あとはなんか、別に逃げるとか続けるとかどうでもいいんだなと思った。なんか要はさ、自分が、なんていうんですか。そこはもうぶっちゃけどうでもいいんだと思う。結局自分が理想とするとか、自分が幸せであって、生き方がしたいなに繋がるのが、逃げる。さっさと逃げておくってみたいな。
確かにその逃げたっていう物の見方はあくまでそのその場にいる人たちの遠慮しかなくて。
逃げてないよ、環境合ってないと思ったから、変えただけだよって本人は思ってたら、僕も多分そっち目線の方が強かったけども、全然逃げ、本人としては全然逃げではないっていう。
そうだね、そうだね。だってさ、よくいるじゃないですか。仕事辞めて次のキャリアにステップアップします、みたいな言うじゃないですか。それもさ、やってることいるじゃんね、みたいな。
そうですね。
なんかやっぱりそこって本当にね、どこに繋がってるかっていうところの気がするなと思って。
そうですね、逃げってじゃあ言っちゃう人のそのポジションっていうのはどういうポジションの人が逃げっていう言葉を使うんだろうとか、今思っちゃいましたね。
多分、おそらくそれはその人の思う、分かんないけどね、なんか例えば会社員ってこうあるべきだったりとか、
私受験の時に言われたんだよね、こういうところに受かるのがお前のゴールだろって言われたことがあって、いや違います、みたいな。
私そんなこと一言も言ってないみたいな。だからそこの受験勉強から外れるのは逃げであるって言われたことがあって、いや私そういうつもりがなかったから、自分の未来はそうじゃないと思ってたから、
もっと楽しくるとか思ってた人だから、なんかすごいミスマッチがそこでも起きてて、
それは悪いとは思ってないと思うんだよね、菊野先生もさ、私を応援しようっていう気持ちだったんだと思うから、
私は全然すごい悪い気持ちは起きなくて実は、でもそういうふうに言われたのは多分お互いが思う幻想があって、
そうですね。
なのかなっていう気がする。
確かにゴールが違えば逃げにもなるし、環境変化とも言えるっていうことですね。
確かになっていう気はしたな、でもなんか自分の中にもある気がする。
誰かとのやりとりをしていて、この人逃げたなって思う瞬間とか、言わなくても感じている瞬間はある気がする。
確かにそれは今の話と近いのかな、要するに自分が見てる相手の終わるべきっていうのと比べて、
ずれたから逃げたなって思ったってことなんですかね。
その人にとってはすごい裁量の選択で、
だとしてもこっちの捉え方っていうところなんだろうなって、本当にでも相手のリアクションだよね。
逃げたって言われるっていうのは。
そうだね、2番の問いに戻りますけど、今の働き方にしっくりきてるかっていう意味では、しっくりきてなかったら逃げてみたらいいのかもしれないですね。
逃げてみてもいいし、私でもよくやるのは、続けるかやめるかとかあるじゃないですか。
大体。でも、第3の選択肢、3つ目の選択肢を何か作ってみるっていうのを自分に課してて、たまに3つ目に出ないときがあるんですけど、
でも基本的には3つ目を、これは対応するか別だけど、3つ目と4つ目を作ってみると意外と4つ目ぐらいがしっくりきたりとか。
例えばどんな感じなんだろう。
例えば、じゃあ仕事をやめる、続けるじゃなくてパートになるとか。それこそ部署を変えるとか。
なるほど。
なんか急遽選びがちじゃないですか。例えばパートナーシップとかでもそうだと思うんですけど、これ見て続けるか別れるかみたいな、言うか言わないかとか。
そこを選びがちだけど、実は全然二択なことはないなと思うから。
確かにちょっと距離を取るとかね、いろいろ間の選択肢があったりしますね。
それを出した上で選ぶようには、私も結構好き嫌いとかパパって決めがちな人だったから、すると意外といきやすくて、っていうのはあるかなっていう気はしてるかなと思うが、
私ね11番のね、ちょっと話がずれるかもだけど、憧れる働き方ってあるっていうのちょっと気になったんですけど。
おー、ありますか。
憧れるはどうだろうな。
私今現時点で30代、もうあと1年ほどで40になるんですが、
なんか私30代は走り切りたいと思ってるんですよ。
いいですね。
これね、この前なんかさ、三宅加穂さんと高橋、南だっけ、AKBのリーダーがね、話してて、
AKB自体が忙しすぎて走りすぎたから、なんか今すごいスローに感じるみたいなことを言っていて、
私もそうなりたいなってのもあるし、
そもそも体力っていうところもあるし、
30代できることをやりきりたいなとは思っているから、
それはそれだから自分のしっくりきている働き方ではあるけど、
でも憧れる働き方っていうのはやっぱり40代50代とかの自分の周りにいる先輩たちがやってるような、
なんかちょっと余白があって。
あ、戻りました。
大丈夫かな。
周りにいる3、40代たちが出泊まりました。
そうそう、周りにいる40代50代先輩たちが余白がある。
時間があってよりは多分心に余白があるというか、
自分ってこういうもんだよねみたいな感じで、
受け入れながら、なんか穏やかに、でもやりたいことはのびのびとやってるみたいな人たちの働き方にはすごく憧れるし、
そうなるために私は30代を走り切りたいんじゃないかなって思っていて。
いいですね。
余白があるって年齢を追うごとに余白ができる、余裕ができるみたいなって、
一般的にもそう言われがちかなと思うんですけど、
なんで年を取ると余白ができるんだろうね。
なんかこれはさ、オードリーの若林さんが言ってたんですけど、
彼が40いくつになったときに番組で言ってたのが、
もうこの年になると自分のできることとできないことがわかってきたっていう感じがされてて、
自分にはコントはわからなかった。
コントを書くっていうことはこの年になって、あのキャリアを積んでもわからなかったって言ってて、
なんかすごいいいなと思って。
これって多分いろいろやったからっていうか、
やってみたからこそきっぱりと、
いや、なんか違いましたみたいな、わからない、結局私にはそうじゃなかったですって、
快活に言えるんだろうなと思って。
いいですね。なんか潔く捨てれてるって感じしますね。
だからなんか迷いがないし、
だから余白というか余裕というかあるんだろうなと思って。
本当そうですね。みんな多分年に関係なく24時間っていうのは一緒だけども、
いろいろ多分捨ててる、それはやる、実際のやることもそうだし、
思考の中でもそうだし、
本能的に年を取ったことで、
これは自分じゃないって分かったことを捨てていって、そぎ落としていくから、
相対的に余裕が生まれてるかもしれないですね。
なんかそこに多分さっき言っていた、なんかこう逃げるとかいろんなものが自分の中にもあって、
戸惑うというか、いいのかな、いいのかなってあるけど、
多分もうさ、寝て上がってくると、いやいやもう私はそんなんじゃないからみたいな感じで、
そこは私じゃないって言い切りやすいからさ、
なんか逃げるっていうよりはもう、いやいやできないんでって笑って言えるみたいなさ。
でもそれってなんかすごい素敵なことだなって今思って、
なんか日本酒、僕あんまり日本酒飲まないですけど、
日本酒もなんか大吟醸になっていく過程でむっちゃ精米して真だけ残すじゃないですか。
その真ってでもどこなんだが分かってないとそげないっていうか、
若い頃って多分その真がどこか分かんないからいろいろ本気で全部やって、
でもここが真っぽいんだってなったらそれ以外のところのそいで見て、
あーやっぱりこの辺が真なんだみたいなのがなんか感覚で分かってきてるから、
私ここじゃないんでって快活に言えるのかなーなんて。
でもさ、それが分かってくると周りにも頼れる人になったりとか、
周りに任せるみたいなことができるようになったりとか、
なんて放棄できないしみたいな。
なんかそこらへんにつながる気もするなーと思って。
そうっすね。
そう思って、憧れる働き方というか、
とっても美しく働いてるというか、
そういう感じを受けるかな、私は。
シンプルに働いてるとか、いいですね。