はい、ではここからはですね、前回に引き続き、ゲストである福源寺の副住職兼ですね、株式会社GNSのCBO、油小路さんをゲストにお迎えしてですね、
油小路さんがやっているお寺を開いていく活動だったりとか、まさに我々Jam Sessionzがですね、即興演奏をしていくかのように活動しているところと、
すごい親和性が高いというところがあるので、そこら辺のお話をですね、詳しく伺っていきたいなというふうに思いますので、油小路さん、引き続きよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、ということで、前半もですね、話題に上がってたお寺で飲み会、飲み会じゃないですかね、飲み会なんですかね、日本酒を楽しむという「てらのみ」っていうイベントが毎月やってるんですよね。
毎月ですね、毎月1回、第4土曜日に基本やってます。
ケイタさんはそこで出会って、私も先月初めて行かせていただいて、すごい多様な空間が広がっているというかですね、いろんな方が集まってて、
お寺って本来あるべき姿はこんな感じなのかなっていうふうに思ったんですけど、そこら辺を常連であるケイタさんにですね、ちょっと深掘りしていってほしいなと思ったりとか、お寺以外も、「てらのみ」以外もね、いろんなイベントをやられてると思うんで、ちょっとそこら辺を聞いていきたいなというふうに思うんですけど、
ケイタさんが気になっている活動とかですね、観点ありますか。
そうですね、お「てらのみ」のところは、さっきしょうちゃんも言ったとおり、僕も初めて参加してみて、前半で奥さんを起こして、毎回行こうぜって言ったっていう話したんですけど、そのときに言ったのがね、まさに今の、お寺って本来こういう場所であるべきだと思うんよねみたいな話をした覚えがあって、
やっぱりその街に溶け込んでるというか、さあお寺に行こうって思うんじゃなくて、日常の中に溶け込んでて気づいたらそこがお寺だったみたいな、そこの中にのご老若男女を分け隔てなくみんなが集まって、楽しく時間を過ごしている中で偶然その中での出会いとか、
あと観光客もね、街中、わりと街中にあるので、外国人の方とかもフラフラって通りがけで入ってこられたりするケースもあって、一緒に日本酒を出し並みながら近所の人たちで交流するって、なんかすごい幸せな空間だなっていうのを、僕はそのときに思って、また予定あったら行こうっていうのを奥さんと話してたっていうところがあって。
ちょっとどういうコンセプトでやってるのかなとかっていうのは改めて聞きたいと。あとは寺のみ以外もいろんなイベントやってるので、この辺もちょっと聞いてみたいなと思ったんですけど、まず寺のみのところですね、ちょっと聞いてみたいです。
ありがとうございます。寺のみは本当に、いろんな人のきっかけの場として作りたいなっていうのが一つあったんです。
今、圭太さんがおっしゃっていただいたみたいに、お寺って本当にいろんな御縁がぶつかったり結ばれたり混ざり合ったり、そういった御縁を結ぶハブとして機能してたはずだっていうのが、私のまず一つの思い。
それを取り戻したいというのが思いとしてあったっていうのが、寺のみを始めたきっかけなんです。
もともとやっぱりお寺っていうのも寺小屋っていったり、子どもたちに勉強を教える教育の場面であったりだとか、あとはその池花とか、あと茶道とか、いろんな文化の発祥の地でもあるし。
そして時代が違えば、お酒を作っていたり、お金の貸し借りをしている場所でもあったり、あとは昔は男女の出会いの場でもあったりだとか。
本当にもう多種多様な時代ごとに、人ごとに、地域ごとに、いろんな本当に縁起き方をしていたっていうのがお寺だったんです。
それをじゃあ今できてるかといったときに、自分の寺、コロナもあってよりできてないやんと。
だからまず開こうっていうの。開くときに何がいいか、本当に楽しんでもらう。
何かいいと思ってもらうためには、自分たちがいいと思うので、皆さんに知ってもらおうと、うちの寺。
近所に素敵な日本酒のお店があったので、僕も日本酒が大好きだったので、日本酒とかける仏教でイベントをしたら面白いんちゃうかっていうのが寺込のスタートでした。
寺込自体の運営も縁で全て成り立ってるようなものでして、提供させていただいてる日本酒もご近所のすごく面白い酒屋さん。
そこでしかあんまり買えないようなお酒とか、小っちゃいけど面白いお酒がたくさんあって、地元に寝させたお酒屋さんであったりだとか。
あとは、幼稚園のパパ友がクラフトビールを作ってるので、そこからビールを仕入れてたり。
あとは、小学校時代から友達が代々続く漬物屋だったりとか。
そうですね。
その漬物の店頭には並べられないパッケージ不良とか、味には問題がないんだけど並べられないものとかを提供としていただいて、皆さんに振る舞っている。
そういった縁の集まったもので楽しんでいただいて、そこでまた人と人が出会って、外で一緒にイベントし合うとか。
っていうのも起こっていて、すごくそれが今は私としては嬉しいなと、いろんなきっかけの場に慣れてるのが嬉しいなと思ってるところです。
いいですね。
間々にアブランロン工事さんの法案も入るじゃないですか。
はい。
あれもいいですよね。あれ、即興で考えてるんですか?
あれはいつもお経を読みながら考えてます。
参加したことのない人のためにちょっと一応不足すると。
時間決まってるんですかね。
だいたい人が入ったのぐらい、1時間ちょいぐらいで。
そこでお経を読んで、その後に法案を話していただくという時間があって。
そこもすごい良いんですよね。
お経をああいう形で聞くっていうのも、なかなか日常生活にない中で、その後に分かりやすく解説をしてくれるんですね。
言葉については。
そこで少し仏教の考え方に触れたりとかっていうのもできるので、
あの時間もすごい好きだなと思って。
本当に私のお世話でもいいし、独教でもいいし、その寺の箱、雰囲気とかでもいいし、
なんかその仏教とか寺に触れ合うことで、なんかいいなーっていうのを一個持って帰ってもらえるような体験を皆さんにしていただけたらなーっていうので、
そうしてるんですけども。
私自身は本当に仏教が何かこう生活の中で別でぽんとあるものではなくて、
本当に全てに仏教でつながってるんだなっていうのを感じているので、
なのでどんなことでも基本語られてしまうし、その面白さを知っていただけたらなーっていう思いで、
いつも独教をしながら、その場の雰囲気で今日はこんな話を受けそうだなっていうので話をしてるっていう感じです。
5分10分なんてね、そんな長いお話じゃないんで。
その方がその場にいる皆さんのライブ間にあったお話できていいんじゃないかなとか思いながら、
毎回反省と喜びの繰り返しなんですけど。
あれ、しょうちゃんも参加したの?
参加しました。
5月に行きましたね。
外国人のね、うちの奥さんの同僚を連れて行ったって、エチオピア人と台湾人がいて、めちゃくちゃ喜んでましたね。
そもそもなんかね、そんなにこうまじまじとお寺の本堂に入って、中を見る機会もないし、
かつね、日本酒も飲めて、いろんな人と喋れて、
かつなんかエチオピアの方とか珍しいから、やっぱり人気者になるっていうか、いろんな人に声かけられて。
そしたら台湾の方、別の台湾の方で、観光できてフラッと入って、日本語もほぼ喋れないけど、すごい仲良くしてる人がいて、
で、同僚の台湾人と出会って、あ、台湾の方みたいな感じで、そこはそこで盛り上がるっていう。
なんかね、すごいね、本当に素敵な空間が広がってたんですけど、
なんか僕、そもそもお寺とか宗教施設でお酒みたいなものとかアルコールっていうものを大ピラに飲んでいいのかっていう、
なんかちょっと一般人からすると、やってはいけないかもしれないっていう偏見がまずあって、
で、実際そのお寺でそのお酒のイベントをやってるって、たくさんやってるわけじゃないですか、いろんなところでやられてるわけではないから、
結構珍しい活動だなって思ったんですけど、
それを一般的な仏教の教えだったりとか、仏教の習慣的には「てらのみ」みたいなものっていうのは、
普通なのかそれとも異端なのか、始めた時に何か言われたりとかしなかったのかみたいなところとかは、
ちょっと気になったりとかしたんですけど、もちろん話せる範囲でいいんですけど。
全然隠すことは本当に何もなくて、もう全部を広げにいけるんですけども、
守護の切り取り方をどうするかなっていうのが一つあるんですが、
一般的に思う宗教とか仏教、皆さんの手をすごく大きいところでいくと、結構異端ではあるのかなと思います。
っていうのは、仏教という一般的な仏教と言われるところで言ったら、
戒律っていう言葉が皆さんの中でもちょっと出てくると思うんですね。
その中でよく、お子さんたちに肉食べたらあかんし、結婚したらあかんし、酒もあかんのちゃうのとか、
で、あると思うんですね。
で、それを大事に守ってる習慣もあれば、
今の時代にはあってないとか、そこの戒律っていう決まりを決めた、
その本質は何だっていうのを考えたときに、また違うんじゃないかっていう捉え方をしてる宗派とか、
いろいろ日本にある宗派で捉え方があるんですね。
の中で、私のお寺が属してる、私のお寺の宗派ですね、
っていうのが浄土神宗の本願寺派っていうお寺になりまして、
神乱さんという方が宗祖って言われる方になるんですけども、
そこでは、私たち人間って戒も及ばへんに見えないやっていう考え方をするんです。
っていうのは、守ろうと思って守ろうとしても守れない。
そんな弱さとか、
弱さを抱えているのが、愚かさを抱えているのが私たちだよと。
だから、そこを直視しろと。
変に隠そうとせずに、形だけ取り繕って、それをしないでいるではなくて、
そこに向き合った時に出る自分の弱さとか、そういったものをしっかり向き合えようと。
自分がどういう人間なのか、ひたすらに自分に向き合って、向き合って、向き合っていくよっていうのが浄土神宗のスタンス。
なので、そこの部分で捉え方がちょっと違う。
一般的な部分と浄土神宗の中で。
あとは、実際その炎上みたいなのは起こったんですよ。
ネットで、ヤフーニュースで、テラノのヤフーニュースで。
そうなんですね。
そうなんですよ。
宗教師さんが取り上げていただいて、宗教の新聞ですね。宗教関係の。
それがヤフーニュースとかにも転載されたりとかした時に結構炎上して、
当時はXになったばっかりぐらいかどうやったかなとか。
FacebookとかXが盛んに燃えてて。
僕としてはすごく予想通りのというか、
いい反応だなってめっちゃ喜んでた部分があって、ひねくれてる変なやつなんですけど。
っていうのはやっぱり、世間一般とか五宝三回の中でも、
やっぱりヘッドラインしか読まない人っているんだなっていう。
パッと反応してしまって。
自分の思ってるものと違ったらとにかくすぐ批判をする人たちっていうのはたくさんいるだろうし、
かつ、お酒イコール悪いものとして捉えてしまってるのが、
僕はあるだろうけども残念だなと思ってた反応だったんです。
テラノミの裏のテーマで諸行無常という言葉を裏のテーマにしてるんですね。
諸行無常という言葉はよく兵器物語のところで出てきて、
擬音唱者の鐘の声、諸行無常の響きある。
兵器が衰退していく様みたいなのが描かれてるんで、
どんなものもずっと栄えてるわけじゃなくて、いずれは衰退していくっていう、
喧嘩をしていくっていう教えのように感じてしまうかもしれないんですけども、
本来の諸行無常の意味っていうのはちょっと違いまして、仏教的な諸行無常の意味っていうのは、
そのものの本質は変わらないんだけども、そのものを見る人と状況だったり、
心持ちとか環境とかタイミングによって見え方が変わってしまうっていうのが、
本来の諸行無常の意味なんです。
っていうのは、例えば今回の「てらのみ」のお酒もそうなんですけども、
お酒っていうのは間違いなくやっぱりアルハラとか言われるみたいに、
アルコールハラスメントというような悪い場面で使われる部分も多々ありますし、
私自身もそうですがお酒での失敗って、ぼちぼちの方お持ちだと思うんですね。
その時にお酒がどうしても悪く捉えられてしまう。
ただ、私自身すごく東寺さんであったり坂倉さんとかといろいろお話をさせてもらう中で、
彼らが本当に背負って歴史であったり、毎年の米との戦いであったり、
いろんな本当にものを背負って、9月頃から坂倉に籠ってもうずっと働き続けて、迎え合い続けて作られた。
そしてやっと出てくるその四号便、一生便本って、
本当にいろんな歴史とか思いとかが詰まっためちゃくちゃ素敵な一本だと思うんです。
なので、今みたいにお酒っていう日本酒っていうものが、畑から見たら悪いものにもなるし、
僕から見たらめちゃくちゃ素敵なものになる。お酒っていうもの自体は何も変わってない。
というのが諸行無常、本来ね。なので炎上してくれたおかげでそれがすごく話にできる。
なるほど、なるほど。
これが本格諸行無常です。というので、より伝えやすくなったんで、すごくいい炎上だったなって個人的には感じてる出来事もありました。
正解不正解じゃなくて、それって本質は何なんだろうかとか。そもそもですよね、問い。そもそもの問いを立てるようになってから、あんまり怖いものがなくなってきたというか、気もしてます。
仏教の教えを学んで実践する中で変わってきたってことなんですかね。
今のそもそもの話とさっきの仏言辞でいろんなイベントやってるって話が繋がりそうな気がしてるんですけど、
先ね、ちらっと話した。寺のみ以外でもいろんなイベントをやってるっていう話あったじゃないですか。
僕も近くに住んでたので、いろんなイベントやってるなーっていうのを。
僕それに参加させてもらったりとか予定あったら参加させてもらったりとかしてる中で、
そんなイベントもお寺でやんねやとか、たとえば音楽とかもありましたよね、確かね。
ありました。
あと、一緒に主催というかさせてもらった魚を捌く教室をしたりとか、
それは仏教っぽいけど、なぞるやつ。
ああ、はい。舎仏とか。
舎仏ですね、とか。
結構いろんなイベントされてるじゃないですか。
それもたぶん今の話で一見違うジャンルのように見えても、
本質的なところだと共通点があったりとか、お寺でやる意味があったりとか、
そういうのがあったりするのかなーっていうのは今から聞きながら思ったんですけど、
どんなイベントをどんな意図でされてるのかとかってあったりするんですか?
意図のところで言いますと、ケイタさんがおっしゃっていただいたみたいに、
うちのお寺っていろいろしてるよねって。
いろいろしたらお寺やなっていうのがあると思うんですけど。
コーヒーもあった?
コーヒーもありました。ケイタさんコーヒーも来てくれましたし。
コーヒーも行きましたね。
ケイタさん大体来てくれたんですよ。
結構行きました。
一つ軸としてあるのは、泊り木っていうものの理念ですね。が一つ軸としてあります。
なるほど。
その軸っていうのは、ただただお寺っていう仏現寺が泊り木としてあるために、
ただただ仏現寺で遊びに来てもらってもいいし、ゆっくりほっこりしてもらえる場でもいいし。
かつ、何か挑戦するってなった時の足場として使っていただきたい。
かつ、うちから飛び立った後、いつでも帰ってこれる?
そんな泊り木のような場所にしたいっていう。
ここの理念に沿う活動であれば、何でもしてるっていうのが一つあります。
なので、お魚捌きのケイタさんと一緒にさせていただいたあのイベントっていうのも、
高校生の魚、魅力魚の実態とかっていうのを広げていく社会に訴えていく活動をしている高校生の子がいて、
かつ、変わった市役所職員の小野寺という同級生が、一緒にその子とケイタさんも一緒にやってて、
そういった活動の応援の場として、学びの場として使っていただきたいなっていうのがあって、魚捌きイベントもさせていただきましたし、
最近で言えば、IVSっていうスターパンプの京都で行われてる大きいイベントの時にも、
うちが、投資会社さんと企業家の人の壁打ちの買い口の朝で、朝、うちのお寺でやったりとか。
それもすごく見え方で言うと、かなり新しい風には見えるかと思うんですけど、
ただ、やっぱりそこには、企業家の方たちの熱い思いをぶつける。
そこで、投資家たちに、それええやんって言うので、縁が結ばれたっていう、そのご縁結びの場として、
投資家の方たちのご縁結びの場でもあるし、企業家の方たちの挑戦の場として使っていただける。
で、もしそこから飛び立って、すごく素敵な企業、大きな企業になってくれはったら、
それはそれで本望だしっていうところで、見え方はいろいろだけども、理念に即してる活動ばっかりなんです。
お寺のそもそもの成り立ちともちょっと近そうですね。
いろんなイベントされてたって、昔はってあったじゃないですか。
それこそ出会いの場にもなってたりとか、子供たちとかの高齢者が集まる場だったりとか、
いろんな目的でお寺がいろいろな集いになってたっていうのとも重なってきそうですね。
そうですね。
なので、昔は多分そんなことをしなくても普通に人が集まってたと思うんです。
当たり前にあるけどもちょっと日常とは違う。
いわゆる本当にサードプレイスみたいな形でお寺って存在してると思うんですね。
ただ、時代が進むにつれて僕たちがどんどん戸出していって、
今結構な会議があるっていうのが現状かなと思ってます。
いいですね。最後のお話とかも、投資の話っていわゆるビジネスじゃないですか。
でも、これからビジネスというか、資本主義中心に世の中が発展していく中で、
自分さえ良ければいいっていう世界では成り立たなくなってる中で、
仏教の考え方とか哲学とかって、
お寺とかに関係なく僕は日本人に限らないか必要になってくると思ってて、ベースとして。
やっぱり自分だけが良ければいいではなくて、
自分も含めた関係性をちゃんと考えながら進めていく必要があるっていう意味では、
投資のイベントも会議室でイベントがあって行われる意思決定じゃない、
また別の意思決定が行われるような気がするので、すごいいいなと思いながら聞きました。
ありがとうございます。
本当にケンタさんの仰るところで、僕もすごくたくさんいろいろ思うところはあるんですけど、
すごい良い収録になったなっていうふうに思って、
もう気づけばまた後半もですね、良い時間になってきたので。
まだ。
そうなんですよ。
大体ね、語りきれず、to be continuedになるっていう感じなんで、
今度はね、イベントとかでまたお話ができればなというふうに思いますけれども、
このともにからでるラジオの定番のコーナーが最後にありましてですね、
ゲストの方のおすすめの一冊もしくは一曲をですね、紹介いただいてるんです。
今の気持ち、お気持ちで全然いいんですけど、
今の気持ちで、本か曲かどんなものなのかっていうのを紹介いただけるとすると、
どれになりますかね。
うわ、ちょっと待ってくださいね。
大丈夫ですよ。
誰がいいかな、そう。
仏教書。
僕結構論文とかをよく読むんですよ、仏教系の今でも、
勉強が好きでって言ったあれなんですけれども、
の中で、ただ一般の方が仏教をちょっと知りたいみたいな、
読みたいけど何読んだらいいかわからへんみたいな、
結構あると思うんですよね。
その時に、ちょっと難しいけど面白いよって言ってる本がありまして、
ちょっと待ってもらっていいですか。
もちろんです、大丈夫ですよ。
楽しみだな。
絶対他の人だと紹介出てこない本だと思う。
そうね。
大丈夫かな、アマゾンで買えるから。
なんかこう、
アブラノコウジさん経由してじゃないと買えない本とか。
お待たせしました。
結構僕の好きな仏教の入門書で、
宗派は違う方なんですけども、
あ、そうか。
あ、じゃあラジオかっこええ。
映しながら。
私だけの仏教、あなただけの仏教入門っていう本があります。
玄乳曹丘さん先生ですね。
この方もかなり面白い方なんですけども、
臨済宗のお坊さんなんですけども、
芥川賞とかを受賞されたあったりとかで。
YouTubeとかでもいろいろ発信されてはるんですけども、
仏教の捉え方がすごく、
それぞれに対してかなり深く勉強されてもおられてて、
すごい失礼な言い方だな。
かなり詳しいお方ですし、
フラットな見方をすごくされてはるんです。
それぞれの宗派教えっていうところに対して。
かつ、どこかによるわけでもなく、本当に中道ですよね、仏教の考え方。
中道で仏教って一般の人に向けて捉えていったらいいよっていうのの、
おすすめをバイキング形式でされるっていう。
バイキングに例えてしてくれはるっていう本で。
バイキングって食事の?
食事の、はい。
ここにもたくさんそもそもが詰まってるんですよ、この本には。
そもそも仏教ってこうだったよね、とか。
帰りにいろいろ出てくるけども、そもそもこうだったからこうだよ、とか。
どこどこ、うちの家どこどこ主役だからどうしなあかん。
いやいや、そもそもそんなじゃないでしょ、とか。
ただ、原理主義に寄ってるかというと全然そんなこともなくて。
今の私たちの生活ってこうこうだからこうだよねっていう。
そういう導き方もしてくれはるので、
すごくフラットな、中道な仏教の入門書としてのいい本だなと僕は思ってて。
なので単語がちょっと難しい単語も出てくるんですが、
ただ全然仏教を知らないとかっていう人でも読めてしまうぐらいの文量と言葉遣いをされてるので。
賢い方、本当に頭の良い人が書き張った本なんだなっていうのを感じる本です。
難しい言葉を難しく感じさせないように自然と書き張るっていう。
ぜひよければ読んでいただけたら。
ありがとうございます。
そこら辺の方さんより仏教詳しくなると思います。
でもなんかここのホームページ、講談社のホームページに書いてある文章がすごくしっくりくるなと思ったのは、
昔から日本人はバイキング形式で独自の文化を作ってきたっていうふうに書いてあって。
まさに今って我々クリスマス、12月にはクリスマスを楽しみ、正月には初詣をし、お盆にはお寺に行きみたいなことをしてるわけじゃないですか。
まさにバイキング形式って言われたら全部楽しめちゃうみたいなところとかって、
日本人のアイデンティティーなんじゃないかなっていうふうに思ってて。
それをお坊さんが言うっていうのはなかなか面白いなと思ってはいるんですけど、
でも仏教のお坊さんだからこそ言えることなのかなっていう気もしてて、なんとなく。
その雰囲気がこの本めちゃくちゃ出てます。
河村さんのおっしゃった、だからこそのっていう切り口があると思います。
なんかね、僕も詳しくないですけど、一神教の方だと、指導者だったら多分そういう考え方をそもそもしないんじゃないかなとか、
いろいろと素人ながら思っているので、すごくこの紹介の文章がしっくりくるので、
もう私もすぐポチろうかなと思ったら、中古しかないっていうところなので、
でもAmazonで買えるんで、リンクは貼っておくので、皆さんもぜひ手に入れていただければなと思います。
僕も中古で買いました。
去年見つけて本当に面白い本だなと思って、3,4週してるんですけど。
でもこれ多分普通の人にしか紹介しないっていうか、河村浩二さんだからこそ、
っていうじゃないとか、私も出会えなかった本かなって思うので、すごく個人的にはめちゃくちゃ嬉しいですし、すぐ読もうと思いますんで。
ラジオのリンクにも貼らせていただくので、皆さんもぜひ興味のある方読んでみてください。
素敵な本を紹介いただきましてありがとうございます。
ちなみにこの放送多分7月の頭くらいに公開になると思うんですけど、
直近であるイベントの宣伝というか、こういうのあるよっていうのがあったら、
ちょっと言っておいていただけるとリンクも貼りますし、皆さんに来ていただけるかなと思います。
7月とかにあるイベントとかがあったらどうでしょう?
7月の4日にですね、後継縁日という、
某京都市役所職員小野寺という変わった市役所の人間がいるんですけど、