おはようございます。研究者がそばにいるくらし、ドイツ在住心理学者のじんぺーです。
この番組では、心理学の研究をもとに、悩みや困りごとに少し重なる、答えるようなお話ができればと思っています。
今日も各部のお悩みが届いていますので、それを読んでから始めたいと思っています。
32歳、女性フリーランスの方です。家族や友人は優しいし、支えてくれる人もいます。
それなのに、実際に困った時に助けてと言えません。環境は悪くないのになぜでしょうか、というお悩みです。
ヘルプシーキングという言葉を使った論文を紹介してみたいと思います。
今夜21時半からボイシンの方で対談をさせていただくことになっています。
東谷先生という学校の先生のパーソナリティの方です。
ヘルプシーキングという言葉を教育現場で普及する、さらにそれを研究していくということをやっておられる先生で、初めてお話しするんですけども、とても楽しみにしています。
せっかくなので勉強してから行きたいなというので、今日はヘルプシーキングの論文を紹介してみたいと思っております。
先ほどの32歳の方のお悩みに答えられるように、回答の応答の応の方ですかね、レスポンスをするということです。
アンサーをするわけではないです。というのでお話をしていきたいと思っています。
ここでちょっとだけ予習してから、東谷先生とヘルプシーキングの話をぜひ聞きに来ていただければと思います。
今日の論文は2015年の日本の論文ですね。珍しい、あまり日本語ではないんですけど、ややこしいですね。
日本の心理学会という学会が雑誌を出してるんですけど、心理学研究という日本で一番有名な心理学の学術雑誌があって、すでに日本語で書かれてるんですけど、
その心理学会が英語でも論文雑誌を出していて、それが日本の心理学研究という雑誌ですね。
日本の研究者の方が多く出してるんですが、もちろん英語で書かれてますし、海外の研究者の方も全然出されているという、そういう雑誌になっています。
結構この論文は割と上位にヒットして、ヘルプシーキングと調べた時に、ヘルプシーキングビヘイビアと調べたかな、ヘルプシーキング行動、ヘルプシーキングって大体そのままだと思うんですが、助けとか援助をシーキング求める行動とかのことを調べた時にこの論文は割と上位にヒットしていました。
長井先生という先生がされている研究のようです。
何を調べているかというと、ヘルプシーキング、援助を求める、ヘルプシーキングって言った方がいいかな、東谷先生もその言葉を使ってあるんで、ヘルプシーキング行動に繋がるような要素って何なのかということを調べている論文になっています。
2回調査を行っていて、1回目が大学生は対象にしていて、2回同じ人に時間を空けて聞くという縦断調査、小さい縦断調査みたいな枠組みになっています。
1回目に聞いたこととしては、ヘルプシーキング意図、意図なんで友人に相談しようとしたかどうかみたいなことです。
2つ目が主観的なニーズです。
過去6ヶ月間で、こんなことに困っていたよと、ニーズがあったよと、そういったことを聞きます。
3つ目がソーシャルサポートというところで、友人から私たち支援を感じていると、感じるかどうかというところで、ちょっとだけ先の悩みに戻ると、今日の悩みを寄せてくれた32歳の女性の方は、家族とか友人には支えられている。
ちょっと待ってください、戻りますね。
家族や友人は優しいし、支えてくれる人もいますと書いてますね。
なので、この女性はそういったソーシャルサポート、友人からの支援というのは感じているというところだと思います。
1時点目の4つ目ですね。
これは抑鬱状態というので、どれくらい鬱っぽいかどうかということの質問しになっています。
これらがまず4週間前の方で聞いて、その4週間後に聞いているのが、実際の援助要請行動、ヘルプシーキング行動というところで、過去4週間で友人に相談した頻度のことを尋ねています。
これは実際の行動です。
4週間前に聞いたのは、支援を求めているかどうかというところだったんですけど、4週間後に聞いたのは、実際にそれを求めたかどうかということを聞いています。
どれがその4週間後の実際のヘルプシーキング行動につながっていたかということを調べているような論文になっています。
構造自体はそんなに難しくないというか、シンプルかなというふうに思います。
結果を見てみましょうかね。
まずは4週間後のヘルプシーキング行動を予測するものとしては、4週間前のヘルプシーキング意図ですね。
なのでこれは当たり前と当たり前かなと思います。
友人に相談しようとしたという、その意図が4週間後の実際の、4週間後というかその間のですね、友人への相談頻度を高めていたということです。
これは当然かなと思います。
意図があれば行動につながっていく。
当たり前というと言い過ぎなのか、意図がなくても行動しないというパターンもあるので、ある程度納得しやすい関係かなと思います。
次は主観的ニーズですね。
これも行動を導いていたということです。
困り感がある人は4週間後に実際のその相談頻度を高く報告していたということですし、主観的ニーズというのはその意図の方も高めるというところなので、これも予想通りのところかなと思います。
困り感があると意図も高めるし、行動も高めるということです。
続いてはソーシャルサポートでいきますかね。
ソーシャルサポート、友人とか周りから支援をされていると感じる具合のことです。
程度のことです。
ソーシャルサポートというのは、意図の方にはプラスの影響があったと、友人から支援されていると感じる人ほど、友人に相談しようかなと、援助を要請しようかなと思う、その意図の方を高めていたというのが研究結果なんですが、
ここで面白いのが、行動の方にはあまり直接的には強くは効いていなかったと、関係はあるみたいなんですけれども、その効果はすごく弱かったというのが今回の結果のようです。
面白いですね。
だからソーシャルサポートだけだとなかなか行動ベースには繋がっていかないというところのようです。
最後これも面白いんですけど、うつっぽさですね。
抑鬱症状というのは、意図の方には負の影響がある、マイナスの影響がある、行動にはプラスの影響があるというところの対照的な結果になっています。
抑鬱っぽさは、意図を下げると、ちょっとうつっぽいなというときに、うつっぽいなというふうには言うことはないかもしれませんが、落ち込みみたいな、落ちているときに意図は下がるんですね。
相談しようというふうにはならない。
なんだけども、実際のその4週間後の行動の方にはプラスに効いている。
抑鬱っぽい人ほど、相談を実際にはしていたというところです。
これもなかなか興味深い結果かなというふうに思ってまして、
これがね、考察も結構クリアにされていまして、
抑鬱状態だと無力感があったりとか、希望の低下があると、希望の具合が低くなるということがある。
これはどうせ助けてもらえないんじゃないかというふうに考えることにつながるということなんですけど、実際に行動にはプラスに効いているというところを切り取ってみると、
少しでも参考になれば嬉しいです。
また何かあったらお悩みを届けていただければと思います。
概要欄の方にお便りというかお悩みを寄せていただくフォームを置いておりますので、
お気軽に寄せていただければと思います。
そろそろ架空じゃないお悩み模様みたいです。よろしくお願いします。
悩みがないのはいいことか。はい、これいつも言ってるけどそうだね。
悩みがないのはいいことかなと思います。
今日は問屋先生と夜の9時半から話しますので、ぜひ遊びに来ていただければと思います。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
今日もいい一日にしていきましょう。
じゅんぺいでした。心を込めて。
雑談をしたいと思います。
昨日の放送で子供がちょっと体調悪いかもというふうに言ったんですが、
今日は特に何もなく、今日というか昨日か。
何もなく元気そうに過ごしていたのでホッとしました。
一時的に胃腸の調子が悪かったのかなというふうに思います。
なんかね、いろいろと新しいものを食べたりとかするので、アレルギーとかではないんですけどね。
もしかしたらちょっと油が多いものがあったのかなとかね、
思いますがあまり気にしなくていいぐらいかなと思います。
ただ食べすぎだね。食べるのやめないんですよね、彼ね。
無限に欲しがるので、無限に欲しがった分だけあげてたらいいのかなと思ってたんですけど、
ちょっとそれはね、あげすぎなのかなというふうに思ったので、
ちょっとコントロールしながら飲食、伴奏生活を続けていきたいなと思います。
それが報告でしょう。で、あとまた別の話なんですけど、
昨日仕事してた時に、そんなに自分自身やらないんですけど、
昨日久しぶりにやってしまったことがあって、
作業のセーブはしてたんですよ、保存はしてたんですけど、
ちょっと操作をミスってしまって、
数時間の作業の蓄積を全部なくしてしまったんですよね。
ショックだったなぁ。
ExcelとかWordとかだったらいいんですけど、
質問書をオンラインのプラットフォームで作っていて、
なんでかわからないんですけど、
元に戻るっていうのができない操作がいくつかあるんですよね。
で、それをこうやってしまって、
言語を変える、英語からドイツ語にチェンジする時にちょっとね、
不注意だったのかなぁ。
全部作っていた英語もドイツ語が消えちゃったのか。
そういうことがありまして、結構ショックでしたね。
まあまあこういうことあるなと。
一応サポートに問い合わせていて、
無事に復活したらいいんですけど、
あまり期待せずにね、またやるかという気持ちでいます。
少ししょげたはしょげたんですけど、
あんまり怒ってしまったことはしょうがないっていう気持ちに
慣れているのは良かったかなと、
あまり取り乱さずにというか余裕を失わずにね、
平常心でいれているのは少し成長かなと思います。
大学生の頃だったら本当に絶望してたと思いますね、今日の感じは。
半日やったことがもうなくなるとかって割とショックじゃないですか。
ただね、昨日本当単純作業なんですよ。
それもそれでね、本当できたら早く終わらせたいという気持ちだったんですけど、
単純作業が故にめっちゃ映画とか見ながらやってたんですよね。
Xにも書きましたけど、内藤玲さんのドキュメンタリー、
手島美術館のボケという素晴らしい作品を作った
アーティストの方がいらっしゃるんですけど、
内藤玲さんのドキュメンタリーの映画を見てたりとかしながら
やったんで、そういうことをしてたらミスも起こるわなというので、
かといってそれが悪かったというか、それを今後もやらないかと言われると、
もしあの単純作業をもう一回やると言われたら、
僕はまた別の映画を見ながらやるつもりではないので、
懲りないなというところですけど、そういう差がしょうがない。
今日からもまた頑張っていきたいと思います。