仏典に記された二人の女性の物語を通じて、憎しみが連鎖する空虚さと復讐心の心理メカニズムを解説しています。また、現代アメリカの元ギャングの実話を交え、怒りを原動力にすることの危うさと、失ったものに気づくことが更生への鍵であることを示唆しています。
【目次】
復讐の典型例
二人の要の物語
ダンマパダ(法句経)第四
ギャングの復讐
【参考文献】
ダンマパダ・アッタ・カター
良い対立悪い対立 アマンダ・リプリー著
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【大忍貫道プロフィール】
1987年、福岡県生まれ。花園大学文学部卒業。尾張妙興僧堂にて修行。
臨済宗妙心寺派僧侶。
2011年より九州地方の臨済宗妙心寺派寺院にて住職を務める。
SNSを中心に仏教を発言し、Instagramのフォロワーは現在4万人を超える。
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サマリー
このエピソードでは、日常の些細な出来事から仏典に記された二人の女性の物語、そして現代アメリカの元ギャングの実話まで、復讐の連鎖とその虚しさを解説します。復讐心がどのように連鎖し、個人の心理メカニズムがどのように働くのかを探求します。また、怒りを原動力とすることの危うさと、失ったものに気づき、それを乗り越えることが更生への鍵となることを示唆しています。
復讐の始まり:日常の些細な出来事と仏典の物語
トイレで残りわずかなトイレットペーパーに気づく。手を伸ばせば変えられる。ほんの数秒のことです。
でもその瞬間こんな思いがよぎる。あれ?この間も自分が変えたな。なんでいつも自分ばっかり変えてるんだろう。
そして静かに決意する。今回は絶対に変えないぞ。
これ、日常における些細な復讐の典型例ですよね。でも復讐する時の真理ってこれだと思うんですよ。
自分だけが損してる。今回ご紹介する仏典の物語は、二人の女性による悲しき復讐を描いたお話です。
ある資産家の息子は、お父さんが亡くなった後、全ての仕事を一人でこなしながら、残されたお母さんを養っていました。
でもお母さんは、自分が息子の負担になっていると感じて気が咎めます。
そこでお母さんは息子に妻を見取ることを勧めます。
息子はそれを再三拒否するんですけれども、母親の圧に懇負けしまして、
密かに恋心を抱いていた一流の女性の存在を明かします。
それを知った母親は、息子にもそういう相手がいるんだということで、
その女性の家を訪ねまして、求婚をします。
幸いなことに相手方も了承してくれまして、無事に家に迎えることができました。
しかし、妻に目取った女性は子を授かることができませんでした。
すると母親は息子に対して、
お前の好みの女性を連れてきたけれども、彼女は子供が産めないと。
このままだと我が家は断絶をしてしまうので、もう一人妻を目取りなさいと。
重婚ですね。
現代の日本の私たちの価値観だと、いまいちピンとこないかもしれませんけれども、
古代インドでは血というもの、血味薬というものが受視されていまして、
家が断絶すると財産が没収されるということもあったそうなんですね。
だから母親としては気が気じゃないんですね。
息子はそれを再三拒否するんですけれども、
そのやりとりを妻が聞いてるんですね。
この光景を想像すると、なかなかホラーな光景なんですけれども、
実際にここからホラーな展開が始まります。
シュート目と夫の会話を聞いてしまった妻は、
新しい妻が来ると、自分は召使いのように扱われて、
お払い箱になるんじゃないかって危惧します。
そこで自ら2番目の妻を連れてくるってことを決意するんですね。
これどういうことかなって私も思ったんですけども、
妻の真理としては2つのことが頭にあるんです。
1つは自分が家のために貢献できるんだっていうこと、
家族の一員なんだってことをアピールしようとしてるんですね。
2つ目は自分の漁しやすい、組みしやすい相手を連れてこようとしてるんです。
このような狙いのもとに妻は2番目の妻を連れてくることに成功します。
そしてこう思うんですね。
もしこの女が子を授かったら、この女が家の財産を引き継ぐだろうと。
そうならないためにこの女が子供を授からないようにしよう。
そうすることが最善なんだと。
そして2番目の妻にこう言います。
妊娠したときには私に教えてね。
何するつもり?
これ人間的にはすごく非道徳的な発想に見えるんですけども、
生物としての生存競争だなとも思うんですね。
例えばトンボとかでも後から交尾したオスの、前のオスの生死を書き出すってことをしたりしますね。
それに似てるなと思ったんです。
自分の立場が脅かされるっていうのはやっぱりなかなか認められないですよね。
復讐の連鎖:二番目の妻の悲劇と生まれ変わり
しばらくして2番目の妻は妊娠して、約束通り最初の性質、性才に妊娠したことを告げるんですけれども、
この性才は妊娠した2番目の妻のお世話を願い出て、
かいがいしく身の回りのお世話をするんですけども、
ほどなくして残念ながら2番目の妻は流産をしてしまいます。
そこから時がしばらく経ちますと、再び2番目の妻は妊娠します。
性才は1度目の妊娠の時と同じようにお世話をするんですけども、
再び流産をしてしまう。
この流産すること自体は、女性としては珍しくないことだそうですね。
以前、私が読んだ本の中に書いてあったんですけども、
妊娠に気づいてないだけで、そういう時点で流産してるケースっていうのはすごく多いんですよね。
統計によると50%超えるみたいな、統計?計算ですか。
研究の結果50%超えるというふうに言われてると。
流産っていうのは、染色体の異常とかを母体が察知して行われる、
そういうメカニズムがあるんじゃないかと。
こんな話を読んだことがありますけれども。
ただ、この2番目の妻の流産はそういう流産じゃないんですね。
身の回りの世話をしてくれた精細が、食事に流産する薬を混ぜてたんです。
そのことを近所の人たちから教えられた2番目の妻は、
3回目の妊娠の時には、それを精細には告げませんでした。
精細は、これまでの作戦が通用しないってことを悟りまして、
この2番目の妻の警戒が緩む機会を待つんですね。
お腹が大きくなった段階にも関わらず、流産させる薬を飲ませるんです。
しかし、これまでの時とは違うんですね。
もう胎児が成熟してるんです。
だから、おろせないんですね。流産しないんです。
母子共に鬼徳の状態に陥ります。
薄れゆく意識の中で、2番目の妻は、精細のせいで自分は死のうとしてる。
このまま死んだなら、私は夜叉女に生まれ変わって、
来世において精細の子供たちを食べてやると。
このような願を立てて死去をしまして、
その家のメス猫に2番目の妻は生まれ変わりました。
一方、精細の方は、それまでやってきた悪事が明るみに出まして、
夫によって殴る蹴るの暴力を受け、それが元で命を落とす。
そして、その家のメンドリ、メスの鳥となって生まれ変わりました。
ここから、悲しき復讐の連鎖が始まります。
仏陀の教えと復讐の終焉
もともと精細であったメンドリが卵を産みますと、
2番目の妻の生まれ変わりであったメス猫がそれを食べる。
これを何度も繰り返します。
失意のメンドリは、生まれ変わったらこのメス猫の子供を食べてやろうと。
そして、それぞれ指揮をしまして、今度は最初の精細がメヒョウになる。
そして、2番目の妻がメスジカに生まれ変わる。
そして、同じことを繰り返すんですね。
2回目、3回目の生まれ変わりが終わりまして、次、4回目の生まれ変わり。
ついに、2番目の妻は最初の人間の時に眼かけした通り、ヤシャ女に生まれ変わる。
ヤシャというのは人外の生き物として仏典には描かれます。
そして、精細の方はサーバッティのある家の娘に生まれ変わります。
娘は年頃になると嫁に行きまして、そこで可愛い息子を授かります。
すると親しい友人が家を訪ねてきて、赤ちゃんを見せてほしいと頼んできます。
そこでいいよって言って合わせたところ、その友人はその赤ちゃんを食べてしまうんですね。
これヤシャ女が親しい友人に化けてたんです。
娘はそれからしばらくして再び子供を授かるんですけれども、またもヤシャ女に食べられてしまう。
そして3度目の妊娠をした娘は警戒をしまして、実家でお産することにします。
無事にお産が済んだ娘は地元で夫と赤ちゃんと共に散歩をしていたところ、
ヤシャ女がやってくるのを目にして慌ててお寺の中に駆け込みます。
ちょうどその時お寺ではブッダが大衆に教えを説かれている最中であったんですけれども、
ブッダの足元に赤子を載せてあなた様にこの子を差し上げます。
どうかこの子を守ってくださいと懇願します。
出家者に手出しはできないだろうって娘は考えたんですね。
申請しされてるんです出家した人って。
属世間とは一線を隔つ存在だって捉えられてるんですね。
この時ヤシャ女はお寺の門番により門前に留められてましたけれども、
ブッダがヤシャ女を連れてくるようにと指示します。
そしてやってきたヤシャ女にブッダは次のように語りかけます。
実にこの世においては恨みに報いりに恨みを持ってしたならば、
ついに恨みのやむことはない。
恨みを伏せてこそ恨みをやむ。
これは永遠の真理である。
このように唱えた後ブッダは娘に赤子をヤシャ女に与えるように促します。
娘は躊躇しながらもブッダの言葉に従い赤子をヤシャ女に手渡すと、
ヤシャ女は赤子にキスをして抱擁して赤子を娘に返して涙を流しました。
その後この娘はヤシャ女の食事を作り、
ヤシャ女は娘の仕事を手伝い互いに尽くし合っていったという風にブッダは物語では締めくくられます。
このヤシャ女は復讐をやめたのは、
彼女が自分のこう失った痛みを思い出したからだとこんな風に言われています。
現代の復讐:ギャングの実話と怒りの代償
それまでのヤシャ女というのは、
自分と相手が断絶した存在として見てるんですね。
でも赤子を抱いた時に、
自分がかつてこう失ったその悲しみを思い出すんです。
その瞬間に相手が自分と変わらない実際の存在であると認識をし直すんです。
こうしないば自分と同じように心を痛め、悲しみに暮れる存在だと。
この認識こそが復讐をやめる一つの転機になります。
そしてもう一つの転機が復讐によって失われたものに気づく時です。
バレに帰ると言ってもいいかもしれません。
この本の中に載っている話、これ実際の話なんですけれども、
1984年アメリカシカゴで大学生ナンバーワンのバスケットプレーヤー
ベンジーウィルソンが射殺されるという事件が起こります。
そこからベンジーを慕う一人の少年カーティスは復讐を誓いギャングのボスにまで登りつめます。
しかし復讐に次ぐ復讐の日々の中で彼は母を失い親友を失い徐々に疲弊していきます。
彼は自分がいつ殺されるか、いつ刑務所に入れられるか不安でたまらなくなる。
そんな中、小学生の息子の修行式に参加すると息子がクラスメイトたちとシカゴの古い歌君こそすべてを歌いました。
これは何度も聞いたことのある馴染み深い歌だったんですけれども、この時はその歌詞がカーティスに突き刺さります。
君は僕の生きる意味だ。君こそすべて。
カーティスは自分が今復讐したら息子が何歳になっているんだろうか頭の中で計算しました。
18歳でした。
カーティスは復讐のためにどれだけ大事な時間を浪費してきたのか、そしてこれからも復讐のために生きることで失ってしまう大事な時間を想像して涙を流し神に祈りました。
神様どうかもう一回だけチャンスを与えてください。
それから彼は苦しみながらも後世して暴力防止活動に従事するようになります。
そんな時いつものように集会に参加するとそこには数十年前にカーティスが復讐を誓ったベンジー・フィリソンを射殺した犯人ビリーと遭遇します。
しかしカーティスは以前のカーティスではありませんでした。
そしてビリーの口から語られた事件の経緯を知り、ビリーと自分の共通点、神話性を感じ取ってビリーを許します。
このSNSとかでいつもレスバしてる人っていますよね。
普通のポストの時には察して正気を感じないんですけどもレスバしてる時ってすごく生き生きしてますよね。
あれは怒りが生きる原動力、燃料になってしまってる、そういう状態だと思うんです。
でもそのことによって人々の信頼とか本来過ごしたはずの穏やかな時、大切な人々との触れ合い、こういう素晴らしいものたちを失ってる。
だから生きる燃料を怒りではない別のものに変えていかないといけないですね。
きっかけって至る所に落ちてると思うんです。
あとはそれを掴むだけです。
自分が損してるって感じるけれども、でもそれを取り返そうとすることで失うものの方がはるかに多いですよね。
復讐の連鎖、些細なことから始まります。
それはやっぱり私たちは肝に銘じないといけません。
エピソードの締めくくり
今週も最後までご視聴いただきありがとうございました。
気に入っていただけた方は高評価、チャンネル登録をよろしくお願いします。
ではまた来週お会いしましょう。
13:51
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