今お話しいただいたところに全然まだまだ入りきってない奥行きがいろいろあるので、僕は今日はそこを皆さんにもお伝えしていきたいなと思っておりますが、ちょっと簡単にですね、京都に来るまでの返力みたいなところをお伺いしていきたいんですけど、出身はどちらになるんですか?
出身はですね、名前が大三社というごっつい名前なんですけど、沖縄ですね。
沖縄なんですね。
沖縄と言っております。生まれは長崎なんですけど。
長崎、沖縄と来て、そこからすぐ京都っていうわけでもなかったんですかね。
高校までが沖縄なんですけど、大学から上京しまして、新しい方の京ですね、東京の方に行きまして、そこから社会人もちょっと数年して、その後は一度京都12年前ぐらいに京都に1年ぐらい住むという機会がありまして、
ゲストハウス、拠敵近くの西本願寺近くのゲストハウスでフリーアコモデーションでて、手伝う代わりに寝泊りタダですみたいなので、1年間ぐらい住みながら、のびのびとやっておりました。
京都に来たきっかけは何だったんですか?
京都はですね、たまたま東京で社会人生活をしてる時に、当時ですね、ノマドという言葉がちょうど流行ってた時期で、ノマドワーカーって言葉が流行ってたんですけど、ノマドワークってどこでも仕事ができますみたいな感じで、Wi-Fi探してますみたいなのがあると思うんですけど、
当時アンドミフユさんだとかそういう方が有名だと思うんですけど、なんかああいうのってどこでも仕事できるってキャリアがないと仕事できないなみたいなところ、ちょうど23、24ぐらいの時だったんですけど、キャリアがないからできないなと思ったんですけど、
友達がノマドライフはできるんじゃないかって話をしてて、
ワークじゃなくてライフの方。
友達は会社員だったんだけど、会社に勤めながら1ヶ月ごとに住む場所を変えてたんですよ。
それめっちゃおもろいなと思って、キャリアがなくてもノマドライフはできるんだと思った時に、どこでも住めるやって思って、ちょうど仕事を東京での会社を辞めたタイミングで、じゃあ次どこ行こうかなと思って、
たまたま兄貴が関西に大阪で住んでて、大阪に1回仕事を辞める前ぐらいに行って、ついでに京都に来たらゲストハウスのオーナーとたまたまで会って泊まりに行って、
来たいんだったら来ていいよって言われた。
ウェルカムされたんですか。
ウェルカムされて、じゃあ行きます。
僕は沖縄出身ですけど、沖縄と東京って同じ国、日本だけど全然違うじゃないですか。
僕は外国語大学の日本語学科だったんですよ。
日本人なのに日本語学んでたっていう。
外国に興味持ってきたのに、周りは45人ぐらい定員の中で30人が留学生なんですよ。
日本面白い面白いって言ったら周りにめっちゃいて、そうなのかなみたいな。
って言うと、意外と国内もめちゃくちゃ多様性があるんだなみたいなのを実感として持ってて、関西と関東って微妙に文化違うなって思ってたので、国内留学と思って、
どうせ今後住むかわかんねえんだからと思って、京都に住むことにしたんですよ。
それが12年前ぐらいですかね、23、24ぐらいのときですかね。
結構住みましたね、1年間。
1年間ですね、なんだかんだでグダグダじゃないですけど。
その時の経験が僕の中で今の仕事に繋がってると思うんですけど、
当時フリーランスとして、個人事業主としてライターとして仕事をし始めた頃で、最初はビジネスというかウェブマーケティングとか超仕事っぽいことを書いてたんですけど、
それこそ京都に来て、当時コーヒーミーティングっていう、コーヒーを一緒に飲もうぜみたいなマッチングアップみたいなのがあったんですよ。
そしたらそのマッチングアップで出会ったのが、このつなぐむの代表の、京都代表の田村篤さんで、
出会って地域の話とかをするようになって、あんま地域とか街づくりとか、ぶっちゃけそんな興味なかった。
大学のときもそういうこと関わってるやつめっちゃ意識高いなと思ってたんですよ。
ちょっと遠目に見てたぐらいやったんですね。
めちゃくちゃ遠目に見てたんですけど、そこから距離を置きたいなって思ってたのと、あと沖縄地元に対していいイメージがなかったので、
地元って田舎だよねみたいな風にしか見れてなかったのを、地元面白がるという名を僕は学んだっていう感覚があって、
その後にまた田中優さん、京都代表の田中優さんとかにも話をして、その2人から結構マインドを学んだみたいなのがあって、
ちょっと声かけてもらって、地域のこともちょっと書いてみないみたいなところでイベントレポートだとか取材をするっていう風にしていくと、
めっちゃおもろいやんと。
さっき言ったノマドライフはできるんじゃないかなっていうのも、
自分の働き方とか暮らし方をもうちょっと生活実験したいなとか思ったタイミングだったので、
いろんな人の話を聞きに行こうっていう全国の視野が広がって、小島に住んでみたりとか、
いろいろ取材で回るみたいなことをして、なんだかんだで鳥取にたどり着いたっていう感じです。超凝縮すると。
なるほど。京都から鳥取に流れ着くまでもなんやかんやいろいろあって、全国も回って、鳥取。
そうですね。その後、鳥取は今8年目になるんですけど、8年目で、なんとなく地域に関われて10年スパンだなって思ってる中で、今8年目。
自分で事業を一応会社の中で動かしたりする中で、ずっと自分で場所を作っていく、お店を作っていくとかスペースを作っていくってことをやってると、
多分ね、やってる方とかなんとなくわかってもらえると思うんですけど、コミュニティマネジメントとか関わってる人、
場を持ってる人ほど場の外に出た方がいいっていう感覚って絶対出てくると思うんですよ。
ずっと内向きに視野も含めて閉じるんじゃなくて、外に出る。
その感覚がまさに今あって、もうちょっと自分がやってることとかを外にも伝えたいし、
めちゃくちゃ鳥取の大仙町という大きい山と書いて大仙町なんですけど、皆さんがイメージする砂丘とは反対側ですね。
ゲゲゲノキ太郎の境港もちょっと近いところになりますが、あそこ1万5千人ぐらいで、鳥取って一番人口少ないんですよ。
人口どれぐらいかわかりますか。
県で?
鳥取、京都市が140万ぐらいですけど。
一番少ないんですよね、20万。
20万、そこまでです。52万ぐらい鳥取県でですね。
東京とか当時、東京1600、ざっくり1600万台って考えるとめちゃくちゃ少ないじゃないですか。
そういう人口が少ないところで何かをやるっていうことをすごく実践してくる中で、いっぱい場所はあるんですよ。
僕今3軒ぐらいテナントも含めて借りてるんですけど、家も。
ただ場所もあってアイディアもあるけど、やる人がいないってなってきたら、人をどうやって連れてこようか、人さらいしてこようかってなってくると、僕もうちょっと外出ようみたいな。
すごく前段長くなりましたけど、だから行き来したいなっていうので、考えたときにたまたまこの京都市の町づくり、共同コーディネーターという、町づくりとは何だろう、共同コーディネーターとは何だろうみたいなことをすごく常に考えながらなんですけど、
仕事を今させてもらって2ヶ月がちょうど終わるぐらいですかね。
そうなんですね。
そしたら鳥取に京都来られてゲストハウス住み込みしながらライターの活動がいろいろされて、鳥取行ってそっちでもご自身で会社立ち上げていろんな事業されたり、地域の活動とかにも関わったり、いろんなご経験があったと思うんですけど、
そこからまた外に飛び出て京都に関わって、今2拠点をしながらそれぞれの地域の良さとかも多分感じていらっしゃるんじゃないかなと思うんですけど、
そこの外飛び出てみて感じた良さだったり、それぞれの地域性だったりとかってどんな感じですか。
そうですね。本当に町と田舎みたいなところを今行き来してるなって、ちょうど昨日鳥取大選から戻ってきたばっかりなんですけど、本当に家の管理で草刈りめっちゃ頑張らなきゃいけないなってところがあったりとか、
一応猫5匹と一緒に生活してる小民家でなんですけど、単身赴任で今来てて、帰るときめっちゃ寂しいなとか、そういうことも感じながらなんですけど、
やっぱり町の方がやっぱりより分断されてるなっていう感じでした。京都市とかある程度大きな町の方が分断されてて、
何と何の分断。
なんか本当属性ですね。例えば今京都市のお仕事させてる中で福祉をどうやって町づくりに活かすかみたいな、福祉の町づくりって部署もあるぐらいなんですけど、そんな細かく分かれるんだって最初思いましたけど、
例えば向こうだと、僕元々保育所だった場所、廃園になった保育所を利活用して新しい公民館を作ろうみたいなプロジェクトとかも、それも7年8年目ぐらい関わってるんですけど、
そこに関わる人って当たり前におじいちゃんおばあちゃんがいるわけですよね。
僕が今住んでる集落は23世帯ぐらい。最初来たばっかりの時は29世帯あったんですけど、どんどん減ってるねっていうのもあるんですけど、僕が一番若いんですよ。今年37になるんですけど、僕が一番若くてそれ以外みんな70代80代っていう。
何か一緒にやるってなったら、上の方を考えながら一緒に動かしていくので、嫌でも福祉っていうものを身近に感じるんですよ。
だけどこっちの場合は、若い人は若い人だけで集まったりだとか、このクリエイターはクリエイターで集まってるとかなので、他の属性の人となかなか意識的に会おうとしないと会えないみたいな、それがマチかなと思ってて。
東京都は同人って言葉がありますよね。同人誌だとか、ちょっとオタクっぽい言葉って印象もしかしたらあるかもしれないですけど、同人を見つけやすいのが割と都会で、田舎とかだとなかなかいろんな違いがある中で一緒につながり、それをしがらみと感じてる方もいると思うんですけど、そこら辺の人とのコミュニケーションの仕方はだいぶ変わるようになって、距離感みたいな話ですかね。
答え入れてるかわかんないですけど。
本当おっしゃるように、コミュニティの単位とか作られ方とかが全然街と地方とで違うっていうのはその通りだなと思いましたし、それコミュニティだけじゃなくて、街作りの進め方、それこそ都市だとどうしてもある程度分業制でセクションを区切っていかないとうまく回せないみたいな、
おそらくいろんな街の都市計画みたいなところの考え方とかもあって、地域だとそもそもみんなでいろいろ献認しながらやらないと人手的にも回んないみたいな事情の違いとかもいろいろあったりすると思いますし、そういうところの話ちょっともうちょっと聞きたいなと思っていて、
特に聞きたいなと思っているのが、大西さん結構ご自身で会社も立ち上げたり、最初はライターとかの切り口だったかもしれないですけど、いろんな事業関わってこられたと思うんですけど、そういう事業作りみたいなところの、どういうことを意識しながらやってるんですかみたいなところとか、鳥取と京都での事業の作り方の違いとかもあるのかなと思ったり。
そうですね。事業作りで意識してるっていうことは特にないんですけど、とにかく雑談から仕事が生まれるという経験しかなくて、鳥取において名刺を作ったことはないんですよ。
だから名刺を持たずに活動をしていて、来たばっかりの1年目はただただニートだったんですよね。ほぼニートみたいな生活をしてて、ニートの大三茶っていう。大三茶っていうのがただ一緒に飲み会だったりだとか、それこそさっき言った保育所のところをこれから地域の中で活用して利活用していって、その運営の組織を立ち上げるみたいなところが関わる中で行くと、なんだこいつはってなるんですけど、
ちょっとずつ信頼関係と言いますか、一番最初はよそ者、若者、馬鹿者が来たみたいな感じなんですけど、でも一緒に例えば夏祭りとかでゲリラ的にスイカ割りをやったらどうすかって言ったら、めちゃくちゃ盛り上がって大三茶やるなみたいな感じとか出てくるんですよ、60代70代の。
そうするとちょっとずつ発言権というか、自分の言葉を聞いてもらえる率が上がっていって、ただただこうしたらどうですかっていうだけじゃなくて、よくありがちな地域の中で企画が出るけど誰がやるの問題って出てくると思うんですけど、こういう企画出すので僕もやりますって言って、その組織の企画を出して動かしていくっていうことをやると、
何となく大三茶はこういうことができるんだっていうことが、そこの場作りを通して分かってもらったんですよね。それを見てこういうことができるんだったらこの仕事お願いしてもいいとか、場ができることによって定期的にご飯会とかお茶会みたいなのやってたんですけど、話をしてると、それなんか私も気になってて、でもそれできる人探してたんですよねみたいなところから、
過去にこういう仕事やったことあるんで、やってみますみたいなので仕事が広がり、その仕事行政の仕事なんで、行政の仕事は法人格ないと受けれないんですって言われて、なんかできちゃった。
なりゆきで会社を立ち上げざるを得なかった側面もあったんですか。
そうですね。でも逆にそれが面白いなと思ってまして、例えば都会とか特にこういう場所って、なんか起業するってちょっと意識高いというか、なんかめっちゃ頑張ってないと会社ってできないものみたいな感じがあると思うんですけど、本当にできちゃったか生まれちゃったかが結構あって、
僕は学生の頃、バーテンダーみたいなところ関心持ったら自分でお店をやりたいとか思って起業を目指したけど、結構挫折した口なんですよ。
バーテンダーもされてたんですか。
それ言ってなかったですね。今も出張専門でやってるんですけど、挫折してそういうのは向いてないとか思ってたら、でも結局ある意味社長になっちゃってるわけじゃないですか。
社長かっこ笑いなんですけど、その状況が面白くて、フェイスブックのプロフィールにそうじゃない選択っていうキーワードを書いてるんですけど、
普通だったらこうだよねみたいなってあると思うんですけど、ある意味そうじゃない会社の作り方の選択肢の一つだなって思った時に、
僕はどっちかというと、みんな普通に目指す方向とか、普通はそういうふうな選択するよねっていうものじゃない、今っぽく言うとオルタナティブですね。
オルタナティブの選択肢をどうやって暮らしとか仕事の働き方で提供できるのかとか、自分がある意味実験ボルモット的に大三者がああいうのやってるよね、みたいな感じになったらいいなというのが一応軸としてあるというような感じですね。
なんかめっちゃ素敵ですね。なかなか都会に染まりきっていってしまうと、そうじゃない選択ってどんどんできなくなってしまう。
そういう選択がすぐ脇にあることにもあんまり気づかなくなってきてしまうのが、多分都会に染まるっていうことだと僕は理解していて、
そうじゃない暮らしとかが特に田舎だと作りやすいっていうのもあると思いますし、京都市で見た時には京都でもそういうそうじゃない選択がしてきたからこそ大三者さんが今こういう働き方されてらっしゃると思うんですけど、京都でそういうこともできる感覚はありますか?
そうですね。いやできると思うんですけど、選択をするっていうめちゃくちゃ精神不穏になっちゃうんですけど、選択するのは本人しかできないって思ってるんですよ。
でも選択肢はいろいろあるわけじゃないですか。僕は割と自分で何かを変えれない人間だなって思ってるんです。
都会に染まるって言葉があったんですけど、すぐ染まっちゃうタイプなんですよ。リトマス氏的にバッて色が変わっちゃうんですけど、だから京都に来たら自炊を全くせずに、マックとか牛丼ばっかり食ってるみたいなのが、そこの場所の持力と言うか引力と言いますか、こういうふうにするのが当たり前だようにすぐ引っ張られちゃうんですよ。
でも定期的に取っ取りに行くことによって、あっちの価値観に引っ張ってもらってるみたいな感じもあって、だからあんまり意識高いっぽい行動をすると環境が人を変えるみたいなのがあって、僕は自分が変わろうと思わなくても環境が引っ張ってくれることって結構あると思ってて、だから行くとか体を動かすっていう選択だけはすごく大事にして、とにかく行くぜみたいなのは常に考えてますね。
そうすると、ここでの当たり前、京都での当たり前が取りでの当たり前じゃないっていうこととかをちゃんと認識できると言いますか、だからとりあえず行ってみたらってはいつも思いながら、特に移住考える方とかも東京とか京都、どこからかわかんないですけど都会から他の場所に移住しようって考えてる方が、
例えば東京から京都に移住する方が、東京の頭だけで、東京で暮らしたらこうっていう頭だけで京都の生活考えても全くイメージわからないってことですよ。
確かに。
京都に行ってみる、できれば行ってみる、1週間とか2週間行ってみることで感じられることっていっぱいあると思うので、まずは体を置いてみるみたいな、そこで気づくことの方が多いのかなとは常に。
いや間違いないですね。
めちゃくちゃ精神論ですけどね。
本当すごい大事な考え方だなと思いながらお聞きしてました。
飛び込んでみる、体験してみる、いてみるみたいなのを考えるときに、雑談からその仕事が結果的に生まれてきたみたいな、これまでのキャリア歴もある中で、結構そこの決断ってある意味、勇気がいる選択でもあるなとは多分リスナーの皆さん思うような気もしていて、
地域に入っていく、新しい場所に飛び込んでいくっていうところでの仕事の作り方だったり、仕事も仕事って言っちゃうとちょっと強いかもしれないですけど、小飽きないってよく言ったりもすると思うんですけど、そういう小さな自分のそこでの役割だったり飽きないみたいなのの作り方って意識してたこととか経験的にどうですか?
仕事に雑談していく中で、それこそまずは聞くっていうことをめちゃくちゃ大事にしますよね。これと皆さん同じだと思うんですけど、取材をすることも聞くことだと思いますし、バーテンダーとしてお客さんの話を聞くっていうこともそうですし、今だと警長って言葉とかがあると思うんですけど、それに近しいことはめちゃくちゃやって、聞いた上で自分が解決できることを提案するか、
自分の知り合いができそうなことを提案する。ぶっちゃけ別に自分の仕事にならなくてもいいと思ってるので、他の人が紹介できるよって言ったら、でも直でコミュニケーションはできないから、僕が間に入ってってことでコーディネーター的な仕事、ディレクターっぽい仕事が生まれるだとかもそうですし、
あとは、地域の中でカフェがあったらいいなとか、飲食店がないエリアなんですよ。僕がいるとほとんど。歩いて30分とかじゃないといけないとか、そこでやっぱカフェみたいなのがあったらいいなって言ったら、じゃあ僕やりますってところがちょっと飽きないなったりだとか、割とちょっとしたことだと思ってますし、
さっきの同人みたいな話と専門性が高いみたいな話、都会の方が専門性が高いみたいな話ってよくある話だと思ってて、沖縄に移住された方が元々ヤフーとかで働いてて、ヤフー検索のこのUIデザイン、わかんないですけどそのデザインをそこの検索だけのデザインをニッチにめっちゃやった方なんですよ。
沖縄に行って、そんなことやってました?って言ってもみんなピンとこないですよ。だけどチラシ作り回すのが仕事をもらえるわけですよ。だから、より地方とかに行けば行くほど、より副業生と言いますか、複数の副業と言いますか、いろんなことを広く浅く、だけど自分の専門性の軸はここっていうのを持ちながらやれた方が結構仕事は作りやすいのかなって思いますし。
これこそ、一番最初僕が京都来た時に田中雄也さんが話してた、なるほどなって思ったことを実感していることとしては、京都の上の方とか山の方とか行った時に、エクセルをできないおじいちゃんのお手伝いをしたら小遣い1万円もらったみたいな話って、ほんとそうで、僕も今移住してお米の組合のエクセルをまとめるで、めちゃくちゃ小遣いもらった記憶があって。
悪い妖怪がいても悪い人間がいても懲らしめるんですよ。あくまで中立というか、妖怪の話も聞けば人間の話も聞くみたいな、コーディネーターって割とそういう存在だなって思ってて、真ん中に立つ。
ただ真ん中にずっと立ってるわけじゃなくて、行ったり来たりあっちにこっちにみたいな感じで、割と今の仕事って区とか市とか、前回の太谷さんは右京区担当なんですけど、ちょっと補足をすると、僕は本庁好きで、割と言ってしまえば自治会、庁内会だとかの全エリアだし、
今、新しく動き始めてる区支所の動きとしては7地区ぐらい関わらせてもらってるので、めちゃくちゃ広いんですよ。
で、動き回らせてもらって、なるべく現場に足を運ぶみたいな、週4勤務の中でほぼ週3ぐらいは外に出てるみたいなこととかをやってるんですけど、
で、やっぱ区と市って考え方がやっぱり違かったりしますし、また同じ区の中でも、やっぱその課長級の方と係員さんの中でも多分微妙にちょっと現場感と全然違ったりするので、そこのいろんな、あと住民さんもいらっしゃるじゃないですか。
そこのいろんな間に入って、そうだよねっていう、ちゃんと聞きながら話をしていくっていうのが北郎っていうことなのかなと思ってて。
で、結構妖怪っていうものを僕は美月しげるさんを通して興味持つんですけど、妖怪っていう存在自体があっちとこっちを行ったり来たりする存在という、あの世とこの世を行ったり来たりするみたいな感じで、
なんか僕は鳥取と京都を行ったり来たりしたし、僕はバーテンダーとライターとみたいないろんな仕事を行ったり来たりするからこそ、なんかその境界を越えれるからできることがあるんだなみたいなのが多分今の仕事にハマってるのかなコーディネーターというプレイヤーの気持ちも分かるし、めちゃくちゃ仕組みを作りたい人の気持ちも分かるしとかっていうところで今動いてるっていうのがAパターンですね。
で、もう一つは探偵です。コナンですね。
コナンですか。
コナンですね。探偵の仕事というか、昔から探偵とかスパイになりたいという気持ちがあったんですけど、割と今それに近いというか、いろんな地区の情報だとかいろんな人の話を重宝しながら、このプロジェクトってここがちょっと動かさなきゃいけないとこなんだなというか推理して、
この人は考えてることはこうだっていうのは文章とか情報から読み取ってやっていくというような感じで、コナンと鬼太郎を組み合わせながら今コーディネーターという仕事をやってるという。
すごいな、鬼太郎とコナンが合わさった漫画なのか映画なのか見てみたいですね。
二大漫画ですからね、鳥取の。
面白いですね、それ掛け合わせるのは。
そうですね、でもそれは正直鳥取でもやってたことなんですよ。
やってたことですし、もっと言うと基礎的なものは僕はバーテンダーからキャリー始まってますけど、バーテンダーもカウンターに立ってると、
この人とこの人あれカップルなのかなとか、これからちょっと距離が近縮まる人なのかなとか、これ上司と部下の会話なのかなとかっていういろんなプロファイリングというか推理をする仕事だったので、
だから割とそれの経験みたいなのが生きてるし、鳥取でもまさにそういうことをやりながら、
この人は例えばデザインの仕事プロジェクトを進めるときに漁師さんとか農家さんにデザインって言葉を使っちゃったら伝わらないだろうなってことで言葉をちょっと考えながら、
この言葉の方がハマるんじゃないかなっていう打診をしたりだとかっていう、そういう推理と言葉の調整みたいなことが軸かなとは思ってますね。
そういうコーディネーターとしての役割を、今京都の市役所本庁に勤めながら市の全域をカバー、ある種広くカバーしながら、
最終的にはコーディネーターがいることでどういう街にしていきたいみたいなのがある、そこの役割的にはどんな感じなんですか。
僕が偉そうには語れないんですけど、まだ来て2ヶ月のペイペイ、コーディネーターというのは北郎みたいな妖怪というかいるのかいないのかっていう存在だと思うので、
いなくなるのが一番ベストだと思ってます。僕らの仕事がなくなるのがベストだと思っているので、コーディネーターがいるから物事が動く円滑に済むっていうのが大事なんですけど、
コーディネーターがいないと動かないっていう状況は結構良くないので、本当によく言う、自走するまでの伴走が自分の仕事かなと思ってますし、
なるべく関わっているプロジェクトからちょっとずつ離れていって、ほんとずつ新しいことの地域の活動をする方の応援だったりだとか、
っていうことをやっていきたいですね。ただ業務としては離れるけど、別に個人としては地域との関わりとかをずっと長く持っていけたらいいなとか、そこら辺の距離感はこれから探っていかなきゃいけないなってところではありますね。
今、また京都にある種帰ってこられて、いろんな地域に今顔を出していらっしゃる最中だと思うんですけど、京都、やっぱりここが好きだなみたいなところとかあったりしますか?
そうですね。
未成でもいいですし。
コンパクト感がやっぱりめちゃくちゃいいなって思ってて、一人つながればすごくつながるぞと。
いもずる方式と言いますか、その感じがいいなと思いつつですね。
僕、フェイスブックもやってるんですけど、フェイスブックも京都来てから一気にまたわーって広がっていったりだとかもして、つながっちゃうなっていうことはすごく感じてます。
コンパクトって話を先にすると、住宅、住んでるところと観光地と仕事するところがぎゅっと固まってるんですよ。
僕は沖縄で育ったので、沖縄ってそんな感じじゃなくて、観光地は観光地、住むとこは住むとこみたいな結構分断されてる感じがするんですけど、わりと京都はぎゅっと固まってる感じ。
鳥取の大専も観光地、国立公園とかがあって、大専寺という山の方は観光客わーってくるけど、下の海側は別に来てないみたいな。
分断があることって結構あるよなみたいなことは思ってて、そこら辺をどう混ぜていくかみたいなことを、すごくポテンシャル可能性がある街だなーっていうのは感じてます。
常に集まるし、年に1回ぐらいは京都来ますって人結構いるじゃないですか。
確かに。
それがいいなと思ってますね。ふらっと会える人もいるし。
なるほどね。確かにコミュニティーの、いろんなコミュニティーがありますけど、それぞれが少しずつ重なっている感じとかも京都あるなと、実際住んでると感じたりもしますけど。
良くも悪くもだと思いますけどね。それが狭すぎると感じる、身内感が強いと感じる方もいると思うんですけど、吉野市は多分自分の動き方に合わせてやっていけばいいのかなと思いますけどね。
確かにね。
京都また戻ってきて、こういうことをやりたいなとか、それは仕事上でもいいですし、仕事関係なくこういうのをやりたいな、楽しみたいなみたいなこととかもあったりしますか?
そうですね。2個なんとなく今思い浮かんだのが、1つは鳥取の方で大仙の無人駅で名前駅ってあるんですけど、そこでちょっとした施設図書館、県、プラスちょっと本屋さんみたいなことをやって、本の場作り、プラスポケモンカードとかを扱ってる店をやってるんですけど、
僕の今のテーマがローカルかけるサブカル、かっこエンタメみたいなことが関心があって、意外と地域とかに関わってると、町づくりとかちょっときれいな言葉で動いていくことって多いと思うんですけど、サブカルエンタメもアニメとかそういったもので関わってもいいよなと思いますし、田舎に行けば行くほど同じ同人がある意味少ないから、
こういうのが自分が好きだとか興味あるっていうのは恥ずかしいかなって思ってる子って意外といて、それを堂々と喋る場所としてのローカルかけるサブカルの場作りしたくて、最終的に僕は小劇場を作りたいんですけど、芸術屋とかお笑いも見れてとか音楽もやれてみたいな、どこでやるかまだ考えてるんですけど、そういうのをやりたいと思ってる中で向こうでお店やってて、それの文館を京都に作りたいんです。
本施設図書館、まずは本もある場所みたいなのを今自分が住んでる、長屋に住んでるんですけど、本町エスコーラっていうところ、本当に長屋っすね、あそこに住んでるんですけど、あそこの場所が全然隅開きしてもいいなと思ってるので、そこでまず初めて、
駄菓子と本と借りたり買ったりはポケカもできるみたいなことがちょっとできたらいいかなっていうのは京都でちょっとやりたいこと。その上で、ちゃんと自分でも一軒家じゃないですけど、町屋なのかわかんないですけど、1階は隅開き、2階は自分の住居みたいな感じの家をちゃんと見つけたいなっていうのが一つですね。
いいですね。ぜひ実現していただきたい。
もう一つは、さっきポケモンカードのことなんですけど、結構ポケモンカードでのコミュニケーションが結構面白いなと思って、向こうで鳥取でお店を始めたときに、何買いたいって聞いたら駄菓子以外にポケモンカードって子供が、小学校1,2年生の子が買える場所がないんですよ、コンビニぐらいなんですけど、コンビニも歩いていけないじゃないですか。
扱い始めて、ただみんなカード持ってるけど、プレイしたことがないってことが多くて。
遊んではないですか。
株と同じで、レアカードがいくらぐらいっていう、これユーチューバーのせいですよね。せいって言っちゃいけないですけど。
僕はやっぱりプレイするのが面白いと思ってるので、じゃあ僕も一緒にやるよっていうのが面白くなって、2人ぐらいしかプレイヤーがいなかったのが、最終的に20人ぐらい。
大会も定期的にやるようになったんですけど、こうやってサブカルの流れができてくるんだなっていうのを眺める中で、子どもたちも意外と算数計算もなるし、カードを読み込む、意味を読み込むと国語の練習にもなるし。
意外とこれでこのカード使えます、お願いしますみたいなコミュニケーションの練習も結構よくて、結果の探求学習めっちゃできるなって思ってるぐらいなんですけど。
やってほしいな、教育委員会とかさすがに首振ってくれないから。
そうですね。ただ大人と子ども、海外の人も含めて世界共通で、多分ちゃんとコミュニケーションできるツールだと思うんですよ。
それをもっと場作りに生かせないかなみたいなことを考えてて、今職員さんも、特に今週とかあるんですけど、昼飯食いながらポケカをやってる職員さんを僕何人か見つけたので、一緒にやりましょうって言って。
意外とお子さんがポケカをやってるんだけど、あとはアプリでね、ポケポケってアプリがあるんですけど。
最近できましたね。
始めて、でも紙の方にも行ってほしい、行きたいと思ってるタイミングだけど、子どもに教えられないから教えてみたいな、そういう人がめちゃくちゃ多くて。
だからじゃあ今度初心者ビギナー会をやりますって言ったら意外と来てくれる人がいたりして、これだなと思って。
そういうポケカでの場作り、もしかしたらそれが結果、街作りっぽいことに繋がるのかなっていう可能性を感じてて。
だから僕は、そんな入り口から地域に関われるんだって思ってもらえるチャンネルというか、そういうものをいっぱい作りたいし、僕はそれが入り口がサブカルだったら楽しいなとか、本とかもそうなんですけど。
っていうのが今自分の軸なのかなとは思うよりは、去年、一昨年ぐらいに思いましたね。
でもサブカル軸でね、京都も色々アニメの聖地になってる場所とかもあったりしますし、まだまだ鳥取も京都もどちらも可能性ある領域なのかなって気がしますね。
笑いとかもね、僕は実は養成所通ってたんですよ。
えー。
ポリプロコムというところの養成所に通ってて。
どんどん出てきますね。
自分が衝撃技術を作りたいから。
そういう話をしてたら、今関わってる学生の子たちが今度、地域のイベントでお笑いサークルと一緒にイベントやるんですって声かけてもらったりとか、意外と色んな可能性結構あるなと思ってて。
それも面白いですね。
今までやってなかっただけだけど、街作りという意識とかを持ってる人が、それをちょっと切り離してためのことに関わるって意外とないのかなって今思ってて。
確かに。
もしかしたらちょっと自分のそこのポジションなんか作りたいなみたいなところはなんとなく考えてることですね。
いやー、いいな、なんかそれは是非見乗った瞬間めちゃめちゃ見てみたいですね。
やってみたいですね。
文化とかを大事にしてる街だと思います、京都自体が。
なんかそことの相性はすごく良さそうだなって思いますし、なんか面白がってくれる人がすごく多そうな気はしてるんで。
そこはすごく安堵というか、深感めちゃくちゃありますよね。
確かに。コンテンツ産業もありますしね、京都もともと。
そういったバックボーンもあったりすると思うので、そこの可能性は確かに探っていけるといいなと。
一つだけちょっといいですが、さっきの都会と田舎の違いみたいな京都みたいな街との違いで言うと、コーディネーターという仕事がちゃんと評価されてるんですよね。
これは結構すごくて。
京都だと?
この街づくり京都コーディネーターっていうのは今21年目ぐらいになるんですかね。
長い人とかだとそのぐらいやってるんですけど、コーディネーターという仕事をちゃんと評価してそこにお金がつくっていうのはほぼないと思います。
それがすごいし、田舎とかだとこういうコーディネーター的な仕事って評価してもらえないんですよ。
ボランティアであるのが当たり前とか、こういう人がいないと回らないはずなのに、その人の仕事がないことになってる。
ないことになってるは妖怪っぽくていいんですけど、でも困るわけですよ。
今後の未来のことを考えると。
だからそういったことは言語型とかちゃんと見える化していかなきゃいけないんだなって思うので、
ここでやってる仕事でコーディネーターってこうだよねっていうのは僕の今お題だと思うんで、
街づくりとは何なのか、共同とは何なのか、コーディネーターとは何かっていうのを関わってる皆さんと考えながらちょっと言葉にして、
それを他の地域だったりとかもしかしたら持っていけるレシピになるんじゃないかなっていうのは、
なんとなく偉そうに言うとちょっとミッションっぽい感じとしてちょっと意識してるのはありますね。
本当すごいいい話だなと思っていて、
地域の中だと例えば中間支援組織みたいな形で立ち上げて、そこにしっかりミッションを持たせてお金もつけて頑張っていこうとかを立ち上げようとする地域もあるけど、
なかなかそういう文化がないから、今大三社さんおっしゃったようにコーディネートしてくれる人って言ってくれたら助かるけどっていう感じで止まっちゃってるところとかもすごい多いと思うので、
そこの価値確かに認めてうまく活用しながら街全体が動いてるっていうのは京都の一つの魅力だなっていうのは思いますね。
分母増えていくといいと思いますし、コーディネーターと仕事も京都市だけでもいっぱいあるわけですよ。
市民共同推進コーディネーターだとか支え合い創出コーディネーターとかいっぱいあるわけ京都市だけでも。
だからそのコーディネーターの職業という、僕は仕事作るときで職業という肩書きあんま気にしてなくて、職業能力のほうで何ができるかのほうが大事だと思ってるので、
何ができるかっていうと、コーディネーターは何ができる人なのっていうのは言葉にしたいなと思ってますし、
ポジションによってそこで何が変わっていくのかっていうのを知れると、コーディネーターを発注したい人の分類マップみたいなのを作れそうじゃないですか。
それはできたらいいよねっていうのはなんとなく周りのコーディネーターがいっぱい集まるトークイベントとかやりたいですね。
皆さんが話聞いてみたいですね。あるあるがもしかしたらあるのかもしれないというトークイベントですね。
なんかね、こういう大西さん結構特徴的なある種なんでしょうね。
コーディネーターとしての立ち回りもしながら、過去のプレイヤーとしての経験もいろんな経験があって、今結果的にコーディネーターもやるようになったっていう感じだと思うので、
本当にリサナーの皆さんからすると、すげえいろいろしてるなというのが伝わったかなと思うんですけど、
最後に何かコーディネーターとしてなのか、京都来てせっかくだからなのか、京都でこれはやりたいみたいなのがあればお伺いしたいです。
そうですね。でも具体的にどうかっていうことではないんですけど、常に意識してたまに自分でも反省させられるのは、相手の関心に関心を持つっていうことを忘れちゃいけないなっていうことは思ってて、
結局地域で関わる住民さんが考えてること、反対意見でも、何でそれを反対してるのかみたいな、特にその人の生まれてきた経緯みたいなこととかあるじゃないですか、ここまでこういう仕事をしてきたからそういう頭になっちゃってるっていう、
その人は今、例えばゴミ拾いにめちゃくちゃ興味持ってる、なんでみたいなところの関心をちゃんと持ちたいなと思ってますし、それは住民さんだけじゃなくて、今一緒の仕事をしている職員さんも含めて、職員さんが何で今困ってるんだとか、何を本当はしようと思ってる、今この仕事を興味持って、自分の仕事としてやってるけど、実はもうちょっとこっちの業務もやりたいとか、
いろいろな多分思いを持ってるはずなんで、そこに関心を持った上でいろいろと動いたりとか、ある意味、広い意味で僕はバーテンダーという意識があるので、経緯が始まってるので、どう混ぜ合わせるか、混ぜるのの順番を間違えちゃうとうまく混ざらないんですよね。
お酒とかって、だからその混ぜ方とかをちゃんと意識しながらやっていきたいと思ってますし、軸となるのは相手の関心がある意味、言葉を選ばずに材料っぽくなっていくので、そこをちゃんとケアしていきたいなっていうのは宣言といいんですが、一応そういうことを考えてやってます。
何か、すぐいなくなる、あっちにこっちにすぐいなくなる人とは思わないでくださいっていうエクスキューズをここでさせてもらうという。
そうですね。やっぱりいろんな人の気持ちが分からないと、ライターをやってたけど、自分の場作りをちゃんとするようになったっていうのも、ただライターとして記録していくだけって偉そうだなって思ったのもあったので、同じ気持ちを味わわないと分からないものって結構ある気がしてて、それをなるべく体験できるようにですし、
さっき自分もここで施設図書館みたいなことをやるっていうのも、結局取っ取りでやった活動って取っ取りでしょって言われちゃうんですよ。そういうことを、同じ近しいことをやったとしても場作り的な、京都でやってないでしょって思われると思うので、まず京都でもやってますっていうのは作りたいですし、その上でコミュニケーションできる人が増えたりとか、
コミュニケーションツールが増えて、自分という人間だったり自分に関わる人とか、京都市という職場のこととかが伝わったらいいかなという、面白い人めちゃくちゃいるんですけど、やっぱり皆さん仮面をかぶってるというか、仮面をかぶらされてるみたいなところもあって、それをどうやって外していけるかみたいなところって、みんなでやっていくことな気がするので、