そうだね、春ちゃん。
春ちゃんがなんで加わったのかっていうのを軽く説明しておくと、
それこそね、この番組の13回目くらいだったかな。
ポリアモリーの話っていうのをして。
人気の回だったね、あれ。
で、その時はポリアモリーという概念について2人で考察するというか、
こういう考え方もあるのかっていう話をしていたんですけど、
最後でね、半分冗談というか、
もし、パートナーとか、どういう言い方してたっけ、あの時。
ね、どうだったか。でも、思いがある方がいれば遠慮せずに。
そうだね、気持ちをね、
そういうこういう関係の可能性もあるということを踏まえれば、
なんか自分たちに好意を持っている人は遠慮せずお連絡くださいみたいな話。
怖かったよね、あれ。
あれは一応なんかね、オチ的な感じで喋って。
そうなんだ。
そんなに本気で。
ポリアさんのね、トーンガチに聞こえなかった?
いや、ガチだとは思ってなかったんだけど。
私が冗談通じない人だとは思ってなかったんだけど。
だけど、連絡したよね。
そうそう、連絡をもらって。
まあ、というか、そもそも、はるちゃんからぬきさんにポリアモリーの言葉はね、
なんか、そこで喋ってたから、
そうそう、教えてもらったから。
それで、カモサウスのね、喋ってみようかっていう話になったみたいなところだったよね。
なんか、答えをくれたみたいで嬉しかったけど。
そうだよね。
そうそうそうそう。
だからまあ、自然とね、じゃあもう一回また3人で喋ってみようかみたいになったよね。
で、まあそういう感じで、そこからメンバーに一緒に暮らし始めるということになった。
ということで、とりあえずはるちゃんがね、なんで入ったのかというのを。
いいですか。
で、あれだね、なんか自分たちはもともとこの番組で喋ってるから、聞いてる人はね、
だいたい認識してもらってると思うんだけど、なんとなく何をやってるのかみたいな。
で、はるちゃんがね、たぶん全然知らない人は知らないと思うんで、
今日はちょっとはるちゃんの最近やっているコーチングの話だったりとかしていこうかな。
行きたい。
これからたぶん話出てくると思うけど、そのコーチングの中でちょっとこう3人のそれぞれのキャラクターみたいなのもね、改めて喋ったら、
ここから聞き始める人にもわかりやすいのかなと。
確かに確かに。
するので。
お願いします。
コーチングとは?
コーチングっていまだによくわかってないんだけど、なんですか?
そうだよね。
はるちゃんが今始めたコーチングっていうものは。
なんかそもそもコーチングっていう言葉を知らない方も多いし、知ってても結構こうイメージが、
なんかコーチとスポーツ選手とかのイメージとか。
あとキャリアコーチングとかも最近聞くけど、
どんなふうにキャリアを築いていくのかをコーチが導いてくれるみたいなイメージが多いんだけど、
私がやっているコーチング、コーチングもなんかいろんな流派があるから、
なんか自分でやってるのしか全くわからないけど、
コアクティブコーチングと言って、
特徴としては、コーチがクライアントに力を与えるっていう構図ではなくて、
コーチとクライアントがそれぞれ100%その2人の関係性にコミットすることで、
そこからクライアントが勇気だったり、力をもらうみたいな。
すごい抽象的だね。
でもじゃあ基本は1対1なんだ。
そうそう。
で、行うコーチング。
そうだね。
あれだよね、コーチングの子、ポッドキャスト番組のコーチングの子の運営がコアクティブコーチングってことだよね。
そこで今学んでいて、もうすぐとりあえず一段落して、さらに上のレベルを目指そうと思っているところ。
今は初期コースみたいな感じ。
で、なんか基礎っていうのがあって、その上に応用だっけ?
で、その上に、よりプロフェッショナルになる上級コースっていうのがあります。
なんか宣伝みたいですね。
いやいやいや、でもなんか段階が分かった。
はるちゃんが今、まず基礎コースに行って、
上級、あ、じゃない、応用が終わるところのほうが。
で、プロフェッショナルを目指していっている状態。
いいね、カムスハウスから。
コーチって言えばいいのかな?
コーチだよね。
そうだよね、コーチが。
言われる。
いいね、ね。
なんかその、コーチングの頃の番組聞いたのも大きいけど、
なんか、はるちゃんが実際学んできたのを、練習でね、いろいろ自分たちも受けてみて、
なんていうか、本当に、そうそうそう、こう、
多分一般的にイメージが強いコーチングって解決策を提案するみたいなものだったりとか、
なんか、なんていうのかな、もうちょっとやっぱビジネスの文脈でね、
多分活用されているタイプの、具体的な行動に対してのコーチングみたいなのが、
なんかイメージが強い気がするんだけど、
よりね、そのあり方みたいな、
そうだよね。
なんか姿勢みたいなところを支えてくれるっていうか、
なんかその、そういうのがそもそもあるんだみたいなのもそうだし、
なんていうかな、それがこういう、こういう効果というかな、
なんかこういう良さがあるんだなみたいなのが、
やってみるとね、こうすごく実感しているというか。
もともとはね、もとやさんが勧めてくれて、
そうそう、なんか向いてそうだなと思って。
すごい。
いやでも本当に良くて、
これをね、聞いてる方全然自分のこと知らないと思うけど、
なんかその作品を作ってきた自分の姿勢、
作品を作る時の姿勢みたいなものと、
コーチであるってことがほぼ一緒っていうか、
もう全く一緒なので、
コーチングを、作品を作るのと同じ自分のあり方でコーチングができるっていうのは、
なんか教えてもらって、本当に今夢中になってるよね、自分が。
ね、輝いてるよね。
ね、なんかその、なんていうか、
まあ多分コーチングもね、その人によっていろいろなスタイルがあると思うんだけど、
なんか、はにちゃんのなんかその特性というかね、
得意な部分をすごい活かせてるなって感じがする。
嬉しい。
いや、わかる。私もね、コーチングね、何回か受けさせてもらったけど、
本当初めて受けた時から、
アーティストのね、はるかさんとあり方が変わらないなっていうのをすごく感じたから、
初めてやってることみたいな感じでは全くなかった。
そうだよね。
なんかその、学び始めてからのなんかその吸収の仕方がすごいスムーズというか。
どっちかというとグレードアップはるかみたいな感じでやってるように見えたね。
あとさっきのその、あり方にアプローチするっていうのが、私も受けてみてめっちゃ新鮮で、
なんか行動だとさ、どうしてもなんかプロジェクトというのかな、
なんか一個一個のことでしか相談できないじゃん。
でもあり方をコーチングの中で自分がつかめると、いろんなシーンで影響があるなっていうのがすごい受けてみて、
あの良かったところとか面白いなと思ったね。
そうだよね。私もなんかコーチングを習ってみて、
やっぱりこのあり方、ビーイングみたいなところをしっかり自分が選んでいれば、
その先の行動を選ぶときに違和感のないというか、
自分の行きたい方向の行動が選べるんだなっていうのが、
なんかアーティストの人はビーイングって結構しっかり持ってはいるけど、
それが結構行動とつながってない。
あるね。
あるある。
コアクティブコーチングが、なんか自分にとって新鮮だなって思ったのは、
自分はずっとアートセラピーとかアートでビーイングをすごい考えてきてて、
でもそれがこう、じゃあ実際日常でそれを活かすというか、
そのビーイングを尊重したまま生きるってどういうことなんだみたいなのが難しかったのが、
なんかコアクティブコーチングはビーイングを確認して、
ルーイングすることで、ルーイングがよりビーイングを強くしていくっていう循環みたいな。
めっちゃいいじゃん。
めっちゃいいよね。
めっちゃいいじゃん。
めっちゃいいよ。
信者だもん。
いいと思う。
そうか、確かに循環していくんだね。
ね。
そうそう、だからなんかその、やっぱりこのビジネス的な文脈が一番、
コーチングって利用されやすいんだと思うんだけど、
全然なんかそれ以外でも役に立つというか、意味があるなと思ってて、
だからそれこそカモスハウスとしてやっていきたいなって思うのは、
やっぱそのアーティストの人との関わりをしていくときに、
なんかそのコーチング的なコミュニケーションができた方が、
よりその人の力、あり方とそのやることみたいなのが結びつけられるのであれば、
それって結構なんか、いいことだなと思ったりするので、
なんかうまくそういうのやっていきたいなって思ったりしている。
本当にそうだよね。
なんか結構その、作っているときの自分が好きだけど、
仕事をしているときの自分とそれが分断されているという作家さん本当多い。
みんなね、私もそう感じてきたし。
そうなんだよ。
なんかそこを統合していくというか、
何をするのも自分のありたい自分でやるみたいな。
いいね。
いいよね。楽しくなるよね、人生が。
あれかな、それぞれの今のなんだっけ、
人生の目的。
それ、あれが一応そのビーングの具現化した、言語化したものみたいなことになるのかな。
そうだね、なんかみんな人生の目的って張ってって感じだったんだけど、
なんかそのまま聞くと、
コーチングの中に人生の目的っていうツールがあって、
なんていうんだっけあれの、イメージ?
インスピレーション?イメージワーク?
イメージワークか、イメージワークを通して出てきたキーワードから、
その人の人生の目的が何なのか、どこに向かっているのか、
どういう自分になっていきたいのかみたいのを、
私はなんちゃらする、なんちゃらですっていう、文言にするっていうワークがあるんだよね。
で、それを2人にもね、やってもらったんだよね。
やったね。
やりました。
どうでした?
どうでした?
とりあえず何になったかっていうのを。
うん、そうだよね。
ちょっと誰から?
やったことか。
どうしよう、じゃあ自分から?
自分のは、グラスを磨き続けるパーテンダー。
仲良きでも面白いな。磨き続けてんだね。
これは何か説明した方がいい?
そうだね、そうだね。
説明しないとよくわからないよね。
結局、いろいろなイメージを一回膨らませた中から選んでいくんで、経緯説明すると難しくなっちゃうんだけど、
最終的にたどり着いたところとしては、
自分がすごいよく普段から何かを考えているみたいなことが、
そういうグラスを磨き続けているみたいなのと、イメージが重なっていて、
バーテンダーがグラスを磨き続けるっていうのって、結局ゲスト、お客さんを迎えるためなので、
そういうモチベーションですごい自分は考えたりとか、何かインプットしているんだなっていうのがわかって、
そのスタンスはすごいしっくりきているというか、
だからすごい考えるのが好きな人とかでも、もっと研究者的な人とか、
あと、もうちょっと意味のあることというか、何か具体的に何かを解決するためのことを考え続けている人とかいると思うんだけど、
自分はそのグラス磨く的な感じで考えているっていう。
だから誰が、誰のためなのかとか、その必要になるタイミングがいつなのかわかんないけど、
磨いておいて、必要になったらそれで何かを提供するみたいな感じかなと思っている。
なるほどね。
なんかあり方としてナチュラルな感じだね。
何かね。
ナチュラル。
まあ、何かよく言うけど、積極的受け身な感じなんだなって。
そうだね、そうそう。何かその感じが結構一番そのグラスを磨き続けるバーテンダーっていうのの何か存在感で、何か言い表せるなと思って。
あとね、モテさんを知ってる人とかこの番組聞いてきた人からすると、バーテンダーっぽいって感じだよね。
渋みとかさ、何て言うの、貫禄というか安定感とかがね、バーテンダーっぽいってなると思う。
そうなんだよね。何かそのちょっと接客の要素があるみたいなのは、何かね、自分にとって大事なところかなっていう気がする。
おもてなしをするみたいな意識がね。
好きだもんね。
だからやっぱ何か単純にこう引きこもって考え続けていたいわけでもないし、
でもすごい釈放性、何か自分からグイグイ行くみたいなのでもないし、
そのバランス感としてバーテンダーぐらいかなみたいな。
何か面白いな。
まるちゃんはこれ聞いた時納得あった?
うん、すごく。何か特にもってやさんらしいなって思ったのは、何かその考え続けるってことを、
その磨くっていう行為に置き換えてるっていう、何かその、確かに。
何て言うんだ、前この文言作った時に、何か身体地を伴って考えたいみたいなこと言ってたよね。
そうだね、そうだね、そういう話もなんか盛り込まれてるね、確かね。
何か単純に学ぶっていうことだけではなくてね、何か自分結構その手で考えてるみたいなところがあるから、
手が止まっちゃうとちょっとあんまり良くないなみたいな感じはしている。
何かその辺がらしいな。
確かに、確かに。
何か魅力が現れてるよね。
だから何か、やっぱりそういうね、こう研究者、実学者とか研究者的な側面もある気がするんだけど、
何かそれで位置づけてしまうと、何か自分のその一番、何て言うかな、
エネルギーの出るポイントからちょっとずれてる感じがするというか。
はいはいはい。
そのグラスを磨き続けるバーテンダーあたりが何か一番、
何て言うかな、自分のエネルギーが効率よく出せるあり方って感じがするんでね。
なるほど。面白い。
はい、まあそんな感じです。
これ何か話してくとね、めっちゃいつまでも話せてしまう気がするから。
はい、るきさんの。
はい、私はみんなから、なんだかな、そうだね、みんなから応援されるパンクロッカーです。
はい、ていうのが人生の目的。
こうなったのは、何かその、このね、言葉を出すにあたって一個指標になったのが、
ブルーハーツのね、コウモトさんなんやけど、何かこう、
そういうコウモトさんに憧れがあって、
それはステージでさらけ出すっていう、全てをさらけ出す姿勢がめっちゃかっこいいし、
私もそうありたい、そうあらないといけないっていう思いがあって、
そこからパンクロッカーっていうイメージが来ている。
そこをもうちょっとこう、解像度を上げていくと、
何て言うんだろうな、ステージっていうのは、まあ一つのメタファーで、
実際に舞台じゃなくてもいいと思うんだけど、
何かステージのようなところで、みんなの前に立って応援されることで力をもらえるし、
その力をもらって、自分がさらけ出すことで、みんなに愛情を送れるんじゃないかなっていうのが、
今まで自分が特に制作とか、アートの面で頑張ってきたこと。
なるほどね。さらけ出すことだよね。作品作るって。
そうそう、いかに抜けるかじゃん。それも美意識を持って、ただスポンポンになればいいわけじゃないから。
というのが私の目的です。
いや、なんかこうやって改めて喋ってもらうのいいね。
自分で説明してもらうみたいな。
確かに。
何かより深まるね、理解が。
そうかも、そうかも。
確かにね。
でもなんかあれだよね、りきさんのそのイメージは、結構人によっては意外に思うだろうね。
なんか、やっぱその、こう、3人の中でも意外と一番ロックというか、確信にあるものが。
そんなほんわかしてるのにね。
気づいてる人とそうじゃない人がいる気がするなと思って。
だいたい気づいてないんじゃないかな。すごい、どっちかっていうとこう。
そうだね、癒し系みたいな。
そうそうそう、言われたりする。
かわいいね。
かわいいね。
でもね、なんか、ロックミュージシャンって意外と、なんかそういう様子、何て言うんですか、癒し要素もあるからね。
だとある。
小本さんも英語、日本語、日本語を勉強する時に、
僕はロックミュージシャンというのは、すごく成人ですよね。
ミュージシャンって意外と、なんかそういう様子、なんて言うんですか、癒し要素もあるからね。
だとある。
小本さんも永遠の子供だよって。
そうそう、なんかそういう、一瞬回って可愛いみたいなのもあるから、なんかね、そこの部分が先に伝わるとそうなるみたいな気もするんだけどね。
なるほど。
あれだよ、やっぱ尖った部分が、まだなんか、そんなに表面化してないというか。
確かに。
感じがする。
じゃあ、これからは出していく方向で。
コーチングしてるとね、そこのなんか激しさが結構出てくるよね。
いや、それが面白くて、なんかルンルンともう何回くらいコーチングしたんだろう。
6回とかかな、何回か。
して、なんかどんどんそのなんか、人狂的な、逃走心みたいな、なんかその怒りをエネルギーに変えていくみたいな、なんかそういうメラメラ感みたいなのが、なんかロッカーなんだみたいな、パンクなんだっていうのが、すごいね、感じるよね。
感じたね。
そう、普段のね、友達とかとの雑談とか、日常会話では出てこないね、ハルちゃんからの問いかけに応じていくと、そういう部分が出てきちゃうんだよね。
なんか、筋通せよ、みたいな部分が、なんか根っこにあるんだなっていうのを自分も、それこそ身体感覚で分かっていくような感じがあったね。
なんかこう、熱くなる、ちょっと体温が上がるみたいな、なんかでも元気出てくるっていうか。
なんかやっぱり、そんな、何ていうの、戦う姿勢に愛があるんだよね。じゃない?今日も思ったけど。
ああ、そうですか。そっかそっか。愛だったんだ。
愛だと思う。
いいね。
なんか、お前まだやれるだろう、みたいな感じの、立てよ、みたいな。かかってこいよ、みたいな。
あ、でもそうかもそうかも、めっちゃあるよね。
なんか、ひよられるとね、すごい悲しくなるみたいな。いけるやろ、まだ、みたいな。
ああ、なるほど。
ね。
面白いですね。
はい、バックロッカーなのぞみの木でした。
はい。
その、タンクロッカーのその、ビジュアルイメージが、私の中ではコジコジが、なんていうんだっけ、ライダース着てる、だからやっぱ可愛いになっちゃうのはしょうがないなっていうのはあるね。
確かにね。コジコジがライダース着てても可愛いよね。
なんか、ちょっと着られてる感含めてね、面白いっていうか。
大本さんじゃなかった。
でも近いか。
そんな変わらないかもしれないね。
エッジは効いてる。
すごい。
だ、私だ。
で、自分もその人生の目的を作る段階になった時に、
魔女とかとも迷ったんだけど、やっぱり登山家なんだなと思って。
それはなんか、なんて言うんだろうな、
自分の中の確かなこととして、
自分が恐れを感じたものとか、
課題だと感じてしまったものを迂回したり無視したりできない感じが、
で、必ずそこに立ち向かないと気が済まない。
なんか、なんて言うんだろう、
なんかその登山家がそこに山があるから登るんだっていうのと、
ちょうどなんだよね、ほぼたぶん。
かっこいいな。
でもなんか、だから最近そういうドキュメンタリーとか見て、泣くもんね。
足とかさ、なんかこうね、怪我したり、あるいはなんかこう、
餌食しちゃったりとかして、それでも登ろうとしてるのを見て、
なんかそうだよね、みたいな。
なんかなんで登るのとは思わない。
だって登らないと死んじゃうもんね、みたいな。
なんか自分の中で、その挑戦して、
恐れに向かっていって、その先に見える景色を見ることが、
自分にとって一番重要っていうのは、すごく確かで、
なんかその姿勢が、やっぱ作品作るのもそうだと思うんだけど。
そうだね。
なんか自分を言い表してるなっていう。
なんかその、登山家がすごくいいと思うのは、
なんていうんだろうな、登山って、いろんな景色があるじゃん。
その山頂に行くことだけが目的じゃなくて、
なんかその途中でいろんな景色があったり、めげそうになったり。
なんかいろんなことがあるのを、全部こう味わってる。
味わいながら登っていくみたいな。
たまたま、そのコーチングのコーチをするっていうことも、
あ、山岳ガイドなんだな、みたいな。
その人の山を登るのを、後ろから、行ける行けるって。
一緒に、その眺め、途中の景色を楽しんだりとか、味わったりしながら、
安全にというか、登っていく、一緒に登る人。
励ましながら登る人なんだなと思って。
なんかやっぱ、登山家ぴったりだな、みたいな自分だから。
ね、登山家も不思議な存在だよね、やっぱね。
そうだね。
逆観的に見たらね、なんでそうやってるの?っていう感じだからね。
確かに。
別に平地を歩ってた方が楽じゃん、みたいなことをね、なんかしてるからね。
なんか、面白いよね。
そうなんだよ。
だから、自分が今までやってきたことって、
正直、直接的には誰の役にも立たないし、何も生み出さないんだけど、
でも、なんかやっぱ登山家のいる意味ってやっぱりあるなって感じ。
存在がある。
挑んでいるということを、挑み続けているみたいな。
なんかそういう、自分にできることってそういうことだな、みたいな。
直接何かを生み出すというか、与えたりとかできないんだけど、
自分の存在が、人に勇気を与えるような存在、コーチでありたいみたいな。
そっかそっか。じゃあ、その人生の目的をちゃんと果たせていると、
もちろん自分にとっては絶対いいだろうけど、周りにとってもいいってことなのかな?
もちろん。もちろんそうだと思う。
いいね。
すごいいいじゃん。
その本人が、自分でしっくりくる人生の使命みたいなものをやれていたら、もちろん周りにいる人はいい影響を、
波紋のように、ドミノがこう倒れていくみたいに受けると思うけどね。
そうだよね。さっきも言ったけど、自分のエネルギーが一番効率よく外に出せる形って感じがするから、
人生の目的になっているあり方みたいなのがね、そうなんだよね。
やっぱ自分もそのバーテンダー的にあり続けるっていうのが、
しっくりくるのと同時に、なんかこう、今の、なんていうかな、
そのままだとバーテンダー的でない部分みたいなのもあって、そこはちょっと頑張らないといけないみたいな感じもしている。
でもなんかそれを頑張ることで、結果的になんかそうね、自分のエネルギーが一番いい形で、そこを注げるなぁと思うから、
そこを抑えておくのってすごいいいことだなと思う。
なんか何のために頑張っているのかが、こう掴みやすくなるというか。