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こんにちは、このチャンネルでは、ドラミニマリストかいほがご機嫌に暮らすためのちょっとした知恵や30代のキャリアの悩み、家事、育児、美容のことをゆるゆるお話しするチャンネルです。どうぞよろしくお願いします。
今日は、夫婦円満の秘訣についてちょっとお話ししてみようと思います。よかったら聞いていってください。
皆さん、夫婦円満の秘訣、お持ちでしょうか。私の結婚は6年前ぐらいかな。結婚して夫と仲良く暮らしているんですけど、夫婦仲は良い方だと思います。
結婚はしたことが多分記憶の中ではないですね。もちろん不機嫌になっているっていうことは全然あって、相手に対して不満を持っているとかそういうことは全然あるんですけど、それが何か喧嘩に発展するってことは我が家はないわけなんですね。
その夫婦円満の秘訣って何かなって考えたきっかけは、あっこさんのサウンドFMのチャンネルで、夫婦関係について考える回を聞いていて、我が家もちょっと夫婦関係についてお話ししてみようと思いました。
で、我が家がね、その夫婦円満の秘訣何かなーって私が考えた時に、私の答えとしては勝ち負けを決めないっていうことですね。勝ち負けをつけないっていうのが我が家の夫婦円満の秘訣なんじゃないかなっていうふうに思っています。
それはどういうことかというと、私ね、自分も親がいるわけで、父と母がいるんですが、父がね典型的な昭和の人間でして、一家の大国柱みたいな感じでね、結構強い意見で、自分が一番正しいというような考えを持っているんですね。
でも自分が正しい考えを持っているから、家族を正しい方向に自分が導くんだみたいな感じの考え方を持っているので、私もそうですけど、思春期以降ね、何か自分が意見をしたら、もうそれをね、古典派に論破されるわけですよ、父に。
そのうちにね、もうちょっと父と会話を何かについて議論するとかディスカッションするということ自体がもう憂鬱になってしまって、会話がねほとんどなくなったわけではないかな。
なんか父と何かをそういうディスカッションしたり、討論するみたいなことがものすごい嫌いだったんですね。
何せ自分の意見が正しいということを知らしめようとする会話の仕方がね、苦手だったので。
で、それに対して母はどうかというと、母もね結構負けてないわけですよ。
父との会話では、だから父を立てるみたいなね、もう全部あなたの言う通り、あなたが正しいわっていうような感じじゃなくって、母も母で結構意見をきちんと言っていて、そこでね結構父と衝突することが多かったんですね。
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今もね、それなりに喧嘩もしつつも仲良くやってるみたいな、そういう熟練夫婦ではあるんですけど、その幼少期から自分が見ていた両親の姿っていうのは、基本的には仲がいいけれど、
その夫婦喧嘩になると、どちらかが勝敗、何か勝ち負けを争っている夫婦喧嘩がとても多かったんですね。
最終的にはこちらに意見が求められたり、パパとママどっちが正しいと思うみたいな意見を問われたりとか、
負けた方、なんとなくその会話であなたがこう言った、あなたがこの前こういうふうに言った、言わないみたいなね議論だったりとか、こっちが正しいとか、
なんかそういうね、その議論の中では勝ち負けっていうのが夫婦喧嘩の中での大きな原因で、それを幼少期から見てたわけですよ。
だからそういうもんなんだなっていうふうになんとなく擦り込まれてたんですけど、
今私が新しい家庭を持って、今夫と円満にやれているのは、私のおかげでもなんでもなくって、夫がね結構もう聖母マリア的な存在なんですよね、我が家にとっては。
すごくあの、ウィンウィンを考えるっていうような回でも言ったんですけど、結構ね夫は豊かさマインドを持っているんですね。
なので、私との会話の中で、勝ち負けを一切ジャッジしないんですよね。それが私にはとても新鮮だったんですね。
夫婦ってこういう形もあるんだみたいな。でその勝ち負けをジャッジしないと何が生まれるかというと、その人の意見をただただ飲み込む。
それが良ければ受け入れるし違くてもそれを否定しないで、そのままそういう意見もあるんだっていうのでね、ジャッジしないでおいてくれるんですよ。
そうするとお互いの信頼残高、信頼感がどんどんどんどん溜まっていくわけですよね。だから争い事がそこで起きない。
だって勝ち負けじゃないから。で一度勝ち負けをつけてしまうと、ウィンルーズの世界を作ってしまうと、その時に負けてしまったから、
次は絶対に次の夫婦喧嘩の時には絶対に勝ちたいみたいな気持ちが生まれるじゃないですか。
でもそもそも勝敗のない世界の中では、夫婦っていうのは、もう本当に異国の地と異国の地で生まれたもの同士が一緒に家族になって暮らしていくっていうのはね、
意見が違って当たり前なんですよね。で夫とは性格は違うんですけど、価値観がとても似ているので、あまりその夫が言っている意見に関して私はそれ違うなって思うことがね、
幸い少ないのでありがたいんですけど、一つね、この意見、夫と違う意見が生まれた時に、それが良い悪いっていうふうにジャッジしない。その意見には良いも悪いもない、正しいも間違ってるもないんですよね。
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それはチキリンさんの自分の意見で生きていこうの本の中にも、算数とかの正解には丸×1たす1は2が正解ですよね。でも1たす1は3は×だと。
そういう正解はあるけれど、意見の中にはこちらの方が正しい意見で、こちらの方は間違ってる意見っていうのはないんですよ。
存在しているのはAという意見が存在しているということと、Bの意見が存在しているという、そのただそれだけなんですよ。答えのないことなんてもう世の中にたくさんあっても、もはやその答えがあることの方が少ないわけです。
家族のチームとして回していく中でも、もちろんそうなわけですよ。正解なんてないわけなんですね。
チキリンさんの自分の意見で生きていこうの本の中にもそういう考えが書いてあって、あとはドラえもんの名言集みたいなところにもドラえもんが名言を残しているわけですよ。
どういうことかというと、のび太くんがタイムマシーンか何かでご先祖様のところで、戦争で戦わなきゃいけなくなったと。
じゃあのび太はどっちの味方にしたら、加わったほうがいいのか悩んで、のび太くんはドラえもんにね、どっちの軍が正しいのっていうふうに質問したんです。ドラえもんに。
そうするとドラえもんは一言ね。どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよっていうふうに言ったんですね。
どっちも自分が正しいと思ってる。戦争だってそうじゃないですか。戦っている方は自分が正義だと思っている。自分が正しいと思ってお互いが戦っている。
なんか夫婦喧嘩もね、そうなのかなというふうに思ったんですね。それが意見には正しいも悪いもない。
ジャッジしないっていうのが夫からね、夫との生活で、なんか私はね学ばせてもらったことなんでしょうね。
じゃあ意見が食い違った時にどうすればいいの。Aの意見とBの意見がある。どっちもね、別に正しいとかなかったら、じゃあもう家族としての方針が決まらないじゃないかということね。
たくさんあると思うんですけど、そこでね、もう信頼残高がその話し合う前提の前にね、溜まっていれば、お互いの信頼感がそこで高まっていれば、自然と相手の意見って取り入れることができるようになるんですよね。
そんな聖母マリア的存在な夫なんですけど、そのジャッジしない、いい悪いをジャッジしないっていうのはね、私だけじゃなくて他人に対してもそうで、この間ね仕事でやらなきゃいけない仕事っていうのをやらない人が一人いたわけですよね。
で、そのやらない人がいたから周りがね結構困ってしまっていたと。だから上司がね、その上長がちょっとその人を呼び出して指摘をしたら、その人が逆切れをしましたと。
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そういう状況をね、周りが見ると、あの人自分でやらなきゃいけない仕事をやらなかったのに指摘されたから逆切れするなんてひどいな。
なんかすごい性格が歪んでるなとかってそういうふうにジャッジしちゃいそうじゃないですか。
それをね、夫と帰りにね、帰りにというか、家でね、そういう話をしていた時に、人間ってメンタルがいい時もあれば悪い時もあるからね。
その悪い時が今来ちゃってるのかもね、みたいなふうにボソッとね言ったんですよ。
なんかその他人に対して、そのメンタルの浮き沈みの沈んだところが今出てるんだっていうふうに捉えるってすごくないですか。
私たちって出てきた、表面上に出てきたその一瞬でね、でその一瞬に立ち会った瞬間に、この人はこういう人だ、この人は悪い人だ、この人は逆切れする人だみたいなふうにして。
もう、いろんなメンタルの上がり下がりがあって、下がった一面だけ表面に出てきたその部分を見たら、もうそこだけでジャッジしてしまいそうなのに、きっと上がっている部分にも何かこう、思いを馳せることができるっていうのが、すごいな、さすがだなというふうにね思ったエピソードでした。
ちょっと精母マリア的な存在の夫なのでね、ちょっとね、繊細さんまではいかないかもしれないけれど、そういうふうに子どもたちにも、子どもたちもパパは何でも許してくれるし、パパはね、もう我が家の中ではちょっとママみたいな存在なのかな、大きな愛を持っている人だからね。
無茶難題をね、パパに突きつけるわけですよ。
そうするとね、パパはドラえもんからアンパンマンになるんですけど、アンパンマンって自分のパンをね、人に与えていくじゃないですか。
自分のパンをいっぱい与えて、いっぱい与えて、ある程度いっぱい与えすぎると、アンパンマンって顔がなくなって、もう結構疲れちゃって、ふにゃーってなっちゃうの分かります?
顔が汚れて力が出ないとかね、そういう感じで、パパもね、なんか自分の豊かさマインドでね、いろいろ家族に対しても接してくれるからこそ、ちょっとね、自分がアンパンマンみたいにふにゃーってなっている時があるんですよ。
そういうのを、なかなかね、自分でコントロールしてね、自分の息抜きみたいなのを、なかなかね、ずる賢さっていうのがないからこそ結構疲れちゃうんですよね。
仕事の後とか、私がパパだったらね、たぶん仕事が終わっても30分ぐらいね、仕事がいつ終わったかなんて、私から待っている家族としてはわからないわけだから、30分ぐらいね、どっかのカフェに行ってから帰ってきたって、職場のところでね、ちょっとカンファでね、ゆっくりしてから帰ってくるでもいいじゃないですか。
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そういうこともしないから、ちょっと疲れちゃうということがあって、そういうところのサポートは、私が意図的にしてあげようというふうに、ここ最近思いました。かなり初期の放送会で、パパが最近元気がないんですっていう話、パパのメンタルヘルス問題について取り上げている回もあって
皆さんちょっとパパがね、ここ昨今頑張りすぎちゃうパパっていうのがやっぱり多いからこそ、パパのメンタルヘルス、皆さんきっとどうされているのかなっていうのもちょっと気になりますね。
我が家はそういうふうに積極的にパパの話を聞くとか、あとはちょっと疲れてそうだったらこちらからパパの希望を聞いて、何か静かな場所でね、ゆっくりできるような場所をセッティングしたりとか、そういう感じにしてます。
パパがこの間息子のね、3歳児健診に息子を連れて行ってくれたんですよね。で、そこの3歳児健診の時に問診票っていうのを書くんですけど、そこにアンケートみたいな感じで書く欄があったんです。
パパは育児に協力してくれていると思っていますか?っていうアンケートの項目。あとはママはゆっくり育児に取り組む時間が持てていますか?っていうような項目。そういう項目がね、何個か羅列されていたんですよ。
それね、ママからしたらそのアンケートを書く時にパパが育児に参加してくれていますか?とてもよくやってくれている、やってくれている、全然やってくれないみたいなね、アンケートでどこかに丸をするっていうんですけど、でもね今回はパパが3歳児健診に連れて行っているから、その夫がパパが育児に参加していると思いますか?っていうアンケート結果をパパが持っていくわけですよ。
それでなんかパパがこのさ文面ちょっとさ違和感感じるよねって言ってたんですよ。私はねそれを見て最初は気づかなかったからこそパパが見た視点だなと思ったんです。
でパパっていつだってその家事に育児に協力してるかしてないかっていう評価対象にされているわけですよね。そこのアンケートでもそうですし、パパが3歳児健診に連れてくるっていうような想定はまずされていない。
でそのママにとってパパはいわば100点満点中何点かみたいなところをアンケートにね書くように。それがまあパパじゃなかったとしてもパートナーはとかっていう書き方でもよかったと思うし、そのママは子供とゆっくり育児をする時間を持ててますか?じゃなくて、パパもね同じような質問、パパに対してもあってもよかったんだと思うんですよね。
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なんかそうやってパパは仕事もして育児もして家事もしているけれど、そういうアンケートから会話見えるその誰かからパパは評価される。でもママってママが育児によく参加してますか?とかそのママに対してママとして何点ですか?みたいなことの評価ってされないじゃないですか。
していたとしたらめっちゃ袋叩きされるじゃないですか。なんかパパはその育児、育児度合いが評価される対象になるっていうのがねやっぱり違和感だなって。それって違和感だけじゃなくてパパにとっては明らかにストレスですよね。
パパにとってもっとね、育児のしやすい環境とかパパのメンタルヘルスがね、もっと考えてくれる世の中になってくれたらいいなというふうに思いつつ、私もねパートナーとしてパパのメンタルヘルスはちょっとねこれからもよく考えて夫婦でねチームとして過ごしていけたらなというふうに思います。ちょっと長くなっちゃったすみません。
素敵な1日をお過ごしください。カイホでした。