手放せないもの
こんにちは、かいほです。ヨガと発信でもっと好循環。
今日はちょっと雑談で、私がどうしても手放せないでいるものという話をしていこうと思います。
よければ最後まで聞いていってください。
3連休皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私はというと衣替えをしました。
子供たちの分はちょこちょこやっていたんですけれども、私の分まで全て終えました。
ちょっと夫はやったのかはちょっと知らないんですけれども、
これで、秋と冬、過ごせるかなというところになります。
そんな中で、私がどうしても手放せないものがあるんですね。
もう、かれこれミニマルな暮らしを気に入ってから、何年経つんだ?
5年ぐらい経つのかな。
島は最適な量みたいな感じで、一時めちゃくちゃ少なく知っていたよりは、少し物は増えてきたんですけれども、
そんな中でもよう物を増やしすぎないということで、手放す。
特にお洋服とか捨てるのがあまり躊躇ないですね。
ときめかないというか、もうちょっと違うなと思ったら、割と良さげよく手放すことができています。
そんな中で、どうしても手放せないものがありまして、何かというと、
新生児の肌着が一枚だけ、どうしても手放せないのがあるんですよね。
我が家は上の娘が7歳で、下の息子が5歳という年齢で、
我が家の家族計画としても、子供は2人というところで、これが最後の赤ちゃん育児だというのを分かっていたんですけれども、
それでも手放せずに、新生児の肌着、いわゆるコンビ肌着を一枚、
新生児のときに、本当に生まれて病院で被せられていた小さな小さな帽子を一つずつ置いてありまして、
それ以外の洋服を全部手放したんですね。
かわいいお洋服がいっぱいあったけれど、メルカリで売ったりとか、お友達に譲ったりとか、セレモニードレスも全部譲ったし、
おくるみも全部譲りました。
全部をなくすということができなくて、新生児の肌着一枚と帽子というのが一つ残っていて、
衣替えをするたびに、衣装ケースの一番下にそれが見える状態なんですよね。
でも、必要ないって分かっているのに、一つだけは手放せなくてずっと置いていて、
私の年齢も間もなく40歳、まだあと2年か、2年後には40歳という年齢で、
家族としてもこれで赤ちゃんは終わりというのが分かっているし、
自分のキャパシティ的にも家族の計画的にも全部これで終わりなんですけど、
でも、どうしても赤ちゃんの肌着は自分がそのとき一番頑張っていた証だし、
あのときの、すみません、悲しいわけじゃないんですけど、楽しかったんだけれど、
リミットが自分も間もなく、計画もこれでありがたいことに子供を授かりまして、
これでもう終わりって自分で納得はしているんですけれども、
なんとなくのこのね、自分の年齢的な、すみません娘が途中で来てしまって、
しかも途中で来て私が泣いてたのでちょっと娘もびっくりしてました。すみません。
育児の思い出
新生児肌着、自分の年齢的なタイムリミットを感じつつ、
でもやっぱり三人目は別に我が家ではやっぱり計画しているわけではないので、
ここで一旦、なんだろう、リミットとともに、
本当にもう赤ちゃんは来ないということを自分に再び向き合うみたいな感じでね、
生物学的な理性とか、頭で考えるとかじゃなくて、
そういうことなんだなっていうのは思っていて、
この肌着をいつのタイミングで手放すのか、手放さないのかっていう選択もね、
思ってたんですよね。
でも小さな小さな帽子と小さな小さな肌着は子供が生まれた時でもあるし、
私自身ももう一度生まれ変わった瞬間みたいに、
本当に第二の人生が始まったんですよね、その時に。
たくさん楽しいこともあったし、たくさん苦しいこともあったし、
今もスタイフの中には、育児は結構大変で、
みなさん、髪の毛を振り乱して本当に頑張っているママさんがたくさんいて、
そのママさんを、もちろんそれは自分もまだ育児が全然終わっていないので、
同じではあるんですけど、そのあの時の新生児の肌着と、
その帽子は、自分がお母さんとしてギャーと生まれて、
その時のあの時間が詰まっているので、
やっぱり見ると赤ちゃんが愛おしいと思うと同時に、
私もあの時間を愛おしく思うみたいなことはあるんですよね。
それなんか多分みんなそうなのかもしれないんですけど、
なのでこの気持ちの折り合いみたいなのはね、
その年齢的な40代をもう少ししてる、して、
もう一度自分の選んできたライフステージを振り返ったりとか、
家族の計画とかね、そういうのをよくよく考えながら、
これで良かったんだけれど、
その肌着を見た後に、
ふとインスタグラムに流れてきた古くなったTシャツをバックにするっていうリール動画が流れてきて、
ふとそれを持って無茶振りをお友達にしてみました。
それは追い残さんに、
新生児の肌着を同じように、
そのTシャツは1枚のTシャツから切って糸にして、
糸というか1センチの細長い短冊状のものに切って、
それを編むっていうことをされていて、
それを同じようにこの肌着でできないかな、
みたいなことを聞いてみたら、
できると思いますよって言ってくれて、
そのポーチが、
こんな中作ることによって、
自分の時のお母さんとして頑張ってきた日々が一つ作品になるのかもしれないとかって、
そのイメージを膨らましただけで、
それだけでお願いしようと思っている文章を書いているだけで泣けてきて、
完成した時の気持ちとかを最初から考えて泣けてきて、
そして私の赤ちゃん育児はもう本当に終わりなんだって思ったら、
すごく愛おしい時間だったなって、すごく辛かった時もあったけど、
やっぱり愛おしいはそこにあったなってすごく思いました。
だから今大変な時は今だけだよとか言われても絶対そんな風に思えないし、
早く朝起きた瞬間から今日が終わってしまえって思ってた時期もたくさんあったんだけど、
上の子が小学生になって、下の子が5歳になって、
再び新生児の肌毛を見た時に、もう家には来ないけど、
本当にあの時間は愛おしかったんだって、
ようやくあの時に誰かにかけられた言葉の意味が自分もわかるようになりました。
めっちゃ泣きすぎじゃん。
ちょっとこれ大丈夫かな、乗せられるかな。
ちょっとまた娘が来ちゃうと心配しちゃうので、この辺で終わりにしますね。
カイホでした。
そしてなんかすごい、追い残りさんめっちゃプレッシャーみたいにかけるんですよね。
ちょっとすいません。では、カイホでした。またねー。