娘の手紙の出し忘れ
私は戦略的婚姻。
戦略的別居妻カブの人生開放チャンネル。
このチャンネルは、モラハラ経済的DVXオットと約12年間仮面夫婦として同居、
パーフェクト昼逃げ、離婚調停不成立、離婚裁判敗訴したワーママのカブが、
2029年春に離婚するまで人生を開放して幸せに生きる様子をお届けします。
モラハラ、仮面夫婦、仕事、子育てなど、同じ悩みを持つ誰かに寄り添う配信をしたいです。
お疲れ様です。カブです。
今日は多分年始2026年最初の子育て関係の配信になります。
私は子供については、昨年Kindleを発売をしております。
それはクソ夫がいても、そしてクソ夫は当然育児に協力しないからワンオペ育児でも、
子供は神の子のように素晴らしく育つし、そしてそれは私が心がけていたことがあるから、
子供たちともとても良好な環境をその価値観のおかげで築けているという、
そんなKindleになっていて、それもぜひ読んでいただきたいんですけれども、
そんな私ですが、しかも日頃仲がいいと猫に公言をしておきながらお恥ずかしいんですけれども、
去年の年末ぐらいから、久しぶりに娘にブチ切れたというようなお話をこれからします。
切れたきっかけは、本当に皆さん、小学生とかだったらあるあるだと思うんですけれども、
娘に小学3年生が、コタツテーブルに2つ折りにして中身が見えない状態で手紙がポンと置いてあって、
それに対して私は切れたという話です。
我が家のルールとして、私に見せておくべきお手紙とか集金袋とか、
コタツのテーブルに置いておくというルールになっているので、私は帰宅してすぐそれを見るという感じなんですけれども、
それ自体が悪いのではなくて、出し方とか出された経緯みたいなものに切れましたね。
この話、事件が起こったのは12月の話なんですけど、手紙の日付が12月20何日とかだったんですよ。
その時点で、はーってなるじゃないですか。お便りって言っても結構どうでもいいもの。
保険便りとして、どうでもいいものもあればすごい大事なものもあって、
これがものすごい大事なものだったんです。
それはPTAの役員の選出についてみたいなお手紙ですね。
この選出については立候補がいなければ抽選になりますと。
しかしながら、1人の子供につき2回、役員か何か地域とかも含めてやっていれば免除しますから、その履歴を提出してくださいというものだったんです。
私はもうやっているので、それを出せば免除される抽選がね、はずなんですけれども、
それは出されてないんじゃないかというところですね。
それが12月に見て、日付は10月ということでめちゃくちゃ焦ったわけです。
最終的には、私も忘れてたと言えば悪いんですけれども、
紙で渡されたお手紙に対してアプリでもリマインドが14月の時点で来ていたんですよね。
その時に娘に問いただしたら、その手紙なくしたとか言って、
はぁって思って先生から取り寄せて、10月に結局出したっていう手紙ではあったんです。
そのため、10月に娘が出さなかった手紙に対しては対応をしていたんだけれども、
その紙が結構出てきたんでしょうね、ランドセルの奥とかから。
で、それをボンって置いておいたっていうのが12月の話ですね。
ここは愚痴なんですけど、そんな大事な連絡っていうか、アプリでして、アプリで返せるようにしておけというか、
なんでその紙で出した手紙をアプリでリマインドするのかっていうのは、その辺もちょっと謎ではあるんですけれども、
そんな感じのことがありました。
そのため無事対応は済んでいたんだけれども、その時も娘の手紙の出し忘れで済ったもんだし、
そして12月に手紙をまた出してきた、対応済みではあるんだけれども、
私は一瞬すごい焦ったっていう、そんなような出来事でしたね。
そしてこの出来事、最終的に対応済みではあったんですけれども、
私はそれに思い出すまでに結構時間がかかってしまったというか、
それもあって、なんでこんな大事な手紙を2ヶ月も経ってこんなしれっと出すんだって、
2つ折りでしかも中身が見えない状態で、日付が10月で何も言わない、そんな娘に対してもブチギレてしまったんですけれども、
親としての苛立ち
なんで私はこんなにブチギレたんだろうなっていう理由を後から分析をしてみまして、それをいくつかお話をしたいと思います。
1つ目は、これがかなり私に支障があるトピックということですね。
PTA活動とか役員を否定する気はないんですけれども、私は正直あまり意味を感じていないというか、
やりたい人がやってもらえばいいし、やりたい人がいないんだったらやらなくていいって思っているんですよね。
それを無理やり抽選にされるっていうのが、手紙の鷹形忘れであるという可能性をはらんでいるというんですかね。
だからこの子供の手紙のもし鷹形忘れがあったとするならば、それで私にかなり迷惑が、やりたくもないし、時間も割くの嫌だしっていうところで、それで怒ったって切れたんだと思います。
そして次に、同じことをですね、何回も何回もっていうことが重なったのも私イラッとしました。
これ結構私子供に言ってるんですけど、私は何回も同じことを説明しいられる、認知症とかそういう方だったらしょうがないんですけれども、
何回も同じことを説明するとかやらかすとか、同じことを繰り返すなってよく言ってるんですけど子供たちに。
まさにこれはそれで手紙を出す出さないって本当に何回も言ってること。
それで困るのが子供なら勝手に困ればいいって私はそういう価値観ですけれども、
それがもう何回も続いて、仏の顔も3度まで精神って言うんでしょうかね。
それでまたかって、その10月の出し忘れの時を想像すったもんだしたのに、この日付の10月のものをしれっとこたつのテーブルに置いておくお前の神経がわからないな、結構そこまで言いましたね。
そして次に娘の話し方にもイライラしてしまったんですよね。
私が本当に怒ってて、本人も忘れていたのかもしれないんですけど、結局その10月に対応したものの手紙が2ヶ月越しで出てきたという天末だったんですけど、説明がうまくできないわけですよ。
で、結論はみたいなところですね、ちょっとこれは厳しいなと思うかもしれないんですけれども、話しの仕方が下手と言ったら失礼ですけど、そこにまたイライラしてしまいますよね。
子供だからしょうがないのかもしれないんですけれども、私は先ほどの1番目の自分にかなり支障があることでしたから、それでそのはっきりしてみたいなことを言ったりもしましたね。
あとはそうですね、整理・整頓しないとか、物を出さないっていうのはもうその子の性格としてしょうがないというか、それで自分の生活が回っているというつもりならいいんですけど、
もうこういうふうにいくら期限を超過したものであろうと、ポンって置いておけば誰かがやってくれるだろうとか、そういう甘いのが気に入らないみたいなことも言いましたね。
だから自分が勝手にしないならいい、手紙とかの管理もいいんだけど、それで人に迷惑をかけるなみたいなことを言ったりしましたね。
振り返ると大人げないなと思うんですけれども、私は子供に対して切り散らかすことも何だろうな、時によってはいいのかなと思っています。
子供の成長と接し方
なんというか、子供の失敗を全て親が受け入れる必要ってないのかなって思っているんです。
これは月齢にもよるんですけど、幼稚園児とか保育園児さんとか周りが見えないというか、自分のやったことに対しての周りの影響度が想像ができないっていうんですか、
そういう時は子供の失敗を親がフォローする必要があると思うんです。
例えばお友達との喧嘩で噛みついちゃったとかそういう感じのことかな、そういうのだったら受け入れるというかフォローする必要があると思うんですけど、
うちの下の子は小学3年生である程度分別がつく年齢になってきましたから、そういう子供の失敗を全て受け入れる必要はないのかなと思っています。
例えば今日だったら、2ヶ月前のお手紙だけどしょうがないわね、私がやっておくわっていうような、そういう必要はないというか、
ダメなものはダメというか、私は悲しいとか困るみたいなことは言っていいと思っているんです。
なんで私がそう思うのかなというと、やっぱり家っていうのは社会の宿主なのかなと思っていて、
いつか子供がどんな仕事や人生を送るかはわからないけれども、一応私が社会で経験して社会人として生きていく中で、
これは身につけておいた方がいいんだろうなっていうことを家で教えるのが親の務めなのかなと思っていて、
日常で言うと箸の持ち方とか、そういうことからまさに今回のような精神的なところにもなりますが、
ちょっと厳しい言い方ですけれども、結論を説明できない、説明が下手だと周りがイライラするよっていうことだったりとか、
自分が適当にやる分にはいいけど、それで相手に迷惑かけちゃいけないんだなとか、そういうことをですね、
あとは自分がそのしでかすというか何気ないことでも相手はこんなに怒ったりイライラしたり悲しんだりとかすることもあるんだよっていうことをですね、伝えるっていうことですね。
事実私がその切れた理由でいくつかお話をしましたが、なんかそれがそういうふうな振る舞いをする人がやっぱり社会というか周りにも実際大人になってもいますから、
ただそういうふうになってほしくないなというか、自分がしでかしたことで周りがあたふたしているのにどこ吹く風みたいな人も本当に実際いるし、
そういうのは良くないというか、甘やかすのと自分がめんどくさいから何も言わないから言わずにやっちゃってあげようというのはかえって子どものためにもならないと思っているんですよね。
感情の管理とコミュニケーション
そして本当に思いというか伝え方の私は心がけていることを一つお話すると、自分の感情は今回私は切れるというか怒ったわけですけれど、
それと叱る子どもに対して指導するというのはまた別なのかななんて思ってそういう話し方を心がけましたね。
正直その叱ったの切れてた時は本当に切れてたというか大人げないというぐらい、お前がここまで手たらくなせいで私にどんだけ損がかかっていると思っているんだぐらいなことを言って、
それも私の感情ですよね、もういい加減にしろみたいなところと、でもそれで周りに実際困ったことが今回で言うと、
今回は政府というか大丈夫でしたけれども、PTAの役員に実際私ママに当たったらあなたは代わりにできるんですか、できませんよね、
だったらしっかり出しましょうみたいなそういった話ですね。分けて説明するのがいいのかななんて思っていて、そういう話し方をしたつもりです。
そして最後にですね、こういった流れになると当然家の空気が悪くなりますよね。
そんな時にもし大人が家にもう一人いたら、もう一人が飴というか元気出してというフォロー役に回ってくれると思うんですけれども、
うちは当然夫はいないし、むしろ同居してた時もそういう私の思いとかを無視して、ママが勝手に怒っているねとか、
問題の何の解決にもならないというか、私に対して本当に嫌な感じだったので、いない方がマシだったというところではあるんですけど、
今は大人はいない私だけだから、意識していることはこの暗いムードは私が作り上げたものではあるけれども、
私が意識的に終わらせるというところは心がけます。
イライラもしますし、しかって本当に変わるのかなって不安もあると思うんですけれども、
このムードをずっと引きずっていて、まして例えばそうだな、一晩経って次の日もカリカリしてるとかって嫌じゃないですか。
私も嫌ですし、事実クソッとも結構そういうところがあってすごい嫌だったんですけど、
そのためこのめちゃくちゃ切れ散らかしたけれども、1時間ぐらいしたら私から言いますね、
娘にこういうことがあって、ちょっとでもママも言い過ぎちゃったって、
でもここでもう暗いムードは終わりにするねって、ここから普通に話そうみたいなところを言うってことですね。
そこからはいくらちょっとイラッとしたとしてもちょっと言わないというか、その切り替えは心がけるようにしました。
冒頭宣伝しました子育てkindleなんでね、その大層なものを書いておきながらも、
私は子育てってやっぱりまだ道半ばというかゴールはないのかななんて思ったりもしています。
この配信を聞いてくださっているそこのあなたも大変だなって思うこといっぱいあると思うんですけど、私もそうです。
自分の心を大事に無理しないことを頑張りましょうね。
それでは失礼します。