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2026-02-23 27:49

v189-1 起業支援をしている江本珠理さん「経営する人が良き状態であるのが」

今回は、起業支援のお仕事をしている江本珠理さんにお話を伺いました。
これから起業を考えている方のお話を聞き、支援を共にしていくお仕事をされている江本さん。
まずはそのお仕事内容についてから伺いました。
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ゆいなわさんの聞く人ラジオ
皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は起業支援のお仕事をしている江本珠理さんにお話を伺いました。
これから起業を考えている方のお話を聞き、支援をともにしていくというお仕事をされている江本さん。
まずはそのお仕事内容についてから伺いました。
江本さんはお仕事は何ですか?
今は起業支援の仕事をしています。
起業支援といっても、いろいろある感じがするんですか?
私にゆいなわさんを紹介してくださった高島くんが、コミュニティマネージャーという言葉を使っていたと思うんですけど、
私も今は名刺に書いてある肩書きがコミュニティマネージャーなんですけど、
起業支援施設の運営者としてコミュニティマネージャーをやっている感じです。
じゃあ起業支援の中でコミュニティマネージャーという仕事もしたりとか、そうじゃないものもしたりとか。
会社として起業支援をやっている会社なので、本当はいろんな立ち位置の人がいるんですよね。
本当に起業家にめっちゃ面談してアドバイスする人とかもいて、
私はどちらかというと、上からアドバイスというよりは同じ目線で壁打ち相手みたいな感じで相談に乗ったりとか、
施設運営なので受付とかも、ワーキングスペースの受付とかもしたり、
あとはそういうことは別に、入居型といって事業者さんがオフィスを借りて、
限られた人たちしか出入りしないので、そこのコミュニティがうまくいくような仕掛けをするとか、
そういうのをやったりしてるんですけど、その入居型の方がめっちゃちっちゃくて、
自由事業者がいないんですよ。
私は結構自分が面倒見れるマックスって30人一クラスぐらいだなと思ってて、それよりは全然ちっちゃい気がする。
もう一個のワーキングは無料で、いろんな人来てください。
でもテーマは起業なので、たまに起業の壁打ちをしてほしいという人の対応に、
だいたい週1回ぐらい乗ったりしてて。
結構いらっしゃるんですね。
なんかいるんですよ。
起業したいみたいなことも。
私がもともと自分が起業していた時期があったこともあって、得意分野とかがある。
それに基づいたアドバイスというか、経験談とかはしゃべれたり、
ここ気をつけた方がいいですよとかは言えるので、
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あくまで壁打ち相手として、何でやりたいんですか?とかをしてます。
そうなんですね。
じゃあ結構企業支援という仕事、コミュニティマネージャーという仕事で幅広くいろんなお仕事をしてて、
毎週例えばルーティーンでこういうっていうのでもなくて。
施設の開設から締め作業とかはルーティーンなんで、
1日ここにいます。
受付をしたりとか。
戦争とかはないんですけど、物を整える。
そういう物理もあったり、掲示物を作るとかもあったり。
ルーティーンも、ルーティーンといえばルーティーンみたいな。
結構1週間の中でいろんなところに行って、
今日はこっち、今日はこっちみたいなそんな感じですか?
私はビルの中に2施設あって、上と下に移動するみたいな感じなので、
本当に通勤場所は1個。
一緒の1個の施設。
じゃあそこでいろんなお仕事をされて、いろんな人にお会いして、
起業されたい方とか。
それっていつからやってるんですか?
今の仕事、今の職場は丸2年やってて、
ちょっと遡ると、
もう10年くらい似たような仕事をしていて、
始まりは10年前に池袋の隣の信濃町駅があって、
そこでゲストハウスの立ち上げをした。
それは同企業支援と繋がんないって感じなんですけど、
事業立ち上げの現場に携わったり、
元々古いとんかつ屋さんだったところをリノベーションして、
ゲストハウスにして、
地域に開いたカフェと宿をやるコンセプトで、
その立ち上げが2年くらい関わってて、
並行して池袋のコワーキングスペースの立ち上げも、
経営者が共通していたので、
地域で仕事回すみたいな感じで、
コワーキングスペースの立ち上げをして、
そこで初めてコミュニティマネージャーという肩書をもらい、
空間のある場の人たちが、
気持ちよい仕事ができるようなものをやって、
東島区に池袋にいて、
雇われでコミュニティマネージャーをやっているけど、
コミュニティマネージャーって稼げないのかなと思って、
その時に、
筑波で案件あるから一緒にやらないかって誘われて、
じゃあ自分が法人を作って代表になるならいいよって言って、
そのまま筑波に引っ越して、
会社作って、
筑波駅前にコワーキングスペースを立ち上げていくのを、
約4年やって、
結構それが色んな経験があって、
途中で不採用を追ってしまったんですが、
それを買いし切ったタイミングで、
ちょうどビルのリニューアルみたいなものがあったので、
コワーキングスペースは簡易性だったので、
簡易さんたちをそこの新しくできるコワーキングスペースに引き継いで、
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事業を締めて、
その後に街づくりのプロデュースみたいなことをして、
場づくりのプロデュースみたいなものをしている会社に就職した後に、
今の場所にいるんですけど、
ずっと地域と何かをやるみたいな、
地域に空間を作って、
地域の人と何かをやるっていうのをやっていたんですけど、
これも話しちゃっていいですか?
もちろんです。
自治体の人とかって、地域活動とか町内会とかって、
結構やってくださいみたいな感じで言うんですけど、
でも補助金を何年か出すから、
あとは自走してねとか言うんですけど、
それって企業じゃんってあると思って、
リスクを追わないといけないじゃんって。
そうですね。
でも、ただ活動したいだけなんだよねっていう人は、
もちろんボランタリーでやったらいいけど、
どんどん疲弊していくってなったら、
みんな自力で立ち上がっていかないといけないって思った時に、
そういう地域で空き家と事業者をマッチングするみたいな仕事とかもやったりとか、
見てきた時に、
空き家と事業者のマッチングって、つまり商売やってくれよなって言ってるってことじゃんって思った時に、
町づくりの文脈だとそこの支援ってできないんですよ。
経営のこととかって、私は自分でやってみて、
すごい悩ましかったというか、
いろんな人に、あんまり距離的に近くない人にアドバイスをもらいたいとかもして、
そうやって必死でやってきたのに、
どうしてこの人たちは簡単に投げ出し、
地域に放とうとするのかと思って、
いろんなタイミングがあって、
企業支援で場作りをしているっていう今の会社にご縁があった。
もともと江本さんはそうやって、そういうところに興味があって、
お仕事をスタートされたのか?
もともと企業という言葉はあまりピンときていなかったんですけど、
世代的に東日本大震災がちょうど20歳ぐらいの時で、
私は最初留学してたかなんかで、
現地にすぐ行けなかったので、
すぐ現地に行きたかったのにみたいな気持ちがあって、
学生の最後の2年間ぐらいを復興支援にちょっと捧げてた時期があって、
でもその私のやってた復興支援は、
現地に入って地域の人なんかいるじゃなくて、
学生に実際に被災地を見て、
そういう子たちがゆくゆくはいろんなことを語り継いでいくからっていうので、
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ボランティアの学生をツアーでめっちゃ連れて行くっていう活動をしてたんです。
そこで寄附金を集めたりとか、
いろんな大人にこういう事業やっててって説明したりとか、
いろんな学生をファッシリしたりとか、
そういうのをやっていく中で、
でもやっぱり被災地に入ってやってる学生団体の方が羨ましかったんですよ。
地域の人と俺たちやってるぜって感じで、
すごいマウントも取られたし、
地域の意向がやっぱり一番尊いんだって思うし、
やっぱり被災されているので、
そういう方たちに本当は寄り添いたいのに、
もう学生なんて連れてきちゃって、
みんなもうマナーとかちゃんと言わないともう行けなくて、
だからだんだんツアーの回し方が上手くなっていくんですけど、
もう私が率いると遅刻させないみたいな、
そういうことですね。
そういうのとかをやったりしてたんですけど、
やっぱりローカルの人と一緒にやるのって、
すごくやってみたいなって気持ちがあって、
あったけど一回就職してみて、
なんだろうって思ってた時に、
池袋のゲストハウスの話があって、
これなら地域と一緒にやれるかもっていうのが始まりです。
なんか被災地の支援というか、
そこの手伝いをしたいっていう、
そもそもの動機というかってなんだ?
私もともと学部が国際関係学部っていう学部にいて、
それってなんかめっちゃ語弊あるんですけど、
入学する人みんな一回は国連に憧れるみたいな、
世界平和に憧れるみたいな、
言ってしまえばそういう、
なんか志の高い、
でも10代のそういう子たちの入る学部で、
なんかその中でやっぱり貧困とか平和とかって学ぶけど、
なんか距離が遠くて、
戦争とか全然ピンとこなくて、
でも世界平和を願って入ったけど、
国連とかにも憧れてみたけど、
難民とかの講演とかも聞くけど、
実感が伴わないみたいな感じ。
でもちゃんと実感を持って、
国連の仕事をやってる子とかもいるんですよ。
いるんですけど、
私はピンとこなかったのは、
一番ピンときたのが、
サウンデイっていうか。
コミュニティマネージャーとして、
起業されたい方の起業支援、
同じ目線での起業相談をされている江本さん。
以前はゲストハウスの立ち上げや、
街づくりのプロデュースなど、
地域に空間をつくり、
街の人と共に、
地域を盛り上げていく活動をされていたそう。
東日本大震災が一つのきっかけとなり、
今に通じているとおっしゃいます。
12:04
実際に関わってきて、
その実感みたいなものというか、
私はそこにいるっていう感じ。
関わってみて、
ちょっと飛ぶかもしれないんですけど、
私が思ったのは、
被災地って、
考えが180度変わったなんてことはない。
みんな例えば、
インドに行ったら価値観変わるよって言うじゃないですか。
結構学生連れて行ってる時に、
そういうのを求めて被災地に行く子とかもいたんですけど、
私は結構いろいろ地続きで、
やってみたら、
遠くもない、近くもない、
リアルが分かって。
なので、
今はピンとこなさがモチベーション。
多分その時はモチベーションだったけど、
今はやってみたらピンとくるものだろうみたいな感じですかね。
そっかそっか。
じゃあその思いがあって、
そのシリナ町のところがあって、
今のそこに至る経緯がある中で、
ご自身としてやってることを、
やりたい方向にどんどん行ってるような。
そうですね。
どんどん、
逆に閉じていってる気がします。
それはいい意味で。
地域が、街が、
コミュニティとか言ってたんですけど、
目の前の経営者が、
ナイスになったらいいなみたいな。
いいですね。それはいいな。
そういう感じに閉じていた、
ワンオンワンの関係というか、
そういうものを突き詰められたら、
嬉しいなって。
もともとはどっちかというと、
開いてたという、
いろんな選択肢を持っていたところが、
活動を続けていく、お仕事を続けていく中で、
山本さんとしてもしかしたら、
尖っていくというか、
私はこういうとこにやりたいゾーン、
閉じるという言葉が、
今聞いてて、
よりやりたいところが専鋭化されてって、
そこをやってるのかなって聞こえたんですけど。
なんか振り返ってみたら、
そうなってたらいいなって思ったんですけど、
でもまだ全然迷ってはいるんですけど。
一対一の関係で、
何か良くしていきたいと思いつつ、
やっぱり社会との接点を作りたいとか。
あとは、
もともと企業というか、
独立したいと思ったきっかけが、
何にも私が知らなくて、
この雇用状況って良くないんだ、
みたいなのを気づいた時に、
え、なんか、
もっとちゃんと胸張ってやれる仕事で、
私が胸張ってやれる経営者とやりたい。
でもいないからちょっとやるかも。
私の中の誠実さみたいなのを、
形にできたらいいのになぁと思ってたんですけど、
まぁあんま上手くいかなかった。
ってとかしては。
で、
何か色々悪い曲説あって、
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私みたいな人を作っちゃダメだ、
みたいな、
すごく偏ったモチベーションが
すごくずっとあったんですけど、
何かもうちょっと今は、
良いビジネスが増えたらいいなとか、
ナイスな経営者が増えたら、
ナイスな従業員が増えるはずなので、
あ、そっかそっかそっか、
そうですね。
私はそれを作ることは自らはできなかったけど、
ナイスな経営者をサポートするとかなら、
できそうかもって思い始めたんです。
そっか。
じゃあその思いを持って、
企業支援、色んな企業されたい方のお話を聞いていくと、
でもそれは何か、
良い感じでこう、
お話聞けたりとか、
ワンワンになったりするんですかね。
えっと、
良い話はたまにあります。
でも、
たまにあるの、はいはいはい。
大体はみんな、
何か、
まぁ、
企業じゃなくても良かったりするんですよ。
うんうんうん。
まぁそうですよね。
絶対企業じゃないといけないですかとか、
あぁ、そっかそっか。
そういうとこから始めたりします。
結構最初の段階というか、
思いの段階から。
でもそれを聞けるのすごく嬉しかったです。
あぁ、そういうことですね。
皆さん色々事情があるでしょうし、
思いももやーっとしてる人もいれば、
結構ちゃんとしてる人もいれば。
なんかそれが、
私が今やってる企業支援は、
スタートアップとか、
もう投資をされるんだ、
みたいなところじゃなくて、
もっと地域の、
地域活動をもうちょっと継続的にしていきたいとか、
自分のやりたいことはこうだからっていう、
本当にスモールなビジネスの人たちが多くて、
まぁ年賞も1000万いかないよね、
数百万ぐらいかなぐらいの人たちがボリューム像なので、
本当に色んな話が聞けるので、
逆に面白いというか、
今までの地域とやってきたこととの、
継続期間がすごくあるんですけど。
もともとそういうことをするっていうのは、
以前には見えてました?
以前ってどれぐらい?
どれぐらいかはしょうがないですけど。
でもどうなんでしょうね。
もうちょっと真っ直ぐな道を歩んでいたかったと思うんですけど、
まさか会社員に戻るとも思ってなかったですし。
創業された時とかはそれをずっとやるみたいなところを思っていたところ。
やっぱり街づくり、地域づくり、都市計画みたいな分野に進むのかなと思っていたし、
自分がワーキングスペースを開業した時に、
ちょうどコロナになって、
継続か給付金みたいなのが個人事業として、
個人事業主の私に入ってきた時に、
じゃあこれはそもそもこれとして置いといて、
お金がいっぱいあったら今何をしたいかなって考えた時に、
18:01
大学院に行ったんですよ、私。
そうなんですね。
つくわに行ったんですよ、つくわ大学に。
大学院に行ってみたいってなって、
街づくりの専門的な知識はなかったので、
もちろん国際関係学部と地域ってちょっと違うので、
勉強してみるかってすごく素敵な先生がいらっしゃったので、
おいでよって言って、
コロナで自営業をずっと続けていくと、
私を叱ってくれる人っていなくなるなと思って、
先生がいて、街づくりで、
しかも近所みたいなので、
つくわ大の中止にコワキングスペースをやりながら、
自営業をしたりとかしてて、
やっぱり街づくりみたいなもので、
作っていきたいって思ってたんだろうなと思うんですけど、
今はなんか、いろんな形があれど、
どうしても地域とは関わるのだし、
そこに分野として固執しなくてもいいかなと思ってるんですけど、
大学院で何を学ばれたんですか?
大学院は都市計画で、
研究室がコミュニティとか、
そういうソフトな街との関わりみたいなものも、
研究対象としていいよって言ってくれるところだったので、
そこで、私も自分のコワキングスペースを研究したいって入ったんですけど、
それはちょっと研究としてどうなの?みたいなのがあったので、
私の修士論文のテーマは、実は街づくりとは関係なくて、
筑波でコワキングスペースをやってると、
いろんな研究者の人に出会ったり、研究機関の候補の人に出会ったりするんですけど、
みんな、研究者コミュニティないんだよねとか、
研究者と市民の接点ないんだよねとか言うので、
研究者とイベントやったりとかいろいろしてたことがあって、
なので、私の研究テーマは、
筑波研究学園都市の研究機関の候補と市民の関係みたいなことになっていて、
筑波って国立の研究機関が多いので、国のものなんです。
筑波市に農税とかじゃないんですよね。国税とか。国に行くんですよ。
国の研究機関って、国の国民から求められたら、
何研究してるんですか?って聞かれたら、心よく全部開示しないといけないんですよ。
ということで、国民には市が向いてるんですけど、
国民のワンオブ全部は筑波市で、そこに立ってるから、
筑波の人たちが研究機関見学しに来てって言ったら、
筑波の人いっぱい来るけど、筑波にあるからなだけで、
街に目が向いてないんですよ。
でも市は、せっかくこんな資源があるんだから、
市民といっぱいなんかやったりみたいなのもあって、
街に住んでる私としても、こんな面白いところがあるの?みたいな。
でも、目指してる方向がそれぞれ違っていて、
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でも実際現場の人はどう思ってるんだろう?とか、
でも市民って結局どうなんだろう?みたいなのも、
なんか、ぼやぼややりましたね。
じゃあ、そこについては結構深く知ることができたりというか、
状況というか現状は?みたいな。
そうですね、私なりに。
やっぱりそういう感じなんですか、国?
そうですね、なんかやっぱ、私も今、
行政から受け負った仕事とかもやっていて思うんですけど、
やっぱり報告書とか作ると、数字いっぱい集めるんで、
こんだけ市民と何々しましたとかは、いっぱい数としてあるので報告されるんですけど、
それって届いてる?みたいなのはよくわからなかったり。
でも、なので、私が一番研究するときにしんどかったのは、
もうこれでよしとされてるじゃん?みたいなものを超えた課題設定するのがすごく難しかった。
あー、難しそう、それ。それでいいじゃん?的な、そこで。
そうなんですよ、マイナスじゃないんです。
結局、科学はいっぱいあるじゃん?街に。
で、いいじゃん?って。
でも、私はもっと面白くできるじゃん?っていうベストを提案したかったけど、
一応、論文としては社会課題があり、その解決に資する論文にしないとね、みたいな。
ってなると、もう課題として設定できなかった。
あー、そういうことか。なかなかそこは難しそうな感じしますね。
苦しんでいる人がいるわけでもなく、っていう状況を、学術的な課題設定をできなかったんです。
今となっては何かができるみたいなのはあったりします?
今となっては?
今、もう、ならばここに設定できるじゃん?みたいな。
今となったら、でも研究系だと、もっとハッピーな課題設定とかができたのかな?とかは。
ハッピーな課題設定。
何ですかね。なんだろう。
コロナ禍っていうのもちょっと難しかったんですけど、多分数年前より全然市民向けの科学イベントが増えてるんで、
そういうところで市民との設定みたいなのをヒアリングとかの方がもしかしたらよかったかもしれないですね。
私が仲良かったのがたまたま国立の研究機関の候補の方たちで、
なんか横で連携したいんだよねっていう思いとかを聞いてたので、もう鵜呑みに。
もう、そう、本当にそうだね。私も今なのにそう思ってまして。
ちょっと筑波の話になっちゃいますけど、ちょっと面白くて。
私がいろんな研究所に行って思ったのが、研究対象が小さくなればなるほど、実験器具はでかくなるっていう。
どういうこと?
植物とかって、例えばスポイトとか、普通の顕微鏡で見るじゃないですか。
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それが分子とかになると、ちょっと大きい顕微鏡になるんですよ。
そういうことか。
これぐらい、人の背丈ぐらいある顕微鏡で見るんですよ。
で、素粒子になると直径数キロある実験装置で、
素粒子を回しまくって、ぶつけて中身を見る。その反応を見る。
でも、実際には目には絶対に見えない。その反応として出てくるっていうのをみんな記録するんですけど。
こんな目に見えないもの、本当にあるかどうかもわからないもののために、こんな何キロの土地を使って実験装置を。
で、一番たぶん、おそらく、文系の私からすると地味に見えてしまうものが一番壮大な装置で。
動物とか、そういう研究は解剖とかするんで、目に見える動物。
そうかそうか。
っていうのを、絶対、筑波にいないと私はわからなかったと思うんですよ。
でも、僕はわからないです。
この比較するやつは理系にはいないんですよ。こんな大きさがとかいう。
理系の方にとっては当たり前的な、もう普通なことであって、それをちょっと引いた目というか、なんでこんなでっかいのみたいな、そういうとこに疑問抱くみたいなところ。
そういう研究者との日々のコミュニケーションの中で、なんかそういう面白さがあるなみたいなものが、街の魅力だなと思ったんで、それをシュシュロモにしてみた。
へー、面白い。
じゃあ、そういうのも経て、筑波の時間も経て、今まさにやってるのは企業支援。
そうなんです。
そこをやりたいところでもある?
そうですね。やりたいところだなって、なんか思い始めてきました。丸2年やってみて。
最初はそうでもなかったんですか?
最初は場作り、地域における場作りと企業支援施設の場作りの違いがあんまりよく分かってなくて。
あー、そういうことか。
いまだに多分分かってない。
一緒に重なってる部分も当然。
より企業にフォーカスした支援をしてるだけっていうか、テーマを企業に絞っているっていう認識でいます。
壁打ち相談とかも、別に企業じゃなくても全然友達ともしますし、それをただ今いる場所では企業に絞っているかなっていう感じなんですけど、
でもやっぱり今までのいろんなことが、保持も寝顔もいろんなことがあった中で、やっぱり経営する人が良き状態であるっていうのが一番いいんじゃないかと思った。
はいはい。それは経験積んできてというか、時間経ってきてそこに至ってるという感じ。やっぱりそうじゃない方もいっぱいいますよね。
そういると思ってます。
なかなかそうですよね。良い方は当然いますけど、なかなかそこがうまくいってなくて、そこが困ってしまう部分になっちゃうみたいな。
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そういうところをお話し聞いたりしながら、いろいろこうどうですかみたいなことをやっていっています。
目の前の経営者がナイスになったらいいなとおっしゃる江本さん。
ナイスな経営者が増えればナイスな従業員が増えるという言葉や、筑波大学で感じられたことなど様々なお話を語ってくださいました。
そして次回、携わっている企業支援についてさらに伺っていきます。
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