かれるようになったきっかけであったり、
あとは、今おられている仏神寺さんの成り立ちとかですね、
どういう方々が来るかについてお話を伺わせていただきました。
今回はですね、インドにおける仏教の現状についてちょっとお伺いしていきたいんですけれども、
私が知る限りですけど、インドの仏教って日本人の方は多く知らないと思うんですけど、
イスラムの信仰によって13世紀ぐらいですかね、一回滅亡をして、
そこからずっと途絶えた状況がずっと長く続いた中で、
20世紀のアンベドカルさんだったりとかの仏教回収運動によって、
また新しく現在仏教が起こってきたという流れかなと思うんですけれども、
その辺りの認識はあってますか?大丈夫ですか?
すみません、もっと細かいところを言うと、
例えばどこどこに残っていたとか、地方とかも出てきたりしますし、
例えばミャンマーから入ってきたとかスイランカから入ってきたとか、
いろいろあるとは思いますけれども。
なるほどですね。今、仏教とかすごく増えてるってことを聞くんですけど、
実際はどうですか?
私がいるのはまずブタガヤっていうところで、
だいたいインドの仏教の話をするときになると、
アンベドカルさんのところのナーグプールという、
現在で言ったらササイ集霊精神がいらっしゃる、そこが中心地となってくるんですけれども、
そこはやっぱり大改修運動というものが行われていて、
どんどん仏教に改修する方々が増えているっていうのは事実だと思いますね。
改修についてお伺いしなきゃいけないですね。
仏教に改修するというのはどういう行きさせがあってかというのを、
詳しくご説明いただきたいんですけども。
詳しくはよくわからないですけど、
基本的にはヒンドゥー教というのがありますし、
インドの中でも今一番人口が多い宗教ですね。
その次がイスラム教ですけれども。
皆さんも聞くと思いますけれども、
このカーストっていうこと。
カーストはもう皆さんご存知だと思います。
カースト制度とダリットの状況
4つのカーストがあってと。
そしてそのカースト外の方がいらっしゃるっていうこと。
アンタッチャブルって言い方も、
不可植民とか言い方もありますし、
もしくはハリジャンっていう、
神の子っていう言い方もあったりもいたしますけれども、
その4つに入らない方々のことが大変な状態と言いましょう。
知りたげられた状態。
アンタッチャブルっていうことなので、
触れるのも汚いという状態。
例えば、だいぶなくなっては来てますけれども、
その人が触った食器はもう使えないとか。
それは結構わかりづらいです。
とかもちろん門から入らないとか。
僕たちがスッと入っていけるところも、
それ以上一定数近づかないようにするとか、
っていうこともされたりもします。
屋台とかで店主が水を垂らして、
それで手を洗うっていう光景もたまにあるんですけど、
全部が全部じゃないですけれども、
そういう光景の時にも意味合いとしては、
パッと私たちが見たら、
店主優しいなと。
水垂らしてあげてって見えますけど、
その奥にはこの食器触るなよと。
っていうのも実はあったりもします。
全部が全部じゃないです。
そのどこがどっちかというのは、
私たちの目ではすごくわかりづらいところでもあったりもしますし、
もっともっとそれのいっぱい、
押し込められたと言いましょうか、
虐げられてる状態っていうのは残ってはいます。
私たちは差別はこれはダメって、
学校とかで習うじゃないですか。
だからわかるんです。
でもそれがわからない状態でカーストをやめましょうと。
こういうことは良くないっていうことは、
あまりそれを詳しく教わってない状態でもあったりもするので、
その差っていうのが残ってしまっている。
大受け状はカーストはなくなりました。
けれども接し方としての差別っていうのは残ってしまっている状態ですね。
なるほどですね。
なんか私が山際元さんでしたっけ。
今出されてる。
あります。
そこでは不可植民じゃなくて、
ダリットっていうふうに確か保障されてたかなと思うんですけど、
カーストに外れた方たちの生活の中でちょっと衝撃を受けたのが、
例えばヒンドゥー教の寺院であっても帰れないとかお参りできないとか。
あとは、彼は確かアンベードカルさんだったと思うんですけども、
水を飲めなくて、地域の集落の井戸を使わせてもらえなくて泥水をすすったことがあるとか。
現代においてまだそういうのは。
私のいう地域っていうのはどちらかというと、
カーストごとに集落ができているイメージなんですよ。
この地域はこのカースト。
例えば今言ったようにアウトカーストの方々、
ハリジャンですね、今言われたようにダリットの方々っていったら、
ダリットの方々が住む地域っていうのが出来上がってるんです。
結構接点がなくなるように作ってあったりもしますね。
それは一つの配慮になるんですか。
仏教改宗とコミュニティの重要性
配慮というか押し込められたんでしょうね、多分。
端っこのほうになった結果、集落が出来上がってるっていう。
あそこ出身ならあのカーストだよねっていうのもすぐ分かりますよね。
そういうのが分かる現状ですね。
ダリットの方たちが仏教に改修していくってことを、
アンベードカルさんの主導の下でやっていくわけじゃないですか。
その中で私が読んだ本の中では、
現状のヒンドゥのコミュニティから抜けるっていう方法が2つなんだと。
1つは海外に出ると。
でもそれはなかなか財政的にも厳しいし、
海外に出るには勉強も出来なきゃいけませんよと。
それが1つの方法だけど、それが出来ない人たちの方法として、
仏教に改修してコミュニティを変えるんだと。
ヒンドゥから出してと。
そういう意味合いで仏教改修ってことをやっていったっていう風な理解をしてるんですけれども。
それはそういうものなんですか。
その認識でいいと思いますね。
よく聞かれますけど、なんでどんどん改修しないんですかと。
って言われるんですけど、日本の感覚だと宗教ってあんまり根付いてないものと言いましょうか。
別に仏教とじゃなくてもいいよみたいな。
社会で生きていけるって感覚でいると思うんですけども。
基本的に先ほどから出てるようにコミュニティ社会なので、
やっぱりそのコミュニティを形成する上での底辺と言いましょうか根底っていうのは宗教なんですよね。
そこから1人だけ例えば村の中で仕立てられてるから抜けますって言ったところで、
じゃあ明日からどうするのと。
仕事も得ることができない。
同じ親戚同士でも、お前はもうカーストを取りましょうか。そこから出たんだから。
もう違うんだと。関係ないんだと。
言ってコミュニティから外れることになってしまうので、
なかなかその改修が全員でしないとうまくいかないっていう状況もあるんですよね。
ここがすごく難しいところです。
日本は宗教っていうのがあまり認識されないんですけども、
でもやっぱり海外とか陸続きの国とかっていう中では、
この宗教っていうものがこのコミュニティを形成する上ですごく大切なものになってくる。
同じ認識の根底に同じ認識を持っているっていうことが同じ仲間なので、
国以上に大切だったりもする時もあるんですよね。
これがちょっと見方が違うって言うんですかね。見方が違うって言うんですかね。
ちょっと日本人にはなかなか分かりづらい感覚かもしれないですね。
分かんないと思います。
だからやっぱりこの改修するって、
なんでみんな簡単に改修しないのかなとかって言われるものはあるんですよね。
変えたらいいのにとか。
一人だけ変わるとかじゃ問題じゃないんですね。
現状こうそうやってダリットの方たちが、
じゃあ仏教に改修していきましょうっていうのが地道に行われている中で、
ダリットの方々って結構な数って言われるじゃないですか。
一番多いですね。
でも数えられてないっていうのをチロッと聞いたことがあるんですけども、
インドの人口の中に正確に。
正確なダリットの数ってことですか。
統計がどう出てるのか知らないんですけれども、
僕も聞いた話では、
例えば宗教革乱、
国税調査みたいなところで宗教革乱があって、
その後にカースト革乱があったりとかもして、
元のカーストを変えちゃう人とかもいるんですよね。
両方革。
今はブディズムだけども、
前回それまではカーストの乱に、
私はノノカーストでしたって書いてしまうと、
ヒンドゥ教徒に数えられてしまうとか。
そういうふうなカウントの仕方があるっていうのは聞いたことがあります。
ダリットがどうかって言ってたらすみません。
僕はわからないですけれども。
人口の中ではヒンドゥが一番で、
90何パーセントとかですよね。
もうちょっと低いですね。
イスラム側もちょっとありますので。
その次は仏教ぐらいが来るんですか。
シーク教とかですか。
シーク教とかですね。
仏教とはもっともっと下ですね。
1パーいくかいかないかだったと思いますので。
じゃあそのダリットの方たちは、
まだまだヒンドゥ教徒の方がたくさんいらっしゃるって言うんじゃないですか。
そうです。
そこはやっぱり、
ダリットの方たちの中でも、
それぞれカースト、
ジャーって言うんですかね。
があるわけですよね。
空文というかまとまりが。
そうです。
だからそことそこで、
あんまり合致しない部分とかもやっぱりあるんですか。
ダリット内のコミュニティがそれぞれたくさんある中で、
そこが全くの一枚岩にならないってことも横にあるんですか。
基本的に仕事で分かれてたりもするので、
仕事の組み合いをイメージしてもらえたらいいんですけども、
やっぱりそこでつながる場合と、
やっぱりお前は違う仕事の組み合いだから別だよねって話になるところもあるっていうんですかね。
このつながりをすごく大切にされているので。
現在インドはモディ政権ですよね。
ヒンドゥ市場主義って言われますけども、
それでイスラムの側からも不満が出たりって話がありますけども、
その中で仏教の扱いっていうのはどういう感じなんですか。
仏教徒に関しては、
だいたいモディ首相が攻撃する相手っていうのはイスラム教徒なので、
本当にテレビで演説とかで、
イスラム教徒は同じ州から出てけとか当たり前に言ったりとか。
すごいですね。
本当に普通に演説で言いますし、
インドの宗教的対立
日本だとインドは仏教の国だからとかっていうことも言ったりもしてますけれども、
結構その辺はうまく使い分けをされてるっていうんですかね。
相手のことを見てサントされるというか。
実際に去年だったかな。
でっかい古い300年ぐらい前のモスクを壊して、
その上にイスラム・ヒンドゥ教徒のでっかいヒンドゥのお寺を建てて、
それもやっぱりイスラム教徒が来る前は、
ヒンドゥの場所だったんだから取り戻すんだみたいな。
それを本当にインド全国から寄付を、すごい金額を集めてお寺を作って、
できたときのお祝いとして国中がお祝いをして、
夜光を灯していろいろお祝いをしてたのも見ましたけれども、
やっぱり万弱の体制にしていく。
自分の性型を万弱にしていくために、
いろいろと多強とか批判することによって自分の…
道を固めていく。
そう、固めていくやり方としてはやり方が上手いなというのですかね。
ちょっと前にダンマバダの一節か何かをそらんじて、
ちょっと仏教とか喜んだみたいな話も聞いたことがありますけれども。
本当に頭いいなと思います。
その中でヒンドゥってちょっと思い出したんですけど、
これはちょっとナイブな話なので、もし話しづらかったらもうカットしますので。
今、ブッダガヤのところにある大菩提寺ですね。
この大菩提寺の所有権というのが、
ヒンドゥが管理しているということになっているんですか。
委員会があるんですね。
マハボディ大菩提寺管理委員会というのがあるんです。
その中で7人メンバーがいて、3人が仏教徒、4人がヒンドゥ側なんです。
この辺りをやっぱり全部仏教徒側にするんだということで、
その所有権の争いというものがずっと何十年続いているわけですよね。
やっぱり仏教徒としては、ここはお釈迦様が悟り開いた土地だと。
だから仏教徒がちゃんと管理するべきなのは仏教の地なんだということで言われますし、
ヒンドゥ側からしたらお釈迦様はエビシルの生まれ変わりだ、化身なんだという言い訳も出てくる。
また大菩提寺自体がどこに行ったかわからなかった中で、
地主だったマハンタという方がいらっしゃるんですけれども、
ヒンドゥ教側のお坊さんですね。
その地主だった方の土地の中にあったんですよね。
マハポリーテンプルが。
そういうところからも、「じゃあヒンドゥ側が守ってきたんだ、部分もあるんだよ。」
ということも出てきたりということで、ずっとこの争いというのは続いているところですね。
もともとはスリランカのお坊さんたちによって建てられているんですか?
もとは違います。
もとは、はっきりこの建物がいつできたかっていうのはわからない。
いろんな諸説ありますし、
例えば大元となったものをアショーカオという方が作ったということも、
その方が今の原型作ったって言ったりとか、
もうちょっと小さいものを作ったとか、いろいろ言われてるんですけれども、
確か書面上にちゃんと出てくるっていうのは、
大東細域記かな?とか、北見伝どっちか忘れましたけども、
どっちかに今の現状の大きさが出てくるんですよ。
それが書類上というか、しっかり残っている歴史上出てくるのはそこだという言い方はしますし。
北見伝さんだったら、中国のお坊さんですけど、4世紀ぐらいですか?
そうです、それぐらいですね。
現状三蔵だったら、これも中国のお坊さん、7世紀ですかね?
6世紀だったかな。
あしょう顔だったら、2200年、300年前ぐらいですかね?
そうです、紀元前の話になってきます。
その時にその大きさはないんじゃないかなと思うので、今の大きさはですね。
すごい大きいですよね。これどれくらいですか?
53メートルなので。
すごい。
だから、たぶん何か原型はあったんだと思うんですね。
あしょう顔が作ったんだと思うんですけれども、
その辺りははっきりとはいろいろ諸説で出てきておりますね。
なるほどですね。
大菩提寺の所有権争い
ただ、本当にこの所有権の争いはかなり前から、
日本の笹井周礼さんの承認の方は、1回沖縄米問題の運動を起こして、
それからちょっとまた下火になって、
今年の初めぐらいからまたその運動の流れが出てきて、
ずっと裁判所で裁判はされてたんですけれども、
笹井承認書が起こした裁判は続いていたんですけれども、
一方で運動として、その場所で何かするっていうことは、
あんまり大きなことは行われてなかったんですが、
今年の1月ぐらいから、初めは多分インドのお坊さんだったかな、
座り込みを始めて、それに同調する形で、
インドの北の方のチベット圏のお坊さんであったりとか、
またそういう方々がちょっとずつ賛同して座りだして、
というのが今年の1月ぐらいからか。
が始まって、だんだん大きくなって、人も増えていって、
2月ぐらいに末ぐらいですかね、
あまりにもちょっと大きくなってきてるっていうこと。
やっぱり食べずに座り込みとかをされるので、
あんまり良くないということで、
いろいろな施設はありますけれども、
インド側の警察たちが、ちょっとこの場所は良くないと、
移動させようと、そして体調悪い人もいるからっていうので、
救急車に乗せて移動させようとしたら、そこで揉め事が起こって、
その揉めている様子がYouTube上か、
動画として拡散されてっていうのがあったのは事実ですね。
それから、講義活動する場所を別の場所に移してくれというので、
インド政府が言ってきて、移したっていうのも、
場所を移したっていうのもありますし。
そんなあたり難しいですね。
対局感を持ってやった方がいいような気もするし、
でもそれとはまた別の原理も働いてますよね。
複雑なので、
もちろんね、やっぱり仏教徒のものっていうこともすごく分かりますし、
やっぱり仏教徒が管理するとか、
オフセとかもね、もちろんいろんな方がお財産箱もあったりとか、
ドネーションいっぱいされて、
どうにかそのお金を多様党の管理員とか管理で使ってくださいって言ったオフセっていうのもあるので、
それが健全に、やっぱりマハボディテンプルに、大統に、
大和大臣にちゃんと使われていくっていう流れも、
ちゃんとしてほしいなと思うところもございますし、
ただ難しいところです、これは。
宗教とアイデンティティ
このあたりの宗教観のポジションと言いますか、
ここの感覚もあまり日本には現在ないので、
ちょっと分かりづらかったりもするんですけど、
本当私たちが思ってる以上に複雑ですね。
やっぱりアイデンティティと言いましょうか、
やっぱりその宗教っていうものが自分たちの根底を成すものって言うんですね。
仲間意識、仲間と言いましょう、コミュニティの根底なので、
そこは譲れないというか、
争ってしまうと言いましょうか、ぶち当たってしまいますと言いましょうか。
好きだからこそですね。好きというか、思いがあるからこそですね。
そこだけは崩してほしくないとか、踏み入れるなっていう自信がやっぱり出てくるっていうんですかね。
よく分かりますね。
日本の場合は多分それは国とかなんですけど、
日本っていう、日本人っていうアイデンティティなんですけど、
これが他の国だと宗教っていうものがそこの部分に当てはまってくるんですかね。
なるほどですね。
すみません、言いにくい話だったと思うんですけど、ありがとうございます。
そしたらお時間でございますので、
次回はですね、
ブッダガヤで見る各国のお坊さんの様子とか、
在家の信者さんの様子についてお話を伺いたいと思います。
今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
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