ご紹介しているギルフォードさんとかキャッテルさんの説に行く前に、そもそも知能はどういったところから研究が始まったのかというところから、参考書籍を参考にお話していきたいなと思います。
まず最初に知能に関する説を提唱されたのが、チャールズ・スピアマンさんというイギリスの心理学者さんが提唱されたのがスタートとされています。
彼が提唱したのは知能因子説という説で、知能は一つの要素から成り立っているのではなく、複数の因子から構成されるという説です。
これは後に否定されることになるんですけれども、一旦この知能因子説が叩き台になって、この知能に関する論が展開されていったということですので、簡単に紹介しておくと、
2因子説なので、2つの因子があるよということをスピアマンさんは言っていて、例えば国語とか算数とか音楽とか、いろんな教科がありますけれども、この教科ごとの因子は特殊因子だというふうにスピアマンさんは置いていて、
ただ知能というのはそれだけじゃなくて、全教科に共通する一般認識もあるというふうにしたんですね。
なので一つのテストで成績が良い子は他の成績も良いみたいな、今で言う字頭みたいな話ですかね、こういった論を提唱して一時期それが主流になりました。
その後、ルイス・アーストンさんというアメリカの心理学者さんがこの因子分析の方法を発展させて、このスピアマンさんが提唱した一般因子、全てに共通する因子みたいなものを否定しました。
その上で知能は7つの因子で構成されているという多因子説を唱えました。
この7つの因子というのが数・空間推理・言語・話の流暢さ・記憶・知覚というこの7つの因子みたいですね。
そして数・空間推理・言語・話の流暢さみたいなところがつながっていたり、言語と話の流暢さと知覚がつながっていたり、言語と記憶がつながっていたりするという、そういう構造があるよというそんなことですね。
これを提唱されて、この多因子説をさらに体系化して提唱したのが、概要欄にもご紹介しているジョイ・ポール・ギルフォードさん、アメリカの心理学者で1897年から1987年まで活躍された方が提唱した知能構造論というものになります。
この知能構造論はどういうものかというと、図形でイメージしていただくと、ルービックキューブみたいに縦列と横列と奥行きと3次元になっているような感じですね。
その中で、例えば単位、クラス、関係、体系、変換語、元位みたいな列があるのと、別軸で図形的、記号的、意味的、行動的みたいな軸があり、さらに3軸目に評価能力、収束的思考、発散的思考、記憶、認知能力みたいな軸がある。
これらの3つの軸があって、ルービックキューブみたいな形で多構造化しているというふうに見たのがギルフォードさんでした。
どういう研究でここまでたどり着いたのか、この参考書籍では述べられていないのですごく気になるところなんですけれども、おそらくこの考え方が今の知能というものに関する考え方の基礎を作っているんじゃないかなというふうに思います。
特にこの中でも、情報を総合する働きの中の収束的思考と発散的思考というところの補足がありますので、これも併せてご紹介したいと思います。
この2つの思考は対極の考え方であって、どちらが得意かみたいなことが分かれてくるんじゃないかなというふうにされています。
既存の情報から推論して1つの正解へ到達する思考が収束的思考なのに対して、既存の情報から考えを広げて新しいアイデアを生み出していく思考が拡散的思考だとされています。
例えばですけど、収束的思考はBさんはAさんよりも背が高い、CさんはBさんよりも背が高い、DさんよりもCさんは低い、ABCDを背の低い順に並べようみたいな、じっくりと考えていって、
これがこうだからこうで、こうじゃないからこうだよな、みたいなことを組み立てていくと、ABCDの順番であるということが分かるみたいな、そんな問題が想定されますけれども、
こういう収束的思考が高い方は偏差値が高くて論理的であるという、そんなふうに書かれています。
一方で拡散的思考、これも知能の1つなんですけれども、問題としては1つのガラスコップが目の前にあります。
これをどんなことに使えるのかを自由に述べてください、みたいな、そんな問題で、
例えば絵のモチーフにしたり、割ってストレスを発散したり、粉々にしたガラスを細工に使ったり、コップをそのまま使って目高のシークとか、チンって音を鳴らして楽器に使うとか、
そういうアイデアが広がるかどうか、こんな問題が得意な人は想像性が高いという、そんな結果があるということですね。
なんかこう、学者と芸術家みたいなイメージ、学者は収束的思考が得意で論理的、芸術家は拡散的思考が得意で創造的、みたいな、そんなふうに置き換えられるかもしれません。
そんな軸もあるのが、ギルフォードさんの知能構造論という考え方でした。