1. 還る|Kaeru – A PODCAST BY KO NAKAJIMA, PAINTER
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#1___42歳で、科学の世界から画家になった。
2026-09-16 14:23

#1___42歳で、科学の世界から画家になった。

42歳で仕事を辞め、15年間いた科学や研究に関わる世界を離れて、画家になりました。

なぜ、それまで歩いてきた道を離れて、絵を描くことを選んだのか。

科学の世界で働いていた頃のこと、画家になるまでのこと、そして今、絵を描きながら考えていることについてお話しします。

「私は、自分の人生をちゃんと生きているだろうか。」

そんな問いから始まった、画家 Ko Nakajimaの最初のエピソードです。

還る|Kaeru

絵を描くこと、美しいということ、そして、どう生きるか。
画家として、自身の経験を交えながら考えていきます。

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サマリー

42歳で科学の世界から画家へと転身した中島香さんが、その決断に至った経緯を語る。命を守る仕事に携わる中で「自分の人生を生き切っているか」という問いに向き合い、限りある時間を本当に生きたいことに使いたいと考えるようになった。科学者としての経験や、絵を描くことへの原体験、そして画家としてこれから歩む道について、自身の生き方を体現したいという思いを込めて語る。

科学の世界から画家へ:転身のきっかけ
42歳で仕事を辞めて、画家になりました。
それまで15年間、私は科学とか研究に関わる世界で働いていまして、
環境科学の研究から始まって、研究と社会をつなぐ仕事と、
そして最後は防災分野でプログラムマネージャーをしていました。
自然災害からどうやって人の命を守るのか、
そんなことを日々考える仕事をしていた私が、
なぜ42歳で全く違う画家という道を選んだのか。
命について考え続ける中で、私の中に問いが生まれたんですね。
死なないということと、生きるということは同じなんだろうかということと、
そして、私は自分の人生を生き切っているだろうかということです。
その問いの先にあったのが、画家になるという選択でした。
こんにちは、カエル画家の中島香です。
このポッドキャストでは、絵を描くこととどう生きるかということ、
画家として私自身の経験を交えながら考えていきたいと思います。
第一回は、42歳で科学の世界を離れ、画家になったということで、
今日、私がなぜ15年ほどいたその科学という世界を離れて、
画家になったのかというお話をしてみたいと思います。
科学者としてのキャリアと社会への貢献
画家になる前、私は科学や研究に関わる仕事をしていました。
直前まで働いていたのが、自然災害から人々を守る研究の世界でした。
科学の世界でのキャリアは、最初は環境分野の研究から始まって、
そこからファンディング機関だったり、研究成果を社会に届けるお仕事だったり、
それで大体15年ほど経験を積んできました。
私が一貫して考えていたのは、公的機関で勤務していましたので、
国の税金を使った研究は、成果というものを論文や報告書で終わらせずに、
しっかりと社会に還元して、日本を元気にしたいという強い思いを持っていました。
研究を社会で実用させることで、日本を元気にしたいと本気で思っていたので、
そんな思いからいろんな経験を得て、やがて防災に関する新しいプロジェクトを立ち上げまして、
さまざまな分野の方々とチームを作って、プログラムマネージャーとして防災に関するプロジェクトを行わせていただいたりもしました。
こうやってお話しすると、最初から順調に科学の世界を進んできた人みたいに聞こえるかもしれないんですけれども、
実は私はもともと文系でして、大学では文系を学んでいました。専攻していました。
そんな文系であった私が、科学教科学の研究員になり、最終的には防災分野のプログラムマネージャーをするようになったという、
このお話はまた別の回でゆっくりお話ししたいと思います。
ただここで一つ言えるのは、私は最初から将来はこうなると決めて、その通りに進んできたというわけではないということです。
研究で日本を元気にしたいという熱い思いがあって、そんな目標を持っていたので、
その中で自分自身が何ができるかを考えながら、その時その時でこれをやってみたいとか、
こっちのこれ面白そうとか、これが必要なら学んでみようとか、そういった風に動いていたら、
気づいた時にはそこにいたという感じです。
仕事への情熱と人生の問い
画家に転身したという話をすると、仕事が嫌だったんですかって思われることもあるんですけど、
仕事が嫌だったわけではないです。本当に、私は本当に大好きで、仕事が。むしろ楽しかったです。
研究はもちろんですけど、人と人をつないだり、自分で企画をして、いろんな方と一緒にチームとして動かすというのが本当に好きで、
だから、余計嫌だから辞めるというわけじゃなくて、この先自分はどう生きたいのかというのをより真剣にというか、深いところで考えることになりました。
先ほども申し上げたように、最後にしていたお仕事が、自然災害から人々の命を守るという防災に関するものだったんですが、
日本は災害大国ですよね。なので、毎年どこかで災害が起きます。そしてその度に命が失われているということを現実にやります。
自然災害からどうやって人の命を守るのか、どうすれば被害を減らせるのか、研究や技術をどう役立てていくのか、そんなことを常に考えていました。
命を守るということは本当に大切で、それは今も変わらないです。
でも、自然災害に向き合う仕事をしていると、人生というのは自分たちの力ではどうにもできないということがあるんだなということを何度も思い知らされます。
そんな頃にコロナが起きました。それまで当たり前だと思っていた日常が当たり前ではなくなって、
私も例外ではなく、お仕事もテレワークになりましたし、一人で考える時間が増える中で、ずっと人の命を守るという仕事をしてきた自分自身の生き方をじっくりと見つめ直すようになったんですね。
限りある時間をどう使うのか、以前より強く考えるようになりました。
自分の中にふつふつと湧いてくる問いというのが、私は自分自身の人生を生ききっているんだろうかという安全であることだったり、失敗しないことだったり、今あるものを守ること。
本当にそれはとても大切で、でもいつかやりたいと思っていることを、例えばもう少し余裕ができたら、子供が大きくなったら、仕事が落ち着いたらと先に伸ばしていく。
その時、いつかって本当に来るのかなって、必ず来るとは限らないなって思って、だったら私は限りのある時間を、自分が本当に生きたいって思う方に使ってみたい、そんな風に強く思うようになりました。
それで限りのある時間を本当に生きたいってなった時に、それっていいよねって言葉だけで語るんじゃなくて、自分の生き方そのもので体現したいと思うようになったんですね。
生き方は人それぞれで、どんな生き方も私は素晴らしいと思っています。
私自身も人に生き方を教えられるような人間じゃないですし、するべきだとか、自分らしい生き方を追って解くつもりも全然ないです。
でも私自身は自分のやりたいことを選んで、その結果も自分に引き受けながら生きていくことができるんじゃないかって、そんな風に思って自分で体現したいって自分自身については思いました。
誰かが何かを選ぼうとしている時に、私のそういう生き方を見て、成功とか失敗とかそういうことじゃなくて、こういう生き方を知っている人もいるんだねってちょっと思ってもらえたらと思うし、
もし誰かにとって生き切るための小さな気づきだったり、きっかけになるようなことがあったら、そりゃそれでいいかなって思っています。
画家への道:リスクと絵への原体験
それで私は42歳で仕事を辞めて画家になったわけですが、もちろんこれで絶対にうまくいくなんて思っていたわけじゃないです。
画家として生きていくって本当に大変なことだろうなっていう予想はしてましたし、それで生きていけるって保証もなかったです。
でも不思議とやらないっていう選択肢の方が私は怖かったですね。
やらないで後悔するよりはやってみるっていうのが私の気持ちでした。
ここまで聞くと、でもなんで絵だったのって思うかもしれないですが、実は私自身も子供の頃から画家になるのが夢でしたっていうタイプでは実はないですね。
絵を描いていなかった時期もかたり長くありますし、10年以上描いていなかった時期もあります。
それでも今考えれば人生のいろんなところでなぜか私は絵の方に戻っていました。
小学生の頃だったり大学生の頃、留学してた頃、社会人になってからも描かなくなってまた描いてみたいな、
そんな触れてはまた戻ってっていうのを繰り返していたんですね。
それでも私は絵を描くことが好きっていうふうには考えたこともないです。
嫌いってわけじゃないですが、それよりももっと当たり前のもの、私にとっては描いているとホッとする心が少しあったかくなるような、
例えば外に外出してて家に帰ってきた時のホッとする感じっていうんですか、それがちょっと似てるかなと思うんですが、
今になって思うと私にとって絵を描くことは家に帰ることなのかなって思います。
この話はいつかどこかでゆっくりお話ししたいと思います。
過去の経験と絵に滲み出る個性
それまでのお仕事を辞めたからといって、その仕事をしていた期間の経験、過去を載せたわけではないです。
むしろ全部持って画家になったと思っています。
生まれてから今まで出会った人だったり、国内外で経験したことや災害や命について考えたり、
うまくいったこととかうまくいかなかったこととか、自信がなかった時の自分とか、そういったいろんな自分がいくるめて今の私の中にあります。
私は絵というのは、描いた人自身が絵の中に滲み出ると思っていまして、
同じものを描いたとしても誰が描くかによってきっと違うし、
使っている絵の具とか技法を超えて、その人が何を見てきたのかとか、何を感じて、何が怖いとか嬉しいとか、
どう生きてきたのかとか、そういったものが意識はしてなくても自然と絵の裏側というか、
目には見えないけど絵の中に滲み出てくるんじゃないかなと思います。
例えばクラシック音楽のバイオリン演奏なんかもそうですよね、
同じ曲であっても弾き手によって聴いている人に伝わってくるものが全然違かったりするので、
絵も音楽も似ているかなと思います。
なので、私はこれまでの経験とか、私の性格、個性とか、そういったものが私の絵を作っているんだと思っています。
ポッドキャスト「カエル」と今後の展望
このポッドキャストのタイトルはカエルと言います。
漢字で本来の持ち主にカエルとかのカエルですね。
なぜこの言葉なのかというその意味もこれから少しずつお話ししていきたいなと思っています。
絵にカエルだったり、自分自身にカエルだったり、
普段は見過ごしてしまうようなさりげない美しさにカエルだったり、
私自身もまだその意味を探している途中なのかもしれませんが、
そういった意味でのカエルになります。
私、画家になってアトリエのオーナーになりまして、今47歳なんですが、
私はこれから自分の作品を世界へ届けたいと思っています。
私自身はすでに何か成し遂げたって人ではなく、まだまだ途中です。
なので、このポッドキャストでは成功した後から人生を振り返るんじゃなくて、
今進んでいるこの途中プロセスを残していきたいなと思っています。
絵のことだったり、生きるということだったり、
AIが絵を作る時代に人間が描くということだったり、
そんなことを一人の画家として、人間として考えていきます。
次回はですね、AIと絵のお話をしたいかなと思います。
AIだと、今だと、指示というかプロンプトを入れると、
ほんとにすぐ、数秒で美しい画像がパッと出てきたりしますよね。
一方で私は、一枚の油絵に何十時間とか、
時にはそれ以上時間をかけることもあります。
それでも私は何で絵を描くのかっていう、
これは私自身も今考えている問いでもあるんですけども、
そんな話をしたいなと思います。
それではここまで、皆さん聞いてくださりありがとうございます。
また次回もお聞きください。
それではカエル画家の中島香でした。バイバイ。
14:23

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